第8話 七光聖教

大聖歴1000年1月1日 

七光聖教 大天主堂  大聖国の王都【聖陽】


 朔月(さくつき)の星が一番輝く冷たい夜。

 神官は夜空を見逃さないように、夜空を見つめていた。

 「あ・・・、あれは。」

 何かを見つけたのか、驚いた顔で、『星見(せいけん)の櫓(やぐら)』から転げ落ちるように飛び降りた。

 そのまま、七光聖教の大天主堂の廊下を慌てながら走り、教団の幹部の1人である聖人の部屋の扉を叩いた。

 「ドン、ドン。緑聖人様」

 神官は7聖人の一人の名を呼んだ。

 「入りなさい。」

 神官は部屋の主人の声を聞くと、部屋に入っていった。


 部屋の中には、緑色の外套(がいとう)の神官服を着た緑色の髪の男が坐っていた。

 机に向かって、何かを書いていた。

 「何か。ありましたか。」

 「緑聖人さま。流れ星が墜ちました。七色の光を放つ流れ星です。」

 神官は、七色の流れ星を見た興奮が抑えられず、また、走ってきたので乱れた呼吸で報告を行った。

 緑聖人の表情が、パァーっと明るくなった。

 嬉しそうな表情で、目を閉じて祈るように両手の指をからませた。

 「七色の・・、七色の流れ星。ああ、遂に始祖様の予言が・・・。我らに使命を与え賜うか。しかも、丁度千年の1月1日とは。」

 つぶやき終わると、目を開いて神官に視線を移す。

 聖人とは、七色聖教の中で教主の次に高位の幹部だ。

 教主は、聖人か、大聖国の王族の中から選ばれるほど、高貴な身分でもある。

 

 そんな神官に向かって、彼は問いかける。

 「七色に光る流れ星で間違いないんだな。」

 「はい。緑聖人様。この目でしっかりと見ました。間違いはございません。」

 その言葉を聞いて、彼の目は見開いた。

 「それで、虹色の流れ星はどちらに向かいましたか。」

 神官は、跪いて答える。

 「はっ。一つは北に、もう一つは南東に堕ちました。」

 「2つか・・・、それは予想外だ・・・・。」

 「北に向かった流れ星は大梁国の辺り。南東に向かった流れ星は大陳国の辺りに墜ちたかと推察します。」

 「そうか。大梁国。と大陳国か。この2つの国に星は墜ちたのか・・・。」

 「はい。」

 緑聖人は右手で顎髭を撫でながら、何かを考えている。

 「それで、星見の神官よ。2つの流れ星は何を意味するか分かりますか。」

 冷静な表情で神官に尋ねた。

 『星見の神官』とは、夜の空を見て、この世の兆候を読み解く神官の官職である。

 教団の中で、博識の高い学者がこの任に就く。

 当然、七光聖書には精通し、この世の物事にも明るい。

 「始祖様の予言には。千年の後に虹色の使徒様が現れるとしか述べられておりません。数については何も触れていませんでした。ですが、考えられるのは、使徒様が2人現れると思われます。」

 「2人の使徒様ですか・・・。確かに考えられるが。すると、一人は大梁国、もう一人は大陳国に使徒様が現れると。」

 「はい。予言通りであれば。」

 神官は、跪いたまま顔を上げない。

 「他に、七色の流れ星と、始祖様の予言で思い当たることがありますか。」

 「予言には書かれておりませんが、あの七色の流れ星は、きっと、伝説の虹色魔石ではないかと。」

 「ほう、なぜそう思うんだ。星見の神官。」

 「千年前、始祖様は虹色魔石を手にした後に立ち、この聖大陸を統一して、魔神と戦ったと聞いております。始祖様が立つにも、虹色魔石が必要かと。」

 「流石だね。私もそう思っていたんだよ。虹色魔石が現れ、そして使徒様が立つ。いよいよ始祖様の予言が動き出す。そう言いたのか、星見の神官。」

 「はい、そうです。緑聖人。」


 予言とは、今から千年前のある御仁の予言の事である。

 今から千年前に、神がこの世界に遣わした御仁がいた。

 その御仁は、聖大陸を統一して大聖国を建国し、魔神を封印してこの聖大陸に平和をもたらした。

 その御仁が亡くなる前に、千年後の予言をした。

 その予言が七光聖書に記録されている。

 予言とは『千年之後、現人虹色、代我征世、倒魔安民』の16文字である。

(千年後に、虹色に光る魔力を持つ者が現れ、始祖である私に変わって、聖大陸を統一して世の中を正し、魔神を倒して、人々を安寧に導く)

 そして、その御仁は予言を行うと同時に、七光聖教を作った。

 その御仁は七光聖教に、魔物から民を守り、千年後の予言を成す始祖を助ける使命を与えた。

 

 その御仁の名前は、七光聖教では始祖と呼ばれている。

 大聖国の初代の王でもあった。


 「たしか、千年前に始祖様が天からこの世界に現れた時も、七色に光る流れ星が現れて、始祖様に力を与えたと記録に残っている。その時の流れ星の数は確か1つではないのか。」

「はい、その記録は存じております。ただ、流れ星の数は記載されていません。」

 大聖歴千年である今年が、始祖の予言した千年後と教団では考えていた。

 だから、今年中に七色の流れ星が墜ちて、虹色魔力を持った使徒が現れると予想していた。

 そして、なんと千年後の1月1日に予定通り、七色の流れ星が墜ちた。

 ここまでは予想通りだったのだが、2つ墜ちるとは予想していなかった。


 星見の神官からは、これ以上のことが聞けなかったので彼を下がらせると、配下の間者を呼んだ。

 教団の間者である『天狗』だ。

 彼らに虹色魔力を持つ者を探す事と、七色の流れ星の情報を得る使命を与えて、大梁国と大陳国に行くように命じた。

 『天狗』は、情報収集、敵の攪乱、暗殺なども行う暗部として、この大陸最強の間者部隊として知られている。彼らは、聖大陸中に部下を忍ばせて、教団の為の情報収集を行っている。

 

 併せて、大梁国と大陳国の教区主にも『天狗』と同じ命令を出した。

 『天狗』以上に情報収集力に長けているのが、教団の末端支部である天主堂だ。

 なにせ、子供からお年寄りまで多くの信者を抱えており、その信者のネットワークを使って情報が天主堂に集まり、大神官に、そして教区主に情報が集約されていく。

2つの国の教区主にも命じて、虹色魔力持ちを探す事と情報収集を手配させた。

 教区主はこの聖大陸の各国にある七光聖教の信者を取りまとめる責任者だ。

 20か国の国が乱立しているので、教区主も20人いる。

 ちょっとした情報から、重要な情報まで教区主に集まるようになっている。

 緑聖人は、一通りの指示が終わると、大天主堂の一番上の部屋に向かった。


 私は、この大天主堂の頂上にある教団の最高権力者の部屋に向かった。

 普通は、頂上の部屋に向かう途中で、何回か衛兵に呼び止められる。

 教主の部屋の警護は、それだけ厳重なのである。

 だが、緑聖人である私は、通行を衛兵に止められる事は無く、教主の部屋に辿り着いた。そして扉を叩いて部屋の中に入る。

 私が部屋に入ると、教主は机に向かって坐って、書き物をしていた。

 「教主さま。火急な報告がございます。」

 私は、跪いて頭を下げた。

 「畏まらないでください、緑聖人。それで何でしょう、その火急の報告とは。」

 教主は温和な表情で私を迎え入れてくれた。

 「夜分にすみません。それが、星見の神官から報告がございまして・・・、七色の流れ星が墜ちました。」

 「本当ですか・・・、確かにそれは、重要な報告ですね。やはり、予言の通りでしたか・・・ただ1月1日、その年の初日に墜ちるとは思いませんでしたが。」

 教主は私の言葉を聞いて、椅子が倒れる勢いで立ち上がった。

 私と同じで、教主も今年度中に、虹色の流れ星が墜ちるのは予想していたが、今日とは思っていなかったようだ。


 「しかも、流れ星は1つでは無く。2つ堕ちたそうです。」

 「2つですか・・・。確かに、それも想定外ですね。」

 「はい。私も思ってもみませんでした。」

 「それで、墜ちた場所はどこですか?」

 教主は落ち着いてきたようで、表情がいつものように変わってきた。

 「はっ、一つは北。一つは南東の方面かと。」


 「そうですか・・・、大聖国には堕ちませんでしたか。」

 「はい、教主様。大聖国の王に始祖の命は下りませんでした。」

 「これも天命ですね。」

 教主はがっかりした表情で肩を落とす。

 大聖国は、始祖が聖大陸を統一して作った国だ。

 千年の月日が経過する途中で、配下の貴族達が次々に国を作って、大聖国から独立してしまい、群雄割拠の状況になってしまっている。

 そして、大聖国自体は、今では小国まで落ちぶれていた。

 教団は始祖の子孫である大聖国の王が、使徒に選ばれると考えていた。

 だが、七色の流れ星が大聖国に墜ちなかったということは、大聖国に始祖は居ないことを意味していた。

 「はい。始祖様の天命でございます。」


 「それで、北と、南東の。どの国ですか。星が堕ちたのは。」

 「北の流れ星は大梁国。南東の流れ星は大陳国に墜ちたと思われます。」

 「そうですが。大梁国ですか・・・。あの国の王は病気で死期が近かったはず。大陳国の王に至っては、まだ10歳の子供でしたね。これらの者が使徒様に選ばれるとは思えませんが。」

 諸外国の王についての情報も、しっかりと教主の頭には入っている。

 「使徒様が王とは限らないかと。」

 「そうですね。予言の大陸制覇を行うのに王が近道ですが。別に今、王で無くても良いわけですね。予言の『虹色の者』、すなわち虹色魔力を持つ者。その者が使徒様なのですから。」


 虹色の者を虹色魔力の使い手と断定しているのは、始祖様が虹色魔力の使い手だったからである。

 「御意。虹色魔力を持つ者が、すなわち使徒様です。残念ながら、大聖国の王は、神級魔力の持ち主ではありますが、結局、虹色魔力には辿り着けませんでした。」

 「仕方がありませんね。あれだけ大聖国の王の選定にはこだわったのですが。」

 「はい、あの女王も、虹色魔力まであと少しでしたが。女王を引きずり降ろして、王位に就けた王に期待したのですが、結局はダメでした。」

 緑聖人は、頭を下げた。

 教団では、虹色魔力の使い手を探し求めていた。そして、一番可能性が近いと、始祖の血を受け継ぐ大聖国の王に期待していのだ。


 「緑聖人。もう、終わったことを考えても意味がありません。速やかに使徒様を探し出してください。」

 「はっ、教主様。抜かりはございません。既に間者の『天狗』を2つの国に向かわせています。2つの国の教区主にも使徒様を探すように命じております。近日中には何か情報が入ってくると思われます。」

 「さすがは緑聖人。手が早いですね。我が教団は、始祖様がご自身の予言を成就する使徒様を助ける為に作られた組織。何としても、使徒様を探してください。」

 「はっ。身命を賭して。」

 「そして、使徒様を我が教団に迎え入れさえすれば、教団の宿願も半分は達成したようなもの。後は、使徒様を旗印に聖戦を興し、この大陸の統一を目指します。」

 「分かっております。教主様。一刻も早く使徒様を見つけ出します。」

 「これは我が教団の千年の宿願です。失敗は許されませんよ。」

 何としても、虹色魔力を持つ使徒様を探し、教団に迎え入れなければならない。


 「はい。併せて、虹色魔石もこちらで押さえるつもりです。」

 今回の七色に光る流れ星が虹色魔石の可能性が高い。多少強引でも、その石を手に入れねばならない。

 「虹色魔石ですか・・、大聖国の王もこの情報を知れば、狙いますね。」

 大聖国にも、千年前の始祖が使っていた虹色魔石の魔力が残っている。

 だが、千年の月日で魔力が尽きかけいると聞いている。

 聖王も始祖の後継者として、虹色魔石を回収したいと考えるはずだ。

 「はい。その前に、必ずや教団で手に入れて見せます。」

 「方針が決まりましたね。まずは、七色の光を発する流れ星を押さえる。そして、虹色魔力を持った使徒様を何としても、教団に迎え入れる。この2つが差し当たっての方針です。千年に及ぶ我が教団の宿願。失敗は許されせん。他の6人の聖人を集めて7聖人会合を開きます。」

 「かしこまりました。」


 私は教主の前で跪いて、拝命の礼を行った。

 「お願いしますよ。緑聖人。千年の我が教団の宿願です。」

 私は頭を下げて、立ち上がると、教主の部屋を出て行った。

 私の胸は高鳴っていた。

 千年の間、教団の先人達は、この時の為に準備を行ってきたのである。

 私も教団に入り、20年以上をこの時の為に費やしてきた。

 そして、遂にこの時が来たのだ。

 神に等しい始祖様に感謝しなければならない。

 この千年に及ぶ教団の宿願を果たす者に私を選んで頂いたことを。

 『始祖よ。我に勇気と力を与え賜え、必ずや、使徒を見つけ出し、この教団に栄光を。そして、私は全身全霊を以って、始祖の予言を成し遂げます。』

 心の中で、祈るのであった。


* * * *


 大聖国の国都【聖陽】の食堂で昼から2人の男が酒を飲んでいた。

 一人の男は藍公明と言い、もう一人の男は藍忠辰という名の自称軍師であった。

 黒の頭巾を被った忠辰は、左手には黒の鉄扇(てっせん)を持ち、右手で骨付きの豚の魔物の肉を持って、上手そうに頬張っている。

 「公明。この店の肉は上手いぞ。お主も食べたらどうだ。」

 男は肉の油がついた指を紙で拭いて、酒の入った茶碗を飲む。

 藍の頭巾を被った公明は、藍の鉄扇をもっていた。

 「忠辰。お前は相変わらずに大食いだな。おれは酒だけで良いよ。」

 男は、手酌で杯に酒を入れると、飲み干した。

 「お前は年寄りみたいだな。若いんだから。良く食べ、良く語らえだ。」

 「相変わらずだな。忠辰は。」


 2人とも20代前半の若者だ。

 身につけている服には、七光聖教の高位の印が縫い付けられている。

 どうも、教団の高位の神官のようだが、昼から肉を食べ、酒を飲み。卓の上に腕を乗せて、肩肘をついて談笑している。

 肉を食べ、酒を飲むことに七光聖教は厳しい戒律は無いが、昼から酒を飲んで談笑するのは、教団の神官でなくても、好ましい光景ではない。

 高位の印が縫い付けられた服を着ていなければ、とても神官には見えない。

 「この店の肉が美味いので有名だ。せっかくだから、肉を喰わないと損だぞ。」

 2人とも才気溢れる風貌をしており、体は細見で、賢者の風格を持っている。


 「忠辰、肉も良いが、見たか。昨夜の虹色の流れ星。」

 藍の頭巾を被った公明の語気は熱かった。

 「ああ、見た、見た。それでお前を誘ったんだ。昨日は興奮して眠れなかったぞ。」

 忠辰は、手に持っていた肉を皿に戻すと、杯(さかずき)の中の酒を一気に口に流し込む。

 「いよいよ。動くか。」

 公明も同じように杯の酒を一気に煽った。

 「教団は慌てているらしいぞ。なにせ、待ちに待った虹色の流れ星だからな。」

 「そうだな。まさか、1月1日に墜ちるとは思わなかったが。」

 「公明、お前はどう思う。」

 公明は、黒の鉄扇(てっせん)を開いては閉じ、また開いては閉じと、「バチン、バチン」と音を鳴らしながら考えている。彼のいつもの癖だ。

 鉄扇には、『千年之後、現人虹色、代我征世、倒魔安民』(千年後に虹色の使徒が現れ、始祖に代わって聖大陸を統一し、魔神を倒して民を救う)と書かれている。

 「どうって、千年前と同じように、七色の流れ星が墜ちたんだ。虹色魔力を持った覇者が現れると考えるのが普通だろう。忠辰は違うのか。」


 「違う。俺が聞きたいのは、覇者が現れるかどうかではなく、教団の動きだ。」

 「まぁ、そうだなぁ。教団も必死だ。千年の間、この時を待ったのだからな。ここで、使徒を見つけて、始祖の予言成就に力を貸さなければ、信者たちは教団に裏切られた事になるからな。必死でさがすだろうな。」

 「そこまでは、誰でも分かる。教団は北の大梁国か、南東の大陳国か。どちらを優先するかだ。」

 忠辰が杯を煽る。

 「まぁ、両方の国の教区主に命じるだろうな。間者の『天狗』も使うだろう。結局、力の入れ具合は一緒じゃないのか。」

 2人は教団の情報源に詳しく、教団がどう動くかある程度予想ができた。


 「それにしても、七色の流れ星が2つも墜ちるとは思わなかったな。」

 「まぁ、確かにそうだ。流れ星が2つ墜ちたという事は、千年前と同じなら、虹色魔石が2つあることになるな。使徒も2人いるという事になるな。」

 「使徒が・・・いや、覇者が2人か。公明、これは面白くなるぞ。」

 「また、忠辰は悪だくみをしている顔だな。」

 「何が、悪だくみの顔だ。考えても見ろ。使徒も2人だが、この大陸を統一するのは1人だ。これからこの大陸が荒れるぞ。」

 忠辰はニヤリと笑う。

 「忠辰、お前、やっぱり悪だくみを考えておるな。お主の言いようだと、使徒どうしが争うようだ。使徒の2人が協力して統一する線もあるんじゃないか。」

 「まぁ、その線も無くは無いが。流れ星が墜ちたのは、この大聖国からだと北と南東だ。だが、大陸の中央の大鄭国から見れば、北西と南東。北と南か。西と東か。どちらかで割れるんじゃないか。そして、最後は勝った方が大陸の覇者となる。」

 「忠辰、お前はやっぱり悪だくみが好きなようだ。たまたま、北と南東に墜ちただけだ。そもそも、教団は使徒を争わせることはしない。」


 「まぁ、教団が使徒を押さえれば、確かにそうなる。だが、公明・・・。お前は、そうさせるつもりは無いよな。」

 「当たり前だ、忠辰。教団が使徒を押さえられたら、師匠の藍聖人が教団の軍師に決定ではないか。私の出番が無くなってしまう。せっかくの覇者の軍師になる機会をむざむざ失うつもりはない。」

 教団の騎士団を率いる軍師は、藍の一門を司る藍聖人だ。

 使徒を旗印に、教団が大陸統一の聖戦を始めたら、藍聖人が軍師として騎士団を率いることになる。

 公明や忠辰は、藍聖人の弟子であり、藍聖人の一門の門弟でもあった。

 藍聖人の一門は使徒を覇者と呼んだりもしていた。覇者とは、この大陸を統一して君臨する者を意味する。そして、この世界の長い歴史の中で、覇者になった者は始祖王しかいない。

 「私も同じだ。師匠には悪いが、千年に一度のチャンス。覇者の軍師になるチャンスを指を加えて見逃すわけがない。それに、みすみすチャンスを棒にする弟子を、師匠も良しとはしないしな。」

 7聖人の一つである『藍の一門』は、智を司る一門。

千年前に、始祖より『藍の一門』の初代聖人は、『使徒を覇者たらしめん』と命じられたと伝承されている。それは、千年後に現れる使徒を覇者にすることが、教団の命令より優先することを意味していた。

 この命令があったからこそ、公明も忠辰も、教団を出し抜いて、自分が覇者の軍師になろうとしていたのであった。


 「そうだな、公明。俺は教団より早く使徒を見つける。そして自分の力で運命を切り開く。」

 「大した自信だな。教団の情報網は侮れんぞ。」

 「だが、人生を賭ける価値はある。仕える主君をこの聖大陸の覇者にする。軍師として『藍の一門』の智を発揮してな。お前もそうだろ、公明。」

 「そうだな。忠辰。私も教団の、いや師匠の後塵を拝すつもりは無い。」

 「決まりだ。教団よりも早く使徒を見つけて、軍師にしてもらわないとな。」

 『藍の一門』は実力主義だ。

 師匠の藍聖人は、自分に気を使って動かない弟子をたぶん嫌う。忖度するより、自分を出し抜くほどの気概が無いと、自身の主を覇者に出来ないといつも言っている。

 「そうだな。やるしかないな。」

 「そうだ。やるしか無い。ようやく覚悟が決まったようだな。それで、公明、お前はどちらの星を追うのだ。北か。南東か。」

 忠辰も教団と同じで、流れ星が使徒に引き寄せられると考えていた。

 虹色の流れ星が墜ちた場所の近くに、使徒がいると考えているのである。

 「私の故郷は大陳国だからな。教団からも遠い方が時間も稼げる。私は南東だな。」

 「じゃ。俺は北の大梁国に行くか。」

 忠辰は、公明とは違う側の使徒を探すと言った。


 「忠辰。どうだ、一緒に南東に行かないか。私と忠辰で協力すれば、我らの主を間違いなく、覇者にできると思うのだが。」

 「いや。俺は公明と別の覇者を探すよ。もし、片方の覇者が教団の手に落ちていたら、もう一方の覇者を2人の主にすれば良いしな。保険にもなる。」

 「もし2人とも、それぞれの覇者の軍師になったらどうする。」

 公明は、可能性は少ないが、その可能性もあると考えていた。

 「それも悪くないな。俺と公明で、計略と知略を競い合い、それぞれの主を大陸の覇者にする為、知略の限りを尽くす。俺の鬼才と公明の神才が競い合うのも一興だ。面白いじゃないか。参加できずに悔しがる師匠の顔が目に浮かぶぞ。そう思わんか公明。」

 忠辰は、公明の意見に従うつもりは無い様だ。

 「智謀を競い合うのは良いが。私と忠辰で争えば、たくさんの民が死ぬぞ。」

 「そうだな、確かに人が死ぬのは好まないが。だが、覇業に血は流れる。犠牲者が少ないように心がけるしかあるまい。」

 「そうだな。忠辰の気持ちは分かった。その時は、我らで流れる血が少なるように考えよう。」

 公明は仕方がない顔をして、杯を煽る。全然、酔ってはいないようだ。


 「そうだ。俺が仕えた主が大陸を統一したら、公明を推挙するよ。公明が仕えた主が大陸を統一したら、俺を推挙してくれ。」

 「お前は、本当に仕方がない奴だ。」

 公明は諦めたような顔つきで、杯の酒を一気に飲み干した。

 「とにかく、教団よりも先に使徒を見つけることが先決だ。」

 忠辰も、同じように杯の酒を一気に飲み干した。

 2人は無言で席を立った。

 「それじゃ、公明。俺は北に行く。次に会うのが楽しみだな。」

 「そうだな。私は南東の大陳国に行く事にするよ。教団に使徒を見つけられていたら、北に向かう。忠辰も、北の使徒が教団に見つけられていたら、こっちに来いよ。」

 「分かったよ。」

 忠辰は、背中を向けた。

 「「さらばだ。」」

 北と南東に。2人はそれぞれ背を向けて歩いて行くのであった。


* * * *


七光聖教 大天主堂 教主の間 【大聖国 聖陽】


 そこには七光聖教の教主と幹部である7聖人が集まり、円卓の机に座っていた。

 七光教団では、教主である私がトップで君臨している。

 そして、その下に7人の聖人が、各一門を率いて、教団を治めていた。

 それぞれの聖人が率いる一門には、特色と役割がある。


 7つの一門の一つが『赤の一門』。

 特色は、『武』を教団の中で司る一門。

 『赤の一門』の当主、赤覇武は赤聖人と呼ばれている。

 赤聖人は神級魔力の持ち主であり、この教団一の武力を持つ武人だ。

 一門は教団の武力を担う。一国の戦力に等しい教団の鎧騎士3千騎と騎士団の兵3万を率いている。

 教団が他勢力と争う際には、『赤一門』が先陣を切って、戦う役目である。


 次が『橙の一門』だ。

 特色は、『忠』を司る一門だ。

 当主は橙忠之、橙聖人と呼ばれた。

 橙聖人は王級魔力の持ち主であり、常に教主の警護を担っている。

 一門の役割は教団兵を率いて、教団と教主を守る。信者に裏切りが出ぬよう教団内を管理する役割だ。

 宗教裁判を開催する権限を持ち、七光聖教の教団に仇成す者を探しては、宗教裁判で裁いている。


 その次が『藍の一門』だ。

 特色は、『智』を司る一門だ。

 当主は藍智明、藍聖人と呼ばれている。

 藍聖人は、公明と忠辰の師匠であり、彼自身もこの世界一の知略を持っている。

 一門の役割は諸外国の情報を集め、教団の戦略を担う役割だ。

 戦いにおいては、軍師として戦略立案から、作戦の指揮まで一手に行う。

 初代の藍聖人が始祖より、『覇者を導け』と与えられた使命を果たすのが宿願である。


 その次が『青の一門』だ。

 特色は、『仁』を司る一門だ。

 当主は青基仁、青聖人と呼ばれている。聖人の中では一番若い。

 一門の役割は、各地の始祖を祭っている天主堂を管理し布教を行ったり、治癒魔法で人々を助けたりする役割だ。信者に接して、信者を救うのが一門の信念である。

 前の青聖人は『潘陽』の民を結界で守ったが、最後には魔力が尽きて魔物に殺された。弟子の青基仁が後を継いで青聖人を名乗っている。


 その次は『紫の一門』だ。

 特色は『義』を司る一門だ。

 当主が紫義剣、紫聖人と呼ばれている。

 紫聖人も、赤聖人同様に神級魔力の持ち主だ。

 この一門の役割は、教団の役割の2つの内の一つである『魔物から民を救う為』に戦っている。

 ちなみに、もう一つの教団の役割は『始祖の予言の成就』である。

 一門の人数は少ないが少数精鋭だ。

 冒険者のように各地を転々として魔物を退治している。


 その次は『緑の一門』だ。

 特色は、『信』を司る一門だ。

 当主は緑信元、緑聖人と呼ばれている。

 一門の役割は教団の運営全般を束ねている。

 財政や人事、総務や雑務一般を担っていて、『緑の一門』がいないと教団の運営は回らないとまで言われている。

 また、七光聖教の聖典の解釈や改変も担っている。

 始祖の予言書の解釈もこの一門が行ってきたので、予言遂行には一番思い入れを持っている一門だ。

 教団の中で、一番力を持っており、現教主は緑一門の出身者である。

 王国や貴族との繋がりも強く、経済面でも権力面でも相当の力を持っている。


 最後は黄の一門だ。

 特色は、『技』を司る一門だ。

 当主は唯一の女性である黄貴技、黄聖人と呼ばれている。

 一門の役割は、魔法や魔道具を開発で、知的探求心が旺盛な人間の集まりだ。

 教団の教えより、知的探求心を満足させることを優先する異端の一門だ。

 開発や研究に注ぐ知的探求心が度を過ぎて、教団内では鎧バカと陰口を叩かれているが、当主の黄聖人も含め一切気にしていない。

 鎧や魔道具の研究以外に、教団の運営や始祖の予言も含め一切に興味がない一門だ。


 そんな7人の聖人を、私は満面の笑みで見回した。

 緊張した表情の聖人たちを確認した後、口を開いた。

 「皆に集まってもらったのは他でもない。貴殿達も知っているだろうが、先日、2つの虹色の流れ星が墜ちた件だ。緑聖人に、流れ星について調査を命じていたが、今日はその報告を聞く為に、皆に集まってもらった。」

 各聖人には、緑聖人から虹色の流れ星が墜ちたことは報告されていた。

 どの聖人も、この流れ星が始祖の予言に関連していることは十分に理解している。

 今日は、その後の調査報告を聞く為と、今後の方針を共有する為に聖人に集めってもらっている。


 「それでは、緑聖人。説明を始めてもらおうか。」

 話を引き継いで、緑聖人が立ち上がった。

 「教主様。まずは、虹色の流れ星が墜ちた場所が判明しました。」

 聖人達は皆、虹色の流れ星が、虹色魔石である可能性が高いことは知っていた。

 そして、虹色魔石が一番強いと言われた神級魔石を越える力が有ることもだ。

 皆が『虹色魔石の場所』に注目する理由は、使徒を引き寄せるからである。


 「まず、北の大梁国に墜ちた流れ星ですが。・・・・、『地の迷宮』の中に墜ちたことが判明しました。」

 「「『地の迷宮』だと。」」赤聖人や紫聖人がざわつく。

 「本当に、『地の迷宮』なのですか。」

 皆を代表して、橙聖人が緑聖人に聞いた。

 『地の迷宮』は大梁国内で一番大きい魔物の領域だ。

 「はい。間違いありません。多くの信者が『地の迷宮』に墜ちたのを見ました。それに『地の迷宮』の魔物達が活性化したという報告があります。活性化の原因は虹色の流れ星が墜ちた影響と見るのが妥当でしょう。」

 「活性化ですか。」

 紫聖人は、緑聖人の説明に思わず、聞き返した。

 活性化とは、魔物の昇華が早まる現象だ。

 魔物は、魔力の濃い魔力溜りを領域として、その中で暮らしている。

 魔力溜りから魔力をたくさん浴びることで、魔力階級を高め強くなっていく。

 活性化とは、魔物の魔力階級が上昇する昇華のスピードを速め、短期間で魔物が力を強化させ、たくさんの魔物を発生させる現象のことを言った。

 活性化など、普通は発生しない。

 魔力溜りの魔力の量や、魔力の質を高めない限り、魔力階級の上昇スピードは変わらないのだ。突然に魔力溜りから発生する魔力量や質が変わる等有り得ない。

 その常識が、七色の流れ星により覆されていた。

 七色の流れ星が、何らかの理由で魔力溜りに干渉し、溜りから出る魔力量か。魔力の質を向上させた。そして魔物の昇華速度を上げているのだ。

 それは、今でも手に負えない『地の迷宮』の魔物が、更に強くなった理由だ。


 聖人たちが、騒めく中、緑聖人は言葉を続ける。

 「それと、もう一つの虹色の流れ星。南東の大陳国に墜ちた流れ星ですが、これは『火の迷宮』に墜ちました。」

 「「「「「今度は『火の迷宮』だと。」」」」」

 再び、聖人の間で、ざわめきが興る。

 『火の迷宮』は大陳国で最大の規模を誇る迷宮である。

 この聖大陸には7大迷宮と呼ばれる強力な力を持った魔物が君臨する迷宮があり、『地の迷宮』と『火の迷宮』の2つが、7大迷宮の中の2つだ。

 「こちらも、『地の迷宮』と同じで、たくさんの信者が見ていたのと、魔物の活性化が始まっています。迷宮の中に流れ星が墜ちたと考えて間違い無いでしょう。」

 皆、唸ったまま沈黙してしまっていた。


 「緑聖人。報告ありがとう。状況は分かった。それで、どうやって虹色魔石を回収するか、意見を聞かせてもらおうか。」

 「はっ。私の意見は、赤聖人に『地の迷宮』、紫聖人に『火の迷宮』を攻略してもらいたいと考えておりますが。」

 まぁ、妥当な意見だ。

 教団内の最大戦力を持つ赤聖人。世界中の魔物を狩ってきた紫聖人の2人しか、この場で2つの迷宮に挑める者はいない。

 だが、2人の聖人の表情は渋かった。

 「赤聖人、どうですか。『地の迷宮』の攻略は出来そうですか。」

 「『地の迷宮』の探索は可能ですが。あの迷宮は、活性化する前でも神級魔物や王級魔物がウヨウヨしていました。さすがに活性化後ですと、虹色の流れ星の回収は・・・。」

 赤聖人は悔しそうに答えた。

 「紫聖人はどうですか。『火の迷宮』の攻略も難しいですか。多くの魔物を退治したあなたならと思いますが。」

 「ヤバいですね。あの『火の迷宮』は。赤聖人の意見と同じで、潜るのは可能だが。活性化前でも、地下5層の内、地下4層までが限界。活性化後なら、地下3層が限界でしょう。虹色の流れ星が地下3層までにあれば良いですが・・。」


 「そうですか。良く分かりました。」

 私は、机の上に肘を置いて、指を絡ませて考えた。

 赤聖人や紫聖人の話では、活性化した『地の迷宮』や『火の迷宮』から虹色の流れ星を見つけ出して、回収するのは相当に難しそうだ。

 しばらく考えて、方針を決めた。

 「それでは、赤聖人と緑聖人の2人に『地の迷宮』の攻略か捜索をお願いしましょう。無理をして失敗はしたくありません。それで、紫聖人と橙聖人は『火の迷宮』の攻略か探索をお願いします。まずは『地の迷宮』から始めます。今の話を聞くかぎり、2つの迷宮は相当に危険なようですから。捜索に重きを置いてください。攻略出来そうであれば、攻略を。良いですか。」

 私も、2つの迷宮の魔物が、この世界で危険なのは知っていた。

 虹色魔石を手に入れたいのは山々だが、焦ってはダメだ。


 「分かりました。教主様。捜索が重きなら、なんとかなるかもしれません。」

 神級魔物1匹でも、赤聖人が倒すのは難しい。

 赤聖人と紫聖人の2人がかりでも相当に難しい。迷宮には、活性化前でも神級魔物が5,6匹はいると言われていた。

 「では、赤聖人は潜れるだけ潜って、虹色の流れ星を探してください。ただし、決して迷宮を離れてはなりません。」

 「分かりました。教主様、それは使徒様が現れるのを、そこで待てということですか。」

 「そうです。それと、聖王国や他の勢力から虹色の流れ星を守る為でもあります。」

 七光聖書には、始祖は虹色魔石に引き寄せられたと記載されていた。

 きっと、始祖が予言を託した使徒も、同じように引き寄せられるに違いない。

 それと、大聖国も必ず、虹色の流れ星を虹色魔石と思い、狙って来るはずだ。

 「分かりました。使徒様を迷宮でお待ちします。大聖国の者どもは心配に及びません。我らが攻略できない迷宮を奴らが攻略するのは無理ですから。」

 「お願いします。使徒様が迷宮に赴く前に、我らで使徒様を見つけるつもりですが。貴殿達が迷宮で待っていれば、安心です。」

 「畏まりました。」

 赤聖人と紫聖人の2人が跪いて、両手を高く上げ、右手の拳を左手で覆うようにして『バシッ』と音を立て、頭を下げて受令の礼を行った。


 2人が席に着くと、橙聖人が口を開いた。

 「教主様。私が教団を離れますと、教主様の身を守る者がおりません。万が一に教主様の身に何かあったら大変です。それに、探索、というか使徒様が現れるのを待っているのであれば、紫聖人だけで良いのでは無いでしょうか。」

 『橙一門』は教団と教主の安全を守るのが役目だ。

 それこそ始祖の予言より、教主と教団を守りきることが彼らの役目でもある。

 「私は大丈夫ですよ。それよりも虹色魔石です。教団の千年の宿願成就の為にも必要です。それは私の命よりも大事。橙聖人。分かってもらえますか。」

 私は冷ややかな目で橙聖人を見ながら、低い声で語った。

 「はっ、分かりました。」

 「橙聖人なら、何者かが虹色魔石を見つけても、上手く対処してくれるでしょう。それに、使徒様が現れるかもしれませんし。」

 「はっ」

 橙聖人は席を立って跪くと、両手を高く上げて、右手で拳を作り、左手で拳を包むようにして拝命の礼を行った。

 「緑聖人。あなたも『地の迷宮』へ向かってください。戦力分散は避けて、まずは『地の迷宮』を攻略します。そして、次は『火の迷宮』です。時間がかかると、益々、魔物どもは活性化しますので、早く動いてください。よろしいですか。」

 「「「「「「「はは。」」」」」」」

 7人の聖人が席から立ち上がると、跪いて拝命の礼を行うのであった。


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異世界戦記 虹の王 あらいぐま @yokosuka1210

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