第13話 趙伯爵領

 趙伯爵領は長南江の南、

 大陳国全体では南西に位置する。

 趙伯爵領の西には天に伸びる天望山脈があり、聖大陸のカーテンと呼ばれていた。そして、その山脈が隣国の大楚国との国境として2つの国を分けている。

 このカーテンは決して超える事のできない国境であった。

 天望山脈は標高が2千メートル級から3千メートル級の高さを誇る山々が連なっている。

 更に、山頂付近は飛竜の縄張り。

 せっかく、高い天望山脈を登り切っても、その後は飛竜の餌になるだけ。

 誰もこの国境を越えようとする者はいなかった。

 もし、隣国の大陳国から大楚国へ西に行きたいなら、もしくは大楚国から大陳国へと東に行きたいなら。陸地の天望山脈を超えるのではなく、南の海か、北の長南江の大河か、どちらかの水路で行くしかなかった。


 そして、その天望山脈の山すそに、大きなドームのような小高い丘があった。

 その丘が、《火の迷宮》である。

 《火の迷宮》は地下迷宮の魔力溜り。

 小高い丘の下には、地下5階層の大きな迷宮があった。

 丘の西側に扉があり、その《迷宮の扉》と呼ばれる大きな扉があった。

 その扉が外界と地下の迷宮を繋ぐ入口になっている。

 今まで、この扉を通って多くの冒険者たちが地下迷宮に潜り、人々の生活に必要な重要な資源である魔石や魔物の素材を地上にもたらしていた。

 魔物からしか取れない魔石や魔物の素材無しでは、魔道具は動かないし、鉄よりも硬い素材や回復薬の素材を得る事は出来なかった。

 その意味では、この《火の迷宮》は、多くの資源や富を外界に供給した。

 この《火の迷宮》だけでなく、聖大陸に存在する全ての魔力溜りが魔石と魔物の素材を供給し、人間の生活を豊かにする為の必要不可欠な資源であった。

 この魔力溜りの魔物は、魔力溜りから出る事を嫌がった。魔力供給が減り、魔物の進化が止まるのを魔物の本能が嫌うからだ。

 だから《火の迷宮》の扉を人間が使うことがあっても、魔物が扉を使う事は今までは無かった。

 だが、その禁忌がつい数日前に破られた。

 数日前に《迷宮の扉》を3千匹近い魔物が通過し、【智陽】の都市(まち)を襲ったのだ。

 

 その禁忌が破られて、この町は大被害を受けた。

 魔物の大群が《迷宮の扉》を通り、この町に乱入した。多くの建物が半壊や全焼する等、町中の建物が被害にあった。

 だが、人的被害が最小限に抑えられて、死んだ者はほとんどいない。

 理由は、ここは『火の迷宮』のすぐ近くの冒険者の町、魔物の襲撃の備えを怠っていなかったからだ。

 魔物の襲来を知らせる鐘が鳴ると、人々は直ぐに逃げた。

 ある者は、家の地下の隠し部屋。またある者は、魔物が追ってこない高台への避難路などに直ぐに逃げた。

 だから、魔物の大群の襲来はあっても物的被害だけで、人的被害は皆無であった。

 特に、七色に光る流れ星がこの『火の迷宮』に墜ちて、迷宮が活性化がはじまってからは、より一層の備えを行っていたおかげであった。


 今は、この町の人々は気持ちを切り替え、町の復興に取り組んでいる。

 カン、カン、カン・・・・。

 金づちで釘を叩く人、鋸(のこぎり)で木をきる人、たくさんの大工が忙しそうに働いている。また、大工だけでなく、木を運ぶ木材商や、家具を作る家具職人などがせわしくなく町に入って来て、町は活気で湧いていた。

 魔物の襲来はあったが、誰かが死ぬことなく、皆が復興に向かって気持ちを切り替えられたのが大きい。


 「慶之殿、あの食堂が、如何ですか。」

 美麗は町に入ると、直ぐに食べ物屋を探し始めた。

 そして、美味しそうな食堂を見つけると、走って店の席の空き状況を確認したりと活躍している。

 旅の道中でも、美麗は町の食事を楽しみにしていた。

 趙家領に入っても、魔物の被害でまともな町や村がほとんどなかった。

 この町は趙家風の料理と、魔物の肉が特産で有名であった。特に魔牛獣の肉は絶品で高級食材として扱われている。

 俺は食べ物より、町の方に関心があった。

 「それにしても、この町はずいぶん治安が良いな。」

 この町に入っても、寄って来るチンピラや、財布を狙うスリはほとんどいない。

 

 「まぁ、そんなの当たり前よ。この町は、冒険者の町なのよ。しかも、活性化した迷宮が近くにあるわけ。という事は、この町に来るのは相当な力を持った冒険者よ。そんな冒険者を相手にするチンピラやスリなんて居るわけないじゃない。」

 静香の納得感のある説明に関心してしまう。

 さすがは大聖国の元女王だ。

 統治者としての視線、犯罪者の立場でのモノの見方、それらの状況を考察する力が優れている。

 「まぁ、それは、そうか。さすがは静香だ。しっかり見ているな。」

 俺が静香を褒めると、静香は無い胸を張ってドヤ顔をしていた。


 「それにしても、ずいぶん趙家の兵が多いな。それと心なしか教団の信者も多いような気がする。」

 町は大工や家具職人たちが復興に走り回っているのは分かるが、たくさんの趙家の兵は不自然だった。

 町の警戒というより、買い物をしたり、休息をしている感じだ。


 「あなたよ。教団の信者たちは、あなたを、探しているのよ。それと、趙家の兵は、この前の大瀑布の所為ね。【智陽】の民に被害があまり出なかったから良いけど、あの都市(まち)が壊滅していたら、『火の迷宮』を管理している趙伯爵の責任は大きかったからね。今更ながらだけど、警備を厳重にしているんじゃないの。」


「教団は、俺か・・・。」


 「そうよ、あなたよ。姜馬様から始祖の予言の話は聞いているでしょ。あなたが、虹色魔石を獲りにくると思って待ち伏せしているのよ。魔力色を見られないように気をつけなさい。」

 静香は当然のように言った。

 

「そうなのか・・・。」

 改めて、教団の始祖の予言に対する執念深さを感じた。


 町の治安について話していると、食堂を覗きに行っていた美麗が戻ってきた。食堂は空いているみたいで6人分の席は確保できるそうだ。

 それじゃ、入ろうという事になって、美麗に案内されて町の食堂に入った。

 席に着くと、いつものように美麗が手あたり次第に料理を注文していく。


 美麗が食べ物の注文に夢中になっている間、迷宮について公明に聞いた。

 「この迷宮の中はどんな感じだ。攻略が難しいのは知っているが、詳しい情報を教えおいてくれ。」


 「分かりました。」

 公明はそう言うと、鞄から地図を何枚かとりを出した。

 この迷宮の地図は、公明が主(あるじ)を探す旅の途中で、この迷宮に立ち寄った際に手に入れたモノのようだ。

 地図を見ながら、公明が説明を始める。

 「まず、この迷宮の最下層は地下5階です。地下1,2階層は下級魔物がほとんどで大したことはありません。地下3階層から上級魔力の特級魔物、将級魔物が現れ、地下4階層から王級魔物が現れます。そして、地下5階層が神級魔物と迷宮の主と言われています。ただ、地下4階層から下の階層の情報は当てになりません。」

 公明は地図を見ながら、各階層の魔物の状況を話した。


 「地下4階層以下の情報は当てにならないのか。」


 「はい、地下4階層以下に潜った冒険者がほとんどいませんから。冒険者には神級魔物や《迷宮の主》を相手は無理です。まぁ、王級魔物であれば、神級魔力持ちなら戦えますが。ただし、良い武器さえ持っていればという条件付きですが。」


 「そうか、分かった。それで、姜馬が取ってこいと言っていた虹色魔石はどこの階層にあるのかな。迷宮魔石だけは外せないからな。」


 「そうですね・・・教団が手に入れたという情報は入っていませんし。それに、もう一つの虹色魔石が落ちた《地の迷宮》では、『迷宮の主』が持っていたそうです。普通に考えれば、『迷宮の主』の部屋にあると思います。」


 「えっ、『地の迷宮』はもう攻略されていたのか。」

 正直、虹色魔石の関心は薄かったので、2つ墜ちたことは姜馬から聞いて覚えていたが、既に片方が攻略済みとは意識していなかった。


 「はい。大梁国に墜ちたもう一つの虹色魔石は攻略されました。」


 「それで攻略したのは、やっぱり教団の連中か。それとも、もう一人の虹色魔力を持つ者か。」

 姜馬は、教団が《虹色魔力を持つ者》だけでなく、《虹色魔石》も血眼になってとを探していると言っていた。

 それと、七色に光る流れ星が2つ墜ちたので、俺と同じ虹色魔力を持った人間がもう一人いると言っていた。

 『地の迷宮』を攻略できる力があるとしたら、教団かもう一人の虹色魔力を持つ者しか考えられない。


 「はい、もう一人の虹色魔力を持つ御仁。岳光輝、岳光輝殿が攻略しました。」

 (姜馬は、虹色魔力は異世界人・・・地球人しか持っていないと言っていた。もしかしたら、その岳光輝も異世界人かもしれない・・・。)

 

「そうか。その岳光輝殿が攻略した《地の迷宮》では、虹色魔石を《迷宮の主》が持っていたのか。なら、この迷宮もその可能性が高い訳か。」

 何となくだが、確かに簡単に手に入る所に虹色魔石があるとは思えなかった。


 「そういう訳です。ですので、当初の予定通り、地下5階層の迷宮の主までを攻略します。」

 公明も具体的な証がある訳では無いが、《迷宮の主》が虹色魔石を持っていると思っているようだ。


 「《迷宮の主》を目指すとして、他の神級魔物はどれくらい居るんだ。」

 神級魔物は姜馬が教団にいた頃、狩りつくしたと言っていた。

 それに、神級魔物じたいがレアなので、一つの魔力溜りに何匹もいないとも聞いている。まぁ、《迷宮の主》は仕方が無いとして、そう何匹もの神級魔物の相手は勘弁して欲しい。


 「そうですね。普通の《魔力溜り》なら、神級魔物が魔力溜りの主ですから、一匹ですね。一つの魔力溜りに複数の神級魔物が居たら、縄張り争いが発生しますから。ですが、7魔力溜りの《迷宮の主》は別格です。複数の神級魔物を束ねる《迷宮の主》が居ますから。しかも、《火の迷宮》は活性化していますから。数十匹の神級魔物が現れると覚悟しておいた方が良いかと。」

 公明が涼しい顔で言った。

 確かに、【智陽】には神級魔物が7匹もいた。3匹には逃げられたが、この《火の迷宮》に数十匹の魔物が居ると言うのは、決して大袈裟じゃないのだろう。

 その数の神級魔物を俺一人で倒せとか、止めて欲しい。


 「そうよ、慶之。《迷宮の主》は、神級魔物の王のような存在よ。そんな主の下に複数の神級魔物がいてもおかしくないわ。まぁ、でも慶之なら大丈夫っしょ。虹色魔力なら、神級魔物の結界も破れるでしょ。慶之には期待しているわ。虹色魔石を手に入れてね。」

 良く分からないが、最後に、静香は可愛らしい素振りで微笑んだ。

 

「まぁ、死なない程度に頑張るよ。」

 俺は適当に答えた。

 静香は、虹色魔石に強いこだわりを持っているように感じられた。


 「それで、慶之。新しい魔法はどうなの?上手く使えた。」

 虹色魔石の話が終わると、静香は魔峰について聞いてきた。


 「新しい魔法・・・ああ、猿鬼の《精神》魔法の事か。上手く使えたが、あの魔法の魔法陣の構築は複雑すぎて、魔法を使いこなすのが大変だったけど、なんとか使えるようになったよ。」

 

 「へぇ、なにがそんなに大変だったのよ。」

 

 「《精神》魔法の魔法陣には3つの術式が組み込まれて、それが一つの魔法陣になっているんだ。魔法陣の構築がめっちゃくちゃ複雑だったぞ。」


 「それって、三つ目の『攻撃させない』の術式だけじゃダメなの。」


 「そうだ。三つ目の『攻撃させない』だけじゃ、効果が弱くて、少なくとも桜花には効かない。その前に『幻影を見させる』幻影魔法が必要だ。それで、心が弱った時に『攻撃させない』術式を発動させれば効果は絶大だ。その幻影魔法を効かせる為には、『頭の中を読む』魔法で、見せる幻影が決まる。だから、三つの術式の魔法を一つにする必要があるんだ。」


 「・・・・・・?」

 隣で聞いていた桜花や美麗は頭にはハテナマークが一杯だ。唯一、公明が関心を持って聞いていた。


 静香は気にせず、話を続ける。

 「とにかく、《精神結界》が結構メンドイ魔法なのは分かったわ。でも、今の話でちょっと気になるんだけど。」


 「俺も、この魔法の使い処は気になるな。『攻撃させない』という魔法があんまり、効果があるとは思えないんだ。」


「違うわよ、私が言いたいのは《頭の中を読める》魔法が使えれば、私の頭の中も読めるわけよね。それって、人の秘密を覗けるわけよね。覗きはダメよ、エッチなんだからね。私の記憶を覗いたら!その魔法を私に使ったら絶交よ。」

 良く分からないが、静香が怒りだした。


「そんなことはしないよ。この魔法を仲間に使ったりしないから大丈夫だ。それに、この魔法は頭の中を何でも読める魔法じゃない。記憶の中でも、印象の強い人物の記憶が見れるだけだ。《精神》結界の魔法以外に使い処は無いな。」


「本当かしら。」

 静香は疑いの目を向けた所で、店の店員がやって来た。


「はい、趙麺(ちょうめん)6人前。」

 店員は、俺たちの机に『趙麺』という料理を置いていく。


 美麗は目を輝かして箸を持って、机の上に『趙麺』が置かれるのを待っている。

「さぁさぁ、食べましょう!難しい話をしているので、わたくしが皆さんの分まで頼んでおきましたわ。趙伯爵領の名物『趙麺』。『火の迷宮』に来たら、これを食べないと、趙家領に来た意味がありませんわ。それでは、いただきますわ。」

 美麗は嬉しそうに、自分の前に置いた『趙麺』を食べ始めた。

 前世のうどんのような麺を炒めて、辛いタレをかけた料理だ。


 俺たちも、『趙麺』を食べ始める。

「うまいな、この『趙麺』。でも・・・辛い。」

 この『趙麺』は、本当に辛い。だが、辛ウマで俺は好きだ。

 前世でも、唐辛子の辛い食べ物は好きでよく食べた。

 汗が止まらないが、辛ウマだ。本当に美味しい。

 みんなも初めて食べる料理で、初めは辛さに驚くが、美味しそうに食べていた。


 料理好きの桜花も美味しそうに食べている。

「この辛さ、僕も好きだね。本当に美味しいよ。この辛さは、唐辛子だよね。でも、この料理は辛いだけじゃなく、味の深みのこだわりもある。どうやって作るのか知りたいし、ここで唐辛子を買いだめておくよ。」

 桜花もひたいの汗を拭きながら『趙麺』を食べている。この『趙麺』を料理のレパートリーに加えようと、作り方に興味津々だ。


 いつも煩い聖香も『趙麺』が気に入ったようで、「辛いわね」と言いながら、額に汗をかいて食べていた。


 「本当に美味しいですわ。お代りをお願いしますわ。」

 美麗も、仮面が覆っていない半分のひたいに汗をかきながら、箸が休める間もなく、『趙麺』を頬張って食べていた。

 美少女3人が汗をかきながら、無心に麺をすする姿は目の保養だ。


 皆、食べ終わると食堂を出て、市場に行った。

 市場に着くと、買い物を楽しみにしていた桜花の目つきが変わる。

 市場は《大瀑布》の影響が残っていたが、たくさんの店が出店していて活気があった。魔物に襲われて間もないと言うのに人々の表情は明るい。趙家の兵士や教団の信者も多く、人で市場もにぎわっていた。

 「それにしても、こんな迷宮の近くに住んで、この町の人は良く逃げ出さないな。」

 こんな危険な場所に住む人たちに感心した。


 「まぁ、確かに、危険も多いいですが、実入りも良いですからね。」

 公明は、市場で働く人たちを見ながらつぶやいた。


 横で、桜花がぶつぶつ文句を言っている。

 「それにしても、この市場の商品、高くないかい。高すぎだよね。いくら、復興にお金がいるからって、この値段は高過ぎるよ。これじゃ、ぼったくりだよ。」


 確かにこの町の物価は高い。

 さっきの『趙麵』も普通の庶民の食べ物にしては高かった。

 市場に並ぶ商品も、普通の都市(まち)の値段の2倍から5倍はする。武器や迷宮に潜る際の携帯食などの店が多いが、値段を聞くとどれも高い。

 だが、どの店もそれなりに客が入っていて、高い値段で商品を買っていた。

「こんな高い商品を良く買うね。」

 桜花は怒りながらも、感心している。


「この町は、冒険者を相手した商売の町ですから。冒険者にとって、この迷宮はいくらでも稼げますから。お金なんて気にしませんよ。だから、多少高い商品でも売れる。冒険者にとっては値段よりも、この迷宮の近くで、寝床や食べ物それに武器が手に入る方がありがたいんです。近くのこの町で少し休んだら、すぐに、また迷宮に潜る。そうして魔石や素材が手に入れて稼ぐ。冒険者にとっては時間。商売人にとってが儲け。お互いの目的が一致しているので、高くても売れるんです。」

 公明の説明で、桜花も値段が高いのは分かったようだ。

 ぶつぶつ言いながらも、必要な唐辛子だけを爆買いして、他の買い物はあきらめたようだ。


「そうね、冒険者は魔石と素材を組合(ギルド)が高く買い取ってくれるからね。そりゃ、冒険者の懐も豊かでしょ。その分、王や税金を払う領民は大変だけど。」

 静香は、冒険者が儲けることが面白くないようだ。

 今は20か国の国々がしのぎを削る乱世。

 どの国も戦力増強に国力を注いでいる。

 その戦力の中で一番戦力を発揮するのは鎧騎士だ。戦いの勝敗は鎧騎士で決まると言っても過言ではない。だから、どの国も鎧騎士を一騎でも多く欲しがる。

 その為には、鎧を作るのに素材の特級魔力以上の魔石が必要だ。どの国も鎧を増やす為に特級以上の魔石を手に入れようとする。だが、特級魔力以上の魔物を倒さないと、鎧の素材の魔石は手に入らない。

 特級以上の魔物を狩れる強い冒険者は多く無いからだ。

 その結果、特級魔力以上の魔石の値段はどんどん高騰した。そして最終的なしわ寄せは、領民にくる。魔石を買う為に国も貴族も税収を上げるのだ。

 静香も大聖国の女王の時、鎧を増やすのに苦労したのだろう。だから、冒険者が懐を潤すのが気に入らないのだ。


 ちなみに、魔石の相場だが。

 特級魔石で金貨10枚。(金貨1枚は日本円で約百万円)。

 将級魔石で金貨30枚。

 王級魔石で金貨100枚以上。

 神級魔石は時価だ。言い値で買う国はいくらでもある。

 下級魔力の魔石も魔道具の材料になるので、そこそこの値段にはなるが、鎧騎士の材料になる特級以上の魔石と比べると断然値段が落ちる。


 これだけの大金が一匹の魔物を倒すと手に入る。

 この町の冒険者の懐が温かいのも頷けるが、《火の迷宮》の魔物も甘くは無い。冒険者もまた命を賭けているのである。

 それに、命を賭けているのは冒険者だけではない。

 この町に住む商売人や職人も同じだ。現に、数日前には多くの者が家を失っている。それでも、この町を出ないのは稼げるからだ。

 冒険者も、町の商売人も、鎧の材料となる魔石の為に命を賭けている。

 そして税を払う領民も、間接的には魔石の為に生活を犠牲にしているのである。


 そんな話をしていると、俺たちは市場(いちば)を抜けて、『迷宮の扉』の付近まで来ていた。

 《迷宮の扉》の周りには、けっこうな数の趙家軍の兵士が駐屯していた。

 お尋ね者の俺たちは、フードを深く被って、迷宮を遠くから観察するにとどめた。

 迷宮に入るのは明日のつもりだ。今日は簡単に下見に過ぎない。

 「これが、『迷宮の扉』か。けっこう大きいな。」

 小高い丘の麓に、大きな扉が見える。見た目は高さ10m以上はあった。相当、大きな魔物でもあの扉なら潜(くぐ)る事ができるだろう。

 扉は開いていて、冒険者や兵士、それに教団の信者が扉を行き来をしている。


 「冒険者の数が思ったより少ない。反対に趙家の兵士の数はけっこう多いな。」

 数日前の大瀑布の後、この町を去った冒険者も多かったようだ。

 この迷宮にやってくる冒険者は腕に自信が有る奴らが多いが、それでも地下第1層か、地下第2層で下級魔物を狩るの者の方が多かった。

 下級魔物を狩っていた冒険者にとって、《迷宮の扉》から現れた魔物の群れは恐怖だったのかもしれない。


 「趙家兵が多いのは、趙伯爵も、この前の《大瀑布》を警戒しているからでしょう。再び、《大瀑布》が起これば、責任を取らされて趙家の存亡に関わります。その為、多くの兵を送り、《迷宮の扉》付近に柵や塹壕を設けて、魔物の襲来に備えているようです。」

 公明は《迷宮の扉》を囲う陣を注意深く凝視している。

 「それにしても、本当に見事ですね。この防衛陣は・・・。」

 思わず、公明の口から賞賛の声が漏れた。

 迷宮の扉の周りには、幾重にも柵や塹壕が築かれていた。

 目に見えない所に、罠も築かれている。

 もし、《迷宮の扉》から現れた魔物が、柵や塹壕を突破しても、上手に魔物を落とし穴や弓の罠の餌食になるよう誘導する仕組みになっている。

 魔物の規模にもよるが、数百匹、いや千匹ぐらいならこの防衛陣で防御は可能そうだ。

 そして、その防衛陣の周りに、趙家軍の幕舎がいくつも建てられていた。


 「この趙家軍の指揮官は、中々の者ですね。大陳国にも、兵士を手足のように扱い、士気を乱す事の無い司令官がいるんですね。たった数日で、これだけの陣を築くのは大したモノです。それに、兵の士気乱れもない。こういう司令官が率いる兵は強いです。この陣を破るには、相当の戦力の出血を覚悟しなければなりません。千人、いや2千人かな。」

 公明は陣を見つめながら、鉄扇をパチン、パチン音を鳴らしている。

 あれは、考え事をしている公明の癖だ。

 きっと、この防衛陣をどうやって攻略するか、脳内で何通りもシュミレーションしているのであろう。


 公明の話に、静香が趙家軍の指揮官について話し始めた。

 「趙家の指揮官ね・・・考えられるのは、趙家3傑の中の一人ね。次男の趙紫雲、三男の趙青雲、そして次女の趙麗華だったかしら。趙家のこの3人は優秀よ。趙家の指揮官はその3人のうちの一人ね。」

 さすがは、貴族の情報に詳しい静香だ。

 趙家についても良く知っていた。趙家には縁があった俺でも、趙家3傑は知らなかった。


 「それで、聖女王様。あの軍の司令官は、その3人の中で誰だと。」


 「そうね、3男の趙青雲は確か、政治の方だから違うわね。次男の神級魔力の趙紫雲か、次女の方が、『姫将軍』の2つ名の趙麗華だけど。まぁ、用兵は趙麗華が得意だから、きっとあの軍の司令官は趙麗華だと思うわ。」

 静香は自信ありげに答えた。


 「趙麗華か・・・。そうか、そんな2つ名を持っているのか・・・。」

 俺は、懐かしい名前を聞いて思わず独り言をつぶやいた。


 「あら、慶之。趙麗華の事を知っているの?」

 俺の独り言に、静香が反応した。


 「ああ、趙家と楊家は仲が良かったからな。まぁ、麗華は幼馴染みたいなモノだ。」


 「ふう~ん。なにか怪しいわね・・・幼馴染とか。まぁ、良いわ。

 とにかく、趙家も必死よね。次に『迷宮の扉』から魔物が地上に溢れ出たら、さすがに管理責任を問われるわ。私たちみたいな冒険者が都市(まち)を救って魔物を退治する奇跡なんて起こらないから。本当に《大瀑布》が起こったら、お家取り潰しは間違いないわよ。幼馴染さんが心配なの?」

 静香はジト目で、俺をからかっている。

 でも、もし【智陽】で、何万人の民の被害が出ていたら、趙家が責任を取らされていたのは間違いない。趙家軍が『火の迷宮』の魔物が悪さをしないように頑丈に陣を張って、備えるのは当然だ。


「それにしても、教団の方は少なくないか。」

 教団の信者は迷宮の扉付近にはほとんどいなかった。信者を見かけたのは、町の食堂だけで思ったより少ない気がする。


「そうですね・・・少し少ない気がします。聖騎士の本隊は迷宮の中に潜っているかもしれません。」

 公明は教団の動きに注意を払っていた。

 確かに、さっき見た信者たちでは魔物は倒せないだろう。


 「ゴミ虫の教団なんてどうでも良いわよ。はい、はい。次は、宿を探すわよ。」

 静香は教団が嫌いなので、話の話題にも出したくない感じだ。

 宿探しに張り切り始めた。


 「え~。宿ですか。宿は危険なので『館』で休みましょう。」

 美麗は、雷家の追っ手を気にしているので、宿は反対のようだ。


 「あら、美麗。旅は宿、宿でお風呂に入って、美味しい物を食べて、ゆっくり休む。これが旅の醍醐味よ。」


 「美味しい物ですが・・・そそりますが。でも、宿に泊まったら足が付きますわ。追っ手が面倒ですので。出来るなら、『館』で休んだ方が良いですわ。」

 美麗は食事よりも、雷家の追っ手を気にしている。今の処、うまく撒いている。


 美麗に続いて、桜花も口を開いた。

 「僕も、美麗さんに賛成かな・・・、この町、高すぎるよね。きっと、宿の値段ももの凄く高いに決まっているさ。」

 この町の物価の高さは相当にショックだったようだ。


 「何言っているのよ、桜花。この旅の道中でけっこう稼いだじゃない。あんたが潰した盗賊からけっこう巻き上げたわ。捕まえた盗賊の報奨金もいれると金貨100枚はあるわよ。どうせ、このお金は使う暇がないんだから、使う時には使わないとね。戦士に休養は必要よ。良い宿に泊まって、美味しい食事とお風呂。最高よね。」

 桜花が倒した盗賊がアジトに貯め込んだん金貨を、根こそぎ頂いていた。俺たちの懐も相当暖かかった。


「風呂か・・・風呂があるなら、俺は宿が良いかな。まぁ、追っ手に見つかったら、移転魔法で逃げれば良いし、返り討ちでも良いし。気にするなよ、美麗。風呂に入って、美味しい物を食べるのは悪くないな。」

 俺は静香の言葉に賛成だ

 公明と、離梅はどちらでも良いらしい。うちのパーティーは女性陣の発言力が強いので、美麗が頷けば決まりだ。

 

 「じゃ、宿で決まりね。私が、風呂のある良い宿を探すわよ。任せて頂戴。美麗も追っ手が来ても、私が責任をもって撃退するから心配しないで。それじゃ、決まりね。行くわよ。」

 静香は強引に押し切って、歩き始めた。

 彼女の独自の情報網は、貴族の情報だけでなく宿探しにも発揮された。まるで、スマホで検索したかのように彼女が先頭で皆を誘導する。

 彼女のおすすめの宿は、この町の高台にあった。高台の上に大きな城のような建物が見える。

 静香が大きな建物を指差した。

 「あそこよ!今日の宿は。あそこに泊まるわ。」


 「静香、あの建物、めっちゃ高そうだよね。もっと、普通の宿が良いじゃないかな。絶対に高いに決まっているよ。あの宿は止めようよ。」

 いつもお財布を管理している桜花は、この物価の高い町で、そんな高級な宿に泊まるのは気が乗らないようだ。


「仕方が無いのよ。あの宿じゃないと、風呂が無いんだから。まぁ、少し高いけど、どうせ一泊だし、お金もあるし、ゆっくり休みなしょう!」

 静香はノリノリで、桜花の腕を掴んで丘を登っていく。

 「仕方がないな」といって桜花が折れて宿に向かって歩いてく。

 丘を登りきると、周りを壁で囲まれた中華風の立派な建物があった。

 大きな立派な門が開いて、門の左右に警備の店員が控えている。


「あら、警備もしっかりしているわね」

 静香は警備を気にしないで、ズンズンと門の中に入って行く。

 俺も一応は公爵家の人間なのだが、前世が貧乏だったのか根が庶民なので少し緊張している。顔に出ないように静香の後をついていく。美麗や公明の方がよっぽど慣れた感じで歩いていた。

 門を潜ると、赤い太い柱が何本もある大きな中華風の建物が真正面に見えた。黒の瓦の屋根が5層は見える大きな建物だ。少し歩くと玄関に着いた。

 玄関で、両脇に立つ店員が扉を開ける。

 中は入ると、高い天井、高級感が漂う空間が広がっていた。天井には、前世のシャンデリアのように明るい照明が下を照らしていた。

 あれは、光る魔道具をいくつも取り付けた照明だろう。

 天井だけではなく、大理石で作られたようなピカピカ光る床。至るところに匠の木の彫り物の細工が目に入る。飾ってある絵や彫刻も、楊公爵家に飾ってあった物にひけを取らないほど豪華であった。

 これほどの立派な建物は、王都でも多くは無い。

 そして、ロビーやフロントは多くのベテラン冒険者でにぎわっている。


「良いわね、この宿。気に入ったわ。」

「そうですわね。確かに美味しい食べ物の予感がしますわ。」

「ちょっと、静香・・・、もう勝手に決めちゃって。この宿、きっとシャレにならない値段だよね、僕は知らないからな。」

 静香は、宿に満足したのかご機嫌だ。

 美麗もこの宿なら、追っ手も入って来れそうにもないと安心している。

 桜花だけがロビーの周りを見回して、この宿の値段を考えて不安そうな表情だ。

 俺はポーカーフェイスでごまかしている。


 静香はフードを外して顔を出すと、ズンズンとカウンターに向かって歩いて行った。

 受付では、清潔感のある服装の女性の店員が笑顔で待っていた。

「お泊りでしょうか。」


「ええ、そうよ。女性3名、男性3名の合計6名様なんだけど、一番いい部屋は空いているかしら。」


 「冒険者カードをお見せ頂けますでしょうか?」

 冒険者カードは冒険者に登録を行うと、もらえる身分証明書だ。

 魔石や素材を買い取る時に組合(ギルド)に見せる必要があった。また、組合(ギルド)から仕事を受ける時にも、冒険者カードのランクに応じて仕事を受けることが出来る。

 本来、宿に泊まるのには冒険者カードの提出は必要ないが、ここは《火の迷宮》に入る冒険者の町。高級な宿が提出を求めるのはおかしくないし、提出しない事を理由に宿泊を断るのもおかしくなかった。 


 「・・・無いわ。」


 「・・・・・・そうですか、少しお待ちください。」

 受付の女性は、少しの間(ま)で静香の顔を観察した。

 ここは高級な宿なので誰でも泊める訳ではない。この宿に見合わないと判断された冒険者は、受付で『満室』と言って断るのが受付の役目でもあった。

 値踏みが終わったのか柔和な表情に戻る。

 「分かりました。」といって、部屋の空室状況を確認し始めた。

 静香の恰好は、砂埃で汚れた紫の外套を身を包んでいる。

 だが、彼女自身の顔には品格があった。白銀の髪に青い瞳、それに優雅な顔立ちや身のこなしは高貴な雰囲気を漂わせている。

 受付嬢は、静香を冒険者『ごっこ』をしている高貴な令嬢と判断したようだ。

 

「それで、何泊されますか?」


「明日には迷宮に潜るから、一泊で良いわ。一番いい部屋にして頂戴。」

 静香がいつもの女王様の口調になっている。


「・・・それでは、部屋は男女がそれぞれ別で、最高級のロイヤルスイートの部屋が2部屋になりますが、よろしいですか。」


「良いけど、1人ずつの個室は無理なのかしら。」


「申し訳ありません。普通のランクの部屋の個室はありますが、ロイヤルスイートの個室は既に埋まっております。3人部屋の部屋が2つの方なら、ロイヤルスイートのお部屋が用意できます。どちらにしますか。」


「仕方が無いわね、それで、そのロイヤルスイートの部屋にはお風呂はあるのかしら。」


「お風呂は大浴場がございますが、個室にはございません。」


「分かったわ。個室が無理なら、そのロイヤルスイートの3人部屋を2つでお願いするわ。」

 静香は余裕な表情で、受付の女性と話している。

 さすがは、元女王の貫禄。


「それでは、お一人一泊で金貨1枚になりますので、合計で金貨6枚になります。当宿は前払いになります。宜しいでしょうか。」


「分かったわ。」

 静香は桜花に手を出した。

 静香が財布を持っていると、直ぐにすられるので財布は桜花が管理している。

 桜花がちょっと引き攣った顔をして、震える手で金貨6枚を静香の掌の上においた。隣で庶民感覚の俺も、少し驚いていていた。

(さすがに、一人1泊で金貨1枚は高すぎる・・・。金貨1枚は日本円で百万円。一人1泊で百万円は高すぎるんじゃ・・・・)

 普通の宿では銀貨1枚が相場だ。

 この町は物価が高いと言っても、相場の100倍は高すぎだろう。

 静香は、何事も無いように桜花から受け取った金貨を受付の女性に渡すと。部屋の鍵を2つを手にしていた。

「慶之。行くわよ。」

 静香は、身につけている服はマントが風を靡かせて、優雅な身のこなしで振り返って歩いてく。


「だから、僕は嫌だと言ったんだよ。まったく、一泊、金貨1枚とかなんてぼったくりだよ。まったく、静香は勝手に決めて。」

 部屋に向かう途中で、桜花はずっと怒っていた。


「てへっ。もう、終わったことは良いじゃない。いちいち細かいことを気にしたら禿げるわよ。お金は使う為にあるのよ、貯める為じゃないわ。明日から、命を賭けて『火の迷宮』に潜るんだから、少しぐらい贅沢しても良いわよね。」

 舌を出して誤魔化しながら静香は、ご機嫌で歩いて行く。


「まったく。いつも静香は勝手なんだからな、もう、お金は払っちゃったし、確かに、後は楽しんだ方が良いわね。」

 桜花もあきらめたようで、静香たちについて行った。

 とにかく、俺たちは一旦、各人の部屋に移動した。

 町や迷宮の丘を一望できるこの部屋の景色は素晴らしい。

 それに、この宿は迷宮から溢れた魔物に襲われることは無さそうだ。迷宮の扉が開く方向と進む進路からして、わざわざ登ってこの丘にくる魔物は居ないだろう。

 見晴らしも良く、安全な宿だった。

 場所だけでなく、部屋も凄い。部屋の中も広く、大きなリビングや寝室もあった。さすがは一泊金貨一枚のゴージャスな部屋である。


 この宿の風呂も食事も良かった。

 大浴場は、男と女風呂に分かれ、大理石の風呂だ。時間が早かった所為か、入浴している人も少なく、風呂をゆっくり堪能することができた。

 まぁ、元日本人の俺としては、姜馬が作った『館』の檜のお湯の方が好みだが、たまには大理石の風呂も良かった。


 風呂から上がると、優秀な人材がいないか冒険者たちを探ってみた。

 ロビーで、『認識』魔法で冒険者の能力値を見ていたが、大した人材はいなかった。

 良くて将級魔力。

 魔力だけ強くても優秀な人材とは言えない。武力や知力なども伴っていないと、戦いでは役に立たない。

 魔力だけなら、遠距離攻撃の魔弾砲を放つのに役立つぐらいだ。

 今欲しい人材ではない。

 まぁ、王級魔力以上なら、武力や知力、魅力などの他の能力が低くても育てようと思うが、とてもそんな人材はいなかった。

 王級魔力の持ち主なら、冒険者になどならないで大物貴族の軍の将軍でも目指すだろう。そっちの方が実入り、安全も、将来性もある。

 それこそ、人材集めに熱心な蔡辺境伯なら喜んで厚遇するだろう。蔡家7将軍の中には、冒険者出身の神級魔力の将軍もいるくらいだ。

 どちらにせよ、ベテランの冒険者が集まるこの町、その中でも優秀な冒険者が泊まる宿でも、人材は居なかった。

 俺が、美麗や忠辰に出会えたのは幸運と言って良い。

 

 人材集めはあきらめると、俺は食堂に向かった。

 すでに、美麗や桜花に静香は浴衣に着替えて、食堂で待っていた。

 彼女たちの前にある円卓の机には、趙家領の名物料理がたくさん並んでいる。処せましと、この宿のフルコースが並んでいた。

 趙家風の辛そうな料理が多かったが、中には、この迷宮の町でしかお目に罹(かか)れない高級素材の魔物の肉なども並んでいた。


 美麗が、前世のうどんのような麺を炒めて、辛いタレをかけて食べる『趙麺』を前菜のようにペロッと平らげ、趙家領の特産の麻婆豆腐のように辛い『趙家豆腐』や、辛いスープの『趙家出汁』、北京ダックに似た『趙家烤鴨(こうおう)』などを美味しそうに食べていた。

 「美味しいですわ。どの料理も。辛くて堪りませんわ。」

 と艶めかしい表情で言いながら、額に汗をぬぐって、麺を頬張っていた。

 そして、極めつけは迷宮で獲れた『魔牛妖の霜降り肉』。

 一国の王や、大貴族の当主ぐらいしか食べられない超高級食材の肉が出てきた。

 癖が無くて、柔らかい、口に含むと溶けていくような美味しい肉である。

 美麗は、焼いた肉を一切れ口に含むと、目を閉じて味を噛みしめる。

 暫く、咀嚼して肉を『ゴクリ』と飲み込んで余韻に浸る。

 「・・・美味しいですわ」

 思いが漏れた言葉に、美麗の満足した気持ちが現れていた。

 それからも、次々に出て来くる美味しい料理を平らげ(ほとんど美麗が)、皆、満足して食事を終えた。

 美麗は、この細い体のどこに入るのは不思議なくらいの量を食べたが、全然平気な素振りで部屋に戻っていった。


 俺と公明、離梅の3名は、明日に備えて早く部屋に戻って床に就いた。

 暖かいベッドに入ると、なんだか不思議な気がする。

 確かに静香が言うように、偶にはこういった贅沢も良いもんだ。

 楊家が滅ぼされたあの日から今日まで、なんだか長かったような気がする。まだまだ、先は長いが、今日ぐらいは、ゆっくりと休もう。

 宿屋の暖かい布団にくるまって眠りに入るのであった。


 * * *

 ――カンカンカン。——カンカンカン。

 皆が寝静まる静寂な深夜。

 鐘を叩いた大きな音が、町中に鳴り響いた。

 俺は目を覚ますと、眠い目をこすりながら窓を開いて外を見た。

 すでに、公明も目を覚まして、俺と同じように外を見ている。

「公明。燃えているぞ。」


「はい、慶之様。《迷宮の扉》から魔物が出てきたようです。」

 燃えているのは、趙家軍が陣を敷いている方角だ。

 趙家軍が強固な陣を敷いていた。

 「あの陣なら、簡単に突破は難しいと思われますが。問題は魔物の数と質だと思われます。」

 公明が言う通り、千匹程度なら十分に、趙家軍だけで凌げるだろう。

 だが、【智陽】の大瀑布のように3千匹の数になると、あの陣では無理だ。

 それに、上級魔物の数にもよる。

 神級魔物や、王級魔物が出て来たら、趙家軍の装備では戦いにならない。


「規模はどれくらいか・・・、また、大瀑布といことは無いのか?」


「詳しくは分かりませんが、あの趙家軍の火の手をみていると、相当苦戦しているように見られます。もしかすると、【智陽】レベルの魔物が・・・。」

 公明は、《迷宮の扉》の方を睨みつけていた。

 【智陽】のような3千匹クラスの大瀑布が数日しか経っていないのに、再び発生するとは思えない。


「・・・獣魔王の奴め。懲りないな。」

 獣魔王の仕業としか考えられない。

 離梅に、桜花と静香それに美麗の3人を呼びに行かせている。

 趙家軍が魔物を防いでいるが、もし【智陽】級の魔物の襲来と考えれば、そんなに時間が稼げないだろう。

「それで公明、趙家軍のあの防御網ならどのくらいの時間が稼げそうだ。」


「趙家の防衛網はずいぶん強固ですが・・・、数にもよります。相手は魔物、せいぜい千匹程度なら趙家軍でも十分撃退は可能ですが。【智陽】に襲来した3千匹規模の魔物でしたら・・四半刻(約一時間)が良い所かと。それに、趙家軍の武器では上級魔物には、歯が立ちません。」

 公明は厳しい表情をしながら、《迷宮の扉》の方角を見ている。


「そうか、武器か。」


「趙家軍の武器は、貴族軍としては悪くは無いのです。下級魔物は問題ありませんが、特級魔力以上の上級魔物を相手にするとなると、歯が立たないと思います。」

 魔物の皮は頑丈で、通常の鉄の槍や剣で戦えるのは下級魔物までだ。

 上級魔物の皮は、鉄の武器では砕けてしまう。


「そうだな。趙家には、趙伯爵が持つ、ミスリルの『護国の剣』ぐらいしかまともな武器は無いだろう。」

 美麗もそうだったが、どんなに魔力や武術の腕があっても、武器が脆ければ上級魔物は倒せない。

 趙家軍の兵が使う鉄の武器では、上級魔物とは戦えない。

 上級魔物と戦うには、特級以上の魔物の素材の武器が必要だ。それでも、太刀打ちできるのは特級魔物ぐらい。それ以上となると王級以上魔物の素材、もしくは希少鉱物のアダマンタイトやミスリルの武器でないと魔物の皮は貫けない。


 ――バタン。

 部屋の扉が開く音がすると、静香たちが部屋に入ってきた。

「慶之。《迷宮の扉》の辺りで派手にやっているわね。きっと、獣魔王の奴よ。【智陽】で失敗したから、また、大瀑布を起こすつもりのよ。全く、懲りない魔王ね。嫌になるわね。」

 静香たちも、火が燃えているのを見て《大瀑布》規模の侵攻と見ていた。

 「それで、行くんでしょ。《迷宮の扉》に。今度こそ、私が神級魔物を倒して、経験値を上げるわよ。」

 静香は、【智陽】で経験値の獲得ポイントで桜花に負けたのが悔しかったようだ。


「わたくしも頑張りますわ。魔力能力の経験値と魔石、それに美味しいお肉を獲得しましょう!」

 美麗も動機は不純だが、やる気満々だ。


「そうだね。獣魔王の思いの通りにさせたくないよね。僕たちが、この町の人を守らないと。それに、この迷宮に来るまでの村が増えて欲しくないからね。」

 桜花も戦う気満々だ。

 戦う動機は一番まともに思える。

 あの、村々は酷かった。この迷宮に来る途中の村はほとんどが、魔物に襲われ、骨しか残っていなかった。まるで地獄を見た気持ちだ。この魔物たちが外に出せば、またあのような村が生まれると思うと放置はできない。


「みんなの気持ちは分かった。とにかく、《迷宮の扉》まで行こう。そして、趙家軍が苦戦しているようなら助ける。それで良いか。」


「そうね。趙家軍が戦っているのを出しゃばるのは宜しくないわね。」

 静香が答えた。


 「そういう事だ。それじゃ、行くか。魔物を退治に。」


「「「「「行きましょう。」」」」」

 皆の意見がまとまったようだ。

 俺たちは『移転魔法』を使って、『迷宮の扉』に移転するのであった。


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