第7話 源静香
楊慶之 【姜氏の里】
楊公爵家の【楊都】が陥落し、蔡家軍の兵士から逃れて、俺はこの『姜氏の里』にたどり着いた。
あの時から約6か月の時間が経過していた。
今、俺は桜花と打込稽古を行っている。
桜花の稽古を一言で言えば・・・『地獄』だ。
彼女は鬼だ。手加減というものを知らない。情け容赦も全くない。
俺をいたぶって楽しんでいるとしか思えない。
俺が頭の中で不満をぶちまけていると、木刀が打ち込んできた。
――カキーン。
桜花の木刀が頭に当たって、俺はその場に崩れ落ちていた。
「子雲。まだまだ、腰が引けているようだね。これで、今日は10回は死んだかな。こんな戦い方じゃ、実戦ははまだまだ。この里から出て、蔡辺境伯と戦うにはまだ早いかな。」
ぐうの音も出ないほどに手痛くしごかれている。
桜花は倒れた俺の背中に上に木刀を突き立て、腰の『魔法の鞄』から回復薬を取り出している。
「はい、これを飲んで。」
渡された回復薬を飲むと、体の傷は一瞬で回復していく。
精神的な苦痛は残りが、これで練習は続けられるわけだ。こんな感じで倒されては、回復薬。また倒されたは回復薬と、すでに今日は10回も回復薬を飲んで戦っている。本当に地獄の特訓だ。
この地獄の特訓で、俺が桜花のシゴキにまともに相手が出来ているのは、俺にも魔力が芽生えたからだ。
あの姜馬と出会った翌日に、俺は、姜馬によって魔力を解放してもらった。
姜馬の時もそうだったようだが、無機質な声が念話で俺に話しかけてきた。
内容は、『リミッターを解除』とか『魔力を解放』『民を救え』といった内容だ。
その後、体中が熱くなり、何かが体中を渦巻く感覚がしたと思ったら、眠ってしまった。
翌朝目覚めると、俺にも魔力が芽生えていた。
今まで魔力を発現させようと苦労したのに、あっけなく魔力が手に入った。拍子抜けしたくらいだ。
ただ、姜馬の体調が一気に悪くなった。
俺の魔力を芽生えさせるのに魔力を使った所為だ。
魔力が豊富な魔力溜りの魔力を使ったが、足りずに姜馬の魔力も持っていかれた。
その影響で、姜馬の体調はこの半年で更に悪化していた。
俺は魔力を得ると、翌日から特訓という名の桜花のシゴキが始まった。
芽生えた魔力の属性は、姜馬と同じで光属性と闇属性だけで、攻撃魔法の5属性魔法は使えなかった。
攻撃魔法が使えない以上、相手を倒すには近接戦で倒さなければならない。
そこで、桜花の近接戦の特訓が始まったという訳だ。
近接戦でこの里で一番強い桜花である。当然に桜花が俺の近接戦を教える事になった。ただ、彼女がここまで、バトルジャンキーだとは思わなかった。
刀を持つと、目の色が変わる。
そして、静かにすれば黒髪の可愛い大和撫子しか見えない桜花が鬼に変わるのだ。
そんな地獄の特訓の日々が6か月も続いていたのである。
まぁ、そのおかげで近接戦の力は相当に上がっていたが・・・。
魔法の習得は、姜馬の体調が悪いので、魔導書を10冊渡されて読んでいる。
この魔導書は姜馬が自ら書いた魔法の本で、神聖文字や魔法陣の構図の作り方、魔力伝導など魔法を作る技術についても書かれていた。
今まで姜馬が魔法について調べた内容の総編集のような本で、この魔導書を読めば、この世界の中で一番魔法に詳しくなれるのは間違いない。
だが、この本は誰にでも読める者では無かった。
そう、日本語で書かれてあるのだ。
魔導書の内容が安易に漏れないように、姜馬が日本語で書いたのであった。
この魔導書には、魔法の魔法陣の図面も書いてあった。
魔力が芽生えても、魔法が使えない俺は、この魔法陣の図面が有難かった。
この本には、12個の魔法陣の図面が描いてあった。
姜馬が言うには、魔法の魔法陣は紙に転写できる物とできない物があるらしい。
紙には転写できない魔法陣の図面の方が多いようだ。
逆に言うと、魔導書に転写できる図面は12個しかなかったということだ。
転写出来ない魔法陣は、魔物が使う魔法陣だと姜馬は教えてくれた。
魔物が使う魔法陣とは、魔物が魔法を発動する時に現れる魔法陣だ。
人間は頭の中に魔法陣を描くが、魔物は空中に魔法陣を描くのだ。空中に描かれた魔物の魔法陣は目で見える。姜馬はその魔法陣を自身に頭に転写して使える魔法を増やしたと言っていた。
なぜか、魔物の魔法陣は紙には転写できない。魔物の魔法陣に色があったり、複雑なので紙には描けないと言っていた。
その為、12個以上の使える魔法を増やすには、魔物との戦いで使える魔法を増やすしか無いそうだ。
あと、自分で魔法の魔法陣を作る方法もある。
ただ成功率は10%も無いので、実戦でのぶっつけ本番は止めた方が良いと言われた。
ちなみに、紙に書くことが出来た魔法陣は、七光聖教の図書室の本にあった魔法陣をそのまま頭の中に転写して、発動させたら本当に魔法として発動したものだ。
今、俺が使える魔法は魔導書に書かれた12個の魔法
光属性が3つ。『結界』『治癒』『神聖』
闇魔法が9つ。『移転』『瞬歩』『空歩』『飛翔』『索敵』『認識』『神速』『身体強化』、『身体速度強化』の合計12個だ。
面白いのは、『認識』魔法だ。
これは自分や相手の能力。
すなわち魔力や武力、知力、魅力を数値化する魔法だ。相手の能力が分かれば、戦う時に相手の力を事前に知る事ができる。人材を発掘するのにも便利だ。
ちなみに今の俺の能力値はまあまあだ。この里に来て武力と魔力が上がった。
【楊慶之の能力値】
武力のレベルが 610
知力のレベルは 940
魅力のレベルが 420
魔法のレベルが 1120
能力値の平均レベルが400だそうだ。
魔法のレベルを魔力階級で当てはめると、
特級魔力 :魔力レベル400以上
特級魔力 :魔力レベル500以上
王級魔力 :魔力レベル600以上
神級魔力 :魔力レベル700以上
虹色魔力 :魔力レベル1000以上だそうだ。
俺の武力のレベルは、桜花との特訓前が410だったが、今は610と特訓の成果で200も上がった。
普通の特訓でこの短期間で200レベルのUPは滅多にないようだ。
鬼のような特訓に耐えたおかげのようだ。
それと知力のレベル980は凄い。この世界でトップクラスの知力だそうだ。
前世での知識や神童としての記録力や理解力がこの数字に反映したんだと思う。
そして、魅力のレベルは420。平均が400なので、少し良いくらいだ。
最後に魔力のレベルだが、最初はMAXの1000だと思ったが、魔法を一つ覚えたら、魔力レベルが10増えた。虹色魔力になると、条件1000になり、後は魔法を一つ覚えると、魔力レベルが10上がると姜馬が言っていた。
ちなみに魔力が芽生える前は、俺の魔力レベルは0だったようだ。
魔力や『認識』魔法の話はここまでにして、今は桜花の特訓中だ。
俺は、回復薬を飲むと、再び桜花と向き合う。
ちなみに桜花の認識魔法で測った能力値も凄い。俺が敵う訳が無いのは彼女の武力レベルを見れば分かる。
【姜桜花の能力値】
魔力階級 神級魔力
武力のレベル 920
知力のレベル 220
魅力のレベル 400
魔法のレベル 820
武力のレベル920はこの世界のトップクラスだ。
姜馬が言うには、武力のレベル値は練習や経験で上がるが、同じ練習や経験でも上がる数値は違う。素質のある者は、短期間で武力レベルが一気に上がるし、素質の無い者は、なかなか上がらない。
彼女の武力レベルは、努力だけでなく、才能も加わってあそこまで上がったと姜馬が言っていた。
あと、魔力レベルの820も相当に高い。魔力レベル700を超えると、神級魔力だが、神級魔力の中でも、800レベル台の魔法使いは少ないらしい。
この武力レベル920の桜花を相手にするには、俺は魔法を最大限に活用するしかない。
彼女は火属性と風属性の珍しい2属性持ちだ。
しかも闇属性の『神速』魔法を発動することが出来る。
俺は『神速』魔法を発動し、普通の人では目で追えない速さで桜花と木刀で打ち込む。桜花も『神速』魔法が使えるので当然に反応はできた。
お互いに『神速』魔法を発動し合っているので、速度は同じ。
だが、こっちは『神速』魔法だけでなく、他の魔法もある。
『瞬歩』『身体強化魔法』を同時発動させて戦うが、全て桜花の木刀に弾かれた。
ちなみに、『瞬歩』は自分の目で見た場所に瞬間移動を行う空間魔法だ。
こっちは3つの魔法を同時発動するが、全然桜花には歯が立たなかった。
再び、桜花の木刀が頭に飛んできた。
「はい、これで11回目。これが実戦なら、子雲は11回も死んだ事になるね。」
全くその通りで、返す言葉もない。
「まだ、『神速』魔法の速度に、子雲の体がついていけていないね。『瞬歩』も目の方向で移動先が読まれているよ。木刀への魔力の籠めも足りない。せっかくの魔法が戦いに活きていないかな。まだ、まだだね。」
厳しいダメ出しにたじたじだ。
こんな所で、練習している間も、妹の琳玲は旧南東軍を率いて戦っていると思うと、半年前の役に立たない自分と今の自分が同じだと気が焦っていた。
「俺は早く戦いに出たい。もう、十分に戦える。」
蔡辺境伯と戦いに向かうのは、桜花と、そして姜馬からの修行終了の皆伝をもらってからと、修行の初めに約束をしていた。
魔法の方はだいぶん使えるが、近接戦の方は、桜花が強すぎて修行終了の皆伝までは進んでいなかった。
「そんな武力で蔡家の神級魔力の将軍を相手に戦えるのかな。ちょっと甘いね。力を蓄える時に蓄えないと後で後悔すると思うよ。」
確かに、彼女の言う通りだ。
蔡家には蔡家7将軍がいる。彼らの内6人が神級魔力を持った将軍だ。
そんな奴らと戦うのに光属性と闇属性魔法しか使えない俺は、刀で敵を倒さないといけない。今の力なら、王級魔力の騎士が相手なら十分勝負は出来るが、蔡家7将軍クラスの神級魔力の使い手との戦いは厳しい。
俺が桜花から戦いについてお叱りを受けていると、突然、半蔵が姿を現した。
「慶之殿。桜花。訓練の途中に申し訳ないが、姜馬様の部屋に来てくれ。会わせたい客人が来たようだ。」
桜花が美しい眉間にしわを寄せる。
「客人?この里に客人が来たと言うのか、半蔵。聞いていないぞ。」
この里への侵入は結界に阻まれて困難である。
事前に知らされていない客人など、慶之以外にいなかった。
「まぁ、桜花も会えば分かる。」
そう言うと、半蔵は姿を消した。やっぱり半蔵はこの世界の忍者だ。
半蔵の能力値を『認識』魔法で見ようとしたが、全ての数値が「???」になっていた。たぶん、『認識』魔法の阻害魔法を発動させているんだろう。
さすがは半蔵である。
姜馬の部屋の扉を開けると、布団から体を起こした姜馬と白銀の髪に青い目をした女性と、その後ろに体の大きな黒い髪の女性が座っていた。
「おお、慶之。訓練の途中に呼び出してすまなかった。ゴホゴホ。ここに居るのは、この里の出身者じゃ。突然、現れたから慶之に紹介しようと思ってな。」
苦しそうな姜馬の話が終わると、直ぐに反応したのは桜花であった。
「おお、静香だな。どうしたのさ。大聖国に行っていたんだよね。」
「あら、桜花。久しぶりね。まぁ、いろいろあってね。この里に帰って来たのよ。」
桜花が静香と呼んだ女性の反応から、客人というよりは、旧友のようだ。
「そうなのか。それで気きたんだけど、どうやって里の結界を破ったのかな。」
「移転魔法よ、移転魔法。私クラスの魔法使いなら当然、移転魔法くらい使えるのよ。」
移転魔法は難しい魔法で、この世界で使える人は非常に少なかった。
移転魔法は自分が行った事のある場所なら空間を結び付けて移動ができる。確かに、強固な結界が張ってあっても通過は可能だ。
それだけに移転魔法は難易度の高い魔法である。もし、この静香という女性が移転魔法を使えるなら相当の腕の魔法使いだ。
「ふ~ん。移転魔法ですか。それで、大聖国はどうだったのよ。」
「まぁ、いろいろあったのよ。いろいろね。そんな事より、桜花は相変わらずに元気そうね。」
「元気だぞ。僕は元気と強さが売りだからね。今も子雲と稽古していた所さ。」
「あら、そこにいる人が、姜馬様の後継者。この里では見ない顔ですけど。」
銀色の髪の女は、鋭い視線を俺に送る。
「ああ、俺は楊慶之。字は子雲。楊公爵家の三男だ。」
「ふ~ん。あの滅亡した楊公爵家の三男ですか。私は大聖国の元女王。源静香。大陳国の公爵家ごときの三男が、なぜこの里にいるのですか。姜馬様。」
貴族と聞いて、この静香も顔色が変わった。
自分は本当かどうか定かでは無いが、大聖国の元女王と名乗っているのに、貴族が嫌いのようだ。しかも、自分の方か格が上の王族なので、明らかに俺を馬鹿にしてマウントを取りにきている。
「静香、なんか嫌だね。その言い方。子雲に失礼だよね。ちょっと静香でも今の言い方は許せねいな。」
言われた俺が腹を立てる前に、桜花が静香に怒りをあらわにした。
「どうしたの。おかしいのは桜花や姜馬様の方じゃないの。どうして、貴族をこの里に侵入させるのかな。しかも、こんな滅んだ公爵家の三男なんて。姜馬様の後継者に指名するなんてあり得ないわ。」
彼女の口ぶりは俺が本当に気に入らないようだ。
この静香という女性に何かしたのかと思う位に嫌われていた。
「お嬢も桜花もやめるんじゃ。それと、お嬢は慶之にちゃんと謝れ。桜花の言う通り、あの言い方は、慶之に失礼じゃ。」
姜馬は大聖国の元女王の静香の事を『お嬢』と呼んでいた。
「姜馬様。なんで私が、こんな三流貴族に謝るのですか。私はこれでも、大聖国の女王だったんですよ。大聖国の王族が、大陳国の公爵家の三男に頭を下げるわけにはまいりません。」
大聖国は、始祖の興した国でこの聖大陸を千年前に統一した国だ。
その大聖国から見れば、大陳国も他の国も大聖国の家来であった貴族が勝手に独立して立てた国に過ぎない。
とにかく、この静香という女性は名門意識が高かった。
「静香、あなたね~、まだそんな事を言っているのか。そんな態度なら、大聖国に帰った方が良いんじゃないか。それとも、僕が追い返してあげようか。」
桜花が手に持った木刀で、自分の肩を叩く。
今にも、静香に殴りかかりそうな雰囲気を桜花が醸し出した。
「聞き捨てなりません。我が主君を愚弄するとは。それに、木刀と雖も我が主君を襲い掛かる姿勢を示すとは許しマジ。私がお相手します。」
声を上げたのは静香の後ろに控えていた護衛の女性だ。
大きな体の黒い女が立ち上がった。
「へぇ~。僕は良いよ。やるかい、静香の護衛さん。」
桜花の言葉に反応したのは静香だった。
「やめなさい。有香。あなたが敵う相手ではないわ。」
さすがは桜花の友人だけある。
確かに、静香の言う通りだった。
護衛さんは優秀な軍人なのだろう。『認識』魔法で見てもそこそこの能力値だ。
だが、桜花が相手では分が悪い。
護衛さんの武力レベルは710。訓練で鍛えた俺より100も高い。
だが、桜花の武力レベルは920である。
魔力のレベルでも負けている。
護衛さんの魔力レベルは620の王級魔力で決して低くは無いのだが神級魔力の桜花が相手にならない。
一対一の戦いは武力と魔力で勝負が決まる。
【護衛さんの能力値】
武力レベル 710
知力レベル 210
魅力レベル 400
魔力レベル 620
「それなら俺が相手しようか。桜花の弟子なら丁度良いだろう。」
俺が護衛さんとの一騎打ちに名乗り出た。
能力値では、俺の方が武力は弱いが、魔力の方は強い。
桜花との修行の成果を見せるチャンスでもある。
「ほう、楊家の三男坊が、有香を相手にするの。面白いわね。良いわ、もし有加がその楊家の三男坊に負けたら、私が頭を下げるわ。」
静香は完全に俺のことを見下している。
まぁ、確かに普通の貴族の子弟であれば、この護衛さんを倒すのは難しい。
「良いぞ。僕も賛成だ。子雲の修行の成果を見る機会だしね。」
桜花も俺と護衛さんの一騎打ちに賛成したので、練習場に場を移した。
姜馬も、今日は体調が良いと言って、杖をついて見に来た。
これから一騎打ちが行われる練習場に、俺は木刀を持って立っている。
目の前には、静香の護衛さんも木刀を持って俺を睨んでいる。
練習場の中央に桜花が立っている。彼女が一騎打ちの審判だ。ルールは相手が立ち上がれなくなるか、戦闘不能になったら負けだ。
お互いが木刀を持って、相手の顔を睨みつけている。
「おい。楊家の三男。相手が悪かったな。一分だ。一分以内でお前を倒してやる。」
静香の護衛さんは、ニヤリと笑って木刀を俺に向けた。
「そうか。じゃ、俺は30秒かな。それぐらいで倒さないと、師匠の桜花が煩いからな。」
俺の話を聞いて、桜花は頷いている。
「調子にのるなよ。大口が叩けるのは今の内だ。本当の軍人の戦い方を教えてやるぞ。」
護衛さんは魔力を木刀に籠め始めた。
木刀が橙色の魔力色で覆われていく。
木刀だけでなく、護衛さんの体も橙色の魔 力色で覆われていく。体を魔力色が覆うのは、自身の体を強化する『身体強化』魔法を発動させたからだ。相手は『身体強化』魔法で身体能力を上げて攻撃してくるつもりだ。これで、相手の手の内が一つ分かった。
「お手柔らかに頼む。俺は魔法を使った真剣勝負の戦いは、これが初めてだからな。」
「今から負けた時の良い訳か。残念な奴だ。」
護衛さんの言葉が終わると、桜花が一騎打ちの開始の合図を行った。
合図と同時に、護衛さんは俺に向かって木刀を向けて襲いかかってきた。
踏み出しと同時に『身体強化』魔法の効果で、一瞬で俺の目の前まで移動した。
木刀の突きが、俺を目がけて向かって来る。
踏み出しから、木刀の突きの動作が洗練されていて、無駄がない。
瞼(まぶた)を開閉する一瞬で、全ての動作を完了させ、木刀が俺の顔の目の前に現れていた。
この動きは何度も修羅場を潜り抜け、鍛えられてきた職業軍人の動きであった。
あれだけの大言を吐くだけの事はある。
この洗練された動きで繰り出された一刀は、今までの俺なら目で追う事すら出来なかっただろう。
半年前の俺なら瞬殺だった。
だが、ここに居るのは昔の俺では無い。
今の俺は魔法が使える。それに、桜花のあの殺されたと思う厳しい特訓を何度も受けて地獄を見てきた。この程度の攻撃は桜花の特訓であれば緩い方である。
俺は瞬時に『身体強化』と『神速』魔法を発動させて木刀を投げ捨てた。
そして、護衛さんの動きを見切ると、『瞬歩』で護衛さんの横に移動して、腕を掴むと、庭から外に向かって思いっきり投げ飛ばした。
つい加減なしで思いっきりに魔力と力を籠めて投げると、護衛さんは訓練場の外へ目で追えないほど遠くに飛んでいった。
護衛さんを途中まで目で追っていたが、最後は見えなくなってしまった。
「・・・すまない。やり過ぎた。」
まさか、俺の身体強化の魔法がここまでの威力とは思っていなかった。
桜花との訓練では、腕など掴ませてもらえないので、自分の攻撃力が分からなかった。
『身体強化』魔法がここまでの威力なのは、虹色魔力のおかげかもしれない。
そんな俺の一連の動きを見て、静香は驚きの表情で独り言をつぶやいていた。
「えっ、なに、それ、嘘でしょ。まさか、こんな所にいたなんて・・・。バッカみたい。泣けてくるわ・・・。そうか、姜馬様は知っていたんだわ。」
従者が吹き飛ばされたのを静香は心配しなのだろう。
俺もさすがに、これはやり過ぎた。
もしかしたら吹き飛ばされた護衛さんは死んだかもしれない。早く手当てに向かった方が良いかもしれない。
護衛さんの事を心配していると、静香は俺の方を向くと、頭を下げた。
「すみませんでした。私が言い過ぎたわ。ちゃんと謝るわ。それと、私は源静香(げんせいか)。第60代の大聖国の女王だったのよ。義理の兄に王位を奪われて今は元女王だけど。それと、私のことは聖香と呼んで頂戴。」
「いや、謝ってもらえれば良いよ。今までの暴言は水に流す。それよりお前の護衛さんの治療に向かわなくて大丈夫か。」
「ああ、有香なら大丈夫よ。彼女は大聖国の藤侯爵家の騎士よ。あの程度では死なない位、鍛えてあるわ。それより教えて。あなたは虹色魔力の持ち主なの?」
「ああ、そうだ。姜馬に魔力を芽生えさせてもらったら、発現した魔力が虹色魔力だった。」
「それで慶之。あなたはやっぱり、『火の迷宮』に向かって、虹色魔石を回収に向かうのかしら。」
「・・・何のことだ。虹色魔石?そんな魔石は今初めて聞いたが。それに、なぜ俺が『火の迷宮』に向かわなければならないんだ。」
「あら、あなた虹色魔石を知らないの。」
静香は姜馬の方をつらっと見た。
「お嬢。慶之にはまだ話しておらんぜよ。丁度良い頃合いかもしれん。慶之、それそろおまんも『復讐』に赴きたい頃じゃろうて。これからいう修行が最後だ。この修行を完了できたら、修行終了の皆伝を与えよう。そして、儂とこの里の者の全員が、おまんの『復讐』の為に動く。それに、この最後の修行はおまんの『復讐』に必要な事でもある。」
「なんだ、その最後の修行は。」
「修行の達成条件は2つ。一つは『火の迷宮』に向かって、虹色魔石を取って来る事。もう一つはこの旅の中で、武力の強い人材を集める事じゃ。『火の迷宮』に潜れば、魔法を使う強い魔物もたくさんいるきー。その魔物が使う魔法の魔法陣を盗み、自分の魔法にするぜよ。虹色魔石もおまんの虹色魔力を最大限に活かす鎧の材料に必要じゃ。そして、迷宮で得た魔石で、鎧を作って戦力増強もできる。人材も道中で見つければ、一石四鳥じゃ。これで人材と戦力向上に不可欠な鎧の魔石、おまんの魔法と虹色魔石も手に入る。蔡辺境伯と戦う上でこの修行がいかに大事か分かるじゃろ。」
「・・・そうだな。確かに上手く行けば、蔡家軍と戦う武器が手に入るな。」
「そうじゃ、この修行の如何によって、おまんの復讐に成否に大きく影響を与えるぜよ。」
「一つ聞いてい良いか、今の姜馬の話で、迷宮から魔石を手に入れれば、鎧が手に入ると言っていたが、鎧職人はいるのか。」
「いるぜよ。慶之にもすでに紹介したぜよ。忘れちょったか。うちの姜平香はこの聖大陸で1,2を争う鎧職人じゃ。平香が作る鎧なら、どの国の鎧騎士にも負けんきー、大丈夫じゃ。それに、儂が若い頃集めた魔石も豊富にあるきー、十分な鎧の数は用意できるが、蔡辺境伯と戦うんなら、もっと鎧の数を増やしておいた方が良いぜよ。」
そう言えば、姜馬の家で宴会をした時に、姜平香という女性を紹介された。
確か、鎧と魔道具職人と言っていたのを思い出した。
「そうか、分かった。それじゃ、その修行をなんとしてもやり遂げて見せるよ。」
姜馬の話を聞いて、この修行が『復讐』にとって重要なのは十分に理解できた。
「子雲。僕も行くよ。『火の迷宮』に。強い魔物がたくさん居そうで面白そうだし。」
桜花がニヤリと笑った。
彼女のバトルジャンキーの血が騒いでいるのが良く分かる。
「まって、私も行くわ。私も魔力階級のレベルを上げる為に経験値上げたいし。それに、虹色魔石にも興味があるわ。」
意外にも手を挙げたのは静香であった。
俺は静香の能力値を『認知魔法』魔法で見て見た。
【源静香の能力値】
魔力階級は神級魔力
武力レベル 110
知力レベル 890
魅力レベル 910
魔力レベル 830
俺は彼女の能力を見て驚いた。
この大陳国に9人しかいない神級魔力の戦士がここにもいたのだ。
桜花といい、静香といい、なんで滅多に存在しない神級魔力の戦士がこんな小さな里に2人もいるのかと驚いた。
それに、知力と魅力値が高い。
大聖国の女王に就いたというのは本当だろう。それが、この魅力と知力を上げているに違いない。
口が悪くて生意気だが、この能力は是非味方に加えたい人材である。
「静香。教えてくれ。お前の魔法属性は何なんだ。」
「私の属性は聖属性と土属性よ。私の結界と治癒魔法は強力よ。それに、大聖国の宝具もたくさん持ってきたわ。きっと戦力になるわよ。私も『火の迷宮』に連れて行って頂戴。」
この世界で、結界魔法を使える魔法使いは少ない。
それに、たくさんの宝具を持っているとは、さすがは大聖国の元女王だ。
これも大きな戦力になる。
宝具とは、すでに魔法陣の図面が失われている一品物の貴重な魔道具だ。
今では失われた昔の強力な魔法を放つ宝具もたくさん存在する。
宝具の多くが王家や大貴族の家に保管されている。
そして、貴重な宝具を一番多く持つのは当然、大聖国の王家である。
その大聖国の女王だったのが静香だ。大聖国の宝具を持ち出したのであろう。
「俺は構わない。」
そう言って、姜馬の方に視線を移す。
「儂も構わんぜよ。ただし、お嬢。慶之の指示をしっかり聞くことが条件じゃ。慶之は儂の後継者だからのう。それが慶之に帯同を許可する条件じゃ。」
「分かったわよ。ちゃんと慶之の指示には従うわよ。初めから、慶之が虹色魔力の持ち主と知っていたら、あんな態度も取らなかったわよ。」
静香は俺が魔法を放つ時、虹色魔力の魔力色を見たのだろう。
俺が虹色魔力の持ち主と知ると、急に俺に対する態度が軟化した。
しばらくすると、静香の護衛の有加が走って戻ってきた。
俺に再戦を挑もうとした所、静香から俺が虹色魔力の持ち主と聞いて、護衛の有加も俺に対する態度が変わった。
どうも、大聖国では虹色魔力に対する特別な思いがありそうだ。
それはそうと、有香も静香と一緒に『火の迷宮』へ向かう事を志願したが、静香が却下した。護衛の有香に別の命令を伝えていた。
有加は静香の命令に抵抗していたようだが、最後には承知したようだ。
姜馬は嬉しそうに俺たちを眺めていた。
「楽しくなってきたぜよ。ただ、時間がない。とにかく、時間がないき、直ぐに動くぜよ」
姜馬は咳き込みながらも、表情は明るい。
最後の力を発揮するように、椅子から立ち上がるのであった。
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