第6話 喫茶アルテミス
「あのう、ヴンシュさん。その服はどこから…」
「ああ、この服ですか?そんなに変ですか?」
「いや、変というかなんというか、それ僕の服のような気が…。どこからそんな、半袖パーカー出したんですか?」
「先ほどベランダから出たときに干してあった洗濯物から拝借して来ました。もうすっかり乾いているのにいつまでも取り込まないのは服の神様に怒られすよ」
こんなところでアニミズムを出されても困る。
だいたい、取り込もうと思ったのにいきなりやってきたのはそっちじゃないか。
なあんて、口に出していえるわけでもなく、愛想笑いで誤魔化しておく。
家から歩くこと15分。少し細めの路地の先。普通の一軒家にしか見えないところのドアノブに手をかけ、彼はこちらを振り向きながら、ドアを開けた。
「ようこそ、喫茶アルテミスへ」
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ダークブラウンを貴重とした小さな店内には、カウンター席が6つと、4人がけのテーブル席が2つだけ。お客さんは僕たち以外誰もいない。顎髭を生やしたマスターらしき人物に会釈をして、ヴンシュさんは奥のテーブル席に座った。
「ヴンシュさん、このお店が本当に月と繋がっているんですか?このお店のマスターとは、どんな関わりがあるんですか?」
「最初の問いに対する答えはYESです。どうやっていくのかについてはもう少しお待ちください。そして、2つ目の問いに対してですが…」
「それは、小生が。お初にお目にかかります、林様。ご挨拶が遅れましたが小生が喫茶アルテミスが主人、
「つまり、月と日の中立的な立場ってことですか?」
「はい、林様の言う通りでございます」
「そうなんですね。有明さんのような方はたくさんいらっしゃるのでしょうか?」
「小生のような存在がどれほどいるのかはよくわかってはおりません。ただ、古くから存在していることだけは、確実であります。林様は、陰陽師をご存知か?」
「安倍晴明で有名ですよね。怪異を鎮めるとかなんとか」
「ええ。かの、安倍晴明も月と日の両方の血を引くお方。小生のような存在は古くは陰陽師と名乗っておりました。陰である月と陽である日の血を受けし者。その2つが揃ったものは、安倍晴明のように、伝説的なとまでは行きませぬが、この世のものではないものが見え、活躍したようです」
ダンディで優しそうなマスターさんは、それだけ言った後、一礼してまたバーカウンターへ帰って行った。
途端に店は静かになって、時計の針の音とマスターのコップをふく音だけが響いている。
15分たった。新しいお客さんは1人もいない。店を眺めるのにも飽きてきた。
「ヴンシュさん、僕らは誰を待っているのでしょうか?誰もくる気配がありません」
「もう少ししたらくると思います。伝えるのを忘れていましたが、ここは結界の中なのです。このお店は有明さんの結界によって、地球のものが許可なく入ることはできません。もちろん、見つけることも」
「そんなこともできるんですか…」
「おや、あまり驚きませんね。てっきり、もっと驚くかと思っていました」
「驚いてますよ!そりゃもう恐ろしいくらい驚いてますよ!驚きすぎて言葉なんて出るわけないじゃないですか!この店のマスターが陰陽師だってのに驚いてるのに、結界の中にいるとかもうわけわかんないですって」
「そうだぞ、ヴンシュ。お前は説明が足りなすぎる。もう少し、教えてやるのも優しさだぞ」
ドアを開けながら、ピンクっぽい髪の毛をポニーテールにした女性と、目つきの鋭いツーブロックの男性が入ってきた。
「お待ちしておりました。ホーラさん。タクト、あなたはまた子供を怖がらせるような格好をしていますね」
「あァ!?急に呼び出しといてお前が言うセリフかァ?文句こいてんじゃねェ!」
ちょっと怖い。誰なんだろう、この人たち。
「タクト、喧嘩するな。少年よ、自己紹介がまだだったな。私の名前は奥村楓だ。コードネームはホーラ。ギリシャ神話かなんかの時間の神、『ホーラー』からきている。ホーラと呼んでくれ。この目つきの悪い奴がタクト。私の相棒だ。これからよろしくな」
「ホーラ…さん…。ええと、僕の名前は林憐惺です。コードネーム?はまだちょっとわかんないです。すみません。これからよろしくお願いします」
「気にするな、今日はコードネームをつけるために月へ行くんだ。コードネームをつけるには証人となるものも必要でな。そのために私たちも行くんだよ」
そう言って、ホーラさんはタクトさんと、ヴンシュさんそして僕の目を順番に見た。
「準備はいいな。これから、月へ向かうぞ。憐惺、ヴンシュの手を離すなよ。行くぞ」
そう言って、ホーラさんはタクトさんの手を取って、そのまま裏口へと消えていった。
それを見届けてから、僕たちも続く。
扉の先は、暗くて、何も見えない。ただ、闇が広がっている。
怖いなあ。どこへいくんだろう。
「行きますよ」
「あ、え、ちょっ…」
ヴンシュさんの声に連れられて、僕は闇の中へ足を踏み出した。
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