第27話 【秦陽】の戦い①
「文主ちゃん、候景ちゃんからの鳩の伝達が来たわ。」
「へぇ、鳩の伝達とは珍しい。何かあったのか。」
鳩は緊急の伝達しか使われない。
早いのだが、数匹の鳩を飛ばすのでコストが高く、鳩を受け取る所を誰かに見られると間者だと疑われるからだ。
「なんでも、曹伯爵領が占拠されたわ。相手は楊慶之という楊公爵家の一族の者よ。」
「曹家が占拠された!?それは、本当か。確かあそこには趙嘩照や范令、それに呂照花の3人がいたはずだが。それだけの力を持った奴らがこの国にいるのか。」
「そんなの私には分からないわよ。とにかく、伝文に書いてある蔡辺境伯様からの命令は、秦家領の攪乱命令の中止。それと、趙嘩照が秦家軍に潜入させていた鎧騎士の回収して国境を守る南東軍に合流させる事。それに楊琳玲は秦家領から連れ出して蔡辺境伯様に引き渡す。の3つよ。」
「そうか、楊琳玲を引き渡すのは息子の伯虎じゃなくて、親の辺境伯様に変わったのか。まさか、辺境伯様にも変な趣味があるわけじゃないよな。それに、あの変態・・・いや、伯虎が怒るんじゃないのか。」
「なにが、変な趣味よ。白虎様の趣味は別に変じゃ無いわよ。それに、あなた、人の趣味に口を出すのは良くないわ。それと、辺境伯様が楊琳玲を連れてくるように命じたのは、きっと趣味じゃないわね。人質にするつもりね。さすがに伯虎様も蔡辺境伯の命令なら文句は言えないわ。」
勾践は自分も幼児を集める趣味があるので、伯虎の趣味には理解があった。
「楊琳玲を人質?」
「そうよ。伝文に曹家を占拠したのが、楊公爵家の一族と書いてあったでしょ。どんな奴か知らないけど曹伯爵領を占拠したんだから、それなりの力を持っていると辺境伯様が考えたのよ。それで、人質というカードを用意するつもりよ。」
「そうか、あの嬢ちゃん、また人質になるのか。こっちでもそうだったが、王都でも人質とは哀れな奴だ。結局、力を持たない者は、強者の喰い者にされるか。可哀そうだけど、仕方が無いとあきらめるしかないな。」
文主は女には優しかった。
「それで、秦家領での攪乱命令の中止は分かったが、鎧騎士の回収は直ぐには無理だぞ。すでに、作戦通り城外に出しているからな。」
「そんなの分かっているわよ。別に、旧南東軍の奴らを片付けてからで良いんじゃないの。どうせ、旧南東軍の奴らも明日には片付くわ。」
「そうだな。だが、辺境伯様はなぜ急に侵入させていた鎧騎士を秦家領から回収させて国境の南東軍と合流させと言うんだ。」
「それは決まっているじゃない。次に狙われるのが、この秦家領だからよ。まぁ、そんな事は分かっているから、辺境伯様の方から先に動くでしょうけど。」
「そうか、楊公爵家の一族の者が、曹家領を占拠した方がおかしいか。確かに、普通なら秦家領から攻略するのが筋だな。すると、近々、この秦家領が攻略される恐れを心配しているのか。それなら、旧南東軍の攻略が終わってからだと遅くないのか。」
文主は、命令には意外に真面目で、秦家軍の作戦にかまっていないで、直ぐに鎧騎士を引き上げた方が良いんじゃないのかと考えた。
「大丈夫よ。曹家領が攻略されたのは、一昨日らしいわ。さすがに4日で秦家領に攻めてこられないわよ。移動でも2日は掛かるのよ。それに、辺境伯様が、曹家領を占拠した楊慶之を倒すのに秦家軍の力も必要なはずよ。それには旧南東軍を倒しておいた方が、秦家軍も動き易いわよ。これも辺境伯様の為よ。」
「まぁ、確かにそうだな。分かった。旧南東軍を壊滅させてから、鎧騎士たちは回収して、国境の南東軍に合流させるとしよう。それにしても、あの趙嘩照と范令がいたのに曹家領を横から奪われるとは。その、楊慶之という輩は、相当の策略家かもしれんな。」
「そうね。手紙にはその辺が詳しく書かれていないから分からいけど、不意打ちを狙ったのかもしれないわね。あの范令が手玉に取られるなんて。」
鳩の伝文には記載できる文字数が限られている。しかも暗号なので、指示事項のみで状況の説明までは書かれていなかった。
その為、詳しい状況は分からないが、勾践も文主と似たような気持ちである。この秦家領での作戦立案はほとんど范令が行っていた。
5人組の中で、軍略を持つのは范令だけで、戦いの作戦を考えるのは范令の役割だ。
勾践は趙嘩照のように作戦を実行する能力に長けているが、『荷馬車の計』や『鳥籠の計』のような作戦を考える能力は乏しい。その范令が敗北したと聞いて、勾践も楊慶之を警戒していた。
「まぁ、曹家領の事は良いとして、行くわよ、文主。」
勾践は方針が纏まると、すぐに動き始める。
「どこに行くんだ。鎧騎士の回収は明日の作戦が終わってからだろ。」
「違うわよ、楊琳玲を王都に連行するのよ。さっきは、まだ目が覚めていなかったようだけど、目を覚まさせて、辺境伯様の元へ連行するわ。もう、餌の必要も無くなったし、先に済ませておくわよ。」
「ああ、分かった。一応、秦伯爵に断っておかないで良いのか。」
「そんなの後で良いわよ。直ぐに、王都から秦伯爵にも曹家領の件で使者がくるでしょうから。その使者が来てからの方が、説明する手間が省けて良いわ。」
「なら良いんだが。」
文主も素直に頷いた。
確かに勾践が伯爵に曹家領の事を伝えれば、鳩を使って蔡辺境伯と情報をやり取りしていると伝えねばならない。余計な腹を探られるのは面倒だ。
だが、使者から話を聞けば、楊慶之の人質にすると言えば話も早い。
それに元々、勾践たちは楊琳玲を捕まえるという蔡伯虎の命令で秦家領に来た。この場に及んで楊琳玲を牢屋から連れ去ったからと言って伯爵も文句は言うまい。
2人は話が済むと、牢屋に向かって歩くのであった。
* * *
【秦陽】の居城 楊琳玲
――ダダダダダ、ダ・・・・
たくさんの秦家の兵が私たちの前を走り去っていく。
「楊琳玲が逃げたぞ。探せ!」
「まだ、遠くに行ってはいないはずだ。見つけ出せ!」
秦家の兵が口々に大声を上げて、私を探している。
私と藤有加(とうゆか)さんは、透明化のスカーフに身を包んで廊下を音を立てないで移動していた。
牢屋から脱獄したのは良いが、さっき牢屋から出ていった蔡辺境伯の部下がまたやって来て、私が脱獄したのが見つかってしまった。
兵士が駆けずり回り、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっている。
「居城の門を固めろ。とにかく居城の外には出すな。」
私は、この居城の構造をある程度熟知していた。
なぜなら、この秦家の居城は楊家の居城の土台を再利用している。
城門の位置や、居城の基礎となる土台は昔のままだ。
建築物は新しく立て直したので分からないが、門の場所は変わっていなかった。
この居城には正門と裏門の2つしかない。
だが、兵の漏れ聞こえる会話から門は塞がれているようだ。
「少し、この辺で休憩しましょう。」
「そうだな。疲れたから、少し休もう。」
私が休憩を提案すると、有加さんも素直に応じてくれた。
私たちは牢屋の塔から出た外の人通りの少ない庭の端で休むことにした。
牢屋は専用の塔の中にあった。秦家の居城の敷地にはいろいろな塔が建っている。
貴族の牢屋は居城の地下に作る場合が多い。地下なら罪人が脱獄しにくい。だが、楊家では罪人より、籠城用の食糧を重要視したので地下を食糧庫にしていた。秦家の居城の土台も楊家のモノをそのまま使ったので同じだった。
「藤有香さん。改めてお礼を言うわ。助けてくれてありがとう。」
人混みのいない場所までやっと移動できたので、私は有加さんに礼を言った。
「礼は不要だ。主(あるじ)の命に従っただけだ。」
有加さんと会って間もないが、彼女は口数が少なかった。
「それで、これからどうしますか。私は仲間に合流したいんですけど。」
勾践という女言葉を話す変な男が、私を餌に旧南東軍をおびき出すと言っていた。
早く味方に合流して、その事を伝えねばならない。
「命令は楊琳玲の安全確保。後は勝手にしろ。だが、どうやって外にでる?」
「そうなのよ。それが問題なのよ・・・。」
「正門と裏門は難しそうだ。」
外に出る道は正門と裏門の2つ。この2つの門は兵がびっちりと配置されていた。
「そうよね。藤有加さんは『透明化のスカーフ』とか変わった魔道具を持っているけど、空を飛ぶな道具は無いのかしら。」
「これは大聖国の宝具。魔道具ではない。空を飛ぶ宝具もあるが、持っているのは主だ。私は持っていない。」
「へぇ・・・あるんだ。空を飛ぶ魔道具、じゃなくて宝具が。そんな宝具をたくさん持っている大聖国の女王様って凄いわね。」
「当然だ。主は今世で一番の魔力量を持つ。政治も外交も一流だ。歴代の大聖国の王の中でも主が一番優れている。」
口数の少ないと思った有加さんが、聖女王の話をすると多弁になった。
「そんな優秀な女王様が慶兄の味方になってくれたのは本当に心強いわって・・・ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってよ。慶兄は生きているの。」
牢屋で聞こうと思って、大事なことを聞きそびれていた。この有加さんは慶兄の依頼で私を助けに来たと言っていた。
「ああ、生きているぞ。虹色魔力を持っている御仁だからな。そう簡単には死ぬわけないだろ。」
「なにそれ、虹色魔力?聞いたこと無いわ。それに、慶兄は魔力なんて持っていないわよ。」
「事情は知らん。だが、私は確かに慶之殿の虹色の魔力色を見た。」
「もう、魔力の話は良いわ。それより、慶兄は本当に生きているの。
従者の王常之が慶兄を見失って、その後、蔡家が楊家の男子は全員死んだ伝えていたのよ。」
「そんなの知らん。ただ私は約1か月前に楊慶之殿に会った。あれから、《火の迷宮》も攻略したと聞いた。《火の迷宮》で死んでいない。今も生きているはずだ。」
「何それ、慶兄が《火の迷宮》を攻略した!?それ、なんで慶兄が《火の迷宮》を攻略できるのよ。せいぜい魔物一匹を倒すのがいい処よ。」
「楊慶之殿は貴殿の兄上なのに。ずいぶん評価が低いな。」
「そうよ、慶兄は私の兄よ。だから私が一番慶兄を知っているわ。その私が断言する。この国で一番強い魔物が潜む《火の迷宮》を慶兄が攻略できるわけが無い!」
「本当に訳が分からん。楊慶之殿は虹色魔力を持っているのだぞ。《火の迷宮》を攻略して当然だろう。」
有加さんは不思議な顔をして、私の考えを否定した。
とにかく、慶兄は生きているようなので、後は慶兄に会って聞くことにした。
「ところで、ここから逃げ出す方法は無いのかしら。」
「そうなだ。さっきも言ったが、主から預かった宝具は『透明化のスカーフ』だけだ。少し様子を見て、兵士たちが減るのを待つしか無いんじゃないのか。」
「それじゃ、ダメなのよ。仲間が敵の罠に嵌っちゃうわ。」
「それなら大丈夫だぞ、楊慶之殿がこちらに向かっていると半蔵殿が言っていた。慶之殿が来れば、秦家軍も簡単に制圧できる。」
「だから、慶兄が来ても・・・まぁ、良いわ。今、ここで慶兄の話をしても埒が明かないわ。本人に会えば分かる事だし、それで、ここから逃げる方法だけど、藤有加さんの魔道具がダメなら、私に一つ考えがあるわ。」
「なんだ、その考えは。」
「脱出用の地下通路を使うのよ。もしかしたら、まだ使えるかも知れないわ。」
「地下通路?どういうことだ。」
有加さんは首を傾けた。
「楊家の居城は燃えちゃったんだけど、その後、秦家が居城を建てるのに、楊家の土台をそのまま使って建てたのよ。」
居城を作るのに、土台作りが一番労力と金がかかる。
楊家の居城は陥落した時に破壊されたが、土台は無傷だった。それで、秦伯爵は土台だけそのまま使ったのだ。前の居城の土台を使うことは良くあった。
「それがどうしたんだ。」
「もしかしたら、地下の部屋がそのままかも知れないってことよ。地下には楊家の者しか知らない居城の外に出る地下通路があるわ。陥落した時に、私たちはそこから外へ逃げたのよ。」
「そうか、その地下通路から逃げるわけか。だが、城を建て直す時に当然、その地下通路も発見されているのではないか。」
「そこは賭けね。一応、楊家の者しか分からないように細工はしてあるけど。」
確かに居城の建物が破壊だれて平地になった状況で、地下室や土台は入念に調べるはずだ。自分たちの脱出用の通路としても調べ無い訳が無い。
後は、仕掛けの所為で見つかっていない事を祈るしかなかった。
「だが、琳玲が言うなら、そこに行こう。」
有加さんは、他に方法が無いならという消極的な理由から賛成した。
それから、私たちは『透明化のスカーフ』を羽織ると姿を消した。
「意外に居城には、兵が少ないわね。」
私は警戒したが、居城を警備する兵は極端に少なかった。
考えれば当たり前だ。牢屋の塔を抜け出した私たちが、意味もなく居城に来るとは誰も考えない。逃走経路の門や敷地内に警備は集中していた。
私たちは居城に入ると、そのまま地下の階段を降りていった。
「真っ暗で何も見えないわね。明かりを付けるわ。」
私は『透明化のスカーフ』をしまって松明を持って前に進んだ。
松明を持ってスカーフを羽織っても、人がいるのが分かってしまう。それに、スカーフに火が燃え移ったら大変だ。なにせ、このスカーフは大聖国の宝具である。
「やっぱり、地下は昔のままだわ。」
地下は私が言った通り、兵糧庫になっていた。
保存のきく小麦や干し肉などが蓄えられている。
さすがに、私が地下に逃げたとは誰も思っていないようで、地下を探す兵士はいなかった。辺りに人の気配もなく、もの音一つない静かさだった。
「楊琳玲、この地下に、地下通路はあるのか。」
「昔のままなら、あるはずよ。付いて来て。」
地下の階の道を歩きながら、昔と同じか確かめながら進んで行く。
「確か、この部屋よ。」
私は置くの部屋で立ち止まった。
「この部屋の奥にある武器庫の戸棚を動かすと、地下道があるわ、ついて来て。」
部屋の扉を開いて、有香さんの手を引いて部屋に入って行った。
松明で部屋の中を照らすと、そこには昔のように武器は並んでいなかった。
「おかしいわね。」
部屋に入って、中を照らす。
周りを確認するように、松明を持った手で辺りの状況を見回す。
すると、そこに男の顔が浮き上がった。
「「きゃあああああぁぁぁ!」」
突然現れた、男の顔に驚いて私と有香さんは後ろにのけぞった。
「待っていたわ、やっぱりここに来たわね。」
目の前に現れたのは体の大きい厳つい顔をした男だった。
その男は、なぜか女言葉で話していた。
「勾践の言う通り、ここで待っていて正解だな。」
もう一人の男の声も聞こえる。
すると急に、部屋に魔道具の照明の明かりが灯って、部屋中が明るくなった。
周りを見回すと、曹家の兵が明かりを点けて囲んでいた。
扉も、いつの間にか曹家の兵士が塞いでしまった。
「あちゃ、待ち伏せされてたみたい。すみません、有加さん。」
「こうなったら戦うしかない。これを使え。それと、琳玲は死んでも守る。」
有加さんは、腰につけた小さい鞄から、盾と剣を取り出して私に渡した。
そして、自分も盾と刀を持って身構える。
「その腰の鞄は、《魔法の鞄》ですか。」
「そうだ。聖女王様から与えられた。それより、後ろに控えていろ。危ないぞ。」
「私も戦います。これでも、剣には自信があるんです。」
琳玲は有加から借りた剣に魔力を籠める。
琳玲も王級魔力の騎士である。十分戦力になる。
――カキン
神速の剣が、一瞬の速さで有加の間合いに入った。
慌てて、有香が刀で受け止めた。
(・・・早い。こいつ何者だ。)
有加がやっと反応できたという速さで移動した。
「ほう、俺の『瞬歩』に反応するか。面白そうな奴だ。勾践、こっちの女は
黒い外套を着た文主がニヤリと笑う。外套の中には、甲冑を装備していた。
「・・・そうね。でも、その女は何者なのかしら、旧南東軍の仲間よね、きっと。」
「そんなの知らねぇよ。でも、この女、やるぜ。」
「文主ちゃんがそこまで言うなら、王級魔力の騎士なのかしら。益々気になるわ。そんな女が旧南東軍に居るなんて情報は聞いてないし。もしかしたら、楊慶之の仲間も考えられるわね。文主ちゃん、出来るだけ情報をとってくれると嬉しいわ。でも、面倒なら殺しても良いわ。楊琳玲ちゃんは殺しちゃダメだけど。」
剃った髭の後が残ったガタイの大きい勾践は女言葉で説明した。
「琳玲、この場から逃げるのは難しそうだ。」
有加はそう言って、文主に斬り掛かる。
だが、文主の方が動きが早いので、簡単に避けてしまう。
距離を取ったかと思うと、意表をついて有加の間合いに入ってくる。
『瞬歩』魔法で、有加と自分の距離を自由に操っているのだ。
有加は、どうしても受け身になっていた。
「うっ。」
文主の剣が、死角から何度も有加の腕や足を襲う。
その度、有加の呻き声が聞こえた。
身に着けている甲冑が無ければ、有加はとっくに死んでいる。
静香がくれた甲冑がなんとか有加の身を守っている。だが、その甲冑にもヒビが入り始めた。もう、何発もの攻撃に耐えられそうにない。
「ずいぶん、しつこい女だ。楊琳玲ともども降伏して情報を話してくれるなら、助けてやっても良いぞ。」
「舐めるな、降伏するなら死を選ぶ。」
「そうか、綺麗な女性をいたぶるのは趣味じゃないが、それじゃ、死ね。」
文主の趣味は色っぽい女性が好きというノーマルなモノだ。決して、幼女好きの勾践や、奴隷落ちした貴族女を愛す伯虎のような悪趣味では無かった。
――グサッ。
「うっ・・・。」
文主の剣が有加の甲冑を砕いて、腹に突き刺さった。
有加が崩れ落ちて、膝が床についた。
文主が剣を有加の腹から引き抜くと、腹から血が噴き出す。
血糊が付いた剣を振って、文主は血をはらった。
「ゆ、有加さん、大丈夫ですか。」
有加は血が溢れる脇腹を押さえて蹲った。慌てて、琳玲が有加に近づいた。
「有加さん・・・、死なないで。」
琳玲が有加を抱きかかえるように、しがみついた。
「り、琳玲・・・、せ、聖女王様に伝えてくれ・・・、し、使命を全うできずに申し訳ない・・・と。」
有加は琳玲の腕の中で、呼吸を荒くした。
脇腹から流れる血が止まらない。
(私が・・・、私が地下通路の道を選ばなければ・・・こんなことに。)
琳玲は必死に有加を抱きしめるのであった。
* * *
【秦陽】の居城 王常忠
秦家軍の居城に侵入して、長い間、楊琳玲様を探し回っている。
琳玲様を見つけ出して救い出すのは、父から託された重要な任務だ。
父である王常之から『旧南東軍が命を賭けて囮になる。常忠、お前は命に代えても琳玲様を救いだせ』と言われた。
父には3人の息子がいたが、今は私しかいない。
2人の兄は死んだ。
一番上の兄は、楊家の嫡子である楊義之様と一緒に。
次の兄は、楊家の次男の楊剛之様と一緒に【楊都】が陥落した時に死んだ。
父に託された任務は、私が引き受けるしかなかった。
私も【曲阜】で蔡家の兵に襲われ死にそうになったが、死なずに生きている。
「それにしても、琳玲様はどこに行ったのか。話が違うんですけど・・・。」
琳玲様を牢屋から解放して、救い出すという役目は初っ端からくじけた。
琳玲様が牢屋にいないのだ。
秦家に潜り込んだ時には、既に琳玲様は牢屋から脱出していた。
「常忠。もう、この居城の敷地の中にはいないんじゃないか。」
一緒に琳玲様を探しているは、秦家軍の兵士の魏徴である。
彼は、25人の兵を率いる秦家軍の小隊長をしていた。
魏徴は、元々楊家軍の兵士だったが、【楊都】が包囲される前に親が重病で田舎に帰っていた。その後、親は死んで戻ってきたが、この地の領主は楊公爵から秦伯爵に変わってしまっていた。仕方がなく、魏徴は秦家に仕えたのだ。
急に所帯が大きくなった秦家軍で、魏徴は小隊長として部隊を任されていた。
秦家軍の小隊長である彼がなぜ、私と一緒に琳玲様を探しているかというと、彼は私の父に恩義があった。親の重病で彼が帰郷を願った時に父が口を聞いたのだ。
その恩を返す為に、彼も琳玲様の捜索に協力している。
長い間、探しても琳玲様は見つからないので、魏徴は痺れを切らしていた。
「いや、居城の中に、まだいるはずだ。」
魏徴の部隊にも楊琳玲の捜索命令が出ていたので初めは丁度良かった。だが、琳玲様が見つからないので、秦家軍も探すのをあきらめていた。
ついさっき、東門から居城の間に待機する命令が新たに出ていた。
私たちは東門に向かうフリだけして、粘り強く琳玲様を探していた。
「そもそも、誰が琳玲様を逃がしたんだ?」
魏徴は探すのに疲れたような表情で私に尋ねて来た。
「それが分からない。琳玲様を
私も魏徴と同じことを考えていたが、本当に検討も思いつかない。
この状況は、まったく想定していなかった。
この状況を旧南東軍に報告したくても、報告する合図が無い。
作戦に成功したら緑の火花を上げる。失敗したら赤の火花を上げる。報告方法はこの2つだけだ。今の状況は成功でも、失敗でも無く報告出来ないのだ。
「だけど、琳玲様を連れだした連中が何者で、何が目的か分からないと逃げたのか、隠れているのかも分からん。探しようがいないぞ。それに時間も余裕がないぞ。」
魏徴の言いたいことが良く分かる。
攫ったの奴らは我らの味方か、敵か。
可能性が高いのは、前者だ。秦家軍の味方なら、わざわざ攫う必要が無い。攫うという事は秦家軍の敵である可能性が高い。秦家軍が探していたのがその証拠だ。
「何者が攫ったか分からないが。秦家軍が見つけ出していない以上、まだ、この居城のどこかにいるはず。頼む、魏徴。もう、時間が無いのも分かっている。あと少し、少しだけ探すのに付き合ってくれ。」
父からは、城外に出た鎧騎士が戻るには半日以上かかると聞いている。
どんなに時間が遅くても、昼には戻る。
そろそろ、夜が明ける頃だ。魏徴の言う通り、本当に時間がなかった。
「分かったよ、常忠。お前の親父殿には恩があるからな。それに旧南東軍が東に侵攻したおかげで、秦家軍の兵も減って探しやすくはなっているからな。探すには探すが、引き際を間違えるなよ。旧南東軍が全滅することになるぞ。」
「分かった。悪いな、魏徴。」
私は魏徴に頭を下げて、再び各部屋を探し始めた。
この一年、なぜか人探しばかりしているような気がする。
この前まで、慶之様を半年以上の歳月をかけて探していた。
路銀も無くなり、あきらめて旧南東軍に合流したら、今度は琳玲様を探しように命じられている。
しかも、今度の命令は重い。
旧南東軍の存亡がかかっていた。
それなのに、未だに手掛かりすら見つかっていない。
探し始めて、もう2刻(約4時間)も経過していた。
これ以上時間をかけたら、旧南東軍がこの【秦陽】から逃げる時間が無くなってしまう。
だが、ここであきらめて、琳玲様が何者かに攫われていたら、何の為に旧南東軍が犠牲を払ったか分からない。
このまま探して『本当に見つかるのか』という不安もある。
『失敗した』と合図を送るべきか。
失敗したと合図を送れば、旧南東軍は撤退するであろう。
でも、本当にそれで良いのか。
琳玲様を探すのをあきらめて良いのかという疑問が頭をよぎった。
まだ、琳玲様を探すべきか。それともあきらめるかだ。
私の気持ちはあきらめたくなかった。
だが、既に十分な時間を探した。あと1,2時間で見つかるとは考えられない。
旧南東軍には、この1,2時間が命取りになる。
「最後に、探したい場所がある。」
私は覚悟を決めた。最後に一か所だけ探して、そこがダメだったら、あきらめよう。
「ここから遠いのか。」
「いや、遠くは無い。この居城の地下だ。」
「地下?地下は食糧庫だぞ。」
「そうだ。その食糧庫に向かう。」
私は、最後に探す場所を地下室にしたのは、【楊都】が陥落した時の避難路が地下にあったからだ。
半年以上前になるが、私と慶之様が通った道だ。別々に逃げたから分からないが、もしかしたら、琳玲様も避難路を通ったかもしれないとふと思った。
だが、秦家の居城に変わって避難路は変わったと思って今まで探さなかったが、もしかしたら、そのまま通路が残っているかも知れない。
「どうしたんだ、常忠。いくら何でも、地下の食糧庫から外には出られないぞ。それとも、中に隠れているという事か。まぁ、良い。それでお前の気が済むなら行こう。」
魏徴は頷いた。
「すまない、恩に着る。」
王常忠たちは、覚悟を決めて地下に向かうのであった。
* * *
【秦陽】 旧南東軍 朱義忠
既に日が暮れて久しい。辺りは既に暗闇であった。
朱義忠は南東軍を率いて、【秦陽】の東門の近くまで来ていた。
「そろそろか。」
義忠は前方の城門を見つめたまま、副官の楚郭に尋ねた。
「義忠将軍。まだ味方からの合図はありません。」
「そうか・・・。」
義忠は焦る気持ちを押さえていた。早く楊琳玲を救い出さないと王都に連行せれると考えると、どうしても焦ってしまうのだ。
待っているのは、【秦陽】の城内にいる仲間の動きだ。
【秦陽】の都市の半分以上の民は、秦伯爵が元領地のあった長南江の以北から連れてきた者たちだ。だが、半分以下ではあるが、南部出身の者も住んでいる。
その中には、旧南東軍の協力者もいた。
待っているのは、城郭都市の中からの協力者の動きだ。
東門を守る兵士に食事に毒を入れて、東門を占拠する計画になっていた。
「それと、緑の光も見えないか。」
「まだ、見えません。こちらが動かないと、王常忠も動けないですよ、将軍。」
緑の光は火薬を調合した光の魔弾だ。
王常忠が、【秦陽】の中にある伯爵の居城に忍び込んでいるはずだ。
そこに捕まっている琳玲様を救出したら、光の魔弾を空中に打ち上げ、合図を送る手はずになっていた。成功したら緑色の光の魔弾。失敗したら赤色の光の魔弾だ。
「そうだな。こっちが動いて敵を引き寄せないと、王常忠も動けないか。」
朱義忠が【秦陽】まで来たのは、潜入している王常忠が琳玲を救う間、敵を引き付ける為だ。
楊家の侍従長であった王常之は楊家領の統治に関わっていたので、商人や城の中の者に顔が利いた。そういった者たちからの情報を集め義忠の為に流している。
その彼の情報では、秦家軍が鎧騎士を城外に出して、国境に向かわせている。
実際、荷馬車で運ばれる鎧が東の国境に向かうのを、偵察に出した兵も確認している。
王常之殿は、秦家軍が鎧騎士を城外に出したのは、私たちを誘き寄せる罠だろうと言っていた。私もそう思う。
だが、敵の罠と分かっていても、琳玲様を救う為にはやるしかなかった。
ただ、今回の戦いは、敵の罠と分かった上で【秦陽】へ攻め込む。
作戦の参加者は志願兵だけにした。
なるべく、若い者や妻子のある者は志願させないようにした。
まぁ、半分も志願すれば良いと思っていたが、予想に反してほとんどの者が手を挙げた。
琳玲は旧南東軍の兵が皆から慕われていたようだ。
それは、一族を滅ぼされた元領主の生き残りという同情ではなく、たぶん、琳玲の性格が兵士たちに助けたいと思わせたのであろう。
時としては、娘や妹、孫のような存在として、また時には、自分たちを助ける為に殿として戦場に残る指揮官として、琳玲の事を好ましく思っていたのだ。
今率いている旧南東軍の兵は、皆が死を覚悟した者たちであった。
そして、【秦陽】の近くまで来て、城の様子を伺っている。城内の内通者が、動き始める頃だ。
「楚郭。東に向かった秦家の鎧騎士の動きを探っている斥候から報告はきたか。」
「はい。先ほど、斥候から鳩が飛んできました。東に10里(約40㎞)は進んでいるようです。そこで、今夜は野営のようです。」
斥候には、鳩の調教者を行かせている。
鳩は一旦、砦に飛んで、砦から別の鳩がここまで情報を運んでくる。
10里も離れていれば、【秦陽】に戻るにしても、半日以上はかかる。
今回の琳玲様の救出作戦は、東に向かった秦家の鎧騎士の動きにかかっている。
東に向かった鎧騎士が戻り前に、琳玲様を救出できればこちらの勝ち。すばやく撤退すれば良い。
もし、琳玲様を救出する前に東の鎧騎士が戻れば、我らは城内と城外の敵に挟み撃ちに遭い逃げ場を失う。
そうすれば、旧南東軍は全滅だ。
東に向かった鎧騎士たちが戻るまでの半日の間で、琳玲様を救出できるかどうかにこの作戦の成否がかかっている。
「そうか。半日以上か・・・。まぁ、その辺りが限界だな。」
「そうですね。」
副将の楚郭も、これが秦家の罠である事は分かっている。
戻るまでの時間が短すぎれば、我ら旧南東軍が餌に喰いつかない。
戻りまでの時間が長すぎれば、【秦陽】の危険が増し、琳玲様が奪われる可能性が増す。
そこまで考えて、秦家軍は城の外にだした別動隊の野営地を設定している。
そして、その距離10里がちょうど良い距離だと、義忠も楚郭も思っていた。
「それにしても、城内の連中は遅いな。城を開けるのに手こずっているのか。」
義忠は後ろを振り返って、後ろに控えていた王常之に尋ねた。
【秦陽】の内通者は王常之が命令を出していた。
「そろそろですよ。城内の者だけでなく、協力者もいますから大丈夫だと思います。」
「協力者とは、例の楊慶之様の配下と名乗る者たちですか?」
「そうです。その者たちです。適当に距離を取って、協力をしてもらっています。」
「王常之殿、そんな得体の知れない奴らの手を借りるのは如何なものですか。そいつらは秦家軍の手の者に違いないのでは。」
義忠は、大事な作戦に知らない者に手が入るのは気に入らないようであった。
「義忠殿。この作戦は初めから、秦家軍に知られています。それに、彼らも我らに城内に侵入して欲しいのです。ですから、侵入までは得体の知れない奴らを使った方が、相手を油断させられるはずです。中に入ったら、近づけさせなければ良いのです。もし近づいてくれば、奴らを始末しましょう。」
「さしがは、王常之殿。敵の裏を読んで敵を利用し、油断させる。私の考えが浅はかでした。勉強になりました。」
義忠が王常之に頭を上げた。
「いやいや、年寄りは、したたかですから、このような悪知恵が働くのですよ。」
王常之は笑って答えた。
「朱義忠将軍。東門が開きました。」
「よし、行くぞ。まず、歩兵が東門を制圧する。東門の制圧が完了してから、鎧騎士が東門に入る。良いな。」
「「「「「はい!」」」」」
義忠の命令に従って、兵士が散って行った。
東門は開いたが、まだ油断はできない。
城内に侵入させたら、実は東門が開いたのが罠という事も考えられるので、まずは歩兵に侵入させる。
秦家軍が倒したいのは鎧騎士だ。鎧騎士がむやみに城内に侵入し、東門を閉鎖されて閉じ込められるのが一番困るのだ。
200騎いた鎧騎士は、この前の荷馬車に鎧騎士を隠した作戦で60騎はやられた。
100騎送り出して、60騎の被害は壊滅的な被害と言っても良い。だが、40騎残ったのも、琳玲が殿を引き受けた味方を逃がしたおかげだ。
その40騎の内、直ぐに戦いにでられる機体は20騎しかなかったので、今回の戦いには120騎の鎧騎士を投入している。
歩兵が城内に侵入すると、東門は既に制圧しれていた。
城内の内通者が食事に仕込んだ、腹下しの毒のおかげで、半分以上の秦家軍の兵士は戦闘に加われなかった。残りの半数の兵は、黒い衣装を着た何者かが現れ、気絶させ縄で縛ってしまったらしい。気づいたら、その黒い衣装を着た謎の協力者は消えたそうだ。
「義忠将軍、東門の制圧が終わりました。」
楚郭から報告があった。
「ごくろう。そうしたら倒した兵士からは武器を奪って、縛り上げて一か所に集めておいてくれ。それから鎧騎士を城内に進軍させて、しばらく東門で待機だ。」
「直ぐに、秦伯爵の居城は落とさないのですか。」
「しばらく、待機だ。」
「わ、分かりました。」
楚郭は、東門を押さえたら、直ぐに居城に向かって進軍すると思っていたようだ。首を傾けながら、部下に命令を伝達した。
本来なら、東門を制圧したら、居城に向かって進軍するのが常道である。
秦伯爵を倒す目的。または【秦陽】の都市を奪う目的。楊琳玲を救出する目的。
どの目的でも、秦伯爵の居城を攻め落とさなければ、果たすことが出来ない。
東門を制圧しても居城に向かって進軍しなければ、【秦陽】に侵入した意味がない。
「義忠将軍。鎧騎士が城内へ侵入しました。」
「そうか、ご苦労。それでは、鎧騎士を東門の城壁の上に配置してくれ。残り半数の鎧騎士は、地上で陣を構えろ。歩兵も同じように盾を並べて、『方円の陣』を組め。」
「将軍、なぜ、居城に進まないのですか。」
副官の楚郭が、これでは、何の為に【秦陽】に侵入したのか分からないと言った表情で、義忠に聞いた。
「ここで待機だ。我らの役目は陽動だ。王常忠が琳玲様の救出に向かっている。常忠が琳玲様を救出するまで、秦家軍をここで引き付ける。それに、居城へ向かう道中には、秦家軍が待ち伏せしているはずだぞ。」
「待ち伏せですか。」
「そうだ。俺なら、そうする。」
秦家軍の狙いは、旧南東軍を壊滅させること。少なくても、鎧騎士を破壊することだ。
その為、城郭の中に侵入させ、逃げ道を無くして殲滅するつもりだろう。
その狙いなら、東門から居城の間の道で待ち伏せするのが一番効果的だ。
敵の罠に嵌っている以上、少しでも被害は減らしたい。
琳玲を救う目的の為にも、いたずらに囚われている居城の牢屋に近づかない方がいい。
下手に近づいて、相手を刺激すれば人質にしてくる。
それに、城壁の上を取ると、攻撃が断然有利になる。
魔弾銃や魔弾砲で攻撃するのに、上からの方が射程距離も長くなり、威力も強くなる。
しかも、壁の上と地面の両面からの攻撃だと、盾で防ぐ方も大変だ。
どちらからの攻撃を盾で防ぐと、どちらかからの攻撃が盾ではふせげない。
「分かりました。それでは、しばらく待機を命じます。」
「それと、楚郭。西から緑の光が見えないかも注意してくれ。」
「分かりました。」
楚郭はそう言うと、城壁の上に繋がる階段を上って行った。
城門では、鎧騎士や歩兵が盾を並べて『方円の陣』を敷いている。
城壁の上は鎧騎士や魔法兵がいつでも攻撃できるよう魔弾砲への魔力充填を終えていた。
いつ秦家軍が現れても対応できるように、それぞれの兵士が戦闘に備えていた。
「義忠将軍、敵は現れませんね。そろそろ、半刻(約1時間)が経過します。」
「そうか・・・まぁ、秦家軍は私たちが居城に向かうと思って、待ち伏せしていたのだろう。そろそろ諦めて出てくる頃だと思うぞ。」
秦家軍には、こちらに集まってもらわないと困る。
奴らの注意がこちらに集中しないと、敵を引き付ける為の囮として来た意味がない。
「義忠将軍、現れました。秦家軍です。将軍の言った通り、秦家軍が現れました。
楚郭が、秦家軍が現れた方を指差した。
東門を囲むように、秦家軍の鎧騎士や兵士が現れた。
「けっこうな数だな。」
義忠は目で鎧騎士の数をかぞえた。
「・・・鎧騎士は200騎はいるな。歩兵も2万はいるぞ。」
「将軍、城郭の中にいる鎧騎士は確か100騎のはずですが。」
楚郭は焦った顔で、自分の目でも鎧騎士の数をかぞえはじめた。
「確かに、秦家軍の鎧騎士は200騎います。ですが、城を出て東に向かった鎧騎士の数は400騎だったと索敵の兵が言っておりました。秦家軍には鎧騎士が600騎いるという事でしょうか。」
「いや、秦家軍の鎧騎士は500騎で変わりは無いはずだ。秦伯爵もこの前、鎧騎士を200騎増やした。それだけ纏まった数の鎧騎士を増やすだけでも大変なことだ。ここで更に鎧騎士を増やすのは無理だろう。」
「それでは、なぜこの場に200騎もの鎧騎士がいるのでしょうか。」
「・・・たぶん、東に向かった鎧騎士がダミーだな。前回、荷馬車に鎧騎士を潜ませていたのと逆だ。」
「逆ですか?・・・義忠将軍、逆とはどういう事でしょう。」
「琳玲様が敵に捕まった時の罠・・、奴隷を運ぶ荷馬車に鎧騎士が乗っていた奴の逆だ。鎧騎士が乗っているはずの荷馬車に、鎧騎士は乗っていなかったという事だ。」
「そんな、荷馬車に鎧騎士が乗っていなかったら、分からじゃないですか。」
「たぶん、秦家軍は、鎧騎士の恰好をした大きな人形・・・土魔法か何かで作った鎧の人形を載せていたんだろう。その人形を載せて東に向かった。私たちは人形を載せた荷馬車を、鎧騎士と思い込んでいたわけだ。」
「・・・そうな、それでは。」
「そうだ、この城の中に待機している鎧騎士数は分からない。100騎ではなく、もしかしたら500騎いるかもしれない。少なくとも、200騎目の前にいるわけだ。」
「今の話しが本当だとすると、東に向かった鎧騎士はいない。今の我々は、中と外から500騎の鎧騎士に左右を囲まれているという事ですか?」
「そういう事だ。私は城の中に入ってから敵に囲まれると思ったが、もう既に囲まれているということだ。二度までも奴らの囮の策にハマるとは・・・。」
義忠は居城に向かって城内に深く入り込むと、敵に包囲されると思い東の城門から動かなかったのであった。
「義忠将軍!大変です。城の外から明かりが見えますもの凄い速度でこちらに向かってきます。」
「義忠将軍!城内の敵が攻めてきました。」
伝令兵が次々に報告にやって来る。
「どうしますか。」
楚郭が義忠将軍の顔を見た。
『どうしかすか』と聞いたのは、城内からの敵に背中を見せて戦わずこの場を撤退するか。もしくは、城内からの敵の攻撃に応戦しながら撤退するか。の2つに一つだ。
前者の撤退の方法を選べば、20騎ていどを殿に残せば、100騎は撤退できる。
後者の方は敵の力次第だが、半数以上の鎧騎士は失うであろう。
ここで、選択すべきは殿を残して撤退する判断だ。そして、楚郭は殿として残るつもりであった。
「・・・緑の明かりはまだ、見えないか。」
「見えません。」
「そうか、まだ見えないか・・・・・王常忠は。」
緑の明かりは、楊琳玲を救出が成功したら、上空に飛ばす合図だ。
今、王常忠が楊琳玲を救出に向かっているはずだ。自分たちが東門を占拠してまだ半刻程度しか経過していない。救出するには、もう少しの時間が必要だろう。
「・・・・・東門を閉めろ。」
義忠が暫く考えて、下した判断は東門を閉める事だった。
これは、撤退という選択肢を放棄する事になる。
そうすれば、旧南東軍は鎧騎士全騎を失い、歩兵も含め本当に全滅してしまう。
「義忠将軍。東門を閉めれば、我らは城の中と、城の外から鎧騎士に囲まれ、袋の鼠です。撤退するなら、今しかありません。私が殿を引き受けます。義忠将軍は兵を引き連れて撤退してください。」
楚郭は義忠の命令に従おうとはしなかった。
義忠は、楚郭の言葉に答えずに、後ろの王常之の方を振り向いた。
「王常之殿。貴殿は撤退してください。貴殿は武官ではなく、文官。戦場で死ぬのは武官の役目です。我らは、ここで敵を引き寄せ、琳玲様を救出する為の時間を作ります。残念ですが、貴殿では戦いでは役に立ちません。逃げてください。」
義忠は、常之が撤退するように、少しきつめに言った。
「ほっほほほほ。そうですな、文官の儂では確かに役に立ちませんな。ですが、今、息子の常忠が琳玲様の救出という重大な任務に就いております。儂は息子の任務を見届けないと撤退はできません。義忠将軍たち琳玲様を救出する為、敵の目をこの場にくぎ付けにするのと同じで、儂は任務を任された息子の常忠の意識を縛る為にここで救出の合図を待ちます。」
「王常之殿、常忠は貴殿がここにいるのを知りません。それに、常忠は心が縛られなくても、やる時はやる男です。心配はしていません。後は、運次第です。常忠殿がこの場に残る必要などないですぞ。」
「ですが、儂はこの作戦の立案者。琳玲様の為とは言え、朱義忠将軍や兵士に死を強いる作戦を立案した儂が逃げる訳にはいきません。それに、人の死には順番があります。年寄りの儂が、若い者の死を見送るのは酷ですぞ。」
「おい、王常之。何が、酷なんだ。」
突然、常忠の背中から声が聞こえた。
「・・・あっ、あなたは。」
常忠は無意識に声がした方を振り向くと、そこにあった顔に驚いた。
腰を抜かすほどに後ろにのけ反り、地面に尻もちをつくほどだ。
そして、常之は、はっと気づくと、尻もちをついた姿勢から慌てて跪くように頭を下げた。
王常之に、微かな期待を込めた喜色の表情が浮かぶのであった。
*
「公孫翔、旧南東軍どもは動かんぞ。どういうことだ。」
声を上げたのは、秦伯爵であった。
隣には次席将軍の公孫翔と、智謀の魯仁将軍の2人が控えている。
筆頭将軍は郭許将軍だが、彼は城外の鎧騎士を率いているので、彼ら2人が秦伯爵と共に城内の秦家軍を率いていた。
伯爵が文句を言っているのは、旧南東軍の動きである。せっかく【秦陽】の城中に旧南東軍が侵入したのに、なぜか進軍しないで東門を動かないことに怒っている。
「きっと、こちらの待ち伏せを警戒しているんでしょう。」
声を上げたのは魯仁将軍だ。
実際、秦伯爵たちは、東門から居城に向かう道中で待ち伏せをしていた。
それが、旧南東軍が動かないので、伯爵はイライラしているのである。
「奴らの狙いは、楊琳玲だぞ。楊琳玲を牢屋から逃がしたのは旧南東軍の仕業に違いない。せっかく逃がした楊琳玲と合流する為、居城に進軍するのではないのか。」
伯爵は、琳玲が牢屋から逃がしたのは旧南東軍だと思っていた。
確かに、琳玲を救おうとするのは旧南東軍しか考えられない。
ただ、伯爵は、楊琳玲に逃げられたた、居城外に逃げたとは思っていなかった。
すでに楊琳玲が居城の外に逃げて、旧南東軍と合流していたら、この【秦陽】に旧南東軍が姿を現すはずが無かった。
攻めに来たという事は、まだ楊琳玲と合流していないと考えるのが妥当だ。
「本来なら、秦伯爵様の言う通りなのですが、奴らは居城への進軍を警戒しているようです。もしかしたら、楊琳玲を東門で待っているのかもしれません。」
答えた魯仁将軍も、予想外のようだった。東門を占拠したら、まっすぐに伯爵のいる居城を攻略しにくると思っていた。
「残念だが、楊琳玲が東門に来ることは無い。今頃、勾践と文主が捕まえて、蔡辺境伯の元に向かっているだろう。そうとも知らず、旧南東軍も愚かなモノだ。」
伯爵は口角を上げて笑った。
楊琳玲が逃げるとしたら、地下の脱出路を使うと秦伯爵は考えていた。
楊公爵家に限らず、どの貴族でも自分の居城に避難路を用意しておくのは当たり前だ。
楊家の居城の土台を使うと決めた時、当然、避難路も調べさせていた。そして、その存在も把握している。きっと、楊琳玲はあの避難路を使おうと考えるだろう。
だから、あそこには勾践と文主を送っておいた。2人とも王級魔力の持ち主だし、兵も貸してある。あの2人なら楊琳玲を逃がすことは無いだろう。
だから、旧南東軍はいくら、東門で待っても楊琳玲は現れない。
「まぁ、旧南東軍が動かない以上、仕方がありません。後は、城外の味方と連携して旧南東軍を倒しましょう。半数近くは取りこぼしが発生しますが。こればかりは、城外で頑張ってもらう郭許将軍に期待するしかありません。」
魯仁将軍の言う通りだ。思い通りに運ばないのが戦いなのだ。
だから策をたくさん練る。それでも思い通りに行くのはたくさんの策の内、1つか2つだ。それでも、策が多い方が勝利に近づくのは間違いなかった。
「そうだな。こちらとしては、旧南東軍に居城に向かって進行して欲しかったが・・。そうすれば、奴らを一騎も逃がさずに殲滅できたであろう。せっかくの待ち伏せや罠も無駄にならなかったがな。前回の『荷馬車の計』でも半数近くの鎧騎士に逃げられた。まぁ、思う通りに行かないのが戦か。」
秦伯爵は残念そうな表情で言った。
荷馬車に鎧騎士を隠して旧南東軍を誘き寄せた作戦も、せっかくの隘路の谷間で行ったにも関わらず、半数の鎧騎士を逃してしまった。
今回の作戦も城内の奥に旧南東軍が入り込んでいれば、城外から郭許将軍の軍が来ても逃げられない。
だが、東門から動かないと、城外から郭許将軍の軍が近づく姿を見れば、直ぐに城の外に逃げてしまう。この暗闇を光なしで進軍するのは無理なので仕方がない。
「そうです、伯爵。旧南東軍が東門を動かなければ、城外には逃げやすいですから。暗闇に乗じて半数ちかくの鎧騎士は逃がせるでしょう。逆に考えれば、半数近くを倒せるわけです。前回の戦いの戦果も考えれば、3分の1ていどに減ります。」
「そうだな・・・。」
「伯爵、郭許将軍からの合図が来ました。」
伝令兵が、伯爵の声を遮って報告を行った。
郭許将軍が城に近づいたら、合図の光を放つ魔弾銃を撃つようになっていた。
東で魔弾銃の光を見つけたようだ。
「よし、行くぞ。公孫翔将軍。魯仁将軍。旧南東軍は東門から撤退を始めるはずだ。奴らが『方円の陣』を崩したら、一斉に軍を動かして追い打ちをかけよ。」
「「分かりました。」」
2人の将軍は伯爵から離れると、それぞれ鎧騎士に乗り込んだ。
「行くぞ!」
公孫翔将軍の掛け声で、秦家軍の鎧騎士と歩兵が動いた。
「敵に近づき過ぎるな。『鶴翼の陣』の陣形を組め!」
公孫翔将軍の命令で、兵士が機敏に動いて旧南東軍を囲い込むような陣を敷いた。
安易に近づき過ぎないのは、敵が城壁の上に鎧騎士を配置しているからだ。
城壁の上に位置する敵の方が魔弾砲の飛距離は長い。
「しばらく、待機。次の命令まで動く無よ!」
公孫翔将軍が味方の兵士に待機を命じた。
旧南東軍を包囲したのは、東門から撤退する時に追い打ちをかける為だ。
敵も城外の味方の動きに気づく頃だ。
城壁の外が包囲されると知れば、包囲される前に撤退するはず。撤退で背中を見せる時が、追い打ちの絶好の機会である。
「な・・・なに。東門を閉めるだと・・・。」
じっと旧南東軍の動きを公孫翔将軍が見ていると、城壁の上が騒ぎ出した。
思惑の通り、旧南東軍が城外の味方の動きに気づいたようだ。だが、次の行動が思惑通りではなかった。
東門を閉めたのだ。
東門を閉めれば、旧南東軍は逃げ道を失う。
このまま、味方に攻撃をさせるか考えていると、近くにいた魯仁将軍が口を開いた。
「公孫翔将軍、これはチャンスです。」
魯仁将軍の声は明るい。
城内の秦家軍は、指揮官が公孫翔将軍、参謀役の魯仁将軍になっていた。
秦伯爵も近くに居るが、戦闘の指揮は2人に任せている。
「魯仁将軍、旧南東軍は東門を閉めた。攻撃に移るか。」
「いえ、待機です。」
「待機か・・・。敵の鎧騎士はこちらの約半分。十分に押し切れるが。」
「そうですが、城外の郭許将軍が攻撃を仕掛けるまで待機です。郭許将軍が城外の逃げ道をふさいだ処で、攻撃に移るはずです。こちらもそのタイミングで攻撃を始めます。」
「そうか、そうだな。敵の逃げ道をふさいで、城内と城外の両方から連携して攻撃をしかける。もう、奴らは自分たちで逃げ道をふさいだのだから、逃げられる心配もないか。」
「そうです、公孫翔将軍。今は落ち着いて、相手の動きを見ましょう。『窮鼠猫を噛むです。』追い詰めた敵に強引に攻撃を仕掛けますと、こちらにも鎧騎士の被害が出ます。ここからは、敵を逃がさないから、どれだけ被害を押さえて敵を壊滅させるかに視点を変えていくのが得策です。」
「さすがは、魯仁将軍だ。貴殿の言う通りだ。暫く、こちらは包囲したまま待機。城外の郭許将軍の攻撃と連携しよう。」
公孫翔将軍はそう言うと、部下に命令を与えた。
その頃、城外の郭許将軍も【秦陽】の間近まで迫っていた。
「郭許将軍、もう直ぐで、【秦陽】を攻撃する射程に入ります。」
副官の鎧騎士が並走しながら報告を行った。
「それでは、鎧騎士を広げて布陣させろ。旧南東軍を逃がすな。」
郭許将軍の率いる秦家軍は鎧騎士300騎が主戦力だ。
東から東門に向かっているので、旧南東軍が逃げるとしたら、北か南方面になる。
そこで、300騎のうち100騎を北東の方面へ。
もう100騎を南東の方面に移動させた。残りの100騎は東から直進する。
3方から囲い込むように、東門に進軍させた。
「郭許将軍、東門が閉まりました。あれは、たぶん敵が自ら東門を閉めたようです。」
副官の報告で、郭許将軍は視線を東門に向けた。
「奴らは、自分で自分の逃げ道をふさいだのか・・・いや、そんなはずはない。城内で何かあったのか。とにかく城内の状況を確認させろ。」
郭許将軍は副官に命じた。
副官が、兵士に向かって郭許将軍の命令を伝えていた。
郭許将軍はそのまま3手に分かれて、東門の包囲陣を作るべく移動を続けた。
東門が閉められたのであれば、敵は逃げられない。
移動が終わった兵から少し休ませて、城内からの報告を待った。
やっと、城内との連絡が付いたようで副官がやって来た。
「郭許将軍、城内との連絡も取れました。旧南東軍は東門を占拠した後は動きなし。城外の包囲が完了したら、城外と城内が連携して攻撃を開始するとの連絡です。」
「そうか、朱義忠はこの戦いで死ぬつもりか。」
郭許将軍は東門を見つめた。
何度か朱義忠将軍には煮え湯を飲まされたが、この戦いで今までの借りを返せるとニヤリと微笑む。
周りも明るくなってきた。
背中から太陽の陽の光が周りを照らし始めた。
北東も、南東も無事配置についたのが目で確認できた。
城壁の上には、敵の鎧騎士も見えた。
この明るさなら、敵を逃がす確率もだいぶん減る。
「よし、それでは攻撃を始めるとするか。まずは、魔弾砲に魔力充填を行わせろ。」
魔弾砲の射程距離は、まだ少し距離があった。
近づくと、城壁の上で待機している敵の鎧騎士の攻撃を受けるので距離をとっていた。
城壁の上で待機している敵の鎧騎士は60騎。
対するこちらの鎧騎士は300騎だ。魔弾砲の威力は断然にこちらが有利である。
「郭許将軍、魔力充填が完了しました。」
10分ていど経つと、副官が報告に来た。
「そうか、それでは進軍を開始する。それから、儂が良いと言うまで、魔弾砲は撃つな。良いな。」
「分かりました、将軍。」
副官は全軍に進軍を開始させ、魔弾砲の発砲のタイミングも伝えた。
鎧騎士は大きな盾を頭の上に掲げてゆっくり前進を開始した。
城壁の上にいる敵の鎧騎士の攻撃を警戒しながらゆっくり進む。
敵の魔弾砲の射程に入った。だが、城壁の上にいる敵の鎧騎士は撃ってこない。
「将軍、敵は撃ってきませんね。」
「そうだな。敵は確実に当てるつもりだ。さすがは朱義忠。油断せずに盾を構えろ。」
こちらの鎧騎士は散らばって進軍している。
城壁にいる鎧騎士は60騎、全ての魔弾砲がこちらの鎧騎士に命中するわけではない。
城壁の上から攻撃しても当たるのは、せいぜい一割ていどだ。
だが、近づけば、一割が2割の確率に増える。
逆にこちらは、下から上に目がけて魔弾砲を放つ。
威力や飛距離が落ちるだけでなく、命中度も下がる。だから、多少の被害は覚悟して確実に当てられる場所まで近づくつもりだ。
魔弾砲は一撃放つと、魔力充填で時間を取られるので、無駄撃ちはできない。
「敵はまだ撃ってこないようだな。」
「はい、将軍。」
こちらも、射程に入ったが、まだ撃たせない。
確実に当てられる距離まで近づく。
敵の旧南東軍も同じ考えなのだろう、撃ってこない。盾で敵の魔弾砲の攻撃は凌げるはずだ。だが、当たり処が悪ければやられる可能性もある。
額から冷たい汗が流れてくる。
少しずつ、少しずつ近づいていく。
だいぶん、東門に近づいた。
ここからなら、城壁の上の鎧騎士でも外さないで当たられそうである。
「全騎、魔弾砲を東門に照準を合わせろ」
「郭許将軍、狙いは城壁の上の敵の鎧騎士では無いのですか。」
副官が命令を聞いて、慌てて尋ねた。
「そうだ、東門を破壊する。300発の魔弾砲をこの距離で撃ち込めば、東門ももつまい。東門を破壊したら、突撃だ。一気に決める。」
確かに、東門さえ破壊すれば、東門に陣取っている旧南東軍は城内と城外から挟まれる。
城門の上にいる鎧騎士も、魔弾砲を一撃放てば、怖くない。
その後は白兵戦だ。十分、数で押し切れる。
郭許将軍は右手を高く掲げた。
「・・・・撃て!」
――ドーン、ド、ドン、ドーン、ド、ドン・・・。
右手が地面と水平線に伸びると、鎧騎士たちが魔弾砲を一斉に放った。
爆音が響き渡った。
土煙が視界をふさいだ。
暫く時間が経つと、土煙が収まり、視界が戻ってくる。
そこに広がったのは、東門が破壊された跡だった。
ニヤリと郭許将軍は口角を上げて、頬んでいたのであった。
* * *
藤有加が、文主に腹を刺されて床に座り込んだその瞬間。
部屋の中一面に、光が放たれた。
「なに、ここはどこよ。あら、有加。あ、あなたが血だらけじゃない。」
光が収まると、紫の外套を身に着けた人が姿を現した。
同時に、傷ついた有加を見て驚いた声を上げた。
その声に反応したのか、有加がきつそうに顔を上げた。
「あっ、こ、これは、聖女王様。」
現れたのは、有加の主人の静香であった。
有加は振り絞った声を出し終わると、力尽きたように床に向かって倒れていく。
「大丈夫ですか、有加さん。」
琳玲は、倒れそうになる有加を反射的に抱きしめた。
血だらけの有加の姿を見て、静香の表情は険しくなっていた。
「誰よ、私の従者を可愛がってくれたのは。」
鋭い目つきで、ガタイの大きい勾践を睨みつける。
睨まれた勾践は、驚いた表情で静香を見ていた。
「な、なによ、あなた。もしかして、今の移転魔法?」
突然、人が現れて勾践も思考を回転させていた。
ここは地下の部屋なので、空から降ってくわけでも無い。視覚に入った場所に移動する《瞬歩》の魔法も、部屋の外からは使えない。
考えられるのは《移転魔法》ぐらいだ。だが、《移転魔法》は高難度の魔法で、この魔法を使える魔法使いは滅多に居ない。
この魔法を思いつく者すら珍しい。
だが、さすがは勾践。《移転魔法》が頭に浮かぶだけでも立派だ。
「ああ・・・、聖女王様が・・すみません、このような恰好で・・・。」
有加は意識が朦朧としながらも、臣下の礼をとろうと起き上がろうとする。
「そんな事は良いわ。しっかりしなさい、有加。」
静香はそう言うと、有加の腹部の掌をかざした。
掌から出る赤の魔力色が、有加の腹部の傷を元に戻していく。
そのおかげか、有加の顔の表情も苦痛から安らかに変わっていく。
「赤の聖魔法・・・それに、移転魔法を使う魔法使いですって。あ、あなた。なに者よ。ど、どっからきたのよ。」
有加に治癒魔法をかける静香を見て、勾践が警戒する表情で聞いた。
「あら、あなた、礼儀を知らないようね。まず、人にモノを尋ねる時は、自分から名乗る者よ。あ~だから、嫌なのよね。伯爵風情なんかを相手にするのは。」
静香は、周りを秦家軍の兵に囲まれた状況でも堂々として話していた。
少し堂々とし過ぎて、周りの兵士は状況が呑み込めずにいた。
「なによ、あなた。偉そうに。あなたこそ、人の居城の中に勝手に現れて礼儀を知らないようね。まぁ、良いわ。私は、蔡辺境伯の直属の家臣の5人組の一人、勾践よ。そして、ここにいるのが、同じ5人組の一人の文主。これで、良いかしら。」
「ふ~ん、なんで蔡辺境伯の家臣が秦家領のこんな所にいるのか聞きたいけど、それは後で拷問にでもかけて聞けば良いわ。まぁ、こっちも名乗るわよ。私は第92代大聖国の、じょ・・元女王の源静香よ。そして、ここで寝ているのが、私の従者の藤有加。有加、もう治療は終わったから起きなさい。これで、私の自己紹介は良いかしら?」
「大聖国の元女王ですって・・・、あなた、私たちをからかっているのかしら。なんで、大聖国の元女王がこんな所にいるのよ。」
勾践は怒り気味の口調で尋ねた。完全に静香が名乗った身分を信じていない。
「そんなの私の勝手でしょ。いちいちあなたの許可を取らなければいけないのかしら。」
「あんた、ここは秦伯爵の居城の地下の部屋よ。勝手に人の家の部屋に入ったらダメって教わらなかったのかしら。あなた、確か元女王様だったわね。大聖国の王家って、人の家に勝ってに入ってはいけませんと躾られていないのかしら。」
勾践は、大聖国の元女王と名乗った聖香の素性を半信半疑で聞いていた。
もし、《移転魔法》や《赤の聖魔法》を見せられなかったら、まったく信じる要素は無かった。だが、《移転魔法》や《赤の聖魔法》を見た後では、これらの魔法を使える者が想像もつかない。逆に大聖国の王族と言われるとしっくりくる。
ただ、本人が簡単にそう名乗っているのが怪しいのと、なぜ、大聖国の王族がこの場にいるかが検討もつかない。
「秦伯爵?そんなのどうでも良いわ。私がどこに行こうと、一々伯爵風情の許可をとる必要はないのよ。覚えておきなさい。」
相変わらず高飛車な口調だ。
しかも、勾践が口を尖らせて反論して話しているのを静香は完全に無視した。
琳玲の方に顔を向ける。
「あなたが、楊琳玲ね。」
「は、はい。楊琳玲です。聖女王様・・、その・・・ありがとうございます。私を救う為に藤有加さんを差し向けて頂いて。彼女には本当に助けられました。」
「そんなの当たり前の事よ。気にしなくて良いわ。あなたは私の義妹なんだから。」
「はい?義妹・・?義妹って何のことですか。」
琳玲が静香の言葉を聞いて首を傾げた。
「な、何でも無いわ。」
静香は慌てて、自分の発言をごまかした。
「聖女王様、なんで、こちらにおいでなられたのですか。」
治癒魔法の治療のおかげで、有加は起き上がれるまでに体が回復していた。
血を失い過ぎたのか、表情はまだ優れない。
「そんなの決まっているじゃない。ゆ、有加を助けに来たのよ。あなたが危ないんじゃないかと思って、あなたに預けた【移転の指輪】の移動先になるリングをたどって、ここに来たわけよ。まぁ、有加の近くに楊琳玲がいると聞いていたのもあるけどね。」
大聖国の宝具の【移転の指輪】は【移転魔法】と同じように自分の記憶がある所に移転できるが、自分の記憶以外の場所でも、【移転の指輪】の属性リングを持った者の処へ移転することが出来た。
静香は慶之に頼まれて、琳玲の救出を助ける為に来たが、勾践や文主が居るのを見て、その話は黙っていた。
「わ、私の危険を悟って、【移転の指輪】を使って助けに来てくださったのですか。こ、この不甲斐ない藤有加を助けに・・・、わざわざ聖女王様、御自ら、このような場所まで。あ、ありがとうございます。」
有加は腕を顔に当てて泣いていた。
「有加、泣いている暇ないわ。ここから出るわよ。」
静香は、今まで相手にしていなかった勾践の方に向けた。
「なに、私の話を無視しているのよ。あなた達、やっておしまいなさい。」
自分を無視する静香に腹を立てた勾践は、周りの兵士に突撃を命じた。本当は魔弾銃でハチの巣にしたい所だが、楊琳玲に当たるとマズいので銃は使えない。
「「「「「「はっ!」」」」」」
兵士たちは勾践の号令で、一斉に剣を持って襲い掛かった。
――ゴン
「い、痛て!」
剣を持って勢いよく突進した兵士たちは、何かにぶつかってその場に尻もちをついた。
そこには結界が張られていた。
曹家の兵たちは結界に気づくと、剣で結界を叩くがビクともしない。
「なに、あれ。結界かしら・・・。」
――ガン、ガン。
突撃した兵士たちが、壊そうと剣で叩くが結界はビクともしない。
「文主、あなたなら、あの結界を破れるかしら?」
勾践は、文主の方に顔を向けて聞いた。
「やってみないと分からないが・・・・。」
兵士たちは暫く叩いていたが、結界はビクともしない。
暗くて結界の魔法色がはっきり見えない。
文主は目に魔力を籠めて、目を細めて結界を見つめている。
「あの結界の魔力色は、赤だな。」
文主がポツリと言った。
「《赤の結界》・・・。あの女、本当に聖女王かもしれないわね。」
勾践も大聖国の事までは知らないが、神級魔力の結界を張れる者は滅多にいない。
少なくとも、この大陳国には一人しかいないが、その男はここにはいない。
そもそも神級魔力を使える者が少ないのだが、神級魔力の持ち主は、大抵が戦闘に特化している場合が多い。
理由は、戦闘に特化した魔法使いの方が魔力階級の昇華がし易いからだ。
魔力階級の昇華は、ただ魔力の濃度が濃い場所に居れば昇華する魔物と違う。
人間の場合は、魔物を多く倒したり、戦闘による経験を上げたりする事により、魔力能力が上がり、魔力階級が昇華する。
聖属性の魔法は戦闘に向かないので、魔物を倒して魔力階級が昇華する事が無かった。だから、聖属性の神級魔力の魔法使いは少なかったのだ。
「文主ちゃん。やってちょうだい。本当にあの女の結界が《赤の結界》か知りたいわ。」
「本当に《赤の結界》なら、こりゃ、簡単にはいかないぞ。」
文主はそう言いながら、剣から鉄槌に武器を換えた。
魔力を、重たそうな鉄槌に籠めながら歩いてくる。
鉄槌には、橙色の魔力色が纏わりついている。文主は魔力操作が上手いようだ。
彼の王級魔力が、鉄槌の硬さと威力を数倍に高めていた。
そして、静香の結界の前までくると、鉄槌を大きく振りかぶった。
――ガン。
鉄槌が《赤の結界》を叩くと、大きな音が響いた。
「うわぁぁぁ、こりゃ、本物だな。こんなに手が痺れたのは初めてだぜ。」
橙色の魔力色で覆われた鉄槌は《赤の結界》にぶつかると、大きく弾かれた。
反動の勢いが大きすぎて、後ろに尻もちをつくほどだ。
「あちゃぁ・・・、あんたもやるわね。結界にヒビが入ったわ。」
静香は少し残念そうに悔しがった。自信の《赤の結界》が王級魔力の鉄槌ぐらいの攻撃でヒビが入ったのが屈辱のようだ。
ヒビの入った結界の内側に新たな結界を張り直して、ヒビの入った結界を消した。
「文主ちゃんでも破れないなら、間違いなく本物の《赤の結界》のようね。でも、困ったわ、これじゃ、こちらの攻撃が効かないじゃない。・・・でも、まぁ、結界は魔力消費量が大きいから、そのうち魔力切れになるわ。」
勾践の言う通り、結界の魔力消費量が大きい。
普通の魔法使いなら30分がいい処だ、神級魔力の使い手でも45分だ。
だが、静香は普通の神級魔力より魔力量が多かった。その静香でも、結界を維持できるのはせいぜい60分がいい処だ。
「甘いわね、私が、大人しくしていると思っているのかしら。」
静香はそう言うと、腰の《魔法の鞄》から、《聖の魔弾銃》を取り出した。
――ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ・・・。
そして、結界を解除すると機関銃のように魔弾銃を連射した。
一般の魔弾銃は連射できるが、機関銃のように連射できるのは《聖の魔弾銃》と姜馬が作った魔弾銃ぐらいだ。
魔弾銃の威力は『下』に設定してあるので、撃たれた曹家軍の兵はその場に気絶した。
「あら、なに、あなた、結界が張れるの!その顔で聖魔法とか有り得ないんだけど。顔と魔法がアンマッチなのよ。」
勾践が結界を張ったのに、静香が驚いた。
周りの兵士は、静香の《聖の魔弾銃》の餌食になって皆気絶してしまったが、結界によって勾践と文主は守られていた。
静香が驚いているのは、大きなガタイで、髭を剃った跡が青々としているゴツイ顔の勾践が、聖魔法を使うのが意外だったからだ。
聖魔法は守りや仲間を補助する魔法だ。
熊のような体で恐ろしい顔をした勾践なら、攻撃的な火魔法や地面を揺るがす土魔法などの方が似合っている。
「何を言っているのかしら。私が聖魔法を使えるのは、心がピュアだからよ。それに、魔法と顔は関係ないでしょ。魔法は心、私のような人間には聖魔法が相応しいのよ。」
「はあ?聖魔法を汚さないでよ。その顔で何がピュアなのかしら。心は外見にも現れるのよ。私のように心も、顔も、品性も全て美しいパーフェクトな人間にしか聖魔法は相応しくないのよ。覚えておきなさい。」
「うっ・・・煩いわね。言わせておけば、言いたい放題、言っちゃってくれて、なんなのよ、あなたは。」
「煩いのは、そっちでしょ。これでも喰らいなさい。」
静香は《魔法の鞄》から、取り出していた《聖の魔弾砲》を構えた。
既に魔力充填も終わっている。
そして、直ぐに照準を合わせて、引き金を引いた。
この近距離での攻撃なので照準を合わせると、引き金を引くのは早撃ちの速さだ。
――ガ、ガチャ。
勾践が張っていた《橙色の結界》が、一撃で砕けた。
魔弾砲の威力は、魔弾銃の威力の数百倍だ。しかも、《聖の魔弾砲》は通常の魔弾砲の威力の比では無かった。
普通は一撃で破壊される事のない《橙色の結界》が静香の一撃で気持ちが良いくらいに見事に砕けていた。
結界を砕いた魔弾砲は、そのまま勾践と文主に直撃した。
と思ったが、文主が勾践の体を押し倒して、直撃は回避できた。
「勾践、この場は俺たちに不利だ。一旦引くぞ。」
文主は明らかな戦力不足を悟って、勾践に撤退するように叫んだ。
こちらの攻撃は結界にガードされて効かないが、相手の魔弾砲は勾践の結界を砕いてしまった。それに、相手の神級魔力の使い手の力の底が知れない。
移転魔法の魔法具や、持っている魔弾銃や魔弾砲も規格外の威力だ。
戦力的にも、あちらが神級魔力の使い手と王級魔力の騎士が2人に対して、こちらは王級魔力の使い手2人だけだ。人数でも負けている。
「・・・でも、文主ちゃん。ここで、楊琳玲を逃がしたら、辺境伯様の命令が果たせないわよ。」
勾践も文主の判断が正しいと思っているが、簡単には退けない。
文主は静香を睨みつけて、攻撃の糸口を探すが隙が無い。
《聖の魔弾砲》を放つと、直ぐに結界を張って、再び魔弾砲に魔力充填を行っていた。
「相手が悪い。戦いの基本は見極めだ。自分の力量と相手の力量を見極める。相手が強ければ、工夫をする。それでも敵わない時は撤退も必要だ。それが出来ないのは、ただの蛮勇だぞ、勾践。」
「あら、そっちの方が、まだまともね。でも、判断が遅いわよ。」
静香は自分の言葉が終わらない内に、魔力充填の終わった《聖の魔弾砲》の照準を合わせると、引き金を引いた。
勾践の結界が再び破壊された。
結界を破壊した砲弾が文主の足に着弾して彼の右足をそのまま持っていった。
「うっ・・・。」
文主が悲鳴を上げて、その床に転がった。
「文主ちゃん、だ、大丈夫なの。」
「に、逃げろ、早く・・・・。」
勾践は床に転がる文主を抱きかかえると、足に治癒魔法をかけた。
文主が巨体の勾践の腕の中にすっぽりと納まっている。
「な、なんなのよ、あなた。魔力充填が終わるのが早過ぎでしょ。」
勾践は悲鳴を上げて、勾践を抱えて逃げるように部屋の外に出ていった。
あまりの静香の魔弾砲への魔力充填が早さに、勾践たちは意表を突かれた。
魔力充填には普通は10分以上の時間がかかる。だが、静香は30秒で魔力充填を終わらせていた。
これも《聖の魔弾砲》の性能なのだが、勾践はそんなことは知りもしない。
次の魔弾砲が直ぐにでも放たれると思って逃げだしたのだ。
「それで、どうするのよ。これから。」
勾践が逃げ出してくれて助かった。静香はすでに結構の魔力を消費していた。
《移転の指輪》にも結構な量の魔力を持っていかれたが、その後、《赤の結界》や《治癒魔法》で有加を治療。秦家軍の兵に《聖の魔弾銃》を機関銃のように連射し、その後、《聖の魔弾砲》も2発だが連射したのだ。
魔力量の多い静香でも、魔力が持たない。
「ああ、これ腹に水が溜まるのよね。」
静香は《魔法の鞄》から姜馬が作った魔力の回復薬を取り出すと、ぶつぶつ言いながら飲みんでいた。
「早く仲間と合流しないと。そうしないと、仲間が罠に嵌ってしまいます。」
楊琳玲は心配そうな表情で訴えた。
「大丈夫よ、あなたさえ無事なら、後は慶之と公明が何とかするわ。それより、どうやってこの居城から出るかだけど・・・。」
静香は魔力切れで、3人での移転魔法の移動は難しそうだ。
「地下の避難路を使いましょう。」
「大丈夫なの、この部屋で秦家軍の兵が待っていたという事は、避難路は秦家に知られていると考えた方が良さそうよ。」
「そうですが・・・、私に考えがあります。付いて来てください。」
楊琳玲はそう言うと、部屋の奥に向かって歩き始めた。
有加は、腹部の傷は静香の治癒魔法で治ったが、血を大量に失った所為か体が重そうだ。
食糧庫なのでけっこう大きな部屋だ。壁や棚はカビと埃だらけだ。
部屋の奥に着くと、古い棚があった。
「あ、あったわ。」
琳玲は棚を横に動かそうとするが、なかなか重くて動かない。
体が想い有加と、非力な静香も手伝ってやっとのことで棚を動く始めた。
ズズズズズ。
少しずつだが、棚がズレて動いていく。
すると、棚で隠れていた場所に扉があった。
「やっと動いたわね。でも、この棚はずいぶん埃っぽいわよ。コホッ、コホッ。」
静香は咳をしながら、扉を見た。
「あ、ありました。ここです、ここ。うわぁ、めちゃくちゃ埃っぽいな。なんだか昔のままだけど、でも、秦家はこの扉のことを知っているんでしょうね。」
琳玲も棚を動かした時に、舞った埃に苦戦していた。
「まぁ、そうね。居城を作り直す時に前の土台を使うにせよ、地図を見て中身が確認するわ。地図にこの脱出路が書いてなくても、一旦はこの地下の倉庫の中は全て空にしたはずよ。その時、この扉もきっとバレているわ。それでも、この脱出路を行くつもり?」
「はい。聖女王、ついてきてください。」
「琳玲、なんだか、あなたにその名で呼ばれるのは、似合わないわね。静香義姉様と呼んでも良いわよ。」
「はい?なんで、私が聖女王を義姉様と呼ぶんですか?」
「まぁ、そうね。た、例えばの話よ。深く考えなくて良いわ。それじゃ、ふつうに静香で良いわよ。」
「分かりました。それでは静香さんと呼びます。」
「あ、ああ、そう呼んでくれ。」
3人で脱出路の中に入ると、扉が閉まり本棚は自動に元の位置に戻った。
「逃げ道をふさがれたか!」
有香さんが、逃げ道を塞がれたと思い慌てて、扉を開けようとしたが開かなかった。
「大丈夫ですよ。有香さん。この扉は魔法で自然に元の位置に戻るようになっているんですよ。」
「そうなのか。変な魔法だな。」
有加は退路を断たれたようで気持ち悪そうだ。後方を気にしている。
「それにしても、半年ぶりかしら。また、この道を通るとは思ってもいなかったわ。本当に、私は逃げてばかりね。」
半年以上前に、蔡家軍にこの城を陥落された時も、私は母を連れてこの道を通って逃げたのを思い出した。
あの時、義兄も、剛兄も私や母を逃がす為に、蔡家の兵と戦って死んだ。
その時、私は誓ったのだ。
父や母、そして兄たちの無念を晴らす為にこの居城に戻って来ると。
それが、まさか捕虜になって戻って来て、またこの道を使って逃げるとは情けない。
「まぁ、琳玲。気にするな。9回負けても、10回目に勝てば良いのだ。私も、有加と2人で何度も逃げた。そして、やっと勝ち筋が見えてきた。足掻いていると、意外にチャンスがやって来る。」
静香が、鞄に手を突っ込んだ。そして、中から証明のような魔道具をとりだした。
照明の魔道具を付けると、辺りは明るくなった。
「この照明、すごく明るいですね。それと、静香さんの腰の鞄って、もしかして《魔法の鞄》ですか?」
琳玲が尋ねた。
照明の光を頼りに脱出路を出口に向かって歩き始めた。
「そうよ。良く分かったわね。」
「いや、さっきから、その小さな鞄から、魔弾銃や魔弾砲を出していましたから。《魔法の鞄》しかないと思っていましたが。移転魔法の《移転の指輪》も驚いたけど、《魔法の鞄》も凄いですね。」
「まあ、こんな事は大したこと無いわよ。それに、慶之なら、宝具を使わずに、魔法で移転できるわよ。」
「そ、それですよ。本当に慶兄は生きているんですか。有香さんが、慶兄が特別な階級の魔力を発動できるとも言っていましたが。」
「虹色魔力で、あの魔力はこの世界で最強の魔力よ。そして、慶之は間違いなく生きているわ。ピンピンしているわよ。一緒に、《火の迷宮》も攻略したのよ。【秦陽】の外までは一緒だったんだけど、中に入ってから別行動なのよ。私は有加の処に移転しちゃったから、慶之は慶之で探しているはずよ。」
「未だに、信じられないわ。魔力を持った、慶兄なんて。しかも、《火の迷宮》を静香さんたちと攻略するなんて・・・。」
琳玲の記憶では、慶之は魔力が無い方がしっくりくるのであろう。
3人は、照明の明かりを頼りに前に進んでいく。
けっこう進んだ。すでに半刻(約2時間)は歩いた。
居城の内側から外側までの距離を考えると、そろそろ出口に近い距離だろう。
「琳玲。行き止まりよ。どうするの、ここまで来て。」
魔道具の照明を持って、先頭を歩いていた静香さんが声をあげた。
脱出路の洞窟が壁に塞がれてしまっている。
これ以上、洞窟の先には進めないようになっていた。
せっかく、ここまで来たが、これでは先に進むのをあきらめなければならない。
「やっぱり、この壁は動かせなかったみたいですね。ちょっと、照明を借りていいですか。」
琳玲はこの壁を知っていたみたいだ。
借りた照明で洞窟の左右を照らしている。何かを探しているようだ。
「やっぱりって、どういうことかしら。」
「秦家軍の兵が脱出路の出口で待っていないで、入口の部屋で待っていた理由ですよ。本当なら、出口で私たちを待ち伏せした方が前と、後ろから挟み撃ちにできるんですけど。彼らは脱出路の入り口の部屋で待ち伏せしていた。それは、この壁の所為で、脱出路の出口に出られなかったのではと考えたのです。」
「へぇ、あなた。中々賢いわね。それじゃ、秦家軍はこの壁の所為で、出口にはいない。そして、あなたは、この壁をどかす方法を知っている。そういう事よね。」
「はい、そうです。そのはずなのですが・・・・・。」
「なによ、そのはずって、まさか、あなた。この壁を動かす方法を知らないなんて言う事はないわよね。」
「いえ、この壁を動かして、出口まで繋がる道を出す方法は知っているのですが、見当たらないんですよ。」
「なにが見当たらないのよ。」
「そ、その・・・岩が見つからないんです。その岩に魔力を流すと、この壁が動くはずなのですが・・・」
「な、なによ、それ。あなた、その岩が見つからなかったら・・・、私たちはこのままずっと、脱出路のこの洞窟の中で足止めじゃない。」
「それは、まずいです。早く、仲間に敵の罠を知らせなきゃ。仲間がやられてしまいます。」
「そうよ、マズいわよ。あなたの仲間は別に大丈夫だけど。私の活躍を慶之に見せる場が無くなっちゃうじゃない。それでなくても、最近、桜花や麗華の2人がやる気出しちゃっているんだから。」
「はい?何のことですか。」
「何でも無いわよ。それより、早く岩を探しなさいよ。その岩って、どんな岩よ。」
「その小岩は、先っぽが尖っていて、少し黒いんです。そして、その岩の先端に魔力を通すと開くと、従者の小李が言っていたんですが・・・。」
「そんな岩、そこら中にゴロゴロしているじゃない。それにあなた、前回はあなたじゃなくて、従者がその岩を見つけたの?なに、自信を持って『やっぱり、秦家は出口に出られなかった』よ。私たちも出られないじゃない。」
静香は涙目になって一緒に、洞窟の周りの岩を探すのであった。
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