第9話 月の都

月の国は、思ったよりも昔だ。僕がイメージする田舎みたいな感じで、山は見当たらないけど田んぼが広がってて、茅葺き屋根の家があって、きっとのどかな感じなんだろう。でも、街の中心へ行くほど、田んぼには水も草も無いし、うさぎたちの顔は疲れでいっぱいだ。


「ヴンシュさん。あの、ステルベンの門の周りは綺麗で縁日みたいなのもあって少し賑やかな農村って感じだったのに、どうしてここはこんなにも貧しく寂れた感じのところが多いんでしょう?」

「それは、あのまち、門前街が死者のステルベンの近くだからです。多くの死者は最初にあの里に辿り着き、あそこで旅の疲れを取り、国の中心へ向かいます。しかし、ここら辺の村は皆に通り過ぎられてしまうのです。そのため、彼らはあそこの里よりは寂しい。しかし、彼らも日々農作業などで生計を立てていました。あちらの街は第三次産業が盛んでしたがこちらは第一次産業中心なのです」


「でも、今はもう8月なのに、草も木も何もないよ」


「最近、月では異常気象が多発しています。これも、地球人が信仰を忘れてしまった影響です。このような状況を打破するために、あなたの協力が必要なのですよ」


僕の両肩には月の人の命が乗ってるんだと思ったら、ものすごく大変なところに来てしまったんだなと少し後悔してしまった。


中心部へと行くにつれて、街はどんどん活気付いていった。


鍛冶屋町と呼ばれる街を過ぎると、街並みは一変した。

江戸時代のような街並みから花街のような華やかな街並みとなった。

しばらく歩くと大きな赤い門がそびえ立ち、壁で区切られた場所が見えてくる。


「つきました。ここが広寒府こうかんふ、月の都です。この中の内裏だいりと呼ばれる場所に長はいらっしゃいます。さあ、中へ入りましょう」

扉に向き直ったヴンシュさんは息をふっとひと息着いた。


「月のうさぎは星うさぎ。星と星とを繋ぐもの。闇を照らすひとすじの灯となろう、導となろう。月の民、ヴンシュ今ここに。フリューゲルとなるべき者きたり。性は林、名は憐惺。聖なる都青森の若き希望となるだろう」


朗々と歌い上げるようにヴンシュさんが言った後、誰が触れたわけでもなく赤い門が開いた。

門に一礼した後、ヴンシュさんは僕の方を振り向いてた。

「ヴンシュさん、今の言葉はどういう意味なんですか?」

「それは、道すがらお教えいたします。さあ、長がいらっしゃる玲瓏殿れいろうでんへ参りましょう」


靴を脱いで屋敷の中に入り長い渡り廊下をヴンシュさんを先頭にして歩く。


「ここは、日本でいう寝殿造や書院造のようなつくりがされた建物です。例えばこちらの庭は枯山水かれさんすいと呼ばれるもので、観賞用の庭です。書院造の建物に多くみられる庭だと聞いております。一方、建物自体は寝殿造のものです。コの字型に作られており、正殿である玲瓏殿れいろうでんを中心に建物が渡り廊下で繋がれています。私たちが今歩いているのは透渡殿すきわたどのと呼ばれるところです。長に用があるものはここを通って正殿へ行くことになります。正殿は公的な場として使われており、長の生活には使われておりません。ここが寝殿造でありながら、書院造の構造を取り入れているところです。長たちの生活は渡殿わたどのと呼ばれる渡り廊下を渡った北側で行われています。そこに立ち入ることができるのは限られた者のみ。誤って迷い込むことのないようにしてください」


「わかりました、ヴンシュさん。気をつけます。それで、最初にここに入るときにヴンシュさんが言った言葉の意味はどういうものなんでしょう?」


ふふっと笑ってヴンシュさんがまた説明し始めた。

「先ほどの言葉は、長に用があると伝えるためのものです。門の後ろの者に伝えることができるように緊急の時以外は必ず歌うようにしなければなりません。意味は特に難しいものではありません。月のうさぎは星のうさぎでもある。星と星を繋ぐというのは、月と地球、月と他の星々など様々な意味がありますが、2つの星の架け橋となるという意味だと思っていただいてかまいません。闇を照らす明かりは、夜に浮かぶ月や星のこと。導はその明かりで導こうということです。月の住人である私ヴンシュがここにいます。フリューゲル、私の相棒となるべき人ときました。彼の名は林憐惺。聖なる都である青森から来ました。私たちにとって希望の光となるでしょう。ざっと、こんな意味です」


「そうなんですね。でも、どうして青森が聖なる都なんですか?」


「その話は後ほど。玲瓏殿につきました」

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