第3話 流れ星の正体

「あらためまして、こんばんは、林憐惺。私の名前はヴンシュ。月のうさぎから参りました。私達の願いのために協力してください」


1階にある台所からよく冷えた麦茶をコップに入れて部屋に入った瞬間、鳥はそう言った。


ヴンシュと名乗る鳥はベランダを背にこちらをまっすぐ見つめている。


「ヴンシュ?さん?月のうさぎ?願い?え、どういうことですか?ちょっとよくわからないんですけど」


「では、まず最初から説明しましょう。月にはうさぎが住んでいるとされています。これはご存じですか?」


「ええと、月のクレーターによってうさぎに見えているだけではないんですか?」


「違います。月そして太陽にはあなた達と同じようにヒトが住んでいます。地球に住む人のことを『地球人』と呼ぶように月に住むもののことを『うさぎ』と太陽に住むものを『カラス』と呼ぶのです」


「はるか昔、私たちのご先祖さまとあなた達のご先祖さまそして太陽に住む『カラス』のご先祖さまは同じところで暮らしていました。しかし、太陽神、今では天照大神とされている人からのお告げにより『カラス』は太陽へ。そして、月神、今では帝釈天たいしゃくてん月読命つくよみのみこととも呼ばれるお方のお告げにより我々『うさぎ』は月へと移り住みました。『うさぎ』や『カラス』として移り住むことが許されたのは選ばれし者のみ。そのため、地球に住む人々はそれ以来、太陽、月の両方を信仰してきたのです。日が昇る時間は太陽の神に感謝をし、月が昇る時間は月に感謝をしながら人々は生活をしていました」


ヴンシュと名乗る鳥は、深呼吸をひとつすると僕から視線を外し下を見つめながら話を再開した。


「私たちの先祖も地球の人々の感謝に応えるために彼らの願いを聞き、エネルギーを分け与えていたのです。しかし、時の流れは残酷なもので人々は次第に信仰心を失っていきました。電気なるものが開発され、まず人々は月への感謝を忘れていきました。夜の空に出るものは月だけではありません。星もそうなのです。星は地球の人々の感謝の印、信仰の証でした。しかし、彼らが信仰心を忘れたがために、今星を見ることは難しくなっています」


ヴンシュと名乗る鳥は、覚悟を決めたように顔をあげて僕の目を見つめてくる。


「このままでは月の恩恵をあなた達は受けることができなくなってしまいます。そしてまた、月も光を失うでしょう。そこで我々は苦肉の策として、月のうさぎの者を地球に派遣することを決めました。それが私達です。今日、地球ではペルセウス座流星群と呼ばれる現象が起こりました。あなたが見ていたものがそうです。あの流れ星ひとつひとつが私たち月のうさぎの者です。皆、鳥の形をしたまま、星となって地球へと降り立ちました。私は過去に1度この世界へ降り立ちましたがその時はあなたを見つけられず1度地球に帰ったのです。今回ようやくあなたを見つけることができました。あなたの力が必要です。どうか我々を助けてください」


助けてと言われても、僕は何も理解できていない。


「地球だけでなく月や太陽にも人がいる?流れ星の正体が月から派遣された鳥?どういうこのなのかよく理解できません。なぜ、僕があなたの運命の人だと分かったのですか?なぜ僕なのでしょう。他の人ではダメなのですか?」


「他の人ではダメなのです。あなたは満月の夜に月に祈りを捧げていましたね?そのようにしてくれる人は現在ではとても少ないのです。そのような人のところにのみ月のうさぎは派遣されているのです」


どんなに説明されても何がなんなのかさっぱりわからない。


「ええと、ヴンシュさん?なぜあなたは僕が運命の人だとわかるんですか?」


ヴンシュと名乗る鳥は、ベランダの方を向いてじっと空を見つめている。


ふと、5分か、10分かあるいはもっとなのかわからないけど、彼はおもむろに口を開いた。


「夢を見たはずです。あなたは夢を見たはずです。見ませんでしたか?ずっと記憶に残っているような、忘れられない夢をあなたは見たはずです」

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