第2章

第18話 攪乱

 扉を叩く音がすると、候景が扉を開けて部屋に入ってきた。

「失礼します、蔡辺境伯。曹伯爵と秦伯爵の件で報告に伺いました。」

 私は、曹伯爵と秦伯爵の2家を潰そうとしていた。

 それで、彼に2つの伯爵家領の攪乱を行わせているもだ。今、その定期報告で彼がやってきたのであった。


 「どうだ、候景将軍。2つの伯爵家を潰す算段は順調か。」

 「はい、蔡辺境伯。5人組たちが良くやってくれています。今の処、順調に進んでおります。」

 曹伯爵家と秦伯爵家の2つの伯爵は大陳国の貴族で、私の寄子貴族だ。

 寄子貴族とは寄り親の蔡辺境伯にとって子分のような貴族である。

 曹伯爵と秦伯爵も、今までは私にとって頼りになる子分であった。言い方が過去形なのは、今の私にとって彼らは扱いやすい子分では無くなっていた。

 決して、彼らが意識的に私を裏切ったのではない。どちらかというと、私が彼らを見切ったのであった。

 なぜなら、私は大陳国の王位を簒奪して、王になるつもりだからだ。

 そして、あの男の血筋を、全て消し去るつもりでいる。

 私は、自分の寄子貴族を2つに色分けした。

 一つの色は、私が王位を簒奪した時に、賛同する寄子貴族。

 もう一つの色は、私が王位の簒奪するのを邪魔する寄子貴族だ。

 私に賛同する寄子貴族は、地盤である長南江の以北に領地を与えた。

 そして、私の簒奪の邪魔をする貴族は、長南江の以南に領地を与えた。

 曹伯爵も、秦家伯爵も長南江以南に領地替えをさせえた貴族である。

 そして、領地替えが終わると、候景に5人組を任せて、それらの貴族共を潰しにかかっているわけだ。

 寄子貴族たちは、まさか寄り親の私が寄子を潰そうとは夢にも思っていない。

 蘭家と楊家を滅ぼした『魔物の乱』の時の恩賞として、従来の領地の2倍から3倍もの広い領地を与え、爵位も昇爵させている。

 私が簒奪を目論んでいるのを気づいている者はいるが、自分たちが狙われていると気づいている者はいない。馬鹿な貴族共は自分たちが、これから不幸のどん底に叩き落されるとも知らずに、莫大な恩賞で有頂天になっていた。


 馬鹿な貴族を一人ひとり不幸のどん底に叩き落とすのが候景や5人組の仕事だ。そして、その仕事は彼らに合っていたのだろう。今も嬉しそうに報告を行っている。

「まずは、曹家から先に動いております。5人組の趙嘩照(ちょうかしょう)が、上手く曹伯爵の懐に潜り込んで、取り入られております。」


「そうか。さすがは趙嘩照。まずは、曹伯爵の方から潰すのは賛成だ。彼の弟の曹伯爵に圧力がかけやすくなるからな。」

 曹伯爵の弟の曹圭仁は大陳国の宰相を務めている。

 彼は、魔物が王都を襲って、その混乱で前国王が蘭辺境伯に暗殺させられた『魔物の乱』では、活躍してくれた。

 実際は、蘭辺境伯に前国王殺しの犯人を押し付けたのだが。新たな王に前国王の7歳の弟を建て、王国領を掠めとるのに協力してくれた。

 彼の協力がなければ、長南江以北の王国領を奪い取って、我が蔡家の領地とするのは難しかったであろう。

 彼が、王宮工作を一手に引き受けて、私の思う通りに貴族や官僚を動かした。おかげで、国王は領地の半分を失い、領土は南だけになり力を失った。

 そこまでは、彼は有用な駒だった。

 それが最近、彼は私と対立するようになった。

 扱いやすい新王を手懐け、貴族と閣僚を牛耳り、政治の壟断を始めた。

 そして、私の簒奪の企みを察知すると、生意気にも裏で私に対抗を始めたのだ。

 王家を守ると綺麗事を吐いて、貴族や官僚たちを煽りたて、自分に対する求心力を高めていった。私を敵として暗躍を始めたのだ。

 その急先鋒が曹伯爵と秦伯爵であった。

 まさに、私にとっては、飼い犬に手を噛まれた心境だ。

 それから私は、曹宰相を中心とする裏の反対勢力を潰しにかかっているのだ。


 「それで、曹伯爵への工作は、どこまで進んでいるんだ。」

 「はい、『5人組』の趙嘩照が曹伯爵を借金漬けにしております。鎧騎士を200騎も買わせ、居城の改築や、絵画や彫像まで購入させて、金を湯水のように浪費させています。」

 5人組は私が組織した暗躍部隊である。

 貴族や敵国の中を攪乱させる為の部隊だ。癖はあるが、裏の仕事の能力に長けた者を、私が見つけてきた。間者の『黒鴉』が情報収集を行うのに対し、『5人組』は、敵の攪乱が主な仕事だ。北の大魏国では成果を上げている。

 そして、候景を頭に据えて、指揮させていた。


 ちなみに趙嘩照は、人を魅了したり、調略する能力に長けている。今回も、曹伯爵やその息子を魅了してこちらの思い通りに動かしている。


 「そうか、借金づけか。それで、曹伯爵はどうやって金を返すつもりだ。きっと、金を貸しているのは、『5人組』の呂照貴(りょしょうき)だろう。あいつが返ってこない金を貸すはずが無いからな。」

 呂照貴には裏稼業を仕切らせている。大陳国内の金貸しから奴隷売買、麻薬の売買、暗殺の斡旋まであらゆる危ない仕事を彼女が牛耳っていた。


「はい、税の引き上げだけでは収入が足りないので、呂照貴にそそのかされて、伯爵は自分の手足となるモノを売りに出しました。」


「自分の手足となるモノか・・・。」

 呂照貴のやり方はだいたい検討がつく、彼女のやり方は情け容赦がない。


「自領の民を捕まえて、奴隷として売るのです。難癖をつけて村ごと曹家軍の兵に襲わせて、捕まえた民を呂照貴が紹介する奴隷商人に売る。これでまとまった金を作ています。照貴は金を返済させるだけでなく、奴隷売買でも儲けるつもりです。」

 やはり、私が想像した通りだった。呂照貴は、獲物と定めたら骨までしゃぶりつくす。曹伯爵に少しは同情する。


「相変わらず、呂照貴のやり口は酷いな。だが、曹家を潰した後の統治が楽になるから、良しとしよう。これだけあくどい統治を行えば、後で、私が曹伯爵の領地を統治しやすくなるからな。」

 わざわざ、南の大領を曹伯爵と秦伯爵に与えたのは、攪乱して民の反感を買わせるのを想定していたからだ。

 元々、長南江より以南の地は、楊公爵に懐いていた。楊公爵の後に、この領地を私が統治しても反感を買うのは分かっていた。それで、曹伯爵や秦伯爵を噛ませたのだが、2人は私が思った通りの悪徳領主振りを発揮してくれた。

 私が南を統治すれば、直ぐにでも民が懐く土台を作ってくれた。


「趙嘩照は問題なさそうだな。鎧騎士200騎も上手く売ったようだし。曹家領には范令も行っているはずだが。彼もしっかり働いているか。」


「はい、范令なら旧勢力の南3家の残党どもを手懐けるのも問題ないかと。ただ、辺境伯様から命じられた人材集めは苦戦しているようです。」


「そうか、范令は調略の方が得意だからな。まぁ、人材集めの方は相性もあろう。特にいい人材は、癖があるからな。『5人組』たちのように。」

 范令もまた、『5人組』の一人である。

 彼の能力は、敵の後方攪乱する力に秀でていた。陰で暗躍する策士だ。

 范令は元々、他国で暗躍した間者であった。

 それを私がスカウトしたのだ。

 彼は貴族から依頼を、味方の裏切りで失敗させてしまった。

 本来なら、任務に失敗した間者は始末される。

 私は偶々、彼に依頼した貴族の屋敷で彼と出会った。彼の能力を知った私が、知人の貴族に無理強いを言って配下にしてしまったのであった。

 とにかく、范令は敵の中で反乱を起こさせたり、有力武将を裏切らせたりと、戦う前に敵を攪乱させる力に秀でていた。

 「それで、范令は旧南3家との接触はどこまで進んでいる?」


 「はい。旧南3家の残党に上手く接触して、反乱を興すように仕向けております。反応は悪くなさそうです。燕荊軻将軍の処刑の日をターゲットに、旧3家の残党と領民の反乱を起こす準備を行っています。」


「そうか・・・荊軻将軍の処刑日がXデーか。楽しみにしておこう。曹伯爵の統治能力が無能だと証明するような大規模な反乱を起こしてくれるんだな。候景将軍。」


「はい、そうです。范令は南3家の残党に。趙嘩照は曹伯爵やその息子、新たに納入した鎧騎士200騎といくつも手は打っています。きっと上手く行くでしょう。」


「曹家領の反乱が上手く行けば、曹家を潰せる。弟の曹宰相が、実家を潰させまいと焦ってボロを出すだろう。まぁ、そっちは宰相の出方次第。少なくとも曹伯爵だけでも潰せれば良い。それより、今回の曹家攻めでは、申家の燕荊軻。羅家の羅漢中。曹家の李剣星。この3人が私の配下にできれば申し分ない。ただ、さっきも言ったように、相性があるから無理にいくな。外堀を埋めて上手く手懐けてくれ。」

 私は、王に成るのが目的ではない。王に成った後が大事なのだ。私はこの国を強国にする。そして、侵略戦争に打って出るつもりだ。

 小国の大成国や大商国は簡単に侵略できるはずだ。

 問題は、長年戦ってきた北の大魏国だ。あの国には優秀な人材が揃っている。あの国とやり合うには、こちらにも優秀な人材が必要だ。

 この国の神級魔力の騎士9人の内、6人は押さえている。

 大魏国とやり合うには、残り3人の神級魔力の騎士である趙家領の趙紫雲、羅家軍の羅漢中、旧南東軍の朱義忠を配下に加えるのが必要があるのだ。


「人材ですか・・・。范令が言うには、燕荊軻は処刑から助けてやれば靡くかと。羅家の方は感触は悪く無いようですが、羅家の頭領の羅元景が何を考えているか分からないと。そして曹家の李剣星には断られたそうです。」


「人材集めは根気が必要だ。范令にはあきらめずに頑張るように言っておいてくれ。特に神級魔力の持ち主の羅漢中は欲しい。」


「分かりました。范令には言っておきます。」


「曹家は早く終わらせる。そして、次は秦家。その後が趙家。この3家が片付けば、王位を譲ってもらう。若い王・・・あいつの血が混じった王には玉座から去ってもらう。そして、私が玉座に座るのだ。」


「蔡辺境伯が王になられる。いよいよですか。曹家と秦家、それに趙家の3家。こいつらを倒せば、蔡辺境伯の夢が叶うのですか。あともう少し。やっと、ここまで来ました。あと3つですね。」


「そうだ。あと3つの貴族を倒せば終わりだ。大して難しくはない。大変なのは王になった後だ。その為に、人材集めに力を入れていかなければな。」


「分かりましたが、優秀な者ほど利で動く者は少ない。なんと言いますか、変わり種の者が多いのです。それだけ、配下にするのも難しい。」


「その通りだ、候景。良い人材には変わり種が多いのは良く分かっている。だが、そういう人物こそ一度忠誠を誓ったら裏切らない。利を求める者はたやすく利に靡くからな。忠を求める者には忠で、義を求める者には義で靡かせてくれ。時間や手間はかかるが、こういう者こそ信じられる。」


「分かりました。蔡辺境伯のご命令であれば最善を尽くしまう。」


「頼んだ。候景将軍。お前には期待している。」

 私は椅子から立ち上がり、候景の肩を叩いた。


「はっ。」

 候景は、拝命の礼を行うと、部屋を出ていった。


 候景が部屋を出ていくのを確認すると、私は再び机の椅子についた。

「黒姫。いつまで姿を隠しているんだい。」

 窓の方に目をやる。


「あら、気づいていたの、伯龍。久しぶりね。」

 窓の近くに、黒い長羽織を着た商人風の女性が気配を消して立っていた。

 その女性は近づいてくると、遠慮する素振りもなく長椅子に腰かける。

 彼女は黒姫。私の願いを叶えてくれた女性だ。

 趙伯爵家を潰す工作を依頼していたが、彼女にしては珍しく工作の状況はあまり芳しくないと部下からの報告が上がっていた。


「黒姫にしては珍しいな。」

 彼女が私の依頼を失敗したのは、これが初めてであった。

不真面目な素振りをしても、依頼を失敗しないのが彼女だった。

 優秀な間者を配下にいて情報収集を徹底的に行う。そして、その情報を基に彼女の知略で策を考える。後は、その策を実行するだけで、私の依頼を失敗する事などは無かった。

 彼女の知略が優れているのは、彼女の弟子の顔を見れば分かる。

 『不敗将軍』の鄭任や軍師の呉起は、彼女が育てた人材であった。今は私が彼女から2人を借り受けているが、2人の知略はこの国中のトップレベル、いや、この聖大陸中でもトップレベルのはずだ。

 そんな彼女が、任務に失敗する事など今までは無かった。


「あら、伯龍。あなたも嫌味を言うようにまったわね。その嫌味は【智陽】のこと、それとも【火の迷宮】のこと。どっちかしら。」

 黒姫は足を組みながら、苦虫を潰すような表情をしていた。

 この大陳国を牛耳り立場になっても、彼女には頭が上がらない。


「まぁ、両方だな。だが、これ以上、黒姫を虐(いじ)めるのは止めよう。後が怖いからな。それに黒姫が失敗したのは、それなりの理由があったからだろうし。」

 黒姫が失敗するのを、私は始めて見た。つい面白がってからかってしまったが、彼女の表情を見ると、これ以上は彼女の逆鱗に触れそうなので止めておいた。

 なにせ、彼女とは付き合いが長い。


「そうね、理由はあるわ。でも、失敗は失敗ね。悔しいけど、趙伯爵家の工作は全て失敗したわ。予期しんかった邪魔が入ったからね。」

 悔しそうな表情で黒姫はつぶやいた。


「誰が、あなたの邪魔を出来たのか?」

 私の敵対者は候補が絞れないほど多いが、彼女に任務を失敗させるだけの能力を持つ敵対者は思い浮かばない。


苦虫を潰すようにその敵対者の名前を言った。

「虹の王よ。・・・奴が私の邪魔をしたのよね。」


「虹の王?、誰なんだ、その者は?」

 彼女の口から出たのは、私の知らない名前だった。


「あら、あなた大陳国の3大貴族の当主でしょ、虹の王の名も知らないのかしら。」

 

「すまない。私は元々この蔡辺境伯家を継ぐべき人間じゃなかったからな。3大貴族の蔡辺境伯家の当主としての教養を父からあまり教わっていないんだ。」

 蔡辺境伯は三男で、元々蔡家の跡取りでは無かった。

 それが一年の間に、二人の兄が死に、そして父親も死んだ。

 それで、急遽、蔡家を継ぐことになったのである。


「仕方が無いわね、なら教えて上げるわ。虹の王は、魔神様を封印した私たち魔人族の敵。虹色魔力を使うんで虹の王と呼ばれているのよ。あなた達の世界の教団は使徒と呼んでいるわ。虹色魔力や使徒という言葉なら、あなたも知っているでしょ。」


「ああ、虹色魔力か。確かにその言葉は父から聞いて知っているな。それと、使徒についても、そう言えば教団の教区主が『この国で使徒が現れる』と言っていたな。」

 確か、死ぬ前の父が、神級魔力を上回る魔力があると話していた。

 なんでも、この世界で一番強い魔力で千年前の始祖が使っていた魔力と言っていた。だが、その魔力を持つ者は滅多に現れないとも言っていたので気に留めていなかった。

 確か、一般の人は虹色魔力を知らないようだ。教団に、王家や大貴族の当主ぐらいしか知らない伝説の魔力と言っていた。


「その虹色魔力を持った虹の王が、仲間を連れて私の仕事の邪魔をしたのよ。」

 これだけ黒姫が悔しがっているのを見ると、彼女は相当量の魔魂を費やしたのだろう。確か、部下の報告書では、3千匹近い魔物が【智陽】の都市(まち)を襲った処を、4人の冒険者が撃退したと書いてあった。


「その虹の王が【智陽】を襲った魔物を退治したのか。」


「そうよ。私がどれだけ魔魂を費やしたと思っているのよ。」

 4人で3千匹の魔物・・・、確かその3千匹の魔物の中には、神級魔物もいたはずだ。


「黒姫、もしかして、《火の迷宮》の主を倒したのもその虹の王がやったのか。」

 部下の報告では、冒険者が迷宮の主を倒して、《火の迷宮》が攻略されたと聞いていた。あまりの激しい戦いの跡で、地下5階層の天井が吹っ飛び、全ての階層の天井が突き破られ外界に通じたと言っていたが・・・。

 

「そうよ、赤龍も虹の王が倒したわ。私が送り込んだ30匹以上の神級魔物もね。神級魔物を30匹よ。どれだけ私が魔魂を使ったと思っているのよ。」

 再び、怒りが沸き上がってきたようで、『ドンドン』と机を叩いている。


「赤龍・・・それに、神級魔物が30匹だと。」

とても想像できない。そんな力を持った冒険者がいるのか。


「災難なんてモノじゃないわよ、まったく。本当に呪われているわ。【智陽】では3千匹の魔物、【火の迷宮】では35匹の神級魔物。どれだけの魔魂を消費したと思っているのよ。5万人分の魔魂よ、5万人分。分かっているわよね、伯龍。」

 魔魂は、殺した人間の魂だ。

 魔王自身が殺した人の魂でも良いが、自分で得る事ができる魔魂はたかが知れている。

 10人もの人間を殺したら、直ぐに足がついてしまう。

 魔王との契約者が殺した人、または契約者が命じて殺させた人の魂も魔魂になった。魔王と契約者との契約条項に、契約者が得た魔魂は魔王に帰属するという文言が記載されているのが条件だ。

 黒姫は暗に、私に5万人以上の魔魂を補填しろと言っている。


 だが、黒姫が消費した5万人分の魔魂は、そもそも私が稼いだものだ。

 私が、魔物に襲わせた王都【陳陽】。それと王都に行く途中で魔物が襲った【曲阜】。その都市で多くの人が死んで、その魂が魔魂となって獣魔王である黒姫に捧げられた。

 それだけではない。

 蘭辺境伯や楊公爵家、それに北3家や南3家の貴族軍を倒した時に死んだ兵士や民の命も魔魂に変わっている。優に5万人以上の魔魂は稼いでいる。

 だが、彼女にとっては、自分の消費した魔魂を当然のように私が補填すべきだと思っている。まぁ、彼女に返しきれない借りがあるので仕方がない。


 だが、今は魔魂より、赤龍や神級魔物を本当に虹が倒したのかに興味がある。

「黒姫、君は私の事をからかっているのか。赤龍を人間が倒すことができるのか。神級魔物一匹でも、何人もの神級魔力の騎士が束になって、やっと倒せるかどうかなのに。一人で35匹の神級魔物をどうやって倒したんだ。」


「そんなの、私に聞かないでよ、思い出すだけで腹が立ってくるわ。全く、赤龍も、赤龍よ。あれだけ私の前で大見え切ったくせに。何が『命をかけて虹色魔石を守る』よ。結局、虹色魔石は奪われるし、赤龍は倒されちゃうし。《火の迷宮》の地下5階層は外界の陽が当たるって言うじゃない。ああ、マジで呪われているわ。」

 黒姫は不機嫌そうに話した。


「そうか・・・赤龍を冒険者が倒したのは本当なんだな。そして、その冒険者は虹の王というのか。」


「そうよ、消費したのは、魔魂だけじゃないわ。『黒鴉』も半分の人数を失ったわ。ちょっと、私、立ち直れないわよ。まったく。」

 (なに・・・半数近い人数の『黒鴉』が殺られたのか・・・。)

 『黒鴉』は黒姫が育てた間者だが、黒姫の契約者である私の為にも相当に働いてくれていた。情報収集だけでなく、暗殺、籠城戦での敵の攪乱など、多岐にわたって活躍してくれていた貴重な戦力だ。その『黒鴉』の力が半減したのは痛い。痛すぎる。


「黒姫、『黒鴉』の半数がやられたのは本当か。」


「本当よ。30人近い人数に虹の王を追わせたら、黒猫姫以外は全員自決したわ。」


「自決だと?精神魔法か何かで、精神を乗っ取られたのか。」


「少し違うわ。虹の王が魔法で『黒鴉』たちの頭の中の情報を読もうとしたらしいの。それで、あの子たちが情報を守る為に皆、自決したのよ。」

 彼女は悔しそうな顔で話した。今まで大事に育ててきた子供のようなモノだ。それが、自決に追い込まれたのが悔しいのだろう。


「そ、そうか。」

 確かに、『黒鴉』たちなら、情報を盗まれるくらいなら自決を選ぶだろう。あいつらは、そう言う奴らだ。黒姫が怒るのも良く分かる。

 だが、それ以上に『黒鴉』を半分失ったのは痛い。自分の目と耳の半分を失った気分だ。これが蔡家の情報収集力が半減したことを意味した。

 情報収集については、『黒鴉』以外の間者を使うのも考えなければならない。情報収集力が戦略や外交において最も重要なのは言うまでもない。


「白龍。魔物の《魔物召喚》や《魔物使役》で消費した魔魂分だけでなく、失った『黒鴉』の補填分も含めて、新たな魔魂をよろしく頼むわね。そうじゃなきゃ、次に虹の王に対峙した時、魔魂切れで何もできないわ。」


「ああ、分かっている。まずは、曹家を片付けて、次は秦家、最後に趙家だ。それが、終われば、王を殺して、私が新たな王になる。そうして、次は他国と戦争だ。国同士の戦争なら、それこそ一回の戦いで10万単位の魔魂が手に入る。その為に、黒姫にはもう少し頑張ってもらわないとな。」


「分かったわ、今の話を聞いて、少しは気分が良くなったわ。それと、虹の王には注意しなさい。奴が冒険者を装って、数人の仲間を連れていたわ。途中で、趙家の趙紫雲も一緒に行動を共にしていたわyp。」


「ほう・・・趙紫雲か。是非、配下に加えたい逸材だ。それとできれば、その虹の王も私の配下に加えたいな・・・。」


「それは、止めた方が良いわ。虹の王は魔神様の、私の敵よ。虹の王が白龍の部下になるなら、私はあなたとも戦わなければならなくなるわ。それ以前に、虹の王が誰かの下に付くとは思えないけど。」


「それでは虹の王を配下にするのは止めよう。私は黒姫の敵になりたくないからな。黒姫には恩がある。それこそ、命を差し上げても足りないぐらいの恩だ。残念だが、虹の王を配下にするのはあきらめよう。そして、敵として認定する。」


「あら、伯龍。あなた分かっているわね。まぁ、あなたが契約を守り続けるなら、私もあなたの望みを叶えるのに協力し続けるわ。あなたの最後の望み、この国の王に成ると言う望みをね。」


「契約は守るよ。君は私の一番望んだ約束を叶えてくれた。この国の王など。おまけみたいなモノだ。私が王を望むのは、君が望む魔魂をたくさん得る為だ。王に成れば、数十万人単位の魔魂が手に入るからな。」

 私は黒姫に向かってほほ笑んだ。


「白龍、あなたは本当にいい子ね。嫌いじゃないわ。それじゃ、たくさんの魔魂を私に貢げるように、あなたを早くこの国の王にしなければね。」

 黒姫はそう言うと、いつの間にか姿を消していたのであった。


 * * *


 七色聖教 大天主堂、教主の間

 そこには、すでに紫聖人の除く6人の聖人が集まっていた。

 紫聖人が遅れて、教主の間に入ってくる。

 彼は今日、この【聖陽】の都市(まち)に戻ってきたばかりで、急いでこの教主の間にやって来た処であった。

 冒険者のように各地を回って、魔物を倒すのが紫聖人の役目である。

 今回は、この会議の為に急遽、帰国したのであった。

 これで、7人の聖人が全員揃った。

 集まった聖人達の中で、緑聖人と赤聖人は雰囲気がいつもと違う。

 緑聖人は、額(ひたい)の汗を拭きながら緊張した表情をして、赤聖人も神妙な顔つきで前を向いて微動だにしない。


 紫聖人が『教主の間』に入り、聖人たちが全員揃った処で扉が開いた。

 私は、聖人たちの視線を浴びながら部屋の中に入って行っていく。

 私の表情を見て、2人の聖人を除く他の成人たちは何が起きたのか不思議に思っているだろう。今の私は、表情がでないように感情を抑えられる状況ではなかった。

 それくらい、私は怒っていた。

 怒りを隠すことが出来ずに、私はこの会議に臨んでいる。

 とにかく、7人の聖人と教主の私、これで会議のメンバーが全員揃った。


 いつものように聖人たちを見回すと、口を開いた。

「聖人達よ。忙しい中、集まってもらいすまない。今回、集まってもらったのは大陳国の使徒様の件です。使徒様とおぼしき御仁が《火の迷宮》に現れ、赤龍を倒し、虹色魔石を手に入れたと思われます。ですが、残念なことに、我らは使徒様に会うチャンスを逃してしまいました。」

 奥歯にものが挟まった言い回しで説明を行った。

 私は、緑聖人と赤聖人の2人に視線を向ける。


「私は怒っている。我が教団は、予言の年であるこの時を千年も待っていた。そしてやっと、使徒様とおぼしき人物が現れたにも関わらず、使徒様を探す使命を放棄し、逃げだした聖人を許すことができようか。しかも、その御仁は戦いが終わると姿は消し、完全に見失ってしまった。その御仁を見つける伝手すら得ずにだ・・・。緑聖人、赤聖人、貴殿たちに何か弁解の言葉はありますか。」

 怒りを我慢して、2人の聖人の名を叫んだ。


 2人は顔を下に向けたまま立ち上がった。

「「ございません。」」


「緑聖人、皆に大陳国の使徒様に出会った時に話をしてあげてください。」

 怒りはまだ収まっていない。それほど、大陳国の使徒様を探す任務を放棄して逃げ出したのは許しがたい。

 聖人としての責任がない。事の重要性も全く分かっていない。予言を成就する為に自分の命を賭ける覚悟もできていない。

 (ああ・・・本当に腹立たしい。これが、もし使徒様を教団に招く最後の機会だったらと思うと・・・逃げ出したこの2人の聖人に腹が立って仕方がない。)

 考えれば考えるほど、耐えがたい怒りが私を襲う。

 そんな中で、緑聖人が申し訳なさそうに使徒様と思われる御仁の話しを始めた。

 緑聖人の話は、地下4階層に神級魔物が現れて戦った処から始まった。

 赤聖人や何人もの神級魔物の聖騎士がいたにも関わらず、一匹の神級魔力に歯が立たず、魔物の人質になったこと。

 緑聖人も含め、魔物たちの人質になっている処に、耳長族の冒険者が現れ、彼女が戦っている間に、捕まった人質を解放して逃げ出したこと。

 既に、半数近くの味方が殺されて、必死に逃げた事。

 途中で、趙家の趙紫雲将軍と趙麗華将軍、それに冒険者にであった事。

 そして、迷宮の中で大きな音がして、地下5階層の天井から外界まで突き抜ける攻撃が行われた事。

 何かが起こったと思い、再度、迷宮にもぐった時には、全てが終わっていた事。

 最後に《迷宮の主》を倒した御仁の姿も虹色魔石も消えていた事。

 順序だてて《火の迷宮》で起きた出来事を緑聖人が皆に話した。


 私は、緑聖人の話が終わると、天を仰いだ。

「嘆かわしい、本当に嘆かわしい。ですが、責任は私にもあります。教団の戦力がこれほど脆弱だったとに気づかずにいた。この状況を放置していたのは私の責任です。あなた達だけを責めるわけにはいきません。」

 私は皆に話しながら、自分に言い聞かせた。

 緑聖人の話を聞いて、たった一匹の神級魔物が倒せない教団の現状にショックを受けた。そして、この状況を許したのは私だ。

 今まで、強い魔力や優秀な才能を持った子供を強引に集めて、教育を施し、教団の戦力増強に努めるだけで十分だと思っていた。

 だが、現実は厳しかった。

 【潘陽】を襲った魔物に恐れをなした教団は【潘陽】を見放した。

 それが、大梁国の使徒である岳光輝様が怒りに触れ、光輝様の信用を失った。

 今回の大陳国の使徒様の件も同じだ。

 何度も《大瀑布》の原因となった《火の迷宮》の魔物から逃げることしか出来ない教団は、きっと大陳国の使徒様からも見放されたのであろう。


「教主様。面目ございません。」

 今度は、教団の軍事の責任者の赤聖人が頭を下げた。

 今の教団の聖騎士が使徒様方の期待に応えられない状況を良しとしてきた責任者は、軍事を預かる赤聖人の責任であった。


「千年です。・・・教団は千年の時空(とき)を待ち続けました。その間に、教団は力を蓄えてはずでした。ですが現実は、逆に力を失っていたのです。これから、教団の聖騎士を鍛えなければなりません。」


「誠に、も、申し訳ございません。この赤覇武。命に代えて教団の戦闘力を鍛え直します。」

 赤聖人が、椅子から立ち上がり、そのまま地面に跪いた。


「神級魔物に勝てない。倒せない。結界が破れないと言っていましたが。先ほどの話では、耳長族の女戦士は勇敢にも神級魔物と戦った。それに、昔の聖騎士は、神級魔物と戦い倒していました。それが、近年は神級魔物の結界は破れないと決めつけ、戦う事をあきらめてしまった。そのツケが、今来ているのです。」

 私は、日頃に思っていたことを口に出した。


「・・・・・・。」

 赤聖人は黙って、頭を下げている。


「もうこれ以上は止めましょう。終わった事を言っても何も得られません。それで、始祖様と思われる御仁を探す伝手は全くないのですか。」


「考えられるのは、迷宮で出会った趙家軍の将軍と冒険者、それに耳長族かと思います。」


「趙家の将軍・・・趙紫雲将軍と趙麗華将軍のどちらかが使徒様という事は無いのですか?」


「確認しましたが、趙紫雲殿は、魔力色が赤の神級魔力でした。麗華将軍には会えていませんが、王級魔力だという事は裏が取れています。」


「そうですか・・・虹色魔力ではないのですね。それでは耳長族の可能性はありますか、いえ、亜人が使徒様という事は有り得ませんか。」

 耳長族は伝説の生き物とされている。耳長族が伝説ではなく、実在した始祖の眷属の一人であると七光聖書の原書に書かれている。

 だが、教団が耳長族は存在しない伝説の種族と民衆に信じ込ませた。

 それは、亜人が始祖様の眷属と言う事実は存在してはならない。

 あくまで、始祖様は人間族の神なのだ。人間族だけで魔神と戦ったと民衆に信じ込ませたのである。

 亜人などを仲間にする事など許されない。

 使徒様が魔神を封印すると、耳長族が姿を消したこともあって、教団は耳長族を伝説上の生き物と民衆に信じ込ませてきたのだ。


「耳長族も、虹色魔力を放つ者を探しておりました。それは無いと思います。」


「それでは、使徒様らしき御仁は居なかったという事ですか。」


「いえ、趙将軍と一緒にいた冒険者については分かっておりません。ですが、どうもその冒険者が怪しいようです。」

 緑聖人も、《火の迷宮》の失態必の後、必死で使徒様に関する情報を探しを行っていたようであった。


「ほう・・・趙将軍と一緒にいた冒険者の中に、使徒様がいるかもしれないと。何か気になったことがあるのですか。」


「はい、【智陽】の都市が魔物に襲われた際、都市に住んでいる信者が、使徒様らしき冒険者を見たと言っております。なんと、4人で三千匹の魔物を倒したという冒険者です。そのその冒険者は《火の迷宮》に向かったと言ったとか。その冒険者一向が使徒様ではないかと。そして、趙将軍と一緒にいた冒険者が同一ではないかと考えています。」


「【智陽】で3千匹の魔物を倒した冒険者ですか・・・、確かに、その可能性は高いですね。確かに3千匹の魔物を倒せるのは使徒様しか考えられません。」


「間者の『天狗』に【智陽】の状況を調べさせたところ、倒した魔物の中には、神級魔物が4匹もいたそうです。そして、その冒険者たちが4匹の神級魔物も倒したそうです。」

 信者だけだと情報が偏るので、『天狗』にも調べさせたのは正しい判断だ。魔物3千匹だけでも、我が教団には無理だ。しかも、神級魔物4匹が加われば、【智陽】の魔物を倒したのは使徒様しか考えられない。


「そ、その冒険者に間違いないですね。その冒険者の手掛かりは無いのですか。一緒にいた趙将軍なら何か知っているのではないですか。」

 なんとか手がかりが見つかりそうだと期待する。


「一緒にいた趙紫雲将軍に尋ねたのですが、《迷宮の主》である赤龍を倒した後、姿を消したの一点張りです。知らない冒険者たちで、《迷宮の扉》を一緒に魔物を倒したのが縁で迷宮の中にも一緒に潜ったと言っておりました。きっと、何かを知っているはずなのですが、話そうとしません。」


「相手は趙伯爵家の将軍、しかも神級魔物の武人ですか・・・。捕まえて口を割らせるわけのはいきませんかね・・・。」

 私は、赤聖人の方をチラリと見た。


 目がを合わせた赤聖人が口を開いた。

「いえ、私と趙将軍が戦っても勝てる見込みは立ちません。死をかけた勝負になると思われます。捕らえるとなるともっと大変です。神級魔力の者同士の戦いで相手を捕らえるのというのは、少し無茶かと思いますが。」


「そうですか、むちゃですか。命を賭けた戦いになるなら、あなたが勝っても、趙将軍に死んでしまいますね。死んだ方から情報は聞き出せませんか・・・。それなら、趙将軍に間者の『天狗』を張り付けて、様子を探らせなさい。何か、怪しい動きがあったら直ぐに報告させるように。」


「わかりました。」

 緑聖人が首肯した。


「それにしても、他に情報は無いのですか。使徒様を我らの主に招くのが、我が教団の千年の宿願。何としても、使徒様の行方を探すのです。大陳国中の教団の信者、それに『天狗』を総動員させなさい。それと、緑聖人、赤聖人。あなた達2人は大陳国の使徒様探しに傾注しなさい。なんとしても、使徒様を探し出すのです。」

「「はは・・・。」」

 2人は跪いて、片足を地面について、両手を挙げた。

 右手の拳を左手で包み込んで高く上げる受令の礼を恭しくおこなった。


「くれぐれも、私を失望させないでくださいね。緑聖人、赤聖人。」

 私が2人の顔を見つめると、緑聖人は真っ青な顔をして頷いた。赤聖人も同様に、跪いたまま首肯するのであった。


「次に、藍聖人。大梁国に動きがありましたか。岳光輝様の状況は如何ですか。」

 教団の情報は『智の一門』の藍聖人が一手に管理している。

 それに、岳光輝の軍師である藍忠辰は藍聖人の弟子でもあった。

 それで大梁国の岳光輝の情報収収集およびパイプ役は藍聖人が行っていた。


「はい、教主様。大梁国では国王が死にました。」

 岳光輝のいる大梁国では、王が後継者を指名せずに病没した。

 大梁国の王の病気はずいぶん前からで、状況が悪い事は教団でも分かっていた。

 教団の情報を扱っていた『藍の一門』に在籍していた藍忠辰も当然に知っていることで岳光輝も知っている。

 

「そうですか、遂に死にましたか。それで、岳光輝様の動きはどうですか。」

その大梁国の王が死んだと聞いて、『やっと死んだか』というのが正直な所だ。


「それで、後継者は誰になりそうですか。」


「国王は後継者の指名は予想通りございませんでした。第一王子の劉牧と第2王子の劉鴻志の後継者の地位を争っております。」

 本来であれば、第一王子が王位を継承するのが順当であるが、貴族たちがそれを許さない。

 理由は第一王子が凡庸で、後ろ盾の南の大貴族である李伯爵は第2王子の後ろ盾になっている白辺境伯に比べて弱かった。

 第2王子は後ろ盾だけでなく魔力階級も高く、武術に優れ、頭も優秀であった。

 その為、大梁国の貴族は第一王子の劉牧派と第2皇子の劉鴻志の2つに分かれて、後継者争いを勃発させたのである。


「良いですね。それで、大秦国の動きはどうですか。」

 教団の予想通り、大梁国で後継者争いが勃発してくれて満足だ。その隙を大秦国が突いてくれれば、教団にとって望ましい状況である。思わず、顔がにやけてしまう。

 その理由の一つは、大梁国が大秦国に攻撃されれば、岳家も大秦国の侵攻に悩まされる。そうすれば、教団が光輝様の支援を始める口実が生まれ、光輝様も我らを頼って来る関係が生まれる。

 もう一つは、使徒である岳光輝様には、予言の成就の為にこの聖大陸を統一してもらわなければならない。大秦国の侵入を退ければ、岳光輝様が大梁国を手に入れ、聖大陸統一の地盤にできる。

 岳光輝様には、まず大梁国の一国を獲ってもらい、その後に聖大陸の制覇の足掛かりにしてもらう。

 将に、大秦国の大梁国侵攻は一石二鳥である。


「はい。隣国の大秦国も、貢献者争いを想定して軍備を揃えていると報告が上がっています。いよいよ大梁国に侵攻するかと思われます。」


「そうですか、大梁国が動きますか。これに乗じて、岳光輝様も動きますね。」


「はい。」

 藍聖人は首肯した。

 岳光輝様も、大秦国の侵略の動きは、配下の忠辰より情報を得ていた。

 大梁国の《地の迷宮》を既に攻略し、たくさんの魔石や虹色魔石を手に入れたのも、大秦国の侵攻に備える準備であったと報告で聞いている。

 光輝様が大秦国と戦うに、最大戦力の鎧騎士の数を確保するのは不可欠と考えるのは正しい判断だ。

 そして次は、鎧を作る鎧職人が必要と光輝様は考えるはずだ。

 そこで、赤聖人の策を採用した。教団の人材を送り込み、教団との関係を強化する策に動いた。上手く行けば、そのまま光輝様を教団に取り込められる。

 いくら、教団嫌い、というか宗教嫌いの岳光輝様でも、鎧職人が欲しい状況で、鎧職人の人材提供は断れない。

 そして、鎧職人の天才である『黄の一門』の幹部の黄才援を送る際に、他の教団の優秀な幹部も送り込んだ。

 人の交流が始まれば、これで少しずつ岳光輝様と教団との距離を縮まるはずだ。

 強引な手で使徒様を教団に取り込むのも考えたが、相手は使徒様だ。強引な手を打って失敗は許されない。それに、使徒様の力は未知数で、我らの力で強引に取り込めるかは不安だ。

 だが、人材を送り込みは極めて友好的な手だ。

 上手く行けば、光輝様の組織ごと教団の組織に乗っ取ってしまっても良い。人さえ押さえれば、組織はしょせん箱でしかない。


「物資と戦力は使徒様の手に届いていますか。」

 教団は人材派遣の次に第2弾として物資をすでに送っている。光輝様が教団に依存すればするほど、教団への不信感が薄れ、信頼度が増す。


「はい。すでに鎧騎士千騎。金貨1万枚を届けております。」

 鎧騎士千騎と、金貨10万枚(日本円で約1000億円相当)と聞いて、聖人の中にざわめきが起こった。

 鎧騎士千騎は教団の騎士団の3分の1の戦力、金貨10万枚も、この世界の通貨価値では小国の一年分の国家予算に匹敵する規模だ。

 どちらも支援としては相当な量であった。


「それで、使徒様は、いや光輝様は喜んでいたか。」


「まだ、使者として赴いた私も、忠辰にしか会えませんでした。まだ光輝様の我が教団への警戒感は解いていないようです。」


「そうですか・・・。」

 残念だが、ここで焦ってはいけない。

 それにしても、これだけの援助を行っても警戒が解けないとは、光輝様の宗教に対する嫌悪感は根が深い。

 だが、もう一人の使徒様の存在が分からない以上、今の教団にとって、光輝様が唯一の使徒様であり、信頼を失う訳にはいかない。


「それで、光輝様は、教団から支援した金貨10万枚なのですが、既に使い切ってしまいました。しかも、非常に面白い金の使い方です。」

 藍聖人が嬉しそうな表情をしている。


「・・・金貨10万枚を、もう使われたのですか。それで何に使われたのですか。」

 金貨10万枚と言えば、居城を20個は建てられる資金である。

 戦いに備えるにしても、20個も居城を建てる必要は無い。兵糧や弾薬にしても相当の量だ。それも、資金を渡して、2、3週間しか経っていない。いくら何でも早過ぎる。それに、無駄遣いにしては額も大きい。


「小麦を大量に買い込みました。それと保存の利く食糧です。」


 私は藍聖人の話を聞いて、金貨10万枚でどれだけの量の小麦が買えるか考えた。金貨1枚で大人30人が1年間暮らせる量の小麦が購入できる。金貨10万枚と言えば、300万人の大人が1年は食べられる量の小麦になる。

「金貨10万枚で小麦ですか・・・。とてつもない量の小麦ですよ。多すぎて、小麦を腐らせるだけではないですか。一体、光輝様は何を考えているのですか。」

 兵糧にするにしても、300万人分は多すぎる。せいぜい3万人、多くても20万人が良い所だ。小麦が保存は効くと言っても限度がある。


「いえ、私は光輝様のお考えは悪く無いと思いますよ。先を見込んだ良い手かと。」

 藍聖人は何を血迷ったのか、小麦買いの無駄遣いを良い手と言った。


「どういうことですか、藍聖人。膨大な小麦を腐らせずに、使い途があると。」

 知恵者の藍聖人がそう言うのであれば、そうなのだろうが・・・私にはさっぱり分からない。せいぜい、転売して商人として金を儲けるしか思いつかない。


「はい、大いにあります。難民に食糧を与えるのです。」


「・・・難民?なぜ、岳光輝様が難民など救わなければならないのですか。しかも、教団が支援した資金で。」

 更に、藍聖人の言っている事が分から無くなった。


「大秦国の侵攻で、大梁国の多くの民は土地を捨てて逃げ出します。大秦軍に捕まれば奴隷にさせられますから。そして、光輝様は難民となった民を救うつもりです。その為に膨大な食糧が役に立てるつもりと考えているはずです。」


「難民など救ってどうするのですか。戦力になるだけではなく、飯を喰らうだけじゃないですか。まさか、捕まえて奴隷として商人に売るのではないでしょうね。」

 私には難民を救う意味が分からない。


「まさか、光輝様がそんな事をするわけがございません。光輝様は金貨10万枚の食糧で、この大梁国の民の心を掴むつもりです。」


「食糧で大梁国の民の心を掴む?なぜ、難民を救うと、民の心が掴めるのですか。」

 私には、藍聖人の言っている意味が分からない。

 乞食や流浪人に施しをしても、彼らは無駄飯だけ食べて、お布施をするわけでもない。ただの教団の食糧の浪費にしかすぎない。昔、教団でもそのような事をしていた時代があったと聞いたが、今ではそんな無駄はしていない。


「金貨10万枚で買える小麦は300万人の大人の一年分の食べる量に匹敵します。光輝様はその1年で大梁国を獲るつもりです。考えてもみてください。大秦国が侵攻して、民を奴隷として捕まえにくるのです。そんな民を、誰が救ってくれるのですか?王家は継承争い。大貴族は自分を守る事で精一杯。民を救う貴族などいません。そこで、唯一、光輝様お一人が3百万人の民を救う為に行動を起こすのです。光輝様は3百万の民の希望となるのです。300万人は大梁国の人口の4分の1です。それだけの民の心を掴めば、大梁国一国の民の心を掴んだと言えます。」


「なるほど、民の心・・・、そして希望ですか・・・。」

 確かに、大梁国の民を救ってくれる者は光輝様しかない。民は光輝様にすがり、光輝様に救いの希望を抱き、英雄と崇めるであろう。

 300万人の民の希望は、目に見えない力になる。

 将に、千年前に始祖様にすがった民たちのように、今の民が岳光輝様を崇める。

 (私には、無かった発想・・・、これが始祖様や使徒様が持つ力なのか。)

 ただ、岳光輝様が大梁国を獲るだけでない。大梁国の1200万人の民の心を掴み、希望になるのだ。多くの民が岳光輝様の旗の下に集まるであろう。

 その民の希望に、岳光輝様の虹色魔力の力と教団の支援が加われば、容易にこの聖大陸の統一は成就できる。

 考えているだけで、体が震えて来た。

「藍聖人、金貨10万枚分の食糧で、大梁国の民の心を掴む意味が分かりました。」


「そうですか。教主様にもご理解頂けましたか。良かったです。」

 藍聖人は嬉しそうにほほ笑んだ。


「それにしても、岳光輝様はなんと思慮深く、そして慈悲深い人だ。将に、この聖大陸を一つにまとめ、使徒様としての大業を成す方に相応しい。」

 私は、体だけでなく、心も震えるのを感じるのであった。


 * * *

 楊慶之   【姜氏の里】


《火の迷宮》を攻略した俺たちは、【姜氏の里】に戻ってきていた。

 姜馬の屋敷に、修行が完了した報告にやってきたのである。

 修行の成果は、皆伝の条件である虹色魔石を手に入れた。それに人材も麗華、美麗、レイラ、公明と4人の優秀な仲間を連れきたので文句はないはずだ。

 趙紫雲は、姉の麗華を俺に託して、趙家軍を率いて帰って行った。

 まぁ、趙紫雲は人材として欲しいが、姜馬から修行完了の証明である皆伝をもらう条件を満たしたのには変わりがない。


 姜馬に修行の成果を報告しようと彼を探したが、一向に姿が見当たらない。

(もしや、姜馬の体に何かあったのか・・・)

 嫌な予感が頭をよぎる。

 修行の旅へ行く前から、体が相当に弱っていた。

 食べ物が喉に入らないようで瘦せ細っていたし、咳もしていた。

 【姜氏の里】に戻っても、誰も姜馬の話をしようとはしない。

 心配して彼の部屋を探しても、一向に彼の姿が見つからない。


「おお、慶之。良く無事に戻ったぜよ。まっこと、ご苦労じゃった。」

 どこからか姜馬の声が聞こえた。

 声がした方を振り返ってみても、姜馬の姿は見当たらない。

 周りを見回しても、それらしき気配も感じない。


「おい、慶之。どこを見とるんじゃ、儂はここじゃ、ここ。」

 再び、姜馬の声が聞こえる。

 だが、声しか聞こえない。彼の姿も気配も見当たらないのだ。どこかに隠れているのではないかと、彼の部屋を見回したが姿は見えない。

 

「おかしいぞ。確かに姜馬様の声が聞こえるのに。」

「そうよ。これは私たちが、姜馬様にからかわれているに違いないわね。まったく、姜馬様はどこに隠れたのよ。」

 桜花や静香も、姜馬を探すが見当たらない。これは静香の言う通り、どこかに隠れて俺たちを驚かすつもりだろう。他の麗華や美麗たちも、声がするのに姿が見えないので不思議がっていた。 


「お、おい、おい。姜馬、かくれんぼでもして遊んでいるつもりか。俺は疲れているんだから、早く姿を見せてくれ。」

 姿を見せない姜馬に、いい加減に俺も少し腹を立ててきた。


「おまんら、なにを言っちょるぜよ。さっきから、儂は姿を見せているきー。儂を無視しているのは、おまんらぜよ。」

 姜馬の声は聞こえるが、やはり屋敷のどこにも姿が見えない。


「なにをふざけているんだ・・・。」

 姜馬の声がする方にある小熊のヌイグルミに顔を近づけて文句を言った。


「ふざけてなど、おらんぜよ。」

 小熊のヌイグルミに顔がしゃべった。


「もしかして、お前が姜馬か?」


「やっと、気付いたか。おまんらは本当に鈍感じゃな。」

 小熊のヌイグルミがしゃべった。


「ええぇぇえ!?もしかして、このヌイグルミが、姜馬様なのか?な、なんで姜馬様が小熊のヌイグルミになんてなってしまったんだ・・・。」

 桜花は余りのショックに驚きが隠せない反応であった。


 小熊のヌイグルミが頷いている。

「そうじゃ、このヌイグルミが儂じゃ。驚いたかの。」

 確かに、姜馬の声や話し方に間違いない。

 どうしてこうなったか理由を聞くと、小熊のヌイグルミが話し始めた。

 俺たちが《火の迷宮》に旅立つと、姜馬の体の衰退は更に進んだそうだ。

 とうとう命の灯(ともしび)が消えそうになると、姜馬は里の者に自分を里の『魔力溜り』に移動するように命じた。

 そして、『魔力溜り』で姜馬は溢れる魔力を浴びると、魔法を発動した。

 その魔法というのが、自分の体は機能を停止させ頭脳だけを魔力で動かして、思念を小熊のヌイグルミに移すモノであった。

 体は仮死状態で頭脳だけ、魔力が頭脳を動かし思念を送り続けているのだ。

 これなら、体に負担をかけることなく、思念だけで生き続けられるらしい。

 

 話を聞いた俺たちは驚いた。

「姜馬は相変わらずだな。自分の体を仮死状態にして、魔力で頭脳を動かして、思念をヌイグルミに移すなんて聞いた事が本当にできるとは。」

 俺は正直驚いた。


「本当に驚きよ。魔力で頭脳を動かすなんて、本当に凄いわね、姜馬様は。そのような魔法は姜馬様以外には使えないわよ。」

 静香も姜馬の魔法に関心していた。


「まぁ、確かに、お嬢の言う通り、この魔法は儂にしか出来ん。だが、頭脳の動きにも寿命はある。できれば、夢が叶う所を見られれば、ええんじゃが。」

 小熊のヌイグルミが腕を組んで語るが、もっともらしい姿が可愛らしい。


「まぁ、それはそうと、姜馬。新たな仲間を紹介するよ。趙麗華、虞美麗、レイラ、公明、鍾離梅の5人だ。今回、旅で仲間になった。」

 仲間になった5人を姜馬に紹介した。

 それぞれ各人の能力や仲間になった経緯も説明する。


「王級魔力の2人は相当の能力値じゃな。魔力の能力値もあと10で神級魔力に昇華できそうじゃの。」

 姜馬は《認識》魔法で美麗と麗華の能力値は見ていた。

 

【虞美麗】

 武力 870(+10)

 知力 580

 魅力 630

 魔力 690(+30)

 王級魔力、2つ名が『槍姫』


 【趙麗華】

 武力 810(+10)

 知力 820

 魅力 820

 魔力 690(+40)

 王級魔力、2つ名が『姫将軍』


 《火の迷宮》の戦いで相当に経験を積んで、2人は武力と魔力の能力値が上昇していた。王級魔物を相当数倒したのが功を奏したのだろう。

 「美麗殿と麗華殿か。2人とも魔力と戦闘の能力が高いのう。一人は槍の使い手だというし。もう一人は、武術の腕もじゃが、西郷のような用兵家とは凄いぜよ。」

 美麗は槍の腕は、大陳国の3人の名人の一人だと伝えると関心を持ったようだ。

 昔の元気な頃の姜馬なら、北辰一刀流の達人として手合わせをお願いしたかもしれない。


 麗華について、指揮官として用兵が上手いと説明するのに、西郷隆盛を例に出して説明したら良く分かったようだ。

 俺が、麗華が姜馬に紹介すると、麗華は自分からも挨拶をした。

「よろしくお願いします、姜馬殿。子雲を救って頂いた。それに、私と弟の紫雲に素晴らしい武器を頂いた。心からお礼を申し上げる。私は、趙家で将軍をしておりました趙麗華。子雲の、その婚約者です。よろしくお願いします。」

 麗華が、頭をさげて姜馬に自己紹介をした。


 さりげない麗華の挨拶に、すかさず静香が反応する。

「あら、誰が婚約者なのかしら、趙麗華。あなたと慶之の婚約は解約されたの。『元婚約者』なんだから、ちゃんと『元』を付けてくれないと困るじゃない。それに、昔の婚約者で今は赤の他人なのよ。分かっているのかしら。」

 静香の顔つきが怖いが、麗華も負けていない。


「あら、それは子雲が死んだと思われたからでしょ。生きているのが分かったんだから、今からでも婚約を復活させれば良いのよ。ねぇ、子雲。」

 麗華も負けていない。


 火の粉が俺にかかりそうになると、慌てて話を公明の紹介に振った。

 「まさか教団の者が仲間に加わるとはのう・・・。」

 小熊のヌイグルミになっている姜馬が腕を組んで考え込んでいる。

 そして、いつの間にか桜花に抱えられていた。見た目は、桜花が子熊のヌイグルミを抱えているのでおかしくない。

 桜花が、姜馬が思念で動かしている小熊のヌイグルミを思わず可愛くて抱きしめてしまったのであった。


 公明も自己紹介を始めた。

「七光聖教の『藍の一門』に所属していた藍公明と申します。藍の一門では、幹部として智略を磨いてきました。教団は脱退して、慶之様にお仕えし、この頭脳を発揮してお役に立ちます。よろしくお願いします。」


 姜馬が鋭い目つきで、公明の表情を伺っている。

「ほう、『藍の一門』か・・・。確かに、あの一門は教団の中でも変わっておったぜよ。教団の連中は好かんが、あの一門は面白い連中がおったからのう。それで、おまんも、慶之を覇者にするつもりかのう。」


「な、なぜ、私が主君を覇者にしたいと思っている事をご存知なのですか。」

 公明が驚いたように聞いた。


「いや、儂も、40年ほど前かの、教団におったじゃ。それなりに教団の事は知っちょるぜよ。」


「40年前ですか・・・名は姜馬様・・・、もしや、あなたは40年前に、教団にいらした虹の魔導士様ではございませんか。あの虹色魔力を持っていたという。」

 姜馬は虹の魔道士として、良い意味でも、悪い意味でも教団の中では伝説の人物になっていた。

 なにせ、聖大陸中の神級魔物を討伐し、教団の魔法を大きく進展させたという実績がある。それと同時に、王権や貴族などの勢力と結びつく教団の幹部からは忌み嫌われていた。


「ほう、儂のことを知っておるんか。そうか、さすがは、『藍の一門』じゃ。あの一門の教えは変じゃった。確か、主人を見つけて、主人を覇者に、自身は軍師として名を成す教えじゃったが。今も、あのおかしな教えは同じかのう。」


「はい、姜馬様。『藍の一門』も私も同じです。主をこの聖大陸の覇者にする。それが、我が一門の初代が始祖様から与えられた使命ですから。そして、私は慶之様の軍師として指名を全うするつもりです。」

 公明は真剣な目で、姜馬を見つめた。


「姜馬様。私も、教団とはいろいろ有って、教団の情報はそれなりに知っているけど。公明は、二つ名は『神才』で優秀よ。もう一人の幹部と二人で、『藍の一門』の麒麟児と呼ばれた逸材よ。」

 聖香が、いつの間にか麗華との言い争いを終えて、話に加わってきた。


「そうか、それは確かに有能な人物そうじゃのう。慶之の『復讐』に一番必要な人材かも知れんな、公明は。まぁ、『藍の一門』なら、教団に通じる真似はせんじゃろう。仲間にするのを認めるのじゃ。」


「有難うございます。」

公明は跪いて、礼を行った。


 レイラも自己紹介をすると。

「ほう、エルフとは、神級魔力の使い手で、相当の魔力量じゃ。それに、儂でも断念した《収納空間》の魔法を使うとは。それに儂の《認識》魔法を無効化するとは凄いのう。戦闘では桜花に匹敵するとは大したもんじゃ。」

 レイラの紹介を受けた姜馬は《収納空間》魔法が使えることに驚いていた。


「それに、レイラ殿は151歳か。それも、エルフ族の王の一族であるハイエルフというのも凄いのう。まさか、エルフに合えるとは、体を仮死状態にしてでも、命を長らえた甲斐があったぜよ。」

 姜馬はエルフという一族を見て喜んでいた。

 教団の知識を調べた姜馬はエルフという一族が始祖の眷属にいた事は知っていたようだ。彼の話によると、教団の本ではエルフは、長寿で魔力階級が高い者が多く、魔法に関する知識も豊富な種族だと書かれていたそうだ。

 だが、姜馬にとって、エルフは今まで本の世界の人だったようで、本物のエルフを、しかもハイエルフを見て嬉しそうにしていた。


「なに、あなた。あなたの歳って151歳なの。それじゃ、おばあちゃんじゃない。おばあちゃんでも151歳の人はいないわよ。」

 何故か静香は、レイラの大きな胸を見ながら、挑発するような言葉を言って敵対をむき出しにしている。


「違う、エルフ族は人間の10倍は長生きできる。外見も変わらない。エルフ族の151歳は、人間の15歳。だから、肌もピチピチ。胸も小さくない。」

 レイラは、聖香の胸を見て、薄笑いをするように言った。


「な、な、なにが、肌がピチピチよ!確かに綺麗な肌をしているけど。そ、それになによ、その胸。美麗並みの大きさじゃない。このお婆さんが・・・・・・。」

 聖香は、自分の胸と比べながら、悪口を言っていたが。言いながら敗北感を感じたのか黙ってしまった。


 最後に美麗が自分の自己紹介を行うと、言い難そうに切り出した。

「それで・・・。その・・・、慶之殿。この里に、鎧職人がいるのですか。」

 美麗の言葉に、姜馬は小熊のヌイグルミの姿で警戒する反応を示した。

 鎧の製造は、王家だけに許された特権だ。

 隠れて、鎧を作ったら大罪人として処罰されてしまう。

 姜馬が警戒したのは、【姜氏の里】で鎧を作っているのは秘密事項であるからだ。

 美麗が言い難そうにしていたのも、自分がこの話を出すと、警戒されるのが分かっていたからであった。


「・・・・・。」

 小熊のヌイグルミの姿の姜馬が警戒した目つきで美麗をみるので、俺が説明する。


「姜馬、さっきも美麗が仲間になった経緯を説明する時に話したが、美麗が《火の迷宮》を目指したのは魔石を得る為だ。その得た魔石で鎧を作り、鎧を虞家軍に届けるのが彼女の使命なんだ。だから、彼女が鎧職人は探している。そして、俺が仲間になる条件として鎧職人を紹介すると話した。姜馬に許可を得ずに話したのは俺の落ち度だが、優秀な人材の彼女を仲間にする為なんだ。分かってくれ。」


「そうか、そう言う事なら、儂も虞美麗という人物を信用するぜよ。」


「ありがとうござますわ。姜馬殿。」

 美麗は跪いて、頭を下げた。


「・・・それじゃ、鎧職人を紹介するぜよ。儂についてこい。」

 桜花に抱えられた姜馬が、姜平香の工房に案内する。


 歩きながら、姜馬が美麗に話しかけた。

「これから紹介する姜平香は儂の鎧作りの弟子じゃ。腕は儂が保証するきー。儂の次の腕の持ち主じゃ。聖大陸では1,2を争う鎧職人じゃ。」


「そんな腕利きの職人を紹介してもらい、ありがとうございます。」


「礼にはおよばんぜよ。美麗はもう俺たちの仲間じゃ。それに、新しい仲間の3人の鎧も作らないといかんきに。それと、慶之。ついでに平香んとこで、新しい鎧について話してきてくれ。その後で、儂の屋敷に皆に寄って欲しいんじゃ。今後の事で話しとかなきゃならん事があるからのう。」

 姜馬は小熊のヌイグルミの姿で、礼は要らん要らんと手を振っているようだ。

 ただ、ヌイグルミの姿なので意味が伝わらずに、妙に可愛らしい。


「ああ、分かった。平香に魔石や素材を渡したら、姜馬の屋敷に寄るよ。」

 そんな話をしていると、平香の工房に着いた。

 姜馬は桜花の腕から降りると、「儂は話し合いの準備がある」と言ってヌイグルミの姿で帰って行った。

 

 平香の工房の扉を開けて中に入る。

「平香はいるか。」

 工房は、外で見るより中はかなり広い。

 工房の中に空間魔法が展開されている場所もあるようだ。

 クレーンのような機械が吊るされている。他にも、工場の中にはいろいろな機械が設置されていた。前世の工場の中を見ているようだ。

 姜馬のいた時代にはここまでの知識は無かったはずなので、姜馬と平香がここまで機械や工房の知識を発展させていったのだろう。

 前世の船や飛行機を作る工場のような規模で、何人もの職人が働いていた。

 美麗や麗華それに公明は、近代的な設備の工房を始めて見たようで、キョロキョロと周りを見回している。

 職員に平香の元へ案内をお願いすると、奥の部屋に通してくれた。

 部屋の中に入ると、大きな机の上に乱雑に設計図などの紙や鉛筆が転がっている。

 そして、長椅子で爆睡している女性がいた。


「おい、平香。起きろ。」

 寝ている女性は平香であった。

 作業服のまま、口を開けて涎を垂らして寝ている。

 とても、この聖大陸で1,2位を争う天才鎧職人には見えない。

 元は綺麗なのだろうが、頭はボサボサで眼鏡をかけたまま寝ているずぼらな20歳を過ぎた残念な女性だ。


「おい、平香。大事な話があるんだけど、起きてくれないか。」


「・・・・・・。」

 平香は一向に目覚める気配がない。

「王虎の素材げっとしたど!むにゃ、むにゃ。」と寝言を突然叫ぶのでびっくりした。本当は起きているのではないかと、指で平香の頬を突(つつ)いてみたが、反応は無く、幸せそうに寝ている。


「だめだな、こりゃ。」

 俺があきらめていると、桜花が平香に近づいた。


「子雲、そんなやり方じゃ、平香ちゃんは起きないよ。彼女を起こすには、ちょっとしたコツがあるんだ。」

 桜花はそう言うと、平香の耳元で何か囁いた。


 ――ガバッ。

 突然、平香が体を起こして、左右を見回す。

「どこ、どこ、どこに赤龍と火鳳凰の素材があるの。どこよ、どこ!」

 目をキラリと光らせて、首を左右に動かしていた。


「平香、ここだよ、ここ。ここにあるぞ。」

 俺が『魔法の鞄』を指差した。


「あら、その声は慶之さん。今日戻ってきたのね。」

 やっと目を覚ましたようだ。

 作業服の裾で、ゴシゴシと口の涎を拭いている。

「それで、夢の中で、赤龍と火鳳凰の素材があると聞こえたんだけど。やっぱ、あれは夢よね。この世界に赤龍とか、火鳳凰の素材があるわけなし・・・。でも、夢の中では聞こえたんだけどね。・・・でも夢の中で聞こえたなら、やっぱり夢か。」

 ボサボサな頭で、周りを見回している。赤龍と火鳳凰の素材が無いのを見てがっかりしている。まぁ、そんな素材は普通はお目にかかれないから、結局、夢だったと思い直しているようだ。


「平香、夢じゃない。本当にこの鞄に赤龍と火鳳凰の素材が入っている。今回の《火の迷宮》への遠征でけっこうな収穫が得られたんだ。火鳳凰は首から下しかないが、赤龍の素材もちゃんとあるぞ。それに、天蜘蛛や獅子王それに王亀なんかの神級魔物の素材も35匹分ある。」

 俺は《魔法の鞄》を桜花に渡した。


 平香の視線が鞄に吸い寄せられるように桜花へと移っていく。

 桜花がいたずらっ子のように鞄を平香の前にちらつかせた。

「フ、フ、フ。平香ちゃん、今回の収穫は凄いぞ。この鞄が目に入らないか、ひかえろ。この悪職人め。」

 ふざけた桜花が鞄を前に突き出した。


「はぁははは~。」

 と言って、平香が跪いて土下座をする。

「桜花ちゃん、もうこれくらいで許して。そんなに焦らさないで早く見せて。早く、早くして。ゾクゾクしちゃうわ。」

 平香が色っぽい声音で桜花の足に迫てくる。


「それじゃ、見せて進ぜよう。でも、この部屋では狭いな。収納庫に行こうか。あそこに放り込めば、時間が経過しないから、素材の劣化が防げるしね。」

 桜花は皆に素材の収納庫に行くように促した。

 この工房には収納庫がある。

 収納庫は、空間魔法の《魔法の鞄》と同じ仕組みになっていた。その中はだだっ広い収納面積になっていて、収納すれば素材が劣化する事も無い。


 収納庫の前に着くと、桜花が鞄の中に手を突っ込む。

「それでは、素材を見せようか。平香、腰を抜かさないでくれよ。」


「なにが出てくるのよ。」

 平香が目を輝かせて待っている。


「まずはこれだ!」

 桜花が《魔法の鞄》から取り出した。素材は、赤龍の素材だった。

 この里で一番大きな建物の工房よりも大きな巨体が現れた。

「こ、こ、こ、これが、赤龍・・・夢じゃないのね。えへへへへへぇぇえ。」

 平香の目が赤龍の素材にロックオンされた。

 表情がトロ~んとして、口が開けっ放しになり、目がいっている。


「本物の赤龍ね。趙レア素材じゃない。伝説の素材を拝めるとは思っていなかったわ、本当に夢じゃないのよね。今成仏しても、悔いは無いわ。いや、この素材で大陸一の鎧を作ってからじゃないと死ねないわ。とにかく凄いわよ、桜花ちゃん。」

 だらしがない表情とは裏腹に、彼女の頭の中で超ハイスペックな頭脳が回転を始めた。

 どういった鎧が一番この素材のパフォーマンスを活かせるか。また、どれくらいの数を作るが無駄が無いか考え始めたのだ。

 平香は感動しながら、赤龍の素材を見回したり、鱗を叩いたりして素材の硬度や性能を確認しはじめている。


「まぁ、倒したのは弟子の子雲だけどね。それに、素材はこれだけじゃないんだよね。まだまだあるよ。次は、火鳳凰なんか出しちゃおうかな。」

 桜花が袋に手を突っ込む。

 出てきたのは、首から上が無い火鳳凰の胴体だ。


「えええええぇぇ!火鳳凰。これも伝説の素材じゃない。『出しちゃおうかな』じゃ無いわよ。大、大、大歓迎よ。火鳳凰の血もゲットしたんでしょ。」

 取り敢えず、赤龍の素材を収納庫にしまうと、平香は再び目線を鞄に移した。

 鞄から出てきたのは、火鳳凰の素材だ。


「当然、血も、羽根も、肉も魔石もあるんだけどね。ただ、残念ながら首から上は無いんだよね。」


「ええ、なんで、首から上が無いのよ。額の宝玉が凄い素材って聞いたんだけど。」


「なんでも斬り落とした首から胴体が復活して、それで復活した火鳳凰が飛んで逃げちゃったんだって。」

 桜花は両手を裏返して上げで肩を動かした。


「首から、胴体が復活したって・・・。それは、きっと宝玉の効果ね。でも復活するなら、胴体から下の素材は取り放題じゃない。首を斬る度に生えてくるんでしょ。その度に魔石や血や羽が獲れるってことよね、ウフフフフ。」

 言っている事がグロイ。しかも、あの表情は本気だ。

 きっと、火鳳凰の首を何度も斬って、都度復活させるつもりだ。そして何度も魔石と素材を得るという恐ろしい事を考えている顔だ。

 

「平香。あんたマジ顔怖いから本気でそんな事を考えるのは止めてくれるかな。」


「あら、やだ、冗談よ、冗談。冗談に決まっているじゃない。・・・でも3回ぐらいなら、火鳳凰も復活を許してくれるんじゃないかしら。ねぇ、慶之さん。」

 平香は恐ろしい事を言いながら、無邪気にすがる目で俺を見るが、無視だ。

 もう火鳳凰と戦うのは勘弁して欲しい。あの《神炎》に魔法を無力化する《絶対領域》が無効化できたから勝てたが、こちらの手の内が知られた以上、次は何か対策を練って来るかも知れない。それすれば、次に殺られるの方だ。


「平香。あなたね~。そういう悪い事を言う人には、他の神級魔物の魔石を見せるのは止めよう。」

 平香の言葉に引いた桜花が鞄を引いた。


「いや、いや。ごめんなさい。桜花ちゃん、嘘よ、嘘。嘘に決まっているじゃない。早く、次の魔物の素材を見せてよ。まだ、33匹分もあるんでしょ。この素材と魔石で最高の鎧を作るわ。ハァ、ハァ、ハァ、嬉しくて胸がはちきれそうよ。」

 平香は、呼吸まで荒くなって、既に目が行っている。

 それに、感動しなくても、胸は作業着からはち切れそうだ。

 桜花が全ての魔物の素材と魔石を取り出すまではこの調子で、漫才みたいな桜花と平香のやりとりが繰り返された。

 途中から飽きてきたが、最後まで付き合った。


 2人の漫才が終わって、平香の興奮状態が落ち着いた所で話しかけた。

「まぁ、後で思う存分に魔石や素材は吟味してもらうとして、平香。その前に平香に紹介したい人がいるんだけど、良いか。」


「今、感動の余韻に浸っている所なんだけど、これだけの魔石と素材を獲ってきてくれた慶之さんの願いなら良いわよ。良い男ならもっと良いけど。」


「悪いな。男じゃないんだ。」

 そう言って、後ろに控えていた美麗を前に呼んだ。


「今度、俺達の仲間になった虞美麗だ。彼女の依頼で鎧を作ってやって欲しいんだ。」

 美麗を平香に紹介した。


「虞男爵家の長女、虞美麗と言います。よろしくお願いします。」

 紹介された美麗が自己紹介をして頭を下げた。


「よろしくね、私は姜平香よ。それで、美麗。依頼というのは、あなたの鎧を作る事で良いのかしら。仲間なら構わないけど。」


 美麗に変わって俺が説明に入った。

「それも、お願いしたいんだが。美麗のお願いというのは、長南江の北で戦う虞家軍の為の鎧を作って欲しいという依頼なんだ。」

 俺は、美麗が鎧を欲しい理由。仲間になった経緯などを平香に説明した。

 そして、美麗の能力値や彼女が仲間として必要な理由もだ。


「ふ~ん。まぁ、話は分かったわ。私も確認するけど、美麗さんは私たちの仲間で良いのよね。そして、虞家軍は美麗さんの古巣で、古巣に鎧を援助する。という事よね。」

 平香は、俺の説明で美麗が俺たちの仲間である立ち位置を再確認したかったようだ。それで、虞家軍に鎧を援助するという表現を使ったのだろう。


「はい。それで良いです。私は楊慶之殿と仲間になる約束をしましたから。ただ、私には鎧を虞家軍に送るという使命もあります。ですので、魔石や素材は私が用意しますので、作って頂いた鎧は北の虞家軍に送らせて頂きます。」

 《火の迷宮》で、美麗自らが倒した魔物の魔石と素材は彼女の持ち分になっている。その魔石の数は百個もあった。


「そうね、『姜氏の里』の新たな当主である慶之さんの指示なら従うわ。ただし、味方の鎧の製造が先よ。これから、大きな戦いがあると姜馬様も言っていたからね。あなたや新たな仲間になった人の鎧が戦いに間に合わなかったら大変だからね。その後で良いなら、やってあげるわ。」


「それで、構いません。お願いします。」

 美麗は頭を下げた。


「それじゃ、美麗ちゃんもそうだけど、麗華ちゃんとレイラちゃんの鎧を作ろうか。ついでに、良い魔物の素材が入ったから桜花の鎧もバージョンアップしておいてあげるわ。3人の魔力能力の数値、属性魔法、使う武器を教えて頂戴。」

 平香が聞いたのは、3人の専用の鎧を作る為だ。

 ちなみに、鎧には2つのタイプがある。

 一つは、専用機。そしてもう一つが汎用機だ。

 専用機はその名の通り、操縦者の属性や武器などによってカスタマイズされた鎧です。

 神級魔力や王級魔力の騎士は、基本は専用機の鎧に騎乗する。

 王級以上の鎧は、個人の魔力や魔法属性、それに武器によってカスタマイズされた専用機型である。この専用機型の鎧を作るのに鎧職人の腕が出る。

 中には、将級魔力以下の貴族が自分専用の鎧を作らせることがあるが、基本は王級以上の魔力持ちの機体が専用機だ。

 良い素材に、最高の魔石、それに腕の良い鎧職人が作った鎧に乗った騎士が、戦いで戦局を作左右するほどの力を発揮する。

 その意味では、平香が作る専用機は、この聖大陸で1,2を争う最高の性能と力を持つ鎧と言っても過言では無かった。

 そして汎用機とは、将級魔力と特級魔力の騎士が操縦する鎧である。

 その名の通り、汎用型で鎧の性能が画一化され、製造コストを低く抑え、メンテナンスもやり易くなっている。

 王級魔力以上の鎧とそれ以下の鎧では、戦力としての価値が違うので、こういう扱いになっているのだ。


 質問に最初に答えたのは美麗だ。

「魔力階級は王級魔力で、魔力能力は690。属性は火と水。それに武器は槍。」


「へぇ~。王級魔力ね。でも、魔力能力から考えると、すぐに神級魔力に昇華しそうね。それに火と水の2属性持ち。ずいぶん優秀ね。ちょっと魔力色を見せてくれるかしら。」


「これでよろしいでしょうか。」

 美麗は『身体強化魔法』を体に発動させると、橙色の魔力色が輝いた。


「ふーん。ずいぶん橙色が濃いわね。やっぱり、あと少しで昇華するわね。鎧は神級魔石と神級魔物の素材で作るわ。どうせ神級魔石がたくさんあるしね。」

 平香の表情が嬉しそうだ。


「次はどっちのお嬢ちゃんかしら。」


 手を上げたのは麗華であった。

「私は、魔力階級は王級魔力、魔力能力は690。属性は火属性と雷属性。武器は双剣、魔弾銃、それに鞭。大抵の武器は使えます。」


「へぇ~、こっとのお嬢ちゃんも優秀ね。王級魔力だけど、もう直ぐで神級に昇華するわね。属性は火と雷。武器はずいぶん多いわね。まぁ、戦う相手によって手数が多いのも面白いわね。それで、魔力色を見せてくれるかしら。」


「はい、これで良いですか。」

 麗華は『身体強化魔法』を体に発動させると、赤に近い橙色の魔力色が輝いた。


「ふーん。こっちの魔力色もずいぶん濃いわね。あなたも、もう少しで昇華するわね。こっちの鎧も神級の魔石と素材で作るわ。武器も全部用意するわよ。」

 平香は、余りある神級魔力の素材を使いたいのもあるのだろう。

 折角、魔石と素材があっても、神級魔力の鎧の操縦者がいなければ作り様がない。

 ちなみに、この里には神級魔力で鎧に搭乗するのは、桜花と静香しかいなかった。しかも、静香は大聖国の宝具に搭乗しているので、実質は桜花一人しかいない。

 

「最後は、そっちのエルフさんかな。」


「私はレイラ、ハイエルフの女王メーテルの孫でライラの子供、レイラ。魔力階級は神級魔力。魔力能力は900以上と言っておこう。属性は聖、闇、風の3つ。武器は小剣やナックルでの近接戦。魔弾銃も使う。」

 レイラは無表情で答えた。


「きた~、神級魔力で、魔力能力値900越え、しかも3属性の魔法が使えるエルフちゃん。凄いじゃない、きっと相当の戦士よね。お姉さんに任せなさい。エルフのレイラちゃんの力を十分に発揮する機体を作ってあげるわよ。」

 平香が拳を握って、力強く話している。


「それにしても、慶之さんが連れて来た3人の仲間はどの娘も凄いわね。神級魔力への昇華が間近の王級魔力の2人も、それに魔力能力値900越えのエルフちゃんといい、3人とも専用機の作り甲斐があるわ、楽しみにしていなさい。」


 俺たちは一通り、平香に説明が終わると工房を後にした。

 平香も、直ぐにでも鎧作りに入りたいようで、魔石と素材を収納庫にしまうと、直ぐに図面の作成に取り掛かると言っていた。

 俺たちはその足で、姜馬の屋敷に向かうのであった。


 * * *

 姜馬の屋敷に着くと、既に『姜氏の里』の幹部連中は、平香を除いてほとんど集まっていた。

 それに、今の平香の頭の中には、鎧作りしかないので呼ぶだけ無駄である。

「おお、待っておったぞ、慶之。これからの方針の打ち合わせで、呼びに行かせる処じゃった。」

 既に、姜馬の屋敷の広間には、皆待っていた。

 この里の統治を担う姜法政。

 『亀山社中』の実質的な運営を行い、財政の発言力を持つ姜栄一。

 それに、建築工事を行う姜経国や農業を担う姜作琳なども集まっていた。


「それじゃ、ここらで、これからの儂らの動きについて話し合うかの。」

 姜馬が集まった者たちの顔を見回した。


「そうだな。俺は姜馬の指示通り、《火の迷宮》も踏破した。いよいよ蔡辺境伯との戦いに挑むつもりだ。」

 妹の琳玲や母上が心配な俺としては、早く旧楊家領を秦伯爵から奪い返したい。

 それで以って、旧楊家領を拠点に、蔡辺境伯との戦いに臨むつもりで考えていた。


「まずは、儂らの方針じゃが、蔡辺境伯と戦うのは決定だが。儂の意見は、先に曹家領から攻略するのを提案するぜよ。」

 姜馬から出たのは意外な意見だった。

 俺がこの『姜氏の里』の当主になる話を飲んだ時に、姜馬を始め、里の者は俺の『復讐』に協力すると約束してくれた。俺の『復讐』は蔡辺境伯を倒し、一族の仇を討つことだ。

 そして、その復讐は当然に旧楊家領の奪還。

 すなわち今の秦伯爵領から、領土を奪い取る事から始まると考えていた。

 それが、旧南3家の領地を3つ併せた領地である曹家領の攻略をまず始めると姜馬が言いだしたからだ。

 旧南3家は楊家の寄子だったが、俺個人としては大した思い入れも人の繋がりも無い。というか子供の頃に、旧南3家の子弟で俺を能力無しと馬鹿にした者もいたので悪印象しかなかった。

 そんな、曹家領の攻略を、旧楊家領である秦家領の攻略より優先する意味が分からなかった。


「なんで、今、曹家領から先なんだ。旧楊家領である秦家領を先に攻略する方が容易に攻略できるし、攻略した後も維持しやすいと思うんだが。」

 俺の考えは、旧南東軍を率いて戦っている妹の事を考えると、早く秦家軍との戦いに向かいたかった。


「慶之、おまんが今、【姜氏の里】の仲間の頭(かしら)じゃ。今の儂は、体が死んだと同じじゃ。ただの思念体の残影と思って無視して、最後はおまんが方針を決めればええ。じゃが、分かっておるとは思うが、頭は仲間の命を預かっておる。しっかり、情報を聞いて、最善の策を選ばねばならん。分かるかのおう、慶之。」

 姜馬を、感情的になっている俺を諭すように話した。


「すまない、姜馬の言う通りだ。俺は正直、妹の事を考えて、秦家攻めを優先したかったのは事実だ。冷静に情報を聞いて判断しよう。それで、姜馬はなぜ曹家領の攻略を先だと考えるんだ。」

 姜馬の言う通りだ。これから戦うのは蔡辺境伯、この大陳国を相手にすると考えて良い。それが仲間の話も聞かずに、情報もしっかり吟味せず、私情で独断するのでは話にならない。俺は少し冷静になった。


「そうか、それなら半蔵から説明をさせるのじゃ。半蔵、説明するぜよ。」

 姜馬の声で、天井から半蔵が降りて来た。


「慶之様、ご無沙汰しております。それでは楊家を調べた結果から説明させて頂きます。まず、母上殿は【楊都】の城郭から抜け出す際に、お亡くなりなっていました。妹の楊琳玲殿はご無事で、旧南東軍を率いております。秦家軍との小競り合いはありますが、旧南東軍の朱義忠将軍が付いており、今は危険な状況にはありません。それに、大商国の国境間近という地の利を活かしています。」


「そ、そうか・・・。母上が・・・、母上も蔡家軍の奴らに殺されたか。」

 目から涙が流れて来た。

 前世では母とか、父とかの記憶は無かった。

 その意味では、この世界の母上が、俺にとってはただ一人の母親であった。

 そんな母親に何一つ親孝行らしいことをしてやれなかった。逆に、俺に魔力が無いばかりに、母上を苦しめていたかもしれない。

 (母はいつも俺の事を心配していた。俺は母にとって、一番苦労をかけた子供だったかもしれない・・・。)

 蔡辺境伯に対する憎みが更に強まり、仇を討たねばならない理由がまた一つ増えていた。

 そして、身内は妹の琳玲だけになっていた。

 (なんとしても琳玲だけは、殺させはしない。)

「すまない、半蔵。話を続けてくれ。」


「はい。まずは、大陳国の南部の状況について説明します。」

 そういうと、半蔵が説明を始めた。

 大陳国の長南江より南は3つの地域に分かれていた。

 南東から旧楊公爵家領を引き継いだ秦伯爵領、そして旧南3家を引き継いだ曹伯爵家領の地域。

 長南江以南の中央には、北の領土をほとんど失った王国領の地域。

 そして、南西は趙伯爵領と小貴族が集まる小貴族領の地域だ。

 その中で、俺がこの大陳国で反旗を上げるとしたら、南東であるのは間違いない。


 半蔵は旧楊家領の秦家領と旧南3家の曹家領について説明を始めた。

 話を聞いていると、全くもって信じられないほどに新領主の統治がは酷い。

 なにが酷いかと言うと、まず税率が酷い。そして税率だけでなく、無理難題を言って一つの村の領民の全員を奴隷にしてしまうことすらある。

 まともな統治とは思えないほどの統治だ。

 まるで、他国が侵攻した軍がその地の領民を捕まえて奴隷にするようなものだ。

 秦伯爵と曹伯爵は将に、敵国が占領地の民をモノとして扱っていた。

 奴隷にした民は、移封前の北の旧領からの連れて来た商人に売っていた。

 曹伯爵も秦伯爵も自分の言う事を聞く、北から連れて来た民を優遇し、自分の周りに置いた。そして、南の民を酷使し、虐げていた。


 そんな状況で、秦家領では妹が率いる楊家の旧南東軍が。

 曹家領では、旧南3家の残党が新領主に対して抵抗しているようだった。

 まだ、奴隷になっていない民も、新領主に分からないように裏で旧南東軍や旧南3家の残党に協力しているようだ

 半蔵の報告では、今にも大きな反乱が起きてもおかしくない状況のようだ。


「半蔵、今の話だと、この状況は、俺たちが南東の地で蜂起する絶好の機会じゃないのか。」

 悪政に苦しむ民は、旧勢力の楊家や旧南三家の残党に与している。

 俺たちが、旧南東軍に協力して、秦伯爵を倒すチャンスだ。


「慶之様、確かに秦伯爵や曹伯爵を倒す機会ではあるのですが、何かおかしいのです。この状況は何者かに仕組まれているようなのです。」


「秦家や曹家が領民に過酷な統治をしている状況が仕組まれているのというのか?それは考え過ぎじゃないのか。秦伯爵と曹伯爵の本性が悪徳領主であって、ただ単に悪政を敷いているんじゃないのか。そもそも誰が仕組むんだ、半蔵。」


「正しくは、民が旧南東軍や、旧南3家の残党に手を貸し、反乱勢力が大きくなっている状況を誰かが仕組んでいます。」


「う~ん、益々分からないな。それは、誰かが秦家や曹家の統治を攪乱しているという事か。だが、誰がそんな事をするんだ。大陳国が混乱して喜ぶのは他国だが。南の領地が混乱して喜ぶのは、大商国辺りか。すると、大商国が秦家領と曹家領を攪乱しているわけか。」

 大陳国の南東が攪乱して喜ぶのは、南東に国境を接する大商国ぐらいしか思い浮かばない。

 確かに、小国の大商国としては、大陳国の南部が混乱すれば、西に侵攻する絶交のチャンスではあるが、ただ、領民や旧勢力を焚きつけても高々しれている。良くて、秦家と曹家を滅ぼすぐらいだが、戦争になるのは避けられない。

 小国の大商国がそこまで腹を括って仕掛けてくるとは思えない。


「慶之様、大商国ではありません。今の大商国は閻伯爵が実験を握っております。そして、閻伯爵は蔡辺境伯と昵懇の関係。しかも、大商国が大陳国に攻め入るような危険をわざわざ犯すとは思えません。」

 大商国は国力が大陳国の半分くらいしかない。

 大陳国が大商国に侵攻を行ったことは、10年前にあったがその逆は無い。

 10年前の侵攻では、大商国の奇策で大陳国の侵攻を退けた。

 だが、大商国が大陳国に侵攻して勝てるとは思っていなはずだ。それよりも、北の大成国が攻略する方が大商国にとっては現実味がある。北に国境を接する大成国は、大商国と同規模の小国である。まずは、大成国を呑み込んで、大陳国と同等の国力になった所で、大陳国と相対するのが大商国の基本戦略のはずと思っていた。


「まぁ、確かに、大商国が大陳国に侵攻するのは考えづらいが・・・なら、誰が秦家領や曹家領を攪乱させているんだ。そんな事をして得する者がいるのか?」


「・・・・・・・。」

 半蔵は、確信が持ていないのか黙っている。


「一人いるわね。秦伯爵と曹伯爵の2家が滅ぶと、喜ぶ人物がね。」

 口を開いたのは静香であった。薄笑いを浮かべている。


「静香には分かるのか、秦家と曹家を攪乱しようとしている人物が。」

 俺には、大商国以外思いつかない。

 だが、大商国ではないとも思っている。確かに動機はあっても、実力が無ければ無謀な賭けに出る必要も無い。まして、今の大商国の実権者の閻伯爵がこの国の実権者である蔡辺境伯と仲が良いなら猶更だ。


「分かるわよ。秦家と曹家の攪乱を画策しているのは蔡辺境伯よ。奴なら動機も力もあるわ。」


「おい、待ってくれ、聖香。実力があるのは分かるが、動機は無いぞ。秦伯爵も、曹伯爵も蔡辺境伯の寄子貴族だぜ。いくら何でも、自分の寄子の領地を攪乱させる寄り親なんている訳ないじゃないか。」

 俺は静香の考えを否定した。


「甘いわね、慶之は。だからあなたは私が付いていなきゃダメなのよね。蔡辺境伯はそんなに甘くは無いわ。」


「どういうことだ。」


「蔡辺境伯は大陳国の王位の簒奪を狙っているのは知っているわよね。だから、強引に大貴族である楊家や蘭家を滅ぼしたり、王国領を強引に自領に組み込んだりしたのよ。そして幼い傀儡の王を王位につけたりもした。その狙い通り8割は上手くいっているわ。そして、残りの2割の仕上げに今から入る所ね。」

 聖香は手を顎の下において、どや顔で語っている。


「仕上げ?」


「そうよ。後は、蔡辺境伯の簒奪に邪魔しそうな貴族の粛清よ。それに、ついでに、蔡辺境伯は自分が王に成った時の王権を強力にする為に、徹底的に貴族の力を削り取るつもりよ。」


「削り取るって、外様(とざま)の趙家は分かるが、秦家と曹家は寄子の貴族だぞ。しかも、わざわざ大領まで与えているんだ。味方を潰してどうするんだ。」


「だから、慶之は甘いって言ったのよ。寄子の貴族も、寄り親と同じ貴族よ。王の下では対等なのよ。寄り親と寄子の関係はただの親分子分の関係。主従関係でもなんでもないわ。寄り親を変える貴族や、寄子を切り捨てる寄り親も良くいるのよ。王と貴族の主従関係に比べれば、寄り親と寄子の関係なんて全然ドライなのよ。」


「そうなのか。」

 俺は前世の江戸時代をイメージした。確かに、大名同士に上下関係はあるのかもしれないが、同じ大名同士で主従関係は無かった。


「だから、蔡辺境伯が秦家や曹家を警戒するのは当たり前なのよ。ただ、分からないのは、潰すんなら、慶之が言うようにわざわざ大領なんて与えなければ良かったのよ。」

 聖香は首を傾げる。


「話を続けてよろしいですか。」

 半蔵が声を上げた。


「ああ、すまん。話を続けてくれ。」


「私も、お嬢と同じ意見です。裏で画策しているのは、蔡辺境伯かと。狙いは、秦家や曹家と旧貴族の残党勢力をぶつけて両方の勢力を削り、最後に蔡辺境伯を民を救う形で介入して2つの勢力を潰す。そうすれば、秦家と曹家の悪政に苦しんでいた民を救い、長南江以南の統治がしやすくする。併せて旧南3家の申家の名将、王級魔力の燕荊軻(えんけいか)将軍。それに、羅家の神級魔力を持つ羅漢中(らかんちゅう)将軍を自身の配下に加える。将に一石三鳥の手です。」

 半蔵の話を聞いて、目を閉じて考え込んだ。

 冷汗が背中に流れる。

 確かに、今の話が蔡辺境伯の狙いなら、思惑通り進めば長南江以南の統治はより容易になり、民の忠誠や有能な武将を手に入れる事ができる。しかも、蔡辺境伯の軍事力は大して痛まない。

 

「さすがは、蔡辺境伯。打つ手に隙が無いな。自分の手を汚さずに、自身の野望を阻む貴族を始末し、新たな領土の統治も容易にし、優秀な人材を傘下に収める。聖香が言うように、とても俺には真似ができない芸当だ。まだまだ俺は甘い。」

 寄り親が、寄子を政敵として始末するとは普通は考えない。

 だが、俺が相手にしようとする連中は、こういった一癖も二癖もある奴らばかりだ。弱音を吐いているだけじゃ、仇は討てない。

「半蔵、それで、なぜ、俺たちが曹家領から攻略した方が良んだ。」


「これから、蔡辺境伯が動きます。先に動くのは曹家領。まずは、曹家領の攪乱を潰す必要があります。先に我らが秦家領に動いたら、曹家領が蔡辺境伯の思い通りになってしまいます。そうすれば、燕荊軻、羅漢中の2人を蔡辺境伯に奪われます。」


「燕荊軻、それに羅漢中か、2人はそれほどの人物か・・・」


「燕荊軻は『英雄将軍』と呼ばれる王級魔力の将軍。武力もさることながら、用兵も上手いです。それに羅漢中は、羅家の次男で大陳国に9人しかいない神級魔力の持ち主です。」


「そうか、確かに仲間にしたい優秀な人材だな。それで、蔡辺境伯がどんな手を打ってくるのか分かっているのか?」


「分かりません。我らが分かっているのは、蔡家の『闇の5人組』の3人が曹家で暗躍している事実。それと、燕荊軻将軍の処刑が曹家の攪乱の導火線になるという事だけです。」


「それで、なんで蔡辺境伯の手の者が、先に曹家の方で動くと分かるんだ。」


「正確には、秦家と曹家のどちらの攪乱が早いかは分かりません。ですが、秦家領の旧南東軍は一週間で何かが起こるとは考えられませんが、燕荊軻将軍の処刑は一週間後です。」


「そうか・・・一週間後か。確かに、それなら曹家領の方が早く事が起きそうだな。それで、うちの軍師殿は何か意見があるか、公明。」


「そうですね。地理上の視点で考えれば、大陳国の南東の端に位置する秦家領からの攻略が順当です。秦家領の方が周りを囲まれづらい。東側が他国の大商国ですから、蔡辺境伯と同調して攻めてくることは無いでしょう。対して、曹家領の南は海ですが、東に秦家領、北に王家、西には趙伯爵や小貴族領と3方に囲まれています。敵に3方向を包囲して攻撃されると辛いですね。守りを考えれば、圧倒的に秦家領を先に獲った方が良いです。それに、旧南東軍は母体が楊公爵家の軍ですから、直ぐに慶之様の傘下に組み込めるのも強みもある。」

 公明は藍の鉄扇をパチンと鳴らす。彼が考え事をしている癖だ。


「それじゃ、公明は先に曹家領を攻略するのに反対か。」


「いえ、反対ではありません。今の我らの力では蔡辺境伯に敵いません。それは人が足りないからです。いくら鎧があっても、鎧に搭乗する騎士がいなければ宝の持ち腐れ。我らの弱点は人の数と人材です。その為には、旧楊家領だけでなく、旧南3家も領土も獲る必要があるのです。蔡辺境伯と戦って勝つつもりなら、難易度は上がりますが、曹家領を獲って直ぐに秦家領を獲る事です。蔡辺境伯に曹家領に攻め込む魔れる前に2つの伯爵家の領土を獲らないと、戦いの土俵にも上がれません。」


「曹家領だけでなく、秦家領も併せて奪うか・・・さすがは公明だな。俺はそこまで考えていなかった。でも、本当にそんなことが出来るのか?」

 俺は公明の戦略を聞いて、思わず下を巻いた。

 正直、そこまで考えていなかった。単に琳玲を救う事しか考えていなかった。俺は静香が言うように甘いようだ。


「できるかどうかではなく、慶之様の『復讐』を果たす為に必要なだけです。出来なれば、『復讐』をあきらめなければなりません。ただ、私は少しでも慶之様が『復讐』を果たせる可能性の高い策を考えるだけです。完全な策などありません。」

 公明は淡々と自分の考えを話した。公明の言う通り、相手が蔡辺境伯という強敵である以上、完全に勝てる方法など無い。少しでも可能性が高い選択肢を選ぶだけだ。そして、曹伯爵を先に攻略した方が『復讐』を果たせる可能性が高いと公明が判断したのだ。


「わかった、公明。頼む、その策を考えてくれ。」


「畏まりました。」

 公明は跪いて、両手を高く上げて受令の礼を行うのであった。

 その場にいた、桜花も、静香も、麗華たちも目を輝かせていた。

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