第9話 【智陽】

 楊慶之    『火の迷宮』に向かう途上


 聖大陸の南に位置する大陳国の初夏は暑い。

 国土には大きな川が何本も流れている。だが、治水が行われていないので、せっかくの豊かな水が大地を潤していなかった。

 だから、水難に苦しむ地域と、あまり水気の無い草原が多かった。

 そして、今歩いているのが草原だ。日陰をつくる木すら周りに見当たらない。

 さっきまで、『移転魔法!馬車!』と騒いでいた静香も今はあきらめて頭を上げる気力も無いようで、ただ足を動かしている。


 それと、一緒に『火の迷宮』に向かう事になった虞美麗と鍾離梅の2人だが、鍾離梅の体調も良くなっていた。

 2日ほど出発を遅らせて、『館』で休息していたおかげだ。

 俺としては早く妹の琳玲を助けに行く為、『火の迷宮』に向かいたかった。その意味では2日の時間は惜しいが、怪我人に無理をさせると碌なことがない。ここは、じっくり我慢をした。


 黙々と西に向かって歩いていると、美麗が近づいてきて話しかけてきた。

 「慶之殿。本当に離梅の治療、ありがとうございました。離梅の調子も良くなり旅ができるようになりました。これは、お礼です。受け取ってください。」

 彼女が俺に差し出したのは小さな剣だった。

 小剣にはキメ細かい細工がなされている。これは虞家の紋章が刻まれているようだ。そしてこの小剣の素材はミスリルの素材を使っている。

 ミスリルを使う剣は滅多にお目にかかれない。

 希少な金属で、王族や上位の貴族くらいしか使用できないものだ。

 小剣であっても、金貨10枚(日本円で10百万円)は降らないだろう。


 「これは、ミスリルか・・・。報酬として多すぎる。こんな貴重なものは受け取れないな。それに、この小剣は虞家の『護国の剣』じゃないのか。」

 『護国の剣』とは、大陳国を興した初代の王が部下に褒美とした剣で、国と王を守る為の剣の事である。

 初代の国王は『護国の剣』を下賜した部下たちを貴族の領主にも任命した。

 その為、『護国の剣』を持つ者がその貴族の領主の身分を示す剣と見做された。

 ちなみに、3大貴族には神級階級の魔物の皮すら砕くと言われる硬さのアダマンタイトを素材とする剣。伯爵以上が魔法伝導の高いミスリルを素材とする剣。子爵以下はミスリルの小剣を初代の王から下賜されている。

 だが、今は楊家や蘭家を始めとする滅亡した貴族の『護国の剣』は蔡辺境伯が一手に保有していた。

 美麗が俺に渡した報酬の小剣は、まさに虞家の『護国の剣』であった。


 「今のわたくしの報酬はこれしかありません。離梅の命の方がこの小剣より重いのです。それに・・・虞家が滅んだ今、この小剣は『護国の剣』ではありません。単なるミスリルの小剣です。受け取ってください。」

 俺は、何度も小剣を突き返したが、美麗は納得しなかった。


 「分かった。一時的に、この小剣は俺が預かっておく。」

 という事で、一旦は落ち着いた。


 美麗もそれで納得したようだ。

 「ところで、慶之殿。貴殿が『火の迷宮』に行くと聞きましたが、狙いは魔石ですか?」


 「・・・そうだ。『火の迷宮』の主(あるじ)の魔石を狙っている。」


 「慶之殿。さすがに『火の迷宮』の主を倒すのは無理ではないですか・・・。」

 美麗の言う通り、人の力で7大『魔力溜り』の主を倒すのは不可能と考えられている。唯一それができたのは、40年前にいた教団の戦士ぐらいであった。


 「そうか、俺は真剣だが。」


 「まぁ、『火の迷宮』の主は一旦置いて、魔石を狙うのは、蔡辺境伯を倒す力を得る為ですか。」

 楊家の一族の俺が『復讐』を考えているのを美麗は察していた。

 『火の迷宮』に向かう目的が、蔡辺境伯と戦う為という事は見当をつけていた。


「ああ、そうだ。」

 俺は隠さずに、答えた。


 「そうですか・・・それでは慶之殿は、鎧職人か。鎧職人でなくても、複数の魔石と鎧を交換している国との伝手(つて)を持っていますか。」

 美麗が真剣な表情で聞いた。

 彼女にとって重要な話はこちらの話のようだ。

 俺が魔石を手に入れるなら、手に入れた魔石を鎧に加工する。もしくは交換して鎧を得る方法を知っていると睨んでいたんだろう。

 魔石や素材を手に入れても、それはあくまで鎧の材料。鎧職人の手でその材料を鎧に加工してもらわなければ、美麗の欲している鎧は手に入らない。

 もしくは、手に入らない特級魔物以上の魔石を複数個と職人の手によって出来上がった鎧を交換してくれるような国がある。そのような国と交渉して、複数の魔石と鎧を交換するしかない。

 (これは足元を見られて、相場よりたくさんの魔石を求められたり、欠陥品の鎧の完成体を掴ませられたりするのでお勧めは出来ないが。)

 どちらにせよ、せっかく得た魔石を鎧にするには、職人を探すか、どこかの国と交渉しなければならない。

 美麗は、俺ならばどちらかの伝手を持っていると思ったのであろう。


 俺は正直、鎧職人の情報を話すか悩んだ。

 この情報は切り札だ。もし美麗が何者かの間者であったらまずい。

 だが、美麗自身は何としても味方に引き入れたい能力値の人材・・・。

 隠すかどうか考えた。


 「・・・・鎧職人との伝手はある。それもこの大陸で最強の鎧を作る職人だ。」

 俺は正直に話すことにした。美麗すら味方にできないのであれば、俺の『復讐』など叶うはずがない。

 一度信じると決めたら、最後まで信じる。

 『姜氏の里』には、鎧や魔道具づくりに目の無い姜平香がいる。彼女に魔石と魔物の素材を渡せば、この世界で最強の鎧を作ると姜馬が話してくれた。


 「やっぱり、そうよね。あなたの治癒魔法もそうだけど、あの家を空間に収める魔道具も凄かったわ。それに、あなたの仲間のあの二人もタダ者じゃないでしょ。」

 さすがは虞美麗。

 あの武力レベルの能力値は伊達じゃ無い。

 すでに桜花や静香の魔力や武力の能力も見切っていたようだ。


 「そうだな、確かにあの二人はタダ者じゃないな。あの二人は神級魔力の持ち主だ。そして、俺も似たような魔力を持っている。仲間に鎧職人もいる。」


 「鎧職人が、あなたの仲間・・。本当ですの?」

 美麗は信じられない表情で聞き返した。


 「そうだ。その鎧職人を美麗に紹介してやっても良いが、提案がある。」


 「えっ。提案・・・ですか?」


 「そうだ、美麗。俺と賭けをしないか。」


 「賭けですか・・・どんな賭けを。」


 「俺がが『火の迷宮』の主に勝てるかどうかの賭けだ。」


 「そう言えば、慶之殿は『火の迷宮』の主と戦うと言っていましたね。本気ですか。」


 「ああ本気だ。ある理由で『火の迷宮』の主を倒して、ある魔石を回収しなければならない。もし俺が無事に『火の迷宮』を倒したら、俺の勝ち。俺が逃げたら美麗の勝ちだ。美麗が賭けに勝ったら、鎧職人を紹介しよう。迷宮で戦う武器や甲冑も貸す。迷宮で得た魔石も美麗が必要な分だけ渡そう。その代わり、もし俺が賭けに勝ったら、美麗。お前は俺たちの仲間になれ。一緒に蔡辺境伯を倒す。」


 「そ、そんな賭け・・・。それに、蔡辺境伯を倒す・・・。そんなことが本当に出来るのですか。辺境伯の手元には、大陳国最強の軍隊がいます。そんな大陳国一国と戦うのと同じです。無謀です・・・無謀ですが、倒したいです。両親や一族の仇を獲りたい。慶之殿、あなたは本当に蔡辺境伯を倒せるのですか。」


 「俺は蔡家軍を倒して、蔡辺境伯の首を獲る。それが楊家一族の『復讐』だかなら。倒せるかではなく、倒すんだ。その為には力が、仲間が必要だ。美麗、仲間になって欲しい。俺が蔡辺境伯を倒せるかどうかの力を示す。もし『火の迷宮』の主を倒せば、その力を示した事になるか?」


 「まぁ・・・確かに、慶之殿が『火の迷宮』の主を倒す力があれば、蔡家軍を倒すのも無理ではないかも知れませんわ。慶之殿には、桜花や静香の神級魔力の騎士や、鎧職人の仲間もいるわけですから・・・。しかし、私にも使命があります。雷家領で雷伯爵と戦う兄の元に鎧騎士を届ける使命が。その役目を放棄するわけにはいきません。」


 「だから、この賭けだ。美麗は魔石を手に入れても、鎧を届けることはできない。俺が賭けに勝てば、美麗は俺たちの仲間になるが、鎧は虞家に届けさせよう。俺が賭けに負けても、ちゃんと職人は紹介する。どちらにしても、美麗の使命は果たせる訳だ。問題あるまい。」


 「・・・・・・。」


 「今のままなら、何も変わらないぞ、美麗。魔石が手に入っても、鎧が手に入る訳ではない。仮に他国が鎧と魔石の交換に応じても、不良品の鎧を掴ませられるかもしれない。そもそも、鎧を得るだけで雷家軍に敵う戦力はあるのか。仮に雷家軍を倒しても、その次に出てくるのは蔡辺境伯だぞ。虞家の仲間で、勝って仇を討つ自信があるのか。」


 「・・・・・・。」

 美麗は考え込んでいた。

 そして、しばらくすると口を開いた。

 「慶之殿。貴殿の話が全て本当か、私には分かりません。ですが、もし『火の迷宮』の主をあなたが倒せば、今までの話を信じられます。だったら、賭けて見るのも良いですわ。確かに、今のままでは活路は見えませんから。」


 「今の話は、俺が出した賭けを受けてくれるという事か。」


 「待ってください。離梅にも相談してみます。もし、離梅も賛成したら、あなたの提案を受け入れますわ。『火の迷宮』の主を攻略したら、私はあなた方と一緒に、蔡辺境伯を倒すことにします。」


 「それじゃ、離梅と相談してくれ。それと、この武器と甲冑は今、渡しておく。どちらにしても俺たちと一緒に『火の迷宮』に入るなら、今の武器と甲冑では死にに行くようなものだ。この武器と甲冑を使ってくれ。提案を受けなかったら、迷宮を出た時に返してくれれば良い。」

 『魔法の鞄』から取り出して、彼女に渡したのは魔槍と自身の体を守る甲冑だ。

魔槍と甲冑は姜馬が作った逸品である。

 美麗がいつも持っている槍は、装飾が美しいが、戦いで役に立ちそうもない。あの槍で戦ったら槍先が簡単に砕けてしまうだろう。それに、あの槍では強力な魔物の皮は貫けない。

 戦士の武器が脆弱なのは、美麗に限った事ではない。

 それだけ魔物の皮が硬いのだ。

 この皮を貫くには、アダマンタイトのような硬い希少鋼材で作った武器か。王級魔力階級以上の魔物の皮で作った武器でないと歯が立たないのである。

 通常の鉄の武器では魔物の硬い皮に刃が欠けて、砕けてしまう。

 しかし、アダマンタイトの剣は一部の大貴族しか持っていないし、王級以上の魔物の剣も同じだ。

 王級以上の魔物は簡単に倒せる魔物では無いのだ。それこそ、複数人の神級魔力を持った戦士や冒険者が複数人いて初めて倒せるのであった。

 要するに、この世界は強い武器を作る素材が少ないのである。

 どんなに美麗の能力値が高くても強い魔物を貫く武器が無ければ、力は発揮できないのだ。


 姜馬が作った魔槍は、神級魔力の『鬼蟷螂』の鎌の素材で作った最強の逸品。

 鬼蝙蝠の鎌は硬く、切れ味に優れ、魔力伝導率も高いので、武器を作るのに重宝される素材である。そもそも神級魔力の魔物の素材が手に入らない。当然、鬼蟷螂の素材など滅多に手に入らなかった。

 更に驚くのは、槍の柄に鬼蟷螂の魔石を埋め込んでいる事だ。魔石は鎧に必要な素材なので、武器に使用するなど勿体なくて聞いた事が無い。

 だが、その魔石を、槍の柄に埋め込むと、魔力伝導率が高まり、槍の硬さも、切れ味も数倍に高まるのである。

 さらに、魔石と一緒に埋め込んだ魔法陣のおかげで、魔槍の『大きさ』を調整できるので、戦い方の幅も広がった。


 慶之が渡してくれた甲冑も、神級魔物である神甲鬼の素材で作った逸品だった。

 神甲鬼はカブト虫が巨大化して魔物になった生き物だ。

 昆虫型の魔物は珍しいが、姜馬が聖大陸中の神級魔物を退治した時に得た素材である。

 甲冑としての頑丈さでは、亀形の神級魔物の王亀の甲羅に匹敵する。優れているのは軽さだ。王亀の甲羅は頑丈だが重いのに対し、神甲鬼の皮は頑丈で軽い。

 甲冑の素材として、神甲鬼はこの聖大陸で最も優秀な素材であった。


 鬼蟷螂の素材の魔槍、神甲鬼の甲冑を見て美麗は驚いた。

 「この槍も甲冑も神級魔物の素材ですか・・・。慶之殿、どうやってこれだけの武器を手に入れたのですか・・・。これだけの武器は、この国の王でも持っていないですよ。しかも、この剣も槍も相当な職人が作った匠の技。槍には貴重な神級魔石まで埋め込まれている。それに、今さらっと鞄から出しましたが。その鞄は『魔法の鞄』ですよね・・・。あなたは、一体何者なのですか。」

 美麗は『魔法の鞄』にも気づいていた。


 「そうだよな。この武器には驚くよな。俺も驚いた。俺は蔡辺境伯を倒す。その為の戦う準備をしている。この武器は俺の仲間の姜馬が作ったものだ。そして、この武器を貸すのは、俺の言葉が虚で無い事を美麗に知ってもらう為だ。蔡辺境伯を倒す力を蓄えている。後は人材・・・仲間が、蔡辺境伯を倒す為に必要なんだ。」


「この武器を見て、あなたの仲間に鎧職人がいるのは確信しました。これだけの立派な槍や甲冑は見たことがありません。きっと、相当の技術の持ち主。鎧を作る事が出来るほどに・・・。とにかく、離梅と相談します。」

 美麗はそう言うと、俺の横から離れていった。


 俺は美麗が去るのを目で追うと、大人しくなっていた静香が横にやってきた。

 「慶之、美麗とずいぶん仲が良さそうね。親しそうに話していたじゃない。」


 ちょうど静香が来たので、美麗を仲間にする件を話してみた。

 「静香に相談があるんだが。」


 「へぇ。なに、なに。なによ、急に相談って。」

 面白そうに、顔を近づけてきた。少し、距離が近いような気がする。


 「美麗を仲間に加えようと思うんだ。彼女の能力値は高い。桜花には届かないが、達人級の武力の数値。魔力階級も王級魔力。美麗が仲間に加われば戦力も上がる。姜馬が言っていた人材に合致すると思うんだよな。」

 美麗と話した『火の迷宮』の主を倒すかどうかの賭けの内容を静香に話した。


話を聞いて、静香はしばらく考えると。

「・・・まぁ、良いんじゃない。『認識』魔法で彼女の能力を見た慶之が言うんだから、能力は問題ないわね。それに、虞家の生き残りというのも、蔡辺境伯が敵なわけ訳だし・・・。仕方がないけど・・・ちょっと気になるのよね。」

 静香は俺の『認識』魔法の力を知っている。その為、人材の能力をはかる俺の力には絶対の信用を置いていた。


 「な、なんだ、その『ちょっと気になる』と言うのは。美麗に何か気になる所があるのか。」

 静香は時々残念な挙動をとるが、ベースは大聖国の元女王。

 真面目になれば、知力レベル890を持つ優秀な人材である。その静香が言うなら、俺が気がつかない美麗の動きや問題点に気づいたのかもしれない。

 彼女の観察力を高く買っていた。


 「そうよ、ちょっと気になるのよ。あの女のデカすぎる胸と、『魅了』の能力が。能力が高いのは分かるし、虞家が蔡辺境伯と敵対する存在なのは理解しているけど。そう、頭では理解しているけど・・・、あのデカい胸が気に入らないのよね。」

 静香が拳を握って力説している。

 

 「それに、なぜ、白銀の半仮面を顔に被っているか知ってる?」

 静香のどうでも良い話は、まだ続く。

 

 「知らないぞ。」


 「まぁ、本人から聞いたんだけど、『魅了』の魔法を意図せずに放出する体質らしいのよね。それで、あの半仮面で『魅了』を抑えているらしいんだけど。それに『傾国』のもう一つの二つ名もそうだけど、なんだか男を惑わすようで嫌なのよ。」

 美麗のもう一つの二つ名の『傾国』は、『傾国の美女』。その二つ名はある逸話からきているそうだ。

 昔、美女に夢中になり過ぎて国を失った王がいたという逸話だ。彼女の2つ名には、国を傾けるくらいに男を夢中にする美女という意味が込められていた。

 どうも、静香は、美麗が俺を魅了と美貌で惑わすと言いたかったらしい。


 「・・・・・・・・。」

(ああ、またいつもの病気が始まった・・・)

 全く以って、美麗を仲間にするかの判断材料ではなく、どうでも良い話だったので静香の意見は無視する事にした。


 次に桜花にも相談してみた。

 静香と同じように、美麗に話した『火の迷宮』の主を倒す賭けの事も話した。


 「う~ん。僕は仲間に加える事に賛成かな。彼女の動きを見れば、相当の手練れと分かるよ。姜馬様が言っていた王級魔力以上の戦士10人に入る資格は十分にあるね。」

 桜花は静香と違って良識的な意見で安心した。。

 彼女は、俺のように『認識』魔法を使わなくても、美麗の武力レベルをある程度把握していた。それに、姜馬が出した『仲間を集めろ』という指示もしっかり考えていた。


 「そうか、桜花の意見は分かった。」

 まぁ、聖香の発症した意味不明の病気を無視すれば、美麗を仲間にすることは問題なさそうだという事がはっきりした。


* * *


 昼頃になると、やっと城郭都市の【智陽】に着いた。

 【智陽】に着く前に、美麗から『賭け』の件で話が合った。

 離梅と相談して、『賭け』に応ずると言ってきた。

 離梅の意見としては、「『賭け』の結果に限らず、俺と合流した方が良い」と言ったそうだ。虞家軍で、美麗の力は相当な戦力だと想像できる。

 その美麗がいなくなったら、虞家軍は相当の痛手だと思うが、彼はそう言ったそうだ。彼には彼の考えがあるのであろう。

 とにかく、これでなんとしても『火の迷宮』の主を倒さなければならない理由が一つ増えた。


 【智陽】は人口約3万人の大きな城郭都市だ。

 長南江以南の王領の西側で、一番大きい都市であった。

 城門で門番に身元を聞かれたが、『火の迷宮』に向かうと冒険者と答えると、すんなり城内に入る事ができた。

 お尋ね者の俺と静香、美麗、離梅の4人は全く尋問も受けずに通過できた。


 これはたぶん、冒険者と名乗ったからだ。

 この世界で冒険者は優遇されている。

 魔物を倒して治安を良くしてくれる。そして、狩った魔物から鎧や魔道具の動力となる魔石を獲って供給してくれる。

 国にとって、鎧の材料となる特級階級以上の魔石を手に入れることは死活問題だ。

 戦いでの最高戦力である鎧騎士の数は、国の存亡に関わる。

 内乱などで鎧騎士の数を減らすと、防衛能力が下がったと見做され、他国から侵略を受ける事すらあるくらいだ。

 だから、『火の迷宮』に挑むような強い冒険者は、優遇されるのである。


 【智陽】の都市に入ると、虞美麗と鍾離梅の2人は雷家の兵士を気にしていたので、まず索敵魔法で雷家の兵士を探した。結果は、それらしき人はいなかった。

 ただ、これだけ人の多い都市だと、索敵魔法の効果は大して期待できない。

 「まぁ、心配しなくても大丈夫。この冒険者の恰好なら、そう簡単には見つからない。それに、見つかっても俺たちが返り討ちにするよ。」

 美麗は貴族の戦闘服を脱いで、紺のフード付きの外套を羽織っていた。

 桜花も、静香も同じ外套を羽織っている。

 一見して、冒険者にしか見えない。

 外見もそうだが、これだけ大きな都市なら、雷家の兵士も簡単には見つけられないだろう。


 「まぁ、そうね、この面子なら見つかっても返り討ちにできるわね。」

 美麗も桜花と静香の力は知っている。

 特に桜花とは、道中で練習と称して、打ち稽古をしていたので良く分かっている。

 『槍姫』の二つ名を持つ美麗でも、桜花の刀には歯が立たなかったようだ。


 都市に入ると、思った以上に治安が悪かった。

 理由は王領は税が高い所為だ。

 王領は、領地が半分に減ってしまった。長南江より以北を蔡辺境伯に恩賞として分け与えたからだ。それで、半分になった領地で国の運営を行って行かなければならない。その分、長南江より以南の領地にしわ寄せが来た。

 長南江より以南の領地の税率を上げたのだ。

 元々50%の税率を75%までに上げた。

 高い税をかけると、治安が悪化する。

 税が払えない民は村を捨て、盗賊になる者が増えるからだ。盗賊になる力がなくても、スリやチンピラになる者も多かった。


 そんな訳で、【智陽】の治安は悪かった。

 この城郭都市に入って、歩いて5分で2回~3回はチンピラに出遭った。

 だが、災難だったのはチンピラの方だった。

 「おい。お前、今ぶつかっただろ。慰謝料払え。」

 ――ベキッ。

 「何しやがる」

 ――グキッ。ベキッ。

 「助けてくれ」

 ――ガクッ。グキッ。ベキッ。

 チンピラ共が群がると、その都度、桜花が容赦なく瞬殺していく。

 最後には、チンピラ共も俺達に近寄らなくなっていた。

 やっと、市場(いちば)に入ると、そこは思った以上に物に溢れていた。

 今は初夏。山の山菜や冬小麦が市場に出ていた。


 俺たちは、路銀には困っていなかった。

 元々、姜馬から十分な路銀を預かっていたが、道中で殲滅した野盗のアジトから奪った資金や賞金首を捕まえた報奨金も貰っていた。

 道中で捕まえた魔物も、肉や毛皮、魔石も売れば金になるが、資金は十分過ぎるほどあるので『魔法の鞄』に入れっぱなしだ。


 市場に入ると、チンピラ共は消えたと思ったら、今度はスリが増えた。

 人混みの中で、何人のスリが連携して近寄ってくる。

 だが、結果は同じだ。桜花の目をすり抜けられずに、肩の骨を外されて、のたうち回っているスリが10人くらいは転がっていた。


 「あんた、本当に容赦ないわね。」

 静香が桜花の手際の良さに感心している。

 俺も修行で、人の気配を察知する力は上がっているが、桜花には到底及ばない。

 気配だけで悪意を持って近づく者が分かるようになっていた。

 この気配を察知する力は、戦いで大事だと桜花が言っていた。

 その意味ではやるの達人の美麗も俺よりも早く気配を察知していた。

 静香だけは、スリに気づかず摺られ放題だ。まぁ、彼女の『魔法の鞄』は桜花が預かっているから大丈夫なのだが、彼女は全くスリの気配に気づかなかった。


 桜花は、スリが懐の財布に手を伸ばす瞬間に、スリの手を思いっきり叩く。

 神級魔力の持ち主が手を思いっきり叩くと、叩かれた方の手首は折れた。

 「自業自得だね。人の物を奪おうとするなら、見つかった時に手首の一つや二つ折れる覚悟もあるはずだよね。躊躇する必要は微塵もないね。」

 まぁ、桜花の言う通りなので、静香も手首を折られたスリに治癒魔法をかけることはしなかった。

 しばらくすると、スリも諦めたように近づかなくなっていた。


 「この都市の市場(いちば)って、思った以上に物があるわね。」

 桜花は嬉しそうに市場で、陶器や野菜の食材を見ている。

 市場には、山で取れた山菜や肉だけでなく、食器などの焼き物、農具の金具などがたくさん売られていた。

 生活は税で苦しいが、それ以上に民はたくましかった。


 美麗は楽しそうに服を見ている。

 貴族の服しか持っていなかったので、この旅用に少し服を増やすつもりのようだ。

 「どれにしようかしら。」

 美麗は、屋内用の部屋着を見て悩んでいた。

 こう見えても、俺は女性の扱いは長けている。前世で3人の姉がいたので、機嫌を損なわないように経験を積んだおかげだ。


 そんなスキルを使って、シャツを手に取って悩んでいる美麗に声をかけた。

 「良く似合っているぞ。そのシャツ。黄色が美麗の髪の色と会っているな。」


 「そ、そうかしら。慶之殿がそういうなら。じゃ、これにするわ。」

 少し照れたような表情で、シャツを店主に渡していた。


 すると、今度は静香が白いリースのシャツを持ってやってきた。

 「慶之、この服どうかしら。」


 「そのリースは上品で良いな。静香の雰囲気に会っていると思うよ。」

 「あら、そう。そうね、このリース良いわね。これ買うわ。」

 前世の癖でつい褒めると、静香も嬉しそうに服を買っていた。


 だいたいの買い物は終わった。

 桜花は小麦や野菜の食糧は買えたようだが、調味料は思ったように調達出来なかった。

 物流が発達していないので、この辺りで自給できる物資しか手に入らないようだ。


 しばらく都市の中を歩いていると、美麗がお目当ての店を発見したようだ。

 「慶之殿、この店にしましょう。」

 美麗が見つけたのは食べ物屋だ。

 店からいい匂いがしている。

 扉を開けると、ゴロツキたちが店の奥に溜まっていた。

 良く見ると、城内に入った時に、桜花が叩きのめした連中たちだった。

 桜花と睨みつけると、目を逸らして大人しくしている。


 「何にしますか。」

 店員が注文を取りに来ると。


 美麗がフードで顔を隠したままメニューに目を通す。

 「これおいしそうね。」そう言うと、メニューの端から注文を始めた。

 まるで、以前の王常忠を見ているようだ。


 「おい。美麗。そんなに食べられるのか。」

 

 「ええ。大丈夫よ。食べられる時に食べておかなきゃ。楽しみですわ。」

 以前、どこかで聞いた事のある言葉だが返ってきた。

 美麗は体が細く大食いに見えないが、この前も迦黎を5杯もお代りしていた。

 静香は、美麗を『傾国』と言っていたが、とてもそうは見えない。ただの食いしん坊な綺麗なお姉さんだ。


 「あら、慶之さん。何か。」

 俺の視線に気づいた美麗が声をかけた。


 「いや、そんな華奢な体で、食べた物がどこに入る・・・。いや、何でもない」

 女性に対して、マズい事を言ったと、話をごまかした。

 

 「まぁ・・・、わたし、太らない体質なんですから良いんです。」

 美麗は恥ずかしそうにして怒った。


 静香は、美麗の細い体を見回して。

 「確かに、羨ましいわね。その体質。食べても太らない体質。そして、ついて欲しい所に肉がつくその体質。欲しいわ・・・その体質。」

 静香は美麗の腰のクビレと胸の大きさを見て、溜息をついていた。

 食事を頼み終えて、いつものように静香がくだらない事を話していると。


 店の扉が開いて、藍の頭巾を被った痩せた一人の男が入ってきた。

 「すみません。食事を良いですか。」

 男は旅人のようだ。大きな鞄を背負っている。

 ただ、冒険者や商人には見えない。

 白い服を着て、黒の外套を羽織っている。前世の神父のよう格好だ。

 旅人としては少し変わった服装であった。


 男は席に着いて注文を終えると、早速、チンピラたちが男に近づいてきた。

 一人のチンピラが、藍の頭巾を被った男の前に座る。

 「おい。兄ちゃん。この都市(まち)で見ない顔だな。旅人かい。」


 「・・・はぁ、そうですが。」

 チンピラたちが絡んでくるが、男の目は怯える風でも無かった。

 面倒な奴らが来たなといった感じで、相手をしている。


 「食事を奢ってくれよ。この都市では、旅人が都市の人達に食事を奢る習慣があるんだぜ。郷に入れば、郷に従えだ。」


 「はぁ~、そんな習慣は聞いた事がありませんが。」


 「お前はこの都市(まち)に来たばかりだろ。だから、俺達が教えてやっているんだよ。」

 チンピラの男は立ち上がった。


 「すみません。私も路銀に余裕は無いので、他を当たってくれませんか。」


 「なんだと。おい、親切に教えてやったのに従わないつもりか。ちょっと面かせ。」

チンピラはそう言うと、藍の頭巾を被った男の襟をつかんだ。


「痛い目に遭わせた方が良さそうだな。」

 チンピラは頭巾の男の襟を引き寄せようと、腕に力を入れた。

 すると、藍の頭巾の男がチンピラの腕を掴む。


 「何をしやがる。手を離せ。」

 腕を掴まれたチンピラは、もう片方の腕で、藍の頭巾の男の腕を払いの受けようとするが、頭巾の男の腕はチンピラを掴んだまま動かない。

 チンピラの顔は真っ赤になり、藍の頭巾の腕を払い除けようとするが、頭巾の男の腕は微動だにしない。

 すると突然、藍の頭巾の男が掴んだチンピラの腕を放すと、もがいていたチンピラは勢い余って後ろに倒れてしまった。


 「お前。やる気か。」

 倒れたチンピラはそう言って立ち上がると、目線で仲間を引き寄せる。


 「あなたが話せと言うから、手を離したんですよ。」

 頭巾の男は、チンピラの言葉を無視して、涼しい顔をしたまま座っている。


 離れた席で様子を見ていたチンピラたちはニヤニヤしながら立ち上がると、藍の頭巾の男に向かって近寄ってきた。


 黙って、成り行きをみていた桜花が、チンピラたちが立ち上がるのに合わせて刀を持って席を立ち上がった。

 桜花はチンピラたちに向かって歩いていくと。

 「おい。お主等、うるさい。やるなら外でやれ。それと・・・1人に多勢は卑怯だからな。拙者がこの御仁に加勢するが、良いか。」

 鞘で「ドン」と、床に叩いた。


 今まで、藍の頭巾の男の前で叫んでいたチンピラが、桜花を見てから仲間に視線を移すと、『やめとけ』という合図が仲間から返ってきた。

 「仕方がねえな、まぁ、今回は許してやるぜ。兄ちゃん、命拾いしたな。そこのねえ―ちゃんに助けてもらって。」

 チンピラは桜花を一目見ると、逃げるように席に戻って行った。


 桜花がチンピラたちを睨みつける。

 「あいつら、本当に仕方が無いな・・・、命拾いしたのはあいつらなのに。」

 彼女は視線を藍の頭巾の男に向けた。


 「すみません。助かりました。これで静かに食事ができます。」

 男は、桜花に礼を言った。


 「それは良かったよ。たぶん、お節介だったと思うけど、静かに食事はしたいからね。」

 桜花も、藍の頭巾を被った男の魔力色が見えたのだろう。

 あの藍の頭巾の男が、チンピラの男の腕を掴んだ時に、藍色の魔力色が見えた。

 藍色の魔力色は将級魔力。魔力階級が上から3番目の力だ。

 あんなチンピラたちなんか、容赦なく倒せるだろう。


 桜花も席に戻ろうとすると、外から大きな声が聞こえた。

 「誰か・・・た、助けて!」


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