第25話 エピローグ

 七色聖教 大天主堂、教主の間


 いつものように招集された7人の聖人が教主の間で待っていた。

 私が部屋に入ると全員が揃ったようで、皆の視線が教主である私に集まる。

 

「それでは、七聖会議を始めましょう。今日は、緑聖人から報告を聞くという事で招集がかかっていますが。」

 緑聖人に視線を向けると、緑聖人は立ち上がった。


「はい。今回は大陳国の使徒様に関する報告で教主様はじめ七聖人に集まって頂きました。」


「ほう・・・大陳国の使徒様に関する報告ですか。何か、動きがありましたか。」

 緑聖人は《火の迷宮》で使徒様に出会っておきながら、使徒様の特定すらできずに無様に逃げ出したという失態をしでかしていた。


「大陳国の使徒様の特定が出来ました。」


「な、なんと。それは本当ですか、緑聖人。よくやりました。よくぞ、使徒様を見つけ出しました。この功績を持って前回の失敗は帳消しに致しましょう。」

 《火の迷宮》で使徒様を見失った後、教団の間者である『天狗』や、大陳国の信者を使って大掛かりに探索を行っていたが、一向に芳しい情報は上がってこなかったので、あきらめかけていた。

それが、なんと本人の特定まで辿り着いたというのだ。


「ありがとうございます。教主様。」


「それで、緑聖人。大陳国の使徒様は何と言う方なのですか。」


「はい。名は、楊慶之様。半年頃前に滅んだ楊公爵家の三男です。先日、大陳国の曹伯爵領を楊慶之様が攻略致しました。その時、楊慶之様の《虹色結界》を教団の信者が目撃しました。」


「《虹色結界》、そうですか。その方はまさしく使徒様に相違ありません。それで、その楊慶之様との接触は出来ましたか。」


「それが、楊慶之様との接触は簡単ではございません。まず、楊慶之様の配下に優秀な間者がいるようで、安易に接触ができません。」

 緑聖人は残念そうに答えた。


「優秀な間者・・・?さっき、緑聖人は、楊公爵家が『滅んだ』と言いましたね。滅亡した公爵家が優秀な間者を従えているのですか?」


「詳しくは調査中です。楊慶之様の配下は優秀な間者だけでなく、手勢の配下に神級魔力と思われる騎士が3人。優秀な専用機3騎いました。そして、そのたった3騎の専用機で曹伯爵領の鎧騎士を壊滅させ、領都を陥落させてしまいました。」

 この世界の戦いでは、勝敗が決まると負けた方は直ぐに撤退する。

 三割の戦力を失うと『大敗北』。半分以上の戦力を失うと『壊滅』と表現された。ちなみに七割近くの戦力を失うと『全滅』と言われる。


「たった、三騎の専用機で大陳国の伯爵家の貴族軍を壊滅ですか・・・、《火の迷宮》のたくさんの魔物を倒したと聞いています。伯爵家の貴族軍など造作もないでしょう。ただ、優秀な専用機も所有していたのは意外でしたが・・・。」

 私はなにか嫌な予感がした。

 3人の冒険者の仲間は聞いていた。

 だが、優秀な間者、それに優秀な専用機・・・。

 滅んだ公爵家にそれだけの力があるのか、いや、おかしい。緑聖人が使っている間者はこの聖大陸でトップの力を持った『間者』たちである。その『間者』を近づけさせないような間者。

 それに、専用機も気になる。専用機を保有できるのは王より与えられた鎧のみ。

 たった3騎の専用機で、300騎近い数の鎧騎士を壊滅させるのは相当の性能を持つ鎧だ。大陳国の鎧の性能がそこまで、優秀とは聞いていない。

 一つ考えられるのは、千年前に始祖様が家臣たちに下賜された宝具の鎧だ。きっと、大陳国の王家と大貴族なら、当時、始祖様の家臣として下賜された可能性があるが。それでも、公爵本人なら一体くらい保有している可能性はあるが、三男が保有しているのは考えられない。


 (ならば、楊慶之様は優秀な鎧職人を抱えているのか・・・。もし、それなら、《火の迷宮》で赤龍や神級魔物の魔石をたくさん手に入れているので、優れた鎧を作る材料には事欠かないが・・・。)

 だが、そんな優秀な性能を持つ鎧を作る鎧職人は手配できないはずだ。

 大梁国の使徒の岳光輝様でも鎧職人までは手配できなかった。鎧職人は王家の独占だからだ。そこに、教団が岳光輝様につけ入るスキがあった。

 だがもし、楊慶之様が優秀な鎧職人まで抱えていたら、教団のつけ入るスキがなくなる可能性がある。


 緑聖人も私と同じ危惧を感じていたようだ。

「はい。私も意外でした。『天狗』の頭領の鞍馬も動かしたのですが。鞍馬ですら、楊慶之様との接触は無理でした。」


「鞍馬がですか・・。」

 『天狗』は教団と大聖国が千年ちかい歳月をかけて育てて来た間者である。

 元々、大聖国の間者だったのを、5百年以上前に教団が譲り受けたのである。

 元々は始祖様が作った間者であり、この大陸で1,2を争う力と技を持っている。その『天狗』を標的に近づけさせない間者となど考えられない。


「はい。鞍馬ほどの男と対等にやり合える間者が、この国にいるとは思っておりませんでした。何者かが楊慶之様の後ろにいるのは確かです。それと、信者がおかしなことを言っておりました。」


「おかしな事?」


「はい、楊慶之様の配下の専用機は、敵の全ての鎧騎士の手足と首だけ破壊して、仰向けになった亀のように倒していたと。」


「全ての鎧騎士を仰向けの亀のようにですか、ハハハハハ、笑えますね。そんな倒し方は聞いた事がありませんね。そのような倒し方に意味があるのですか?」

 手足と首を失って仰向けになった鎧騎士を想像して笑い出しそうになった。

 私は戦いに詳しくは無いが、わざわざ相手を辱める為か、それとも笑いの為か分からないが、そんな倒し方を聞いた事が無い。


「意味はあります。」

 緑聖人が真剣な表情で答えた。


「どんな意味ですか。まさか、皆の笑いを取るという意味では無いですよね。」

 笑いの壺に入ったようで、つい仰向けになった亀の鎧騎士を想像して吹き出しそうになるのを抑えながら聞いた。


「それは、敵の鎧騎士の魔石を破壊せずに無力化する。すなわち、敵の鎧の魔石を回収できるのです。」


「て、敵の鎧の魔石を全て回収したというのですか、楊慶之様。」

 思わず笑いが消えて、驚きに変わった。

 緑聖人の言った事が正しければ、楊慶之様は戦えば戦うほど、戦力が増強する事を意味していた。それは、この世界の戦いでは信じられない事であった。


「そういう事です。普通、そんな戦い方はできません。圧倒的な戦力差が無い限り、敵の魔石を破壊しないように無力化して倒すなど到底無理です。その無理をたった3騎対300騎の戦力差の中で行ったのです。それも、慶之様本人ではなく、配下の騎士がです。」


「赤聖人。教団の中にそんな戦いのできる聖騎士はいますか。」


「・・・岳光輝様の元に送った赤武炎と紫義槍なら可能かと。確か、岳光輝様もそのような戦い方を行っているそうです。ただし、彼らの鎧は黄才媛の最高の鎧技術で、しかも最高級の素材で作った専用機です。」


「そうですか。緑聖人、それでは、楊慶之様は黄才媛と同等の技術を持った鎧職人を抱えているのですね。」


「確かめたわけではありませんが、信者から聞いた専用機の性能を聞くとそうなります。魔槍を使う専用機もいたそうですから。」

 技術は力だ。

 それは、最高水準の技術を持つ教団だからこそ良く知っている。

 間者もそうだ。間者を育てるには、一朝一夕という訳にはいかない。

 数十年の時と労力、そして知識を投入してやっと優秀な技術を持った間者が育つ。

 優秀な鎧職人も間者も一朝一夕には育たない。その為に、千年にも及んで、優秀な魔力や才能を持つ子供を強引に教団に入れて、これまでの技術を育んできた。


「それだけの技術を持つ勢力が楊慶之様のバックにいるわけですか。」


「はい。神級魔力の持ち主が3人、間者や鎧の技術。普通の国ではありません。それだけの力を持った勢力が楊慶之様に力を貸しているという事です。」

 それだけの力を持つ勢力が、使徒様に力を貸す。

 目的はなんだ、何の為に力を貸すんだ。我らと同様に使徒様を旗印に聖戦でも行うつもりか・・・。相手が何者か分からないだけに、不気味さを感じる。


「そうですか。それでは、どこの勢力が楊慶之様のバックについているかも調べなさい。そして、直ぐに楊慶之様に支援の申入れなさい。教団の全ての力で楊慶之様の支援を行うのです。何としても楊慶之様との関係を築くのです。」


「はっ。命令しかと受けました。」

 緑聖人は頭を下げて、受令の礼を行った。


「頼みましたよ、緑聖人。」

 ひと呼吸置くと、私は藍聖人の方に視線を向けた。


「それで藍聖人、岳光輝様の方は如何ですか。」

 教主は、今度は藍聖人にもう一人の使徒である岳光輝の状況について尋ねた。


「はい、遂に大秦国が大梁国に侵攻しました。」

 岳光輝は大梁国の男爵家の嫡男だ。

 隣国の大秦国が自国に侵攻する情報を聞いて、岳家領の民を守る為に、大秦国と戦う準備を行っていたのだ。


「西の国境を守る白辺境伯はどうしたのですか。確か、梁王が亡くなりましたから、あの辺境伯は梁王の第二王子の後ろ盾として後継者問題も抱えていましたね。」

 大秦国が大梁国に侵攻したという事は、国境を守っていた白辺境伯が守備出来なかったことになる。今まで国境を守っていた白辺境伯が簡単に敗北するとは信じがたい。


「それですが、白辺境伯が大秦国と不可侵条約を結びました。」


「不可侵条約ですか?あの、秦王がよく白辺境伯とそんな条約を結びましたね。あの野心を露わにしていた秦王が。でも、おかしいですね。先ほど、藍聖人は『大秦国が大梁国に攻め込んだ』と言っていましたね。」

 

「はい、順を追って説明します。」

「白辺境伯は大秦国と不可侵条約が結ぶと、急いで自分が後ろ盾になっている第二王子を王位につける為の国境の白家軍の半数以上を王都【梁陽】に送りました。

 秦王はその時を待っていたようです。白家軍が王都に到着するタイミングを見計らって、不可侵条約を一方的に破棄。大秦軍を大梁国に侵攻させました。」


「なんと・・・。大秦国の秦王は油断ならない者と聞いていましたが、締結したばかりの不可侵条約を一方的に破るとは。信義の欠片も無いようですね。それで、白辺境伯はどうなりましたか。」


「はい、大梁国の国境は大秦軍の奇襲に会い敗北。辺境伯本人も殺されました。そして、国境を突破した大秦軍は白辺境伯領を占拠。その勢いで、王都に進行中のようです。」


「そうですか。秦王の無節操ぶりにも驚きましたが、白辺境伯も欲をかき過ぎたようですね。ですが、秦王も欲をかき過ぎましたか・・・最後は漁夫の利を岳光輝様が頂く段取りは出来ていますか。」


「はい、岳光輝様は、教団が送った黄才媛の力で着実に鎧を増やしております。それと、岳家領の中から魔力持ちを探して、騎士も増やしているようです。」


「そうですか。教団の守りと楊慶之様の件があるので、鎧騎士を送るのは難しいですが、鎧を操縦する騎士なら余裕があるはずです。忠辰と相談して、必要なら騎士を送ってあげなさい。」

 楊慶之様の支援の為、鎧騎士を送る必要も考えていた。

 楊慶之様という使徒様が見つかった以上、どちらの使徒様が教団にとって有益かも考えて援を行っていく。そして最後に始祖様の予言成就に繋げるのだ。

 それに、岳光輝様は《地の迷宮》を攻略したので魔石は豊富に保有しているはずだ。そこに黄才媛がいれば、鎧の数には不足はない。足りないのは、特級階級以上の魔力を持った騎士の方だ。

 高い魔力を持った人材は、教団は豊富なので人材提供は余力があった。


「はっ。分かりました。手配致します。」

 藍聖人も頭を下げて、受命の礼を行った。


「まぁ、どちらにせよ。光輝様は順調のようです。問題は大陳国の使徒様。なんとか、上手く教団で囲い込めると良いのですが・・・。」

 不安な気持ちを取り除いてくれるよう、緑聖人に期待するのであった。


 * * *

【蔡家領】  蔡辺境伯


「辺境伯様、夜分遅くですが、火急の報告が。」

 姿を現したのは『黒鴉』の黒猫姫(こくびょうき)だ。

 彼女は、猫の獣人族。【智陽】の慶之たちを追って死んだ『黒鴉』の間者たちの唯一の生き残りであった。


「どうした。こんな遅い時間に。」

 蔡辺境伯は机に向かって、書類に目を通していた。


「曹家領が反乱軍に制圧されました。」


「攻略された?趙嘩照たちが曹家領を攻略したのではなく、反乱軍に制圧されたのか。なにかの間違いではないのか。」

 曹家領には五人組の趙嘩照、范令それに裏の商人の呂照貴の三人を送っている。

 五人組を取り仕切る候景からの報告では、作戦は順調に進んでいるはずだ。


「いえ、曹伯爵は賊に捕まり、【曹陽】は陥落。曹家軍は賊の手で全滅しました。五人組の趙嘩照、范令、呂照貴の策は曹伯爵に事前に露見しており、手も足も出ず。その策を上書きするかのように賊が現れ、曹家軍を壊滅させました。」


「・・・良く分からないが。その賊というのは何者なのだ。五人組の工作は事前に伯爵に漏れ失敗した。だが、賊が現れて、曹伯爵を捕らえ、蔡家軍も全滅させた。その上、曹家領を占拠したというのか。」


「はい。その通りです。それと、賊は楊公爵家の三男の楊慶之と名乗って、曹家領の統治を行うつもりのようです。」


「楊家の生き残りが曹家領を統治する・・・何をふざけた事を。それに、楊公爵家は次女の女を一人除いて、全て殺したはずだ。楊家では楊義之、楊剛之の二人の息子の名しか聞いた事が無い。三男など勝手に賊が名乗っているのではないのか。それで、楊慶之を名乗る賊の戦力はどの程度なのだ。」


「まだ、正確には掴めておりません。戦場において奴らの姿を確認したのは6人だけです。邪魔をする奴らの間者がおりまして、正しく奴らの戦力や素性を掴むにはもう少し時間が必要かと。」


「黒描姫。私をからかっているのか。たった6人で曹家軍を倒して、曹伯爵を拘束して、【曹陽】の領都を陥落させた。そんな事が信じられるか。」

 蔡辺境伯は、黒描姫の報告を信じられない表情で聞いていた。


「あら、伯龍。黒描姫の報告は本当よ。」

 暗闇から女の声がした。姿を現したのは黒姫であった。


「これは、獣魔王様。」

 『鴉』の主人であるか黒姫を前に、黒描姫は跪いた。

 『鴉』は獣魔王である黒姫が獣人族を集めて育てた間者である。

 今は、主人である黒姫の命で、蔡辺境伯の指示に従っているに過ぎなかった。


「黒姫。珍しいね。君まで、そんな冗談みたいな話を信じろというなんて。」

 蔡辺境伯は不思議そうな視線で黒姫を見た。


「あら、冗談じゃないわよ。その内、5人組の趙嘩照や范令も同じ報告をしてくるわ。他にも、曹家領から逃げてくる曹伯爵の家来もね。黒描姫の報告が一番早かっただけよ。」


「・・・それじゃ、今の話は本当なのか。」


「だから、言っているじゃない。本当よ。もう少し詳しく話すと、曹家軍の鎧騎士300騎を壊滅させたのは専用機3騎。それと燕荊軻将軍を救ったのは楊慶之1人。それに、曹伯爵を拘束したのは2人、あと、燕荊軻の妻女を守っていたのが2人。合計8人かしら。」

 黒姫が指を折りながら、思い出すように楊慶之の仲間の人数を数えていた。


「獣魔王様、失礼致しました。燕荊軻の妻の護衛まで目が届きませんでした。」

 黒描姫が跪いたまま、頭を下げた。


「あら、あれは仕方が無いわ。あまり戦局に影響無いから、誰でも見逃すわ。私は強い魔力を追っていただけだから。あのエルフの女はけっこう厄介なのよ。」


「黒姫は、その賊たちの事を知っているのかい。」

 曹伯爵が怪訝な顔で尋ねた。


「ええ、あのエルフの女には借りがあるわ。《火の迷宮》で私の可愛いペットの王級魔物と神級魔物を倒してくれたのよね。」


「それじゃ、《火の迷宮》が攻略された時に現れたエルフが、【曹陽】を制圧した楊慶之の一味と同一人物ということか。・・・以前、君の報告にあった。」


「そうよ。この国にエルフは一人しかいないわ。そのエルフよ。」


「それでは、曹家領で燕荊軻の妻女を助けたエルフが、《火の迷宮》で君が手配した神級魔物と王級魔物を倒したエルフとが同一人物・・・。もし、そうなら《虹の迷宮》を攻略した冒険者の正体は、楊慶之!?」


「あら、ご名答よ、伯龍。その楊慶之は、魔神様を千年前に封印した虹の王の生まれ変わり。この時代の『虹の王』のようね。私たち、魔人族の敵よ。」


「そうか、楊慶之の正体が、よりによって赤龍を倒した虹の王。これは厄介だね。虹の王は何をするつもりなんだ、黒姫。」


「分からないわ。私が知っているのは千年前の虹の王よ。千年前の虹の王は力をつけて私たち戦った。そして魔神様を封印したのよ。この時代の虹の王は知らないわ。ただ、魔神様の封印を解けたら、きっと魔神様とまた戦うでしょうね。それと、楊慶之が偽物で無く、本当に楊家の三男なら、『復讐』かしら。」


「復讐?滅ぼされた楊家の復讐か。すると狙いは私。それは面倒だね。まぁ、虹の王は君の敵だし。面倒だが、叩き潰すしか無いようだ。」


「そうよ、伯龍。虹の王は潰すわ。でも油断しちゃダメ。今までの相手とは格が違うわ。虹の王は《火の迷宮》で赤龍とたくさんの神級魔物を倒した。今まで倒した蘭家や楊家とは比べ物にならない力を持っているわ。」


「その力だが、楊慶之を誰かが援護していないか。相当の力を持った者だ。間者や性能の高い専用機を作れる仲間がいるようだが。」


「誰が援護している分からないわ。まぁ、千年前の虹の王が魔神様の復活を予言して手を打った、教団あたりが怪しいわね。《火の迷宮》にも教団の連中がいたわね。人質にしようとしたけど、エルフに邪魔されたのよね。確かに、【曹陽】で戦っていた鎧騎士の性能は良かったわ。あの鎧騎士は赤龍の素材や魔石を使っているわよ。あれだけの素材は、私でも集めるのは無理ね。」

 黒姫は魔物を使役したり、召喚する力で特級以上の魔石を集めることも出来た。

 魔石を見る目は一流と言って良い。


「虹の王に、教団がバック、最後は赤龍の魔石できた鎧か・・・そいつは手ごわいね。3騎で曹家軍の鎧騎士300騎を壊滅させたという黒描姫の報告は嘘じゃないようだ。」


「まぁ、相手が虹の王なら、私も全面的に協力するわ。もう少し、特級魔石も必要なようなら集めるわよ。」


「ああ、頼むよ、黒姫。今回、曹家軍に貸し出した200騎の鎧騎士を失った。相手が虹の王なら、鎧騎士を回収できない趙嘩照を責めるのも可哀そうだしね。」


「あら、伯龍は嘩照に甘いわね。まぁ、良いわ。魔石は私が集めてくるわ。少し離れるけど、虹の王にはくれぐれも慎重に対処しなさい。」


「ああ、分かった。黒姫。君の忠告には従うよ。」


「なら、良いわ。」

 黒姫はそう言うと、姿を消した。

 黒描姫も既に音を出さずに姿を消していた。


「虹の王・・・楊慶之。それに教団か。よりによって、面倒な相手が私の敵として現れてくれたものだ。だが、あともう少し。あともう少しでこの国が手に入る。そうすれば、黒姫との約束を果たすことが出来る。」

 蔡辺境伯は独り言をつぶやくと、大きな溜息を吐くのであった。


 * * *

 曹家領 楊慶之


「なにそれ、公明。あなたね、いくら何でもそれはきついんじゃないかしら。もう少し、私たちの体を労ってくれても良いでしょ。」

 公明に食って掛かっているのは、静香であった。


 ここは、曹家領の領都【曹陽】の城郭都市の中にある領主の居城である。

 曹家兵が降伏したので、俺たちは何の抵抗もなく曹家の居城を手に入れることができた。

 そして、領主の居間に仲間が全員集まっていた。

 更に、居間に【姜氏の里】と繋げた移転魔法陣の扉を設置して、里から仲間を呼び寄せている。

 姜馬、姜法政、姜栄一、姜作琳、姜鄭国、姜平香、姜諭吉たちが移転魔法陣を通って、扉から姿を現した。

 その中で、一番えばっているのが小熊のヌイグルミである。

 小熊のヌイグルミが歩いて出てくるのも不自然だが、桜花や麗華、あの静香ですら小熊のヌイグルミに敬語を使っている姿は滑稽であった。


 皆を集めたのは、公明から今後の方針の説明する為だ。

 そして、公明が説明を始めると、さっそく静香が文句を言っているのであった。

「なんで、明朝に出発しなければならないのよ。今日、曹家領を攻略したのよ。せめて、2,3日は休憩させてくれても良いんじゃない。疲労は美容に良く無いのよ。まったく。」

 静香が文句を言っているのは、公明が皆を集めて、秦家領の攻略する為に、明朝出発すると発表したからだ。それに対して、静香が疲れたから休ませろ!と駄々をこねている。


「聖女王、曹家領は以前も話した通り、3方から囲まれて地形が良く無いのです。この領土を維持するのは、東の秦家領の併呑が不可欠です。」


「そんなの分かっているわよ。別に明朝じゃなくても良いじゃない。せめて2日は休ませて欲しいわ。どうせ、兵糧や兵士の編成などもあるでしょ。」


「いえ、兵糧は既に揃っていますし、兵士の編成も必要ありません。」


「あら、さすがは公明、ずいぶん手際が良いわね。いや、良すぎるわね。もしかしてあなた、また、曹家領を攻略した9人で秦家領も攻略するというつもりでしょうね。」


「いえ、違います。李剣星殿と羅漢中殿の2人を加えて11人です。」


「あなたね、なに、そんな危険な作戦。11人で秦伯爵家を滅ぼすとか有り得ないでしょ。あっちは旧公爵家領でしょ、曹家領の戦力よりも大きいわよ。それに、東の国境には南東軍もいるでしょ。」

 静香が言うように、曹伯爵と秦伯爵では規模が違う。

 元々、秦伯爵領は北でも領土が曹伯爵より大きかったので、3大貴族の一角である楊公爵領との領地替えになったのだ。

 秦伯爵は旧3大貴族の楊公爵の力を引き継ぐ戦力として鎧騎士500騎を保有している。その上、更に東には国境を守る国軍の南東軍が500騎の鎧騎士を擁していた。

 ちなみに、今の南東軍は2つある。

 一つが、今の国境を守る大陳国の国軍の南東軍。

 もう一つが、楊公爵家の配下であった昔の南東軍で、今は楊家の勢力と見做され、旧南東軍と呼ばれている。


「聖女王様、『兵は拙速を尊ぶ。』という言葉をご存知ですか。戦では速さそのものが力なのです。我らが、ここで時間を費やせば、秦家軍は警戒し、警備を厚くします。秦家に曹家滅亡の情報が届く前に、相手の想像を上回る動きが必要なのです。」


「それが、明朝っていうわけね。本当に兵法はお肌の敵ね。」

 静香はまだ、文句を言いたい表情をしていた。


「静香、仕方が無いよ。短期間で秦家領を攻めるのは公明殿が言っていたことだし。それに、そんなに行くのが嫌なら、待っていても良いけど。」

「そうですわ、静香さん。あなたには留守番をお願いしますわ。あなたの分まで、私が子雲の役に立ちますから。」

 桜花と、麗華が静香に留守番をするように言い出した。


「わ、分かったわよ。明朝ね。私も行くわ。仕方が無いわね。」

 静香は渋々従った。


「その間の、この曹家領に残る者たちの役割ですが、まず、楊慶之様の代理として代官には、燕荊軻殿を任命します。そして、治安の方は羅元景殿。統治の方は姜法政殿の3人に曹家領を任せます。」


 公明の言葉に、荊軻が慌てて尋ねた。

「私などが、代官などは無理です。私は戦うことしか知りません。私ではなく、元景殿の方が相応しいかと。」


「いえ、荊軻殿。あなたで無いと、この曹家領は収まりません。治安は元景殿と協力して、統治は法政殿と協力してお願いします。」


「荊軻殿、若輩ものですが、私も協力します。一緒に頑張りましょう。」

「そうだ、荊軻殿。今の状況で泣き言など言っていられない。やるしかないぞ。」

 姜法政と羅元景の2人にも励まされて、荊軻も覚悟を決めたようだ。


「分かりました。お引き受け致します。それでは、一つ伺いたいのですが、よろしいでしょうか。」


「何でも聞いてください。」

 公明は嬉しそうに答える。


「それでは、蔡家軍がこの曹家領に攻め込んで来たら、どうすれば宜しいでしょうか。」

 荊軻は代官を引き受けるにあたり、この領地の戦力を計算した。

 申家軍が3千人、羅家軍2千人の5千人しかいない。

 それこそ、北に逃げた曹家軍2万人以上だ。蔡家軍でなくても、曹家軍が引き返してくるだけでも守り切れないかもしれない。


「その場合は、東の秦家領の方に撤退してください。」


「逃げるのですか?東に。戦わないで逃げるのですか。」


「もし、曹家軍の残党で大した力が無ければ、戦っても良いですが。基本は戦わなくて結構です。その代わり兵士や物資をなるべく無事に運んでください。」

 公明はきっぱり言った。


「せっかく、奪ったこの領地を失って良いのですか。」


「はい、私たちにとって大事なのは人材です。まぁ、物資もあったに越したことが無いですので運んで頂きますが、人が無事なら良いのです。後は捨てても構いません。ですが蔡家軍は2週間の間は攻めてきません。この2週間が我らに与えられた時間です。」


「2週間ですか・・・。」


「はい、彼らは我らの情報を集めねばなりません。そして、どれだけの戦力で攻めるかなどの作戦を決める。その後、兵士と兵糧を集めて進軍する。それらには早くても2週間はかかります。」


「確かにそうですが。」


「その2週間で我らは、秦家領を攻略します。曹家と秦家の2つの伯爵家を滅ぼせば、蔡辺境伯はもっと慎重に動くはずです。さらに2,3か月の時間が稼げます。その間に、荊軻殿と元景殿には、兵を集めてください。」


「兵ですか・・・どれくらいの人数でしょうか。」


「そうですね。2万人、多ければ多いほど良いです。それと、特級以上の魔力を持つ者を一人でも多く集めてください。これも、千人以上を集めて頂きたい。」


「特級以上の魔力の持ち主を千人以上ですか・・・そんなのは無理です。」

 荊軻はきっぱりと言い放った。

 特級以上の魔力を持つのは貴族や陪臣家の者だ。

 領民の中にもいるが、数は少ない。

 旧曹家領の人口が50万人と考えて、せいぜい2百人から3百人がいい処であった。


「それは、姜馬様と相談してください。よろしいですか、姜馬様。」


「儂に任せるのじゃ、なんとか千人くらいの魔法使いは見つけて置くのじゃ。」

 姜馬が自信を持って引き受けたのは、《始まりの魔法陣》があるからだ。

 あの魔法陣を使えば、全ての人とはいかないが、高い確率で魔力が発現する。

 千人くらいなら、特級魔力を発現させる自信が姜馬にはあった。


「それではお願いします。荊軻殿、姜馬様。人材を集める事が、今後の戦い命運を分けることになりますので。」


「わかりました。」「わかったのじゃ。」

 2人は公明の任務を引き受けた。


「慶之様、火急の報告です。」

 半蔵が突然、姿を現して跪いている。

 作戦の内容を詰めている最中であったが、皆が黒装束の半蔵に注目した。


「どうした、半蔵。そんなに慌てて」

 いつも神出鬼没で『ザ・忍者』の余裕を持った半蔵が、こんなに慌てるのは珍しい。


「はっ、慶之様。実は、楊琳玲様が秦家軍に捕まりました。」


「な、なんだと。妹が・・・妹の琳玲が秦家に。それは本当か。」

 慶之は言葉を失った。

 彼の顔色は真っ青である。


「はい、本当です。今しがた、配下の者から報告が来ました。」

 半蔵が跪いた姿で報告する。


 慶之は固まってしまっている。微動だにしない。

 暫くの間、沈黙が続いた後に、やっと慶之が口を開いた。

「・・・・・静香、すまない。悪いが明朝ではなく、今から出発にしてくれ。」


「分かったわよ。」

 さすがに、静香も文句を言わずに従った。


「公明、それに皆、すまないがこれから秦家領の攻略に向かう。疲れている処すまないが、ついて来てくれ。」

 慶之が低い声で皆にお願いした。こういう声の時の慶之は本気だ。


「「「「「「分かったわ(よ)」」」」」」

 慶之の言葉に、皆が頷くのであった。

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