第24話 【曹陽】の戦い②

 曹伯爵は一斉射撃を、演壇の上から眺めていた。

 辺りが静かになった。あっけなかったが、これで処刑は終わったようだ。


 次の相手がいる南に目を向ける。

「次は反乱軍どもか。」

 予定通り、荊軻の処刑は終わった。

 あっけなさ過ぎて、見せしめとしては物足りないが、まぁ、こんなもんだろう。

 きっと、どこかで趙嘩照も見ているはずだ。

 これからの蔡辺境伯との戦いを考えると、少しでも領地を固めておかねばならない。そうでないと、また蔡辺境伯に隙を突かれる。

 その意味で、今が反乱軍ども全滅させる良い機会だ。

 まずは、羅家軍と魏家軍。それに脱獄した申家軍を倒す。

 奴隷兵として捕まえるのは二の次だ。魔弾銃で気絶させた兵ぐらいでいい。逃がすようなら、躊躇わず殺すように命令してある。

 とにかく奴らを殲滅させて後顧の憂いを絶たなければならない。


「羅家や魏家の首領を捕らえたら、また公開処刑だ。次は、もう少し時間をかけて恐怖を味あわせてやる。(うっ・・・なんだ、どうした。)」

 処刑場の方で何か騒がしい。

 荊軻の処刑が終わったら、直ぐに鎧騎士を動かすように岑将軍に命じていた。

 羅家軍、魏家軍、それに申家軍の殲滅させる為だ。

 だが、騒がしいのは鎧騎士が動いたからではないようだ。

 それどころか、鎧騎士たちはその場を動こうとしない。

 何が起きたのか聞こうと、曹伯爵が振り向こうとした瞬間。


「この、禿豚野郎!」

 伯爵の顔面に向かって、拳が炸裂した。

 背が低く太った伯爵の体が吹き飛ばされる。

 意識を失うような痛みが伯爵を襲い、突然、演壇の端まで吹き飛ばされた。


「な、なんだ。何が起こった。」

 吹き飛ばされた伯爵は、演壇から落ちそうになる位置まで吹き飛ばされていた。 

 額や鼻から血が流れている。

 だが、それに気がつかないほど伯爵は気が動転していた。

 吹き飛ばされた伯爵は何が起きたのか分からずに体を起こすと、そこには黒髪の少女が目の前に立っていた。


「お前が曹伯爵か、この禿豚野郎!」

 少女が伯爵を睨みつけ、信じられない強い力で伯爵の頭を鷲掴みする。

 そして、そのまま握力だけで、伯爵の頭を上に挙げた。


「な、なにをする。お前は何者だ。」


「聞いているのは私だ。豚禿野郎、お前は曹伯爵か。」

 少女は伯爵の頭を掴む指に力を入れた。


「そ、そうだ。い、痛い。放せ、その手を放せ。」


「命令をするのはお前じゃない。私だ、禿豚野郎。そうか、お前が父の仇の曹伯爵か。」

 少女はニヤリと笑って、更に指に籠める力を強める。


「い、痛い。割れる、頭が割れる。た、助けてくれ。儂は伯爵だぞ、伯爵にこのような事をしてタダで済むと思うのか。」

 曹伯爵は泣きそうな声で助けを求めた。


 すると、演壇の中央の方から、一人の女性が近づいてくる。

「陽花。あなた、ずいぶん言葉遣いが悪いわね。女の子なんだから、さすがに『この、禿豚野郎』はちょっと無いわ。せいぜい、禿げ頭さんぐらいにしなさい。まぁ、気持ちは分かるけどね。」


「すみません。静香様。」

 陽花は頭を下げて、大人しく謝った。


「お、おい。お前、静香というのか、儂を解放するようにこの女に命じてくれ。」

 伯爵は後から来た女性が、自分の頭を掴んでいる女性の主人と思ったのか、静香に向かって、解放するように依頼した。


「嫌よ。なんで、私が、伯爵風情の願いを聞かなきゃいけないのよ。」

 静香は容赦なく、伯爵の願いを断った。


「だ、誰か、誰かいないか。」

 伯爵はいきなり殴られ、頭を鷲掴みにされ、暴言を吐かれて気が動転していた。

 少し気が落ち着いたのか、部下を呼ぶことに気づいた。

「・・・・・。」

 呼んだが、誰からの反応もない。

(おかしい・・・なぜだ、なぜ、儂が呼んでいるのに誰も答えない。)


「侍従長、侍従長はいないか。」

「・・・・・。」

 伯爵は大声で侍従長を呼ぶが、やはり反応はない。

 演壇の上を見回しても、静香と陽花の姿しか見えない。

 侍従長の姿を探すと、黒服を来た侍従長が倒れているのが目に入った。


「お、お前たち、な、何者だ。儂の部下に何をした。」

 何が起きているのか分からず、伯爵はパニックになったように大声を上げた。


 陽花がこれ以上強くしたら、頭が割れるという握力まで力を籠めた。

「禿豚野郎。立場をわきまえろ。殺すぞ。」

 そして、陽花は握っていた伯爵の頭をそのまま演壇の上に押し付けた。

 伯爵の頭が演壇の床にぶつかり、伯爵の頭から血が噴き出した。


「ぐわぁ」

 頭を床に叩きつけられた痛みで、伯爵が思わず呻き声が出ていた。

 床に顔を押し付けられた伯爵が、バタバタと手で床を叩く。


「陽花、ダメよ。さっきっ言ったでしょ。禿豚野郎はお下品よ。せめて、禿げ頭さんにしなさいって。まだ、そっちの方が女の子らしいわ。それと『殺すぞ』じゃなくて、『殺すわよ』の方が良いわよ」

 もう一人の女性が陽花という少女をたしなめている。


「すみません。静香様。つい、気が昂ってしまいました。」


 (こいつら、いったい何者なんだ。)

 (会話もまったく嚙み合っていない、というか変だ。なにが『殺すわよ』だ。馬鹿か、この領地で一番偉いのは儂だ。儂がこいつらを殺してやる。)

「だ、誰かいないか。こいつらを殺せ。お、おい、誰かいないか。」


「馬鹿か。禿豚野郎・・・じゃない、禿げ頭野郎。お前の部下は全員気絶させた。まぁ、とうぶん、起きないぞ。」


「なにを寝ぼけた事を言っている。せ、精鋭だ。儂の軍の精鋭が警備についている。その精鋭の兵がお前ごとき小娘にやられるわけがない。警備兵!警備兵はいないか、魔法兵でもいい、誰か出てこい。」

 曹伯爵は、大声で、警備兵と魔法兵を呼んだが、返ってくる返事は無かった。


「陽花、その禿げ頭さんに、周りを見せて上げなさい。」


「分かりました。静香様。」

 陽花が、床に抑えつけている伯爵の頭を掴んで、また持ち挙げた。

 伯爵が必死に陽花の腕を掴んで、頭から話そうとするがビクともしない。


「ほら、よく周りを見なさい。禿げ頭さん。壇上の下に転がっているでしょ。あなたの兵たちが。それに、私たちがここにいる時点で、あなた達の魔法兵は全滅よ。」

 静香に言われた通り、演壇の下を見回した。

 すると、演壇の周りを警備していた全ての兵が地面に倒れている。

 周りに立っている兵は一人もいない。


「け、結界はどうした。この演壇の周りには結界が張られていたはずだ。」


「禿げ頭さんは本当に馬鹿なの。私たちがこの場にいるんだから、結界が発動しているわけないでしょ。あなたの処の将級魔力や特級魔力レベルの魔法兵ごときの結界なんて簡単に破れちゃうのよね。これだから、なんちゃって伯爵は嫌だわ。」

 静香の説明を証明するように、魔法兵たちも演壇の周りで倒れていた。


 「魔法兵がやられたのか。お前たちに、それだけの力があるのか・・・。そ、そうか。お前たちは趙嘩照の手の者か・・・あいつめ、どこかに兵を隠していたのか。その兵で、儂の魔法兵の結界を破り、精鋭を倒したのか。」

 倒れた兵たちを見て、さすがの伯爵も現実を受け入れるしかなかった。


「お、おい。お前たちは、趙嘩照からいくらで雇われた。儂はその倍をだそう。いや、3倍出す。だから、儂につけ。お前たちは神級魔力の魔法使いであろう。」

 伯爵は現実を受け入れた上で考えた。

 この2人は、兵と争った気配を自分に感じさせずに結界を破壊し、精鋭の警備兵を倒した。それが出来るのは、一斉射撃の音が鳴り響いたあの短い時間しかない。

 そんな事ができるのは神級魔力の魔法使いしか考えられない。

 そこまで考えた伯爵は方針を変えて、静香と陽花の買収を始めたのだ。


「そうね、私たちが神級魔力の魔法使いというのは正しいわ。だけど、その趙嘩照って誰なの?そんな人は知らないわ。それに、私たちは金で雇われる薄っぺらな連中と一緒にしないでくれる。私たちはこの曹家領を頂きに来たのよ。」

 

 「儂の曹家領を奪うだと。・・・そうか、お前は趙嘩照に雇われた者ではなく、蔡辺境伯から命じられたのか。辺境伯はこの曹家領を奪うつもりか。なるほど、初めから奪い返すつもりで、広い領地を領地替えで儂に与えたのか。」


「あなたさっきから何を言っているのかしら。なんで、私たちが胸糞悪い蔡辺境伯に命令なんて受けなきゃいけないのよ。私たちは、楊慶之の為に、蔡辺境伯を倒すつもりよ。その為にこの曹家領を本拠地にするのよ。」


「お前の方こそ、何を言っているんだ。ふざけているのか。この曹家領を蔡辺境伯を倒す為の本拠地にするだと!?」

 曹伯爵は頭を陽花に掴まれながら、驚いている。


「そうよ、だから、あなたに雇われるつもりも無いし、助けるつもりも無いわ。ただ、あなたが何かの交渉に使えるかどうかを公明に確認するだけね。」


「蔡辺境伯を倒すだと、本気で言っているのか。」

 

「あら、本気よ。私たちの事より、自分を心配しなさい。あなたは陽花の仇だし、生かしておく必要はないかもしれないわよ。」

 静香が冷たく言い放つ。


「ふざけるな。私は曹伯爵だぞ・・・。この地の領主だ。こんなことをしてタダで済むと思うな。許さん。許さんぞ。」

 伯爵はまだ、自分の立場を主張すれば何とかなるという考えを持っていた。

 いや、今の彼には、それしか出来なかった。


 陽花は伯爵の耳に顔を近づけ、言い聞かせる。

「さっきから言っているが、私は、お前の部下に父を殺された農民の娘だ。許さないのは私だ。お前を残酷に殺して父の仇を取る。どうだ、悔しいだろ。只の農民の娘に痛めつけられ、馬鹿にされて殺されるのは。」


「強がるのは今の内だ、小娘。村の者も、お前の縁者も皆殺してやる。」

 伯爵も、陽花を睨みつけて最後の虚勢を張る。


「無理だな。残念だが、死ぬのは禿げ頭野郎のお前だ。」

 陽花は、相変わらず口の悪い言葉で伯爵を罵った。

 そして、掴んでいた頭を放し、薄い髪の毛を引っ張って顔を広場に向ける。


「おい、禿げ頭野郎。処刑場をもう一度見ろ。」


 陽花が指さす方向を見た伯爵は言葉を失った。

「そんな。馬鹿な・・。なんで、奴が・・。」

 伯爵が目にしたのは処刑場。

 そこに、無傷の燕荊軻の姿があった。

 緑の外套を羽織った冒険者が結界を張っている。

 いったい、どういう事だ。


「だから、言ったでしょ。自分の立場を認識しなさいと。あなたは私たちに狩られる立場よ。これから、あなたの部下たちが狩られるのを見ていなさい。」

 静香は冷ややかな口調で、曹伯爵に宣言するのであった。


 * * *


(私は、あの世にいるのか・・・)

 魔弾銃の大きな銃声が鳴り響いた。

 間違いなく、私は死んだはずだった。

 だが、私は生きている、痛みさえ一切感じていなかった。銃声の音はしたが、魔弾は飛んでこなかったのか?

 それとも、魔弾銃で一瞬で命を失い、痛みを感じなかったのか?

 まぁ、あの数の魔弾銃が飛んでこないのは有り得ないから、死んだのであろう。

 そして、あの数の魔弾を撃たれて、生きているはずが無い。

 あの距離で撃てば、外す方が難しい。やっぱり、あの世に行ったのか。


 銃声が鳴り止むと、何も音がしない静けさが広がった。

 やはり、何かがおかしい。

 恐る恐る目を開ける。

 目の前は、さっきまでの景色と変わらない。さっきまでいた処刑場の景色だ。

(俺は生きているのか?でも、なぜ・・・。)


「おい、お前が燕荊軻か。」


 私を呼ぶ声がした。

 声の方に視線を移すと、緑の外套を羽織った冒険者がいる。

 この処刑場には、誰も立ち入れないように厳しい警備がされていたはずだ。

 それなのに、なぜ、冒険者が居る?

 それに、何が起きたんだ。俺が生きている事と、この冒険者は関係あるのか。

 目の前にいる男は、なぜ私の名を呼んだんだ。

 この男は味方か、それとも敵か、私は助かったのか。それとも、もう一度処刑が行われるのか。

 なにが何だか分からない。


「おい、聞いているのか。俺は楊公爵家の三男、楊慶之だ。もう一度聞く、お前は燕荊軻か。」

 冒険者は自分を楊慶之と名乗った。


「あっ、そ、そうだ、私は燕荊軻。それで、私は生きているのか。」


「ああ、生きている。俺が結界を張ったからな。」

 突然、何が起こったか分からず、私は固まっていた。良く分からないが、私は生きているようだ。

 楊慶之と名乗る冒険者に声を掛けられ、思考を止めた。


 「結界を張った?」

 私は周りを確認すると、たしかに結界が展開されている。

 しかも、今まで見た事の無い魔力色の色の結界だ。

「それでは、楊慶之殿が助けてくれたのか。礼を言う。でも、貴殿はどうやってここに侵入したんだ。ここは鎧騎士に厳重に守られて、立ち入りできないはずだが。」

 

「どうやって、侵入って・・・、こんなの《瞬歩》でも、《透明化》魔法でも簡単に侵入できるけどなぁ。」

 彼は結界を張ったまま、私の手首に嵌った手枷に向け、彼の掌をかざした。

 すると、彼の掌から虹色の魔力が手枷に注がれて、魔封石の鍵が外れた。


「な、なんだ・・・、楊慶之殿、貴殿はいったい今、何をしたんだ。」


「ああ、《絶対領域》の魔法をちょっと改良して、結界ではなく、出力の形にしたのさ。」


「《絶対領域》の魔法?聞いた事の無い魔法だな。それに、魔封石の手枷には、魔力は効かないはずだが。」


「ああ、これは、獅子王という神級魔物が使っていた魔法からもらったものだ。それと、魔封石の手枷は確かに手枷自体は魔封石で出来ていて、魔力は効かないが、鍵は魔法で出来ている。それを外しただけだ。」

 彼は、右手だけでなく、左手の魔封石の手枷にも手をかざして、鍵を外した。

 確か、この魔封石は鍵でしか開かない強力な魔法がかかっていたはずだが、いとも簡単に外してしまった。


「神級魔物から、魔法をもらった?良く分からないが、確か獅子王は聞いた事のある魔物だ。貴殿はその神級魔物と戦ったことがあるのか。」

 神級魔物と戦って、生きているとしたら相当の魔力だ。

 虹色の魔力色など今まで見た事が無いが、神級魔力並みの力なのだろう。


「ああ・・・倒した。」


「・・・神級魔物を倒した。そ、そうなのか。貴殿はいったい何者なのだ。楊公爵家の者と言っていたが、そもそも楊公爵家の者は、女を一人残して全員死んだと聞いていたが。それに、貴殿ほどの魔法使いが楊家にいるとは聞いた事が無い。」

 申家は楊公爵家の寄子なので公爵家の戦力は知っている。

 一番は、神級魔力の朱義忠。彼は今、秦家領で旧南東軍を率いて、秦家軍と戦っているはずだ。

 そして、次に来るのは、楊公爵家の次男、楊剛之殿。

 彼の武名は良く聞いた。当時の南東軍の司令官で、大商国との戦いでも武名を上げていた。一度、彼の指揮下で戦った事があったが、人格も優れた名将だ。

 だが、残念なことに、【楊都】が陥落する時に、蔡家軍に殺されてしまっている。

 そして、最後が、今の旧南東軍の頭領の楊琳玲。

 彼女も王級魔力の騎士で、今の楊家の唯一の生き残りと聞いていた。

 楊慶之という人物の騎士の名を私は聞いた事が無かった。


「俺は間違いなく楊家の一族、楊慶之だ。死にそうにはなったが、死んではいない。それに、俺は魔力が無かったのだが、蔡家軍から逃げる間に、突然魔力が発現したんだ。その魔力のおかげで、今まで生きてこられたんだが。」

 彼は、そう言いながら私の両足に嵌っている魔封石の足枷も外してくれた。


「そうなのですか。それでなぜ、楊慶之殿、ここに居るんですか?」

 楊公爵家の者なら、秦家軍と戦う旧南東軍にいるはずだ。


「ああ、俺がここに来た理由は、燕荊軻、貴殿を救出する為だ。」


「私を救出?楊慶之殿は本気で言っているのですか、周りを来てください。これだけの鎧騎士に囲まれているのですよ。いくら、貴殿でも、いえ、相当の神級魔力の魔法使いの結界でも、この数の鎧騎士に囲まれたら生きて帰れませんよ。」

 ざっと見て、300騎の鎧騎士が私を囲んでいる。

 一人の罪人の処刑に大袈裟な気がするが、たぶん、私の処刑という名目で、領民たちに曹伯爵が自分の力を誇示する為のセレモニーなのであろう。


「それは大丈夫だ、曹家軍の攻撃など私がなんとかする、燕荊軻。それより、貴殿を助けたら、貴殿には私の仲間になって欲しいんだが。」

 彼は何でもないように、首に嵌められていた【奴隷の首輪】も外してしまった。【奴隷の首輪】は強力な封印により、鍵以外では決して外れないはずであった。これは私の首に嵌った首輪だけでなく、この世界の首輪の全てに言える事である。

 その常識を、彼は話の最中に何事もないように外してしまったのだ。


「・・・それは、申家軍が、旧南東軍の勢力下に入るという事ですか。」

 私は、彼の申出の意味を考えた。

 彼が本当に楊公爵家の人間なら、旧南東軍に属しているはずだ。

 確か、旧南東軍は彼と同じ楊家の楊琳玲が率いている。どちらにせよ、楊家の勢力に間違いないので、彼の仲間になるという事は、その勢力に属すると考えた。


「いや、旧南東軍との接触はこれからだ。私は用があって、《火の迷宮》に行っていた。まず、この曹家領の版図を制圧する。」

 彼は、何でもないように、曹家領を制圧するという言葉を口に出した。

 その言葉は、私からすれば、もう、無理だとあきらめていた言葉だ。

 民が、そして兵が、仲間が昔のように平和に生きる為の私の叶わない夢であった。

 

「本当にできるのですか。そんな、曹家領を制圧することが。苦しんでいる民や兵を救う事が。」


「まぁ、出来るから、わざわざここまで来たんだが。出来なければ、わざわざ処刑場のど真ん中なんて普通は来ないだろう。そして、制圧した後に必要なのが人材だ。燕荊軻、貴殿のように優秀な人に、俺たちの仲間になって欲しいんだ。」


「分かりました。楊慶之殿。もし、貴殿が本当に私をこの処刑場から救出して、曹家領を攻略する力を示したら、私は貴殿の臣下になる事を誓いますよ。ですが、さすがにこの数の魔弾砲からは逃げられいでしょうが・・・。」

 周りを見回すと、左右にたくさんの鎧騎士がいる。

 しかも、いつの間にか魔弾砲の魔力充填を行っている。

 これだけの鎧騎士の数の魔弾砲の攻撃など、考えただけで背筋が凍る。

 鎧騎士の数は300騎近い。もし、これだけの数の魔弾砲を浴びたら、例え、神級魔力の結界で耐えられない。


「『逃げる』・・・愚問だな。俺は逃げない。ここで魔弾砲を受けきる。そうすれば、仲間がここにいる鎧騎士を全て倒す。そして曹家領を占拠する。一応、その段取りだ。まずは、奴らが魔弾砲を直ぐに撃てないよう、俺が受けきらないとな。」

 この楊慶之殿が何を考えているか分からない。

 確かに、魔弾砲を一度撃つと魔力充填に時間が掛かるので、2発目は中々撃てない。鎧騎士を倒すのに、魔弾砲を放てなくするのは有効ではある。


「仲間・・、仲間がいるのか。兵の数は何千人だ。それに鎧騎士の数は何百騎だ。」

彼が仲間が、鎧騎士を倒すと言ったので、聞いてみた。


「仲間の人数が7人、鎧騎士は3騎だ。この処刑場にいる戦力はそんな所だ。」


「・・・・・・。」

 私は黙って、様子を見る事にした。

 彼の言葉は私の考えられる範疇を越えている。

 彼の力を見ると、全てが嘘とは言えないが、彼の言っている事を信じろと言われても無理がある。

 まぁ、どちらにせよ、死ぬ覚悟はできている。彼の言う通りに進めば儲けモノ体でで、様子を見る事にした。どうせ、これ以上状況が悪くなりようが無いだろう。

(死ぬまでの時間が少し伸びただけかもしれないが。でも、期待が無くも無い。どちらにせよ、なるようになる。)

 私は心を無にして、再び目を閉じたのであった。


 * * *

「あり得ない。何が起きたんだ。」

 ここにも、頭を抱えていた男が一人いた。

 岑将軍である。

 魔弾銃で処刑場に向かって行った一斉射撃が、全て弾かれてしまった。

 突然、結界が現れて魔弾を弾いたのだ。


「どこから結界が、それにあいつは何者だ。」

 緑の外套を羽織った冒険者が、見た事も無い魔力色——虹色の魔力色の結界を張って、魔弾を弾いたのだ。

(あの冒険者は・・・曹家に楯突く者か、それとも、趙嘩照の手の者か。)

 可能性として高いのは後者だ。

 どちらにせよ、この処刑を邪魔したのは許せない。

 (女狐め、まだ手駒があったか・・・だが、その駒も荊軻と一緒に始末する。)

 岑将軍はニヤリと口角を上げた。


「鎧騎士、全騎に告ぐ。魔弾砲の魔力充填を開始せよ!」

 鎧騎士の全騎に魔弾砲の発射準備を命じた。

 女狐は本当にしつこい。彼女がこの処刑に仕掛けた罠は、味方の鎧騎士の裏切りや、圭鎮様のクーデターだけではなかった。

 すでに、奴隷兵を解放して曹家軍にぶつけて来た。そして、今度は結界を張る魔法使い。だが、鎧騎士の裏切りに比べれば、どちらも大した事はない。

 解放された奴隷兵の申家軍はたかだか3千。羅家や魏家と一緒に片付ければ良い。それに、結界を張った魔法使いも300発の魔弾砲で押し潰せば良いのだ。

 神級魔力の結界でも破壊するだけの戦力が、今ここにはあった。

 300の魔弾砲のこの距離での集中砲火すれば、神級魔力の結界でも耐えられないほどの威力を出せる。

 趙嘩照も、曹家軍がそこまでやるとは考えていなかったのだろう。

 今まで、受け身だった曹家軍としては、やっと一矢報いられる。


 岑将軍は、曹伯爵の指示を仰ごうと、視線を演壇の上に向けた。

(伯爵の姿が見えない。まさか・・・女狐め・・・。)

 頭の中に、趙嘩照の姿が浮かんだ。趙嘩照の力を見くびっていたのか。

 岑将軍の額から汗が流れた。


(いや・・・それは無理だ。)

 岑将軍は、自分の一抹の不安を頭から消しさった。

(そんな事が出来るはずが無い。)

 女狐が伯爵を襲うのも想定して、伯爵の警備は万全にしてある。

 将級魔力以上の魔法兵10人が完璧な結界を展開している。

 普通なら2,3人の特級魔力の魔法兵でいい処を、将級魔力を10人だ。

 結界も2重、3重に張っている。

 それに、警備兵も精鋭を300人を配置した。

 各部隊の中から選び抜かれた精鋭たちである。

 それに、兵士たちが争う音も聞こえていなかった。その戦力と結界の中、音も立てずに伯爵を連れ去るのは、誰にもできない。

 自分はどうも考え過ぎのようだ。


(もう、処刑が終わったと思って、自室にもどったのでか・・・そうだ、そうに決まっている。とにかく燕荊軻の処刑だ。もう直ぐ、魔力充填も終わる。まずは女狐の魔法使いを倒す。次に反乱兵ども。全てが終わった頃に、伯爵様の部屋に報告に行けば良い、きっと部屋にいるだろう。)

 考えが纏まると、岑将軍は鎧騎士の方に視線を移すのであった。


 * * *


 ――ダダダダダダッ・・・・・・


「今、処刑場から銃声の音がしたわ・・・・。」

 珪西は、騎馬を止めた。

 柵の前で張っていた曹家軍の陣は、華将軍と、羅家軍のおかげで突破できた。

 荊軻の元へと騎馬を走らせていた珪西の耳に銃声が響いた。

 あの音は、荊軻のいる処刑場の方向だ。


「荊軻様・・・・。」

 珪西は思わず声を上げた。

 嫌な予感が珪西を襲う。珪西は、再び、騎馬に鞭を入れた。

 

 すると、珪西の存在に気づいたのか、近くの曹家兵が群がってきた。

「敵将だ。殺せ、これ以上、先に行かせるな!」

 曹家軍の歩兵1万は、柵の外に軍を展開していた。

 だが、全ての兵が柵の外にしかいないわけではない。少数だが、柵の内側にも曹家軍は展開していた。

 そこに、一頭の騎馬が、曹家の外側の防衛網を突き破って走ってきた。

 

 柵の内側の曹家軍の兵が、騎馬を追って集まって来た。

 その歩兵の数は決して多くは無いが、それでも500人以上の人数はいる。

「敵を行かせるな!魔法兵、魔弾銃で撃ち落とせ!」

 乱戦の中では、魔弾銃は使えないが、防衛線から突き抜けてきた一頭の騎馬なら問題ない。

 大きな盾を構えた歩兵が騎馬の前進を防ぐために並んでいる。

 そして、盾の間から、魔法兵が魔弾銃の照準を慎重に合わせている。

 一騎で走る騎馬に魔弾銃を命中させるのは至難の業だ。的はたった一騎で、しかももの凄い速度で走っている。


「照準を合わせろ!敵は一騎だ。外すなよ。」

 指揮官の声に従って、魔法兵が魔弾銃を構えた。

 射程距離に入るのを待っている。


 一頭の騎馬が草原をもの凄い速度で走って行く。

 曹家軍の動きなど、全く目に入っていない。

 その騎馬に跨る珪西の顔には、鬼気迫るモノがあった。荊軻がいる処刑場に向かって、馬が壊れるのも考えず、憑りつかれたように鞭を叩いている。

 珪西の騎馬が、曹家軍の射程に入る前に、2頭の騎馬が近づいてきた。

 

 珪西は、左右から近づく騎馬に見向きもしない。

 右から近づく騎馬には、灰色の外套を羽織った冒険者が乗っていた。

 その冒険者は、珪西が走らせる騎馬に馬を寄せる。

「燕珪西。助太刀する。私はレイラ。虹の王・・・いや、楊慶之の仲間だ。」

 何かに憑りつかれたような珪西は、レイラの声でやっと、自分の騎馬と並走している馬に気づいたようだ。


「あ、あの・・・。」

 珪西は、必死に隣で並走する冒険者が誰かを思い出そうとした。

 そう言えば、楊慶之の仲間に灰色の外套を着た女性がいた。

 確か、副官の梁玉景が神級魔力の相当の騎士だと言っていた、珍しい耳長族の均整のとれた美しい女性を覚えだした。

「ありがとうございます。レイラ殿。ですが、助太刀は無用です。危ないので下がってください。ここからは私の意地で進みますので。」


「心配無用。私は強い。」

 レイラは、珪西と並行して騎馬を走らしている。


 反対の左側からも黒の外套を着た騎馬が、珪西の騎馬に近づいてきた。

「珪西殿。俺も、貴殿を守らせてもらう。」

 

 珪西は声のした方を振り向くと、そこには良く知った顔があった。

 敵である曹家軍の筆頭将軍だ。

「貴殿は・・・李剣星将軍。なんで敵のお前がここにいる。」

 珪西は、右手に持った剣を剣星に向けて構える。


「ま、待ってくれ。俺は兄貴に、いや燕荊軻殿に頼まれたんだ。珪西殿に伝言を伝えりようにと。それを伝えに来た。」


「そんな話を簡単には信じられませんが。」

 珪西は警戒を緩めない。

 今にも剣を李剣星に振り下ろしそうな目で彼を睨みつける。


「本当だ。10年前に『死海の森の戦い』で、荊軻殿と貴殿の兄の穆珪臣殿に命を救われた。それに、今は曹家軍の将軍ではない。楊慶之殿の配下だ。貴殿の邪魔はしない。いや、貴殿を守る為にレイラ殿に付いて来た。」

 珪西は、隣を並走するレイラの方を振り向いた。


「この男は嘘は言っていない。それに、心配するな。もし、この男が何か怪しい動きをしたら、私が殺す。」


「まあ、レイラ殿がそこまで言うなら、邪魔をしないなら勝手に付いてきてください。私は止まりません。荊軻様の処へ。必ず荊軻様の処へ行きます。荊軻様だけを逝かせるわけにはいきませんので。」

 珪西は騎馬に鞭を入れた。

 馬もすでに相当足にきている。ただ、珪西の想いが馬に伝わっているのか、足の速さは衰えない。


「勝手にさせてもらう。」

「俺も、勝手に付いて行かせてもらうぞ。」

 レイラと李剣星が珪西の左右に騎馬を平行させて走らせていく。


 前方には、一列に並んでいた魔法兵が魔弾銃の照準を合わせて待ち構えている。

 魔弾銃の射程距離に入ると、一斉に魔法兵が魔弾銃の引き金を引いた。

 ――ダン、ダン、ダ、ダ、ダ、ダッ・・・・・・


「無駄だ。」

 レイラが結界を張った。

 魔弾銃の魔弾が、赤い結界にぶつかって弾かれていく。


 「《赤の結界》ですか、やはり、レイラ殿は神級魔力の持ち主ですか。」

 玉景の《認識》魔法は正しかったようだ。

 彼女は楊慶之殿の仲間はほとんどは神級魔力の騎士だと言っていた。

 雨のような魔弾をモノともせず、3騎の騎馬が曹家軍に近づいていく。


 次に待ち構えるのは大きな盾だ。

 曹家軍の兵が、大きな盾を並べて壁のような陣を作っている。


「レイラ殿。次は俺がやる。結界を消してくれ。」

 李剣星が剣を抜いて、騎馬を前に走らせる。

 レイラが結界を消すと、大きな盾を並べる歩兵に向かって突進した。

 李剣星は自分の剣に魔力を籠める。

 そして、盾を並べる曹家の歩兵に向かって、魔力を籠めた剣を振った。

「《風破剣》!」

 剣の先から風魔法の鋭い風圧が放たれた。

 風圧を細く鋭利に圧縮すれば、城壁に穴をあけるほどの威力に変わる。

 だが、剣星は風圧を圧縮せずに、大きな風圧のままで盾を持った歩兵にぶつけた。すると、盾を持って壁を作っていた歩兵が吹き飛ばされた。


「これで、道が出来た。」

 李剣星は、盾の壁を吹き飛ばすと、今度は剣で柵を切り倒していく。


「あ、ありがとうございます。助かりました」

 珪西は、李剣星の風魔法の威力を見て驚きながら聞いた。


「これくらい当然だ。珪西殿の兄に大きな恩がある。それに、兄貴、いや荊軻殿にも珪西殿を頼まれていたからな。はやく、兄貴の処へ行ってくれ、この場は俺が引き受けた。」

 吹き飛ばされた兵や、近くの兵が近寄って来る。

 李剣星はフードを深く被り直して、顔が見えにあようにして、曹家兵の歩兵を倒していく。さすがに、知った顔を倒すのは気が引けるようだ。


「頼むぞ、李剣星。」


「おう、レイラ殿も珪西殿を頼む。必ず、兄貴の処へ送り届けてくれ。」


「大丈夫だ。私は楊慶之と珪西を守る約束をした。私は約束を守る。必ず、生きて連れて行く。」

 レイラは、李剣星に告げた。


 李剣星は申家軍の砦で、慶之たちに敗北して捕虜になっていた。

 そこで、彼は曹家領内の道案内にさせられていた。

 慶之が、羅家や魏家の砦へ行く道が分からなかったからだ。

 その道中で、李剣星は陽花に再戦を挑んだのが、返り討ちにされたりして、いつ間にか慶之や仲間たちと打ち解けていた。

 その内、李剣星は慶之が荊軻を救出すると聞いて、仲間に加わると志願したのであった。

 

 ただ、陽花は李剣星が仲間になることに反対した。

 曹家に恨みを持つ陽花は、曹家の将軍が許せなかったのだろう。

 そこで皆で話し合いを行って、李剣星を陽花の配下にすることにした。

 陽花には配下にして、李剣星が仲間に相応しいかどうか観察するように言った。

 彼女は中々同意しなかったが、慶之や桜花に言われて渋々了承した。

 剣星も、陽花の家族を曹家軍が殺した事に含む処があったのだろう。

 本人も、陽花の下で働く事に納得したのであった。


 レイラの結界が珪西を守り、剣星の風魔法で曹家軍の兵を蹴散らしていった。

 着実に、珪西は荊軻に近づいている。

 もう直ぐ、荊軻の姿が目に入る頃であった。


 * * *

 曹家軍 岑将軍


 鎧騎士たちの魔弾砲の魔力充填は終わっていた。

 いつでも、魔弾砲が放てる状況である。

 鎧騎士は、魔弾砲が着弾した後の爆風の衝撃を恐れて、少し距離を取っている。

 そして、荊軻が先ほどまで吊るされていた棒を囲むように配置されていた。

「ほう・・・これは、凄いな。」

 慶之は周りを囲む鎧騎士を見回して、溜息を上げた。

 さすがに、6m級の巨体の鎧騎士が300騎も整然と並ぶと見ごたえがあった。


 慶之は感心していると、目の前の鎧騎士が声を上げた。

 岑将軍も鎧騎士に搭乗していた。

「全騎、魔弾砲を構えろ。」

 ――ドン、ドン、ドン、ドン。

 銅鑼の音が鳴り響く。

 処刑が失敗して、何が起こったのかざわついていた民衆の視線が処刑場に向いた。

 岑将軍の掛け声で、300騎の鎧騎士が一斉に魔弾砲を動かした。

 照準を中央にいる燕荊軻と慶之に合わせる。


「来るか・・・。」

 慶之は、周りを見回す。

 鎧騎士の魔弾砲が全てこちらを向いているのを見て、少しは表情を険しくした。


 「さすがに、300騎は壮観だな。」

 結界を重ね掛けしていく。

 今回は、一番外側に魔力を無効化する結界の《絶対領域》を展開する。

 そして、内側に物理結界の《虹の結界》を3枚張った。

 絶対領域を一番外側に展開したのは、威力を検証する為だ。

 前回の赤龍戦では、赤龍の《爆轟》の威力に焦って、絶対領域の結界の威力が良く分からなかった。今回は《絶対領域》の結界の効果を検証するつもりだ。

 結界を張りながら同時に、治癒魔法を発動して荊軻の治療も行っている。


「これは、終わったな。」

 荊軻の方は、曹家の鎧騎士に囲まれて覚悟を決めたような表情だ。

 

「慶之殿。そういえば、貴殿はいつの間にかこの場に現れたが、もしかして《瞬歩》の魔法が使えるのか。」


「ああ、使えるな。」


「そうか、なら、まだ間に合う。ここから《瞬歩》で逃げてくれ。」

 たしかに、『瞬歩』魔法なら、少し離れた場所に移転すれば、この一斉射撃から逃れられる。わざわざ、結界を張って攻撃を待つ必要は無かった。

 だが、『瞬歩』で移動できるのは慶之だけなので、荊軻を救おうとすると、やはり『結界』しかない。


「いや、俺はここに残る。試したい結界があるからな。」


「慶之殿、貴殿は死ぬつもりか。」

 完全に、荊軻はこの場で慶之と一緒に死ぬと思い込んでいる。

 慶之は、自分の力を説明するのに疲れたのか、彼の言葉を聞き流した。


 前方の演壇の上では、曹伯爵がニヤリと笑う。

 陽花がその表情を見て、頭を掴む握力に力を籠める。

「うっ、い、痛いではないか。力を緩めろ!そうでないと、お前たちの仲間と荊軻は死ぬぞ。儂を解放するなら、岑将軍に処刑を止めるよう命令しても良いが、どうする。小娘。」

 先ほど、岑将軍が演壇を見た時は、曹伯爵は演壇の端に吹き飛ばされていた。今は演壇の真ん中で、処刑場を見ている。

 

 陽花は曹伯爵の言葉が気になって、静香に顔を向けた。

「あら、あなた、まだ自分の立場が分かっていないもかしら。あなたは自分のカードに自信を持っているようだけど、おめでたいわ。あなたの鎧騎士が、私たちと交渉ができるカードと思ったら大間違いよ。せめて、赤龍の《爆轟》の威力ぐらいじゃないと、検討の土台にも上がらないわ。論外ね、100万年早いわ。」

 静香がいつもと違う低いトーンで、伯爵の申出を却下した。

 

「な、生意気な冒険者だ。何が、赤龍だ。お前は馬鹿じゃ無いのか。なんで赤龍と鎧騎士を比べるんだ。意味が分からん。」


「あら、生意気なのはどっちよ。私は大聖国の王族よ。たかが大陳国の伯爵風情が私に生意気な口を聞くんじゃないわよ。それに、あそこにいる楊慶之は赤龍を倒した男よ。あなた達の鎧騎士の攻撃なんか目じゃないわ。」

 静香は冷ややかな目で伯爵を見降ろした。


「な、なに・・い、痛たたたた・・・止めれてくれ。止めろ・・・・。」

 伯爵は言い返そうとしたが、また陽花が伯爵の頭を掴む指に力を入れると、伯爵は泣きそうな声を上げた。


「さすがです、慶之様。それに、静香様もかっこいいです。」

 話を聞いていた陽花は、指に力を入れながら、感心した表情で静香を見つめる。

 静香は今の自分の口調が陽花に伝染するかもと考え、ちょっと焦った。


「ほら、陽花。そろそろ始まるわよ。それと、私の口調を真似したらダメよ。絶対、慶之に怒られるから。」


「なんで、ですか。」


「まぁ~、そうね。私としたことが、ちょっと行儀の悪い言葉だったかな、おほほほほほ。それより、そろそろ始まるわよ。」

 静香が強引に話を終わらせた。

 陽花は首を傾げて、動き出した鎧騎士たちに集中する。

 これから始まる戦いに思わず気が昂って、伯爵の頭を掴む指に力が入る。


「い、いたたたた、痛いぞ、小娘、頭が痛い!」

 伯爵は堪らず悲鳴を上げたが、陽花の耳には入っていなかった。


「照準を合わせろ!」

 岑将軍の鎧騎士の腕が上がる。

 腕の動きに反応して、一斉に鎧騎士の視線が燕荊軻と慶之に向かった。

 辺りが静かになった。

 この処刑場に集まっている民衆も、そして処刑場の曹家軍の兵も静まり返る。

 静寂が周りを支配する。

 岑将軍が右上でを水平におろした。


「撃て!一斉射撃だ。荊軻と冒険者を消し炭にしろ!」


 ――ズガーン、ズガーン、ズドーン、ズガーン。

 ――ズガーン、ズガーン、ズドーン、ズガーン。

 耳をつくような音が鳴り響いく。

 一斉に魔弾砲の引き金がひかれた。

 魔弾砲から、放たれる砲弾の音が鳴り響いた。


 「・・・・・・・・・・・・・。」

 だが、音がしない。

 魔弾砲から放たれた砲弾が着弾する時の音が聞こえない。


 砲弾が魔弾砲から放たれて、荊軻の向かって飛んでいく。

 荊軻の周りには虹色の結界が張られている。

 その結界に、砲弾が着弾すると、大きな音が鳴る。

 300発の砲弾が結界に着弾したら、それは大きな音が鳴る。耳をふさがないと、鼓膜が破れるんではないかという音が鳴り響くはずだ。


 だが、——スゥっと消えた。

 砲弾が結界に近づくと消えてしまったのだ。

 一発だけではない。

 全ての砲弾が結界に触れると『——スゥっと』消えた。

 聞こえるはずの、砲弾の着弾時の爆音が聞こえなかった。


 無音になった。

 砲弾が発射される時だけ音は聞こえたが、その後は不思議に静寂になった。

 激しい爆音を予想して、耳を押さえる準備をしていた観衆は驚いた。

 なにが起きたのかと、群衆は処刑場を凝視する。

 だが、何も起きていなかった。

 全ての砲弾が『——スゥっと』消えていくだけだった。


「ど、そうしたんだ。何が起きている。」

 静寂を破ったのは、岑将軍の声であった。

 岑将軍も着弾の音を予想して、耳を押さえていたが、一向に着弾の音がしない。

 それどころか、砲弾が目の前で消えてしまった。

 全く予想できない現象に目を疑った。

 まだ、魔弾が結界に着弾しても、結界が硬くて破れない状況なら理解できる。

 だが、全ての砲弾が『消える』状況は理解できなかった。


「おい、何が起きた。分かる者はいるか。」

 岑将軍は周りの副官や騎士に尋ねるが、皆、「分かりません。」という答えしか返ってこない。

(どうした・・・。いったい何が起きた。まさか、これも趙嘩照の、あの女狐の所業か)

 岑将軍は、自分の理解できない状況は全て趙嘩照に結び付けて考えた。

 というか、それしか考えつかないからだ。

 どう動いて良いか分からなくなり、再び伯爵を探して、演壇に視線を向けた。

 すると、今度は伯爵の姿が見えた。

 見えたのは、伯爵が何者かに頭を掴まれた姿であった。


(な、なに。伯爵まで、女狐に捕まっただと・・・。女狐め、どうやって、あの警備や結界を破ったんだ・・・。やられた・・・。全てがこちらの想像を上回ってきた。さすがは、蔡辺境伯という処か。)

 岑将軍は全ては趙嘩照と、その主人の蔡辺境伯の仕業だと思い込んでいる。

 辺境伯の力がこれほどのモノだったかと驚いて、その場に座り込んでしまった。


 驚いているのは伯爵も同じだった。

「な、なんだ。何が起こった。お前たち、何をした。魔法か・・・」

 伯爵は、魔弾砲の砲弾が消えるのを見て唖然とした。

 頭で、何が起きたのか必死に考えるが、喚くだけで理解できない。

 砲弾の数は300発である。

 それが、消えたのだ。結界で防御したようには見えない。(本当は結界で防御したのだが)ただ、消えたのだ。

 そして、処刑場では荊軻も慶之も無傷だ。

 荊軻が驚いた表情をしているのが見える。そして、なぜか体調が回復していた。


「だから、言ったでしょ。禿げ頭さん、あなたの鎧騎士なんて、慶之の前では無力なのよ。赤龍を上回る力を持った鎧騎士でも連れてこなきゃ、敵わないわよ。」

 静香は嬉しそうに、伯爵に話していた。


 だが、伯爵はただ茫然としていた。静香の言葉なんて耳に入っていないようだ。

「なぜだ、なぜ、砲弾が消えるんだ・・・そんなこと、有り得ない。」

 ぶつぶつと、処刑場を見つめながら独り言をつぶやいていた。


 *


 驚いていたのは、岑将軍や伯爵だけでは無かった。

 珪西は騎馬に鞭を入れ、その荊軻の元へ馬を走らせていた。

 左右のレイラと李剣星がガードしながら、珪西と並走していた。


 その時だ。

 ――ズガーン、ズガーン、ズドーン、ズガーン。

 ――ズガーン、ズガーン、ズドーン、ズガーン。

 砲弾が放たれる音が鳴り響いた。


「荊軻さまあああああぁぁぁぁぁあああ!」

 その音を聞いた珪西は悲鳴を上げるように荊軻の名前を叫んだ。 

 もう少しで処刑場に着くという位置から、音のする方向を見ると鎧騎士の一斉射撃を行っている。

 珪西が口に出した荊軻の名前を呼ぶ声が、上書きされるように魔弾砲の音が鳴り響いた。地面が揺れるんじゃないかと思うほどの音だ。

「荊軻さまあああああぁぁぁぁぁあああ!」

 珪西は自分の叫び声で、砲撃の音を搔き消すように悲痛の声を上げている。

 珪西は騎馬を止めた。そして、馬から降りた。


「どうした。燕珪西。なぜ、止まる。」

 レイラが騎馬を止めて、珪西を守るように馬を寄せた。


「終わりです・・・。もう、終わってしまったんです。もう、意味がないんです。」

 珪西は、腰から剣を抜いた。

 そして、自分の首に向けようとする。


「まて。珪西。」


「止めないでください。レイラ殿。もう良いんです。荊軻様がこの世にいないなら、生きていても仕方がないんです。荊軻様の後を追います。」


「燕荊軻は、本当にこの世にいないのか。」


「そうです。あの魔弾砲の音をレイラ殿も聞きましたよね。あの魔弾砲は全て荊軻様に向けられたに違いありません。あれだけの砲弾で攻撃されて生き残れるのは無理です。」


「珪西。おかしい、音は聞こえない。」


「魔弾砲の音は確かに聞こえました。あれだけの大きな音が、レイラ殿のその大きな耳に入らなかったのですか。」


「私が言っているのは違う。着弾の音がしていない。着弾の爆風もない。」

 レイラは首を傾げる。


 隣で話を聞いていた李剣星も気づいたようだ。

「珪西殿、レイラ殿の言う通りだ。確かに魔弾砲の砲撃の音はしたけど。着弾した時の音は聞こえていない。それに、着弾した時の爆風も吹いていない。兄貴・・いや、荊軻殿が死んだと決めつけるのは、まだ早いぞ。」

 実は、李剣星も荊軻が死んだと思いこんで落ち込んでいた。

 だが、レイラの言葉を聞いて、気持ちを取り戻した。


「レイラ殿や李剣星殿はいったい何を言っているのですか。砲撃をしたのに、着弾しないとか。そんな事があるのですか。」


「ある。楊慶之なら、ある。そして、そろそろ楊慶之の仲間の番がやってくる。」

 レイラは慶之のいる処刑場を見つめた。


 *


「楊慶之殿。これは一体どういうことなんだ。」

 この処刑場の中で、一番驚いていたのは燕荊軻だ。

 鎧騎士の一斉射撃の音を聞いて死んだと覚悟していた所、砲弾が空中で消えてしまったのだ。訳が分からない。


「ああ、これは結界だ。魔力を無効化する《絶対領域》という結界。この魔法で、荊軻の首輪や手枷も魔法を無効化して外したんだ。けっこう便利な魔法だ。」

 慶之が何でもないように答えた。


「魔力を無効化する魔法?そうか、それで魔弾の魔力を無効化したのか。」


「まぁ、そう言う事だ。さっき、手枷の鍵の魔法や、『奴隷の首輪』の鍵の魔法を無効化したのもこの魔法だ。」


「そ、そうなのか、凄いな慶之殿は。」


「そんな事は無いが、受け身はこれくらいで良いか。さ~て、今度は、こっちの攻撃の番といくか。」


「楊慶之殿、ここから逃げるんじゃないのか。」

 荊軻は治癒魔法の治療で体調はだいぶん良くなっていた。

 鎧騎士相手に戦うのはさすがに無理だが、逃げる体力は回復したようだ。

 曹家軍の砲弾が消滅して動揺している今が、ここから逃げるチャンスだった。


「いや、逃げないぞ。さっきも言った通り、俺はこの曹家領を占拠にきたんだ。これから、曹家軍を壊滅させて、曹家領を頂くとしよう。」

 慶之はそう言うと、目を閉じて、念話で仲間たちに指示を出した。

 

「さぁ、これから始まるぞ。」

 慶之がそう言うと、曹家軍の鎧騎士を指差した。

 すると、慶之が指差した曹家軍の鎧騎士が倒れ始めた。

 一気に4、5騎の鎧騎士が倒れ始めた。というか、いつ間に迦手足と首が斬られて仰向きになった亀のように動けない状態で地面に転がっていた。


「楊慶之殿、いったい何が起きた。」

 荊軻は突然、曹家軍の鎧騎士が倒れたと思ったら、手足と首が切断されていた状態だったので驚いた。


「ああ、あれは、俺たちが攻撃を始めた。目を凝らして良く見てくれ。」


「あ・・・、確かに桜色の鎧騎士・・・専用機か、専用機が動いている。」

 荊軻は目に魔力を籠めてじっと、慶之が指さす方を見つめると、そこに専用機が動いているのが分かった。

 魔力操作の上手い荊軻が目に魔力を籠めて見て、やっと目で追えるほどの速さで動いている。


「あの専用機は俺たちの仲間、桜色は姜桜花の専用機だ。彼女は《神速》魔法の使い手で、早い速度で動くことが出来る。それで、曹家軍の鎧騎士を亀切りにしているんだ。」

 荊軻は、慶之が《神速》魔法と言ったのを聞いて合点がいったようだ。


「あれが、《神速》魔法か。聞いた事はあったが、神速魔法の使い手は初めて見た。たしか、あの魔法は神級魔力の持ち主でないと使えない魔法のはずだが。」

 荊軻が納得したような表情で桜花の動きを見ていた。 

 桜色の専用機によって、曹家軍の鎧騎士は何が起きたか気づかない内に手足と首を斬られて、地面に転がされている。


「す、すごいな・・・でも、なんで手足と首を切断するような倒し方をするんだ。あれでは、手間が増える。ひと思いに、体を切断してしまえば良いじゃないのか。」

 荊軻は桜花の専用機の動きに感心しながらも、わざわざ手足と首を斬り落とす倒し方に首を傾げる。確かに、相手が300騎もいるのに、あの倒し方では手間だ。


「ああ、あれは亀切りと言って、敵の鎧騎士を戦闘不能にする倒し方なんだ。荊軻の言う通り、確かに手間はかかるが、魔石を壊さずに回収できる。それに、操縦者も捕虜にできるからな。」

 慶之が亀切りを教えながら、わざわざ亀切りで敵を倒す理由を説明した。

 『亀切り』とは桜花が命名した倒し方だ。手足と首を切断すると、仰向けになった亀のように動けなくなる。見た目が仰向けの亀のようなのでそう命名したのだ。


「倒した鎧騎士の魔石を回収するのか・・・。」

 荊軻は驚いた。

 今までの荊軻には無かった発想だったからだ。

 なぜなら、魔石を壊さないように相手の鎧騎士を倒すのはよほどの力量差がないと出来ない。

 攻撃範囲を特定して敵と戦うのは、難しいのだ。

 両手を斬り落としても、更に足や潰すとなると敵を倒すのに手間も増えし、反撃もされる。左手を斬り落としている間に、右手で攻撃を受けるかもしれない。

 胴体であれば、斬り裂いて終わりだ。それで、相手は戦闘不能。

 的として攻撃範囲が広がるし、反撃もされない。手数も一回急所を突けば良い。

 魔石は砕けるかも知れないが、余裕の無い戦場ではそれが普通の倒し方だ。

 

 だが、『亀切り』で敵を倒せば、確かに魔石を回収できるメリットはある。

 敵の鎧騎士の魔石が回収できるのは大きい。

 鎧の素材となる魔石が中々手に入りにくい中、非常に大きかった。

 敵を一騎倒すだけでなく、同時に味方を一騎作り出す事に繋がるからだ。

 それだけ価値が高くても、命のやり取りが行われる戦いの中で、よほどの鎧騎士同士の力量差が無いと出来ない戦略であった。

「凄いな・・・慶之殿の仲間の専用機の力は。」


「鎧を増やす。その為には魔石が必要だからな。」


「鎧を増やす?」


「そうだ。俺たちは、蔡辺境伯を倒す。その手始めに曹家領を治める。その曹家領を守る為に鎧騎士は必要だ。だから、鎧を増やす。何か、おかしいか?」

 慶之は『蔡辺境伯を倒す』と口に出した。


「いや、おかしく無いが・・・。」

 そうだ、確かに慶之のいう事はおかしくない。

 荊軻も鎧騎士が無いため、曹家軍と戦うのに苦労したので、鎧の重要性は理解している。だが、理解していても、魔石を壊さずに敵の鎧騎士を倒すのは狙って出来ない。

 だが、もし、それが狙って出来るのであれば、楊慶之殿の軍は戦う毎に戦力を増強できる。普通なら、戦う毎に戦力が疲弊していくのが逆転するのだ。

 楊慶之殿は、本当に蔡辺境伯を倒すつもりのようだ。曹家領を占領するのは、慶之の言う通り、拠点づくりに過ぎないのかもしれない。


「それで、あっちの赤の鎧騎士が仲間の趙麗華だ」

 荊軻が考え事をしていると、今度は別の専用機を指差した。

 指の方向の左側に目を移すと、赤い鎧騎士の専用機が戦っている。

 右手に魔弾銃を持って、曹家軍の鎧騎士を連射していた。


「なんだあの威力は・・・。なぜ、魔弾銃で鎧騎士の装甲を貫ける?」

 荊軻が驚いたのは、魔弾銃の威力だ。

 魔弾銃の魔弾では鎧騎士の装甲を貫く事ができない。

 本来、歩兵を倒す為に使う武器だ。

 鎧騎士を倒すには威力の強い魔弾砲だを使うのが常識だ。

 それを、赤色の専用機は、魔弾銃で敵の鎧の装甲を貫いて倒していた。

 魔弾銃だから、当然に連射はできる。

 しかも、周りは敵だけなので気兼ねなく魔弾銃を連射している。

 おかげで、手足の装甲を貫かれて仰向けの亀のような鎧騎士が量産されていた。


「あの魔弾銃は企業秘密だな。まぁ、荊軻だから教えるが。俺たちには強力な鎧職人と武器職人がいる。蔡家、大陳国の王軍より、鎧も武器も性能が良い。」


「それは、本当なのですか、慶之殿。」

 荊軻の驚きは大きかった。

 もし慶之の言った事が本当なら、魔石と素材があれば最強の戦力を作り出せる。

 本来、鎧を作れるのは王国の直属の職人だけだ。

 そして、優秀な武器職人も王国が独占している。だから、王国軍は強かった。

 だが、もし王国より優れた鎧職人と武器職人を抱える勢力があれば、その勢力が最強になる。王国軍を倒すこともできる。

 それで、もし強い魔力階級の騎士がいれば無敵だ。天下が獲れる。

 荊軻は戦慄を覚えた。


「ああ、本当だ。あの、赤い専用機は、赤龍の魔石で作っている。それに、あの赤い鞭の赤髭鞭は、赤龍の髭で作った。曹家軍の鎧騎士など歯牙にかけない。だから、魔石を壊さずに、あれだけの鎧騎士を単独で倒せるんだ。」

 確かに、目で追うのがやっとの速さで動く桜色の専用機は一騎ですでに30騎以上の鎧騎士を倒している。赤色の魔弾銃を持った専用機も同じだ。

 たった2騎で数分しか経っていないのに、60騎近いの鎧騎士も倒していた。


「・・・・確かに、そうだが。」

 荊軻は戦場を見て唖然とした。


「それと、もう一騎いるぞ。あの鎧騎士は虞美麗だ。」

 慶之が指さす方向で、槍を持った紺の専用機が戦っていた。

 手に持つ槍は普通の大きさでは無かった。

 5m近くの巨大な槍で、ひと振りで3騎の鎧騎士を戦闘不能にした。

 その全てが、鎧騎士の足が切断されて動けなくなっている。

 慶之の仲間の2騎と同じで、倒された鎧騎士の魔石は壊れていなかった。

 そんな亀のような敵の鎧騎士がいたる所に転がっていた。

 慶之の仲間が現れて、10分程度しか経っていない。その10分程度の時間で曹家軍は3割ほどの鎧騎士を失っていた。

 いくら奇襲を仕掛けたとはいえ、あの3騎は強すぎる。


「慶之殿。あの3騎の専用機は何なのですか。神級魔力の騎士なのですか。」

 荊軻が驚いた口調で聞いた。彼は将軍として何度も戦いに臨んだことはあったが、あの3騎のような強さを発揮する専用機は見た事が無かった。


「あの3人はさっきも言ったが、姜桜花、趙麗華、虞美麗。神級魔力は1人。あと2人は王級魔力だが、その2人もあと少しで神級魔力に昇華する能力値だ。」


「趙麗華に、虞美麗・・・。もしかして趙伯爵家の趙麗華殿。それに、虞男爵家の虞美麗殿ですか。」

 荊軻は思い出したようで、麗華と美麗の実家を知っていた。


「そうだ、知っているのか。」


「まぁ、あの2人は、『姫将軍』と『槍姫』の2つ名で有名ですから。ですが、あの2人が、ここまで圧倒的な強さとは知りませんでした。」

 荊軻は、赤の専用機と、紺の専用機の戦いに目をやった。

 確かに、今までの麗華や美麗ならここまでの力は発揮できない。たぶん、今戦った力の半分も発揮できないだろう。

 それだけ、2人の鎧騎士の性能が段違いに良いのだ。


「これで、俺たちの鎧や武器の性能の良さは分かったか。まぁ、3人の場合は力もあるが・・・。やはり、鎧の性能が3人の力を最大限に引き出している。それと、あの演壇の上で、曹伯爵を捕まえているのも俺たちの仲間だ。」

 慶之が前方の演壇の上を指差すと、曹伯爵が何者かに頭を掴まれていた。


「えええええ・・・・・あれは、曹伯爵ですか。」

 荊軻は目を疑った。

 今まで、魔弾砲の砲弾が消えたり、急に現れた3騎の専用機の戦いに目を奪われて、前方の演壇の上には注意が回っていなかったが、あれはまさしく曹伯爵だ。


「そうだ。まぁ、曹伯爵を捕まえた段階で、勝負はついていたんだが。敵の鎧騎士の魔石を回収する必要があったからな。それに、俺たちの力を荊軻や羅元景に見せる為のデモンストレーションの意味もあったな。」

 桜花はともかくとして、麗華と美麗はあともう少しで神級魔力に昇華しそうなので戦いたがっていたのだ。


「デモンストレーション?それは何ですか。」

 前世の言葉をつい使ってしまった。


「いや、こっちの話だ。まぁ、これで荊軻も俺たちの力を分かったはずだ。専用機の性能、3人の優秀な騎士。そして、俺の魔法。他に神級魔力が3人いる。鎧も相当の数は揃えられる。どうだ、俺が蔡辺境伯を倒すというのが、あながち嘘ではないのは分かってもらえたか。」


「・・・そうですね。今日は本当に驚いてばかりです。ですが、慶之殿が言っていることが嘘無い事は分かりました。そして私は本当に助かったんですね。」

 荊軻は、慶之が言っていた言葉を理解した。

 そして、死を覚悟していた自分がまだ生きられると思うと、嬉しくて涙が出そうであった。


 *

 ここにも、目の前の状況が理解できない人間がいた。

「な、なによ。范令。これは、どういうことよ。一体なにが起きたの?」

 目の前の光景を見て、喚(わめ)いているのは、趙嘩照である。

 隣の范令の肩をバンバン叩いている。


「そんなの俺にも分からねえよ。なんだ、ありゃ、なんで砲弾が消えるんだよ。それに、あの専用機はなんだ、たった3騎で曹家軍の鎧騎士を全滅させる勢いだぞ。」

 范令は、呆れた表情で処刑場を見ていた。

 目で見えない速さで、何かが鎧騎士を倒している。

 まるで強い風に押されているように、バタバタと曹家軍の鎧騎士が倒れていく。

 そして、倒れた鎧騎士は手足と首が切断されて、仰向けになって動けない。

 まるで仰向けになった亀のようになって地面に転がっていた。


「いったい何が起こったのよ。雨のように注いだ砲弾を消しちゃったのよ。なに、それ。そんな魔法、聞いた事がないわ。そんなことが出来るのは始祖様ぐらいでしょ。それに、あの3騎の専用機も何者?いったいどうなっているのよ。」

 趙嘩照は、何が起こっているか分からない状況に怒っている。


「そんなの分かんねえよ。ただ、ありゃ、間違いなく神級魔力の騎士だ。ということは、奴らはよそ者だ。この国の神級魔力の使い手は9人。その内、この戦場にいるのは、あそこで戦っている羅漢中ただ一人だ。それに、あんな専用機は見た事がねぇ。この国のモノじゃね、間違いなく他国の連中だ。」

 范令は、蔡辺境伯に言われて優秀な人材を探している。

 当然、大陳国の神級魔力の使い手は全て頭に入っている。

 その中で、たった3騎で曹家軍を壊滅まで追い詰める力を持った騎士は数人しかいない。だが、その数人はこの場にはいなかった。

 それなら、この国以外から来た者としか考えられない。


「300発の砲弾を消したのは、きっと魔法よ。でも、そんな魔法は聞いた事がないわ。こんな魔法が使える人間がこの国にいるはずないわね。確かに、他国の人間の可能性が高いわ。でも、どこの国がこんな事を・・・。」


「・・・さっきの専用機の騎士が3人。それに魔法使いが一人。すると、神級魔力が4人。神級魔力の使い手を4人も、こんな伯爵領に送り込む国か・・・。おい、おい、そんな国あるわけねえぞ。」

 范令が言うのも無理はない。

 神級魔力の騎士は、国にとって最高戦力である。

 もし、4人もの神級魔力の騎士が国から離れたら、その隙を他国に襲われる可能性もあるし、それに万が一、神級魔力の騎士が他国で倒されたら大変だ。

 しかも、たかが伯爵領のいざこざだ。そこに神級魔力の使い手を4人も差し向ける国など有るはずが無い。


「そんなの知らなわよ。それより、あああ・・・私が蔡辺境伯から借り受けた鎧騎士がやられていくわ・・・。頼むから、止めて頂戴。」

 3騎の専用機に倒されている曹家軍の鎧騎士の3分の2は趙嘩照の鎧騎士だ。

 正確には、 趙嘩照が蔡辺境伯から借りた鎧騎士だ。

 その鎧騎士が破壊されている姿を見て悲鳴を上げて泣いている。


「おい、おい、待てよ、嘩照。こんな話、つい最近もしたよな。」


「つい最近?そんな話しましたか。」


「ああ、したぜ。この前、お前と呂照花と俺の3人で廃村も家に集まった時だ。」


「あ、集まりましたわね。思い出しました。」

 趙嘩照も思い出した。

 そう言えば、あの夜、廃村の寂れた家に集まった。

 確か、その時、屋根裏に忍び込んだ間者がいた。

 あの厳しい警備を掻いくぐって、気づかれずに近づいた間者を、結局のところ趙嘩照たちは見つけられなかった。

 あの時、この国の者とは思えない間者の技量に感嘆したのだが。今回も同じだ。


(もしかしたら、あの時の間者と、今曹家軍と戦っている連中が繋がっているんじゃ・・・。こんなの偶然じゃあり得ない。間違いなく繋がっている。すると、なに者かが、4人の神級魔力の使い手だけじゃなく、間者まで送ってきたった?・・・でも、それだけの力を持った国か、勢力がなぜ、曹家領を襲うのかしら?)

 優秀な間者。信じられない力を持つ魔法使い。それに、凄腕の神級魔力の騎士3人と専用機3騎。これだけの力を、たかだか伯爵領の攪乱に費やす国があるのか?

 結論から言うと、そんな国は無い。

 そもそも、それだけの戦力を持つ国が少ない。その中で、曹家領に加入しようとする国や勢力など、趙嘩照には想像もつかなかった。


「趙嘩照、それで、これだけの戦力を派遣した国がどこの国か分かるか。」


「分かりませんわ。まったく、検討もつかないわよ。」


「そうだな、あの特殊な魔法を使う魔法使い。優秀な間者も、どこの国の者か全く分からねえな。分からねぇモノは仕方がねぇ。とにかく、蔡辺境伯にこの情報を伝える事が重要だ。後は、辺境伯様が考えれば良い。」

 范令は、考えるのを止めた。

 答えが導き出せない問題を考えても無駄だと思ったからだ。


「そ、そうね。確かに、この情報を蔡辺境伯様に伝えるしかないわね。」

 趙嘩照も考えるのを止めて、頷くしか無かったのであった。


 *

 

 岑将軍は、倒された味方の鎧騎士の多さに唖然とした。

 だが、それを決して顔には出さないで、浮足立つ味方を叱咤激励する。


「逃げるな!敵はたった3騎だ。盾で身を隠して、複数騎で囲め。魔力充填が終わった鎧騎士が魔弾砲を使え!」

 岑将軍が大きな声で指示を出していた。

 曹家軍の鎧騎士が、岑将軍の指示に従って赤の専用機を囲もうとしている。

 厚い盾に身を隠して、魔弾から身を守りながら輪を縮めている。

 鎧騎士の装甲を貫く魔弾銃でも、頑丈な盾は簡単には貫けなかった。


「盾で身を隠しても、無駄よ。」

 趙麗華はつぶやくと、魔弾銃を鎧の背中にある収納庫にしまう。

 そして、2本の剣を収納庫から取り出した。

 両手に剣を握ると、盾を構えて囲むように近づいてくる鎧騎士の頭上を跳躍した。


 麗華の鎧は赤龍の素材で出来ている。

 空を飛ぶ赤龍の素材で出来た鎧の跳躍力は半端ない。

 軽く飛ぶだけで、余裕で曹家軍の鎧騎士の頭上を飛び越えたのだ。

 麗華の鎧の凄さは、防御力や攻撃力のさまざまな力をアップさせていた。

 装甲は赤龍の鱗、駆体は赤龍の骨、それに赤龍の外皮や爪などがふんだんに使われていて魔石は、赤龍の魔石が魔力が使用されていた。

 ほぼ、赤龍の素材と魔石をふんだんに使用した最強の鎧だ。

 赤龍で出来た鎧は、攻撃への耐久だけでなく、腕力、跳躍力、魔力伝導力の全てがハイスペック仕様だった。

 素材の良さに姜平香の最高の技術を注ぎ込んだ傑作である。


 麗華はその跳躍力で、曹家軍の囲いを飛び越えると、一気に岑将軍の目の前に着地した。

 気付くと、岑将軍の鎧騎士が『亀切り』の被害を被っていた。


「「「「「うわぁぁあああ、逃げろ。こいつらは化け物だ。かなう訳が無い。」」」」」

 岑将軍が倒されると、曹家軍の鎧騎士は総崩れになった。

 今まで辛うじてつなぎ留めていた糸が、岑将軍が倒されてプツりと切れた。

 鎧騎士や兵士たちが【曹陽】の城郭都市の中に逃げていく。

 一人が逃げ始めると、あっけない。誰も止める者もいなかった。

 あっという間に、曹家軍のほとんどが【曹陽】の城郭の中に消えていった。


 まだ南東と南西から近づいて来た歩兵がいたが、味方の鎧騎士が城内に撤退すると進軍を止めた。距離をとって待機している。

 南東と南西の合計2万の軍が【曹陽】を包囲している状況であった。


* 

 対する慶之たちは、今後の作戦を話し合う為に集まっていた。

 公明と美麗の従者の鍾離梅もこの場に来ている。

 公明と離梅の2人は、『姜氏の里』の鎧騎士を率いて、奴隷として捕まっている領民を救いに行っていたのだが、無事に領民を救いだしていた。

 収容所の曹家の兵は、姜氏の里の兵が搭乗した鎧騎士が200騎を見て恐れをなして、戦わずに逃げてしまった。

 奴隷として捕まえられた領民たちは、公明たちによって救い出され、《奴隷の首輪》も首から外されて解放されていた。


 ちなみに『姜氏の里』の鎧騎士は、里の治安を守る常備兵が200人が乗っている。兵士と言ってもお巡りさんのようなモノで、皆が特級以上の魔力を持っている。

 里には他にも特級以上の魔力を持つ者はいるが、常時は農業や商売などの仕事がある。非常時にだけ予備兵として招集されることがある。

 今回の曹家領の攻略は緊急時では無いので、常備兵だけが緑の鎧に搭乗して参戦していた。

 ちなみに、緑は楊家の旗の色である。

 緑の紋章が使用できるのは、王家と王家の分家である楊公爵家だけであった。

 楊公爵家が緑の紋章を使用できるのは、王家の血筋が絶えた時に、王を出す家でもあったからだ。

 

「それで、これからどうするのよ。」

 いつもは公明が打ち合わせを始めていたが、今回は静香が口火を切った。

 仲間以外には、燕荊軻、燕珪西、荊軻の副官の華将軍、珪西の副官の梁玉景も集まっていた。他にも、羅元景と羅漢中の兄弟もこの場に集まっていた。

 羅家軍は処刑場の曹家軍が城郭の中に撤退すると、申家軍に合流していた。

 皆も、この後どうするのか気になっていた。


「【曹陽】を攻略するつもりだぞ。」


「だから、どうやって城郭都市を落とすか聞いているのよ。」


「その方法を考えるのは公明の役目だ。そして、皆を集めたのは、その作戦を伝える為だ、そうだよなぁ、公明。この場でみんなに作戦を話してくれ。」


「分かりました、慶之様。これから、【曹陽】を攻略します。ここまでは、作戦通り、無事、燕荊軻殿を救出し、曹伯爵を捕らえ、曹家軍の鎧騎士を壊滅させました。ここまでは全て計画通りです。これから、【曹陽】の攻略について・・・・。」


「待ってください!楊慶之様。私を罰してください。」

 公明が作戦の話をしようとした矢先、珪西の声が公明をさえぎった。

 珪西が慶之の前に現れて、その場に跪いた。

 珪西と一緒にいた荊軻も驚いていた。

 2人はさっき、感動の再会を果たしたばかりだ。何故、罰してくれと珪西が地面に跪いているか荊軻も分からないようで、珪西を見つめている。


「私は楊慶之様との約束を破りました。にか関わらず、楊慶之様は約束を破った私との約束を守り、荊軻様を助けてくださいました。私は慶之様を裏切るという罪を犯したのです。どうか、私を罰してください。」

 珪西は頭を下に向け、首の後ろの髪をかきわけ、首筋が晒した。

 これは、この首を打てという仕草である。


「ま、待ってくれ。楊慶之殿・・いや、楊慶之様。殺すなら、珪西でなく、私を殺して欲しい。珪西が慶之様との約束を破ったのは、私を救う為だ。原因は私にある。罰するなら、私を罰してくれ。」

 今度は、燕荊軻が跪いた。

 同じように、彼も顔を下に向け首筋を晒す。


「待ってくれ。珪西、それに荊軻。俺は罰するとも何も言っていないぞ。」


「いえ、私は慶之様との約束を破りました。罰して頂かないと私の気が晴れません。」

 慌てて、慶之が手を振るが、珪西は罰してくれの一点張りだ。


「珪西。俺が珪西の元を訪れた理由を覚えているか。」


「はい。確か、荊軻将軍を配下にする為に来たと言ってしました。」


「そうだ。俺は燕荊軻を仲間にする為に申家軍の砦にいった。罰する代わりに、燕荊軻が俺の仲間になるという条件はどうだ。そうすれば、俺はまた一歩、蔡辺境伯を倒す復讐の実現に近づく。そっちの方が俺にとってプラスになる。」

 慶之は跪く2人に向かって提案した。


「・・・分かりました。この燕荊軻、慶之様に命を助けられました。その上、妻の珪西の罪も許して頂けるとの事。代償として、この命を慶之様に捧げます。この燕荊軻、楊慶之様の家臣にして頂きたい。」

 荊軻は跪いたまま顔を上げると、両手を挙げて右手の拳を、左の掌で『バシッ』と音を立てて包み込む。

「私、珪西も慶之様に命を捧げます。」

 珪西も同じように、跪いたまま荊軻と同じ仕草を行った。


「ありがとう。燕荊軻、それに珪西。2人を楊家の家臣とするよ。だが、命を賭けるとか大袈裟に考えなくて良いから。もし、俺たちの仲間になるのが嫌だったら、いつでも言ってくれ。仲間から外れてもらっても構わない。それと、俺は復讐の為に蔡辺境伯と戦う。勝てるかどうかわは分からないが、仲間は必ずを守る。俺は自分の仲間を守る為に戦う。それだけは約束するよ。」

 慶之が跪いている2人の肩に手を置いた。

「だから、よろしく頼む。」


「「はい。」」

 2人が返事をする。

 後ろに荊軻の副官の華将軍と、珪西の副官の梁玉景の2人も跪いていた。

 2人も荊軻と珪西の配下として戦うつもりのようだ。


「おい、おい。楊慶之。お前は本当に楊慶之なのか。」

 声を上げたのは羅元景だった。

 突然、慶之の名を呼んだので、周りの視線が彼に集まった。

 跪いていた荊軻は、元景が慶之を呼び捨てにしたのが面白くないのか、怖い顔で睨みつけている。


「なにを言っているんだ、元景。お前は俺のことを昔から知っているだろ。」

 慶之は、元景が何を言いたいのか分からないと言った口調で答えた。


「いや、昔のお前を知っているから、今のお前が楊慶之とは思えないんだ。俺が知っていた楊慶之は魔力を持っていなかったしな。それに、あの数の魔弾砲の砲弾を消したらしいじゃないか。あの楊慶之が、そんな不思議な魔法が使えるとか、疑うのも当たり前だろう。それに、楊家の男子は全員死んだとも聞いている。」

 羅元景が当然のように話した。

 元景の後ろには、巨体の羅漢中が睨みを利かせている。

 羅漢中は、桜花やレイラ、それに麗華たちの魔力を感じて警戒している。


「あら、あなたが羅元景。羅家の智将と聞いていたけど。口の聞き方も知らないようね。私が教えて上げるわ。」

 口を開いたのは、静香であった。


「慶之は確かに魔力が無かったけど、師匠の姜馬様の手で魔力に目覚めたのよ。それと、楊家の男子が死んだと言っているのは、蔡家軍たちでしょ。あなたは慶之の首を見たわけじゃないでしょ。それに、仮に偽物だとして、慶之の偽物になるメリットがあるのかしら。あと、あなた、昔から慶之の事を知っているんでしょ、だったら、本物か偽物かぐらい分かるわよね。」


「・・・まぁ、そうか。そうだな。確かに楊慶之の偽物になるメリットはないな。疑って、悪かった。」

 羅元景は素直に、自分の非を認めた。ただ、楊慶之の偽物になるメリットが無いと、静香と元景に言われて、慶之は少し微妙な表情をした。


「そうか、お前が本物の楊慶之なら、俺も謝らないといけないな。俺は、砦にやってきた楊慶之を偽物と決めつけ、話をまともに聞かずに追い返した。まぁ、あの場の話を信じろという方がおかしから、俺に非は無いがな。だが、勝手に偽物と決めつけた事は俺の非だ。悪かった。」


「そうか、李元景。それなら、今はどうだ。あの時、俺が話した話を信じるか。それとも、まだ、信じられないか。」


「この前、お前がした話か・・・まだ、眉唾もんだな。曹家領と秦家領を押さえて、そこを拠点として蔡辺境伯と戦うだったか・・・。正直、そんな事が可能だとは思えん。確かに慶之、お前の曹家軍を倒す力は認める。だが、蔡辺境伯は別格だ。あの男の力は大陳国のそのモノと言ってもいい。いくら慶之が強くても、一つの国を相手に戦って勝てるとは思えん。」


「まぁ、そうだろうな。だが、元景。もし俺が《火の迷宮》を攻略して、赤龍を倒したと言ったら、お前は信じるか。」


「《火の迷宮》が攻略されたと聞いたが、おい、おい、そんな事が・・・」

 元景は笑いながら、慶之の顔だけでなく、公明や、桜花たちの顔も見回す。

「本当なのか・・・まさかお前が・・・。お前が、赤龍を倒したのか。赤龍と冒険者の戦いで、地下5階層から地上まで天井が吹っ飛んだと聞いたぞ。その冒険者が楊慶之、お前だと言うのか・・・。」

 元景のニヤついていた顔が、急に真面目な表情に変わった。


「ああ、そうだ。俺が倒した。麗華の鎧の魔石は赤龍の魔石だ。それに、あの鞭も赤龍の髭で出来た赤髭鞭だ。他もに、赤龍の鱗や牙などの素材がふんだんに使われているぞ。」


「赤龍の魔石で出来た鎧だと・・・、確かにあの強さには圧倒されたが。それじゃ、本当なのか、楊慶之が《火の迷宮》を攻略したという話は。」


「だから、俺が倒したと言っている。それに、あの迷宮で倒したのは赤龍だけじゃない。あの迷宮でたくさんの魔物を倒した。神級魔物の魔石もけっこうな数がある。他にも【智陽】を襲った魔物魔石。曹家軍の鎧騎士から回収した魔石もな。」


「そうか、確かにそれだけの魔石と優秀な鎧職人がいれば・・・、それに、曹家軍の鎧騎士から魔石を回収するとは。」

 羅元景は顎に手を置いて考え込んだ。

 元景は、慶之たちの鎧騎士の倒し方を不思議に思っていた。

 鎧騎士の手足と首を切断して動けなくしていた。なぜ、そんな面倒な倒し方をするのかと違和感を持っていたのだ。

 だが、今の慶之の話を聞いて合点がいった。

「一つ聞いて良いか、楊慶之。お前の仲間に王級以上の騎士は何人いるんだ。」


「そうだな、荊軻や剣星を含めて、神級魔力以上が5人、王級魔力が4人だ。」

 元景は頭で、蔡家軍を思い浮かべた。

 蔡家軍の王級魔力以上の騎士は7人。蔡家7将軍と呼ばれている。他の貴族が味方についても十分に戦える数だ。


「それに、羅漢中が加われば・・・・十分に行けるな。」

 元景は頭の中で、情報の整理が出来たようだ。

「楊慶之・・・いや、慶之様。お前の・・・いや貴殿の話を信じる。俺と、弟の羅漢中も貴殿の配下に加えて欲しい。」

 元景は跪いて頭を下げた。

 後ろに控えていた弟の羅漢中も釣られて跪いた。

 そして、両手が高く掲げて、右手の拳を左手で『パン』と叩くような音を鳴らして、包み込む。臣下の礼をとった。

 この大陸では、臣下の礼だけでなく最大の礼はこの形で行われた。


「ああ、羅元景。優秀な人材は大歓迎だ。こちらこそ、よろしく頼む。」

 慶之は跪く2人を立ち上がらせると、手を差し出した。

 2人の兄弟は慶之の手を握り返した。

 この瞬間、羅家も慶之の仲間に加わった。


「あの、慶之様。話を進めてよろしいですか。」

 公明が申し訳なさそうに、慶之に尋ねた。

 なんとなく、切り出しづらい状況だったので、公明も遠慮していたようだ。


「ああ、進めてくれ。」


「それでは話を元に戻します。よろしいですか。」

 公明は、珪西と元景の顔に目を向ける。

 すると、2人は話の腰を折ったので、申し訳なさそうに頭を下げる。

 公明は、気にせず話を続ける。

「【曹陽】の城郭の中に閉じこもった曹家軍の残党ですが、攻略には策が3つあります。」

 そう言うと、公明は策の説明を始めた。

 上策は、曹伯爵を人質に、立て籠もる曹家の兵に城を明け渡させる方法だ。

 命は助けるが、鎧と曹家の家宝は全て置いていくことが条件である。


 中策は、城の中に潜ませている半蔵たちに攪乱を起こさせて、城門を開けさせる方法だ。半蔵たちの力なら、開門させることは容易にできる。

 問題は、城内の民に被害が出る事だが、戦いなのだからある程度の被害は仕方がない。


 下策は、城外から静香や麗華の魔弾砲で扉を壊す方法だ。

 特に、静香の魔弾砲は『聖の魔弾砲』という大聖国の宝具で、通常の魔弾砲の威力とは段違いだ。また、姜馬が作った『姜氏の魔弾砲』も高性能で、『聖の魔弾砲』の威力には微妙に劣るが、普通の魔弾砲と比べれば威力が格段に勝る。

 二人が何十発か、城門に向けて放てば、城門も破壊できるだろう。


「それで、公明はどの策を採るんだ。」

 公明の説明で内容は粗方分かった。

 当然、上策を採りたい処だが、問題は曹伯爵の出方だ。


「はい、まずは、上策の曹伯爵を人質として城門の前に晒して、降伏を促すのがよろしいかと。その方が、こちらの被害も少ないですし、この【曹陽】の城郭都市をそのまま我らの本拠として使えます。それに、曹家の兵が降伏を拒否して来たら、中策を採用し、中策がダメだったら、下策で行きたいと思います。」


「俺も公明と同じ意見だが、他に良い意見の者はいるか。」


「・・・・・・・。」

 特に誰も意見はなかった。

 これで、曹伯爵を人質にして降伏を促すことに決まった。

 曹伯爵と、岑将軍の2人を会議の場に連れてこられた。

 暴れないように、両手は後ろにして魔封石の手錠で繋がれている。


 曹伯爵はこの場に来ると、その場にいた李剣星を気づて睨みつけた。

「李剣星、なぜお前がこの場にいる?まさか、儂を裏切ったのか。儂が捕まったのは、お前が手引きした所為か。」

 大声で、伯爵は李剣星を罵った。


「うるさいぞ!禿豚野郎。」

 陽花が、騒ぐ伯爵の頭を押さえて、ドスの利いた声で脅しつけた。


「い、痛い・・や、止めてくれ。」

 伯爵はまた悲鳴を上げた。


「曹伯爵、俺は手引きなどはしていないぞ。ただ、楊慶之の旦那の捕虜になって、その後、降ったというか、まぁ、伯爵を裏切ったわけでは無いが、成り行き上、慶之殿の仲間になったというか・・・。」

 李剣星が歯切れの悪い様子で説明したが、曹伯爵は納得していないようだ。


「李剣星、見損なったぞ。お前は、儂の命令に逆らうことはあったが、裏切るような人間とは思わな・・・い、いたっ、痛い。頼む。止めてくれ。」

 曹伯爵が喚き声を上げると、陽花がまた握力を強くして、頭を締め付けた。


「ごちゃ、ごちゃ煩いぞ。慶之様、やっぱりこの禿豚野郎は殺しましょう。もう、戦いにも勝ちましたし、こいつは不要です。」

 陽花は、伯爵の頭を掴むのを止めて、薄い髪を掴み上げて顔を睨みつける。


「ひえ・・・、助けてくれ。」

 陽花に睨みつけられた、曹伯爵は怯えた表情で震えあがった。

 李剣星を睨みつけていた凄みは消えていた。


「こ、この小娘、伯爵様への無礼は許さんぞ。」

 一緒に連れてこられた岑将軍が、伯爵を守るように体を陽花にぶつける。


「はあっ?なにあんた気安く私に触れているのよ。」

 今度は、岑将軍の頭を陽花が掴んで頭を持ち上げた。


「い、痛い。や、止めてくれ。」

 陽花が岑将軍の頭を掴む指先に力を籠めると、将軍は悲鳴を上げた。


「あんたね、私は、この男の兵士に親を殺されたのよ。だから、私はこの男を殺す権利があるわ。あんたもこの男の部下の将軍なら、私に殺される資格があるわね。」

 陽花がニヤッと微笑んで、岑将軍を睨みつける。

 岑将軍の頭を掴んだ指先に、更に力を籠める。


「この平民風情が、貴族にむかっ・・・い、痛い。悪かった。や、止めてくれ。」

 陽花の握力の前に、岑将軍は直ぐに白旗を上げた。


「陽花お嬢、その辺で勘弁してやってくれ。その男は昔の部下なんだ。」

 李剣星が陽花に頭を下げた。岑将軍は李剣星の副官を務めていたこともあったので、苦しんでいる姿を見るのが辛かったようだ。


「なんで、あなたが私に意見しているわけ。あなたも、私の父を殺した曹家軍の一味でしょ。偉そうに意見するなら、私の父を返しなさいよ。」

 陽花が声を荒げて、剣星に食って掛かった。


 見かねた静香が陽花を叱った。

「陽花、いい加減にしなさい。それ以上やると、その男は死んでしまうわ。それに、李剣星に当たるのは止めなさい。彼は、曹家軍の兵として行った非道を悔い改めたわ。あなたが、父親の仇を討ちたいなら、そこの伯爵を殺しなさい」

 静香は陽花を叱りながら、伯爵を追い詰めるのも忘れない。


「すみません。静香様。」

 陽花は素直に謝ると、岑将軍の頭を掴んでいた手を放すと。

 ――ドサッと岑将軍の尻が地面に落ちる音がした。


「曹伯爵、私の指示に従うなら命は助けましょう。逆らうなら、陽花の父の仇として、陽花に殺させますが、どうしますか。」

 公明は微笑んで、伯爵と陽花の顔を交互に見る。

 陽花が期待を込めた目で曹伯爵を見ている。その目は、『断れ!』と言っている目だ。


 ――ゴクン。

 曹伯爵の唾を呑み込む音が聞こえる。

 断ったら、間違いなく。自分の命はあの少女に消されるのが分かっていた。

「分かった。なんでも言う事を聞く。だ、だから命だけは助けてくれ。」


「さすがは伯爵。物分かりが良くて助かります。それでは、伯爵のは城に籠る兵士に降伏勧告を行ってもらいましょう。城に籠る兵に城から撤退するように言いなさい。それと、撤退時は鎧と曹家の財産は全て置いていくようにと。良いですか?」


「わ、分かった。儂が城門の前で、兵士たちに命じる。だ、だから、頼む。助けてくれ。お前たちの雇い主は、どうせ蔡辺境伯だろう。蔡辺境伯の王位主任も指示すると辺境伯に言ってくれ。だから、命だけは助けてくれ。」

 曹伯爵は必死に首を縦に動かしながら、ペラペラと話し始めた。


「ほう・・・蔡辺境伯が王位に就くのですか・・・、その辺の話も後でゆっくりと聞かせてもらいましょうか。」

 公明は笑みを絶やさないで、曹伯爵と岑将軍を下がらせた。

 曹伯爵は震えて自分の足で立てないようで、両手を兵に捕まえながら去って行った。


 *  

 翌日の朝。

 前日の曹伯爵から、城に籠る兵士たちに撤退するように伝えると、城内から命令に従うとの返事であった。

 同じ返事は、こちらを南西と南東から囲む2万人の兵からも貰っている。


 領主の伯爵と筆頭将軍が捕まっている。

 この状況での責任者は、嫡男の曹圭鎮なのだが、彼はクーデター未遂の罪で捕まっている。

 ここで意思決定を行ったのは、岑将軍の副官の張将軍であった。

 彼に曹伯爵と岑将軍を見殺しにしてでも、この城を守るという気概は無かった。  

 仮にあったとしても、昨日の3騎の専用機の強さを知る兵たちが従わないだろう。


 張将軍の決定に兵や民も素直に従った。

 民は降伏に賛成だが、反応は2つに分かれた。

 一つは、お通夜のように暗い表情で、この城から出る準備をする者。

 もう一つ反応は、今までの暗い時代から解放されて喜ぶ者たちだ。

 城を出る準備をする者は、北から曹伯爵と一緒に来た者。

 この城が楊慶之に引き渡されると聞いて、喜ぶのは元々南部に住んでいた者たちであった。


 昼頃になると、曹家軍の兵士や、北からきた民たちが城の北門から出ていった。

 南東と南西に駐屯していた曹家軍2万の歩兵も撤退していた。

 北門から出て北に向かう兵や民たちを申家軍と羅家軍の兵が見張っている。

 曹家軍の鎧騎士や曹家の財宝が持ち出されないように。また、退却するどさくさに紛れて反撃する兵がいないか監視する為だ。

 城門の外側には、桜花たちの専用機や、『姜氏の里』の兵が乗った鎧騎士も見守っている。

 そうやって無事に、曹家の兵や民の撤退は無事に終わった。

 代わりに、今度は楊慶之と仲間たちが【曹陽】の城郭都市に入城した。

 城内に残っていた多くの民が、慶之たちを歓迎して迎え入れたのである。

 こうして、【曹陽】は慶之の手に落ちたのであった。

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