第15話 《火の迷宮》

 私が彼を意識したのは5歳の頃だったと思う。

 あれは、王都の屋敷で熱が出た時だ。

 私は5日渡って高熱に侵されていた。熱は一向に下がらず、趙家中の者が心配していた。

 父上は私を心配して、趙伯爵の力を駆使して、あらゆる治癒魔法使いと回復薬を集め、私の熱を下げようとしたがダメだった。

 回復薬を飲んでも治らない。治癒魔法でも熱は下がらなかった。

 治癒魔法や回復薬はなんの病気でも治せる魔法ではない。治せるのは怪我などの外傷がほとんどで、熱や毒、呪いなどの体の内側の病には治癒魔法の効果は無かった。

 熱が下がらない私を見て、母上は目をはらして寝ずに看病してくれた。

 すでに5日も経過している。このまま熱が下がらなかったら、子供の体力ではもうダメだと趙家では半分あきらめていたそうだ。

 その時、楊家の少年が薬を届けに来てくれた。

 その楊家の少年は私の許嫁だったのだが、5歳の私には許嫁など良く分からなかった。だから、顔も見たことがなかった。

 その少年は、ただ解熱に効く薬だと言って、薬を渡すと帰ってしまった。


 母上は、神にも祈る気持ちでその薬を私に飲ませたそうだ。

 すると、不思議な事に、私の熱が下がったのだ。

 偶然だったのかも知れないが、私が彼を意識したのはその時だ。

 助けてくれたとか、許嫁だからとかでは無い。単に興味を持ったのだ。

 回復薬でも、治癒魔法でも治せない病気をなぜ彼が治せたのか。なんで、その薬を届けに来たのか。単にそんな些細な事に関心を持っただけだった。

 それがきっかけで彼に興味を持つと、彼の事を人づてに聞いたりした。

 一言で言うと、彼は不思議な人だ。

 川で溺れていた少女を助けようして、浮き輪を持って川に飛び込んだらしい。

 奴隷の少女に浮き輪を渡して、自分が溺れそうになったそうだ。周りの大人は、奴隷を助ける為に川に飛び込んだことを怒っていた。わざわざ、奴隷の命を助けても、命の危険と釣り合いが取れないと叱られたそうだ。

 その時、彼は『命に重いも、軽いも無い』と大人に食って掛かったそうだが、大人に相手にされなかったと聞いている。

 他にも、彼は、風車を作って小麦を摺り潰す装置を作ったり、病で臥せっている人に薬を分け与えたり、何が目的か分からないが、都市(まち)に出ては誰もが考えつかないことをしていた。

 次は何をするのかと、ワクワクしながら彼の話を趙家の使用人から聞いた。

 趙家と楊家は仲が良く、使用人も情報をやり取りしていたのだ。

 そして、どうして、そんな事を考えるのか。その行動力はどこから来ているのか。また、子供の彼が何でそんなことを知っているのか。彼の話を聞くと色々な事が不思議だった。

 とても私には思いつかないことを彼はいとも簡単に実行するのだ。

 それからも、彼の事が気になった。恋とか好きとかではない。ただ、気になったのだ。

 なんで、この人は奴隷の命を救うのか。なぜ、領民の為にわざわざ風車などを作るのか。なぜ、知らない人に薬を分け与えるのかと。

 

 そんな風に彼のことに関心を持ちながらも、月日は流れた。

 10歳になると、私は、王都にある王立学園に行くことになった。彼もその王立学園に通うはずだ。

「彼に会える」と私はワクワクしていた。

 学園に行って彼を探したが、彼を探したが中々見つからなかった。

 彼は3大貴族である公爵家の子供だ。きっと、寄子の貴族を取り巻きにでも従えているのではと思ったので、すぐ見つかると思っていた。

 楊公爵家には、南3家を始めたくさんの寄子の貴族がいた。


 だが、彼は取り巻きを連れるどころか、一人だった。

 それだけでなく、3大貴族の2家の同じ年頃の子弟から虐めを受けていた。

 虐めの原因は、彼に魔力が無いからだ。

 魔力を持たない者は、貴族として認めてもらえない。魔力を持たない事自体が蔑まれる対象なのだ。

 貴族の癖に魔力が無いと難癖をつけられていたのである。

 楊公爵家の寄子たちも、我関せずで彼と距離を取っていた。

 彼は、完全に孤立していた。


 だが、彼は貴族の子弟の嫌がらせなどは気にせず、貴族たちを無視していた。

 私も、何度か声を掛けたが、少ししか話せなかった。

 彼には自分の世界があるようで、貴族たちを避けるようにしていたのだ。

 嫌いな貴族と交わるよりも、都市(まち)に行って、商人と話したり、薬を作ったり、職人の処に通ったりする方が楽しいのだろう。そんな彼を私は遠くから見ているだけだった。

 暫くすると、彼は学園に通わなくなってしまった。

 私は悔しかった。

 あんなに知識があり、頭もよく、人に優しい彼が、魔力を持っていないからと言って、馬鹿にされるのが許せなかった。

 その時だったと思う。

 私が彼の力になると誓ったのは。

 彼には魔力が無いが、知識と知恵と優しさがある。

 私が、魔力と武力と強さを持って彼を支えれば良い。私は彼の許嫁。お互いに足りない処を補えば良いんだと。

 だから、私はあの人の剣であり、盾になると誓った。


 それから、私はがむしゃらに魔力と武術、それに用兵を学んだ。

 魔力は将級の魔力階級から王級へと昇華した。

 武術は、最初は槍を学んだ。ある程度、腕は上がったが、後から槍を学んだ紫雲に追い抜かれた。紫雲だけでなく、友人の虞美麗にまで抜かれると自分に槍の才がないのを悟った。それで、槍だけでなく、射撃術や剣術も学んだ。師匠がいなかった鞭の扱いなどは独自で磨いた。

 どの武術の腕もそこそこのレベルまで上達した。だが、どの技も中の上か、上の下止まりで極める処までは上達しなかった。たぶん、私に才能が無いのだろう。

 私が学んだ中で、一番相性が良かったのは用兵術であった。

 用兵だけは、誰にも負けないと自負がある。何度か、小貴族領の貴族とのいざこざで趙家軍を率いた時にも成果を上げられた。

 私は、人生の大半を、彼を支える力を得る事に注いできた。

 大変だったが、苦では無かった。私が力を付ければ、その分彼の力になれる。そう思うと、努力も厳しさも心地よいと思えた。


 それが、ある日突然、全てが不要になってしまった。

 父上から楊家が滅ぼされ、楊家の男子が全員死んだと聞かされたのだ。

 楊家で唯一生き残ったのは楊家の次女の楊琳玲だけで、他の楊家に連なる者は全て死んだと父は言っていた。

(嘘だ。そんな事がある訳が無い。嘘に決まっている。父上は私に嘘を言っているんだ。あの人が死ぬはずが無い。きっと、私は悪い夢を見ているんだ。)

 その日から、私には世界が灰色に見えるようになっていた。

 全てが灰色だ。

 空も、地面も、屋敷も、父上も、母上も全てだ。

 そして、私にとって、全てがどうでも良くなっていた。


 私に楊家が滅んだと告げると。

 父上は、あの人と私の許嫁を直ぐに破棄した。

 そして赤雲兄上が、有力な貴族の子弟との見合いを探してきた。

 兄は何度か見合いを設定しようとしたが、私は決して首を縦に振らなかった。

 兄は私の顔を見ると見合いを勧め、私が断るとと嫌味を言った。

 その内、『楊家と許嫁だった女を放置するほど、蔡辺境伯も甘くない』とも言って強引に見合いを推し進めようとした事もあった。

 兄上の言うのは正しいと頭では分かっている。

 だから、父上も弟の紫雲も、赤雲兄上の行動を黙認していたのだ。

 だが、私は兄上の言葉を受け入れるつもりは無い。

 兄上の言葉を無視した。

 そして、私は赤雲兄上に会うのを徹底的に避けた。

 それでも、同じ家に住んでいて全く合わないわけにはいかない。

 何度も嫌味を言われ、そして最後には『趙家を危険に晒すのか』と言われる。


 ある日、私は行動を起こした。

 髪をバッサリと短く切った。

 今まで伸ばしてきた自慢のロングの赤髪だったが、未練はなかった。

 そして、ドレスを脱ぎ捨てて、軍服を身にまとった。

 その日から、兄上の私への雑音は消えた。

 私はその日のうちに、趙家の居城から出て、軍の営舎へ引っ越してしまった。

 そして、戦いと訓練に明け暮れる日々が私に訪れた。

 この《火の迷宮》にも、魔物が扉から溢れ出るのを防ぐ為にやってきた。蔡辺境伯に隙を与えない為にも、重要な使命であった。


 そんな私の前に、今死んだはずのあの人が現れたのだった。

(私は、夢でも見ているのだろうか)

 信じられない目の前の幸せに、夢ではないかと疑う自分がいた。


 * * *


「子雲・・・・。」

 懐かしい女性の声が聞こえた。

 俺が、倒した神級魔物の魔石と素材を回収していた時だ。

 素材を回収していた手を止めて、振り返ると。


 そこには、懐かしい顔があった。

「麗華・・・・。」

 思わず、その人の名を口にしていた。

 俺は、趙麗華を良く知っている。

 趙伯爵家の次女で、俺の元婚約者だ。楊公爵家が滅んで今となっては、既に婚約は破棄されたはず。

 正直、彼女には会いたくなかった。

 下見の時に、彼女がこの戦場の将軍として着任しているのはに知っていたが、顔を合わせたくはなかった。

 俺は、この大陳国のお尋ね者である。

 貴族の常識では、婚約を解消したら、適齢期までに新たな縁談を結ぶ。

 そんな彼女にとって、犯罪者である俺との婚約は汚点のはずだ。

 俺にとっても昔の婚約者に会うのは、罰ゲーム以外の何物でもない。だから、会いたくなかった。

 でも、気づかれたからには仕方がない。

 簡単な挨拶をして、この場を去るしかない。

 さすがに、元婚約者の麗華は、俺を犯罪者として売る事はしないだろう。

 麗華は貴族の令嬢だが、武人のような性格で信義には厚かった。ちょっと変わり者だったが、俺のことをいつも気遣ってくれた人だ。


 仲間たちも、俺と麗華に気がついたようだ。

 俺が麗華と見つめ合った形で固まっていると、静香が近づいて来た。

「あら、あなた趙家の将軍よね・・・。私たちに礼を言いに来たの。」

 静香は空気を読まずに・・・いや、敢えて読まないようにしているのか、麗華に向かって、いつものように上から目線で話しかけた。


「あ、そ、そうです。お礼を言いに来ました。そ、その・・・助けてくれてありがとう。子雲。」

 麗華は顔を赤らめて、ぎこちない口調で礼を言った。


「あら、なんで、あなた慶之の字(あざな)を知っているのよ。それに、あなた、趙家の将軍よね。もっと、緊張感をもって、受け答えすべきじゃないのかしら。」

 厳しい口調で静香が麗華の対応を指摘する。


 静香の後ろから、虞美麗もやってくる。

「あら、麗華さん。久しぶりですわ。お元気そうでなによりです。それで、不思議なのですが、なんで慶之殿と見つめ合っているのですか?・・・そう言えば、麗華さんの許嫁って、楊公爵家の方でしたわね。・・・もしかして、楊慶之殿がその婚約者ではないですか。」

 美麗は、麗華の事を良く知っているようだった。

 「そう言えば思い出した!」のノリでサラッと、爆弾発言を口にした。


「そうよ。子雲は、その私の婚約者よ。」

 恥ずかしそうに麗華が答えた。


 桜花が『婚約』と聞いて目を丸くして驚いている。

「えええええええっ。なにそれ、子雲、け、けっ、結婚していたのか?」


 静香が呆れたような表情で訂正した。

「違うわよ、桜花。あなたって、本当に脳筋で学が無いわね。婚約は結婚の約束よ、約束は、あくまで約束であって結婚じゃないのよ。それに、結婚まで至らない婚約なんてよくあることよ。そうよね、麗華将軍。」

 睨みつける視線で、静香は趙麗華の様子を観察している。

 まだ動揺が解けない桜花も、さりげなく静香と一緒に彼女を見回している。


「まぁ、確かに、そういう婚約もあるわ。」

 なぜか、麗華の表情が険しくなっていた。 


「あら、でも、おかしいわね。楊家は滅ぼされたのよね。滅んだ家との婚約関係が続いているのかしら。ましてや、楊家は大陳国の中で、反逆者を庇った罪を着せられているんでしょ。普通の貴族なら、婚約を解消するわよね。違うかしら、麗華将軍。」

 静香はワザとらしい表情で驚いた素振りをしている。


「・・・・・。」

 麗華は黙って、静香を睨みつけている。


「あら、麗華将軍。なぜ、黙っているのかしら。趙家は、麗華将軍と楊慶之との婚約を破棄したの、それとも破棄してないのか、どちらなのか早く答えて頂戴。」


「私が答えます。趙家は、確かに姉の趙麗華と楊慶之殿との婚約を破棄しました。趙家は、楊家の男子は全員死んだと聞いており、楊慶之殿も逝去されたと考えたので、婚約を破棄したのです。」

 趙紫雲が麗華に代わって答えた。


「なら、趙麗華は、今は婚約者じゃないのね。元婚約者で、ただの慶之の知り合いという事で良いのかしら。」

 静香は勝ち誇った表情で宣言した。

 隣で桜花が安堵した表情で頷いている。


 麗華は静香の話など眼中にないようで、ずっと慶之を見つめていた。

「子雲。生きていたんなら、なぜ・・、なぜ知らせをくれなかったの。私は、私は・・、信じていたのよ。子雲が生きていると。でも、みんなが、子雲は死んだと言うから悲しくて・・・ヒック、それでも私は・・・。」

 麗華は、俺の前までくると、頭を俺の胸に押し付けて泣き始めた。


「麗華。髪を切ったのか。」

 俺はフードをとって、顔を出した。

 麗華の髪は、以前はロングの赤髪で美しかった。今では紙の長さを肩にかかる位に揃えている。


「そうよ。軍人に髪は必要ないから。切ったのよ。」

 泣き声で、麗華が答えた。


「そうか。」


「それより、子雲。あなたは何処で何をしていたの。」


「まぁ、俺はお尋ね者の身だからな。連絡したら、趙家にも迷惑をかけてしまう。それに・・・。」

 抱き着く麗華の体を、俺の体から離した。


「それに、なによ・・・。」

 麗華は、真っ赤に目をはらした顔を上げた。


「麗華の幸せを邪魔したくなかったからな。俺はお尋ね者で、大陳国の指名手配だ。俺の事を忘れ去られていると思っていたしな。」

 貴族の世界では、一族が滅亡して婚約を解消した男など思い出したりしない。男の方も、覚えていると期待する方が女々しい奴だと嘲(あざけ)られる。


「私が慶之のことを忘れるわけが無いでしょ。」

 麗華は何の躊躇いも無く、その言葉を口にした。


「・・・・・・。」 

 俺が黙っていると、静香が麗華の言葉に反応した。

「それは分からないんじゃないかしら。だって、慶之は死んだと思われたんでしょ。死んだ、この世にいない人に操を立てる貴族なんてあり得ないわ。普通は忘れるわよ。だから、あなたも慶之のことは、忘れなさい。それがあなたの為でもあるわ。」

 静香は毒舌で、きっぱり言った。

 確かに、言っているのは正しいのだが、言い方がキツイ。


 趙紫雲が俺に向かって頭を下げた。

「慶之殿。お久しぶりです。紫雲です。姉が言うのは本当です。少し、私の話を聞いてもらっても良いですか。」


「ああ、構わない。」

 俺が答えると、紫雲は麗華について話し始めた。

 約半年前に楊公爵家が蔡辺境伯に滅ぼされ俺が死んだと聞いて、趙伯爵は麗華の婚約は破棄したことから始まり、長兄の赤雲が麗華に見合いの話をいくつも持ってきた事。そして、その話を麗華が断り続けた事を語った。

 最後に、美しい赤茶の長い髪を切って、「私は一生結婚しません。私の夫は楊慶之様、ただ一人。」と言って、ドレスを軍服に着替えて、趙家軍に入った話まで語ると紫雲の話は終わった。


「・・・・・・。」

 さすがの静香も、ちゃちゃを入れることなく、黙って聞いていた。

 どちらかと言うと、隣で涙を流して感動しながら話を聞いている桜花にツッコみを入れたそうだったが、呆れる表情だけで大人しくしていた。


「ですから、姉上の話は本当です。それと、私も、一つお伺いしたい事があるのですが。よろしいですか。」

 紫雲が改まって俺に聞いた。


「ああ、良いよ。答えられる事ならな。」


「でしたら、お言葉に甘えて。慶之殿はなぜ、魔力を持っているんですか。確か、慶之殿は魔力が無かったはず。しかも、その魔力の力は普通の魔力ではありませんよね。」

 紫雲は鋭い視線で尋ねて来た。


「まぁ、いろいろあってだな・・・。」

 俺も語り始めた。

 【楊都】が陥落して、蔡家軍の兵に追われたことから始まり、王常忠と離れて山に迷い込み、洞窟の中の穴から落ちて、桜花に助けられ、そして姜馬に出会って虹色魔力を手にした事を語った。

 また、虹色魔力の力についても説明した。紫雲と麗華も虹色魔力については知らなかったようだ。神級魔力を上回る魔力と聞いて、驚いていた。

 そして、《火の迷宮》に虹色魔石を回収に向かう事を簡単に説明した。俺と姜馬が転生者であること以外はだいたい話した。

 姜馬の存在などは中々信じてもらえなかったが、実際に俺たちや美麗が使っている武器を見たら納得した。それだけ、姜馬が作った武器は凄かったようだ。


「そういう訳で、俺たちはこれから、《火の迷宮》に向かう。《火の迷宮》の主を倒して、活性化を止めるつもりだ。そうすれば、もう、大瀑布のような事も発生しないで、趙家も安心できる。朗報を期待して待っていてくれ。」


「分かりました。」紫雲は話を聞いて頷いた。


「待って、子雲。私も行くわ。いえ、行かせて。もう、一人で待つのは嫌なの。」

 話を聞いて、麗華も《火の迷宮》に一緒に向かうと言い出した。

 すがるような目で、俺の顔を見つめている。


「それは出来ない、麗華。俺は蔡辺境伯、いや国に追われている身だ。それに、俺は一族の仇を討つ為に、蔡辺境伯を倒すつもりだ。そんな復讐に麗華を巻き込めない。分かってくれ。」

 麗華にとって、趙伯爵家の令嬢として生きる方が幸せなのだ。

 わざわざ、人の復讐に付き合って、国に追われる身になる必要はない。

 彼女は、巻き込んではいけない側の人だ。

 それが長い目でみた彼女の為であり、そして、趙家の為でもある。


「父上にあなたが死んだと聞かされたわ。兄上も私にあなたを忘れて幸せになれと言った。でも、あなたがいない世界に幸せなんてなかったのよ。あなたが死んだと聞いて、改めて分かったの。私にとって、あなたと一緒にいることしか、私に幸せは無いと。」

 麗華の目は赤く、潤んでいた。

 短い赤茶の髪を見ると胸が痛む。きっと彼女も苦しんだのだろう。

 だが、俺は、国から追われる犯罪者。そして国を相手に戦おうとしているレジスタントでもある。方や、麗華は伯爵家のご令嬢。

 前世なら、大企業の令嬢がレジスタントと恋をするようなものだ。ドラマにもならないくらいに不自然だ。

 麗華の言葉は嬉しいが、不幸になると分かっていて巻き込むべきではない。


「麗華。俺には、やるべき事がある。恋愛とか考えられる状況じゃないんだ。楊家は滅んだ。それで、君との婚約も解消した。それで全てが終わったんだ。今の思いは単なる気の迷いに過ぎない。悪いが俺の事は忘れてくれ。」

 自分自身にも言い聞かせるように、きっぱりと話した。これが、今の俺の置かれた状況でもある。


「子雲、それはどう言う事。私を捨てて、美麗や、そこにいる女性たちを選ぶの。そう言う事なの。私が邪魔なのね。」

 麗華の顔は、目に涙を溜めて声を荒げる。


「桜花や静香、それに美麗も仲間だ。俺は蔡辺境伯に復讐をする。その為の仲間だ。もし、麗華が俺の仲間になれば、趙家の立場を危うくする。分かるか、俺たちは今、危ない橋を渡ろうとしている。この迷宮の主を倒すのもそうだ。それが、俺の復讐に間接的に繋がるからだ。だから、俺のことは忘れて。自分の幸せだけ考えてくれ。」

 俺は『復讐』の為に生きている。目的を果たすまでは、恋愛なんて浮かれている状況じゃない。昔の婚約者とあって動揺している場合じゃないんだ。もし、復讐が無事に叶ったら、その時、もう一度考えれば良い。

「そういう事だ。俺たちはもう行く。」

 俺は《迷宮の扉》に向かって振り返った。


「待って。あなたが『復讐』の為に生きるなら、私もあなたの『復讐』の仲間になるわ。これは私が決めた事よ。私の幸せは、あなたが決めるんじゃなくて、私が決めるの。私は子雲と一緒の道を歩むのが幸せと決めたのよ。あなたが何と言おうと、私は付いて行く。止めても無駄よ。一度決めたら、絶対に意思を曲げないのは知っているでしょ。」

 麗華はそう言うと、剣を握った。

 俺の後ろをついてくるつもりだ。


「子雲、僕は麗華さんが仲間になるのに賛成票を一票入れるよ。麗華さんの気持ちは良く分かる。僕も、自分の幸せを人に決めて欲しくないからね。」

「慶之殿。わたくしも、麗華を仲間にするのに賛成ですわ。彼女の子供の頃から知っている私としては、ああなった麗華は誰も止められませんわ。それに、麗華が慶之殿を思う気持ちは子供の頃から聞かされていましたから。」

「・・・仕方が無いわね・・・。それじゃ、私も賛成よ。ただ、趙麗華が仲間になる事に賛成よ。能力だけは優秀そうだからね。魔力階級は王級。武力も美麗とタメを張るなら、人材として認めるわよ。慶之、あなたの《認識》魔法で確認すれば、分かるでしょ。でも言っておくけど、仲間として認めるのよ。婚約は破棄されたんだから、婚約者ぶらないのが条件よ。」

 桜花や美麗は麗華を仲間に加える事に賛成した。

 静香は渋々ながら、条件付きでの賛成だ。

 俺は静香に言われて、俺は《認識》魔法の能力値を確認した。


《趙麗華の能力値》

 魔力階級   王級魔力

 武力レベル  800

 知力レベル  820

 魅力レベル  820

 魔力レベル  650

 称号     姫将軍


 今まで、近くにいすぎて当然と思っていたが、改めて見ると麗華のスペックは本当に高い。

 武力と魔力は美麗より少し劣るが、ほぼ同水準。

 だが、知力と魅力が高い。

 この数値を見れば麗華が用兵に秀でているのがよく分かる。

 巧妙に兵を動かすのに知力が必要だ。そして、兵の信頼を得るのに魅力も必要だ。彼女は武力や魔力だけでなく、全ての数値が非常に高い。

 仲間としてなら、これほど優秀な人材は滅多にいない。


「分かった、麗華。仲間として受け入れる。ただし、条件がある。」


「なに、条件というのは?」


「俺が用意した武器を使う事と、俺たちの仲間でいるのが嫌だと思ったら直ぐに言う事。この2つは守ってもらう。一緒に戦う以上、良い武器を持ってもらうのは当たり前だし。それに、仲間に我慢してもらう必要もない。良いな。」

 ちゃんとした武器を持たせないと、危なかしくて迷宮に連れて行けない。


「分かったわ。慶之。ありがとう。」

 麗華が嬉しそうに礼を言った。


 すると、今度は趙紫雲が慌てて手を上げた。

「ま、待ってください、慶之殿。姉上が行くなら私も《火の迷宮》に行きます。姉上だけを危ない目に会わすわけにはいきませんから。それに、大瀑布が短期間で2回も起きた以上、趙家の将軍として、このまま放置するわけにもいきません。」

 趙紫雲の表情も真剣だ。

 俺は趙紫雲の能力も《認識》魔法で見てみた。


《趙紫雲の能力値》

 魔力階級   王級魔力

 武力レベル  900

 知力レベル  510

 魅力レベル  510

 魔力レベル  780

 称号     神槍


 趙紫雲の能力も高い。

 レベル感としては、桜花より、武力と魔力は少し落ちるが、姉の麗華同様にバランスが良い。知力と魅力が高く、将軍としての用兵も期待できる。

 この大陳国に9人しかいないと言われている神級魔力の持ち主の一人だ。

 趙家3傑と静香が言っていたが、この2人の能力は非常に高い。ここには居ないが3男の趙青雲も相当の能力を持った人物なのだろう。

 この趙紫雲も仲間に加えたい所だが、さすがに趙家もこの男は離すまい。

 この迷宮だけついてくるとの事だが、一緒に行動して能力を観察するもの悪くない。


「そうか、なら、趙紫雲。お前にも、この迷宮にもぐっている間は俺たちの武器を使ってもらう。それと紫雲には、あと2つ条件を飲んでもらう。一つは、この迷宮で狩った魔物の魔石と素材は俺たちが貰う。最後は、危険を感じたら麗華と一緒に迷宮の外に逃げること。もし、麗華が嫌がったら気絶してでも連れ出せ。この3つの条件が飲めれば、一緒に付いてくる事を認める。どうだ、条件を飲むか。」


「分かりました。その条件は全て飲みます。」

 紫雲は、微笑んで条件を受け入れた。

 彼にとって魔石は大して必要では無かったし、麗華を守る事は彼にとって迷宮に潜る目的でもある。そのつもりで、この迷宮に付いてくるのだから、条件と言われても問題は無かった。


「ちょっと、子雲。私は危なくなっても、子雲をおいては逃げないわ。私が子雲を守るつもりよ。」

 機嫌を悪くしたのは麗華の方で、自分が弟に守られるのが面白くないようだ。


「大丈夫だ。俺は迷宮の主を倒すつもりだ。それに、いざとなれば、移転魔法で皆を迷宮の外に逃がすことも出来る。紫雲は保険だよ、保険。でも、もし、本当に危なくなったら頼む。麗華を気絶させてでも逃がしてくれ。」

 俺は、そう言って紫雲に麗華を託すと、紫雲は微笑みながら頷いた


 * * *


「まったく話にならないわ。」

 むくれているのは、黒姫こと、獣魔王だ。

 丁度、迷宮の主と虹色魔石について話しをしていたが、交渉は決裂した所だ。

 虹色魔石を持っているのは、迷宮の主である。

 黒姫は、虹の王が虹色魔石を奪いに来るので、一旦魔石をどこかに隠そうと提案したのだが、けんもほろろに断られた。。


「なんなのよ、魔龍はどいつも、こいつも。どうしてこうも頭が固いのかしら。」

 虹色魔石を安全な場所に隠す策が拒絶されて怒っている。


「だいたい、何処から、あの自信がくるのよ。虹の王に負けるとは思わないけど、負けたら大変じゃない。不安定要素があるなら、策を打つべきよ。それなのにあの脳筋は全く『儂が命を懸けて守る』の一点張りで、人も話も碌に聞かずに・・・どうして、あの馬鹿龍には分からいのかしら。」

 黒姫はイライラしながら、地下第4層を歩いていた。

 黒姫も決して《迷宮の主》が負けると思っている訳ではない。ただ、新しく現れた虹の王の力が分からない。試しに神級魔力10匹をぶつけて見たが、簡単に撃破されてしまった。

 今回は、予想外のアクシデントが多すぎる。しかも呪われていると思うほど、悪い方に転がっているのだ。いくつも手を打っておきたい所だが、肝心な迷宮の主が言うことを聞かないのだ。


 確か、大梁国でも《地の迷宮》の魔龍も何者かに攻略されたと聞いている。

 そして、もう一つの虹色魔石も虹の王に奪われた。

 こっちの迷宮に、大梁国の虹の王が攻略に来ないか心配していたが、まさか虹の王が2人もいるとは思わなかった。

 千年前は魔神様に向かってきた虹の王は一人しかいなかった。

《地の迷宮》のある大梁国は、別の魔王の管轄なので私は関係ないが、油断したに違いない。自分の管轄である大陳国の《火の迷宮》の虹色魔石がもう一人の虹の王に奪われたら、魔王の中で、間違いなく私が笑い者にされる。

 少なくとも、魔神様が復活した際に、落ち度として責められるだろう。

 とにかく、虹色魔石さえ虹の王から守れれば良いのだ。

 それで、虹色魔石を隠そうとしたが、《迷宮の主》が言う事を聞かない。

「あああぁ、ムカつくわね。本当にイライラするわ。全く、馬鹿ばかりでストレス溜まるのよね。もう、勝手にしなさいって感じよ。・・・なにかしら、この気配は。」

 文句を言いながら地下4階層を歩いていると、人の気配を感じた。

 一人や二人ではない。けっこうな人数だ。

 黒姫は岩陰に隠れて観察する事にした。


「赤聖人、思った通り、魔物の数が少ないですね。やはり、魔物の大群が地上に向かって動いた影響ですね。洞窟に隠れて魔物が過ぎ去るのを待って正解でした。」

 緑の頭巾を被った男が、嬉しそうに赤髪の聖騎士に話している。


「そのようだ、緑聖人。魔物が地上に向かったので、迷宮の中の魔物の数は減っている。だが、油断は禁物だ。この迷宮は活性化している。まだ、上級魔力がどの程度いるかさえも分かっていない。突然、神級魔物が襲って来てもおかしくない。」

 体が大きい赤髪の聖騎士は、周りを注意を払いながら歩いている。

 見たからに強そうで、高い覇気と魔力を感じる。たぶん、教団の神級魔力の聖騎士だろう。

 こいつらは、服装や身に着けたモノから見るに七光聖教で間違いなさそうだ。


「今がチャンスです。神級魔物が少ない今なら、虹色魔石を探し出すことが出来るかもしれません。」

 緑の頭巾を被った男が気合を入れているが、全く、こいつらは度し難い。

 虹色魔石を奪うなど、千年早い。

 千年前の教団なら、少しは警戒するが今の教団は堕落して警戒する必要すら感じていない。

 (・・・でも、千年前の方が優秀なら、千年遅いというのが正しいのかしら?)

 どうでもいい事を考えるのは止めて、再び教団の連中の会話に耳を傾ける。


「緑聖人、《火の迷宮》はそんなに甘くはない。確かに魔物の数が減ったので、地下第5層を調査するのには良い機会だが・・・。警戒は怠っては命取りだぞ。」

 赤髪の聖騎士の言う事は、大まかには正しい。だが、調査だろうが、探索だろうが、奴らが地下5階層に辿りつけるほど、この迷宮は甘くない。

 虹の王に、神級魔物をだいぶん殺られたが、まだ、この迷宮には殺られた数の倍の神級魔物が控えている。虹の王が相手なら兎も角、教団ごときの堕落した騎士が地下5階層にたどり着こうとは図々しいにもほどがある。


 今の教団では一匹の神級魔物にすら歯が立たない。

 千年前に虹の王が、魔神様の復活に備えて教団を作った時は、それなりの戦闘力を持っていたが、その戦闘力も衰え、今では世俗の政治力を持った集団に過ぎない。

 面倒ではあるが、魔神様復活を阻むほどの力は持っていない。


(こいつらは、使えるかもしれない。)

 このままでは、虹の王にこの《火の迷宮》は攻略さえ、虹色魔石は奪われてしまう可能性も否定できない。

 神級魔物もそれなりにいるが、それも、一対一の戦いなら個別撃破されてしまうだろう。

 策が必要だ。このままでは、受け身になってしまう。


(こいつらを、人質にとるか・・・・。)

 教団は、世俗的な権力を持っている。

 それに、教団は千年前の虹の王が作った組織。

 この時代の虹の王も、教団の信者を見捨てるこは出来ないはずだ。

 教団の人質をチラつかせて、《火の迷宮》から撤退させる。あわよくば、虹の王の息の根を止めることも出来るかも知れない。

 まぁ、失敗しても失うモノはない。

 それに策を弄せずに待つのは性に合わない。


 考えがまとまると、黒姫は魔王スキルの《魔物召喚》と《魔物使役》を使う事にした。魔王スキルを発動すると、魔王スキルの力の根源である魔魂を消費するので、できるだけ使いたく無いが、教団を拉致する程度なら、大した戦力は必要ない。魔魂の消費も限定的だ。

「《魔物召喚》。」

 詠唱を唱えると、召喚魔法の魔法陣の中から、神級魔法の天蛇と王級魔物が10匹ほどが姿を現した。

 黒姫は現れた魔物たちを見て、ニンマリした笑顔を浮かべる。

「お前たち、あそこの人間を捕まえるんだ。殺して食べたらダメよ。足を嚙みちぎって、動けないようにして捕まえるのよ。良いわね。」

 天蛇たちは、黒姫の命令を聞くと直ぐに動き出した。

 そして、呑気に歩いている教団たちを、一斉に襲い掛かったのであった。


 神級魔物の天蛇の奇襲は上手くいった。

 警戒を怠っていた教団の信者たちは一目散に逃げていった。

 魔物たちの前に立ちはだかったのは、赤髪の聖騎士と彼の部下の騎士だ。

 「ここからは、儂が相手だ。」

 殿(しんがり)として残った赤髪の聖騎士たちが、剣と盾を持って構える。

 王級魔物の猿魔や魔牛鬼、魔犀鬼が、逃げた教団の人間を追い駆けようとする。


「行かせん。」

 赤髪の聖騎士が、教団の人間を追う王級魔物に追いすがる。

 手に持っている剣で、魔牛鬼を肩から袈裟斬りで斬り付けた。


「ブワァ・・・・。」

 魔牛鬼が悲鳴を上げて、真っ二つに斬り裂かれた。

 緑の血が辺りに飛び散った。

 配下の騎士たちも赤髪の聖騎士に続いて、他の王級魔物に襲い掛かった。

 聖騎士の配下たちも神級魔力や王級魔力の精鋭の騎士を集めているようだ。王級魔物が相手に押し負けていない。


 赤髪の聖騎士が、王級魔物とはいえ、皮の堅い魔牛鬼を一刀両断にするのを見て、黒姫は驚いた。

「なに、あの聖騎士は!?本当に忌々しいわね。」

 教団の聖騎士はミスリルの剣を使っているのであろう。赤い魔力色で包まれた鋭利な剣から緑色の魔牛鬼の血がこぼれている。

 ミスリルは希少金属の中で硬くはないが、魔力伝導が一番高い。

 魔力階級が高い聖騎士が魔力を流せば、ミスリルの剣は硬く鋭利な剣に変わる。

 それにしても、王級魔物の魔牛鬼を一刀両断に斬り裂くとは・・・。少し、教団の戦力を嘗め過ぎていたようだ。


「ちょっと、生意気よ。」

 教団には、神級魔力の聖騎士は多くなかったはずだ。

 よりによって、この迷宮に精鋭が派遣していたようだ。だが、倒したのは王級魔力の魔物にすぎない。

「教団風情が調子にのって、少し痛い目に会わせないと駄目なようね。」

 思った通りに教団を人質に出来ない事にイライラしていた黒姫は、神級魔物に生意気な教団たちを殲滅するように命じた。


 神級魔物の天蛇が聖騎士たちに向かって動いた。

 大きな魔力を感じた赤髪の聖騎士は、天蛇に向かって横から剣を振った。

 ――カキン。

 魔力を帯びたミスリルの剣と、天蛇の皮がぶつかる音が響いた。

「うっ。」

 赤髪の聖騎士の手が痺れるほどの衝撃を受けて、剣が弾かれた。

 天蛇の皮を斬ろうとしたが、剣の鋭利なはでも皮に刃は入らなかった。ただ、皮を叩いただけで弾かれてしまった。

 剣と一緒に、聖騎士も弾かれ、後方に飛ばされた。

 痺れて右手の手首を押さえている。


「さすがは、天蛇の《皮の結界》ね。生意気な教団もこれで自分たちの力の丈(たけ)が分かったかしら。」

 黒姫の表情に笑(え)みが現れた。

 今度は、天蛇が赤髪の聖騎士を尻尾で襲う。

 ――ドン。——ドン。

 天蛇の尻尾が、地面を叩く音が何度も響く。

 その都度、地面は大きく揺れる。

 赤髪の聖騎士は跳躍で、かろうじて尻尾の攻撃を回避している。

 あお強烈な一撃を喰らったら、頑丈な甲冑を身に着けた聖騎士でも危ない。

 尻尾を避けられた天蛇は赤髪の聖騎士を睨みつける。

 すると今度は、地面から生えた土槍が聖騎士を襲う。

 地面からの土槍を避けて跳躍をすると、併せるように、空中から天蛇の尻尾が襲って来た。

 さすがの赤髪の聖騎士も地面と空中かたの両面攻撃を避けきれない。天蛇の尻尾に叩かれると、今度は勢いよく吹き飛ばされていった。


「赤聖人!」

 赤髪の聖騎士が吹き飛ばされるのを見て、聖騎士の配下たちが焦って叫んだ。

 配下たちは神級魔力の騎士や王級魔力の騎士の精鋭だけあって、半数近い王級魔物を倒していたが、赤髪の聖騎士が吹き飛ばされるのを見て動きが鈍くなった。

 数人の配下が王級魔物との戦いを止めて、飛ばされた聖騎士を追う者と、残って戦う者に分かれた。

 残った騎士たちは、王級魔物たちと戦い続けたが、戦況は一気に魔物たちに傾いた。騎士たちに数の優位が無くなり、赤髪の聖騎士がやられた動揺が襲った。

 戦いの均衡が崩れ、仲間の騎士が一人、また一人と足を喰われていく。


 「赤聖人を救いに行くぞ!」

 吹き飛ばされた赤髪の聖騎士の救援に向かう騎士たちの前には、突然進路を塞ぐ土壁が現れた。

 土壁を避けて、右に曲がるが、右にも土壁が邪魔をする。

 進路を左に変えると、そこにも土壁があった。

 「とび越えるしかない。行くぞ!」

 一人の騎士が叫ぶと、残りの騎士も続いた。

 土壁は3mくらいの高さだが、越えられないほどの高さではない。

 初めに叫んだ騎士が、跳躍して宙に浮いた。その瞬間を狙って地上から土槍が飛んできたのだ。

 「くっ。」土槍が騎士の足に命中し、足が吹き飛ばされた。

 「「「「「くっ、うわぁ」」」」」

 続いて跳躍した騎士たちも同じように、足を土槍でやられた。

 気づくと、壁の向こうには、天蛇が待ち構えていた。

 地上では、足を土槍で吹き飛ばされた騎士が立ち上がれずに呻き声を上げていた。


「よし、よし。良くやったわ。」

 黒姫は、下級魔物の小鬼(ゴブリン)を召喚すると、彼らに足を失った聖騎士を捕まえさせた。

 そして、手を縛り、口に猿ぐつわを嵌めさせる。

 縛られた教団の聖騎士たちは、縄を外そうと動いていたが、小鬼(ゴブリン)たちに眠りを誘う花を嗅がされて大人しくなっていく。

 これで、10人近い教団の騎士を捕まえた。

 人質の数としては、この人数で十分だ。


「これで、良いわ。そう言えば、あと一人いたわね。」

 天蛇の尾で、遠くに吹き飛ばされた赤髪の聖騎士がいたのを思い出した。

 たしか、神級魔力の持ち主で、捕まえた騎士たちのリーダーだった。

 だが、あれだけ勢いよく飛ばされれば、死んでいるか、生きていても重症だ。人質の人数も足りているし、放置で良いだろう。


「まぁ、探すのも手間だしね。」

 こんな処で、時間をかけていると、虹の王が来てしまう。

 それに、先に逃げた教団の連中を捕まえた方が、簡単に捕まえられそうだし、人数も多く人質の効果もありそうだ。

 少し考えたが、黒姫は赤髪の聖騎士を探すのを止めて、地下4階層の中央にある広場に向かう事にした。

 あの場所なら、迷宮の中でも、相当広い空間がある。 

 黒姫は考えをまとめると、小鬼(ゴブリン)たちに、捕まえた人質たちを運ばせ。

 自分は姿を消すのであった。


 * * *


「それじゃ、行くか。」

 慶之の掛け声で、みんなが《館》から出て、迷宮の土を踏んだ。

 辺り一面は意外に明るい。

 迷宮の中だが、光苔(こけ)の明かりで真っ暗ではなかった。

 昨日一日、休息を取ったので、皆寝不足も解消して気力が溢れている。

 これが、俺にとっての初めての迷宮探索の第一歩になる。

 麗華と紫雲もそれぞれが、得物の武器を携えて、先頭を歩いている。


 時は少し遡る。

 思えば、本当に、一昨日夜から昨日の朝にかけて色々あった。

 昨日までの苦労が思い出される。

 大瀑布のおかげで、夜が明けるまで魔物と戦わされた。

 戦いが終わると、元婚約者の趙麗華が現れて、ひと悶着あった。

 ゴタゴタも終わり、麗華が仲間になり、紫雲が一緒に迷宮に潜ることが決まった頃には、陽もだいぶん上がってすっかり明るくなっていた。

 魔物の魔石と素材を回収が終わると、皆、疲れで体がボロボロになっていた。

 このまま、迷宮に入るのはさすがにキツイとなり、迷宮の扉の近くに《館》を設置して一日休息を取ったのだ。


 仲間に加わった麗華と紫雲が《館》に入ると、お約束のように《館》の中の空間を目を丸くし驚いていた。

 これもお約束だが、大きなお風呂。

 そして、珍しい食事作り置きのハンバーグで作ったハンバーガーにも驚いて、「なにこれ、子雲。」と、わぁ、わぁと騒いでいた。

 ただ、一通り館の中を見て回ると、今日の朝までの戦いに疲れた所為もあり、風呂と食事が終わると直ぐに眠ってしまった。

 それぞれの部屋に連れて行って、夕方まで寝ていた。


 俺は2人が起きた所で、《館》の中の訓練所に呼びだした。

 武器を渡す為だ。

 今まで使っていた武器では、上級魔物との戦い、特に神級魔物や王級魔物との戦いでは役に立たない。

 2人は訓練所に入ると、訓練所の施設を見て体を動かしたさそうにしていた。

 そこは無視して。

 俺は《魔法の鞄》から、2本の剣と魔弾銃と魔弾砲、鞭、甲冑や籠手、それに《魔法の鞄》を取り出して、麗華の前に並べた。

「これが、麗華の武器だ。この武器を、この鞄に入れて戦ってもらう。もし、使い難かったり、不満があったら言ってくれ、別の武器を用意する。」


「子雲がくれた武器(モノ)に不満なんてないわよ。」

 麗華はまるでプレゼントをもらったように嬉しそうだ。

 だが、彼女の目が、並べられた武器を見ている内に少しずつ変わってきた。

 それは、武人が自分の得物を確かめる鋭い目だ。

「子雲。こんな武器をあなた達が使っているの?」

 驚くようにつぶやくと、一つひとつの武器を手に取って確かめはじめた。


「そうだ。この武器でないと、上級魔物が相手だとキツイからな。」

 武器を選ぶには、各人の武器との相性だけでなく、その人の魔力階級や魔法属性、技量、戦い方などを考慮して選ぶ。武器によって戦闘力が段違いに変わる。

 それだけの武器を用意しなければ、神級魔物や王級魔物と戦う土俵にも立てない。戦闘は戦う前から始まっているのだ。

 ちなみに、俺は虹色魔力の強さを活かす為に、魔力伝導が一番高いミスリルの刀を使っている。


「それにしても凄いわね、この武器。素材は頑丈で軽く、そして巧みな技巧で作られているわ。それに全ての武器に魔石が埋め込まれているなって。」

 手に取った魔弾銃を見回して、麗華は感嘆の声をあげた。


「この武器に埋め込まれた魔石は、全て神級魔力の魔石だ。」


「えええぇぇ、神級魔石!?なんで、そんな高価な魔石を魔弾銃なんかに埋め込んでいるのよ。勿体ないじゃない。」

 麗華が呆れていた。

 確かに、神級魔石はこの世界で希少だ。滅多にお目にかかれるモノではない。


「そ、そうですよ。神級魔石ですよ。」

 隣で話を聞いていた紫雲も驚いた声を上げた。

 まぁ、確かに、こんな希少な神級魔石を、鎧の素材として使うのではなく、武器に埋め込んで使うのは勿体ない。

 この世界の常識では、上級魔物から獲れる魔石である上級魔石は鎧に使う。

 20か国の国々が、虎視眈々と他国を併合しようと狙う乱世の世界。

 この世界に仁義など有りはしない。

 力が全てなのである。

 無理やり口実をつけて、強引にライバル貴族に滅ぼした蔡辺境伯が良い例だ。

 弱い国、隙を見せた国が滅ぼされ、全てを奪われる。

 国を守る為には、最強の戦力である鎧騎士が必要なのだ。それも強い鎧騎士。

 だが、最強の鎧の材料となる神級魔石は、ほとんど手に入らなかった。

 神級魔物を倒せる冒険者や騎士がいないのだから、神級魔石も世に出ない。

 だから、神級魔石はどの国でも欲しがったし、上限なしで買値がつく。金貨千枚(約10億)を出す国はいくらでもあった。

 その神級魔石を鎧騎士の鎧ではなく、魔弾銃に使うのは勿体なさ過ぎる。

 麗華と紫雲が驚くのも当然であった。


 そんな2人に、なぜ神級魔石を武器に埋め込むかを俺は説明した。

「神級魔石を組み込めば、魔弾銃の魔力伝導が良くなる。それで、魔弾の威力は各段に上がる。普通なら、下級魔物の皮しか貫けない上級魔物でも、特級魔物や将級魔物なら皮を貫くことも出来るようになるんだ。」

 麗華も紫雲も、静香が使っていた魔弾銃の威力を思い出して頷いた。

「それに、魔弾銃だけじゃない。剣も槍も鞭もそうだ。武器の柄に組み込んだ魔石に魔力を流せば、魔力が武器全体を覆う。そうすれば、武器の硬さや切れ味が全然違う。更に、魔剣や魔刀として、剣や刀の大きさも変えられる。」


 試しに、麗華は2本の剣の一本を手に取って、柄の魔石に魔力を籠める。

 すると、剣が橙色の魔力色に覆われていく。大きさも、1mくらいの剣が2m、3mにも大きくなったりした。

 「確かに、私の王級魔力の魔力色で覆わるわ。これなら、剣が折れる事も、砕ける事もなさそうね。それでも、貴重な神級魔石を使うなんて・・・。」

 麗華は、橙色の魔力色に覆われる剣を見て、そのち威力に関心しながらも、希少な神級魔石を、鎧ではなく武器に使うのはまだ抵抗があるようだった。


「言ったはずだ。一緒に迷宮に潜るなら、俺たちの武器を使うのが条件だと。それに、魔石を組み込んだ武器じゃないと、上級魔物を相手に歯が立たない。相手に通じない武器で戦っても死ぬだけだ。神級魔石は潤沢にあるから心配するな。」


「神級魔石は滅多に手に入らないわよ。だから、とてつもない値段が付いているんじゃない。神級魔物は簡単に倒せないでしょ。」

 麗華が言うのはその通りだ。

 だから、どの国でも金貨千枚以上、羽振りの良い国なら金貨1万枚も出すのだ。


「麗華、俺たちはこの《火の迷宮》に来るまでに、いくつの神級魔石を手に入れたか知っているか。・・・14個だ。俺たちにとって神級魔石は簡単に手に入る魔石。5,6個の魔石を武器に使っても問題ない。逆に、魔石を使うのをケチって、仲間が危険に晒される方が困る。」

 神級魔石は、俺たちにとって滅多に手に入らないモノでは無かった。


「・・・確かに、そうね。分かったわ。あなた達に、私の常識は通用しないのを忘れていたわね。それじゃ、有難く使わせてもらうわ。それにしても、凄い武器ね。」

 2本の剣を手に取って、嬉しそうに剣を見回した。


「その剣は、2本で一組の剣。『双姫』という銘の剣だ。俺の師匠の姜馬が作った。雷属性の神級魔物、王亀の牙で作った魔剣だ。それと、この剣の柄にも、王亀の魔石が埋め込まれているから。魔石に魔力を籠めれば、切れ味も増すし、伸縮も自由なる。それと、甲冑や籠手も王亀の甲羅で作ったモノだから最強の硬さだ。」


 麗華は、2本の魔剣で振り回し、舞うように弧を描いた。

「良いわね。この『双剣』は手に馴染むし、風を斬る音も良いわ。これ、気に入ったわ。ありがとう、子雲。王亀は硬い甲羅を持っているなら、その牙も相当の硬さよね。その王亀の牙と魔石の剣。それに、甲冑も最高の硬さ。凄いわ。」

 魔剣『双姫』を何度も振り回した後、腰にかけた左右の鞘に納めた。


 最後に魔蛇鞭(まじゃべん)を渡すと、麗華は何度も魔蛇鞭を振り回した。

 魔力を流すと、魔蛇鞭が蛇のように思う通りに動く。それだけでなく、鞭が鋭利な剃刀のような切れ味に変わった。

「凄いわね。この魔蛇鞭。これも、子雲の師匠の姜馬様が作った業物?」


「そうだ、姜馬が作った武器だ。姜馬は、彼の右に出る魔武具の職人はいないと言われるほどの名匠だ。この魔蛇鞭も神級魔物の天蛇の皮と魔石で作った。麗華の王級魔力を籠めれば、王級魔物までは斬り裂けるはずだ。」

 武器の魔力階級と、使用者の魔力階級が違う場合、どちらか低い方の魔力の威力になってしまう。

 魔蛇鞭が神級魔力の魔石と素材でも、麗華の魔力が王級であれば王級魔力の力しか発揮できない。今は王級魔力の力しか発揮できないが、経験値を積めば、魔力階級も昇華していくので、良い武器を持った方が良い。


 それと、最後に渡したのが《魔法の鞄》だ。

 麗華は金貨100枚でも買えない《魔法の鞄》を持つのを遠慮していたが、『俺たちの仲間になるなら、今までの常識で考え無い方が良い。』と言って持たせた。


 子雲にも、麗華と同じように魔槍を渡した。

 美麗が使っていた魔槍と同じで、神級魔力の鬼蟷螂の鎌と魔石で作った逸品だ。

 なぜ、美麗と同じかと言うと、鬼蟷螂(おにかまきり)の鎌が槍の素材に一番適しているからだ。

 鬼蟷螂の鎌の硬さ、切れ味は魔物の素材の中で一番だ。

 鬼蟷螂の鎌を上回る切れ味の武器は思い当たらない。結果として、槍の名手である美麗と紫雲の武器の素材が一緒になってしまったわけだ。


 紫雲は槍を受け取るとマジマジと見回した。

 そして、紫雲回転させたりして、しならせたり、嬉しそうに槍を振り回す。

 突きも見事だ。どんなモノも砕かんばかりの突きの型だった。

「良い槍ですね。手に馴染みます。軽すぎない、ずっしりとした重み。槍のしなりも良い。この槍は簡単には折れませんし、切れ味も良い。本当に良い槍です。」

 本当に嬉しそうな表情で槍の動きや型を確認している。


「そうか。それは良かった。」

 そんなに喜んでもらえると、俺も嬉しい。

 魔槍の効果である槍の伸縮も問題ないか見ておく為、槍の伸縮を指示すると。

 

「はい、やってみます。」

 紫雲は頷いて、魔槍の柄に埋め込まれた魔石に魔力を籠める。

 魔槍が赤色の魔力色に包まれて、槍がどんどん大きくなっていく。2m弱の長さのやりが5mくらいの巨大な槍に変わった。

 紫雲は、重さを感じないのか普通の槍のような速さで、槍を振り回した。

「良いですね。槍が大きくなっても、重さをあまり変わりません。この魔槍なら、何十人の敵に囲まれても、一斉に振り払えます。」

 魔槍の性能である槍の伸縮効果にも、満足したようだ。


「じゃ、この魔槍を紫雲にやるよ。《火の迷宮》を一緒に潜る仲間だし。魔石や素材を頂くことにもなっているからな。魔石と魔物の代金と思ってくれれば良い。」


「ほ、本当ですか。慶之殿。ありがとうございます。大事に使います。」


「別に壊しても良いぞ。魔力をしっかり籠めれば、簡単には壊れないと思うが、武器を気にして危険になるなら、武器を壊しても安全を取ってくれ。武器はいくらでも俺が用意するから。」


「すみません。大事に使いますが、相手は神級魔物や王級魔物。場合によっては、お言葉に甘えさせていただきます。」


「ああ、そうしてくれ。」

 そう言うと、王亀の甲羅で作った甲冑と籠手、それに《魔法の鞄》を渡した。

 《魔法の鞄》は倒した魔物の素材と魔石を回収する為だ。これは、この迷宮を出たら返してもらう事になっている。


 こうして、昨日の内に2人には、武器を渡しておいた。

 そして、俺たちは一刻も早く《火の迷宮》を攻略する為、迷宮を進んでいる。

 早く、この迷宮を攻略して、姜馬の最終試験をクリアしないと、旧楊家領で戦っている妹の琳玲が危ない。

 旧楊家領の今の支配者、秦伯爵の貴族軍に苦戦を強いられているに違いない。

 今の俺の力と桜花や静香、美麗に麗華、公明の仲間の力があれば相当の戦力になる。それに、特級以上の魔石もだいぶん手に入れて、相当の数の鎧騎士が作れるだけの材料も揃っている。

 姜馬の課題の方も、美麗、公明、麗華の優秀な人材を3人も味方につけた。

 後は虹色魔力さえ手に入れればクリアだ。

 早くこの迷宮の踏破を終わらせて、妹の琳玲の助けに駆け付け、そして一族の仇を討つのだ。『復讐』の事を考えると、どうしても気が急いてしまう。


 迷宮の攻略は順調で、もう直ぐ地下2階層もクリアだ。

 麗華と紫雲の2人が新しい玩具を与えられた子供のように、与えられた武器を振り回しながらバンバン魔物を倒していく。

 2回の《大瀑布》があって、地下一階層と地下2階層の下級魔物の数も減ってはいるが、それなりに魔物の数は多い。

 活性化している迷宮だけあって次から次へと魔物が湧き出ている。

「凄い、凄い。この魔弾銃。威力がハンパないわ!」

 麗華はそう言いながら、群がる魔物を魔弾銃で撃ちまくっている。

 麗華の魔弾銃だけで、地下一階層と地下2階層の魔物は全て片付けた。


「姉上、私にも魔物を倒させてください。早く、この魔槍を使いたいのです。」

 姉の麗華が魔弾銃で無双しているので、紫雲は愚痴を言いながら後ろから付いて歩くだけだった。

 2人の後ろを、公明と鍾離梅が魔石と素材を《魔物の鞄》の中に収納している。


「まぁ、まぁ、紫雲は待ちなさい。こんな下級魔物が相手じゃ、新しい魔槍の相手にもならないわよ。地下3階層に行けば、新しい魔槍の相手になるような上級魔物が出てくるから。もう少し、待っていなさい。」

 麗華は、魔弾銃を連射して面白そうに魔物を倒しながら、紫雲を諭した。


「仕方がありませんね。その代わり、地下3階層は私が殺りますからね。」

 渋々、紫雲は頷いた。


「あら、何を言っているの。地下3階層からは、私たちもやるわよ。それに、陣形も組むから。勝手にやって良いのは、地下一階層と地下2階層の下級魔物相手だけよ。」

 静香が、すかさず紫雲を牽制した。

 静香だけでなく、桜花も、美麗も暇なので早く戦いたいようだ。

 特にバトルジャンキーの桜花は、戦いたくてウズウズしているようだ。


「分かりました。では私も皆さんと一緒に魔物と戦わせて頂きます。」

 紫雲はこのパーティーの中では新参なので大人しく静香の言葉に従った。


 午前中に地下一階層と地下2階層の攻略は終わり休憩を取った。

 麗華と紫雲のおかげで、順調な滑り出しだ。

「ご苦労様、麗華。」

 俺は活躍した麗華に、竹筒の水筒を渡した。


「ありがとう。」

 麗華はそう言うと、ゴクゴクと水筒の水で喉を潤した。

「でも、これだけ順調なのも、子雲の《索敵》魔法のおかげよ。あの魔法は便利よね。魔物が現れるのが分かるんだから。現れるのが分かっていたら、後は思う存分、魔弾銃を撃っていれば良いから楽よ。こんなに楽に魔物を倒したのは初めてよ。」

 彼女はそう言うと、俺が渡した水筒を返した。

 確かに、敵が現れるか注意しながら進むと、緊張しながらなので疲れる。

 それに、気配だけで魔弾銃を撃ったら、撃った相手が冒険者という事もある。

 その意味でも、《索敵》魔法はありがたい。魔物か人かも判断してくれる。


 俺が休んでいる場に、静香が腰をおろした。

「それで、慶之。新しい魔法はいくつ盗めたのよ。」

 彼女が言っているのは、魔物の魔法陣を見て、自分のモノにした魔法の数の事だろう。魔物は魔法陣を宙に浮きだすので、自分の頭の中に転写が可能なのだ。転写する事により、魔物の魔法を自分の魔法として使う事ができる。だから、彼女は『魔法を盗む』という表現を使ったのだろう。


 新しい魔法と聞いて、公明もやって来た。

「私も伺いたいですね。味方の戦力を正確に知っておくことは、戦略を立てる上でも重要ですからね。」

 そう言って、俺の隣に腰をおろした。


「・・・3つだ。」

 指を3つ立てた。


「3つ。10匹の神級魔物を倒して、3つの魔法は、ちょっと少ないんじゃない。」

 今回、俺が盗めた魔法は3つである。

 確かに、10匹の神級魔物を相手にしたのであれば、3つは少ない。10個の魔法を盗めてもおかしくない。


「それが、中々良い魔法が無かったんだ。結界の多くが、《土の結界》のような俺に属性が無くて使えない5属性魔法の結界だったり、《皮の結界》のような体の特性を使う結界だったりしたからな。結局、闇属性の《透明化》、《威圧》、《絶対領域》の3つの魔法しか盗めなかった。」

《透明化》魔法は、闇蜥蜴から魔法陣を盗んだ。

 これは、自身の姿や気配、匂いすらも消して、敵から自分を防御する結界だ。

《威圧》魔法は、天熊からだ。これは、威圧で敵の戦意を奪ったり、近づかせなかったりして自身を守る結界だ。

 そして、最後が《絶対領域》の魔法。

 これは、最後に獅子王と戦った時に使った魔法だ。

 俺の魔力が全て無力化されて正直焦った。

 虹色魔力すら無力化するほどの威力を持った魔法があるなんて考えもしなかった。それだけに対抗策も無く、成す術がなかった。

 今まで戦った魔物の中で一番強力な魔法だったと思う。

 逃げようと考えたが、そこである作戦を思いついた。

 獅子王から盗んだ《絶対領域》の魔法を展開して、獅子王の《絶対領域》の結界を打ち消すというズルい作戦だ。同じ魔法なら、虹色魔力の俺の方が勝つはず。実際にその作戦をやってみると、獅子王の結界が消滅して、勝つことができた。

 あの戦いはヤバかった。


「良いわね。その《絶対領域》の魔法。けっこう使えそうよね。」

 静香は、《絶対領域》の魔法を羨ましがる。

 だが、そもそも、静香は魔法の転写能力が無い。

 どんなに魔物の魔法陣を見ても、頭に魔法陣を転写する能力がなければ、魔法を盗むことが出来ない。

 その能力を持っているのは、知っているのは俺と姜馬の2人だった。俺は元々暗記力が強かったので、姜馬から教わると直ぐに《魔法陣の転写》が出来た。


「その、《透明化》魔法も、隠密に良いですね。」

 公明は、《透明化》魔法の方が気になっているようだ。

 確かに、教団の連中に出会いそうになったら、この魔法で姿を消すことが出来る。


「・・・でも、その魔法。ちょっと、イヤラシいわね。」

 静香がジト目で俺の方を睨む。


「なにが、イヤラシいんだ。失敬な。」

 俺には、なんで静香がイヤラシいといっているのか分からない。


「だって、姿と気配を消せば、お風呂場も覗けちゃうじゃない。慶之・・・、あなたその魔法を覗きに使うつもりは無いでしょうね。」


「当たり前だ。俺には『復讐』を果たすと言う使命があるんだ。恋愛や覗きなんかに現を抜かしている暇はないんだ。」

 静香に言われて少し想像した所為か、顔が少し熱いような気がする。


「あら、そう・・・。それは残念ね。私が一人でお風呂に入っている時なら、覗いても良いわよ。」

 俺の顔を見て、からかうような表情で彼女が耳元で囁いた。


 静香の話を聞いて、麗華が立ち上がった。

「ちょっと、静香さん。何を言っているのかしら。子雲をからかわないでください。それに、子雲。どうしても覗きたいんなら、静香さんではなく、私にしなさい。」

 怒っているのか、恥ずかしいのか分からないが、麗華は顔を赤めて静香をたしなめた。


「あら、なんで、あなたなのかしら。あなたは『元』婚約者よね。『元』・・・。」

 静香が『元』を強調する。

 なぜだか、2人がおかしな言い合いを始めた。


「そう言うのはいいから。俺は誰も覗くつもりは無いから。」

(なんで、俺が覗き魔の前提なんだ・・・そういう風に見られていたのか・・・。)

 なんだか、複雑な心境だ。

 仲間が仲間に覗きをする変態と思われていたとは・・・、少しショックだった。

「みんな、休憩は終わりだ。」

 疲れた声で、とにかく休憩を終りを宣言した。


 休憩が終わると、地下第3層に降りた。

 いよいよ、上級魔物が現れる。

 地下3階層で特級魔物と将級魔物。

 地下4階層で王級魔物。

 地下5階層が神級魔物と、一番厄介な《迷宮の主》のお出ましだ。

 迷宮の活性化や、獣魔王の出現で状況は変わるかも知れないが、今ある情報だと、地下第3層から上級魔物との戦いになる。

 俺たちは、気持ちを引き締めて、パーティーの陣形をとる事にした。

 前衛が、桜花、紫雲、美麗の3人。

 中衛が、桜花と麗華の2人。

 後衛が俺と、公明と鍾離梅の3人だ。

 俺が後衛に回ったのは、俺の出番は地下第5層からだと静香が主張したのだ。

 地下4階層の王級魔物までは、仲間の経験値向上と俺の魔力を温存する為、前衛の3人と中衛の2人が戦って、俺は後衛で状況を見守るそうだ。


 地下3階層に入った途端、魔犀獣が襲ってきた。

 魔犀獣は特級魔物で皮が硬い魔物だ。特級魔物ながら、今までの槍では砕けて、子雲が苦戦していた相手でもある。

「この魔物は、私にやらせてください。ちょっと、因縁がありますので。」

 紫雲はそう言うと、魔犀獣の前に立ちはだかって魔槍を構えた。

 魔犀獣が4本足で地面を蹴って突進してくる。

 紫雲は素早く、横に除けると、擦れ違いざまに魔槍で魔犀獣の首に斬り付けた。

 いつもなら、ここで魔犀獣の首の皮に阻まれて、槍が砕けてしまっていた。


 ――バサッ。

(・・・まじか。)と紫雲は心の中でつぶやいた。

 地面に落ちたのは、魔犀獣の首だった。

 少し魔槍に力を入れただけで、魔犀獣の首が容易(たやす)く斬れた。

 ほんの少しの力だ。

 細い木の枝を切り落とすくらいの力で、魔犀獣の首が地面に落ちていた。

 魔犀獣の目の色が赤から白に変わる。

 首を失った胴体が、猛突進の勢いのまま地面にのめり込んで倒れた。

 胴体の首が斬られた付け根から緑の血が溢れだし、土に吸い込まれていく。

 紫雲は自分の手にある魔槍を見つめた。

 魔槍は、刃こぼれ一つしていない。

 信じられない力を実感して、紫雲の気持ちは奮えた。

(これなら、十分戦える。王級魔物でも、将級魔物でも怖くない。神級魔物も、魔物との相性次第ならいける。)

 紫雲は倒した魔物の魔石と素材を《魔法の鞄》に回収すると、魔槍を強く握り、自信に溢れた目で歩き始めるのであった。


 桜花も美麗も順調に上級魔物を倒しながら前に進んだ。

 桜花が《神速》魔法を使うと、あっという間に上級魔物が殲滅されてしまうので、美麗が中心になって魔物を倒している。

 少し、苦戦しているようだと桜花が助けに出る予定でああたが、実際には桜花の出番はなかった。

 「あら、かわいい魔犬獣を見つけましたわ。5匹も居ますわね。可哀そうですが、特級魔物は駆除させてもらいますわ。」

 美麗は魔槍を5mくらいに大きくすると、5匹の特級魔物の魔犬獣を目がけて振り払った。魔犬獣の腰から切断されて、胴体から上が吹き飛ばされてしまった。

 その場に残ったのは、5匹分の足だけだった。


 「美麗殿、回収する身にもなってください。」

 公明が不満を言いながら、吹き飛ばされた魔犬獣の胴体を回収しに走る。


 前衛組3人が余裕で魔物を倒している。

 中衛の2人も、時々現れる空中から攻撃してくる鳥系や昆虫系の魔物に対処している。鳥系と昆虫系の羽(翅)は、《魔法の鞄》の素材で重宝された。特に、《魔法の鞄》は素材不足で生産中止になっていたので、『亀山社中』の姜栄一に羽(翅)を沢山とってきてくれと頼まれていたので、中衛2人の成果は大きい。

 後方系の2人は魔物の素材と魔石の回収。


 俺だけが暇だった。

 そんな俺にもやっと仕事が現れた。

「桜花、紫雲、美麗。待ってくれ。この先で人が・・・本当に一人か?一人の人が複数の魔物に囲まれている。」

 前衛の3人を呼び止めた。

《索敵》魔法に反応があったのだ。

 しかも囲まれているのは一人だ。それが複数の魔物に囲まれている。これは、救援に向かわなければ危ない。


「一人だって。きっと、仲間の冒険者が魔物に殺られて、一人しか残っていないんだ。早く助けに行こう!」

 桜花は、残りの一人になった冒険者の救出を叫んだ。

 彼女の言葉に押されて、急いで俺たちは冒険者が襲われている場所に向かった。


《索敵》魔法が反応した場所に到着すると。

「なんだい、これは。」

 桜花の呆れた声が聞こえた。

 目に入ったのは、一人の人が魔物に囲まれている姿ではなく、一人の人の周りに魔物たちが倒れている姿だった。

 「・・・おかしいな。確かに、10匹ちかい魔物の反応があったんだけど。」

 俺の《索敵》魔法では、確かに複数の魔物の反応があった。

 それが、今や、彼女の周りに居るのは、特級魔物の魔狼獣は2匹だけだ。

 その2匹の魔狼獣も、今にもその場を逃げようとしていた。

 さっきまで倒れた魔物たちの輪の中央に居た冒険者は、気づくと魔狼獣のすぐ横に姿を移して、逃げようとしていた魔狼獣の首を落としていた。

 そして、再び姿を消すと、もう一匹の逃げようとしている魔狼獣の横にも現れて、先ほどと同じように魔狼獣の首を小刀で落としていた。


 一瞬の出来事を、俺たちは手助けをする所でなく、呆然と見ているだけだった。

 きっと、俺たちがここに到着するまでに囲んでいた魔物たちは一人で倒したのだろう。俺たちが到着した時には残り2匹になっていた。そしてその2匹も一瞬で倒してしまった。

「あれは、《瞬歩》だね。中々やるね、あの冒険者。」

 桜花の目は、一人で10匹以上の魔物を倒した冒険者に注がれていた。

 強い格闘家を見ると戦いたくなる癖がでた。

 趙紫雲を始めて見た時も、桜花はここまで反応しなかった。

 その桜花が、ここまで反応したという事は相当の強者であるのは間違いない。


「ほう・・・。」

 俺はこの冒険者に関心を持って、《認識》魔法で冒険者の能力値を見ようとした。

(なに・・・。)能力値が見えなかった。

 《認識》魔法を無効化されたようだ。

 こんな事は初めてだ。

 虹色魔力の魔法を無効化(レジスト)するとは、この冒険者は何者なんだ。


 冒険者は、一人で倒した魔物の魔石と魔物の素材を拾い上げると、《空間収納》魔法で作った収納ボックスの中に放り投げていた。

(《空間収納》の魔法だと・・・。)

 俺は目を疑った。

 この魔法は空間魔法の一つで、《魔法の鞄》と同じような収納ボックスを作って、物を収納する魔法だ。

 姜馬が魔法として再現しようとしたが、再現出来なかった。

 元々は、姜馬が教団で読んだ本の中に、《空間収納》の魔法についての記載を発見したのがきっかけだが、その本の記載内容を魔法として再現できなかったのだ。

 仕方がなく、魔法ではなく、魔道具として開発したのが《魔法の鞄》である。

 姜馬でも、作れなかった魔法を、こんな所を拝めるとは思ってもいなかった。


(この冒険者は何者なんだ。一人でこの《火の迷宮》に潜り、俺の《認識》魔法を無効化(レジスト)し、姜馬が再現できなかった《空間収納》魔法を使う・・・。ただの冒険者のはずが無かった。)

 俺が警戒していると、静香が冒険者に近づいていった。

 当然、静香もこの冒険者の強さと魔力に気づいているはずだ。


「あなた、耳長族よね。なんで、こんな所に、耳長族がいるのよ。」

 静香が、魔物から魔石と素材を回収している冒険者に話しかけた。

 よく見ると、聖香が言うように耳が長い、美しい顔をしたエルフの女性だ。

 そして動きに隙が無い。相当の武闘家だ。こちらが、少しでもおかしな動きをすれば、直ぐに反応できる姿勢で、魔石と素材を回収している。


「・・・・・・。」

 冒険者は、静香の声が聞こえていないように作業を続けている。


「な、なによ。なんとか言いなさいよ。」

 静香がムキになって、会話に持っていこうと声をかける。


「・・・・・・煩(うるさ)い。」

 冒険者は、一言だけ言うと、再び無視して、魔石と素材の回収作業を始めた。


「な、なによ。あなた、私はこう見えても、大聖国の元女王よ。女王様だったのよ。それをなによ、無視しちゃって、何とか言いなさいよ。」


「・・・・・・。」

 それでも、冒険者は作業を続けた。

 12匹分の特級魔物の魔狼獣の魔石と素材を《空間収納》の中に回収し終えると、《空間収納》魔法を閉じた。

 結局、静香は口を聞いてももらえずに立っている。

 冒険者は、魔石と素材の回収が終わると、静香の方に向かって歩いてきた。


「私は、耳長族じゃない。それと、虹の王を探している。虹色の魔力を使う者、知らないか。」

 小さな声で静香に尋ねた。


『虹色の魔力』と聞いて、静香と周りの仲間の目つきが厳しくなった。

 一瞬、教団の関係者と考えたのだろう。

「あなた、なんで虹色の魔力を使える人を探しているの。」


「眷属になる為だ。そして、島を守る。だから、虹の王を見つけている。」

 エルフの答えは意味が分からなかった。


「あなた、なにを言っているのよ。意味が分からないわ。眷属ってなによ。それに、島ってどこの島よ。それに虹の王をなぜ、あなたが知っているの?」

 静香は問い詰める口調でエルフの女性に問いかけた。


「・・・もういい。別にお前たちに関係ない。」

 エルフは静香に関心を失ったようで、彼女から離れて歩いて行った。

 彼女は一人で、迷宮の奥に歩いて行った。あの力なら、一人でも地下3階層なら大丈夫だろう。地下4階層でも大丈夫かもしれない。


「なによ、あの冒険者は・・・・。」

 静香がぶつぶつ文句を言っている。

 仲間の中で一番コミュニケーション力の高い静香があの体(てい)なら、俺たちが話しかけても、どうにもならなかっただろう。


「子雲、それで、どう。あの冒険者は?《認識》魔法で見たんだよね。僕より強かったかい?」

 桜花が珍しく他人の力に興味を示していた。さっきの冒険者の能力値を聞いてきた。


「・・・いや、その《認識》魔法が無効化(レジスト)された。」

 俺は正直に話した。


「へぇ~。子雲の魔法を無効化(レジスト)したんだ。やっぱり強いね、彼女。」

 桜花は感心していた。ただ、耳長族を去って行った方を目線で追っていた。


 * * *


「くそ・・・やはり、神級魔物には敵わないか。」

 崖まで吹き飛ばされた赤聖人は体を起こして、回復(ポーション)薬を飲んだ。

 吹き飛ばされて壁に衝突した際に、折れた骨が元に戻っていく。

 赤聖人が飲んだ回復(ポーション)薬は、教団の中では最高級の回復力を持つ薬である。骨の一本や二本、簡単に修復は可能だった。


「それにしても、神級魔物の天蛇が、なんで地下4階層に出現するんだ。全く、予想していなかった。部下の騎士たちは大丈夫か。」

 赤聖人は体を起こすと、先ほど戦った場所まで歩いていった。

 だいぶん遠くに吹き飛ばされたようで、元の場所に戻るにはけっこう歩いた。

 やっと戻ると、味方の姿は見えなかった。

 有るのは、数匹の王級魔物の死骸が転がっているだけだ。

 あと、結構な数の人間の足が転がっていた。

 それと地上には、赤い人間の血が散乱していた。

 ここで、厳しい惨劇があったのは明らかだ。

 この切断された足の数から、配下の騎士のほぼ全員が殺られたようだ。足しか残らなかったのは、足から上を魔物に食べられたからに違いない。

 

 あの天蛇を自分が倒せなかったのに、配下の騎士たちが倒せる訳が無い。

「くそ・・・。」

 地面に染み込んだ血の量を見ると、殺された部下たちの無念が思い起こされる。

 今まで、心血を注いで育ててきた配下の騎士だ。それが、簡単に殺されたと考えると、怒りがこみ上げてくる。

 教団では、魔力の強い子供を小さい頃から集めていた。そして、教団の聖騎士や幹部に育てていたのだ。

 教団の信者は、人の魔力色を見る事ができるので、高い魔力を持った子供の情報が入ると、教団が子供を奪ったり、攫ったり、買い取ったりした。

 信者の子供、商人の子供、奴隷の子供、貴族以外の子供なら何とかして教団の力を駆使して集めた。

 今回、殺された者たちも、そういった魔力の強い子供たちの中から鍛え上げて育ててきた騎士だった。


「これは・・・。」

 赤聖人は、赤い血の跡が、地下4階層の中心に向かって続いているのを見つけた。

 赤い血は、人間の血。

 もしかしたら、まだ生存者がいるかもしれない。

 血の跡を目で追いながら暫く歩いて行くと、先の方に魔物の気配を感じた。

 気配を消して近づくと、数匹の小鬼(ゴムリン)が足を失った人間を十字架のような形をした木に縛り付けている。


「あれは・・・緑聖人か。」

 木の十字架に縛られている者の顔を一人ひとり確認していると、緑聖人の姿もあった。

 きっと、逃げ切れずに、神級魔物の天蛇に捕まったのだろう。

 だが、それにしても、不気味な光景だ。

 魔物が、人間を殺して食べるのではなく、小鬼(ゴブリン)が人間を縄で縛って木に縛り付けているのだ。


(いったい、何の為にこんなことを。)

 人間を縛り付けた木の下から、火であぶり殺すのか・・・。だが、そんな事をしないで、そのまま食べた方が簡単だし、魔物が火で人間を炙り殺すのなんて考えるだろうか。

 じゃ、いったい何の為に、こんなことをするのか?

(・・・全く分からない。)


 理由は分からないが、とにかく俺は仲間や部下を助けたい。

 だが、魔物は、神級魔物の天蛇もいれば、王級魔物も5匹もいる。

 その上、小鬼が木に縛った仲間たちを見張っている。こちらが助けに動けば、手に持った槍で木に縛られた仲間を串刺しにするだろう。

 なにより、魔物たちが何を考えているか分からないのが一番怖い。

(俺は、いったいどうしたら良いんだ・・・)

 赤聖人は頭を抱えるのであった。

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