第4話 夢の話

夢。朝起きたらすぐにどんな夢を見ていたかなんて忘れてしまう。


──でも、確かにひとつ、たった一つだけ忘れられない夢があった。


ずっと、心の支えとなるような夢が。



でも、それとは別のどうしても思い出さなくてはいけない夢もあったような気がする。


「──中学生の頃です。夢を見ました」


「曇りの日で、台風が来ていたんです。窓から外を眺めていました。そしたら、宇宙から見た台風みたいな感じの丸いドーナツみたいな台風が他の家の屋根のスレスレでこっちに向かってきて、急に地面と垂直になりました」


こんな話であってるんだろうか。不安しかない。


それでも、ヴンシュさんは、続きを促すかのようにこちらから目を離さない。


「ちょうど目の前に台風の目がきて、中を覗いたら紫の空が広がっていて、虹がかかっていました。雲の中にも世界が広がっていることに対する驚きと、見てはいけないものを見てしまったという気持ちでドキドキしていました。すごいなあと思った瞬間、雲が地面と平行に戻って、端からくるくるとけてなくなったんです。わたあめみたいな感じで色が変わりながら」



話せば話すほど記憶が鮮明になっていく。


「台風ってこんなふうに消えるんだって思ってみんなに知らせようと思った次の瞬間、目の前が全部灰色になって、雲の中を進んでるんだって思いました。雲を抜けると、青空が広がっていたんです。自分の体の下に雲海が広がっていて、見渡す限りの青空で、目の前には太陽があって」


それから、それから僕は何を…。


ああ、そうか。思い出した。


「そこに向かって鳥が2匹飛んで行きました。カラスのような鳥です。雲の上は青空が広がっていると聞いたことがあったけど、本当なんだって。下ではあんなに大雨でみんなが困っていたのに、雲の上はいつも青空なんだってそう思いました」


その夢を見たのはもう何年も前のことなのに、たった今起きた出来事かのように鮮やかにその夢が、感動が蘇る。


「でも、それとは別にもうひとつ、夢を見た気がするんです。でも、思い出せなくて…。思い出さなくちゃいけないはずなのに…」


ヴンシュさんは目を見開いて、固まっていた。


「ヴンシュさん?どうかしましたか?もしかして、夢の内容が違ったのでしょうか?」


「あなたは、本当にその夢を見たんですね?嘘ではなく。だとしたら、そうだとしたら…。少し待っていただけませんか?早ければ明日、どんなに遅くとも1週間後にはまた訪ねさせていただきます」


そう言って、開けてあったベランダからヴンシュと名乗る鳥は慌ただしく飛んでいった。


「なんだったんだろう」


呆然とする僕の前で、麦茶に入った氷のカラカラという音と、エアコンの唸り声だけが部屋に響いていた。

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