第28話 【秦陽】の戦い②
「秦武君様、やっと動きました。敵に隙が見えました。」
秦武君が、公孫翔の言葉に反応して視線を移すと、大きな盾を構えた専用機が一騎でこちらに向かって突進してくる。あの専用機は朱義忠将軍の機体だ。
――ダダダ、ダン、ダーン、ダ、ダン・・・。
城外からも大きな音が聞こえた。魔弾砲の発砲した音が響いた。
直ぐに着弾の音がして、東門に火花が散り、土煙が舞った。
「公孫翔将軍。城外の味方の攻撃が始まったぞ。」
秦武君が嬉しそうに話した。いよいよ出撃だと号令を待っている。
「皆、魔弾砲を撃て!狙いはこちらに突進してくる専用機だ!」
公孫翔将軍は城内の鎧騎士に魔力充填が終わった者から、朱義忠の機体に向けて魔弾砲を放つように命令した。
「撃て!撃て!撃て!」
公孫翔将軍は朱義忠を倒すのを最優先に攻撃を命じた。
朱義忠さえ倒せば、この戦いの勝利は決まる。
全戦力を朱義忠の攻撃に集中させた。
――ダン、ダン。
朱義忠の専用機に狙いをつけた者から、魔弾砲の引き金を引いていく。
動きが早過ぎて、照準が合わない。合ったと思ったら、《瞬歩》魔法を使って秦家軍の攻撃を翻弄していた。
「神級魔力は伊達じゃないか。だが、敵は一騎だ。何としても仕留めろ。」
公孫翔は声を涸らして、命令を告げる。
朱義忠の専用機は、既に秦家軍との近接戦の間合いに入っていた。
盾を捨てると、手に持った長剣で敵の鎧騎士を斬り裂く。そして、直ぐに《瞬歩》を使って移動しては、長剣を振り抜いた。
あっという間に、秦家軍の鎧騎士3騎が長剣の錆になっていた。
「公孫翔将軍、俺が行く。」
朱義忠の戦いぶりを見ていた秦武君が、遂に我慢できなくなり動いた。
「お待ちください、秦武君様」
公孫翔が声を掛けた時には、既に秦武君は《瞬歩》魔法で姿を消していた。
《瞬歩》魔法で秦武君の専用機が移動した先は、朱義忠の専用機の背後であった。
——カキン。
背後から振り降ろした剣を、反射的に朱義忠の長剣が受け止めた。
「やるな、朱義忠将軍。私は秦伯爵家次男、秦武君。貴殿の命を頂戴しにきた。」
秦武君は名乗りを上げた。
「ほう、秦家軍にも《瞬歩》魔法を使う騎士がいたとは。」
朱義忠は余裕を感じさせる素振りで秦武君に答えた。
だが、内心は焦っていた。
(ハァ、危なかった。あと一歩反応が遅れていたら、やられていた。)
背後に気配を感じてとっさに長剣が反応したが、本当に危なかった。
敵に《瞬歩》魔法を使う騎士がいるとは知らなかったので、背後にはあまり意識を集中していなかった。
「お初にお目にかかる。だが、朱義忠将軍と会うのも、これが初めで最後です。将軍にはここで死んでもらう。」
言葉を言い終えると、秦武君は《瞬歩》で再び移動した。
今度は、朱義忠の正面に移動して、剣を上段から振り下ろした。
秦武君が手に持つのは、ミスリル製の希少金属で出来た剣だ。
――カキン
朱義忠は正面からの攻撃を長剣で受け止めずに、動いて避けた。
「なぜ、その剣をお前が持っている。」
「私は、秦伯爵家で最強の騎士。そして、秦家軍を率いる騎士だからです。この俺が秦家の家宝で、大陳国の宝具を使うのは当たり前なのですよ。」
秦武君は再び《瞬歩》を使って姿を消して、間合いを取った。
そして、広範囲の火球弾の砲撃を剣先から放った。
朱義忠は火球弾の広範囲攻撃を《瞬歩》で回避すると、
声を振るわせて秦武君を問い詰めた。
「なぜ、お前がその剣と鎧を持っている!?」
「その剣と鎧は楊家の家宝だ。」
秦武君のミスリル製の鎧と剣は、元々は楊公爵の宝具だったモノだ。
大陳国では、王家が最強の硬度を持つアダマンタイトの鎧と武器を所有していた。
そして、国境を守る3大貴族の楊公爵家、蔡辺境伯家、蘭辺境伯家の3家は、ミスリルの希少金属で出来た鎧と武器が王家から与えられ国境を守っていた。
そして、楊家の宝具は蔡家軍に奪われてしまっていた。
侵攻した蔡家軍の陣地に、楊公爵が無実の釈明に向かった時、張公爵を殺してその場で奪ったモノだった。
「このミスリルの鎧と剣は、大陳国の国境を守る為の宝具。楊家が滅んだ今、国境を守護する秦家が王家より賜ったモノです。そして俺が賊を討つ為に、この宝具を手にしている訳です。お
「この
朱義忠は、無念の楊公爵を思い出して怒り声を上げた。
そして《瞬歩》魔法で、秦武君の機体の背後に移動すると長剣を振り下ろす。
「終わりです、朱義忠将軍。」
朱義忠が振り下ろした長剣を、秦武君がミスリルの剣で迎え撃った。
――ガチャン。
振り下ろした長剣が砕けて、ミスリルの剣が朱義忠の機体の右肩を斬り裂いた。
斬られた機体の肩から先の腕が地面に転がった。
秦武君と戦う前から、朱義忠の剣は既に限界だったのだ。
朱義忠の機体や長剣は将級魔物の素材で出来たモノだった。既に、秦家軍の鎧騎士3騎を斬った時点で限界に近かった。
そこで、秦武君の一撃を受け止めた時点で、剣にひびが入っていた。
朱義忠が怒りに任せて振り下ろした剣は、無謀としか言えない最後の一振りだったのだ。
「まだだ、終わらせない。」
朱義忠は《瞬歩》でその場から移動すると、倒した秦家軍の鎧騎士から奪った剣を左手に持った。そして、再び《瞬歩》で秦武君の機体の背後に移動。移動したと同時に剣で突いた。
だが、結果は同じ。秦武君が腕の盾で防ぐと剣は直ぐに砕けた。
魔力伝導の高いミスリルの鎧を、将級魔物や特級魔物の素材の武器では貫く事はできない。騎士が大した魔力階級でなければ話は別だが、王級魔力の秦武君が搭乗する以上、最低、王級魔物の素材の武器で無いと太刀打ちできないのだ。
「まだだ。まだ、終わらない。」
朱義忠は再び《瞬歩》で移動をして、倒した鎧騎士の剣を奪って攻撃を行うが結果は同じだ。ミスリルの鎧や剣には届かない。
剣を奪おうと秦家軍の鎧騎士に襲うが、利き腕の右手を失った朱義忠では攻撃が弱い。反撃に遭って、右足をやられてしまった。
反撃した秦家軍の鎧騎士が止めを刺そうとすると、秦武君が静止した。
「止めろ。止めは俺が刺す。これは俺の獲物だ。」
そう言うと、《瞬歩》で秦武君の前に移動する。
「惨めですね、朱義忠将軍。私の初陣の武勲として、神級魔力の騎士の首は悪くありません。これで本当に終わりです。」
秦武君はそう言うと、片足を失って動けない秦武君に剣を振り下ろした。片足を失った今では《瞬歩》の魔法も発動できなかった。
――カキン。
秦武君のミスリルの剣が受け止められた。
「なに・・・、俺の剣がなぜ、前に動かない。」
唸るような声を上げたのは、秦武君だった。
朱義忠を切り伏せる為に、振り下ろした剣が止まってしまった。
確かに、何者かに受け止められた感触と音がした。
だが、視線の先にある朱義忠の機体は動いていない。いや、動けないのだ。片足でバランスを保って立つのがやっとの状態で、とても剣を受け止める状態では無い。それに、朱義忠の剣ではそもそも受け止める事が出来ずに、砕けるはずだ。
(何が、起きている?)
意識を変えて、前方を見ると、人がミスリルの剣を受け止めていた。
「なんだ。お前は!」
思わず秦武君が叫んだ。
剣を受け止めているのは人間だ。《空歩》の魔法か何かで空中に浮いて、鎧騎士の剣を受け止めている。
「朱義忠、大丈夫か。間に合って良かった。」
空中に浮いた人間は、剣を受け止めた状態で朱義忠の安全を確認している。
「お前は何者だ。答えろ!俺の質問を無視するな!」
自分を無視する人間に向かって、秦武君が怒りを露わにしてもう一度叫んだ。
「
「秦家領を貰うだと!ふざけた事を。」
秦武君は剣に魔力を
そのまま、剣を振り下ろして、慶之を斬り裂くつもりだ。もし、慶之がその剣を
「なにがふざけているんだ。こっちは真面目だぞ。」
慶之はそう言うと、逆に秦武君の剣を押し始めた。
《空歩》から《飛翔》の魔法に変えて推進力を強くして、そして慶之の持っていた刀を振り払った。振り払われた秦武君の機体は、後ろに倒れて尻もちをついた。
「な、何なんだ。お前は、人間が鎧騎士と戦って吹き飛ばすとか有り得ないだろ。しかも、こっちは、王級魔力の力で押しているんだ。」
秦武君はムキになって、慶之に向かって再び剣を振るおうとした。
「そんな事は知らん。俺が朱義忠将軍を助けるまで、大人しくしていろ」
慶之はそう言うと、《重力》魔法を使って、秦武君の機体を空中に浮かばせた。
秦武君は空中でジタバタ手足を振り回すだけで、足場が無いので何も出来ない。
「朱義忠将軍。東門まで《瞬歩》で移動できるか。」
慶之は背中を向けたまま義忠に話しかけた。
「・・・あなたは本当に、楊慶之様なのですか。」
義忠は警戒をするような口ぶりで尋ねた。
秦武君と戦って空中に浮いている慶之が、《重力》魔法を片手で操作したまま、朱義忠の前に移動した。
「俺だ。朱義忠将軍。この顔と声を忘れたか。」
朱義忠の前に移動した慶之の顔を見て本人だと納得したようだ。
慶之は魔力が無かったので、義忠とは親しい間柄では無かった。だが、楊家の筆頭の将軍として、楊家の一族の顔や声は知っていた。義忠が一番仲が良かった楊家の次男の楊剛之からも話は聞いていたので、性格もある程度は知っていた。
「あぁぁぁ、本当に生きていたのですね、楊慶之様。」
義忠はその場で片足で倒れながらなんとか跪き、慶之に礼を行った。
「さぁ、一旦、東門の陣に戻るぞ。」
慶之と義忠は《瞬歩》でその場から消えていった。
* *
【秦陽の城外】
時間は四半刻(約30分)ほど遡る。
「郭許将軍。東門を、東門を破壊しました。」
着弾した魔弾が上げた砂煙が晴れると、狙い通り見事に東門は破壊されていた。
副官の男の叫び声ぶと『やった!』『うおおお』等の兵の声が上がり、東門を破ったことで兵の士気が大いに上がった。
「よし、これで、城内に侵入できる。当初の狙い通り城内の味方と合流して、敵の息の根を止めるぞ」
「うおおおおおおお!」
郭許の叫び声に兵が歓声で答えた。
一方、【秦陽】の東門の城壁に立つ楚郭の表情は厳しかった。
「楚郭様、東門が破壊されました。」
「そうか・・・。」
伝令兵の報告に楚郭は頷いた。
(まぁ、秦家軍の罠に嵌った時点で、生きて帰れる確率は無くなったからな。後は、一人でも多くの敵をあの世に道連れにすることだが。これだけ、敵が近づいても砲撃しないとか、マジでキツイな。)
朱義忠に城外の秦家軍を任された楚郭は、厳しい表情で城外から近寄る秦家軍を睨みつけていた。
城外の秦家軍の主力は東の国境に向かったはずで、戻ってくるとしても昼頃の予定であった。それが、実は東の向かったのは囮で主力の本隊は城の近くに隠れていたのだ。この罠に嵌った時点で、旧南東軍には逃げ道が無くなり、全員この戦場で死ぬことが決まった。
後は、降伏して奴隷兵として売られるか。
多くの敵をあの世の道連れにするしか選択肢はない。
今の処は、たくさんの敵をあの世に道連れにする為に頑張っている。
(義忠様から言われたのは、『確実に狙いを外さない距離まで近づいた処で、魔弾砲の攻撃を始めろだった』な・・・そろそろ良いか。)
楚郭は目測で敵との距離を図ると、魔弾砲の砲撃の許可を与えることにした。
「おい、鎧騎士の半数はそろそろ撃っても良いぞ。しっかり狙いを定めて、命中すると確認できるタイミングで、各々が撃て。」
楚郭は集中砲撃にこだわらなかった。
集中砲撃の場合だと焦って撃たねばならない。場合によっては狙いが定まっていなくても、引き金を引いてしまう者もいる。それに、狙いが重複して、無駄撃ちが発生する可能性もある。それより、各人のタイミングで砲撃した方が、命中率も高く、相手にいつ撃ってくるか分からないちう心理的プレッシャが与えられる各自砲撃を行わせていた。
——ダン・・・・ダン・・・・ダン。
散発的に魔弾砲が城壁の上から放たれる。
城壁の上で待機している秦家軍の鎧騎士の数は60騎なので、その半分の30騎が射撃を行った。ほぼ全弾的が敵に命中したが、敵は盾を頭の上に掲げながら進軍している。盾を抜けたり、盾ごと破壊したのは30騎の内、10騎も無かった。
だが、通常の敵の破壊率は10%。良くて20%と言われているので、30%近い確率で敵の鎧騎士を破壊した楚郭の部隊の戦果は悪くない。
「魔弾砲を撃った半数は東門で敵の侵入に備えろ!残りの半数はこの場で待機。」
楚郭は魔弾砲を撃ち終わった半数を城壁の上から門の周りに降ろした。
「城門の周りに待機している鎧騎士は、門の内側でコの字を作れ。配置が終わったら、盾を並べて壁を作るんだ。門から侵入した敵をここで阻む。城壁の上の鎧騎士は、コの字に入り込んだ敵を上から攻撃できるように左右に展開する。」
楚郭の作戦は、東門から侵入する敵を東門の内側で待ち構えて集中攻撃を行う内容だ。東門から侵入した敵は、コの字で盾を構えて鎧騎士に進軍を止められる。そこを城壁の上から魔弾砲で攻撃を行う。
狭い東門から侵入できるのは2騎か3騎だ。
東門からの侵入にこだわると、秦家軍の主力が数の有利を活かせない。
「配置が終わりました。」
準備は終わった。後は東門でどれだけ凌げるかだ。
楚郭は城門の上から東を見下ろした。既に秦家軍が城門に迫っていた。
頭上を盾で守りながら、秦家軍の鎧騎士が東門から侵入してくる。
「楚郭様、東門から3騎が侵入。」
「よし、城門の鎧騎士は盾を構えて壁と為せ。城壁の鎧騎士は魔弾砲で攻撃。」
楚郭の命令通り味方の鎧騎士が動くと、敵の鎧騎士3騎はあっけなく倒された。
直ぐ次の敵が現れたが、同じように東門の入り口で敵を倒した。
城外では、郭許が東門で発生した渋滞の原因の報告を聞いていた。
「郭許将軍、城内で敵の鎧騎士が盾を並べて壁を作り、侵入した我が軍の鎧騎士の進軍を喰い止めています。」
門を
このままでは東門を制圧するのに時間が掛かり、鎧騎士の損傷も大きくなる。
「さすがは朱義忠、ずいぶんしぶとい。」
郭許は爪を噛みながら策を考える。
暫く考えると伝令兵を呼んで、命令を告げた。
「・・・東門からは一旦下がれ。北東に散った100騎は北門から。南東に散った100騎は南門から【秦陽】に侵入させろ。」
郭許の命令で秦家軍の主力は、東門から退いて行った。
「退きましたか。」
楚郭は城壁の上から、こちたの射程距離の外に動き出した敵を眺めていた。
秦家軍の主力は東の軍は退いたが、代わりに北東と南東の各100騎の軍がそれぞれ北門と南門に向かって動き出した。
(ああ・・・、ここまでは朱義忠将軍の指示通りに動いたら上手くいったが、こうなると、もう打つ手はないな。)
北門と南門から主力の鎧騎士が【秦陽】の城内は敵の鎧騎士400騎対60騎の戦いになってしまう。
郭許の狙いは、城外から東門を攻めるのが消耗が激しいのであれば、城内を圧倒的戦力で押し潰すという戦力だ。
城内が押し潰されれば、東門のコの字の壁も崩壊する。
(ここまでか・・・。)
楚郭は、北門と南門に向かう秦家軍の主力を見送ることしか出来なかった。
* *
慶之と朱義忠は東門の陣に戻っていた。
義忠は右手と右足が破壊された専用機から降りて、慶之に跪いていた。
「慶之様、さきほどは有難うございました。おかげで無駄に死なずに済みました。ですが、ご覧の通り厳しい戦況。救援を頂いていながら情けないのですが、ここからお逃げください。慶之様の先ほど使っていた《飛翔》魔法ならまだ逃げられます。」
慶之の前に跪く朱義忠を見て、王常之や他の兵も集まって来て、義忠と同じように地面に跪いた。
「俺は逃げない。さっき、敵の将にも話したが、俺はこの旧楊家領を秦伯爵から取り返しに来た。」
「慶之様、王常之でございます。生きて頂いて本当に良かった。息子の常忠の護衛が十分でなく、危険に遭わせた旨、深くお詫び申し上げます。」
王常之は深々と頭を下げた。
「王常之、お前も無事だったか。本当に良かった。」
王常之は慶之のことを本当に大事にしてくれていた。
皆が魔力の無い慶之を蔑視する中、侍従長の彼は、魔力の無い慶之のことを守ってくれた。
楊家に仕える侍従たちは、慶之に仕えるのを嫌がった。慶之は魔力が無いだけでなく、三男で将来性もない。慶之に仕えるのは、侍従たちは自分の人生を閉ざすと思っていた。
そこで常之は、一番下の息子で自由にさせていた常忠を呼び寄せて、慶之に仕えさせたのだ。それくらい慶之のことを気にかけていた。
家族の次に、慶之の事を心配していた家臣が王常之であった。
「慶之様、ずいぶん変わられましたな。以前、慶之様の配下を名乗る間者が私に接触してきましたが。あの者は本当に慶之様の配下なのですか。」
王常之の知っている慶之は、いつも部屋に籠って薬を作ったり、職人と工房で魔道具を作ったりしていた。慶之が間者を配下に従えている姿など想像も出来なかった。
「ああ、姜半蔵だろう。彼は俺の配下と言えば、配下だ。『姜氏の里』という里の連中を束ねて、頭領をやらされているからな。その仲間たちと一緒に、蔡辺境伯に復讐に戻ってきた。」
「復讐ですか。」
跪いて話を聞いていた義忠が『復讐』に反応した。
「そうだ、楊一族の『復讐』だ。俺は蔡辺境伯を倒す。その為に、既に落とした曹家領とこの秦家領を足掛かりにするつもりだ。朱義忠、王常之、それに旧南東軍の兵士たち、皆、俺に力を貸して欲しい。」
「楊家の復讐の為に力を貸すのは何の問題もありませんが、今は一旦お逃げください。態勢を立て直して、再び楊家領を奪還に来ましょう。」
目の前の秦家軍と城外の主力から、とにかく逃げなければと義忠は考えている。
「逃げる?秦家軍からか、それは俺に任せててくれ。」
そう言うと、慶之は鞄から《念話機》を取り出して話し始めた。
「城内は桜花、城壁の上は陽花、東はレイラ、北東は美麗と羅漢中、南東は麗華と剣星。それぞれの地域の制圧を頼む。一騎たりとも逃すな。そして、鎧の魔石はしっかり回収するように頼む。以上だ。」
慶之は指示が出し終わると、念話機をしまった。
「これで、大丈夫だ。」
朱義忠と王常之は首を傾げた。
何が大丈夫なのかさっぱり分からない。それより、早く慶之に逃げてもらわないと、城内と城外の秦家軍の攻撃が始まってしまう。
朱義忠と王常之が首を傾けている頃、公孫翔は朱義忠を倒す作戦が失敗したので、別の作戦を部下に命令していた。
「城壁の敵を倒す為、北門と南門から城壁の上に登って東門の城壁の兵を倒せ。城壁の上を倒したら、そのまま城壁の上から東門に陣取る敵を攻撃しろ。行け!」
東門の城壁の上の敵を倒せば、敵の優位性は無くなる。
北門と南門の城壁の上から進軍すれば、同じ高さで城壁の敵と戦える。
破壊された東門から城外の味方が進軍してくるので、一気に畳みかけるつもりだ。
「すまん、公孫翔将軍。邪魔が入って、朱義忠将軍に逃げられた。」
秦武君は公孫翔に謝っていた。
空に浮いた騎士に、朱義忠を仕留めるはずの一撃をふさがれたと話したが、その話は信じてもらえなかった。『初陣ですから』と言って、あやふやに報告が終わってしまったが仕方がない。俺でも、あの騎士の存在は信じられない。
生身の人間が王級魔力の騎士の一撃に競り勝つのは有り得ない。
秦武君が悔しそうに
「公孫翔将軍。敵襲です。右側の鎧騎士が攻撃を受けて、被害が出ています。」
跪いて、伝令兵が報告を行った。
「敵襲?・・・被害?今、朱義忠将軍が撤退した所だぞ。仕留め損ねたが、右手右足の損傷で戦る状況では無いぞ。」
公孫翔の横にいた秦武君が伝令兵に報告の信ぴょう性を尋ねた。
単身で攻撃してくる鎧騎士としたら朱義忠将軍しか考えられない。
先ほどの生身の人間も頭を掠めたが、伝令兵は鎧騎士と言っていた。
前方を見ると、 旧南東軍は大きな盾を構えたまま『方円の陣』を敷いている。
動く気配など、微塵も見られなかった。
「公孫翔将軍、あちらを見てください。」
今度は魯仁将軍の声だった。
彼が北門の城壁の上で待機していた鎧騎士を指差した。
「な、なんだ。何が起こった!?」
公孫翔は魯仁将軍の指の先を見て、思わず唸った。
そこには、次々に倒れる鎧騎士の姿があった。
戦っている気配は見えない。ただ何かの気配は感じるが、手足と首を切断されて鎧騎士が倒れて、城壁の上から地面に落ちていく。
何が起きたか分からない。
だが、鎧騎士が手足と首を切断されて順番に倒れていく異様な景色である。
「敵か。魔法か。とにかく城壁の鎧騎士に撤退を命じろ!」
なんとも不気味な景色を見て、公孫翔は慌てた。
貴重な鎧騎士を訳も分からず失う訳にはいかない。
既にあっという間に北門に登った鎧騎士の半数が倒されていた。このままでは北門に進軍した50騎が全滅してしまう。
手足と首を切断されて、無様に城壁の上で転がっていた。
「公孫翔将軍、伝令が届くまでに北門から向かった部隊は全滅です。北門はあきらめましょう。それよりも南門に向かった部隊の撤退を急がせましょう。」
魯仁将軍も驚いた表情で、とにかく南門に進軍中の部隊の撤退を進言した。
「そ、そうだな。伝令兵、南門の城壁の部隊に撤退を命じろ!」
公孫翔将軍は伝令兵に慌てて命令を伝えて走らせた。
入れ違いに、別の伝令兵が声を上げる。
「公孫翔将軍、お逃げください。右手も危険です。既に右側は壊滅状態です。」
右手に目を向けると、北門の城壁と同じく順番に鎧騎士が次々と倒れている。
倒れた鎧騎士はこれも北門と同じく手足と首を切断されていた。
もう直ぐそばまで、敵が近づいている。
「公孫翔将軍、ここは私が。貴殿は秦伯爵を連れて・・・・。」
公孫翔を庇うように魯仁将軍の機体が前に出た。
だが、威勢は良かったが、あっという間に手足を失って倒された。
「魯仁将軍・・・・。」
魯仁将軍が倒されるのを見て、公孫翔将軍は剣を持って身構えた。
つもりだったが、いつの間にか剣を持った右手と盾を持った左手が地面に転がっていた。剣と盾ごと腕が斬り裂かれて地面に落ちていた。
――ガクッ。
平衡感覚を失って、鎧騎士が崩れた。足を切断されたようだ。
「くそっ・・・。」
いつの間にか、スクリーンも映らなくなっていた。
きっと、顔を切断されたようだ。
公孫翔は鎧騎士を動かそうとするが、手足と視覚を失った機体は動くはずが無かった。
鎧を動かすのを
「な、なんだ、これは・・・。」
やっとの事で外に出て周りを見回すと、転がっている鎧騎士が100騎はあった。
全ての機体が手足と顔を切断されて、仰向けで亀のようになって転がっていた。
そこには、秦伯爵の鎧騎士の姿もあった。
先に倒された魯仁将軍も機体から飛び降りて、秦伯爵の元に向かっている。
「俺は、夢でも見ているのか・・・・。」
公孫翔は何が起きたのか分からず、ただ
「な、何なのですか、これは、いったい・・・。」
状況が理解できずに呆然としている将軍は公孫翔将軍だけでは無かった。
朱義忠も、目の前の景色を見て
「慶之様、私は夢でも見ているのでしょうか。」
朱義忠の隣で、楊家の侍従長だった王常之も一緒に驚いている。
あっという間に、前方の秦家軍の鎧騎士が倒されていった。
100騎もいた敵の鎧騎士が10分も経たない内に大半を倒した。残りは3分の1程度まで減少していた。
しかも、全ての鎧騎士が手足と首を切断されて仰向けになっている。
倒れた鎧騎士の操縦席から騎士が出てきて、走って逃げていく。
「ああ、あれは仲間の姜桜花が《神速》魔法を使って倒したんだ。彼女の動きが早いんだが、義忠なら目で追えるだろう。」
慶之は桜色の鎧騎士の動きを捕らえていた。
朱義忠は目に魔力を籠めて、やっと桜色の鎧騎士を見ることが出来た。
「《神速》魔法ですか。籠城戦の時、この魔法の使い手の蔡家7将軍の一人に剛之様が散々苦しめられたと聞きましたが。本当に恐ろしい魔法ですね。これが味方で本当に良かった。」
桜花があっという間に、《神速》魔法で城内の前面の鎧騎士を全滅させていた。
神級魔力の朱義忠将軍でやっと目で追えるぐらいの速さだ。
「あの速度ですと、私でも反応するのがやっと。まさか、《神速》魔法の使い手をが慶之様の仲間にいるとは頼もしい限りです。しかも2人も。」
義忠将軍は後方の城壁の上に目を移していた。
城壁の北側も《神速》魔法を使う専用機が秦家軍を全滅させていた。南側も撤退していたが、もう直ぐ決着が尽きそうだ。
「あっちは董陽花だ。彼女も神級魔力の騎士だ。彼女は姜桜花の弟子だ。」
「たぶん、私ではあの2騎に太刀打ち出来ないでしょうね。」
朱義忠は火属性魔法の使い手で、威力のある火属性攻撃が武器である。
攻撃の威力だけでなら、桜花の攻撃力を上回る。
だが、その歴戦の朱義忠でも、速度と刀の技では敵わないとぼやく程の力を桜花は見せつけた。
朱義忠の能力を《認識》魔法で見てみる。
神級魔力
① 武力レベル 880
② 知力レベル 720
③ 魅力レベル 830
④ 魔力レベル 750
武力880は、虞美麗の870や趙麗華の810より大きいが、900台の桜花や趙紫雲には敵わない。ただ、知力レベルと魅力レベルが高い。
麗華ほどでは無いが、兵を率いて戦う用兵家タイプの将軍だ。
騎士としての単純な武力は、桜花や陽花の方が《神速》魔法と鎧の性能のおかげで勝っていた。
「朱義忠は能力は高いが、力が十分に発揮できていない。」
「私がですか。私の能力は慶之様の仲間の騎士に及びませんよ。」
「そんな事は無い。ただ鎧騎士の性能が悪すぎる。せめて、楊家のミスリル製の鎧クラスでなければ、朱義忠の能力を十分に発揮できない。」
「ミスリルの鎧ですか、あの鎧は楊家の当主が搭乗すべき宝具。私めがそのような鎧に乗るなど、恐れ多いですよ。それこそ、慶之様がお乗りになるべきです。」
「俺は既に、自分に合った鎧を手に入れている。それに、仲間の鎧もほとんどが神級魔石を使った機体だ。ミスリル製の鎧に匹敵する機体は何体もある。この戦いが終わったら、朱義忠の鎧も用意する。そうすれば、朱義忠も本来の力が発揮できるはずだ。」
「私の鎧など、今の機体で十分ですよ。」
「仲間が最高の力を発揮すれば、その分俺たちの力が強くなる。朱義忠が強い鎧に乗るのは、俺たちの為でもある。蔡辺境伯を倒して、楊家の一族の復讐を果たす為には力が必要だ。その為には朱義忠にも強くなってもらわなければ困る。」
「分かりました。慶之様。お言葉に甘えます。確かに、あの2騎の鎧は素晴らしい。あの速度で動いても鎧騎士の性能が安定している。普通の鎧なら、既に悲鳴を上げて、動けなくなっていますよ。さすがは、神級魔石を使った鎧ですね。」
朱義忠は、桜花と陽花の鎧の性能に感心していた。
「というか、慶之様の仲間には鎧職人もいるのですか。」
今更ながら、義忠は話の流れで気がついて声を上げた。
「そうだ。この大陸で1,2を争う優秀な鎧職人がいるぞ。」
慶之はニヤリと笑った。
そこに今まで黙っていた王常之が話に割って入ってきた。
「慶之様、その鎧職人や優秀な神級魔力のお仲間のことも伺いたいのですが。そもそも慶之様は今まで何処にいたのですか。それに、なぜ、慶之様が魔力を持っているのですか?」
これでもかと言うくらい次から次へと早口で質問をしてきた。
「ま、待て。これには、いろいろとあってだな。それより今は戦闘中だ。この話は戦いが終わったら、まとめて説明する。それより、城外の戦いも気になるな」
慶之はそう言うと、城外の戦場に目を移すのであった。
* *
「なんなんですか、あれは、慶之様。」
城壁の上にあがった朱義忠はいきなり謎の物体を見て叫んでいた。
朱義忠が驚いているのは、空に浮かんだ専用機だ。
その専用機が弓で、秦家軍の鎧騎士撃っている。
しかも、その矢の威力が凄まじい。
鎧に矢を撃つ者はいない。矢が鎧の装甲にはじかれるに決まっている。
だが、目の前の鎧騎士は矢に魔力を籠めて放っていた。そして、魔力の籠った矢が盾に命中すると、盾を吹き飛ばしていた。
これだけの威力の矢が空から降ってきたら、それは恐怖でしかない。
敵の鎧騎士は逃げ回っていたが、空から放たれる矢は確実に獲物を仕留めていた。
「あれはレイラ。彼女も仲間だ。エルフ族の神級魔力の騎士だ。」
「そういう事を聞いているのではなく、なぜ鎧騎士が空に浮いているのですか。」
朱義忠が驚くのも尤もだ。
《飛翔》や《空歩》で空を飛ぶのは可能だが、それはあくまで人の話だ。
鎧に空を飛ぶ性能はないので、空を浮かぶ鎧騎士などいなかった。
「あ、あれか。鎧騎士が空を飛ぶのが珍しいのか?空を飛ぶ赤龍の皮で作った鎧だから飛べてるんじゃないのか。それに、レイラも空を飛ぶ魔法が得意だしな。」
慶之は、鎧の性能について詳しく知らなかったので、自分の鎧も空を飛ぶことが出来たので、レイラが飛べるのは当たり前くらいしか考えていなかった。
「鎧騎士は、普通は空中を飛べません。」
朱義忠は当然のように言った。
「そうなのか、だったら、姜平香のおかげかな。」
「なんですか、その姜平香という御仁は。」
「さっき話した仲間の鎧職人だ。平香はこの大陸で1,2を争う技術を持った鎧職人だからな。彼女が普通に作ったから、俺もあまり疑問に思わなかったんだよ。」
「そうなのですか、まぁ、味方の鎧職人が優秀なのは良いですが、いったい何者なのですか、慶之様の仲間たちは。」
「それも、後で紹介する。それより、今は戦いの方が大事だからな。」
レイラが空から、魔力の籠った矢を放って粗方の鎧騎士を倒していた。
どの鎧も手足を失い戦闘不能になって転がっている。桜花が倒した鎧騎士のように仰向けになった亀のようで戦闘不能になっていた。
空からの矢の攻撃に対して、秦家軍は盾や結界で身を守るしかなかった。いや、その盾や結界すら気休めでしかなく戦意を失っていた。
「それにしても、あの矢の威力は凄いですね。あの矢が敵の攻撃だったら、ぞっとしますよ。」
朱義忠はレイラの矢には驚いていた。
正直、自分が戦っても勝ち筋すら見つけられないと思って見ていた。それほど、レイラの力は圧倒的だった。
「レイラの矢には風属性の魔力と聖属性の《補助》魔法が付与の力が加わっている。矢にブーストがかかっている。威力だけなら、魔弾砲の砲撃より威力は強い。」
「ブーストですか?」
「ああ、強化だ。風属性の魔法の威力を、更に強化する魔法だ。」
前世の言葉を使ってしまった慶之は、言葉の意味を説明してごまかした。
「《付与》魔法ですか。《付与》魔法で、矢の威力がこんなに強化されるとは知りませんでした。」
《付与》魔法は珍しくない。
聖属性魔法で、《治癒》や《結界》の魔法に続いて、《付与》魔法を使う魔法使いは多い。《付与》魔法は、
それが、物である矢に力を付与して、矢の威力を増幅させて攻撃する《付与》魔法を朱義忠は今まで見た事が無かったのだ。
城外の東門の正面はレイラのおかげで、掃討戦に変わっていた。
* *
視線を城内に移すと、城内もほぼ片が付いたようだった。
桜花が《神速》魔法で、秦家軍の鎧騎士をほとんど『亀切り』にして倒していた。
「まったく、骨の有る敵が少しはいるかと期待したけど。全然だめだね。この前の曹家軍の時もそうだったけど弱すぎるよ。これじゃ、修行にもならないね。まぁ、慶之の為だから仕方が無いか。」
桜花はブツブツ言いながら、敵の鎧騎士を倒している。
《神速》魔法を解除して敵の鎧騎士と戦ったりもしたが、全く歯ごたえがない。
大根を切る作業のように、敵の鎧騎士を『亀切り』にして倒していった。
ただの作業なら早く終わらせた方が良いと、再び《神速》魔法を発動させて任務をこなしている。
バトルジャンキーの桜花の期待に応えられる敵は秦家軍にもいなかった。
専用機3騎に遭遇したが、動きが遅すぎて全くこっちに反応も出来ていなかった。
結局、他の汎用機と同じように『亀切り』にして倒した。
――ガン
秦家軍の専用機が初めて桜花の動きに反応して、魔刀を止めた。
「やっと当りを引いたね。僕の魔刀を受け止めるなんて、少しは楽しめそうだ。」
桜花は鎧の中で、ニヤついた表情を見せた。
魔刀を受け止めた専用機が桜花に話しかけた。
「お前は何者だ。さっき、朱義忠を逃がした騎士か、それともそいつの仲間か。」
「君、僕の正体を知りたいのかい。君は一応僕の一撃を止めたからね。教えて上げても良いけど、その前に君の名も聞いておこうか。僕の刀を受け止めた騎士の名は後で公明に報告しないといけないんだよね。」
「そうか、なら俺から名乗ろう。俺は秦伯爵の次男、秦武君。一応、王級魔力の騎士だ。貴殿は神級魔力の騎士のようだな。その《神速》魔法には神級魔力でないと発動できない。蔡家軍にその魔法を使う騎士がいると聞いた事があるが、貴殿は女だから、その御仁では無いようだ。いったい何者なんだ。」
「へぇ、君、詳しいね。この国に《神速》魔法が使える騎士がいるんだ。そいつは楽しみだ。僕は姜桜花。楊慶之の仲間さ。まぁ、仲間でもあり、師匠でもあり、恋人・・はまだ早いかな。と、とにかく彼を手伝っている者だよ。」
桜花を鎧の中で一人顔を赤らめていた。
「楊慶之?知らんな。旧南東軍の仲間じゃないんなら、ここは手を引いてくれないか。礼はするぞ。貴殿と戦って勝てる気がしない。『戦いは勝って奪う為にする。負ける戦いは回避しろ』と教わったばかりだからな。」
「それは出来ないかな。鎧騎士を置いて逃げるなら追わないけどね。一応、慶之から鎧騎士は一騎も逃がさず、魔石を確保するように言われているんだよ。」
「それは、残念だ。なら、俺も全力を出させてもらおう。」
秦武君は魔力を剣に注いだ。
そして、《神速》魔法に目が追いつくように、目にも魔力を籠める。
剣が橙色の魔力色で覆われていく。これだけ魔力色がたくさん覆われているのは、魔力操作が上手い証だ。初陣にしては魔法の使い方は悪くない。
たくさんの魔力をまとった武器は堅く鋭利になり、身体は軽く力が強化される。
「ほう、少しは楽しめそうだね。」
桜花は武進君の武器や鎧への魔力操作で彼の力量を図った。
先に動いたのは、秦武君の方だった。
魔力を籠めた剣で、強烈な威力の一撃で桜花に斬り掛かった。
桜花は、すぐに反応して魔刀で受け止める。
――キン。
剣と魔刀がぶつかり合う音が響く。
「やるな。貴殿の刀を砕くつもりで剣を振ったつもりだったが。」
悔しそうな声を上げたのは秦武君であった。
魔力操作と鎧や剣に自信があったようだ。
「その鎧と剣、ミスリル製だね。良い剣だ。」
「この鎧と剣は大陳国の宝具。その剣の一撃を受け止めるとは、貴殿の刀も俺の剣もやるじゃないか。」
秦武君も強気だ。逃がしたとはいえ、神級魔力の朱義忠をあと一歩まで追い詰めたのが自信に繋がっていた。
「この刀も素材と鎧職人の腕がいいからね。君のミスリルの剣には負けないよ。」
「ミスリルの剣に負けないだと。戯言を。」
ミスリルの剣に王級魔力をまとわせて、硬さと切れ味を極大まで引き上げた。
その剣で桜花に斬りかかる。
鉄の剣なら豆腐のように砕ける硬さだ。朱義忠の剣もこの魔力量で砕け散った。剣より刀身が薄い刀なら折れる、少なくともヒビを入れる勢いで一撃を入れた。
――カキン
魔刀は折れなかった。
勢いよく上段から魔力と力を籠めて振り下ろした剣の方が弾かれた。
「残念だね。確かに魔力操作は上手いし、ミスリル製の剣も悪くない。それに君の王級魔力もそれなりの威力だ。だけど、僕の剣は鬼蟷螂の鎌の素材で姜馬様が打った業物だからね。この魔刀には君の剣じゃ、届かないよ。」
「な、なんだと。言わせておけば。」
ミスリル製の剣を馬鹿にされて、秦武君の表情は変わった。
剣に魔力をもっとまとわせる。橙色の魔力色が更に濃くなっていく。
「ふふふふふ・・・。更に魔力を籠めた。なら、この一撃ならどうだ。」
大きく構えて、上段から大振りの剣で桜花に斬り掛かる。
桜花は大振りの剣を軽くすり抜けて、秦武君の剣に空を斬らせた。
そして、直ぐに振り向いて、体の態勢を崩した秦武君に向かって蹴りを入れる。
まともに蹴りが入った秦武君の機体は無様にもその場に尻を地面について転がった。
「君に本当の魔力操作と姜馬様の作った魔刀の力を教えて上げるよ。姜馬様から教わった北辰一刀流で練り上げた魔力操作の技をね。《北辰流一閃》。」
桜花は地面に転がった秦武君めがけて魔刀を振り降ろした。
――カキン。
今度は、地面に膝をつけた秦武君が桜花の魔刀を受け止めた。
・・・はずだった。
魔力操作で最大まで魔力を
「ミ、ミスリルの剣だぞ、大陳国の宝具だぞ。なぜ、その剣が。」
剣が砕いた魔刀が、そのまま振り下ろされ機体の左腕も斬り裂いた。
「まぁ、当然だよね。姜馬様が作った魔刀でぜ。ミスリルの剣ごときに負けるはずないよ。でも、ミスリルの剣や鎧は回収しないと後で平香に怒られるね。きっと。そういう事だから、君、操縦席から降りてくれるかな。」
「降りないと殺っちゃうよ。」
桜花がドスの利いた声で秦武君を脅した。
「くそ・・・この屈辱は忘れん。必ず、仕返しをしてやる。」
秦武君は口惜しそう憎悪の言葉を吐きながらも、急いで縦席から逃げ出した。
桜花はミスリル製の鎧と剣を鞄の中に回収した。
「ああ、やっぱ、強い敵はいないよね。」
桜花は、秦武君がもう少し強いと期待したが、裏切られたようだ。
仕方がなく、残りの秦家軍を倒し始めるのであった。
慶之と義忠が桜花の戦いを見て、城内はこれで片が付いたと安心した。
「それにしても、宝具のミスリルの剣を砕くとは。慶之様の仲間の桜花殿の刀と技と魔力は凄まじいですね。」
「そうだな。桜花の刀は姜馬が打った刀だから、数ある武器の中でも一番の業物かもしれないな。それこそ、千年前の宝具を上回る武器だと思うよ。」
「そうですか。千年前の宝具を上回る刀とは。」
宝具を上回る刀など信じられない。それが義忠の正直な気持ちだ。だが、目の前で千年前のミスリル製の宝具が砕けたのを見た義忠は頷くしかなかった。
* * *
城内の戦いの目途が付くと、視線を城外の北東に向けた。
北門に向かった秦家軍の鎧騎士が北門の近くで転がっていた。ほとんどの機体が紺色の汎用機の槍に吹き飛ばされて、着地の際に足が砕けて動けなくなっていた。
「あちらも、慶之様の仲間ですか。」
朱義忠が指を差したのは、大きな槍を振り回している紺色の専用機だった。
その専用機は大きな魔槍で一気に3騎の鎧騎士を空高く吹き飛ばしていた。
「ああ、あれは虞美麗だな。彼女の槍の達人だ。」
「虞美麗殿ですか。その名は聞いた事が・・・。それにしても、あの槍は大き過ぎませんか。」
朱義忠が指摘したのは10mくらいの長さの槍だ。
たしかに、大きい。
鎧騎士の大きさは3~5mが普通だ。槍も同じくらいの大きさが一般的である。
それが倍以上の長さの槍では大きすぎる。
重いし、邪魔だし、そもそも持ち挙げることすらできない。
だが、美麗はまるで竹やりを扱うかのように軽々と大きな槍を振り回していた。
「美麗には、あの大きさが丁度良い。」
慶之の言葉が終わらない内に、今度は5騎の鎧騎士を吹き飛ばしていた。
槍の大きさが15mくらいに更に大きくなっている。
槍も重いが、鎧騎士5騎を持ち上げる力も尋常ではない。それを軽々と持ち上げる美麗に義忠は驚いていた。
吹き飛ばされた鎧騎士は、地面に着地する際に足が砕けしまっている。
すかさず倒れた敵の鎧騎士の足と首を美麗が斬り裂いて戦闘不能にする。
「慶之様、もしかして、あの槍は魔槍ですか。」
「そうだ、魔槍だ。さすがは義忠。良く分かったな」
朱義忠は魔槍のことを知っていた。
魔槍は槍に魔石を埋め込むことで、槍の魔力伝導を良くして槍の魔力操作をし易くすると伴に、槍を大きくしたり、縮めたりすることが出来た。
「たしか、魔槍には魔石が必要だったはず。」
魔石が中々手に入らない世界で魔槍は贅沢な武器である。
朱義忠が言いたいのは、それだけの魔石をなぜ持っているかという事だろう。
「魔石なら心配ない。」
慶之が転がっている敵の鎧騎士を指差した。
「まさか、敵の魔石を回収しているのですか。」
魔石に反応した王常之が聞いた。
「ああ、そのまさかだ。俺たちは戦う度に敵から魔石を回収している。秦家軍との戦いだけでも400個の魔石は回収するつもりだ。」
「400個の魔石ですか。凄い数ですね。」
秦家軍の鎧騎士の数は500騎。その中から、魔石を壊さずに400騎の敵のよ力士を倒すという事だ。余裕が無いと到底出来ない戦い方である。
「それと、虞美麗殿の名を思い出しました。虞男爵家の長女、2つ名が、確か『槍姫』。この大陳国の槍の達人だったはずです。まさか、ここまでの強さとは知りませんでした。」
朱義忠が驚くのも無理はない。
目の前のいる紺の鎧騎士の力は、神級魔力の朱義忠を上回っていた。
王級魔力の虞美麗が単騎でここまで戦えるのが意外だったのだろう。
「もしや、虞美麗殿は神級魔力に昇華したのですか?」
あまりの強さを見せられて、美麗の魔力階級が昇華したと思ったくらいだ。
「昇華はそろそろだが、昇華しても美麗の魔力はまだ義忠には敵わない。それでも、あの力が発揮できるのは、鎧の性能のおかげだろう。」
「確かに、あの鎧の性能は凄いですね。先ほどのレイラ殿や桜花殿の鎧や武器といい、鎧の力でこんなにも戦力が違うとは思ってもいませんでした。」
鎧の動き、威力、装甲などの全てが自分たちの鎧の性能を凌駕している。
秦武君のミスリルの鎧と戦うまで、同じような性能の鎧を持つ敵としか戦っていなかった。大陳国の鎧は王家の鎧職人が作っているので、そもそも性能が同じだ。
大商国でも、大陳国の鎧職人と大して変わらない。
だから、鎧の性能が悪いとは考える事は無かったのだ。
王常之は話しを聞きながら考え込んでいた。
「慶之様、あなたは、もしや・・・。」
声を上げたのは朱義忠ではなく、王常之だった。
これだけの技術を持った鎧職人を仲間に抱えている。門外不出の鎧の技術を持った職人は千金を出しても手に入らない。
そんな貴重な人材を仲間にしている事はリスクであり、アドバンテージだ。
王家に従うなら、反抗と見られリスク。王家と袂を分かつのあれば戦力強化のアドバンテージになる。
その上、戦いながら、意識して敵から魔石を回収できるよう戦っている。
王常之は何かを悟ったように頷いた。
* *
「あれは
朱義忠が城外で戦う茶色の鎧騎士を指差した。
蛇矛とは、槍の先の刃の部分が蛇のように曲がっている槍だ。あの槍は目立つので使っている少ない。よほど腕に自信のある騎士ぐらいだ。
「さすがは、義忠だ。良く知っているな。あれは羅漢中だ。」
「羅漢中・・・あの羅家の神級魔力の騎士。あの御仁も慶之様の仲間ですか。」
朱義忠は目を細めて羅漢中の鎧騎士を見つめた。
「ああ。まだ、鎧に慣れていないようだが。それでも、さすがは神級魔力の騎士だ。奴の蛇矛の前で立っていられる敵はいない。」
羅漢中は機体の動きを確認しながら戦っていたが、汎用の鎧騎士相手では無双だった。
「羅家の羅漢中が、なぜ慶之様の仲間に。羅家は曹家領が縄張りですが。」
「ああ、曹家領を落として、曹伯爵は捕らえた。羅元景や燕荊軻も既に俺たちの仲間だ。」
「羅元景に、燕荊軻ですか。あの2人は旧南3家では名の知れた人物。それに曹伯爵も捕らえたのですか。」
「秦家領も、そろそろ攻略が完了だ。あっちも終わりそうだ。」
慶之は南東を指差した先には、赤色の専用機が戦っていた。
右手に鞭を持ち、左手には魔弾銃を左手に持って美麗や羅漢中以上に無双していた。
その専用機の辺りには、手足と首を失った鎧騎士が転がっていた。
「あちらの専用機も慶之様のお仲間ですか。」
「ああ、赤色の専用機が趙麗華。その後ろの灰色の専用機が李剣星だ。」
趙麗華の名を聞いて反応したのは王常之だった。
「趙麗華・・、あの麗華様ですか。慶之様との婚約されていた。」
彼は楊家の侍従長として慶之の婚約者だった趙麗華を良く知っていた。
子供の頃、趙麗華が屋敷に何度か遊びに来た時に、王常之が世話をしたことがあった。楊公爵や奥方も麗華のことを気に入っていたので、よく覚えていたようだ。
「ああ、そうだ。」
「確か、麗華様は慶之様との婚約解消後も他家に
王常之は言葉を詰まらせていた。
婚約者の家が滅んで婚約が解消すれば、直ぐに別の貴族と婚約するのが貴族のしきたりである。しかも、趙伯爵家は大領で家格も高い。相手からの申出も多いだろう。それを断って慶之に操を立て、趙家軍に入ってしまった。他の貴族が楊家を見放す中、最後まで慶之の事を思った麗華を王常之には嬉しかったのだろう。
「公爵様と奥方さまが生きていれば、本当に喜んだでしょうね。」
麗華の頑固な気性を王常之は知っていた。だが、その一途な思いを貫き通して慶之と一緒に戦っていると聞いて、涙が出そうになっていた。
「ああ、彼女は趙家軍の将軍だった。まぁ、いろいろあって今は一緒に戦っている。」
「いろいろですか。でも、本当に良かった。さすがは趙麗華様。信頼のおける麗華様が慶之様を支えるとは、本当に心強い。」
王常之は嬉しそうに麗華を褒めていた。
「そ、そうだな、それに、彼女は王級魔力の騎士だ。あと少しで昇華するくらいに能力も上がっている。戦闘力でも頼りになるからな。」
魔力階級の昇華にそう簡単ではない。
昇華を目指す者は多いが、本当に昇華できるのは極一部だ。
能力値を上げるには魔物を退治して経験値を積むのが一番効果的であった。
《火の迷宮》を領地に持つ趙家領は、元々能力値上げるのに適した環境を有していた。
麗華は更に、慶之たちと《火の迷宮》を攻略して、多くの強力な魔物を倒したので、一気に経験値が上がっていたのである。
麗華の戦いを見ていた義忠が感心していた。
「確かに、あの動きは神級魔力の騎士に劣りませんな。それに、あの魔弾銃の威力は何なんですか。魔弾砲なみの威力ですが。」
「ああ、あれはうちの秘密兵器だ。魔弾銃だが、威力は魔弾砲並み。連射もできるし、魔力消費が少なくて、魔弾銃射程が長い。」
「魔弾銃の機能で、威力は魔弾砲並みですか・・・確かに、脅威ですね。汎用型なのですか。」
「いや、魔力の相性と魔力量があるから、上位の魔力階級の騎士でないとまだ無理だな。」
「上位の魔力階級ですか、確かに使う相手を選ぶのですね。」
義忠は麗華の戦いを見つめながらつぶやいた。
麗華は左手に持った魔弾銃で秦家軍の鎧騎士を倒していた。
慶之の言う通り、連射をしながら魔弾銃では貫けないはずの鎧騎士の装甲を貫いている。
もしこの武器に汎用性があったら、この大陸の勢力を大きく変えるほどの力だと考えていた。
「あの鞭の威力も普通の鞭では無いですね。」
「ああ、あれは赤龍の髭で作った赤髭鞭。魔力を鞭に籠めれば、生き物のように動いて敵を仕留める。」
足を撃たれて、立てなくなった鎧騎士を右手の赤髭鞭で止めをさしていく。
麗華の周りには、仰向けになって動けなくなった鎧騎士がたくさん転がっていた。
「赤龍ですか?なぜ、赤龍の髭を素材とした武器を趙麗華殿はお持ちなのですか。」
「まぁ、いろいろとあってな。《火の迷宮》を攻略して手に入れたんだ。」
「《火の迷宮》を攻略したのは慶之様だったのですか。」
「ああ、《火の迷宮》は攻略した。」
朱義忠は信じられない目で慶之を見た。
義忠も《火の迷宮》が攻略された噂は聞いていたが、話半分と思っていた。
嘘であるか、もしくは、たくさんの神級魔物がいると言われていた《火の迷宮》は実はたいした魔物がいなかった、のかどちらかだと思っていた。
まさか、赤龍のような伝説級の魔物がいるとは想像もしていなかった。
「確かに、趙麗華様が使っている鞭の威力。それに生き物のような動きはから、並みの魔物の素材では無いと思っていましたが・・・赤龍ですか・・・、赤龍の髭なんですか。」
義忠は今まで驚き過ぎて、反応が麻痺し始めていた。
「ああ、《火の迷宮》は活性化していたから、おかげで強力な素材がたくさん手に入った。特に赤龍は体が大きいから、鎧の素材に助かっている。他の魔物も狩って、魔石もけっこうな数を手に入れたぞ。」
目の前で手足を切断されて倒れた敵の鎧騎士はけっこうな数だ。
しかも全ての鎧騎士の魔石は壊されずに生きている。
更に《火の迷宮》で得た魔石が加算されると結構な数の魔石になる。
「慶之様、あなたは本当に何をするつもりなのですか。」
朱義忠は
「俺の目的はただ一つ。楊家一族の『復讐』だけだ。」
「確かに、蔡辺境伯を倒すには鎧職人も魔石も必要。中途半端な力では、蔡辺境伯を倒せません。私の考えだけでは甘いようです。それでは楊家の『復讐』を成すことはできません。慶之様に全てを賭けるつもりです。私は慶之様の下に就くつもりです。」
「慶之様。私もですぞ。既に残された命は大して長くありませんが、全てをかけます。それと旦那様から預かっていた楊家の遺産も全て慶之様にお返し致します。公爵様が楊家の復興の為に使うように託した財産です。」
朱義忠が急に跪くと、王常之もそれに倣った。
2人とも慶之に忠誠を尽くす臣下の礼を行った。王常之は預かっていた楊家の隠し財産についても、慶之に返したいと話した。
「ありがとう。俺も、無残に殺された父上や母上、それに義之兄、剛之兄や姉上の仇を討つ為に全てを賭けるつもりだ。俺に力を貸してくれ。」
慶之は跪く2人を起き上がらせて、2人の手を握るのであった。
*
趙麗華は魔弾銃と『赤髭鞭』を使って、亀の甲羅のようになった鎧を量産していた。
『赤髭鞭』はまるで意思を持った龍のように動き狙った獲物を砕いて手に馴染んだ。
切れ味も強度も赤龍の恩恵のおかげで申し分ない。特に、火属性の魔法を鞭にまとわせると威力が数段に上がった。
敵が盾や剣で受け止めようとしても、盾や剣ごと破壊する威力だ。
長さも自由自在に伸縮し、砲弾を叩けば、砲弾が霧散するほどの何でも有りの性能である。
「さすがは、赤龍の素材ね。『赤髭鞭』と魔弾銃があれば、もっと子雲の役に立てるわよ。この数の敵に囲まれても、全然圧力を感じないし、まだまだいけるわ。」
周りが敵だらけの状態でも、舞うように『赤髭鞭』を振るうと、敵が消えていった。
その後、地面には亀の甲羅のような状態になった鎧騎士がたくさん転がっている。
麗華の力は鎧や武器だけではなかった。
溢れそうな魔力に満たされるようになり、高揚感が沸き上がった。
その状態になると感覚が研ぎ澄まされ、敵の動きが良く見える。動きは俊敏になり、跳躍力や腕力も上がる。自分が今までの自分で無いような状態で戦っていた。
すると突然、麗華の頭に声がした。
『能力値が基準値に到達。リミッターを解除。魔力色は赤に変更。『瞬歩』の魔法を使用許可。』
無機質な声が、よく分からない言葉を伝えている。
その声が聞こえなくなると、麗華の体が熱くなり、今まで以上の高揚感が襲った。
体中に魔力が勢いよく流れる。魔力溢れ出すような感覚だ。
「なによ・・・これ。」
これは、一度経験したことがある感覚だ。
それは麗華が将級魔力から王級魔力に昇華する時だった。
「これ、昇華よね。ついに神級魔力に昇華するんだわ。」
思わず、麗華は興奮している。
元々、《火の迷宮》で強い魔物を倒したので相当の経験値を稼いでいた。
慶之の《認識》魔法でも、能力値は神級魔力に近いと言われていたし、昇華は近いと思っていた。しれが、今だとは思っていなかった。
人間同士の戦いでは、能力値はあまり上がらないからだ。
きっと、赤龍のおかげに違いない。
『赤髭鞭』を振るっていたら、高揚感が高まり、不思議な感覚が襲い昇華に繋がった。
本来、人との戦いでは能力値が上がらないのに昇華が始まったのは、赤龍が力を引き上げてくれたように麗華には思えた。
「赤龍、ありがとう。」
麗華は赤龍への礼の言葉を口に出していた。
そして、目を閉じて、神級魔力の昇華の高揚感に浸るのであった。
*
その頃、虞美麗も、城外の秦家軍を相手に戦っていた。
「あの頃が嘘のようね。」
彼女がつぶやいたのは、虞家軍を率いて雷家軍の鎧騎士を相手に苦戦していた頃だ。
あの頃は、一騎の鎧騎士を相手に苦戦していた。
槍は直ぐに欠けるし、相手の鎧騎士の攻撃を防ぐ手段も無かった。
必死に逃げ回り敵に隙を作って、なんとか一騎の鎧騎士と対等に渡り合っていた。
それが今は、複数の鎧騎士に囲まれても何でもない。
魔槍を使えば、3騎でも5騎でも敵の鎧騎士を思いっきり吹き飛ばすことができる。それに、どんなに戦っても、決して魔槍は砕けない。砕けない処かヒビ一つ入らない。
切れ味も、硬さも、動きも申し分ない。今までの槍と比べモノにならない攻撃力だ。
守りも、 敵が魔弾砲を放っても、魔槍で弾き飛ばす。
仮に鎧に直撃しても装甲が厚いのでビクともしない。
槍や鎧が違うだけで、これ程にも力が違うとは思わなかった。
これも、慶之たちの仲間おかげだ。
特に鎧職人の姜平香と出会えたので、この力が手に入った。
「平香さんに感謝ですわ。」
美麗の鎧は火鳳凰の魔石と、赤龍の素材で出来ていた。
敵の火属性の攻撃に対する耐性が高く、自分の火属性の攻撃力を高めてくれる最強の鎧。
そして、魔槍はこの世界で一番良く斬れると言われる鬼蟷螂の鎌が素材だ。
この世界で最高の鎧に乗って、最高の武器で戦っている。
国の王や大貴族の当主でも使えないような鎧や武器で戦っている。
最高の気分だ。
思う通りに戦える自分が嬉しかった。
今は魔槍の一振りで、3騎の鎧騎士が吹っ飛んでいく。
「あら、またやっちゃいましたわ。これではダメですわね。」
美麗が苦労しているのは敵の鎧の倒し方だ。
敵の鎧騎士を単純に破壊するのは簡単なのだ。だが、鎧騎士の魔石を壊さないように倒すのが大変であった。
敵の鎧騎士を魔槍で吹っ飛ばすと、着地時に足や手が粉砕できる。だが、高く飛ばし過ぎると、魔石も壊れてしまう事があった。
要は、吹き飛ばす高さの加減の問題である。
吹き飛ばす高さが高すぎると、魔石が破壊してしまう。低すぎると足を破壊できずに戦闘力の無効化ができない。なかなか難しい。
美麗は外見と違って、怪力の持ち主だった。
実は、美麗の槍の強さは、精巧な槍使いもあるが、彼女の怪力に拠る処も大きい。彼女は槍の打ち合いで負ける事は無い。あの怪力の羅漢中すら敵わなかった。
「本当に難しいですわ。ただ、倒すだけなら簡単ですけど。今度こそ力加減を間違えないようにしないと。」
魔石を壊さずに鎧騎士を倒すのはストレスだが、魔石の為なら仕方がない。
美麗は魔石を得る為に苦労した。慶士たちの仲間になって、魔石が簡単に得られるようになっていたが、出会う前は大変だった。
《火の迷宮》に臨む前に、雷伯爵の手下に襲われ、仲間が全滅そうになったくらいだ。さすがに傷ついた離梅と自分の2人で《火の迷宮》に挑むのは無理だとあきらめた時に、慶之に助けられた。それほどに魔石を得るのに苦労した美麗にとって、ストレスぐらいどうって事は無い。
修行と割り切って、力加減を工夫して、『亀の甲羅』のような鎧騎士を量産していた。
敵を倒していると、白色の専用機が目に入った。
「あら、専用機ですわね。武勲が上げるチャンスですわ。それに腕が立つ騎士だと能力値上げに良いですわ。」
美麗は鎧の中でニヤリと微笑み、白色の専用機に近づいていった。
美麗は自分が武勲を上げて、兄に虞家の復興させたいと思っていた。慶之が本当に蔡辺境伯を倒せるかどうかは分からないが、可能性は十分あると美麗は思っている。もし、蔡辺境伯を慶之が倒せば、虞家を復興できると考えていた。
専用機の方も、美麗の専用機に気づいていた。
逃げずに戦う構えをとっている。
美麗の機体が近づくと、白色の鎧騎士は怯えた声で叫び始めた。
「き、来たな。この化け物!なぜ、秦家軍を攻撃する。お前らみたいのが旧南東軍にいるとは聞いていないぞ、いったい何者なんだ!どこの勢力だ。」
「あら、失礼ね。淑女に向かって『化け物』は無いわ。私は虞美麗。あなたの名前も教えて頂戴。相手の武将の名前は分からないと、武勲の申請ができないのよ。」
「虞美麗・・・虞男爵家の長女か。なぜ、虞家の長女がこの戦場にいる?儂は秦家軍の筆頭将軍、郭許だ。ここは秦家と楊家の残党との戦い。虞家の者は関係あるまい。どうだ、ここは引いてくれないか。タダとは言わん、引いてくれるならそれなりの報酬は出そう。虞家にとっても悪い話ではないだろう。虞家も、滅んで懐具合が厳しいんじゃないのか。」
郭許は虞男爵家のことをを良く知っていた。元々、郭許は長南江の北の出身だ。同じ北の貴族として虞家の事は、美麗の名を聞いて、虞家の長女と分かる程度は知っていた。
「虞家の家格も安く見られたモノね。元子爵家の陪臣風情に舐められるとは、落ちぶれるって本当に嫌ですわね。ですが、秦家ももう終わり。秦家領を慶之殿に奪われれば、秦家は所領を失い、貴族としての秦家も没落確定ですわね。いい気味ですわ。それに、筆頭将軍とはツイてるわ。伯爵には劣りますけど、その次の武勲ですから。」
「ふざけやがって、せっかく温情をかけてやれば調子に乗りやがって。武勲になるのは、お前の方だ。この場で、お前を倒して俺の武勲にしてやる。」
郭許は身構えた。
「私があなたの武勲になるですって、面白い事を言うわね、郭許将軍。戦場で冗談が言える男は嫌いじゃないわ。でも、その冗談もこれが最後ね。」
「ふざけるな。」
郭許将軍が口では気性の荒い言い方をしているが、戦い方は慎重だった。
まずは、互いの間合いを確かめて距離を調整している。
美麗が前に進むと、間合いを縮めさせないように後ろに下がる。
槍はリーチの長さに優位性を持つ武器だ。その分、懐に入られると弱い。槍を持った敵と戦うには、間合いを支配するのが定石であった。
郭許将軍は忠実に間合いを支配するように動いていた。
「郭許将軍、無駄よ。」
美麗がそう言うと、魔槍を横なぎに槍を振った。
郭許将軍に向かって振られた魔槍は、大きくなりながら郭許将軍の機体の足を斬り裂いた。
そう、魔槍の前で、間合いは関係なかったのである。
「ぶぎゃ~・・・、そんな、卑怯な・・・。」
郭許将軍は、美麗の今までの戦いを見ていなかったようだ。槍遣いとの戦いにせっかく慎重に戦いを進めたのが無意味になっていた。
「よしっ、今度は、魔石を壊さず倒せたわ。」
美麗はガッツポーズをとる。
「く、くそ。なんで槍があんなに大きくなるんだ。」
「それは、魔槍の力を知らないあなたの無知の所為ね。それより、選びなさい。捕虜になるか。操縦席ごと押し潰されるか。あなたに選ばせてあげるわ。」
根っからの武人である美麗はさっさと首を獲りたかったが、慶之が、人を殺さずに敵を倒すように言っていたので仕方がなく聞いた。
「わ、分かった。投降する。だから命は助けてくれ。」
郭許将軍はそう言うと、操縦席から手を挙げて出て来た。
ちょっとは強い敵かと期待していたが、戦いは簡単に勝負がついてしまった。
郭許将軍の手足を魔法の手枷と足枷で拘束する。
そして、次の鎧騎士を探し始めようとした時。
突然、無機質な声が、直接、美麗の頭に語りかけた。
『能力値が基準値に到達。リミッターを解除。魔力色は赤に変更。『瞬歩』魔法の使用を許可。』
その声を聞くと美麗の体は急に熱くなり、魔力が体中から溢れ出るのを感じた。
「な、何ですの。これは・・・、体が熱いですわ。」
美麗は、初めての昇華を体験していた。
「凄いわ。力がみなぎってくる。これが昇華ね。最高ですわ。」
美麗が昇華の余韻に浸っていると。
秦家軍の鎧騎士は美麗の鎧騎士を取り囲んでいた。
「あら、丁度良いですわ。新しい魔法を試してみますわ。」
美麗は、さっそく昇華の時に頭に浮かんだ魔法陣を思い浮かべ魔力を流した。
「『瞬歩』。」
先ほど、無機質な言葉が言っていた魔法の名前が自然に口からでた。
見ていた場所に、体が移動していた。
その場所は、美麗を囲んでいた敵の鎧騎士の目の前。
美麗は間髪入れずに魔槍を低い位置で横に振り払った。
――ガチャン
次の瞬間、美麗の出現を驚いていた秦家軍の鎧騎士は地面に転がっていた。
美麗が移動した直後に、敵の鎧騎士の足を魔装で横薙ぎに斬り裂いていたのだ。
「これが《瞬歩》。良いですわ、これ、使えますわね。」
美麗は、《瞬歩》の効力を実感すると、喜んで《瞬歩》を連発した。
《瞬歩》の魔法で移動する度に、その場にいた敵の鎧騎士が地面に倒れた。
美麗は今まで以上の速さで、『亀切り』の鎧騎士を量産していくのであった。
* *
「そろそろ、この戦いも片付く頃だ。」
慶之が言う通り、城内の秦家軍は鎧騎士は壊滅していた。
全て、桜花の『亀切り』によって亀の甲羅のようになって地面に転がっている。
東門の付近に、秦家軍の兵はいない。
歩兵や鎧に乗っていた騎士は、すでに都市の中心の居城に向かって退却していた。
当然、秦伯爵や公孫翔将軍、魯仁将軍も逃げていた。
周りにいるのは、転がっている鎧から魔石を回収している桜花だけだ。
城壁の上に公孫翔が送り込んだ鎧騎士を、全て陽花が倒していた。
北門から登ってきた鎧騎士を倒すと、直ぐに南門に移動して、南門の鎧騎士も倒していた。
陽花は短い期間で、戦い方や鎧の操縦などを修得した。
そして、その修得内容は尋常ではなかった。刀の型や技、魔法の使い方や魔力操作、どれも桜花を
あの桜花をして、天才と言わしめた。
森で生きる為、誰かに教わったわけでも無く、独学で剣や魔法、魔力の使い方を身に付けた。元々、センスもあり、頭も良かったのだろう。水を得る魚のように、桜花から教わった事を吸収し、修得していたのである。
今回の戦いでも申し分ない動きで、『亀切り』の鎧を量産していた。
城外も、ほぼ終わっている。
公明が『慶之の軍』の汎用機200騎を指揮をして包囲していた。
『姜氏の里』にいる専従兵200人が里の長となった慶之の為に従軍している。秦家軍を逃がさないように包囲していたでのある。
城外の敵もあらかた倒し終わったので『慶之の軍』の汎用機も魔石の回収を始めていた。
「終わったな。琳玲の処に行くか。」
「琳玲様は無事なのですか。」
「ああ、仲間が牢屋から救出した。今頃、地下の避難路から居城を出る頃だと連絡があった。」
「義忠将軍、慶之様。緑の魔弾が空に上がっています。」
王常之がタイミングよく緑の魔弾を見つけた。
東から姿を見せていた陽の中で、暫くの間、緑の魔弾が輝いていた。
それが、王常忠が楊琳玲を救出する作戦に成功した合図だ。
常忠もやっと、琳玲を見つけられたようであった。
「そうですか・・・。」
朱義忠は、合図があったことを聞いて、壁に腰かけた。
近くにいた王常之を見て、
*
秦家領 秦伯爵
「公孫翔将軍、なぜだ、なぜ、敗北した。作戦は上手くいった。戦力も十分にあった。負ける理由など無かった。だが、なぜ逃げねばならんのだ。」
秦伯爵は騎馬の上で憤って震えていた。
動けなくなった鎧騎士を捨てて、北門に向かって逃走中だ。
並走する公孫翔に顔を向けて、怒りをぶちまけていた。
「伯爵様、敗因は、あの2騎に城内の鎧騎士です。悔しいですが、あの専用機は化け物です。あんな連中が旧南東軍にいるとは考えられません。伯爵様は何者かに
公孫翔が悔しそうに話した。
「誰かが儂を陥れた、誰だ。儂を陥れる奴は、許せん。」
伯爵は怒りに火を注がれたように怒っている。
「それは、分かりません。ですが、あれだけの力のある騎士を差し向けられる力を持つのは、この国に一人しか居ません。」
「・・・そうか。あのお方か。勾践と文主たちを送り込み。そして儂を罠に嵌めた。儂らはまんまとその罠に嵌ったわけだ。曹宰相の言葉は正しかったようだ。儂ら、大陳国の貴族が邪魔というわけか。」
伯爵は自分を陥れた相手に思い至ると、静かになった。
「伯爵様、今はとにかく城外の味方と合流する事が大事です。急ぎましょう。」
並走する魯仁将軍が馬に鞭を入れて、先を急ぐように促した。
「分かった。」
伯爵も馬に鞭を入れて、速度を上げた。
伯爵と2人の将軍は、北門に着くと、そのまま門を潜った。
そして東に進路を変え、郭許の軍を探した。
郭許が東門から、この
「郭許将軍はまだ城内に侵入していなかった。」
伯爵が知っているのは、郭許の軍が東門は破壊して、東門付近で手こずって城内には侵入でいない状況であった。
「はい。東門の扉は破壊しましたが、城内には侵入していません。」
答えたのは、公孫翔であった。
「そうか、それなら良い。反って、城内に侵入したら、あの化け物のような専用機にやられるからな。城外でとどまってもらった方が鎧騎士の損傷も少ないはずだ。それで、公孫翔将軍、主力と合流したら、どうするのか。」
ここで、伯爵が尋ねたのは、【秦陽】を取り戻すか。それとも一旦撤退するかの意見だ。
「・・・悔しいですが、ここは一旦、退却するしかないと。」
悔しそうに公孫翔は答えた。
並走する魯仁将軍も口を開いた。
「私も、公孫翔将軍の意見に賛成です。このまま残った主力で【秦陽】を奪え返そうとしても、あの化け物のような専用機を倒す見込みはありません。あの化け物は、蔡家7将軍の神級騎士に匹敵する力です。300騎の鎧騎士では敵いません。」
「蔡家7将軍か・・・。」
蔡家7将軍は大陳国で最強の武将を集めた騎士たちだ。6人が神級魔力をもった騎士で、一人は王級魔力ながら、知力に優れ用兵の術もずば抜けている。
彼らは北や北東の国境で、大魏国や大成国を相手に武勇を轟かせていた。
「魯仁将軍、それでは一旦退却するとして、王都まで退くか。」
「いえ、伯爵様。王都まで退くと、秦家領を全て賊に奪われてしまいます。【
【常陽】は秦家領の中で、北に位置する2番目に大きな都市である。
城壁は領都並みに高く、北に位置するので王都からの援軍も受け易い。魯仁将軍の言うように、王都からの援軍を持って立て籠もるには格好の城郭都市であった。
「【常陽】か・・・。そうだな、このまま王都に撤退したら、秦家領を放棄する事になる。そうなれば、秦家は領地を失うことになる。それに化け物とは言え、たった2騎の鎧騎士に領地を全て奪われる訳にはいかん。よし、郭許将軍と合流したら【常陽】に向かうぞ。」
「了解しました。伯爵」
「それが、よろしいかと思います。」
公孫翔も魯仁将軍も一旦撤退する事に異議は無かった。
方針が決まると、伯爵たちは鞭を入れて騎馬の走る速度を速めた。
「何でしょう、あれは。」
最初に、前方の白い塊を見つけたのは魯仁将軍だった。
そこら中に落ちている。
更に馬を近づけると、公孫翔が驚いた表情で声を上げた。
「こ、これは味方の鎧。」
公孫翔は唖然とした声で
「これらが、全部そうか。」
伯爵も呟いた。辺り一面に転がっている白い塊の残骸を見て唸った。
「伯爵様、大変です。鎧の魔石が奪われています。そうか、これが狙いか。」
魯仁将軍は馬から降りて白い塊の鎧を確認すると、魔石が奪われているのに気付いた。
魯仁将軍は何かに気づいたようだ。
「なに、魔石が奪われた。壊れたのではなく、奪われたのか。」
反応したのは公孫翔だった。
魔石は鎧の数に直結する。そして、鎧の数イコールは戦力だ。軍を率いる公孫翔が戦力に直結する魔石に反応するのは当然だった。
「はい、敵の専用機が、味方の鎧騎士を亀の甲羅のように倒すのが不思議だったのですが、これが狙いのようです。」
「奴らの狙いは、魔石か。」
公孫翔も魯仁将軍も、冷汗を流していた。
「魔石等は、今はいい。それより、郭許将軍はどこだ。儂の主力部隊はどうした。」
大声を上げて、焦っているのは秦伯爵であった。
辺り一面に転がる白い塊が、味方の鎧だと知って伯爵は恐怖で震えていた。
「伯爵、あれは何でしょう。」
魯仁将軍が指を差した方には、紺や赤、水色の専用機が見えた。
転がっている鎧から魔石を回収している。
「主力部隊は・・・奴らにやられたのか。」
伯爵は
東に向かえば郭許将軍と合流できると期待してここまで来たが、既に味方の主力も全滅していたのだ。敵は城内の2騎の化け物だけでなく、城外にも怪物級の専用機がいたのだ。
「な、なんでだ、なんで儂が心血注いで作った鎧騎士の軍団が、たった数騎の専用機に全滅させられるんだ。そんな馬鹿な話があるか!」
伯爵は転ぶように土に膝をつけて、両手を地面につけた。
この状況に怒りが沸き起こり、拳で地面を叩いた。
既に秦家軍は全滅していた。たった数騎の専用機によってだ。この現実を伯爵が受け入れらないのも無理はなかった。
「伯爵、ここに居ては危険です。奴らに気づかれる前に、【常陽】に行きましょう。【常陽】で王に援軍を要請し、情報を集めるのが先決です。」
魯仁将軍が諭しながら、地面に手をついて動かない伯爵の方を持ってを立ち上がらせた。
だが、主力の鎧騎士300騎を失ったのは痛かった。
再起を伯爵に促す魯仁将軍も、鎧騎士を失った状態では再起は無理だと悟っている。それほど、鎧騎士の力は大きい。
「分かった。そうだな、死ぬわけにはいかんな。ここで儂も死んだら、秦家は・・・。」
伯爵は独り言を言いながら立ち上がった。
「【常陽】まで撤退する。」
そして、生気のない声で撤退を命じたのであった。
* * *
その時、勾践たちは地下の部屋から外に出て、日の出の眩しさに目を細めていた。
「すまない、勾践。助かった。」
文主は勾践の腕の中でお姫様だっこをされて抱えられていた。
勾践は文主を抱えながら、右手で文主の足に治癒魔法をかけていた。
「なにを言ってるの、文主ちゃん。あなたが足が酷いことになったのは私の所為よ。私の結界が壊れたから、あのクソ女の砲弾にあなたの足が持っていかれたのよ。あなたの足を治療するのは当然じゃない。気にしないで。」
「いや、あの魔弾砲の威力は分かっていた。避けられなかった俺の所為だ。」
文主は悔しい表情で、唇を噛んだ。
勾践は相変わらず、髭の剃った跡が残る怖い顔で、女言葉で話していた。
文主の片足は、静香の魔弾砲で結界ごと吹き飛ばされたが、勾践の治癒魔法でだいぶん再生されていた。失った足が再生しているのは王級魔力のおかげである。普通の治癒魔法では、せいぜい止血するくらいで、足を再生するまでは無理だ。
だが、王級魔力でも完治までは難しい。びっこを引いて歩ける程度の回復しかできない。後遺症すら残らず完治させられるのは神級魔力の治癒魔法ぐらいであった。
「それより、大変よ。とんでもない事が起きているわね。」
「いったいどうしたんだ。」
文主も地下を出てきていた。
勾践が言うとんでもない事は秦家軍が壊滅したという報告であった。
地上に出て暫く文主の治療を行っていると、居城の中は敗残兵が逃げ帰ってきた。
どの兵も損傷は無く、激しい戦いが行われたようには見えなかったが、味方の鎧騎士が全滅したので逃げて来たと言っていた。詳しく、なぜ鎧騎士が全滅したのか聞いても話が要を得ない。
「秦家軍の城内の鎧騎士が全滅したらしいのよ。辺境伯様に南東軍と合流させる命令も果たせなくなったじゃない。」
趙嘩照が秦家に送り込んだ蔡家軍の鎧騎士200騎は、城内に配置していた。
当初の作戦では、城内の200騎の鎧騎士が秦伯爵を裏切って楊家の反乱軍につく作戦だった。城内の鎧騎士が裏切って伯爵の首を獲れば作戦は完了のはずだった。それが曹家領が賊に占拠された為、作戦は中止になっだが、鎧騎士の配置はそのままにして置いたのだ。
それが今回は裏目に出た。
「楊琳玲も逃がして、蔡家軍の鎧騎士も破壊されたら、俺たち辺境伯の元に戻れないぞ。」
「確かにマズいわね。これじゃ、趙嘩照の失敗と同じじゃない。」
文主は足の治療を終えると、勾践は腰を上げた。
「どこに行くんだ。王都に戻るのか。」
文主も、右足を
「こうなったら、楊琳玲をもう一度捕まえに行くわ。捕まるのは無理でも、蔡辺境伯様に報告する情報を集めるのよ。」
「大聖国の元女王の話じゃダメなのか。秦家軍の鎧騎士を倒した連中も楊慶之の仲間かも知れんぞ。大聖国の元女王が楊慶之の事を伴侶と言っていたから、伴侶の為に楊家領を取り戻す力を大聖国が貸しているんじゃないのか。これも重要な情報だぞ。」
「そうね。でも情報はもっと必要よ。例えば、どの程度の戦力か。鎧騎士の数、神級魔力の騎士の数。それに、大聖国がどこまでやるつもりかも知りたいわね。楊家領と曹家領だけで終わらせるつもりか。大陳国自体を獲るつもりなのかも。」
勾践は顎に手を当てながら話す。
「そこまでは良いんじゃないか。俺たちは間者じゃないんだから。」
「なに言っているのよ、文主ちゃん。今の私たちは楊琳玲の連行と鎧騎士200騎を南東軍に移動させる命令に失敗したのよ。それに、敵は秦家や曹家、それに旧南東軍じゃないわ。楊慶之であり、大聖国よ。そして、奴らは曹家領を制圧して、このままだと秦家領も制圧するわ。そんな敵に対して、私たちは何の情報も持っていないのよ。分かる?今、情報を得る事がどんなに大事か。情報次第では失敗を取り返せるかもよ。」
勾践はしっかりと自分が置かれた状況を把握していた。勾践の言う通り、今の勾践の敵は秦家でも旧南東軍でも無かった。実態が掴めていない楊慶之という勢力なのだ。
「そうだな。確かに楊慶之の実態を掴むのは大事だな。失敗を取り返さなきゃいけないし、仕方がない行くか。」
「分かってくれたのね、嬉しいわ文主ちゃん。それじゃ、これから地下の避難路の出口に向かうわよ。上手く楊琳玲を奪還するか、情報を取るわよ。今、情報を獲れる相手は、あの静香とかいう忌々しい元女王様しか思いつかないわ。それに一つ気になるけど、これは良いわ。」
「気になる事?なんだ、それは。」
「・・・良いわ。たぶん私の思い過ごしだから。」
勾践は大きないかつい顔を左右に振った。
彼が言う気になったのは、地下の部屋から出た時、擦れ違った秦家軍の小隊のことだった。
小隊長は魏徴と名乗ったが、秦家軍の小隊長の名前
なにが気になったかと言うと、何をしているか尋ねたら、『楊琳玲を探している』と答えたのだ。既に、楊琳玲の捜索は終わって、東門に向かう命令が出ていたはずだ。それに、何だか兵士たちの動きも何か気になる点があった。長年の勾践の感性がこいつらは怪しいと告げていた。
だが、勾践は小隊を深く問い詰めなかった。
それ処では無かったのだ。片足を失った文主の治療を行っていた勾践は、文主の治療と地下からの脱出を最優先していたからだ。
ついでに、あの小隊たちの事も確認したかった。もし、奴らがあのまま楊琳玲たちと合流していれば、地下の避難路の出口に入るはずだ。
勾践と文主の2人が居城の出口に向かおうとすると、負けて逃げて来た
「あら、秦武君ちゃん。あなたも負けたの?」
勾践が、肩を落とす秦武君に声をかけた。
「あっ、これは勾践殿、文主殿。・・・そうだ。負けた。秦家軍は全滅した。」
秦武君は悔しそうに答えた。
「楊慶之・・・?そう言えば、そんな名前を敵の騎士が口にしていたな。」
「やっぱり、楊慶之の仲間ね。という事は【秦陽】は楊慶之が落としたわけね。それで秦武君ちゃん、相手はどうやって秦家軍を倒したのよ。」
勾践に促されて、秦武君は口を開いた。
「相手はたった2騎の専用機だ。奴らは化け物みたいに強かった。2騎とも《神速》魔法を使って、一騎が東門を囲む味方の鎧騎士100騎。もう一騎が城壁の上に向かった味方の鎧騎士100騎を全滅させた。」
秦武君は戦いを思い出すと気持ちが
「俺が戦ったのは、姜桜花と名乗った神級魔力の刀を使う騎士だった。手も足もでなかった。ミスリルの剣が砕かれ、気がついていたら鎧騎士は動かなくなっていた。《神速》魔法だけじゃない。奴らの武器や刀の腕は一流だった。」
秦武君は、桜花との戦いを思い出すように語った。
「ミスリルの剣を砕いたですって・・・、あれは大陳国の宝具でしょ。それに《神速》魔法。刀を使う神級魔力の騎士。私たちも《赤の結界》と、強力な魔弾砲を使う魔法使いと戦って敗北した所なんだけど、なんなのよ楊慶之の戦力は。無茶苦茶ね」
「そうか、奴らにはまだ仲間がいるのか。」
「そうよ、その魔法使いも楊慶之の仲間とか言っていたわ。あいつも神級魔力だったわよ。そうすると、神級魔力の騎士が3人ね。それにしても半端ない戦力をぶっこんで来るわね。そんな戦力は普通の国じゃ投入できないわよ、まったく。それで、私たちは楊琳玲の奪い返すのと情報を集めるのを試みて王都に戻るつもりだけど。秦武君様、あなた達はどうするの?」
「俺たちは、居城に籠って抵抗するつもりだ。城外の郭許将軍の部隊と連携すればまだ戦える。それより、勾践殿の方こそ、早く王都に戻った方が良いぞ。今なら北門から逃げられるが、チンタラしていると逃げるタイミングを失うぞ。俺たちの戦いに巻き込まれ里からな。」
「分かったわ、気をつけるわ。秦武君こそ、死んじゃダメよ。」
勾践はそう言って、秦武君と別れた。
居城の外にでると、多くの敗残兵と擦れ違った。
どの兵士のほとんどが無傷だ。どうも、敵は鎧騎士を全て倒しただけで、歩兵や操縦者の騎士を積極的に叩くような行為はしていないようだ。
もしくは、城外の郭許将軍が率いる主力と戦闘中かもしれない。
とにかく司令官不在で、無傷の歩兵2万は何処に行っていいのか分からず、各人が思い思いに居城に向かって歩いているようだ。
そんな敗残兵を横目に、勾践たちは聖香を見つける為に先を急いだ。
「確か、あの辺よね。」
勾践が指を差したのは、地下の避難路の出口の辺り。
事前に、秦伯爵から
伯爵も当然、居城を建てる前に楊家の居城の基礎図面は確認して避難路の経路も知っていた。自分たちの避難路として使うつもりで地図まで作成してあった。
勾践が出口に向かおうとすると、文主が止めた。
「ま、待て。勾践。どうやら、俺たちは囲まれているぞ。」
文主が周りの気配を感じて、勾践にしか聞こえない小さな声で囁いた。
文主の声で、勾践は止まって気配を探った。
「あら、確かに嫌な気配ね。」
――シュ。
何かが飛んできた。
警戒していた勾践は直ぐに結界を張る。
——カキン。
結界に何かが当たって弾かれた。
「敵よ、文主。小剣か、何か、武器が飛んできたわ。」
文主は直ぐに鞘から刀を抜いて身構えた。
姿は見えないが、複数人の気配がする。
――カキン、——カキン、——カキン。
数か所から、小剣のような武器が飛んできては、結界に弾かれて地面に落ちた。
「あた、これ手裏剣じゃない。確か、
地面に落ちた武器を見て、勾践は
武器は形は十字で拳ぐらいの大きさだが、周りが鋭利な刃になっている凶器だ。
勾践は博学で、武器や他国の知識にも長けていた。東の先にある大和国という国に、刀や手裏剣を使う武士や忍者がいるのを知っていた。
「あんた達、姿を見せなさいよ。あんた達も楊慶之の仲間なの!?」
すると突然、姿を現した黒衣装を着た何者かが現れた。
――ガチャン
結界に飛びついたと思うと、手に持った小刀ので結界を砕いた。
「何もんじゃ、おのれは!」
突然現れて結界を砕いた黒装束に驚いた勾践はドスを利かせた声を上げた。あまりに驚いて、女言葉を使う余裕が無く、素の言葉が出てしまったようだ。
勾践が大声を出して注意を引いている隙に、文主が動いた。
文主が一瞬で、黒衣装に近づくと剣を相手の胸に突き刺した。
――キン。
黒装束は文主の突きを腕の手甲で跳ね返した。
「なに、俺の剣を・・・。」
思わぬ形で渾身の一撃を簡単に跳ね返された文主は
「これ以上、琳玲様に手を出す者は許さぬ。去れ!」
黒衣装を着たその者は、脅すような低い男の声であった。
その男は距離を取るように後ろに跳び去る際に、何かを投げつけた。
「うっ。」
文主の太ももに鉄の武器が刺さった。
痛みで、その場に膝をついてしまった。
「あ、あなた何者。見た感じだと間者ね。その武器は手裏剣よね。大和国の間者かしら。」
文主は黒衣装の男を睨みつけながら、相手を観察する。
「ほう、手裏剣を知っているか。それに、私の名を教えてやっても良いが、名を知ったら
低い声で、黒衣装の男が告げる。
「分かったわよ。この場は引くわよ。確かに、間者に名を聞くのはタブーだったわね。名を教えた相手は絶対殺す。自分が死ぬか、相手を殺すまで戦い続けるって聞いたわ。それにしても王級魔力の私たち2人が敵わない間者ってなんなのよ、全く。これで神級魔力が4人目よ。楊慶之って間者にまで神級魔力の使い手を置くとか、マジ信じられないわ。それに、マジ怖いわ。」
勾践は、文主の一撃の突きを間者が止めた時点で逃げるしかないと思っていた。
攻めの文主の一撃も、守りの勾践の結界も一切効かない相手と戦って勝ち目はない。
それにしても神級魔力の間者など、勾践は聞いた事が無かった。
間者はしょせん裏方。戦いに直接加わる事は無い。
だから、どの国や貴族も間者は使い捨ての駒を育てるのが普通だ。
だが、力の無い間者は直ぐ死ぬので、生き残るのは、そこそこの魔力階級に昇華する者か、技術を持った者しかいない。それでも王級魔力以上の間者など存在しなかった。
「おお、怖いわ、楊慶之という男は。」
勾践は間者に向かって一言いうと、踵を返して北門に向かって歩いて行った。
本当に戦いを左右するのは、間者の情報だと勾践は知っていた。
情報の恐ろしさを知る勾践は、楊慶之の間者と出会えた事が貴重な情報である。
そして、この情報を蔡辺境伯に伝えないと意味がないとも勾践は知っていたのだ。
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