第17話 迷宮の主
《迷宮の主》の間 黒姫
「もう、いい加減に、その虹色魔石を私に渡しなさい。赤龍。」
獣魔王の黒姫の目の前にいるのは、この《火の迷宮》の主である魔龍の赤龍。
魔龍とは魔神を神と崇める龍たちのことだ。全ての龍が魔龍ではない、一部の龍が魔龍として千年も前から魔神を崇めている。そして、この《迷宮の主》である赤龍も一部の龍の一匹で魔神を神と崇めていた。
「獣魔王、儂がこの魔石を、誰かに託すとでも思っているのか。」
赤龍は、誇りを傷つけられた怒った口調で魔王である黒姫を怒鳴りつけた。
魔王である獣魔王と赤龍は、魔神を崇める陣営では同格の存在である。赤龍はそんなことを気にせず、いつもの口調で話している。
「まだ、そんな事を言っているの。神級魔物は全て、虹の王に倒されたのよ。あの火鳳凰も破れて逃げていったし。あなたが負けるとは思っていないけど、万が一でも虹色魔石が虹の王に渡ったらどうするのよ。魔神様が復活した時、困るじゃない。黄龍も《地の迷宮》の虹色魔石を奪われったって言うし。あんた達、魔龍はもっと慎重になりなさいよ。本当に、どいつも脳筋なんだから。」
「・・・ほう、火鳳凰が敗北したのか。それは意外じゃな。」
今まで、黒姫の話に関心を持っていなかった赤龍が反応した。
「意外じゃな、じゃないわよ。火鳳凰にはがっかりよ。けっこう、期待していたのよ。それが、虹の王が《絶対領域》の結界を使って、火鳳凰の《灼熱》の結界を無効化しちゃうし。火鳳凰は負けたら、復活したくせにどこかに飛んで行っちゃうし。」
黒姫はプンプン怒っている。
「ほう、《絶対領域》の結界の魔法が虹の王に盗まれたか・・・。それはマズいな。獅子王を儂の手で始末しておくべきだったか。」
赤龍は考え込んだ表情でつぶやいた。
「なに言っているのよ、赤龍。あなたに、配下の獅子王が殺せる訳ないでしょ。それより、虹色魔石を早く渡しなさいよ。」
赤龍は決して配下の魔物と群れたりしない。
だが、魔物の王としてさりげなく面倒をみたり、配下の魔物を大事にしているのを黒姫は知っていた。
「この魔石をお前に守れるのか。儂より弱いお前が。ただ、逃げ回って、そのうち捕まるのが関の山じゃ。それより、儂が命を懸けてこの魔石を守るんじゃ、お前は黙って見てろ。」
脳筋の赤龍は確かに強い。戦闘能力なら黒姫でも敵わない。
だが、別に虹の王と戦わなくても、魔石は守れる。ここは根気強く、赤龍を説得するしかなかった。
「あなたね。虹色魔石を持って逃げ回る必要なんてないのよ。どこかに隠せば良いじゃない。ここは魔石が在ると、虹の王に知られてるんだから、ここから持ち出せば良いのよ。そうすれば、何処に魔石が隠してあるか分からないでしょ。分かったら、早く私に魔石を渡しなさい。」
黒姫は手を出して、魔石を出すように催促する。
「しつこいのう。儂が命を懸けて、この魔石を守ると言ったんじゃ。お主は黙っておれ。どうしても、魔石を奪いたいのであれば、儂を倒して持って行けば良かろう。ただし、お主に儂が倒せるかのう。」
赤龍はニヤリと笑って、黒姫を相手にしようとしない。
「あなたね・・・本当に脳筋はこれだから嫌なのよ。私はあなたと違って、頭と魔王スキルで戦うのよ。もう、勝手にしなさい、この脳筋のばか龍!その代わり、絶対に虹の王に勝ちなさいよ。」
黒姫は、最後の赤龍の説得にも匙を投げた。もう、何度もこの話を赤龍にしてきたが、一向に首を縦に振ろうとはしなかった。悔しいが、これ以上どうしようもない。後は、赤龍が虹の王に勝つことを祈るだけだ。
「勝手にさせてもらうぞ、獣魔王。儂は命を懸けて、虹色魔石を守る。例え、虹の王と同士討ちをしても渡しはせん。儂を信じろ。」
「もう、良いわ。後は知らないから。」
黒姫はそう言うと、《迷宮の主》の間から姿を消していた。
「虹の王・・・果たして、どれほどの者か楽しみじゃ。まだ、覚醒前と言うから、それほどの力は目覚めていないはずじゃ。じゃが、油断は禁物じゃな。」
赤龍は目を閉じて、虹の王が現れるのを待つのであった。
* * *
《館》で十分な睡眠も休憩もとった。
地下4階層の中央の広場に20匹の神級魔物が一気に現れた時は驚いた。
レイラが、闇蜥蜴に襲われているのを助けに飛び出してから、本当に危なかった。
王亀は甲羅が硬すぎて倒せなかった。火鳳凰の《神炎》が着弾して自滅してくれたが、あの甲羅は反則級に硬かった。それに、火鳳凰には復活して逃げられてしまった。他の魔物も連携して、休む暇も与えられずに攻撃されて、正直きつかった。
なんとか倒せたのは運が良かったおかげだ。
そんな俺たちは疲れ切って、十分な睡眠と休息を取っていたのであった。
そして、休憩も終わり、いよいよ本命の《迷宮の主》が待っている地下5階層に向かって階段を降りている。
地下5階層に降りると、予想通りというか、魔物が一匹も現れない。
ここでは、魔物の気配が一切しない。
「拍子抜けですね。ここが、地下5階層とは思えない位に静かです。」
紫雲は、昔に何度か、この迷宮を潜ったことがあった。
七色に光る流れ星がこの迷宮に墜ちてからは、地下5階層までは潜らないが、流れ星が墜ちる前は、恐る恐るではあったが、この階層まで足を運んでいた。
その時は、地下5階層は張りつめた魔物の気配が満ちていたそうだ。
それが、今では魔物の気配を一切感じないのが紫雲には不思議のようだ。
「それにしても、ずいぶん広いな地下5階層は。天井も高いな。」
他の迷宮内の階層と比べて、迷宮の空間は広く、天井も一番高かった。
「だいぶん、歩いたわね。」
静香が言う通り、すでに一刻(約4時間)は歩いている。
そろそろ、《迷宮の主》の間に到着してもおかしくない距離を歩いている。
「あら、あれは何かしら。」
麗華が指さしたのは大きな門だ。
その門を中心に大きな空間が広がっている。
その広さは、今までとは比較にならない。地下4階層の中央が今まで一番広かったが、ここの広さに比べたら、東京ドームの球場と公園の遊び場ほどに違う。
それこそ、ここに数千匹の魔物が現れても、優に収まる空間の広さだ。それに天井も空かと思うほどに、広がっている。
ここが、迷宮だとは思えない程の広さだ。
「あれが・・・、たぶん《迷宮の主》の間に続く門です、姉上。」
紫雲が目を細めて、先に見える大きな門を見ながら言った。
「そうか、いよいよか・・・あそこに、《迷宮の主》がいるのか。ちょっと、緊張するな。」
武者震いでは無いが、体が震える。
「慶之殿、本当に《迷宮の主》と戦われるのですか。いくら慶之殿でも、さすがに無謀ですわ。これだけの神級魔物を倒したので十分に凄いです。無理して命を失うような事は止めてください。ここで退いても賭けは、無効で良いですわ。」
美麗も心配した表情で、こちらを見ている。
正直、逃げたい気持ちも無くは無いが、ここまで来て、《迷宮の主》の顔を拝まないで帰るつもりは無い。
「まぁ、やるだけやって、死にそうになったら逃げるよ。桜花や静香たちはここで待っていてくれ。」
「そうだね。悔しいけど、僕たちは、きっとお荷物だね。付いて行けば、気が散って負担になる。ここで待っていることにするよ」
桜花は悲しそうにつぶやいた。神級魔力を極めた桜花ですら、足手まといと一緒に戦うのをあきらめたようだ。
それだけの巨大な魔力を、この扉の反対側から感じたようだ。
バトルジャンキーの桜花でも、大人しく俺の言葉に従った。
「私は、行く。」
そんな空気の中、レイラが一人、《迷宮の主》の間への同行を主張した。
《空間収納》の中からミスリルの小剣を取り出して、手に持っている。
「あなたね。桜花の言葉を聞いていたでしょ。私たちが付いて行ったら、慶之の負担が増えるのよ。みんな我慢しているんだから、あなたも我慢しなさいよ。」
静香がちょっときつめな口調でレイラをたしなめた。
「見極める・・・。楊慶之。お前が虹の王か、どうか。」
レイラの力のこもった目線で俺を見ていた。
「そうか、分かった。だが、レイラ、俺はお前の事を構う余裕は無い。危ないと思ったら、自分でここまで戻れるか。」
「分かった。自分の身は自分で守る。ただ、私は虹の王を見極めるだけだ。」
レイラは頷いて、《空間収納》から出した小剣を腰に差した。
《迷宮の主》の間の入口と見られる大きな扉の前に、俺とレイラが立った。
「いよいよ、迷宮の主とのご対面か。」
俺は、感慨深く門を見上げる。
隣でレイラが扉を押しているが、大きな扉はビクともしない。
「全然、動かない。」
俺も、力を籠めて扉を押したが、扉はビクともしない。
(う~ん。初っ端から困った。そう言えば、こういう時に役立つ魔法があった。)
俺は神級魔物の大鬼(オーガ)から奪った《怪力》の魔法を思い出すと。《怪力》魔法を使ってみることにした。この魔法は一時的に腕力などの筋肉を数十倍に強める魔法だ。
《怪力》魔法を発動して大きな扉を押すと、「ギィ、ギギィ」と門が左右に動いた。
「門が開いた。楊慶之は凄い。」
レイラが喜んでいる。
門が開いたので中の入ると、そこには光こけが金色に輝いていた。
『やはり来たか。虹の王よ。』
《主の間》に入ると直ぐに念話が聞こえた。門の内側から、大きな魔力を感じる。
これは、《迷宮の主》が話しかけているのか。
黄金の光ゴケの輝きに目が慣れると、大きな物体が宙に浮いて、こちらを見ているのが分かった。
「おまえが、《迷宮の主》か。」
空中に浮いているのは――赤い龍だ。
赤龍が大きな巨体を空中に浮かべて、こちらを睨みつけている。
この赤龍からは、強力な魔力の波動を感じる。
魔力に目覚める前の俺だったら、この波動に当てられたら気絶するほどの威力だ。
下級魔物だったら、死ぬレベルの魔力の波動である。
それに、今まで戦った神級魔物とは次元が違う魔力。いや、魔力だけじゃない、覇気も、存在感も次元が違う。
レイラは拳にメリケンを装着させて、腰から2本の小剣を抜いて構えている。
いきなり戦うのは無粋だ。まずは、俺が口を開いた。
「お前が、この《迷宮の主》か。」
『儂は魔龍の中で、火を司る赤龍じゃ。まぁ、この《火の迷宮》の主でもある。』
まずは平和的に交渉だ。
「虹色魔石を渡してもらえないか。」
できれば、赤龍とは戦わずに穏便に済ませたい。
今までの魔物と格が違う。出来るなら戦いを避けたいと思うほどの強さだ。
姜馬から虹色魔石を回収しろと言われているし、美麗との賭けもある。美麗の賭けはどうにか出来そうだが、姜馬はそうはいかない。
最低限、虹色魔力が回収できれば、赤龍との戦いは無しにしたい。
『儂は魔神様に仕える魔龍。虹の王に、この魔石を渡すわけが無かろう。』
赤龍は、けんもほろろの反応だ。検討すらしない。
それに、赤龍は魔神に仕えているようだ。そう言えば、火鳳凰も魔神がどうのと言っていた。
「ですよね~。まぁ、仕方がない。」
肩を落として、両手を広げる。想定の範囲内だ。
赤龍が簡単に虹色魔石を渡すほど、甘くないのは織り込み済みである。
これだけの力を持った龍が戦わずして、俺に魔石を渡すはずが無い。
それに、魔物たちにも絶大な魔力を与えてくれる大事な魔石だ。
「問答無用。」
俺が赤龍と会話をしていると、レイラが飛び出した。『瞬歩』で赤龍に接近する。
魔力の籠った2本の短刀を、赤龍に体に突き刺した。
――カキン。
レイラの赤い魔力色で覆われた小剣が2本とも弾かれた。
(鱗か・・・)
赤龍の鱗が、レイラの小剣を弾いたのであった。
ミスリル製の小剣が刃こぼれをして、刀身にはひびが入ってしまっている。
「まだだ、まだ武器はある。」
レイラは小剣を捨てると、メリケンをつけた拳で、赤龍の鱗を殴る。
何度か殴ると、赤龍の鱗にヒビが入り、砕けた。
「やった。」
鱗が砕けた赤龍の皮膚に直接、メリケンで殴ろうとすると。
直ぐに、新しい鱗が、砕けた鱗の後に生え変わっていた。
『ほう。エルフか。眷属にしては弱いな。千年間前より弱くなったか。』
赤龍は体をくねらせて、レイラを振り払う。
そして、龍の体からたくさんの鱗が、吹き飛ばされたレイラを狙って飛んでいく。
彼女は直ぐに《瞬歩》で鱗の攻撃を除けた。
今まで彼女が立っていた場所に、たくさんの鱗が突き刺さっている。
「エルフは弱くなっていない。千年前に戦ったのはエルフの女王、メーテル様だ。私はレイラ。これからもっと強くなる。」
レイラは態勢を立て直すと、再び、赤龍に向かって突進する。
風魔法の《鎌鼬(かまいたち)》で赤龍を攻撃するが、簡単に鱗に弾かれてしまう。
鎌の刃のように斬り裂く《鎌鼬》の威力では、赤龍の《鱗の結界》を破れない。
『弱い。弱すぎるぞ。エルフよ。さては、お主。まだ眷属の力を持っていないな。眷属の力も無しに儂に挑むとは、愚かなエルフ。ここで死ね。弱きエルフよ。』
巨大な火魔法の《龍の息吹(ブレス)》を口から噴き出して、レイラを攻撃する。
レイラは、なんとか《瞬歩》で《龍の息吹》を避けて逃げ続ける。
続けざま《龍の息吹》だけでなく、《龍の鱗》も放たれはじめた。
直線的な《龍の息吹》の攻撃と、横からの《龍の鱗》攻撃。
特に、数百枚の鱗が飛び散る《龍の鱗》がレイラの《瞬歩》の邪魔をする。《瞬歩》は目で見た場所でないと移転できない。鱗が辺り一面を覆うように横からレイラに迫るので、逃げる場所が視覚に入らないのだ。
「邪魔!」
周りの視界が鱗だらけになり、レイラは逃げ場を探す。
「痛っ。」
《龍の鱗》がレイラの右足に当たった。
痛みでレイラは顔をゆがめて、その場に座り込んでしまった。
鱗は硬くて重い。あの鱗の直撃なら、骨が折れているかもしれない。
「レイラ、引け。もう、これ以上は無理だ。」
厳しい口調で俺は叫んだ。
機動力を失ったレイラがこれ以上戦うのは無理だと判断した。
俺の声は届いているようだで、レイラはゆがめた顔を俺に向けた。だが、地面から立ち上がれない様子であった。
赤龍は、好機と言わんばかりにレイラを睨んで、口を開いていた。
口の中では、魔力と覇気を練っている。
『死ね。幼きエルフよ。』
強力な《龍の息吹(ブレス)》が、レイラに向かって放たれた。
同時に、視界を遮るように大量の《龍の鱗》もレイラに向かって放たれている。
視界も塞がって《瞬歩》が使える状況ではない。
「うっ。」
レイラは完全に逃げ場を失って、言葉を詰まらせた。
思わず、恐怖で目も閉じてしまっている。
「危ない。」
赤龍が《龍の息吹》を放つ前に、俺は動いていた。
《瞬歩》ではなく、《移転魔法》でレイラの前に移動して《虹色結界》を張った。
赤龍の《龍の息吹》と《龍の鱗》が、俺の結界にはじかれていった。
「なんとか間に合った。」
《龍の鱗》がレイラの居場所を覆い隠していたので、《瞬歩》での移動は無理だった。
そこで、近距離であったが、《移転魔法》を使って、なんとかレイラの近くまで移動することができた。
《移転魔法》は、過去に行ったことのある場所なら移動できる。
空間と空間を繋ぐ魔法なので、視覚が塞がれていても問題ない。
レイラが座り込んでいる場所は、行った事のある場所なので、事前に移転先として設定しておけば移転できる。移転魔法は、事前に移転場所の設定する必要があるので、《瞬歩》ほど機動力に優れていない。移転場所の設定に時間がかかる為だ。今回は、事前に設定しておいたので間に合った。
「慶之。助かった。」
彼女は、周りを見回してほっとした表情をしている。
《龍の息吹》は《虹の結界》で弾かれた。
《龍の鱗》も結界にはじかれて、弾かれた鱗が地面に散乱していた。
結界には、ヒビ一つ入っていない。
『まずは、弱きエルフを先に始末して、それから、虹の王と思っていたが。やはり、邪魔をするか。もう、肩慣らしは終わった。虹の王、お前を倒すぞ。』
赤龍は巨体を動かして、《虹の結界》を砕こうと鋭い爪を立てて襲い掛かった。
重い巨体が、ズシリと結界の上に乗ると、魔力と覇気と、それに赤龍の体重で地面が揺れた。
だが、結界はビクともしない。
赤龍が左右の手の爪で思いっきりひっかくが、結界はヒビ一つ入らない。
頭の角や、牙での攻撃も結果は同じ。結界は壊れる気配もない。
巨体を浮かせて、重たい体重での体当たりも、全く結界は動じなかった。
『さすがは、虹色魔力の結界。中途半端な攻撃では、いかんな。』
赤龍は直接的な攻撃はあきらめたようで、一旦距離を取った。
そして、手に持った《赤龍の宝玉》に魔力を籠めると、宝玉から赤い煙が湧いて来た。その赤い煙が天井に上っていくと、赤い雲に変わっていく。
「儂の魔法、《雷撃》、《炎裂弾》。それに、この《雷撃》と《炎裂弾》の威力を増幅させる魔法、《龍の祝福》。儂の魔法を喰らえ。」
《雷撃》と《炎裂弾》は、天井に発生した赤い雲から、《龍の祝福》により威力を増した《雷撃》と《炎裂弾》が、地上に向かって降り注ぐ。
これらの魔法は広範囲魔法であり、《主の間》の付近一面に降り注いだ。
俺の結界以外は、周りは地面がクレータのようにえぐれて土が舞い上がっている。
《雷撃》と《炎裂弾》に加え、《龍の息吹》と《龍の鱗》が《龍の祝福》のより、ブーストされて襲い掛かる。
しばらくの間、雨のように降り注ぐ魔法攻撃に成す術がない。
結界で耐え凌ごうと頑張るが、赤龍の魔法攻撃は甘くはなかった。
今まで、魔物の攻撃にビクともしなかった《虹色結界》に、ヒビが入り始めた。
結界にヒビが入るのは初めてだ。
それだけ、赤龍の魔法の威力が強力だという事だが。赤龍の魔法の威力に感嘆している処ではない。
(ヤバい!)
俺は焦った。このままでは、結界が砕ける。
そうすれば、赤龍の魔法攻撃にやられてしまう。
(どうすれば、良いんだ?)
頭を抱えている間も、結界のヒビは広がっていく。
必死に考えた挙句、結界の内側に新たな結界を重ね掛けをすることにした。
結界の内側にもう一枚の結界を張ったのだ。
すると、一番外側の結界が砕けた。そして、内側の2枚目の結界を赤龍の魔法は攻撃を始めた。2枚目の結界にもヒビが入っていく。
(やばい、このままでは2枚目も砕ける。)
俺は慌てて、2枚目の結界の内側に、3枚目の結界を張った。
2枚目の結界が砕けて、3枚目の結界を赤龍の魔法攻撃が襲う。
そこで、赤龍の攻撃が一旦止まった。取り敢えず3枚目までの結界で赤龍の攻撃を防ぎ切った。
周りには、砂埃と炎、それに無数の赤龍の鱗が散乱しており、周りの地形は変わっていた。周りの地面がえぐられて、ドーナッツのように結界のある中心だけが地面を残して、周りは大きな穴が空いている。
『まだ、魔法の力が足りないか。』
赤龍は、悔しそうに口をゆがめている。
一旦、間をおいて魔力と覇気を練り始めた。口の中に、宝玉に、赤龍の周りに魔力が集まっていく。大きな魔力の波動で体が震える。
俺は、その隙にレイラを一旦、静香たちの元に送り届ける事にした。
赤龍の魔法に耐える為、結界に集中していたのでレイラの治療もできていない。
この状態の中で、レイラを庇いながら戦い続けるのは無理だ。
赤龍が一旦魔法を中断した今しか無いと思うと、俺はレイラを抱きかかえた。
「楊慶之、どうした。急に・・・。」
レイラは急にお姫様だっこをされて、顔を赤らめている。
俺は構わず《移転魔法》で、迷宮の主(あるじ)の間の入り口まで移動した。そこには、桜花や聖香たちが待っていた。
瞬間移動で、迷宮の主の間に入る門の場所まで戻ると、レイラは騒ぎ始めた。
「なぜ、入り口に戻る、楊慶之。私は虹の王を見極めねばならない。赤龍の処に戻る。離せ!」
お姫様だっこをされた状態から暴れ始めた。
「レイラ、約束だ。今のお前は、足が満足に動かせない。危ないと思ったら、自力で戻る約束だったはずだ。」
少し、きつめの口調でレイラを怒った。
「まだ、私は戦える・・・いや、すまない。そうだ、約束だ。ここで待つ。」
レイラは自分の右足を見て自分が約束を破っている事に気がついた。
目に涙を溜めて悔しそうにしていたが、顔を下げて謝った。
俺は、レイラを静香に引き渡すと、再び赤龍の前に《移転魔法》で戻った。
「待たせたな。」
俺は、赤龍を睨みつける。
『虹の王よ、逃げたと思ったが、戻ってきたか。』
「ああ。虹色魔石を頂かないとな。魔石を呉れるなら、帰るけど。」
本当は、あのまま門から帰りたかったが、そういう雰囲気ではなかった。仕方がなく戻ったが、いざとなれば移転魔法で逃げるつもりだ。
『あの魔石は誰にも渡さん。儂の命を懸けてもじゃ。』
「それは、残念だ。」
(ほんと~に、残念だ。素直に渡してくれよ~。)
俺の心の叫びは、赤龍の耳には入っていない。
『それに儂は負けん。虹の王よ。お主は、どうも、覚醒していないようだな。』
「覚醒?なんだ、それは。」
『ほう、覚醒も知らんか・・・。そうか、そうか。これはチャンスだな。ならば儂にも勝機がある。命を賭けた勝負だ。覚醒について教える義理はない。自身の無知をあの世で呪え。』
赤龍はそう言うと、右手に持つ《赤龍の宝玉》を見る。ずいぶん魔力も溜まってきた。魔力や覇気の練り具合は順調のようだ。
宝玉から黒い霧が上空に上り始めた。そして、その煙は黒い雲を作っている。先ほどの雲より、更に数倍の大きさの赤い雲が、洞窟の天井を埋め尽くしていく。
『これはどうだ。』
赤龍の一声で、黒い雲から、雷撃と、たくさんの炎裂弾が降ってきた。
慌てて、《虹色結界》を張る。
『その結界は厄介だの。』
口ではそう言っているが、強烈な雷の雷撃と、炎裂弾による赤い炎の弾の攻撃が容赦なく《虹色結界》に降り注ぐ。
加えて、口からは《息吹の咆哮》を吐き、体中の鱗が俺に向かって飛んでくる。
4つの魔法は、先ほどと同じように《龍の祝福》により威力が増していく。
そして、もの凄い威力に変わっていった。先ほどの攻撃よりも更に威力が増している。本当に、赤龍の魔力には底が見えない。
結界にヒビが入り始めた。
「このままでは、マズい。」
ヒビが入る速度がそっきより早い。
さっきと同じように、結界の内側に《虹色結界》の重ね掛けをしていく。
1枚目の結界が砕け、2枚目の結界にヒビが入る。
だが、こちらも3枚目、4枚目の結界の重ね掛けを用意するが、ヒビが入る。
こうなったら、我慢比べだ。
赤龍の攻撃の4つの魔法攻撃が勝つか、俺の守りの結界が勝つか。
魔力の量には自信がある。俺の魔力と赤龍の魔力の戦いになる。
俺は、どんどん結界の重ね掛けを行うが、4枚目の結界が砕けた所で、赤龍の攻撃が終わった。
(赤龍の魔力が枯渇したか・・・)
俺は、赤龍の魔力の枯渇を期待した。
だが、赤龍の念話の声で、俺の期待は裏切られた。
『やはり、これっぽちの魔力では、虹の王を倒すのは難しいな。ならば、儂の全力の魔力を受けてみるが良い。』
赤龍は魔力が枯渇して、焦っているようではなかったのだ。
ただ、俺の結界の力を測っているような話しぶりだ。
そして、赤龍は再び魔力と覇気を練り始めた。
(今度は、赤龍にはまだ隠し玉の魔法攻撃があるのか?もっと大きな魔法を撃つつもりか?赤龍の魔力はまだ尽きないのか?)
赤龍が赤の魔力色に覆われている。
そして、その魔力はどんどん集まっている。
恐ろしいほどに巨大な魔力の波動が更に大きくなっていくのを感じる。
どんどん集まる莫大な魔力に覆われる赤龍を凝視する。
だが、こちらも、ただ赤龍の攻撃を待ってやるつもりはない。
赤龍が魔力を籠めて、動けない今が攻撃のチャンスだ。
ミスリルの魔刀に魔力を籠める。
『瞬歩』で赤龍に近づくと、虹色の魔力色に覆われた魔刀で、腹を勢いよく突き刺した。
――カキン。
魔刀の一撃で赤龍の鱗が砕けた。
赤龍の鱗は硬いが、虹色の魔力色で包んだ魔刀はもっと硬い。
「良し。このまま、赤龍の体を斬り裂く。」
鱗が再生する前に、鱗の防御を失った赤龍の体を突き刺そうとする。
――カキン。
すると、先ほどと同じ音がして、再び赤龍の鱗が砕ける音がした。
見ると、砕けたはずの鱗が瞬時に再生して、魔刀の攻撃を邪魔していた。
「なんだ!?この再生の速さは・・。これじゃ、攻撃が届かない。」
『ハッハッハッ、甘いな。虹の王よ。覚醒前の主(ぬし)の力など、効かぬわ。』
『龍の鱗』は、砕けたと思ったら、直ぐに再生している。
「舐めるな!」
――カキン、—カキン、—カキン、—カキン。
ミスリルの刀で何度も、何度も赤龍の鱗を打ち砕いた。
だが、その都度、一瞬で鱗が再生している。連打して鱗を砕いても、連打の速さで、鱗が再生する。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・。」
肩で息をしながら、刀を持つ手を止めた。
これではキリがない。ただ、こちらが疲れるだけだ。
「これが、《鱗の結界》か。」
赤龍は瞬時に再生する、無限の鱗に体を守られている。このまま攻撃しても、赤龍には何もダメージは与えられそうもない。
そして、俺が時間が消費している間も、赤龍は魔力と覇気を練っている。
既に、相当の大きな魔力が練られている。
今までの魔力とは段違いの大きさの魔力色の光が赤龍を覆う。
「これは、まずいな。」
あまりの魔力の大きさに危険を感じて、赤龍から距離をとった。
『虹の王よ。遊びは終わりだ。儂は命を賭けた戦いで手を抜く愚かな真似はせぬ。』
赤龍が練った魔力と覇気の量はどんどん膨張していく。
今まで見た事が無い量の魔力と覇気が、赤龍の体中にみなぎっている。
魔力の波動だけで、普通の人なら気を失うほどだ。
「こ、これが、赤龍の魔力と覇気の力か。半端ないな。さすがは、赤龍だ。」
俺は、赤龍を覆う魔力色の光の大きさに見とれてしまった。
「俺には、まだやらねばならない事がある。こんな処で死ぬわけにはいかない。」
俺は、一族の仇を・・・復讐を果たさなければならない。赤龍に倒される訳にはいかないのだ。
俺も体中に魔力を練っていく。
体中が暖かくなり、魔力が集まってくるのを感じる。
赤龍は俺を睨みつけている。
もう、魔力も覇気も十分に練られたようだ。
「うわああ、こりゃ、まともに喰らったら、死ぬやつだな。」
こんな恐怖を感じるのは、久しぶりだ。
あの故郷の【楊都】が陥落し、蔡家の兵士に追いかけられた頃以来だ。
赤龍が薄笑いを浮かべた。
『喰らえ!』
練りに練った全ての魔力と覇気が放たれた。
赤龍の口から、最大級の火力を持った《龍の息吹》の攻撃。
一斉に龍の体から《龍の鱗》の攻撃。
《龍の宝玉》から発生した黒い雲からの炎弾の
そして、黒い雲から《雷撃》が放たれた。
だが、赤龍の魔力は、まだ全然減っていない。
それどころか、赤龍の口に信じられないほどの量の魔力が集まり膨張している。
『虹の王よ、これが儂の全身全霊の一撃だ。この《爆轟(ばくごう)》を喰らってあの世に行くが良い!』
赤龍の口から、膨大な魔力を持つ《爆轟》放たれた。
(な、なんだ・・・。あの魔力は。)
《爆轟》の魔力の波動で、体が振るえた。
(・・・ヤバい、あれは、ヤバい。あれは、本当にヤバい。)
あの魔法は今までの魔法と次元が違う。あの魔力の塊は尋常じゃない。
直感が、あれは容易に結界を破ると告げている。
4つの魔法攻撃も《龍の祝福》のブーストをかけられてそれなりの威力だ。
だが、《爆轟》はそんなレベルの威力ではない。
遥かに4つの魔法攻撃を凌ぐ《爆轟》の攻撃が、辺りの空気を振るわせた。
火鳳凰の《神炎》と同等。
もしくは、それを上回る威力なのは、《爆轟》が発する波動からも分かる。
(あれは、核爆発級の威力。この迷宮一帯を消滅させるだけの威力。)
赤龍の力だからできる最大級の超上級魔法。
あれは、俺の結界で防ぎきれるモノではないと警戒が鳴り、恐怖が沸き上がる。
「やばい。これ、死んだわ。」
《爆轟》を見て、俺は《移転魔法》で逃げようと考えた。
この魔力量で放たれる魔法はハンパない威力だ。
俺一人なら逃げられる。
だが、《爆轟》の威力はこの辺り一帯が消滅させる威力だろう。
そうなると、桜花や静香、麗華、美麗達を、連れて逃げるには時間が無い。
「俺は、逃げない。」
元々、《迷宮の主》との戦いが無謀なのは分かっている。だが、復讐を果たす為には力を得なければならない。その力を得る為に、赤龍と戦うと決めたのだ。
ここで逃げるわけにはいかない。
俺は結界を張っていた。
1枚では心配なので、何枚も重ね掛けを行っていた。
既に、20枚もの結界を展開している。
それでも心配だが、結界は思った以上の魔力を消費するのだ。20枚の結界を張ると、維持する魔力量も半端ない。20倍の魔力が必要になる。
これが、今の俺にとっての限界だ。これで10分持つかどうかだ。普通の魔力量の魔法使いなら。2,3分しかもたないだろう。
もし、結界が破られれば、この辺り一帯が地面ごとえぐられて、炎で焼かれて吹き飛ぶだろう。そして、仲間も皆死んでしまう。
放たれた攻撃が結界に衝突する。
「うっ・・・。」
まずは、初めに放たれた4つの魔法攻撃だ。
《龍の祝福》に魔法により、威力がブーストされている。
《龍の息吹》、《炎裂弾》、《雷撃》の風力と火力と雷力により、外側から1枚目の結界にヒビが入る。
――ガチャン。
1枚目が割れた。
――ガチャン。——ガチャン。
2枚目、3枚目の結界が割れる音がした。
だが、ここで《龍の息吹》、《炎裂弾》、《雷撃》の魔力攻撃は収まった。
次が本命の《爆轟》だ。そろそろ魔法の攻撃が襲ってくるはずだ。
身構えていると、もの凄い爆音が鳴った。爆音だけでなく、膨大な魔力の波動、巨大な覇気も一緒に襲って来る。
空気が・・・、そして地面が震える。
(な、何なんだ、この強烈な圧は・・・。)
――ガチャン、——ガチャン、——ガチャン、——ガチャン、——ガチャン、——ガチャン、——ガチャン、——ガチャン、——ガチャン、——ガチャン、——ガチャン、ガチャン。」
4枚目・・5枚目・・6枚目・・15枚目までの《虹色結界》が一気に砕けていった。まるで、ボールが何枚ものガラスが割っているようだ。
硝子の紙を破って行くように《爆轟》の魔法が、《虹色結界》を砕いていく。
「ヤバい、ヤバい、ヤバい。止まってくれ。」
爆轟の勢いが止まらない。
恐怖が俺を襲う。体が震える。
恐怖で逃げ出したくなるのを理性で抑えつける。
――ガチャン。
16枚目の《虹色結界》が割れた。
《爆轟》の勢いは止まらない。魔力と波力と炎の塊が結界を破壊していく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ、止まってくれ。」
神に祈ろうと思ったが止めた。この世界の神は始祖だ。そして、始祖は俺や姜馬と同じ異世界人だ。なんとなく、ありがた味を感じなかった。
――ガチャン。
17枚目の《虹色結界》も割れた。
「ああ・・・、もうダメだ、終わった・・・。」
理性で押さえていた震えが再び始まった。
残りの結界はあと3枚。
移転魔法の魔法陣が頭に浮かべた。移転魔法で仲間の処に移転して、結界を張れば生き残れるかもしれない。
だが、賭けだ。間に合ったとしても、結界が砕けるかもしれない。
今、この場を俺が逃げれば、全ての結界が消える。
ダメだ。やっぱり、逃げるのは無しだ。
――ガチャン。
18枚目が割れた。
「マジか・・・、もう死ぬわ。次は、もっと、まともな世界に転生したいな・・・。そもそも、転生できるか分からんが。」
もう、覚悟を決めていた。
頭に浮かべた、《移転魔法》の魔法陣を消していた。
俺一人生き残っても、桜花や聖香、麗華、美麗たちを見殺しにしたらきっと立ち直れない。そんな俺が『復讐』など出来るはずがない。
半分、現実逃避もあり、死んだら、安全な世界に転生したいと考えていた。
19枚目。
「・・・・・・・。」
結界の割れる音がしない。
「どうしたんだ。なぜ、結界が割れない。もしかして《爆轟》の魔力が尽きたか」
いや、あんな膨大な魔力の塊が尽きるはずが無い。
俺は、何が起きたのか首を傾げた。
「うん?何が起きたんだ。」
もしかしたら、既に死んだのでは・・・。周りを見回すと、結界の中の景色だ。周りは土煙や炎の残りで見えないが、死んではいないようだ。
「う~ん。」
唸りながら考えた。
「そうだ、19枚目は確か、『絶対領域』の結界だったんだ・・・。」
結界を張る際、よく考えずに《虹色結界》を何重にも張っていた。その時、ふと、火鳳凰との戦いを思い出した。それで、《神炎》の攻撃を防いだ《絶対領域》を19枚目の結界にしたのであった。
恐る恐る、結界を見てみる。
すると《絶対領域》の結界は消滅していなかった。
(《絶対領域》の結界が《爆轟》を無効化したのか?)
「た・・、助かった。死んだと思った。」
俺は、その場に倒れ込んだ。
ふと、陽の光のまぶしさを感じた。
気がつくと、太陽の陽の光が俺を照らしていた。
「なんで迷宮に、太陽の光が!?」
俺は天井を見上げると、そこには天井が無かった。
地下5層層だけでなく、地上までの全ての天井が吹き飛ばされていた。
《爆轟》一撃は大部分が《絶対領域》により消滅していたが、一部の魔力が反射して跳ね返り、天井を吹き飛ばしていた。
「マジか。」
おかげで、外からの陽の光が迷宮の中の、しかも地下5階層まで入ってきた。
とても、迷宮の地下には思えない明るさだ。
《爆轟》の影響で空中を舞っている土や埃が、太陽の光を受けて白く光っている。
神秘的な景色を醸し出している。
赤龍は、空中から下を見降ろしている。
土煙や炎で、地上がどうなっているかハッキリ見えていない。
だが、《爆轟》が虹の王を消滅させたのは、信じて疑っていなかった。
最後に、地面が大きくえぐられる爆音と衝撃があるはずだったが、その爆音が聞こえなかったのに首を傾げていた。それに、《爆轟》の一部が弾き飛ばれて、天井に向かったのもおかしい。
だが、虹の王の結界は破壊した確信していた。
『この威力なら、虹の王でも助かるまい。』
しばらくすると、《爆轟》が引き起こした土煙も晴れて、炎が収まっていく。
勝ち誇って勝利に浸っていた赤龍の目が険しくなる。
『な、なんだと・・』
赤龍は絶句した。
土煙や炎が収まった後に、結界が見えたからだ。
『どうしてだ・・。どうして、結界が残っている。ば、爆轟の威力なら結界など容易く砕いたはずだ。それが、なぜ、結界が原型をとどめているんだ。』
赤龍は亡霊でも見るような目で、目の前の結界を見つめていた。
「残念だったな、赤龍。確かにお前の攻撃は凄かったよ。それでも、俺を殺す事は出来なかったようだな。」
勝ち誇ったように、赤龍に俺が生きている事を伝えた。
『なぜだ。なぜ、お前が生きている。儂の《爆轟》の攻撃が効かなかったか。』
赤龍は唸るような低い声を出した。
「いや、効いたよ。あの嘘みたいな破壊力の攻撃は、確か《爆轟》か。あれは凄い。18枚の結界を砕かれた。だが、2枚は砕けなかったようだ。」
赤龍は未だに、納得していなかった。
恨めしそうに、こちらを睨みつけている。
『儂の《爆轟》が、貴様の結界に負けたのか・・・。』
「そういうことだ、赤龍。お前の攻撃は本当に凄かった。ただ、俺の《絶対領域》の結界は破れなかった。残念だったな。」
『な、なに。《絶対領域》だと・・。そうか、《絶対領域》か。・・・獅子王の《絶対領域》の魔法を奪ったか・・・。やはり、獅子王は儂の手で殺しておけば・・・。いや、それも含めて儂の敗北だ。』
今の攻撃で、赤龍は魔力と覇気のほとんどを消費したようだ。赤龍から大した魔力は感じられない。
それだけ、赤龍はこの一撃に賭けたのだろう。策としては、悪くない。
俺には《虹色結界》がある。
赤龍が魔法攻撃を小出しにしたら《虹色結界》で防ぐ自信は有った。
それで、赤龍は、俺の結界の力を見極める攻撃を仕掛けたのだろう。結界の耐久性を見極めた結果、勝てる思って《爆轟》で勝負を決めに来たのだ。
赤龍は計算した上で、あの《爆轟》を放ってきた。
そして、あの《爆轟》は本当にヤバかった。
マジで死ぬかと思った。
いや、《絶対領域》の結界を張らなかったら、間違いなく死んでいただだろう。
一撃に賭けた赤龍の攻撃は間違いじゃなかった。
実際、あと一歩で虹色魔力を持つ俺を倒す寸前だった。
赤龍の計算が通りにいかなかった原因は《絶対領域》だ。あの結界がなかったら、俺も仲間達も全員死んでいただろう。
紙一重の差で、運が俺に味方した。
赤龍は《爆轟》の攻撃が不発に終わると、魔力を消費しすぎたようで《迷宮の主》の間の奥に消えていった。
逃げられないように追いかけると、迷宮の奥にある岩を爪で砕いていた。
『今の魔力が枯渇した儂には、もう、これしかない。』
大きな岩を砕くと、虹色に光る魔石が姿を現した。
もの凄い魔力を感じる。
赤龍は虹色魔石を掴むと、口に入れて飲み込んだ。
『この魔石は・・・命を賭けて儂が守るのじゃ。』
赤龍は奥から出てくると、天井に大きな穴が空いた上空を見上げる。
そこには、太陽が見える。
地上から地下5階層まで通じる大きな穴から、陽の光が降り注いでいた。
先ほどの《爆轟》の一部が跳ね返されて、天井を突き抜けて出来た穴であった。
『さらばだ。』
赤龍は陽の光に向かって飛んでいった。
「あっ、赤龍。お前、どさくさに紛れて逃げるつもりか。」
俺は、慌てて《飛翔》魔法で赤龍を追い駆ける。
赤龍が空を飛ぶ速さも早い。
《瞬歩》で赤龍の背中に移動して、虹色の魔力色で覆われた魔刀で背中を突き刺した。
――カキン。
《龍の鱗》が砕けた。と思った瞬間に、新たな鱗が再生していた。
赤龍に攻撃が効かない。
いや、攻撃は効いている。赤龍を覆う鱗が壊されている。
だが、攻撃の効果が出る前に鱗が再生され、効果が無効化されている。
このまま、迷宮の外に出たら逃げられてしまう。そうすると次に魔力が回復した赤龍を倒せるかは分からない。魔力が枯渇した今が、赤龍を倒す最大のチャンスだ。それに、虹色魔石もこの迷宮の外に持ち運ばれて、隠されたら厄介だ。
2度と虹色魔石も手に入らなくなるかもしれない。
「おい、赤龍。卑怯じゃないか。逃げるつもりか。」
『卑怯?・・・そうだな、儂は確かに卑怯だ。負けたので逃げている。今回の戦いは儂の負けじゃ。だが、次は勝つ。さらばだ、虹の王よ』
赤龍は潔く負けを認めて、この場を立ち去るつもりだ。
「逃がすと思うか。赤龍。」
――カン、——カン、——カン。
俺は赤龍の背中にしがみついて、刀で《龍の鱗》を砕く。
その都度、鱗が再生してしいた。その鱗を砕くが、何度やっても同じだ。
『無駄だ・・・。痒いくらいしか感じん。』
「おい、赤龍。虹色魔石を渡せ。」
今の赤龍は魔力のほとんどを使い果たした。
奴を倒せるとしたら、今しか無い。
『この魔石はお前などに渡さん。儂が命をかけて守る。なんとしてもな。』
赤龍はどんどん速度を上げて、大きな穴が空いた天井に向かって行く。
俺は、飛翔を使って赤龍の背中から離れて、赤龍と並行して飛んでいく。
「だが、どこを攻撃すれば、良いんだ。」
『瞬歩』で、赤龍の体中に移動して攻撃を繰り返す。
(赤龍の弱点はどこだ!)
このまま、鱗を攻撃しても、《鱗の結界》に守られた赤龍に何もダメージは与えられない。それどころか、迷宮の外に逃げられてしまう。
腹、頭、背中、顔、尻尾などに『瞬歩』で移動する。だが、どの部位を斬っても、鱗が砕けるだけで、直ぐに鱗が再生するだけだ。
(唯一弱点と思われるは、目と口の中だが・・・。)
赤龍は、目を閉じ、口は閉じて、空に向かって飛翔している。赤龍も鱗の無い部位が弱点と分かっているようで、ひたすら守りに入っていた。
「これが《鱗の結界》の力か。こうも、守りに入られると、攻めてが無いな。」
桜花から伝授された奥義『一閃』を叩きつけてみる。
だが、結界は同じだ。今の俺で最大の攻撃力を持つ『一閃』でも、鱗は砕け散るが、体には届かない。5属性魔法の使えない俺にとって、攻撃力の弱さがここにきて響いた。
「これじゃ、埒が明かない。だが、どこかに奴を倒す糸口が・・・、きっと弱点があるはずだ。」
このままでは、最後には赤龍が逃げてしまう。
『無駄だ。虹の王よ。儂の《鱗の結界》は破れん。儂もお主の結界を破れなかったが、それはお主も同じだ。儂は一旦引く。戦いはまた次の機会だ。』
赤龍は、魔石を持ってこのまま逃げ切るつもりだ。
「赤龍、逃がさん。おまえは、ここで倒す。」
今の赤龍は、魔力のほとんどを失っている。
倒すのは今しかない。
それに次回は、奴も《絶対領域》の対策を採ってくる。
魔力も覇気も今の俺では敵わない。手数も相手の方が多い。
今回は、《絶対領域》の魔法が運を引き寄せてくれた。
10回、赤龍と戦ったら9回は負ける。その一回の勝利が、偶々今回の戦いだっただけだ。その一回も、勝利ではなく、このままでは引き分けになってしまう。
「どこだ。奴を倒す糸口は。何としても奴を倒す。」
再び、赤龍の体中を隈なく攻撃する。
ただ、鱗を砕いても、新たな鱗の再生を繰り返すだけだ。
なにも前進していない。
地下5階層に開けられた大きな穴に近づいている。
「絶対に、弱点が。赤龍を倒す糸口が。このままでは赤龍を逃げられる。」
焦りが募るが、倒す方法も弱点も見つからない。
ひたすら『瞬歩』を繰り返して、赤龍の体中を魔刀で攻撃している。
ただ、鱗を砕けるだけで、赤龍は全くの無傷だ。傷一つは与えられていない。
気持ちだけが焦り、汗が額を流れていく。
地下5階層の天井に到着した。このまま地下4階層に入って行く。
地下4階層に入ると、一気に外界が近づく。他の階層は地下5階層ほど天井が高く無いのだ。
その時、赤龍の首筋に黄金色が光っているのが目に入った。
(何だ、あの光は。)
黄金色を放っている場所に近づいて見る。
すると、そこには、一枚だけが黄金に輝いている鱗があった。赤龍の体は赤の鱗で覆われているのに、一枚だけ色が違う。
しかも、鱗の向きが逆だ。
「逆鱗か?」
前世の記憶が頭の中に浮かんだ。
あれは、子供の頃だ。
前世は、貧しい家で、爺ちゃん一人で俺達姉弟の5人を養ってくれていた。
だが、その頃の自分はまだ幼く、死んだ爺ちゃんも、まだ元気だった。
爺ちゃんは、幼い俺が寝る前にいつも昔話をしてくれた。その昔話の話を思い出した。
「一郎。むかし昔の大昔、大沼池に黒龍がおってな、・・・・」
爺ちゃんが話す昔話はいつも同じだった。
たぶん、爺ちゃんは、あの昔話しか知らなかったのだと思う。
だが、いつも同じ話だったので、爺ちゃんの昔話を始めると子守歌のように良く眠れたのを覚えている。
「あれは、たしか、『大沼池の黒龍』という昔話だったな。たしか、黒龍の首筋にある黄金に光る《逆鱗》に触れると、黒龍が苦しむという話だったような・・・。」
首筋の黄金色に輝く逆鱗の前に《瞬歩》で移動した。
そして、魔刀で『逆鱗』を砕いた。
「ぐぅがぁ・・・、」
すると、赤龍が強烈な悲痛な声を叫んだ。
『に、虹の王よ。な、なにをした。』
頭が割れるほどの大きな声の念話を口にした。赤龍が攻撃を受けて苦しんでいるが良く分かった。
(赤龍に攻撃が効いたのか?)
今まで、一切の攻撃が効かなかった赤龍の反応に驚いた。
初めて、こちらからの攻撃が赤龍に効いたのだ。
しかも、砕けた《逆鱗》の鱗は再生しない。破壊された鱗があった場所から、赤龍が柔肌をさらけ出している。
「ここが、赤龍の弱点か。」
魔刀に魔力をまとわせて、《逆鱗》が剥がれた柔肌に思いっきり突き刺した。
「ぐわぁぁぁぁぁぁ。」
赤龍の呻き声と一緒に、緑の血が噴き出してきた。
念話ではなく、大声で悲痛の叫びを上げた。
赤龍が爪で、俺を首筋から剥すように攻撃してくる。
ここから剥される訳にはいかない。
この《逆鱗》の場所から剥されたら、二度と《鱗の結界》を倒す機会を失ってしまう。
自分の背中に、《虹色結界》を張って、爪の攻撃を弾いた。
そして、首筋の肉をえぐる様に、魔刀を突き刺して奥に進んでいく。
「ぐぐぐぐぐ・・、ぐぅぎゃ。」
赤龍は、痛みに耐えきれず、悲鳴を上げ続ける。
魔刀に魔力を籠めて首の肉を掘り進めていく。血を浴びて息も出来ない。
赤龍が苦しそうにもがきながら、両腕で自分の首筋を掻くようにもがいた。
『な、何をする・・・・・・。』
念話の会話も、途中で切れてしまった。
『飛翔』の前進力を上げて、首の反対側を目指し、魔刀で肉をえぐっていく。
「ぐぅぎゃぁぁぁぁぁ、・・・・・・・・・・・・。」
悲鳴の声が止まった頃、俺は赤龍の首筋を突き破って、反対側に貫いていた。
大きく開いた首筋の穴からは、緑の血が噴水のように溢れ出ている。
体の全ての動きが止まり、赤龍の目の色が赤から白に変わった。
「やっと、倒した。俺が、赤龍を倒したんだ。」
空に浮いていた赤龍の巨体が地面に落下を始めた。
――ズドン。
赤龍の巨体が地面に着地すると、大きな落下音と伴に地面が揺れた。
俺は《瞬歩》で地面に着地した。
「危なかった。」
地面に腰を下ろして、しみじみと赤龍を眺めた。
恐ろしい顔に、勇ましい角、それに大きな巨体、王者の風格をした龍が地面に横たわっている。
横たわる赤龍を見ても、自分がこの巨体を倒した実感が湧かないほど圧倒感だ。
「本当に紙一重だった。あと2枚の差だ。結界2枚の差で俺がやられていた。」
暫く、その場に座り込んでいた。
赤龍の死骸を見た静香は開口一番。
「慶之。本当に赤龍を倒しちゃったんだ・・・、あんた、化け物ね。それに、なに、あの爆発。マジ死んだと思ったわ~。迷宮の天井が地上まで吹っ飛ぶとか、訳分かんないんですけど。そもそも、あんな威力の攻撃ってありなの?そんでもって、慶之、あの攻撃を喰らって良く生きていらるわね。本当に、信じられないわ。」
静香が赤龍の死骸をマジマジと見ながら、褒めているのか、けなしているのか分からない事を口にしながら感心している。
他の仲間は、赤龍の巨体を見て純粋に驚いていた。
「子雲、あなた・・・無事なのね。良かった。」
麗華が、俺の無事な姿を見ると走り寄って抱き着ついた。
目には涙が溜まっている。
「生きていてくれて・・・、ありがとう。ダメよ。二度と私の前から消えたら・・。」
彼女の頭が、俺の胸に押し付けられる。
押し付けられた頭を、優しく撫でた。
「悪かった。心配させて。もう大丈夫だ。」
「・・・・・。」
麗華は無言で、俺の腰を強く抱きしめた。
そんな微妙な空気をかき消すように、桜花が声をかけてくる。
「子雲。この赤龍の素材を回収するぞ。」
「お、おう。」
俺は麗華の腰に絡まった腕を外すと、赤龍の方に向かった。
桜花や静香の視線が、何だか痛いような気がする。
赤龍を改めてみると、貴重な素材の宝庫だ。
桜花は、赤龍の鱗をコンコンと手の裏で叩いていた。
赤龍は既に死んでいるが、鱗は硬く頑丈なままだ。
「まずは、赤龍の魔石をいただこうか。確か、心臓の下辺りだね。」
桜花は魔刀に魔力を籠めると、心臓の下辺りにの鱗を剥いで魔刀をねじ込んでいく。
生前の赤龍であれば、鱗を剥ぐと直ぐに再生したが、死んだ今なら再生はしない。
心臓の下辺りを魔刀でえぐって出来た穴に、腕を突っ込む。
「う~ん・・・・・。あった。」
桜花はこねくり回していた腕を引き抜くと、手は大きな赤い魔石が握られていた。
赤龍の神級魔力の魔石。
「やっぱり。赤龍の神級魔石は大きいし、貫禄が違うね。」
手に持った赤龍の神級魔石を見て、桜花は感嘆の声を上げる。
赤龍の魔石は、同じ神級魔力の魔石でも他の魔物とは格が違うように感じる。
魔石は大きく、色も魔法色である赤より、更に濃い赤色だ。
黒に近い赤色といった感じだ。
それに、色だけでなく、とてつもない魔力も感じる。
さすがは赤龍の魔石といった貫禄だ。
俺たちが赤龍の神級魔石に目を奪われていると。
「慶之。虹色魔石は見つからないのよ。何処に在るか探して頂戴。」
虹色魔石を探している静香が、見つけられずに叫び声を上げている。
「仕方が無いな、分かった。探してみるか。」
《索敵》魔法が魔力に反応する特性を使って、辺りの強力な魔石の反応を探ってみた。すると、確かに赤龍の中から強力な魔石の反応を感じる。
赤龍は体が大きいので、どの辺りに魔石があるか、手で触れて反応を探る事にした。
顔から首そして胴体へと掌を、少しずつ下の方にずらしていく。
すると、大きな魔力反応があった。
「たぶん、ここだな。心臓よりさらに下の胃の中だな。」
赤龍の胃の辺りから、強力な魔力反応を感じる。
「気をつけろよ。胃液があるからな。」
「ゲゲゲゲ、胃液はさすがに無理ね。酸はヤバいわ。桜花お願い。」
静香は「胃液」と聞いて悲鳴を上げた。
さすがに、桜花のように胃液の中に手を突っ込んだら、手が解けてしまう。
「胃液じゃ、仕方が無いよね。僕が虹色魔石を回収するよ。」
桜花が魔刀で胃の当たりはここかと指をさすと、俺は頷いた。
そして、胃の当たりの鱗を10枚近く剥して、魔刀で斬り裂いた。
斬り裂さかれた胃の中から、「ドバっと」胃液と中の汚物が溢れてきた。
「くはぁ、くっさ~、この匂い・・・、結構ヤバいわ。ヤバい。ヤバい。」
胃液の匂いに、静香は鼻を摘まんで、胃液が溢れ出た場所から遠ざかった。
桜花は鼻に布を押し当てて強烈な酸の匂い我慢しながら、胃の中からモノが溢れだた場所を探す。
「あった」。
汚物の塊の中から、虹色に輝く魔石を見つけた。
桜花は箸で、虹色魔石を摘まんで回収した。
それから、虹色魔石を洗浄して、布で綺麗に拭き取って、俺に渡した。
「はい、これ、子雲。これは、君の物だよ。姜馬様の後継者として、この魔石を持っておいてよ。どうせ、この魔石を使いこなせるのは君だけだ。」
膨大な魔力を放っている虹色魔石を、俺たちは遂に手に入れた。
「お、おい。これはこの世界で一番強い魔石だぞ。そんな雑に・・・お、おっと。」
空中に浮かんだ虹色魔石を、俺は落とさずにキャッチした。
そして、指で虹色魔石を掴んで目の前に置いて、よく魔石を見る。
「本当に綺麗だな。」
綺麗な七色に光る魔石の光は神秘的だった。そして本当に美しい。
虹色魔石を見て感動している所に。
横から、静香が虹色魔石を覗き込むと。
「・・・・慶之。その虹色魔石を私にくれない?」
静香は虹色魔石を見ていた顔を、俺に振り向けた。
「お願い。お金でも、聖王家の宝でも、何なら私でも良いわよ。あなたの欲しい物をあげるから、その虹色魔石を私にくれないかしら。」
真剣に、俺の顔の前に両手をつけて頼み込む。
すると、静香の話を聞いていた桜花が、ムッとして静香に詰め寄った。
「それはダメだよ、静香。この魔石は姜馬様の指示で《迷宮の主》を倒した子雲が手にするべきだ。それに、この魔石は虹色魔力を持つ者しか使えない。そもそもなんで、聖香がこの魔石を欲しがるんだい。」
桜花は少し怒った口調だ。
「いや、そうよね。やっぱり、虹色魔力を持たない私が・・・、この魔石を持っても意味は無いわよね。今の話は、忘れて。どうしたのかしらね、私ったら。変な事を言ったりして、御免なさいね。」
静香は、俺が手に持っている虹色魔石を見つめながら、前言を撤回した。
「分かってもらえれば良いんだよ。いつも、静香は突拍子もない事を言うからね。ただ、今回の発言は少し変かな。もしかして、静香、まだ大聖国の女王の座に未練があるんじゃないのかな。」
桜花は静香の顔を見つめて尋ねた。
「そうね。確かに諦めきれていないわね。この虹色魔石と虹色魔力を持っている慶之を連れて大聖国に行けば、きっと私は大聖国の女王に返り咲けるわ。大聖国は始祖の末裔として、虹色魔力を持つ者と、虹色魔石を手に入れて、始祖の後継国として再びこの聖大陸の覇権を握るつもりだからね。でも、なんか違うのよね。」
「なにが、違うのよ。」
桜花が首をひねる。
「いや、そうね・・・私も上手く言えないんだけど。この旅で分かったのよね。国を獲るのが目的ではなくて、仲間と国を作るのが良いかなと。」
「静香、余計分からなくなったんだけど。それって、どういうこと。」
「いや、国を獲る事なんて、さっきも言った通り簡単なのよね。それで、ぶっちゃけ、私が言うのもなんだけど、失うのも簡単なのよ。だから、地に着いた国造りと言うか、信頼できる仲間を集めて、理想の国を語って、苦労して国を作っていく方が失わない国が出来ると言うか・・・、まぁ、虹色魔力の力では無くて、私と仲間の作る国が良いってわけよ。」
「ふ~ん。僕は良く分かんないけど。国なんて簡単にできるのかい。」
桜花は、不思議そうに聞いている。
「できるわよ、凄い能力を持ったこの仲間と、姜馬様の『姜氏の里』の力があれば、強い国が作れる気がするのよね。」
聖香は自信を持って語っていた。
聖香が、大聖国の女王に返り咲きたい気持ちは薄々感づいていた。その為に、俺に近づいたり、虹色魔石を得る旅に同行したのも知っていた。静香は優秀な魔法使いで、知能も高く仲間として頼りになるので黙っていた。
聖香が考えて、いろいろ悩んで、思いを打ち明けてくれたのは良かった。
「そうだね、静香。僕も静香の考えに賛成だ。姜馬様の夢も、皆が安心して暮らせる世界にすることだしね。なんだか、聖香の話を聞いてたら、姜馬様の考えは似ているような気がして、やっと理解できたよ。」
桜花は一人で納得していたが、静香の考えと姜馬の理想は違う。
姜馬が望むのは弱者が安心して暮らせる世界であり、静香が語ったのは、国の獲り方だ。だが、ここで細かい話をするのは野暮なので黙っていることにした。
「そうね。それより、今は赤龍の素材の回収よ。」
聖香が、素材回収を再開するようにみんなに声をかけた。
「これは、平香が泣いて喜ぶやつだね。龍の角、龍の心臓に、龍の髭、龍の瞳に、龍の鱗、龍の爪に、龍の宝玉まであるよ。きっと、これらを見たら平香は卒倒するね。」
桜香は嬉しそうに、赤龍の素材を《魔法の鞄》に入れていく。
龍の素材は、どれも魔力伝導が高く頑丈だ。
《龍の鱗》なども、盾の素材に重宝されるのは間違いない。
他にも、回復薬の素材や、魔法陣を描く素材、武器の素材、高級食材の材料など、棄てる処が無いほどに全ての素材が高値で取引される。伝説の素材なので、二度と市場に出る事はない。百年に一度、手に入るか入らないかの貴重な素材だ。いくらの値が付くか分からないほどの高値で売買される。
ちなみに、辺り一面に散乱していて何万枚あるか分からない《龍の鱗》一枚でも、金貨1枚(百万円)はするだろう。
先ほどまでは苦戦していた《龍の鱗》の攻撃を考えると、もう少し攻撃を受けていればと思うほどだ。
公明や離梅も、一枚も残さないように、そこら中に散らばった龍の鱗を拾っている。
「あと、これも子龍が持っていた方が良いね。」
桜花に渡されたのは、《赤龍の宝玉》だ。
宝玉を見て、公明が口を開いた。
「慶之様。その《赤龍の宝玉》は属性龍の祝福が得られる宝玉です。桜花殿が言うように、慶之様が持たれた方が良いです。」
「はぁ、属性龍の祝福?なんだ、それ。」
「属性龍や、属性の主の祝福を得ると、同じ属性の魔法使いなら力が何倍にも増加します。赤龍は火の属性なので、祝福を得ると、火属性の魔法使いの力が数倍に増大します。」
「それなら、桜花や麗華が使えば良いんじゃないのか。彼女たちは火属性持ちだからな。俺は火属性の魔法を使えないから意味が無いぞ。」
俺が使える属性は、聖属性と闇属性だけであった。5属性魔法は使えない。
「属性龍の祝福は、属性を持たない人が、祝福によりその属性の魔力が備わる場合があるのですよ。有り体に言えば、この宝玉を持てば、慶之様は火属性魔法が使えるようになる可能性があります。ただし、あくまで可能性です。祝福を得ても、力が発現しない人の方が多いですが。」
「そう言えば、姜馬が俺に《始まりの魔法陣》で魔力を発現した時に、そんな事を話していたような。」
姜馬が転生者なら、初めは5属性魔法の属性は持っていないが、属性の主や属性龍の祝福を受ければ、その属性が得られると言っていたような気がする。
「そうか、まず本当に試してみるか。もし、火属性の魔法が使えたら嬉しいからな。《赤龍の宝玉》により、俺が火属性の加護が得られるかやってみよう。」
「そうですね。まずは、持ってみてください。」
俺は、桜花から宝玉を受け取った『赤龍の宝玉』を手に持って、簡単な火属性魔法を思い浮かべる。
火属性の魔法は使えないが、使えそうな魔法の魔法陣はちゃんと頭の中に転写してある。火鳳凰の《神炎》とか、赤龍の《爆轟》なんかの魔法陣はしっかり記憶に残っている。
ただ、そんな危なっかしい火属性魔法ではなく、簡単な火属性魔法の《火球弾》の魔法の魔法陣を頭に思い浮かべて、魔力を籠めた。
すると、体が少しずつ暖かくなる。
突然、無機質な念話が俺に語りかけた。
『火の属性龍に祝福を受けました。・・・火の属性が付与されます。』
体中を何かが・・・、たぶん魔力だろう。魔力が駆け巡る。
思わず膝を曲げて、その場に座り込む。
「どうしました。慶之様。」
公明が心配そうな顔で俺の体を支える。
「い、いや。何でもない。ちょっと、体が熱くなって、足に力が入らなくなっただけだ。もう、大丈夫だ。」
体のほてりも無くなり、体の変調も収まった。
再び、《火球弾》の魔法陣を頭に思い浮かべて、魔力を流すと。
手の上に、《火球弾》が現れた。
「おおおおぉぉぉ!火属性の魔法だ。火属性の魔法を使えるようになったぞ。」
公明の言う通り、火属性魔法が使えるようになっていた。
「な、凄いわね、慶之。というか反則よね。使える魔法は増えていくし。火属性の魔法が使えるようになるなんて。使える魔法の属性が増えるなんて。」
聖香は、羨ましそうに叫ぶ。
「ちょっと、その『赤龍の宝玉』を貸してもらっても良い。」
彼女の魔法属性は、聖魔法と土魔法だ。火属性は持っていなかった。
「ああ、良いよ。」
俺は、静香に宝玉を渡した。
宝玉を持って、聖香が火属性魔法の詠唱を唱えるが、火属性の魔法は現れない。
「う~ん。う~ん。なんで、私には発現しないのよ。」
何度も火属性魔法を詠唱したり、魔力を宝玉に籠めたりするが、火属性の魔法は一向に現れなかった。
暫くの間、宝玉とにらめっこをしていたが、あきらめたようだ。
「慶之、これ返すわ。やっぱり、私には才能がないのね。悔しいけど。」
聖香は落ち込みながら、宝玉を返してきた。
聖香が、火属性魔法の発現を諦めた頃には、ほとんど赤龍の素材の回収は終わっていた。
《龍の鱗》は《爆轟》の風圧でだいぶん遠くに飛ばされたモノもあったが、だいたいは回収できた。鱗は約2万枚もあった。
これで、回収は終わりだ。
この『火の迷宮』の中もそうだが、【智陽】や『迷宮の扉の入り口』でも、たくさんの魔石や素材が手に入った。
神級魔物の魔石が、35個
王級魔物の魔石は約150個
将級魔物の魔石は約300個
特級魔物の魔石は約800個
それに、赤龍や火鳳凰、王亀、大蜘蛛などのレアな神級魔物の素材もたくさん集まった。
思った以上の収穫だった。これで、蔡辺境伯と戦える。
「そろそろ戻るか。『姜氏の里』へ。そして、蔡辺境伯を倒すとしよう!」
俺達は、この《火の迷宮》で十分な手ごたえを得た。
そして、一度『姜氏の里』に帰る。それから、いよいよ蔡辺境伯との戦いに身を投じるのであった。
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