第10話 大瀑布
慶之たちが食堂に入る少し前。
【智陽】の西門の城壁の上で、兵士が警備をしている。
警備と言っても、国境では無いので敵が攻めてくる事もない。時々、『魔物の領域』からはぐれた魔物が現れるくらいだ。
今日も平和に過ぎていく一日のはずだった。
雲一つない晴天で、兵士は、なにげなく外に視線をやった。すると、竜巻のような土煙が見えていた。
「おい、なんだ、あの土煙は。」
「どうしたんだ。」
暇そうな兵士も、釣られて城壁の外に目を移した。
「な・・・なんだ、あの土煙は、あれは竜巻なんかじゃない。あの土煙の下で走っているのは魔物じゃないか。」
目を凝らして、土煙を凝視している男が震えた声でつぶやいた。
「おい、おい、おい。あの数の魔物、見たことが無いぞ。百や二百じゃ効かないぞ。」
兵士の声がだんだん大きくなる。
「どうしたんだ。」
騒がしいので、隊長格の男がやってきた。
そして、兵士たちが指し示す方向を見て、大声を上げた。
「直ぐに、門を閉めろ。そして、魔物が襲来した鐘をならせ」
直ぐに兵士が城壁の下に走って行く。
「おい、早く、城門を閉めろ。魔物だ。こりゃヤバいぞ。あの数の魔物なんて見たことが無い。あの魔物の数は『大瀑布』級だ。」
兵士の声を聞いて、他の兵も門を閉めようと集まった。
すると、門を閉めようとする兵士の背中に、黒装束の何者かが現れた。
城門を閉めようとしていた兵士たちが一人、また一人と地面に倒れていく。
仲間が倒れるのに気付いた兵士は声を上げた。
「な、何をす・・・・。」
声を上げる途中で、その兵士も地面に倒れていった。
ほんの5分程度で、西門を守る兵士は何者かに全員が殺されていた。
城門の上も、下の城門の周りにいた兵士も全てだ。
そして、西門は開いたままだった。
* * *
店の外から聞こえた声は、逃げ惑う都市(まち)の人の声だった。
「魔物だ・・・。魔物が城内に侵入したぞ。逃げろ!」
「凄い数の魔物だ。逃げないと食べられるぞ!」
「西門だ!西門から魔物だ!逃げろ。やばいぞ!」
『魔物』という言葉を連呼している。
「おい、魔物が都市に侵入したらしいぞ。」
「本当か、こんな所に居たら、魔物に襲われるな。直ぐに逃げるぞ。」
店の客たちも騒ぎ始めた。
――カーン、カーン、カーン。
鐘の音が、街に鳴り響く。
魔物が襲来したと、危機を領民たちに知らせている。
店の客たちが、我先へと店の外に逃げ出した。
「私たちも、行きましょう。慶之。」
静香の掛け声で、俺たち5人も店の外に出た。
すると、西から東門に向かって人の流れが出来ていた。
「静香。この規模の城郭都市の城門が、そんなに簡単に魔物に破られるのか。」
この都市の門は、10mくらいはあった。
あの規模の門が簡単に魔物に突破されるとは思えなかった。
「そんな訳ないでしょ。でも、この鐘の音、魔物が城内に入ったのは確かよ。」
静香が言うなら待ちが無い。こういう時の静香は頼りになる。
俺は索敵魔法で、西の城門の周りを探知した。
「・・・けっこうな魔物の数だ。・・・千・・いや、3千の気配を感じる。」
「3千の魔物・・・?なにそれ。嘘でしょ。」
さすがの静香も3千匹の魔物の数と聞いて驚いたようだ。
人々が叫び声を上げながら東に向かって走っている。
「魔物だ。魔物が来るぞ・・・。」
「魔物がくるわ、はやく逃げて・・・。」
「お、お母さん。お母さん、おかあさん、うわああああああ・・・。」
外に出ると、悲鳴や叫び声、子供の泣き声が聞こえる。
――膝が震える。
逃げる人々の声が耳に入って恐怖が生まれる。
体が自然に逃げようとしていた。
「俺たちも逃げないと・・・。」
思わず口走った俺の手を静香が掴んだ。
「慶之、あなた何を言っているの。私たちが逃げてどうするのよ。」
桜花や美麗を見ると、二人とも戦う気満々だ。
静香も『魔法の鞄』から魔弾銃を取り出している。
「あっ。そうだな。そうだった。すまない。」
魔物の大群の襲来の恐怖で、思わず口走ってしまった。
今の俺は、昔の俺では無かった。俺は守られる側の人間ではなく、今は守る側の人間だった。
「まったく、しっかりしてよね。慶之は。『火の迷宮』に入ったら、この数の10倍じゃ効かない数の魔物を相手するのよ。これくらいちょっとした肩慣らしよ。そうでしょ、桜花。美麗。」
「そうだよ、子雲。せっかく相手の方から挨拶に来てくれたんだよね。ちゃんともてなさないと失礼だよ。」
桜花はニヤッと笑っている。
心から嬉しそうな表情だ。
「この武器を試すのには丁度良いわ。この魔槍が神級魔物の素材なら、遠慮せずに振り回すことが出来ますわ。それに、魔槍の力に慣れるチャンスね。」
美麗も風を切る音をさせながら、魔槍をクルクルと回している。
王級魔力の人間が、神級魔物の素材の武器を使う場合、低い方の王級魔力の力になる。
その為、今まで特級魔物の素材の槍で戦ってきた美麗は、2つも下のランクの魔力階級の力で戦ってきたのであった。
2人ともすでに戦う準備は出来ていた。
「それじゃ、俺たちで、【智陽】の魔物と魔石を頂戴するとしよう。それで、作戦はどうする。静香。」
「そうね。最初に目的の優先順位を決めるわ。一番の優先度が高いのは私たちの命。強い魔物が現れたり、数で圧倒されそうになったりしたら逃げるわよ。良いわね。次に優先度が高いのはこの都市(まち)の人々の命ね。できるだけ、この都市(まち)の人の命を救いましょう。そして、最後が魔石と素材。私たちは冒険者として、この都市に来たんだから、倒した魔物の素材と魔石はしっかり回収するわよ。」
さすがは、静香だ。
この優先順を間違えると、咄嗟の時に迷いが生じる。
特に俺は前世の感覚で、人の命を無条件に助けようとする。それで、大事な仲間の命が危険に晒されたり、もっと多くの人の命が失ったりするのは最悪だ。
俺は偽善者ではない。知らない人の命より、大事な者の命の方が大事だ。この世界ではその判断が咄嗟にできないと後悔する事になる。
「そうだな。静香の考えで問題ない。」
「それと、各人の役割だけど。まず、最大戦力の桜花は数の多い西に直進ね。西門を確保して。そして、慶之は北西の魔物を退治して西門で皆と合流。美麗は南西を回って、慶之とは反対周りで魔物を倒して西門で合流。最後に私だけど、中央の広場に防衛ラインを張って、魔物をくい止めるわ。あなた達が討ち漏らした魔物が東に向かわないようにするわ。はい、何か質問はあるかしら。」
限られた情報でとっさに判断した作戦だが、文句の言いようのない内容だ。
静香の事を見直した。戦いに慣れている。
「防衛ラインって・・・、なんだ。」
「まぁ、中央の公園広場から南北に壁を築くの。その壁で、魔物が東に行けないように食い止めるのよ。その壁が防衛ラインよ。何としても、私がその防衛ラインで魔物の侵攻を食い止めるわ。あなた達は一匹でも多くの魔物の数を減らして頂戴。良いわね。」
「「「分かった。」」」
俺たちは静香の言葉に頷いた。
「それと、倒した魔物は、絶対に魔石を回収して頂戴。珍しい魔物の素材も忘れないでね。面倒だったら、とにかく倒した魔物は『魔法の鞄』の中に放り投げなさい。」
ここでの魔石も失う訳にはいかない。一つでも多くの魔石、特に特級魔力以上の魔石を持ち帰れば、それだけ俺の『復讐』の成功確率が上がる。
これが魔力を得てからの俺のデビュー戦のような物だ。魔物への恐怖を押しのけ、戦う覚悟を決めた。
(狩られるのは魔物。お前達の方だ。逃げるしか出来なかった俺は居ない。)
目を閉じて自分の魔力を感じる。
すると体が熱くなり、体の中で何かが動き回る。魔力がどんどん大きくなっていく。
「それじゃ。俺は、北東だな。」
「僕は西のようだね。腕が成るな。」
隣で、桜花は魔刀を鞘から抜いて、魔力を刀に籠めていく。
美麗は嬉しそうに、手に持つ魔槍を眺めると。
「私は南西ですわね。まぁ、この魔槍は良いですわ。」
彼女は、魔槍をクルクルと振り回した。
「本当に、手に馴染みますわ。重さもしっくりきます。素晴らしいですわ、この魔槍。」
俺、桜花、美麗の3人は静香の指示に従って、それぞれの方向に走りだした。
そして、残った離梅に静香は声をかけた。
「それと、離梅。あなたは、ここで魔石と素材の回収をお願いするわ。3人が討ち漏らした魔物は私が倒すわ。私が築いた防衛線から東には絶対に行かせない。とにかく、離梅は私が魔物を倒したら、魔石と素材の回収をお願いするわ。」
「分かりました。静香様。」
右手に魔弾銃を持って、防衛線を作り始めるのであった。
俺は、静香の指示に従って西北に走った。
東に向かって逃げる人たちと擦れ違う。
まだ、逃げ遅れている人々が大勢いた。その逃げ惑う人々を魔物たちが襲う。
魔物の叫び声に震えながら、命からがら逃げるのであった。
人々の逃げる流れに逆走しながら、俺は魔法を発動していく。
今、使える魔法は12個。
まずは、『索敵』魔法を発動した。
もの凄い数の魔物が直ぐ近くにいる。
後方から来た魔物が、先頭の魔物を追い越していく。先頭の魔物が人を襲っている間に、後方の魔物が次々に前に出てきている。魔物の進む速度が墜ちていない。
(まずいな・・・このままだと、直ぐに東側に逃げた人も魔物に追いつかれる。)
走りながら、『身体強化』魔法を発動させた。
体が軽くなり、力が溢れ出る。これで俺の身体能力は数倍にも上がった。攻撃魔法が使えない俺は、接近戦で魔物と戦う。この『身体強化』魔法で腕力や脚力を上げ、刀の攻撃力を高める。
次は、『神速』魔法を発動させる。
すると、周りの動きが遅くなった。
『神速』魔法は自分の流れる時間を他より早くする魔法だ。周りから見ると、目で追えない速さで、俺は動いている。逆に、魔法を発動している俺から周りを見ると、動きがゆっくり過ぎるくらい遅く動いているように見える。
(これだけの魔法を発動すれば、大丈夫な・・・はずだ。)
でも、まだ心配だ。
今まで何度も桜花と実戦を想定して修行を積んできた。それこそ、魔物よりも数百倍強い桜花が相手だ。一日に何回も死ぬ思いをした。
(大丈夫、大丈夫、大丈夫。俺は桜花の訓練に耐えたんだ。昔の俺とは違う。力を得たんだ。戦えるはずだ。)
自分を鼓舞するが、心では『修行と、実戦とは違う。』と囁く自分がいる。
(逃げるな、逃げるな、逃げるな。俺は戦える。)
恐怖で足がすくみそうになるが走り続ける。
(魔物がもうすぐ近くだ。)
魔物の姿が見えた。
『神速』魔法の効果のおかげで、魔物の動きが遅い。遅すぎるくらいに襲い。まるでスローモーションのように動いている。
逃げる親子を後ろから掴もうとする熊の魔物の首を斬る。
熊の魔物の首が斬れて、地面に着地する前には、他の魔物に向かっている。
目の前の魔物は蛇の姿をした魔物だ。
口の中に人間を咥えている。今、まさに呑み込もうとしていた。
蛇の首が膨らんでいる部分の手前を刀で切断した。
地面に着地して振り返って暫く魔物の蛇を見ていると。
緑の血を噴き出しながら切断された首の上が地面に落ちた。そして、地面に落ちた切られた首が動くと、中から中年の男が現れた。
蛇の魔物に呑まれた人が生きていたのを確認すると、次の魔物に向かった。
(戦える。十分に戦える。)
2匹の魔物を倒した俺は興奮していた。
ただ、戦うというより、魔物の動く速度が遅いので、スローモーションで動いている魔物を刀で切断するだけだった。
そして、魔力を籠めて虹色の魔力色で光る刀の切れ味が凄まじく良かった。
大した力を籠めずに、豆腐のように魔物の首が落ちていった。
なんだか、今までの自分では無いかのような、速度、筋力、脚力で動いているのが不思議なくらいだ。
とにかく、今の俺は魔物と戦える。
だったら、一人のでも多くの人を助けたい。俺は『索敵』魔法を使って、人を襲っている魔物を集中的に探した。
探知魔法が、人を襲っている魔物を探知した。
『神速』魔法を駆使して、その場に急ぐ。
――魔物が見えた。
10匹くらいの小鬼(ゴブリン)が武器を持って親子を襲っていた。
(小鬼か・・・)
ゴブリンがこちらに気づいて視線を向ける。
(ずいぶん遅い。遅すぎる。)
『神速』魔法を発動している俺には、小鬼の動きはスローションのように見える。
『身体強化』を発動の効果で大きく跳躍して、小鬼に魔刀を振り下ろした。
小鬼の首を魔刀で容易に斬り裂いた。
首が地面に落ちる前に、次の小鬼。そしてその小鬼の首を斬ると、次の小鬼。
目で追えない速さで、次々に小鬼の首を狩っていく。
――ボトン。——ボトン。——ボトン。
――バタン。——バタン。——バタン。
林檎が木から落ちるように魔物の首が落ちていく。
一瞬で、辺りの一帯の小鬼は首を失っていた。
そして、首が連続して地面に落ちる音が鳴っていく。少し遅れて、首を失った小鬼の体が次々に倒れていく音も続く。
小鬼に追われていた親子は、ただ驚いていた。何がおこったのか分からない状況だ
「早く、東だ。東に逃げろ。
俺の声ではっと気づくと、親子は俺にお礼を言って東に走って行った。
俺は周りに転がっている小鬼を見回した。
正直、自分自身の力に驚いた。
「・・・これが、今の俺の力なのか。」
息も乱れていない。
ただ、全速力で魔刀を振り回しながら、小鬼の横を通り過ぎただけだ。
今まで、桜花としか戦って来なかったので気がつかなかったが、俺は確実に強くなったと自信をもった。
「そう、そう。魔石を回収しないと、静香に怒られるな。」
倒れた小鬼から魔石を獲った。ほとんどの小鬼から魔石を回収できた。首を落としたので魔石は傷ついていない。魔石は心臓の少し下にあるので、体を傷つけると、魔石を砕いてしまう可能性があった。
転がっている小鬼の死体から魔石を取り出すと、『魔法の鞄』に放り込む。
そして、俺は再び、魔物の群れに向かって、飛び込んでいった。
* * *
「これじゃ、相手が弱すぎて、僕の修行にならないね。」
桜花は『神速』魔法を発動していた。
『神速』魔法を発動した桜花の姿を目で追う事は並みの人間には難しい。
桜花は子供の頃から魔力を持っていたが、『神速』の魔法は使えなかった。
『神速』魔法を覚えたのは、姜馬の修行のおかげだ。
以前、魔法陣を姜馬から見せてもらったが、『神速』魔法は発現しなかった。魔法が使えないのは当たり前で、魔法陣を見ただけで魔法が使えるのは姜馬ぐらいであった。
ただ、姜馬が見て見ろと言って、『神速』の魔法陣を見せてくれたので興味半分に見ただけであった。
実際に、彼女が『神速』魔法が使えるようになったのは、魔法陣を見せてもらってからずいぶん後だ。実際、魔法陣を見たのが影響かすら分からない。
姜馬との修行中に、突然、無機質な声がして、頭に魔法陣が浮かんだのである。そうしたら、『神速』魔法が使えるようになっていた。
この魔法は、使える者が滅多にいない希少な魔法である。
桜花は魔法の天才だった。
彼女が凄いのは、それだけでは無かった。
姜馬から『北辰一刀流』を学び、免許皆伝まで持っていた。
むしろ、彼女の力の本髄は、魔法ではなく接近戦の刀の技である。
彼女は魔法の天才であり、『北辰一刀流』の後継者。
まさに、上位の力を持った戦士であった。
そんな彼女は俺たちの中で一番の戦力なのは当然だ。
一番、魔物が集まっている西門に向かって走って行く。
先の方から、魔物に襲われえている人々の声が聞こえた。
「きゃあ、助けて。」
「殺さないでくれ、うわぁ・・・。」
「ぐるな~、頼むから、来ないでくれ!」
泣き叫ぶ人たちを、魔物たちはお構いなしに鋭い爪で引き裂き、牙で頭を嚙み砕いた。
中には、人の背中に跳び上がって、そのまま首に噛みつく魔物もいた。
都度、周りに血が飛び散った。
人々は自分の事で精一杯だ。魔物に襲われる者にかまう余裕すら無く、必死逃げた。
「わああぁぁぁん。お、おかあさん。・・・助けて。」
地面に転んだ子供が泣き叫ぶ。
大きな熊の魔物の魔熊妖(まゆうよう)が子供の頭を掴もうとする。
慌てて、母親が救おうと子供の上にかぶさる。魔熊妖は子供では無く、母親の頭を掴もうとした。
その時、清涼な風が吹いた気がした。
――ボトン。
音がした。何かが地面に落ちる音だ。
落ちていたのは腕だった。母親を掴もうとしていた魔熊妖の大きな腕だ。
気づくと、桜花が子供を抱えた母親の前に立っていた。
「もう、大丈夫だ。僕が来たからね。」
「うあぁぁぁぁぁん。」
母親が抱えた子供が、地面におちた魔物の大きな腕を見て泣き出した。
「困ったな。泣かせちゃったかな。」
「すみません。ありがとうございます。救って頂き、ありがとうございます。」
子供の母親の母親が頭を下げてお礼を言った。
「早く逃げた方が良い。」
桜花はそう言って跳躍すると、腕を失った魔熊妖の首を斬り落とした。
――ズドン
魔熊妖の大きな巨体が地面に倒れた。
母親は候景を見て、放心したように驚いていた。そして、はっと気づくと泣いている子供を抱えて、お礼を言うと東に向かって逃げていった。
「ひとまず安心。さぁ、だいたいの人は逃げたかな。それじゃ、始めようか。」
魔物に襲われていた人の救出はだいたい終わっていた。
目線を西に向けると、数えきれないほどの魔物がうじゃ、うじゃと門を潜って城内に入って来る。
桜花はニヤリと頬を緩める。
「これからは、殲滅の時間だね。」
たぶん、この辺りには、千から2千匹の魔物が群がっている感じだ。
桜花が嬉しそうにつぶやくと、姿を消した。
そして、風が吹くと、その風に吹かれて魔物の首が舞うのであった。
* * *
「さぁ、この魔槍を試す機会ですわ。ほどほどに頑張りますか。」
美麗の目の前に、はたくさんの魔物が屯っていた。
今までの美麗であれば、怯むほどの魔物の数だ。
そう、今までの自分であれば、この数の魔物との戦いは避けていた。戦いたいとは思うが、槍が持たない。それに、槍が魔物の皮を貫通できなかった。魔物の皮に弾かれてその後は成す術が無かった。
だから、戦えなかった。
今、手にある慶之から借りた魔槍がどこまで戦えるかは分からない。
槍を持った手の感触からは、相当いけるはずだ。
一番斬れ味が良いと言われる神級魔力の鬼蟷螂の鎌を素材とした魔槍と言っていた。もし、それが本当であればアダマンタイトの剣と同等の切れ味のはずだ。
(この槍で思う存分、自分の力を試してみたい。)
美麗は『槍姫』の2つ名を持つ槍の名人である。
武人として、自分の力を試してみたいと思う気持ちが沸々とたぎっていた。
槍をクルクルと振り回して、手に馴染むのを確認する。
「行くわ。まずは、手前の一体を叩くわ。」
魔物の群れから、美麗を見つけた大きな鼠の魔物が彼女を襲おうと近づいてくる。
それは、まさにカモが向こうから狩られにやってくる姿であった。
美麗は魔槍の大きさを長い槍に変形させた。
そして、美麗の馬鹿力で思いっ切り、横薙ぎに振り払った。
大きな鼠の魔物だけでなく、辺り一帯の魔物が5匹ほどの体が宙を舞った。
中には、皮の硬い犀の魔物も体が真っ二つに斬り裂かれていた。
手の感触からは、硬い魔物の皮を斬った感じはしない。ただ、5匹分の魔物を持ち上げた感じはしたが、腕力に自信のある美麗にとってはどうってこと無かった。
――ズドン、ズドン、ズドン・・・・。
斬り裂いた体が宙を舞って地面に落ちていく。
たった一振りで、5匹の魔物の体を斬り裂いたのだ。今までなら、一匹でも苦労をしていた相手だ。特にあの犀の魔物の皮は、今までの槍では貫通せずに砕けていただろう。
「快・感ですわ。なんてすばらしい槍なのでしょうか・・・この魔槍は。この魔槍なら、この数の魔物でも、怖くはありませんわね。」
(それにしても、これだけの魔槍を簡単に貸してくれる慶之が何者なのだ・・・)
美麗は改めて考えた。
これだけの魔槍がいくつも持っていれば、楊公爵家が簡単に蔡家軍に滅ぼされるはずはないと思ったからだ。それに、神級魔力の武人がここに2人もいるのもおかしい。きっと、2人は大陳国の人間ではない。なぜなら大陳国の神級魔力の騎士は9人。その内の6人は蔡辺境伯の手の者。残り3人の神級魔力の騎士もこんな場所にいるはずがない。
そんな事を考えていると、次の魔物が近づいてきた。
なにせ、この辺りの魔物の数は多い。
(まぁ、いいか。その内、分かるわ。どちらにしても慶之は私たちの敵では無さそうだし。とにかく、今はこの魔物たちに集中ね。)
再び、大きくなった魔槍を振り回すと、さっきよりも多い10匹くらいの魔物の首が吹き飛ばされた。
「胴体より、首ね。首の方が重たくないし、魔物の魔石も壊さないですみそうだわ。」
美麗の体は華奢だが、怪力の持ち主だ。
槍の達人と言われるのは、洗礼された槍の技だけでなく、その力も大きく貢献している。
軽く100㎏の槍をふるう怪力を持っていた。
「あら、あれ、特級魔物の魔(ま)牛(ぎゅう)獣(じゅう)じゃない。ツイてるわ。高級食材の魔牛獣の肉をゲット!今日の晩御飯はあの肉ね。」
美麗の思惑など知らずに、魔牛獣は斧を持って突進して攻撃してくる。
2足歩行で武器を持って戦う魔牛獣は、魔力階級も特級で今までの下級魔力の魔物とは違う。両手に斧を持って、こちらに突進してくる。
あの頭の角が刺さったら、串刺しだ。角に刺さらなくても、あの勢いの体当たりなら吹き飛ばされてしまう。
だが、美麗にとっては、魔牛獣もただの晩飯のおかずに過ぎなかった。
魔牛獣の角が目の前に迫った瞬間、美麗は空に跳び上がった。
そして、跳び上がって魔牛獣の頭上から、下に向けて魔槍を突き刺す。
魔槍は見事に、魔牛獣の頭を上から串刺しにしていた。
魔牛獣の目の色が赤から白に変わり、その場に体が倒れた。
「はい、これで晩御飯をゲットですわ。それに自分で倒した魔石は私の取り分ね。それにしても、本当にこの魔槍の切れ味は凄いわ。あの硬い、魔牛獣の頭蓋骨を貫くなんて・・・。あ、あそこにも魔牛獣がいるわ。おいしそう・・・じゃなくて魔石よ、魔石。」
美麗はそう言うと、食欲と魔石を獲得する目的の両方を満たす魔牛獣を追いかける。
今までは、槍が砕けないように硬い皮の魔物との戦いは避けていた。
どんなに美味しそう・・・違った、どんなに弱い獲物でも皮が硬いと槍が砕けてしまう。そう思うと、戦いを避けるしかなかったのだ。
美麗は御馳走である魔牛獣に追いつくと、いとも簡単に首を落として、ニタッと微笑んで『魔物の鞄』に回収するのであった。
* * *
――ダン、ダン、ダン、ダン。
魔弾銃の銃声が鳴り響く。
静香の魔弾銃が音を上げるたびに、魔物の死骸が積み上がる。
「ああ~、弱い魔物ばかっじゃない。これじゃ、経験値にもならないわね。」
『魔弾銃』は、魔力を弾丸にして相手を倒す武器だ。
この世界にも、前世の銃と同じ『実弾銃』は存在する。
だが、メジャーは魔弾銃で、実弾銃は稀にしか使われない。
なぜなら、実弾銃はコストがかかり過ぎて、持ち運びが大変だ。
火薬や弾丸の費用。それに弾丸を持ち運ぶ必要もある。弾を銃に装填する必要もある。
対して魔弾銃は、魔力の弾を使う。
魔力なので、火薬や弾丸の費用も掛からない。弾丸を持ち運ぶ必要もない。魔弾を魔弾銃に装填する必要も無い。
実弾砲を使うのは、魔力の無い者が戦う場合や、籠城戦の場合が多い。
「あら、また来たわね。」
――ダン、ダン、ダン、ダン。
今度は、10匹近い魔物が、桜花の所をする抜けてやって来た。
一発で、魔物の額に命中させて倒していく。
静香の銃の腕は、達人級だ。
遠くても、魔弾が届く射程範囲なら、必ず思った所に命中させる。
それに、凄いのは静香の腕だけではない。
使っている魔弾銃も優れモノだ。
彼女の使用している魔弾銃は、『聖の魔弾銃』と呼ばれる大聖国の宝具の一つ。
なにが凄いかと言うと、威力と飛距離だ。
本来、魔弾銃では下級魔力の魔物しか倒せない。
特級以上の魔物や鎧騎士を倒すには、魔弾砲という前世の大砲級の威力を持った武器でないと、特級以上の魔物の皮や、鎧騎士の装甲は貫けない。
だが、静香の『聖の魔弾銃』の威力は特級魔物、時には将級魔物の皮も貫いた。
これには、魔弾銃で戦う者には驚きだ。
魔弾砲は威力は凄いが、それだけの威力の魔力を充填するのに時間がかかった。
普通の魔法使いであれば、10分程度は必要だ。
連射が利かないのだ。
その10分のうちに、特級魔力以上の魔力を持った魔物が襲って来たらやられてしまう。
その点、静香の『聖の魔弾銃』は連射が利いて、威力が魔弾砲並みと信じられない力を発揮する。
さすがは大聖国の宝具だ。
――ダン、ダン、ダン、ダン。
再び、近づいてくる魔物を連射して倒していく。
粗方の魔物を倒し尽くすと、他に魔物がいない事を確かめた。
そして、静香は地面に手をつけた。
「フン。」
地面につけた手に魔力を籠める。
ここは、【智陽】の中央にある大きな広場。
魔力を籠め続けると、土魔法で北に向かって一直線に、地面が隆起していった。
北の城門に向かう道の地面が隆起して、壁に変わる。
中央の広場から、北門まで高さ5mくらいの簡易的な壁が出来上がった。
「次は南ね。フン。」
同じように、地面に手をついて魔力を籠める。
今度は、南に向かって道の地面の土が盛り上がっていく。地面が隆起して、南門まで一直線に壁が走って行くように見える。
「まぁ、こんなところね。」
南北を分断した壁の中央を盛り上げて、塔のように周りを見回せるように高くした。
その塔の下には門が作ってあった。東に抜ける門だ。
彼女はその塔の上に立って、西を見下ろした。
「来たわね。」
西から魔物が5匹、こちらにやってくる。
前には、この街の人たちの逃げる姿が目に入った。
彼女は、直ぐに『聖の魔弾銃』を握って、照準を合わせた。
――ダン、ダン、ダン、ダン。ダン。
引き金を引いて連射する。
5匹の魔物が、突然その場に倒れた。
追い駆けられる人たちは、恐怖で魔物が倒れたのにも気づかず、必死に走っている。
「「「「「「なんだ、これは。」」」」」」
そこには、今まで見たことの無い5mくらいの高さの壁があった。
その門が、彼らの行く道を阻んでいた。とても超えられそうにない。
逃げていた人たちは焦った。
思わず、『ここで終わりか。魔物に追いつかれる』と思って声を上げたのであった。
「大丈夫ですよ。後ろを見てください。魔物は倒しました。早く、あそこまで走って逃げてください。あの門から東に逃げられます。」
逃げる人々に声をかけたのは、鍾離梅であった。
彼は、静香が立っている塔の下の門を指差した。
追いかけられていた人々は落ち着いて後ろを確認すると。そこで初めて、魔物が後ろの方で倒れているのに気がついた。
逃げていた人たちは恐怖で、後ろを振り返る余裕など無かったようだ。
「た、助かったぜ。あんたが、あの魔物を倒したのか。」
逃げていた人たちを代表して、ガタイの大きい冒険者風の男が頭を下げた。
「私は、何もしていません。ただ、魔物の素材と魔石を回収にきただけですから。倒したのは、あそこの門の上の塔に立っている冒険者の方ですよ。」
「そ、そうなのか。もしかして、この門もその冒険者が作ったのか。」
「はい、そうです。あの方たちは神級魔力の冒険者です。魔物が、ここから東に行かないよう、土魔法を使って防衛壁を築いたと言っていました。」
「そ、そうなのか、これは防衛壁なのか・・・。」
ガタイの大きい冒険者風の男は、南北に一直線に広がる壁を見て唖然とした。
これだけの壁を、一瞬に作り上げる土魔法なんて聞いた事が無いと驚きの表情だ。
「とにかく、早く行ってください。あの門へ。」
離梅は、再び門を指差した。
「あ、ああ、分かった。行くぞ、みんな。」
ガタイの大きい冒険者風の男は、逃げる人たちを引き連れて走って行った。
* * *
その頃、俺は容易に魔物を倒した自分に驚いていた。
(俺が恐れていた魔物は、こんなに弱かったのか・・・。)
『神速』魔法の次に、『瞬歩』の魔法を使ってみた。
『瞬歩』は自分が見た場所に瞬間移動する魔法。
この魔法は近接戦で使えると、桜花に徹底的にしごかれた魔法でもある。
『瞬歩』を使って、魔物の前に瞬間移動したと同時に刀を振り下ろす。
そこには、俺が屠(ほふ)った魔物の姿があった。
突然に現れた俺に反応できずに、よそ見をしたままの魔物の首を俺の魔刀が斬り裂いた。
緑の血が噴水のように溢れ出す。
その返り血を浴びる前に、次の魔物に向かって『瞬歩』で移動した。
そんなことを繰り返して、10分程度の間、目に入った魔物を倒しまくった。
気付くと、辺りには数百体の魔物の死骸が転がっていた。
「ふう、ずいぶん倒したな。」
少し疲れた。
「あと、素材と魔石の回収か・・・。あ~あ、本当に面倒だが、仕方がないか。」
休んでいる暇はない。
早いとこ倒した魔物の素材と魔石を回収して、次の魔物を倒さなければならない。そして、桜花や美麗、静香の応援に行ってやらねばならない。
面倒と思いながら、一体ずつ魔物の素材と魔石を掴んでは、『魔法の鞄』の中に放り投げていく。
これも大事な冒険者としての仕事である。
「た、・・助けて!」
(北の方から声が聞こえたような気がした。・・・)
小さすぎて、勘違いか思うほどの声の大きだ。
耳を澄ませると。
「助けて!娘を、誰か・・・、娘を。」
今度は、女性の声がはっきり聞こえた。聞こえたのは北の方だ。
(この辺りの人は、既に逃げたと思っていたが・・・、逃げ遅れた人がいたか。)
俺は、『瞬歩』を連続発動して、急いで北へ向かって急いだ。
「誰か・・・!」
やっと、声がはっきり聞こえる場所に辿りついた。
そして目に入ったのは、子供を抱える母親の姿であった。
魔物に睨まれて、恐怖で地面に座り込んでいる。
「あの虎の魔物は、王虎か・・・。あの神級魔物の王虎か。」
相手が悪かった。
今までの雑魚の魔物と違う。
神級魔物は、神級魔力の魔法使いでも簡単には倒せない強敵だ。
教団の神級魔力の魔法使いでも、神級魔物を倒すなら、事前に作戦を考えて、罠を張り、複数人で攻撃して、やっと倒せるかどうかの魔物である。
なかなか倒せない最大に理由が、神級魔物が張る結界だ。
神級魔物たちは、独自の結界を張る。
その結界は、神級魔力を持った騎士でも簡単には破壊できない。
その上、神級魔物は空を飛ぶことはできるし、複数の魔法を並列発動することも出来る。人間の神級魔力の魔法使いよりも圧倒的に魔法の力が強いのだ。
「マジか・・・さすがに相手が悪いな。・・・だが、あの親子を見殺しにはできない。」
王虎は口を開いて、母親の頭を子供事、喰いかかろうとしていた。
睨まれた母親は腰が抜けたのか。震えて立ち上がることも、逃げ出すことも出来ない。ただ、地面に座って、助けを呼んでいる。
「おい、助けに来たぞ。」
大声で叫ぶのと同時に、俺の体は動いていた。
王虎も、母親の頭を喰らおうと、口を大きく開けて動いた。
(・・・間に合うか・・・。)
王虎と俺がほぼ同時に動いた。
――カキン!
何かが、ぶつかり合う音がした。
「なんとか。間に合ったか。」
『瞬動』で動いて間に合ったようだ。
俺が張った『結界』が王虎の牙を弾いた。
(本当に、間一髪だった。)
王虎は牙が結界に弾かれて、何が起きたか分からず、結界に喰らいついている。
結界の中から見えるのは、王虎の口の中だ。
大きな牙で、ガツン、ガツンと結界を砕こうと噛みついている。
だが、虹色の魔力色の『結界』はビクともしない。
魔力階級が上の者が張った結界は、魔力階級が下の者では簡単に砕けない。同じ魔力階級でも同じだ。結界を砕くのは簡単では無かった。
よほど破壊力のある魔武具で攻撃するかしないと、結界にヒビも入れられない。
ただ、結界の最大の弱点は莫大な魔力の消費量だ。
普通の魔法使いなら30分・・・長くても1時間。
それ以上、結界を張り続けたら、普通の魔法使いなら魔力を枯渇してしまう。
俺の結界がどこまで持つか分からないが、このまま結界を張り続けるつもりは無い。
「大丈夫か。」
「は、はい。ありがとうございます。」
母親は、恐怖で閉じていた目を開いて、俺に礼を言った。
だが、まだ魔物の脅威は去っていない。
結界の中から見える王虎の口の中を見て、顔を引きつらせ、子供を強く抱きしめている。
「そうか、良かった。」
(とにかく、この親子を助ける事はできたが・・・。)
王虎は、牙だけでなく爪も立てて、――ガンガンと結界を叩く。
美味しい獲物を食べ損ねて、当然現れた結界に怒りだしたようであった。
ただ、いくら激しく叩いても、結界にはヒビすら生じない。
ついに痺れを切らして、結界から距離を取った。
そして、今度は口から『虎の咆哮』の魔法攻撃を行う・・・が、やはり『虹色の結界』はビクともしない。
『虎の咆哮』は火属性の火炎放射器のような攻撃魔法だ。
虎の咆哮を放つと同時に、火魔法を発現して攻撃を行っている。
王虎は『虎の咆哮』が『結界』に効かないと分かると、今度は勢いよく体当たりで攻撃するが、やはり結界は微動だにしない。
再び、王虎が口を開いて、結界に牙を立て喰い破ろうとする。
「ひぃっ。」
結界の中から、王虎の口の牙を見て、母親は思わず悲鳴を上げた。
「大丈夫だ。この結界が壊れない。」
悲鳴を上げる母親に声をかけて落ち着かせる。
ただ、正直、俺もビビっていた。結界の内側から見る王虎の口は迫力が違う。
神級魔物が、口を開いて食べようとしているのだ。昔の俺だったら、震えて声も出なかっただろう。
母親が叫ぶのも不思議じゃない。
むしろ、母親の胸の中で黙っている子供の方が肝が据わっている。
母親に声を掛けると、なんだか自分も冷静になり、今の状況を観ることできた。
「お母さん。私たち食べられちゃうの?」
今まで黙って、恐怖に耐えていた女の子がつぶやいた。
視線を女の子に向けると、不安そうな表情で母親を見ていた。
「大丈夫よ。強い冒険者さまが助けてくれるわ。」
母親がそう言うと、女の子は泣くのを我慢するような表情で俺の顔を見た。
「冒険者のおにいちゃん。ありがとう。助けてくれて。」
「ああ、俺はまだ早いが、大丈夫だ。俺が絶対に助ける。」
女の子の顔は、前世の死んだ妹に似ていた。
今度こそは、何としても助けるんだ。俺は心に誓った。
俺は結界を展開したまま、右手で腰の鞘から魔刀を抜いた。
姜馬が旅立ちの際にくれた魔刀だ。
若い頃に姜馬が使っていた名刀だと言っていた。
「魔物よ・・・、お前は、俺が倒す。狩るのは俺だ!」
王虎は口を開けて、牙で結界を砕こうと噛みついている。
俺は結界の中で、右手に魔刀を持って構えた。
そして、結界の中から、王虎を目がけて、突き刺すように魔刀を掲げた。
魔刀が結界の中に触れる瞬間、俺は結界を解除する。
牙で噛み砕こうとしていた結界が消えると、自然に、王虎の口の中に魔刀が吸い込まれるように入っていく。
そのまま、魔刀は大きく開いた王虎の口を突き刺したのであった。
魔刀が王虎の口から頭を貫き、口から緑の血が噴水のように溢れ出る。
王虎はピクッと震えて動きが止まった。
「ずいぶん、あっけないな。」
思わず口から言葉が漏(も)れた。
本来、神級魔物は『結界』を展開する。『結界』を展開されたら、俺でも倒せるか分からないが、今回は攻撃されている隙をついて上手く倒すことが出来た。
まさか、王虎も突然に結界が消えると思っていなかったようだ。
間抜けな顔で口を開けたまま、魔刀で突き刺されたのた。さすがに口の中には結界は張れずに、神級魔物が一突きで撃沈した。
目の色が赤から白に変わり、魔刀で支えていた王虎の体を「ドサッ」と地面に落した。
地面に座り込んでいた母親は、隣に巨大な虎の魔物が転がったのを見て驚いた。
引き攣っていた顔の表情が、安堵感に変わっていく。
倒れた魔物をまじまじと見て、信じられないような顔をしていた。
「あ、ありがとうございます。」
母親が何度も、何度も頭を下げて、お礼を言う。
俺は母親の手を取って立たせた。
「大丈夫か。安全な所まで、送ろう。」
母親も、だいぶん落ち着いたようだ。
「お兄ちゃん。ありがとう。」
女の子も、俺に礼を言う。
(今度は、妹を・・・いや女の子を助けられて・・・良かった。)
俺は、女の子の頭に手を置いて、頭を撫でる。
「救ってもらったのは俺の方だ・・・いや、何でもない。」
親子を『瞬歩』で魔物がいない場所まで運ぶと、東に逃げるように言った。
『俺は、やっと守りたい者を守れる力を得たようだ。』
心の中でつぶやくと、更に魔物を探しに西に向かうのであった。
* * *
岳光輝 大梁国 岳家領
「光輝様、男爵様とのお話は如何でしたか。」
忠辰は部屋に入ると、部屋に戻ったオレに父上との話を尋ねてきた。
ちょうど男爵である父上と話しをしてきた所だった。
「ああ、国王が、とうとう死んだそうだ。」
「そうですか。それで、後継者はどうなったのですか?」
「後継者を指名しないで、ご逝去された。」
「・・・荒れますね、これから、この国は。」
国王は、数ある王子から、大梁国の後継者を指名しないで死んだ。
忠辰が言う通り、大梁国はこれから荒れのは間違いない。
家臣たちは、王に後継者の指名を願ったが、王は頑なに、後継者の名を口にしなかった。
噂では、貴族たちの言いなりたくないので後継者を指名しなかったと言われている。本当かどうか定かでは無いが、確かに王は政治から目を反らしていた。
この大梁国は王権があまり強くなかった。王権を凌ぐ5大貴族が、病弱な王の意向を無視して、政治を壟断していた。
そして、王位継承問題もその一つであった。
暗愚な第一王子は南の雄である李伯爵家が。
魔力に秀でた優秀な第2皇子は西の雄をの白辺境伯が後ろ盾となっていた。
ほかにも、後継者は何人もいたが、本命はこの2人だ。
李伯爵も、白辺境伯も自分の娘が産んだ王子を新王にすべく躍起になった。
だが、貴族に反抗した王は、最後まで後継者を指名しないで逝去したのである。
「まぁ、想定の範囲内だ。これから、この国は荒れる。誰も守ってくれないだろう。だから、オレがこの国を守るつもりだ。ただ一つだけピースが埋まらない。このピースさえ埋まれば・・・。」
そのピースとは、鎧騎士を作る職人だ。
岳家領の領都【岳陽】は魔道具づくりで有名な都市である。
魔道具職人の中で信頼がおける者に命じて、鎧の開発を研究させているが、完成の目途は経っていない。
鎧となると、魔道具と違って精密な技術が必要とされる。どうしても、魔道具職人だけの力では、鎧が作れるようになるまでには一朝一夕ではいかない。技術者の育成にどうしても時間がかかる。
既に、魔石や魔物の素材は豊富にあるのだが、鎧職人だけが不足していた。
「それで男爵様の話は、王の逝去だけでしたか。」
忠辰は更に次の展開も予想していた。
「いや、白辺境伯が西の軍を王都に動かすと、寄子の貴族に号令を出した。忠辰の見立て通りだ。」
岳家領は大梁国の西北に位置する。
西の大貴族の白辺境伯と、北の大貴族の周伯爵の間に位置しており、寄子は白辺境伯になっている。
白辺境伯は国王の逝去を知って、第2皇子を擁立すべく貴族軍を動かすらしい。
想定通りだが、動きが予想より早かった。
「西の国境の守りは薄くなりますが。西には大秦国が虎視眈々とこの国を狙っているのは、白辺境伯も知っているはずです。」
「ああ、それなんだが、白辺境伯は、大秦国と不戦協定を締結したと貴族に出した号令に書かれていたそうだ。」
「・・・あの大秦国の秦王が、不戦協定ですか。有り得ませんね。」
忠辰は七光聖教の情報を司る『藍の一門』にいたので、大秦国の事は良く知っている。秦王の情報も掴んでいるようで、秦王が大梁国の混乱するチャンスを見逃すハズはないと断言した。
「そうか、それではこの不戦協定を大秦国は破棄するつもりか。」
「・・・大秦国というより、秦王の考えを読んだ方が良いかと思います。あの王は、切れ者です。王位に就任すると、鎧騎士の数を倍に増やしました。自身で聖大陸中を回って、魔物を狩り。そして、鎧騎士の材料の魔石を集めたのです。そんな王が、このチャンスを逃すはずがありません。不戦協定は破棄され、主力を王都に送った国境に秦国軍が雪崩れ込んでくるのは目に見えているます。」
忠辰は断言した。忠辰の言う通りになれば、白辺境伯は成す術もなく、大秦国を大梁国に招き入れてしまうだろう。
「それでは、これは『虚』の協定か。」
「はい、十中八九は、秦王の謀略かと思います。」
「ならば父上にも、白辺境伯の援軍要請は上手く引き伸ばした方が良いと伝えた方が良いな。さすがに、寄り親の命令を逆らうのはマズいからな。」
「それがよろしいかと。それと・・・、光輝様。わたくしの所に、光輝様に面談を願い出る客人が来ていまして・・・。」
忠辰がばつが悪そうに話す。
この彼の口調から、相手は容易に想像できる。
「教団か。」
「はい、光輝様。私の師匠だった藍聖人です。」
「また、聖人か・・・。」
聖人には『地の迷宮』で2人会っている。
一人は緑の頭巾を被った緑聖人。もう一人は赤い髪の赤聖人と名乗っていた。
赤い髪の男は、武人として好感を持てたが、緑の頭巾を被った男は信用できるような人物では無かった。やはり宗教家は皆、信用をしてはいけないのだ。
オレは身をもって、宗教の恐ろしさを知っていた。
オレは転生者だ。
防衛隊の隊員として戦場に向かう途中で乗っていた輸送機が墜落した。そして、目が覚めたら、この異世界の岳家の嫡男として目を開けたのだ。
宗教の恐ろしさを知ったのは前世だ。
前世では、裕福でもなく、貧しくも無く一般的な家庭だった。優しい両親に愛を注がれて、なに不自由なく幸せに育った。
それは、オレが病気になったのがきっかけだった。
重い病気にかかったオレは、医者からも助からないと見放された。
絶望の淵に立たされた両親は、新興宗教にすがってしまった。
すると、偶然に新たな治療薬が開発され、オレの病気は快方に向かったのだ。
全くの偶然だ。
オレの病気が良くなったのは医療の力なのだが、その新興宗教の教団は神のおかげだと両親を洗脳した。
両親は寄進を迫られ、借金をしてまで訳の分からない壺を買わされ、挙句の果てには自殺をして死んでしまったのだ。
オレが一家心中に巻き込まれなかったのは、神のおかげで救われた命を絶ってはいけないと遺書に書いてあった。
それから、オレにとって宗教は親の仇でもあり、許す事の出来ない悪になった。
「光輝様、師匠が言うのは、教団は鎧づくりの職人を送り込むと言っています。それだけでなく、金貨1万枚、鎧騎士千騎も提供すると言っていますが。」
「・・・鎧職人か。」
鎧職人は、今、オレたちが一番手に入れたいパーツだ。
このパーツさえ手に入れば、大秦国の侵攻を食い止め、領民を、大事な者たちを守ることができる。
大陸中を駆け巡って、魔石や素材も手に入れた。
この魔石と素材があれば、数千騎の鎧騎士を準備することが出来る。
(だが、教団と・・・宗教と手を組むのは憚れる。・・・しかし、鎧づくりの職人を味方にするチャンスを失えば、岳家領を、両親や家族を、仲間たちを守る事は出来ない。他国に逃げても、良くて助かるのは自分だけだ。自分のエゴの為に、大事な者たちを失っても良いのか・・・。)
「・・・分かった。会おう。」
(ああ・・・こうやって宗教は、人の弱みに付け込んで浸食してくるのか)
だが、もうタイムリミットだ。王が死んだ以上、もう大秦国は待ってくれない。オレは大事な者を守る為に、教団を受け入れなければならないのだ
オレは不愉快な気持ちを押し込め、教団に会う決心をしたのであった。
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