第21話 李剣星
俺は一旦、《移転魔法》で陽花の弟と妹を『姜氏の里』に達も連れていった。
曹家領の攻略に幼い子供たちを連れて行くのは危ない。
陽花も一緒に『姜氏の里』に置いていくつもりだった。彼女は神級魔力をもっているが、なにせ武術の基本を習っていない。それに聞くと、まだ14歳で成人もしていなかった。成人までは修行させるつもりだった。
だが、本人がどうしても一緒に行きたいと言うことを聞かない。桜花も彼女の力なら大丈夫だと太鼓判を押して、移動中に訓練をつけると言うので最後には同行を許した。
「それにしても、この曹伯爵家の領地は酷い。酷すぎるな。」
俺たちは、姜半蔵の指示で申子爵家の残党のアジトに向かっている。
申子爵家の申家軍は、名将の燕荊軻将軍が率いていたが、精鋭3千人と一緒に曹家軍に捕まってしまっている。
今、アジトに居るのは、申家軍の後方部隊で大した戦力はいない。
ただ、荊軻将軍の処刑に関する情報を得る事と、荊軻将軍を配下にする為に手がかりを探るのは狙いだ。
それにしても、この曹家領の荒れぶりは酷かった。村だったらしい場所はあるのだが、廃墟と化している。辺り一面に人の気配らしきものは見たらない。
「そうね。これは酷いわね。」
静香も周りを見回して頷いた。
この廃村だけではない。この旅の途中で、いくつかの村を見た。
どの村も、家は焼かれて、人だけでなく、家畜などの生き物の気配すらない。
農地は荒れ放題。これから秋になり、冬小麦を植え始める頃だが、畑には雑草しか生えていない。
「陽花、この辺りは昔からこうなのか。」
あまりのひどさに、曹家領の出身である陽花に聞いてみた。
「いいえ。私が村にいた頃は、この辺りには村人(むらびと)がたくさんいました。この季節ですと、畑にも冬小麦を終える前に、大豆や夏野菜の収穫される頃なのですが・・・。」
陽花は悲しそうな顔で答えた。
「そうか。これも曹家の連中の仕業か。」
陽花から、曹家軍の兵士の所業は粗方聞いていた。陽花の村も、その周りの村も曹家軍の兵士が突然現れて攫われたことも聞いている。
「はい。きっとそうだと思います。きっと奴隷として連れていかれたんだと・・・。」
陽花は悔しそうに、廃村となった村々を見ていた。
廃村になって、一か月以上は時間が経っているようで、生き物の気配は感じられない。
「領民を奴隷にするとか、本当にクズね。大事な領民を奴隷にして売ったら、誰が国を守ったり、税金を払ったりしてくれるのよ。なんで、自分の手足を売り払うのと同じだって事に何で気が付かないのかしら。アホ過ぎて、嫌になるわ。全く、大陳国の貴族がレベルが低いわ。馬鹿な貴族を見ると本当に腹が立つわね。」
静香が陽花の話を聞いて怒っている。ただ、その話の内容は統治者のモノで、領民をモノとして見ている。まぁ、元女王様だから仕方が無いので放置しておく。
「ところで、半蔵。そろそろ、申子爵家の残党たちのアジトが見えてきても良いんじゃないか。」
俺が、独り言のように話すと、スッと半蔵が後ろに現れた。
「はい、慶之様。あそこの山が申家軍の残党のアジトです。」
姜半蔵は小高い山の方を指差していた。
いかにも、山賊がアジトにしそうな手ごろな山だ。
山に近づいて、しばらく経つと人の気配を感じた。【探知】魔法で人数を数える。
「20・・25・・,30人くらいか。桜花いけるか。」
人数を数えると、大した人数ではない。それに、魔力も大したことはなさそうだ。
「陽花にやらせてみるよ。陽花の訓練に丁度良いかもしれないね。陽花、いける?」
桜花は陽花を見て、ニコッと微笑む。
「はい、桜花様。お任せください。」
「それじゃ、陽花。お願いするよ。それと、殺しちゃダメだからね。まだ、敵か味方かも分からないから。相手を殺す時は、確実に相手が殺すに値する敵と分かった時だ。それ以外はむやみに人を殺生するのはダメだよ。」
「はい、分かりました、桜花様。教えて頂いた『峰打ち』で気絶させます。」
陽花は腰の刀の鍔を『カチン』と鳴らせて頷いた。
いつの間にか、陽花は武器を剣から刀に切り替えていたようだ。
すると、陽花はさっそく《神速》魔法を発動させて姿を消していた。
そろそろ、俺たちを狙っている奴らの弓矢の射程距離に入る頃だ。
――シュ。
射程距離に入ると、案の定、矢が飛んできた。
――カキン、キン、キン、キン・・・・・・。
風が吹くと、音が鳴って矢が地面に落ちていく。
普通の人には何か起きているか分からないような速さだ。
ただ、音と共に飛んできた矢が落ちておく。地面には12本の矢が落ちていた。
「凄いな、陽花は。もう《神速》魔法を完全に使いこなしている。それに、刀の腕も中々のモノだ。」
普通の者には、陽花の動きは見えないが、俺たちには見えている。
彼女は《神速》魔法を発動すると、こちらに飛んでくる矢を全て魔刀で叩き落していた。そして、そのまま、木の上に登ると、木の上から弓を放って兵士どもに向かって峰打ちを喰らわせていた。
「まぁ、僕の弟子だからね。それに、陽花は優秀だよ。兄弟子の子雲よりも陽花の方がけっこう上だね。物覚えも良いし、根性が座っている。努力も怠らないからね。まぁ、真面目過ぎるのが少し不安ではあるのだけれど。今はそれくらいで良いかもね。」
「そ、そんなことは無いだろう。俺も物覚えは良いし、努力が怠らなかったぞ。」
俺は自分の名誉の為に、桜花の言葉を訂正しておく。
「そうかな~。子雲は物覚えだけは良かったけど、根性と努力の方はどうかな。どちらかというと性根が曲がって、文句ばかり言っていたような気がするけど。」
「きっと、それは気のせいだ。それより、行くぞ。陽花が、手厚く歓迎してくれた申家軍の兵たちを片付けたようだ。」
これ以上、俺の修行の話を続けるのは得策ではない。
陽花が木の上にいた申家軍の兵士たち全員を、峰打ちで気絶させたようだ。
それだけでなく、罠も解除させている。けっこうな数の落とし穴や岩が落ちてくる罠があったようだが、全て解除していた。解除には、姜半蔵の者も手を貸していた。
半蔵は姿を消して、配下に罠の解除をさせていたようだ。解除が終わると、念話でアジトへ進むように言ってきた。
半蔵に言われた通り山道を登ると、暫くして申家軍のアジト出たのであった。
* * *
「大変です、珪西様。砦の門の前に、珪西様に会いたいと楊慶之と名乗る者が侵入してきました。山道の待ち伏せの兵は全員やられました。」
私の部屋に伝令兵が慌ててやってきた。
この砦には、大した戦力は残っていない。主力は荊軻将軍と共に、曹伯爵につかまってしまっている。今、この場に居るのは、女子供や後方部隊ぐらいだ。
山道で侵入者を待ち伏せしていた兵士30人が、ここに残っている戦力の主力といってもいい。
主力戦力がやられたと聞いて、隣にいた梁玉景の表情が厳しくなった。
「珪西様、お逃げください。」
「ちょっと、玉景。少し待ってください。ところで、楊慶之という者は何者か言っていましたか。」
隣で慌てている梁玉景をまずは落ち着かせて、伝令兵に尋ねた。
(楊慶之・・・聞いた事がある名だ。)
「はい、本人は楊公爵家の三男と申しております。」
「珪西様、楊公爵家の男子は皆、死んだはずです。楊家の三男と名乗る曹家の刺客かも知れません。」
梁玉景は、曹家にこのアジトの峠の場所が割れたと思って焦っている。
「待ちなさい、玉景。この砦を出てどこに逃げるのですか。それに、もし、曹家の手の者なら楊慶之と名乗る必要はありません。普通に攻め込めばいいのですから。荊軻将軍の処刑まで日がありません。ここは、荊軻将軍を救出する糸口となる情報を得る為にも、その楊慶之と名乗る御仁に会いましょう。」
私は覚悟を決めいていた。
どうせ、荊軻将軍が死んだら、この世界で生を過ごすつもりは無い。もし、楊慶之と名乗る者が曹家の刺客なら、私の人生もそこまでとあきらめるしかない。
「珪西様、本当にお会いになられるのですか。」
玉景は心配そうな表情で私の顔を見つめる。
「会います。私の前に通してください。」
「分かりました」
伝令兵はそう言うと、部屋を去って行った。
暫くすると、楊慶之と名乗る男と8人の従者が現れた。
従者は女性の方が多かった。中には子供の女の子もいる。
そして、皆は若い。楊慶之は成人になったばかりの若い青年だ。他の仲間も、一番歳をとった40代の男以外は皆若い。
だが、目つきや体さばきを見れば、タダ者で無いのは分かる。それに魔力階級も相当に高そうだ。夫の荊軻将軍と同等、いやそれ以上の強者に見える。
彼とその仲間たちは椅子に腰かけると、まず彼の方から頭を下げた。
「燕珪西殿、うちの者が貴殿の兵を傷つけてすまない。」
「いえ、こちらの方こそ、手荒な真似を致しました。慶之殿の方は身を守っただけでしょう。詫びには及びません。」
そう、侵入者を追い払えないこちらが悪いのだ。そこで謝られても、こちらが情けなくなるだけだった。
「それより、楊慶之殿。貴殿が楊家の三男というのは本当ですか。楊家の男子は全員死んだと聞いたのですが。」
「本当だ。私は、楊家の生き残り。『護国の剣』ではないが、これが楊家の人間の証拠です。」
楊慶之が見せたのは、楊家の紋章が入った剣だ。
渡すは、彼が見せた剣を手に取って確認する。
確かに、楊家の紋章が彫られている。
だが、それだけで楊家の人間だと判断するわけにはいかない。剣に楊家の紋章を刻むだけなら、鍛冶師に頼めば簡単にできてしまうからだ。
この剣が貴族の地位を示す『護国の剣』だったら話は違うが、この剣にはそこまでの価値はない。
「そうですか・・・。」
私は確認が終わると、剣を楊慶之に返した。
「それで、慶之殿。この申家軍の砦に来たのはいかなる用ですか。」
私は正直、目の前の男を測りかねていた。
本当の楊慶之なら、なにしに申家軍に会いに来たのか。燕荊軻がいて、3千人の精鋭の兵士がいるなら、楊慶之にとって会う価値はあるだろう。
だが、燕荊軻と3千人の兵士が曹家に捕まってしまっている状態の申家に会う目的が分からない。だから、私は短刀直入に彼の目的を尋ねたのだ。
「・・・そうだな、宣言にきた。燕荊軻を救出する言いに来た。」
「楊慶之殿が、燕荊軻を救出する!?貴殿にそんな事が、燕荊軻を曹伯爵から救出できるのですか。」
私は思わず身を乗り出しそうになったが我慢した。
相手は、燕荊軻を救出すると言えば、こちらが隙を出すと思っているはずだ。何かの交渉ごとに使うつもりかもしれない。
「珪西様、私からも伺って宜しいでしょうか。」
梁玉景が、私に断りを入れてきた。
「構いません。」
「すみなせん、私は梁玉景と言います。珪西様の副官をさせて頂いています。それでは、お伺いしますが、楊慶之殿。貴殿はどうやって曹伯爵から荊軻将軍を救われるつもりですか。それだけの戦力を持っているのですか。」
「ああ、持っているよ。後ろの6人と俺。藍公明と鍾離梅の2人を除いた6人と俺がいれば、曹伯爵を倒すのに十分だろう。」
「楊慶之殿は、曹伯爵が鎧騎士300騎、それに3万人の歩兵を保有していることは知っていますか。」
梁玉景は呆れた表情で楊慶之殿に尋ねていた。
「ああ、知っているよ。だから、俺と仲間の6人で曹伯爵を倒すつもりだ。」
「楊慶之殿は私をからかっているのですか・・・まぁ、良いでしょう。分かりました。それともう一つの質問ですが。あなたが燕荊軻を救出する目的はなんですか。何があなたの得になるのですか。」
梁玉景は途中で言うのを止めたが、たった7人で鎧騎士300騎と兵士3万人と戦って、倒すと言っている。玉景が話を途中で止めたのは、馬鹿バカし過ぎて本気にしていなかったからだろう。私でも楊慶之という人物が嘘つきに見えてきた。
「ああ、俺が燕荊軻を救ったら、燕荊軻に俺の仲間になるようい薦めてくれ。それを言いにこの砦にもやって来た。燕荊軻は優秀な人材だ。是非、配下に加えたいんだ。」
(・・・何を言っているんだ。この楊慶之という男は。ただ、それだけを言う為にやって来たのか。いや、そんな筈はない。他に狙いがあるに違いない。わざわざ大法螺を言いにこの砦に来るなど酔狂な人間にも見えない。)
「本当に、この砦にそれだけを言いに来たのですか。」
玉景も私と同じ考えのように楊慶之の目的を疑っている。
「慶之様、私からも質問しても宜しいでしょうか。」
楊慶之の隣に座っている20代前半の男が口を挟んだ。
この中では、40代の男の次に年齢がいっているようだ。それだけ、楊慶之の仲間たちは若かった。
「かまわないぞ。公明。」
「すみません。私は藍公明と言います。一つお伺いしたのですが、蔡辺境伯の配下の者が珪西殿に接触してきましたか。」
「・・・いえ。蔡辺境伯は申子爵家を滅ぼした仇です。そんな者と接触するはずがありません。」
私は、動揺を隠しながら答えた。
ここで、蔡辺境伯の配下と接触していると知られる訳にはいかない。そんな事が知れれば、仲間の中からも不満が続出するし、目の前の楊慶之と名乗る男が本当に楊家の一族なら態度が豹変するかもしれない。
「そうですか・・・まぁ、良いでしょう。それで、珪西殿は主君の楊慶之の提言を受け入れて頂けるのですか。我らが、燕荊軻殿を救出したら、燕荊軻将軍に我らの配下に入るように勧めて頂く件は。」
「ええ、良いですわ。本当に燕荊軻を救出して頂けるのであれば、私は・・・。」
「大変です。珪西様。曹家軍が砦に侵攻してきました。その数は歩兵が500人です。」
慌てて、伝令兵が部屋に入って来て、私の話を遮って報告を行った。
「何ですって、曹家軍がこの砦に侵攻ですと・・・。分かりました。迎撃しましょう。」
私は、椅子から立ち上がった。
「お待ちください、珪西様。相手は曹家軍の兵士500人です。我らの戦える戦力はその10分の1もありません。ここは一旦、撤退しましょう。」
「いえ、荊軻将軍の処刑まで時間がありません。ここで逃げて姿を消せば、逃げている間に、荊軻将軍の処刑が終わってしまいます。ここは何としても、この砦に踏みとどまる必要があるのです。」
私が考えたのは、蔡辺境伯の配下の范令のことだ。彼への返事が明日だった。
もし、この砦を逃げたら、范令と接触を持つ機会を失ってしまう。そうすれば、荊軻将軍を救う唯一の手立てを失ってしまう。蔡辺境伯を頼りたくは無いが、他に荊軻将軍を救う手段がない。しかも、荊軻将軍の処刑の日まであと数日しかなかった。
「・・・それでは、楊慶之殿にご助力を願ったらどうでしょうか。本当に楊慶之殿が7人で曹伯爵を倒すつもりなら、曹家軍の歩兵500人ぐらいなら、十分に倒す力をお持ちでは無いでしょうか。珪西様。」
梁玉景は少し意地の悪い表情で私に提案をしてきた。
きっと、時間稼ぎぐらいのつもりであろう。
「構わないぞ。俺たちが・・・というか、陽花に曹家軍500人を倒してもらおうか。桜花、楊か一人で大丈夫か。【索敵】魔法で確認したら、一人手ごわそうな奴がいるぞ。」
私が依頼を躊躇していると、楊慶之が自ら曹家を引き受けると申し出た。
本気かと、私は楊慶之の顔を思わず見返してしまった。
「そうだね・・・。その手ごわそうと言う兵士は王級魔力なのかな。」
「ああそうだ。たぶん、あの魔力は王級魔力だと思う。」
「なら、陽花一人で大丈夫だね。神級魔力の持ち主が相手なら、ちょっと心配だけど、格下なら大丈夫でしょ。」
「はい、桜花様。私にやらしてください。曹家軍は父の仇ですから」
なんと、曹家軍と一人で戦うと志願したのは、まだ子供と思われる女の子であった。
「陽花、いくら相手が憎くても、今回は殺したらダメよ。それが出来るかしら。」
「・・・分かりました。今回は峰打ちにします。ただ、打ち所が悪くて、死んだ場合は仕方が無いですよね。」
「まぁ、戦場だから、打ち所が悪くて死んだ場合は仕方がないで良いわよ。それ以外は、なるべく殺さないで情報を聞き出したり、人質に使ったりするから。」
「はい。それでは行ってきます。」
少女はそう言うと、彼女の姿は部屋から消えていた。
本当に、あんなに小さな子供に曹家軍の精鋭500人と戦わせるつもりなのか。これも本当、か嘘かは分からないが王級魔力の騎士までいると言うではないか・・・。
だが、あの少女も一瞬で姿を消したり、身のこなし方から只者では無いのは確かだ。
「ここで陽花が一人で曹家軍500人を倒せば、少しは俺たちの力を認めてくれるかも知れないが。それはそれとして、珪西殿。さっきは話の途中で邪魔が入って正式に聞けなかったが、俺たちが燕荊軻将軍を救えば、珪西どのからも荊軻殿に俺の配下に入るように言ってくれるという事で良いんだよな。」
「分かりました。私からは、荊軻将軍に楊慶之殿の配下に入るように薦めます。ですが、最後の判断は荊軻将軍の本人の判断で良いと言うならお引き受けいたします。」
「ああ、それでかまわない。まずは荊軻将軍を処刑から助けた後だな。それじゃ、陽花の戦い振りを見に行くんでお暇するわ。それじゃ、みんな行こうか。」
そう言うと、楊慶之は部屋を出ていった。
私は、楊慶之とその仲間が部屋を出るのを見送ると、梁玉景の方を見た。
「玉景、あの男が、本物の楊慶之殿だと思いますか。」
大口を叩いた割には、相手の狙いが分からない。燕荊軻将軍を仲間に引き入れるのが目的と言っていたが、それには曹家軍を倒して荊軻将軍を7人で救わなければならない。
「いえ、偽物でしょう。7人で曹家軍を倒せると思いませんし。もし、本物の楊慶之ならそんな力はありません。確か、私の記憶では楊家の三男は魔力を持っていませんでした。何が目的かは分かりませんが、楊慶之では無いのは確かだと思います。ただ・・・。」
「ただ、どうしたのですか?」
「ただ、あの楊慶之を名乗っていた男もそうですが、後ろにいた仲間も相当な使い手かと。神級魔力が5人?特に、あの楊慶之と名乗っていた男はとてつもない魔力の力でした。王級魔力が2人いましたが、魔力の力は神級魔力に届きそうでした。」
梁玉景は、相手の魔力や武力の力を量る【認識】魔法の使い手であった。ただ、慶之が使う認識魔法のように相手の力を数値化する能力は無く、武力や魔力の大きさを量る程度だが、それでも魔力階級ぐらいなら簡単に分かった。
「・・・神級魔力の使い手が5人。しかも神級魔力に届きそうな王級魔力の持ち主が2人もいるのですか。・・・そうですか。あなたの【認識】魔法がそう認識したのであれば、間違いありませんね。それなら7人で鎧騎士300騎を倒して、荊軻将軍を救う事もできるのではないですか。」
私には、神級魔力の使い手の力がどの程度なのかは分からない。だが、王級魔力の持ち主である荊軻将軍を上回る力を持つ者が7人もいれば、不可能ではないかと考えた。
「珪西様、残念ですが、それは無理です。歩兵だけなら・・・、もしくは鎧騎士が10騎程度までなら可能性はありますが、鎧騎士300騎が相手では無理です。鎧騎士の装甲を破る武器が持ちません。」
「そうですか・・・。」
「珪西様、とにかく、楊慶之と名乗る者のお手並みを拝見致しましょう。」
「そ、そうですね。」
私は玉景を連れ立って、曹家軍が攻めてきた場所に向かうであった。
* * *
曹家軍 曹伯爵の息子、曹圭鎮
曹家軍が申家軍の砦に攻め入る30分ほど前。
曹家軍500人が申家軍の砦を攻略に山を登っていた。
「趙嘩照殿、少しは私の専属隊の訓練になると進軍させたが、歯ごたえが全然無い。まったくの期待外れのようだ。」
私は、蔡辺境伯の使者でもある趙嘩照殿と、申家軍の残党のアジトの攻略を行う為に山道を進んでいた。スリットが入った体のラインが分かる黒いワンピースを着た彼女は今日も美しい。
「曹圭鎮様。申家軍の残党は頭領の燕荊軻将軍と主力3千人の兵を失っていますから。まぁ、こんなもんなんでしょう。山道で伏兵や罠などを警戒しましたが、この戦力では伏兵も無駄だとあきらめたのかもしれません。」
「そうすると、申家軍の残党どもに逃げられるかも知れませんな。」
「圭鎮様、それだけは喰い止めてください。何としても、燕珪西は捕まえてください。そうしないと、申家軍3千人の兵共がいう事を聞きません。」
「嘩照殿、捕まえた申家軍の兵どもには【奴隷の首輪】を嵌めて戦わせれば、良いのではないですか。いちいち荊軻将軍の妻女などを使わなくても。」
そもそも、今回、申家軍の残党のアジトを攻めるのは、自分の専属隊の兵の訓練と、専属隊の兵だけでは足りないので、捕えている申家軍の残党どもの兵士3千人を配下に収める為だ。
「圭鎮殿、【奴隷の首輪】を嵌めた兵など、前線で突撃させる死に兵にしか使えません。ですが、荊軻将軍を救う為に命を厭わない申家軍の精鋭3千人をそのような使い方で殺すのは勿体ないとお伝えしました。精鋭の力を十二分に発揮させるだけの力量が今の圭鎮様には必要なのです。そうでなくては、今の曹家を救う事は出来ませんわ。」
趙嘩照殿は美しい表情で、私を諭してくれた。
そうだ、今の私には曹家を救うと言う大業があったのだ。
今の曹家は滅亡の危機に瀕している。
父の曹伯爵が、寄り親の蔡辺境伯様が王位を簒奪すると憂いている。いや、父上だけでなく大陳国の宰相である叔父上も同じように思っている。それで、2人は陰で、蔡辺境伯の失脚を画策している。
そう趙嘩照殿は、私の耳元で囁いた。
そして、その囁きはまだ続いた。
しかも残念なことに、父や叔父上の陰謀は蔡辺境伯に伝わってしまっている。そして、蔡辺境伯様は寄子である曹家の裏切りを許さない。このままでは、曹家は蔡辺境伯様によって滅ぼされると教えてくれた。
この曹家存続の危機を救うには、私が父を拘禁して、伯爵位を譲り受け、曹家を掌握するしかない。そして、曹家が率先して、蔡辺境伯様が大陳国の王になることを支持する。それが唯一の曹家が存続できる方法だと教えてくれた。
他の人間が同じことを言っても冗談だと笑いとぼしてしまうが、趙嘩照殿は違う。彼女は蔡辺境伯様の紹介によって我が家に近づいて来た人物だ。いわば、蔡辺境伯様の使者と考えても良い。その彼女が話した言葉は重い。
しかも、彼女自身も美しいだけでなく、賢く、優しく、信頼できる人物だ。親身になって曹家や私の事を心配してくれている。
私は趙嘩照殿の言う通り、父を監禁して曹家を救わなければならない。確かに【奴隷の首輪】だけで、申家軍の兵士3千を戦わせるのは安易なのかも知れない。
山の砦に向かう山道には、特に危険な罠は無かった。
既に、穴が晒されている落とし穴や、地面に転がっている大岩などはあったが、そんな穴に私の優秀な専属隊が引っ掛かるはずが無い。
私の専属隊の訓練にはならないが、燕荊軻の妻女は簡単に捕らえる事は出来そうだ。とにかく、早くその女を捕まえて、奴隷兵として捕まえている申家軍3千人の指揮を命じさせよう。初めは抵抗するかも知れないが、燕荊軻を救ってやるのだから文句はあるまい。
私の兵が500人では、大業を成すには力不足だが、その3千人の申家軍が加われば、大業は成功したも同然だ。
申家軍3千人に囮として、処刑されようとしている荊軻を救いに行かせ、一目を引いている隙に、私が父を監禁するのだ。念の為、【奴隷の首輪】も嵌めておけば、裏切る事もない。死に物狂いで、囮を演じてくれるはずだ。
父さえ、手の内に入れれば、曹家軍の鎧騎士たちも私の傘下に入るはずだ。
ほとんど抵抗らしい、抵抗も受けずに砦の入り口に来てしまった。
ここからが、本当の戦いである。
「おい、李剣星将軍に砦の門を破れと命じろ!」
私は、伝令兵に李剣星に命令を伝えさせた。
いつもは、専属隊の訓練にも参加しない将軍だが、なぜだが、今回の申家軍のアジトの攻略には大人しくついて来た。
李剣星将軍は、曹家軍の中で唯一の王級魔力の持ち主であり、曹家軍で一番強い武将だ。
その将軍が、私の専属隊に配置されると期待したが、大いに期待外れだった。
なにせ、私の命令を聞かない。
なぜ、この将軍が私の専属隊に配置換えになったか調べさせると、どうも父の命令すら聞かないで本軍を首になったらしい。
本来なら軍規違反で処刑だが、なにせ我が軍で唯一の王級魔力の騎士だ。
この騎士を父が命令違反で殺したら、曹家は優秀な騎士を従えられないと他の貴族から馬鹿にされる。それに、王級魔力の騎士はいるだけでも、曹家軍に箔がつく。簡単に殺したり、除隊させたりするわけにもいかなかったのであろう。
命令違反は腹立たしいが、私も我慢することにしていた。
李剣星将軍に命令を伝えに行かせた兵士が戻ってきた。
「圭鎮様。その・・・、剣星将軍が命令に従いません。」
兵士が恐る恐る報告した、
「なに、李剣星将軍が私の命令に従わないと言うのか・・・。」
私は大声で叫んだ。
他の兵士も怯える表情でこちらを見ている。
「まぁ、まぁ、圭鎮様。李剣星将軍は、この曹家で一番強い騎士です。それに本軍でも扱いが難しかったと聞いています。そのような御仁に、この程度の小さな砦の攻略命令では、やる気を起こさないのではないでしょうか。」
趙嘩照殿がすかさずこの場の緊張した空気を緩めてくれた。
命令した手前、私も引くには引けない状況であった。彼女の言葉は私の獲って有難かった。さすがは、趙嘩照である。
「そうだな、趙嘩照殿の言う通りだ。李剣星はもう良い。私の精鋭たちで、この砦をおとせ!」
「「「「「はは。」」」」」
部下たちは大きな声を上げて、直ぐに砦の門に向かった。
「魔弾砲を用意しろ!」
副官の男の指示で、魔法兵が魔弾砲を持って、砦の門に照準を合わせる。
「撃て!」
副官の指示で、魔法兵が魔弾砲の引き金を引く。
――ドーン。
魔弾砲の一撃で、砦の門は簡単に吹っ飛んだ。
「全軍、突撃だ!この砦を掌握しろ。まずは、敵の逃げ道を塞げ。それから、首領の燕珪西は殺すな。後は、それぞれの判断に任せる。行け!」
副官の指示で、前衛の300人が砦の中に入って行った。
「趙嘩照殿、この砦は容易に占拠できそうです。」
「そのようですね。さすがは圭鎮様の専属隊。よく訓練されています。これなら、大業を成すのは大丈夫かと安心しました。」
趙嘩照殿は、美しい微笑みで答えてくれた。
「後は、燕珪西を捕まえるだけです。あの女には《奴隷の首輪》でも嵌めて、いう事を聞かせましょう。」
私は、面倒な事は嫌いだ。ただ、いう事を聞かせるのであれば、《奴隷の首輪》が手っ取り早い。
「それはダメです。圭鎮様。燕珪西には、自主的に珪西様に従うように仕向けるのです。燕荊軻を救うのですから、彼女も大人しく従うはず。ただ、《奴隷の首輪》を嵌めるだけでは、最後に裏切ります。命を縛るのではなく、心を縛るのです。」
「なるほど。嘩照殿の言葉はいつも勉強になる。『心を縛る』ですか。確かに、燕荊軻を救うのですから、彼女は私に感謝するはず。私も曹家の首領となる身。そういった配下の従え方も知っておいた方が良いですね。」
「その通りです。分かって頂いて嬉しいですわ。それでは、砦の中に乗り込みましょう」
彼女は、美しい微笑みを浮かべていた。
「そうですね、そろそろ砦の掌握も・・・・・」
「圭鎮様、大変です。」
私の言葉を阻むように、副官が走ってきた。
「どうしたんだ。」
「それが、砦の中に入った先遣部隊が壊滅しそうなのです。」
「な、なんだと・・・。この砦に、敵にそれだけの兵が温存されていたのか。」
「敵はいません。敵の姿が辺りに見当たらないのです。ですが、何者かの手によって、我が軍の兵が次々に気絶させられ倒されているのです。」
「・・・敵がいないのに。気絶させられた?それは遠隔魔法か、何かか?」
いったい、何が起きたのかさっぱり分からない。
「分かりません。ただ、砦に入った兵たちは全滅のようです。」
「なに、全滅だと。私の精鋭が、たかが女子供しかい籠っていない砦すら落とせずに、全滅など有ってたまるか。」
私は、急いで砦の入り口に向かうと、砦の入り口から人が逃げてくる。
突入させて、前衛部隊が我先にと、砦の門から湧き出てきていた。
「どうしましょう、圭鎮様。ここは、一旦撤退がよろしいかと。」
「この申家軍の残党の殲滅は父上から受けた命令だ。燕荊軻や主力部隊が捕まって、女子供しかいない砦を落とせないと報告など出来るはずが無い。魔弾銃の部隊で砦の門を砲撃させろ。」
「圭鎮様、それでは逃げてくる我が部隊の兵を射撃するようなモノです。それに、相手の姿が見えません。ここは、撤退しかありません。」
私は、趙嘩照殿の方に顔を向けると、彼女も目を伏せて首を横に振った。
ここは撤退をした方が良いとの事だ。
「ダメだ、ダメだ、ダメだ。そうだ、李剣星だ。奴を行かせろ。奴なら敵を倒せるかもしれない。奴に今の状況を説明して、仲間を助けて欲しいと伝えろ。あいつは天邪鬼(あまのじゃく)だから命令されると従わないが、助けを求められれば動くはずだ。王級魔力の奴なら、この状況を挽回できるかもしれない。それに、奴が破れる相手なら、我らが撤退しても仕方がない。そうだ、早くに李剣星に助けを求めに行け!」
未だに何が起きているか分からない。
これでは、目に見えないナニカに怯えて撤退するようなものだ。それだけは出来ない。
申家軍の残党にこれだけの秘密兵器があるとは思えない。あれば、今までに使っているはずだ。それにもし魔法だったら、魔力の消費が激しいはずだ。どちらにせよ、このまま撤退するわけにはいかない。
それに、ここには李剣星がいる。初めはお荷物としか考えていなかったが、これも始祖様の導きだろう。
もし、李剣星が戦うのを拒んだら、彼に撤退の責任を押し付ければ良い。
それに、奴なら敵を倒せるかもしれない。少なくとも敵の正体を暴いてくれれば・・・。
私は、祈る思いで李剣星の返事を待つのであった。
* * *
「李剣星将軍、なんで急に申家軍の残党の砦の襲撃命令に従ったんですか。いつもの将軍なら絶対に断っていましたよね。」
副官の楽進が不思議そうに尋ねて来た。
楽進たちは俺が曹家軍の本軍の頃から可愛がってきた部下たちだ。
伯爵の命令を断り、俺が配置換えになった時に一緒に付いて来た。元々、戦場で危なかった処を助けたり、俺に憧れて曹家軍に入ったりした奴らで可愛がってきた連中だ。
命令を断ったのは、伯爵が領民の住む村を焼き払い、そこに住む人たちを捕獲するように命じたからだ。命令を聞いた時は思わず自分の耳を疑った。
俺が伯爵の命令に逆らうと、息子の圭鎮の専属隊に配置換えになった。
その時、楽進たちも自ら配置換えを願い出て、圭鎮の部隊に移ってきたのであった。
「ああ、俺の命の恩人から頼まれごとがあってな。偶々、この砦の中に恩人の知り合いがいるんだ。その人に伝言を頼まれたんだ。それを伝える為に来たんだ。」
「へぇ、剣星将軍の命の恩人ですか。」
「ああ、もう10年も前になるかな。俺はその人に命を救われた。託された伝言の依頼ぐらい果たさないとな。」
「そうなんですか。私も剣星将軍に魔物に襲われており処を助けられましたから、将軍にとって、その恩人は、私にとっての剣星将軍のようなモノですね。」
「はぁ、馬鹿。その御仁は俺より、全然素晴らしい人だぞ。俺と一緒にするな。」
「そんなこと無いですよ、剣星将軍も立派な人です。」
楽進がすねた口調で話していると、前方の様子を見に行っていた兵が戻ってきた。
さっき、圭鎮の専属隊の前衛が砦の門を破って突入したので様子を見に行かせていた兵だ。荊軻の兄貴のいないこの砦なら、いくら腑抜けな圭鎮の配下でも制圧は可能だろうと思い、制圧しそうな頃合いを報告させる為に送っていた兵だ。
「李剣星将軍、砦の方の様子が変ですよ。」
兵士は慌てた声で報告した。
「なにが変なんだ。」
「それが、砦に入った連中が慌てて砦の中から出てきました。砦の中に入って行った連中はどうもやられたようです。」
「ほう、そうか。兄貴の配下にも強い奴がいたか。それなら、大丈夫そうだな。俺は伝言だけ託して帰るかな。」
砦の入り口に向かおうとすると、圭鎮の兵が向かってきた。
「李剣星将軍。大変です。部隊の前衛が何者かにやられました。敵は魔法の攻撃で姿を現さずに、味方の兵を倒しています。とても我らでは太刀打ちできません。どうか、剣星将軍。我らを助けてください。」
「ほう、姿が見えない魔法か・・・。」
まぁ、遠距離からの射撃かなんかだろう。
俺の甲冑は李家伝来の鎧で、将級魔物の素材で出来ている。魔弾銃の攻撃なら弾くはずだ。それに、魔弾銃には撃てる魔弾の数に限界もある。特級魔力の魔法使いの魔力量なら500発が良い所だ。もう、大して魔力も残っていないはず。
ただ、気になるのは、魔弾銃を撃つ者を曹家軍の兵士が見つけていないことだ。魔弾銃を撃っている兵士を見つけていれば、『姿を現さずに、味方の兵を倒す』という表現にはならないはずだ。見えない程遠くからの射程距離だと攻撃は防げても、相手を倒すのに時間が掛かる。
(どこから撃っているかさえ分かれば、直ぐに倒せるのだが・・・。とにかく、その射撃手を捕まえて。そのどさくさに紛れて、兄貴の奥方に合うとするか。)
まぁ、相手の居場所さえ分かればどうにかなるはずだ。
「分かった。俺がその申家軍の魔法使いの相手をしよう。」
砦の門の前に向かうと、既に100人近い曹家軍の兵士が地面に倒れていた。
他の兵士は遠巻きに砦の門を囲むようにして様子を見ているようだ。
どの兵士も、盾を高く抱えて防備を固めている。だが、その兵士が一人、また一人と地面に伏していった。
俺は一人で砦の門の前に出ていって、そこから周りを見回した。
(これは、おかしい・・・。)
遠くから、こちらを見降ろせるような場所はない。唯一、砦を覆う門の上に櫓が見えるが、そこから射撃を行う素振りは見えない。
しかも、味方の兵士は盾を高く掲げているので魔弾銃の攻撃なら回避できるはずだ。
それが、盾を抱えている兵士が倒されている。
(これは魔弾銃の攻撃ではないな・・・。)
より耳を澄まして、気配に集中した。
(・・・・・・・・。)
――カキン。
なにかを感じて、思わず条件反射で剣を抜いていた。
なにかの攻撃を弾いていたようだ。
「そこの山猿、曹家の腐った兵にしては中々やるじゃない。」
目の前に立っていたのは、少女だった。
濃いい青色の外套を羽織っており、両手には見慣れない武器・・・刀を持っていた。
まだ、成人していないだろう。もし、成人していたとしても若い顔立ちだった。
だが、目だけが釣り上がってこちらを睨みつけている。
「や、山猿って、俺の事か。」
俺は確かに毛深いが、少女に山猿と呼ばれるには、少しショックだ。
「そうだ、この山猿。曹家の兵は無辜(むこ)の民を好き放題殺しまくっているじゃないか。本来なら鬼畜生だが、山猿と呼んでやるのも有難いと思え。」
『無辜の民を殺しまくる』と言われ返す言葉が無かった。
「これは、お嬢ちゃんがやったのか。」
俺は、地面に転がっている曹家の兵の方を指差して聞いた。
地面に転がっている兵は血が流していない。きっとあの娘が持っている刀の刃の反対側で叩いて、気絶させたという処だろう。
「そうよ。私がこいつらを倒したのよ。曹家の屑兵ども。」
彼女の刀は赤い魔力色で覆われている。
(神級魔力の使い手・・・。)
「お前、申家軍の者ではないな。何者だ。そして、どこの国の者だ。」
荊軻兄貴の下に、神級魔力の魔法使いがいるとは聞いていなかった。
刀の武器を使う騎士は、この国には滅多にいない。
しかも、この大陳国には、9人しか神級魔力の使い手はいないはずである。その9人の中には、少女はいなかったはずだ・・・。
であれば、他の国から来た騎士か。
(どこの国だ・・・)
どこかの国が申家の残党勢力に介入したのかと頭を掠めていた。
「はい?曹家軍の屑兵に何でよそ者扱いされるわけ。よそ者はあなた達でしょ。私は董陽花。生まれは、この曹家領の【董家村】よ。つい最近までは農家の娘をしていたわ。そして、曹家軍の屑兵に父は殺され、村の人は連れ去られた。私が、曹家軍の屑兵を殺さないで気絶させてあげているのは、師匠の命令だからよ。本当なら全員殺したいけど、あなたも殺さないであげるからかかってきなさい。」
少女は俺の顔を睨みつけている。
この娘は相当にできる。こちらから攻める隙が見当たらない。
「俺をからかうつもりか。農家の娘が神級魔力の使い手だと。そんな話が信じられるか。
良いだろう、どこの国の者か捕まえて吐かせてやる。」
この少女の言葉は、俺の胸をえぐった。
俺が一番気にしているのが、曹家軍の領民への虐殺行為だ。
領民を守るはずの貴族が、いくら領地替えをしたばかりで愛着が少ないとはいえ、自領の民を傷つけ奴隷にする行為は許せない。
そんな行為はこの少女が言う通り、鬼畜生にも劣る仕業だ。
そして俺も同罪だ。
自分の主君の悪行を止められなかった。そして、その主君の下で碌を食(は)んでいる。
それだけに、他国の者が、被害者の振りをして俺の胸をえぐるのが許せなかった。
俺は《瞬歩》で移動すると、移動が完了した瞬間、少女に剣で斬り付けた。
――カキン。
少女が片手に持った刀で、俺の剣を受け止めた。
今までで、この攻撃を受け止められたのは初めてだ。それほど、彼女の動きは早かった。普通の者では、彼女の動きを目で捕らえるのは難しいだろう。
それこそ、他の兵には消えて見ているはずだ。
王級魔力の俺ですら、やっと目で追えるくらい速さだ。
片手の刀で受ける少女に対して、そのまま剣を振り切ろうと腕に力を込めた。
(それにしても、重い・・・、これが、神級魔力の力・・・。)
片手の少女の力は重たかった。俺が両手で握った剣でも振り切るのが無理だと悟ると、慌てて距離を取った。
彼女のもう片方の刀が、空を斬った。もの凄い速さの刀の動きだ。あと少し、距離を取るのが遅かったら、あの刀で俺の首は落ちていたかもしれない。
「あっ、避けられた。」
董陽花と名乗った少女は驚いた表情をしていた。
「山猿、やるね。少しは手ごたえがありそうだ。」
少女はニヤリと微笑んだ。
「それだけの力で、農家の娘とか有り得ないだろう。嘘を付くのは止めて、お前の素性を話せ。本当はどこの国の者だ。大商国か、それとも大魏国か。」
想定される国は、南東で国境が接した大商国。もしくは蔡家と長年因縁のある北の大魏国。曹家領を攪乱させるとしたら、大商国の方が可能背は高い。
「あら、さっきも言っているけど、私の出身は、ここから南西の【董家村】という静かな村よ。本当に平和な村だったわ。曹伯爵がこの領地に移封してくるまではね。」
そういうと、少女の表情が急に恐ろしくなった。
怒りの表情で、もの凄い速く走って距離を詰めてくる。
その都度、俺は《瞬歩》で距離を取るが、直ぐに彼女に追いつかれる。
逃げに走るのは、打ち合いでは、あちらの少女に歩があるからだ。
神級魔力に覆われた力には敵わないと、先ほどの打ち合いで分かった。
それに、スピードでも敵わない。《瞬歩》の攻撃も、目で捕らえるのがやっとの速さの動きで避けるか、受けられてしまう。
「何をムキになる。それも演技か。」
あれが縁起なら迫真の演技だ。
彼女の怒りに満ちた表情は、曹家に対する恨みが籠っているのが分かる。
だが、農家の娘という設定は有り得ない。俺を動揺させるにしても、あまりにも陳腐な設定だ。
「演技?なぜ、私が弱者の山猿と屑兵を相手に演技をしなきゃいけないんだ。面白い事を言って、自分たちがしてきた悪行を誤魔化すつもりか。」
彼女の言う通りだと、ふと考え込んだ。
(・・・?確かに、あの少女の言う通りだ。演技などする必要などない。それに、領民が苦しめられて俺が動揺すると知っているのは、曹伯爵と部下の楽進たちだけだ。)
思考が止まり、体の動きが少し鈍くなった瞬間だった。
彼女の渾身の一撃が頭を襲った。
思わず、両手で握った剣で受け身をとった。
――キン。
砕けた音がした。
「あっ・・・・。」思わず間抜けな言葉が口から出ていた。
剣が砕けたのだ。将級魔物の素材で作った家宝の剣が・・・。
それから、俺は意識を失っていた。
* * *
「慶之様。無事、任務完了です。」
一人の少女が、気絶した曹家軍の兵を一人抱えてやってきた。
さっき戦っていた少女の話では、この少女は曹家領の村の娘だったと言っていた。
私・・・燕珪西は、ずっと曹家領で30年以上も生きてきたが、神級魔力を持つ村の少女など聞いた事が無い。唯一は、主人の燕荊軻ぐらいだ。彼も農民の出身で、突然王級魔力に芽生えた経緯があったが、その時は兵士だったはずだ。
そんな農家の娘が神級魔力の持ち主で、曹家軍で最強と言われた李剣星将軍を倒して抱えて、現れている今の状況が信じられない。
今の李剣星将軍なら、燕荊軻将軍と戦っても引けを取らない強さの持ち主だ。
そんな彼が、戦いらしい戦いをさせてもらえずに、気絶させられている。
「ご苦労様。陽花、よく頑張った。」
慶之殿が少女の頭を撫でている。
「いえ、すみません、慶之様。この山猿を相手にしている間に、半数近くの曹家軍に逃げられてしまいました。」
少女は、李剣星将軍を倒したことなど眼中になく、砦を襲ってきた曹家軍の全員を倒すつもりだったようだ。
「陽花。合格だよ。魔力を体で覆って《身体強化》魔法も上手く発動させていたし、刀の型もしっかりできていた。《神速》も上手に使えていたしね。後は、戦いの駆け引きだけど、これはもう少し経験が必要だね。あとでその辺をみっちり稽古しようか。」
慶之殿の隣の黒の外套を着ている女性が、少女を褒めていた。
梁玉景の《認識》魔法では、黒の外套、紫の外套、灰色の外套を着た女性の3人、それにさっきの少女と楊慶之の魔力が神級クラスの魔力反応があったと言っていた。
たぶん、黒の外套の女性はこの少女よりも相当の武力を持っているのであろう。
「はい、師匠。お願いします。それと、ここまで戦えるようになったのは師匠の日頃の指導の賜物(たまもの)です。」
少女は、礼儀正しく黒の外套を羽織った女性に向かって頭を下げていた。
「陽花は礼儀正しいし、努力家だし、優秀な弟子だよね。兄弟子よりもほんと~に、優秀だよ。ただ、言葉遣いは少し注意が必要だね。『おい、この山猿』は弟子というか、女の子としてちょっと乱暴かな~。」
黒の外套を着た女性が、慶之殿の方を見て笑っている所を見ると、兄弟子というのは慶之殿のことかもしれない。
「ところで、燕珪西殿。これで、俺たちの力が分かってくれたと思うが、どうだ。」
「はい。その少女一人で曹家軍500人の兵士と、王級魔力の将軍を叩きのめす力があるのは良く分かりました。」
私は楊慶之と名乗る人物の力を目の当りにした。
「そうか。荊軻殿は俺たちが必ず救う。だから、くれぐれも蔡辺境伯の手の者が来ても、あいつらの言う通りにならないで欲しい。」
「それなら、私もお伺いします。あなたは本当に楊慶之殿なのですか。本物の楊慶之殿であれば、魔力を持っていないはず。それに、仲間の武将も相当な魔力の持ち主。それだけの御仁がいたら、楊公爵家も、そして我が申子爵家も滅びずに済んだのではないですか。なぜ、今になって・・・・。」
私は涙で言葉が続けられなかった。
本当に、曹伯爵から荊軻将軍を救い出す力が。
そして、蔡辺境伯と戦う力があるなら、両家が滅びる前にその力を示してくれれば、多くの者が死なずに済んだ・・・。そう思うと悲しくなって涙が出てきた。
「すまない・・・。俺も【楊都】が陥落するのを。2人の兄が死ぬのを見ているしかできなかった。珪西殿と気持ちは同じだ。あの時の俺には珪西殿が言う通り、魔力もなく、仲間もいなかった。もしあの時、この魔力とこの仲間が有ればと何度も思った。でも後悔するのは止めた。俺が魔力を得た話や、仲間と出会った話を話し始めると長くなるし、信じてもらえないので話さない。だが、俺は楊家の三男。楊慶之だ。」
「そうですか。話は分かりました。即決はできません。私たちも考えます。ですが、もし、燕荊軻を救って頂ければ、我ら申家は・・・、少なくとも燕珪西はあなたの配下になります。今言えるのは、それだけです。」
私は、自分の考えを言い終えると慶之殿に頭を下げた。
慶之殿は、それで納得したようで、捕まえた李剣星将軍だけを連れて砦を去って行った。
まだ、200名以上の曹家の兵士が気絶していたが、それらの兵士は捕虜として捕まえて私たちに託してくれた。今、曹家軍に使っている申家軍の兵士と捕虜交換の材料に使えば良いと言っていた。
私は一人、部屋で考え事していると梁玉景が部屋に入ってきた。
「珪西様。宜しいでしょうか。」
「どうぞ、入りなさい。」
「珪西様は、蔡辺境伯の使者である范令殿の返事をどうするつもりですか。」
明日が、范令に協力するか回答を行う日になっていた。
「そうですね・・・どうしましょうか。今、考えていた所です。」
楊慶之殿と会う前なら、迷う事も無く范令の申出を受けるつもりであった。
それしか、荊軻将軍を救う手段が無いのであれば、悪魔とも手を結んでも良いと珪西が覚悟を固めていた。それで、批判を受けても自分が悪者になれば良いと。
「楊慶之殿の出現で、珪西様は悩まれているとお見受け致します。」
「はい。そうです。たぶん、あの方は本物の楊慶之殿だと思います。それに、神級魔力5人と王級魔力2人も相当の使い手でしょう。たぶん、あの少女が7人の中で、一番力が低かったと思いますよ。どちらにせよ、相当の戦力であるのは間違いありません。」
「珪西様。私もそう思います。ですが、私は范令殿の申出を受けるべきと思います。」
「そうですか、なぜ、玉景はそう思うのですか。」
「曹家軍は、鎧騎士300騎、歩兵3万人の戦力です。確かに、あの7人の力は凄いのは分かりましたが。曹家軍の本軍を相手にするには・・・。少なくとも鎧騎士300騎は手に余ります。残念ですが、彼らでは荊軻様を救えないでしょう。」
確かに、鎧騎士を倒すのは人間では無理だ。
それだけ、鎧騎士の力は圧倒的なのだ。攻撃力、防御力、機動力をとっても生身の人間では太刀打ちができない。
あの神級魔力を持った猛者が戦って、仮に倒しても数十騎が良い所だ。
それに仮に曹家を倒しても、蔡辺境伯と敵対して勝てるのか。
今の蔡辺境伯は、大陳国そのモノと言って良い。大陳国が蔡辺境伯に乗っ取られていると言っても間違いでは無いだろう。
蔡辺境伯と敵対するという事は、大陳国が保有する鎧騎士と戦う事になる。
各国の国境に配置した戦力や貴族軍の保有する鎧騎士を含めると、5000騎以上の鎧騎士を敵にするのだ。考えただけで、恐怖すら湧いてくる数字だ。
(私はどうすれば良いのか・・・)
「・・・・・・・・そうですか。もう少し考えさせてください。」
私は、絞り出すように声を出して答えるのがやっとだった。
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