第6話 七光聖教
大聖歴1000年1月1日の夜明け
七光聖教 大天主堂 大聖国の王都【聖陽】
新月の真っ暗な寒い夜空。
一人の神官が、夜空を見つめている。
「あ、あれは。」
何かを見つけたのか、しばらくの間、じっと夜空を見つめていると驚いた表情で『星見(せいけん)の櫓』から転げ落ちるように飛び降りた。
そして、そのまま、大天主堂の廊下を走り、教団の幹部である聖人の一人の部屋の扉を叩いた。
聖人とは、七色聖教の中で教主の次に高位の幹部の役職の名将である。
「ドン、ドン、星見の神官です。緑聖人様。至急お伝えしたい事が。」
神官は激しく扉を叩いた。
夜が深まり、皆が寝静まる時刻に最高の幹部の部屋を叩くのは無礼だが、そのような事を考える余裕が無いほどに神官は慌てていた。
しばらくすると中から声が聞こえる。
「入りなさい。」
中から部屋の主の声が聞こえて、星見(せいけん)の神官は部屋に入った。
部屋に入ると、緑色の頭巾を被り、緑色の外套(がいとう)のような神官服を羽織った男が坐っていた。
寝ていた所を起こしたのだが、そんな素振りなど一切見せず、緑の頭巾を被った緑聖人は威厳を保って星見の神官に接していた。
「どうしました。星見(せいけん)の神官。そんなに慌てて。」
緑聖人は、星見の神官の慌てた表情を見つめている。
そして、何かに気づいたような驚いた表情をした。
「ま、まさか・・・。」
緑聖人のつぶやきの声が漏れるのとほとんど同時だった。
星見の神官は、緑の頭巾を被った緑聖人の前に跪いた。
「緑聖人さま。流れ星が。七色の光を放つ流れ星が空に現れました。」
その言葉を聞いて緑聖人の表情が変わった。
嬉しそうな表情をすると、目を閉じて祈るように両手の指をからませた。
「本当ですか、本当に、七色の・・、七色の光を放つ星が現れたのですか。」
声を震わせている。
緑聖人は閉じていた目を開いて、星見の神官を見つめた。
星見の神官も昂(たかぶ)る気持ちを抑えられないように高揚していた。
走ってこの部屋にやってきた事もあり、呼吸を乱している。
「はい。緑聖人様。この目でしっかりと見ました。間違いはございません。」
その言葉を聞いた緑聖人の興奮は更に高まった。
「そうですか。予言が・・・始祖様の予言が、今から始まるのですね。」
「はい。それしか考えられません。・・・いえ、その通りです。これは始祖様の予言の始まりです。」
星見の神官は、跪いたまま緑聖人の言葉に首肯した。
昂りが暫くして収まると、緑聖人は冷静な表情に戻り星見の神官に尋ねた。
「それで、七色に光る流れ星はどちらに向かいましたか。」
神官は、跪いたまま答える。
「はっ。一つは北に、もう一つは南東に堕ちました。」
「ほう。この【聖都】から北と。南東ですか・・・。えっ・・。七色に光る流れ星が、2つ堕ちたということですか。」
教団の本拠は、千年前に始祖が建国した大聖国の国都【聖都】にあった。
緑聖人は、七色に光る星は一つと思い込んでいたようで、七色に光る星が2つ存在したことに驚いていた。
「はい。2つです。七色の光る流れ星は2つ。そして2つとも地面に墜ちました。」
「そうですか・・・2つ、2つも墜ちたのですか。」
「はい。北の一つは大梁国。南東ももう一つは大陳国の辺りかと推察します。」
「そうですか。大梁国と。大陳国の2国に墜ちたのですか・・・。」
「はい、緑聖人様。」
緑聖人は右手で顎髭を撫でながら、黙ってしばらく考えこんだ。
そして、再び、目の前に跪いている星見の神官に目を移す。
「星見の神官。あなたは、七色の星が2つ現れた事と、始祖様の予言の関連性についてどう考えますか。あなたの意見を聞かせてください。」
星見の神官は、顔を上げないで跪いたまま、暫く考え込んでいた。
そして考えをまとめたように顔を上げて緑聖人を見上げた。
「緑聖人様。七光聖典に書かれた『予言の書』には、七色の星が現れると書かれていましたが、その数には触れられておりません。そして予言の書を解釈するに、今回の七色の星は『予言の書』に記載されている『虹色魔石』に相違ありません。」
「そうです。」
緑聖人は軽く頷いた。星見の神官の話は、聖典の内容を述べたに過ぎない。
「加えて言うなら、『虹色魔石』を手にする者が、始祖様の予言を成就される使徒様かと思われます。」
「その通りです。星見の神官。『虹色魔石』を手にする者、すなわち『虹色魔力』を持つ者が使徒様です。」
「はい。そしてその『虹色魔石』が2つ現れました。ここからは経典にも書かれていない私の考えですが・・・使徒様が2人現れるのかと。」
「使徒様が2人ですか・・・。なるほど、確かにその考えは今の状況を考えると合点がいきますね。」
緑聖人は目を閉じて顎髭を撫でながら、再び考え込んでしまった。
予言とは、千年前の始祖が残した予言である。
始祖と呼ばれた男が、突然この世界に現れて、仲間を集め、眷属を従えて聖大陸を統一して、魔人族の神である魔神を封印した。
もし、その男がこの世界に現れなかったら、この聖大陸は邪悪な魔神が支配する魔人族の土地になっていただろう。
そして人間は滅亡するか、魔人族の奴隷になっていたはずだ。
その始祖は死ぬ前に、予言を残し、同時に『七光聖教』を作ったのだ。
彼が行った予言は、『千年之後、現人虹色、代我征世、倒魔安民』という16字の言葉である。
(千年後に、虹色に光る魔力を持つ者が現れ、始祖である私に変わって、聖大陸を統一して世の中を正し、魔神を倒して、人々を安寧に導く)
七光聖典には、千年後に魔神の封印が解けるとも書いてあった。
そして、始祖は予言を行うと、千年後に現れる始祖の予言の成就者。
すなわち魔神を倒す使命を持つ虹色の光を放つ者を、助ける組織として七光聖教を作ったのであった。
七光聖教にとって、使徒を見つけ使徒の力になるのは、成すべき使命であった。
そして教団は、魔神を倒す使命を持つ虹色の光を放つ者を使徒と呼んだ。
しばらく熟考をしていた緑聖人が再び目を開いた。
「今年が、始祖様が予言した千年目です。確かにあの星は予言の始まりを示す合図でしょう。我らに失敗は許されません。千年の間、この日の為に教団は準備を行ってきたのです。なんとしても予言を成就させねばなりません。」
始祖は予言を行った年を、この聖大陸の暦である大聖暦の元年としていた。
そして、今日が大聖歴1000年の1月1日。
丁度、始祖が予言を行った日から千年に当たる。だから、今年中に虹色魔力を持った使徒様が現れると教団は予想はしていた。ただ、予想していなかったのは、その使徒様が一人では無く、二人の可能性があることであった。
「はい、緑聖人。我らに失敗は許されません。」
「そうですね。だから、使徒様が一人か、二人かは分からないですが、どちらでも対応できるように教団は動きます。後は我らの役割ですから、星見の神官はもう下がって良いですよ。」
教団にとって大事なのは、これからどう動くかだ。
初手をしくじると、後で挽回が効かなくなる。ここはあらゆる可能性を考え、打てる手を幅広に打っていく必要がある。
緑聖人は星見の神官を下がらせると、すぐに一門の配下を呼んだ。
七色に光る流れ星、これは予言の通りであれば『虹色魔石』だ。
まずは『虹色魔石』の確保が最優先。間者の『天狗』に『虹色魔石』の確保させる為、大梁国と大陳国に送るように一門の配下に命じさせた。
併せて、虹色魔力を持つ者が周辺にいないかも探らせた。
きっと、使徒様は虹色魔石は引き合うはずだ。
だから、虹色魔石の近くに使徒様と思われる人物もいるはず。
虹色魔石である七色の光る星が大梁国と大陳国に墜ちたのは、きっと、使徒様に引き寄せられて、近くに星が墜ちたものだとも緑聖人は考えていた。
配下の者は命じられた通りに、間者の『天狗』の元に向かった。
教団の間者である『天狗』はこの聖大陸で、1.2を争う間者集団である。
情報収集、敵の攪乱、暗殺なども行う暗部として、最強の間者部隊として知られている。彼らに任せれば大抵の調査は上手くやった。
だが、今回は失敗が許されない。
なにせ始祖の予言に関する事案である。
緑聖人は更にもう一人の配下を呼び出した。
もう一人の配下に命じたのは、教団の末端支部である天主堂の信者に使徒様を探させることであった。
教団の情報収集の強みは間者の『天狗』だけではない。
その『天狗』以上に情報収集に長けているのが、天主堂の信者たちだ。
なにせ、子供から年寄りまで多くの者が、七光聖教の信者だ。
七光聖教はこの聖大陸で最大の宗教集団である。
ちょっとした日常の変化や噂話、人の動きを敏感な信者の目がきっと情報を捕らえるはずだ。
その信者から得られたたくさんの情報が、教団のネットワークを通して上へと上がっていく。そして最後に教主区へと集約され、貴重な情報へと集約される。
信者の力は、それだけではない。
七光聖教の信者は魔力色を見る事ができる。もし、虹色魔力を持つ使徒様が現れれば、直ぐに分かるはずだ。
2つの国の教区主にも命じて、七色に光る流れ星の情報と。虹色魔力を持つ人人物の情報。そして、もし、虹色魔力の人物を見つけたら丁重に確保するようにとも命じたのであった。
緑聖人は、配下へ一通りの指示が終わると、直ぐに奥の部屋に向かった。
奥には、七光聖教の最高権力者である教主の部屋があった。
通常、奥の部屋に進むには、何回か衛兵に呼び止められる。教主の部屋の警護は、それだけ厳重なのである。
だが、七人の聖人だけは、衛兵に止められる暗黙のルールになっていた。
教主の部屋に続く道を歩いて、部屋の前に緑聖人が着くと扉を叩いた。
「どうぞ、入って下さい。」
部屋に入ると、日付が変わった真夜中にも関わらず、教主は机に向かって坐って、書き物をしていた。
「教主さま。火急な報告がございます。」
私は、跪いて頭を下げた。
「畏まらないでください。緑聖人。こんな夜分に緑聖人が私の部屋に足を運ぶとはよっぽど重要な事のようですね。」
教主は温和な表情で私を迎え入れてくれた。
緑聖人に席に座らせると、鈴を鳴らして、従者を呼びお茶を持ってこさせた。
従者が、お茶を教主と緑聖人の机の上に置いて去って行った。
「それで、どうしたのですか。」
教主はお茶を口に含みながら尋ねた。
「はい、実は今さっき、星見の神官から報告がございました。七色に光る流れ星が墜ちました。」
教主は私の言葉を聞いて、椅子が倒れる勢いで、立ち上がった。
「な、七色の流れ星ですと・・・。」
思わず絶句している。
「はい。そうです。教主様。」
「そうですか、まさか1月1日の今日に墜ちるとは。」
教主も私と同じで、七色の流れ星が墜ちるのは予想していたが。
正月の今日とは思っていなかったようだ。
「はい。それも、流れ星は1つでは無く。2つ堕ちたました。」
「2つですか・・・・・・、それは、想定外ですね。」
教主は眉間にしわを寄せて、考え込んだ。
「はい。私も思ってもみませんでした。」
「それで、墜ちた場所はどこですか?」
教主はとにかく状況を確認し、これからの打つ手を考え始めたようだ。
いつもの表情ように変わり、この状況で教団がどう動くか思考を回転させているようだ。
「一つは北。一つは南東の方面です。」
「この大聖国には、堕ちませんでしたか。」
「はい、教主様。残念ながら大聖国に始祖の命は下りませんでした。」
「そうですか。それは残念ですが、これも天命です。」
教主は、少しがっかりした表情を見せたが、それは一瞬だった。
大聖国は、始祖が聖大陸を統一して作った国である。
当然、大聖国の国王は始祖の子孫であった。
だが、その子孫は優秀な者だけでは無かった。
千年の間、何人かの愚かの王が大聖国をダメにしたのである。
配下の貴族は、時には愚かな王に愛想をつかし。また、ある時は、愚かな王に反旗を翻した。
そして配下の貴族達が自ら国を作って独立してしまったのだ。
今では大聖国は小国まで落ちぶれている。
そんな大聖国の王だが、教主は、始祖の子孫が使徒に選ばれて欲しいと思っていたのであった。
教主も緑聖人と同じように、七色の流れ星が墜ちた場所に、虹色魔力を持った使徒が現れる可能性が高いと考えていたようだ。
「あの国の王は、結局は虹色魔力を得られませんでした。」
魔力は訓練や経験により、昇華させることが出来る。
大聖国の王族の中で、魔力階級の高い者を王にし、魔力階級の昇華を何度か挑戦させた。だが、結局は間に合わなかった。王族から虹色魔力を持つ者は現れず、七色の星が墜ちてしまったのだ。
「そうですね。王を何人か変えましたが、今の王はダメです。あれでは前の女王の魔力の方が、よっぽど虹色魔力に近かった。ですが、あの女王ですら虹色魔力には届きませんでした。」
「残念ですが、その通りかと。」
緑聖人の考えも同じようで、深く頷いた。
「それで、北と、南東の。どこですか。七色の星が堕ちた国は。」
「はい、北は大梁国。南東は大陳国かと思われます。」
「そうですが、大梁国と大陳国ですか。大梁国は・・・。あの国の王は病気で死期が近いと聞いています。大陳国は・・・あそこの王に至っては、まだ4歳の子供でしたね。しかもこっちも謀反が有って、前王が殺されたばかりと。どちらの国の王も使徒様の候補とは思えませんね。」
諸外国の情報については、教区主により教主にしっかりと報告されている。
「使徒様がその国の王とは限りません。」
「そうですね。予言の成就には軍事力が必要です。ですから、その国の王が近道なのですが・・・。確かに、王で無くても良いですね。大梁国は次の王になる人物。大陳国の4歳の新王ですと、傀儡として操る人物が使徒様かも知れません。」
「御意。その辺りも含めて、虹色魔力を持つ者を探させます。」
緑聖人は、頭を下げた。
虹色魔力という言葉で、教主はある人物の顔を思い出したが、振り払った。
「緑聖人。速やかにお願いしますと。」
「はっ、教主様。抜かりはございません。既に間者の『天狗』を2つの国に向かわせています。それと2つの教区主にも使徒様を探すように命じております。近日中には何か情報が入るかと。」
「そうですか。『天狗』なら間違い無いですね。きっと、大聖国も直に動くかもしれません。あの国より早く手に入れるのです。」
大聖国も虹色魔力を狙っていた。
この国が虹色魔石を保有していた。千年前の始祖が使用していた虹色魔石だ。
だが、その虹色魔石も千年の時を経て、魔石にこめられた魔力のほとんどを失っている。魔力を失った魔石はただの石だ。
大聖国にとって、始祖が千年前に搭乗していた虹色魔石で動く鎧は国の守り神であった。大聖国は何としても、虹色魔石が必要だった。
教団に匹敵するくらいの資料を有する大聖国が、七色に光る星が虹色魔石であると気づかないわけがなった。
「はい。大聖国などに遅れは取りません。必ずや教団が手に入れて見せます。そして身命を賭して使徒様を見つけ出します。」
「助かります、緑聖人。使徒様さえ教団に迎え入れれば、教団の宿願も半分は達成したようなものです。そして、これは我が教団の千年の宿願です。失敗は許されません。そして、この予言の成就が成されれば、私と緑聖人の名は数千年に渡って、この大陸で語り継がれるでしょう。」
教主は嬉しそうに両手を広げた。
そして今、まさに、始祖様の予言がこれから始まろうとする瞬間(とき)である。
この時に、自分が教団の教主である事を始祖に感謝した。
「はい。私もそう思います。教主様。」
緑聖人は頷いたまま、表情が見えないようにニヤリと口角を上げた。
「それでは、方針が決まりましたね。まずは、2つの虹色魔石を押さえる。そして、2人の使徒様を何としても、教団に迎え入れる。この2つが差し当たっての方針です。千年に及ぶ我が教団の宿願。失敗は許されません。それと、虹色魔石の場所が分かり次第、他の聖人も集めてください。7聖人会合を開きます。」
「かしこまりました。」
緑聖人は跪いて、両手を高く掲げ、右手で拳を作り、その拳を左手で拳を覆って頭を下げた。拝命の礼である。
「お願いしますよ。緑聖人。千年の我が教団の宿願が、この大聖国の未来が掛かっています。」
そして、拝命の礼が終わると、緑聖人は立ち上がり部屋を出て行った。
教主の部屋を出ると、緑聖人の胸が高鳴っていた。
教団の先人達は、千年の時間をこの時の為に準備に費やしてきた。
そして、自分はこの千年の仕上げの時にいる。
(なんという奇跡だ。まるで、私の為にこの時を始祖様が用意してくれたのだ。)
神に等しい始祖様に感謝しなければならない。
この千年に及ぶ教団の宿願を果たす場に私を選んで頂いたことを。
(始祖よ。我に機会を与え賜え感謝いたします。必ずや、使徒を見つけ出し、始祖の予言の成就を。そして、併せて我の悲願の成就を・・・。)
緑聖人は心の中で、祈るのであった。
* * * *
大聖国の国都【聖都】の食堂で昼から2人の男が酒を飲んでいた。
一人の男は藍の頭巾を被って、左手には藍の鉄扇(てっせん)を持っている。右手にもった陶器に入った酒を一気に口の中に流し込んでいた。
もう一人の黒の頭巾を被って、手には黒の鉄扇(てっせん)を持ち、右手で骨付きの豚の魔物の肉を持って、上手そうに頬張っている。
「公明。この店の肉は上手いぞ。お主も食べたらどうだ。」
黒い頭巾を被った男が、肉の油がついた指を嘗めて、陶器に入った酒を飲む。
公明と呼ばれた藍の頭巾を被った男は、中身を飲み干した陶器を机におくと、手酌で陶器に土瓶に入った酒を注ぐ。
「忠辰。お前は相変わらず食べる方が好きなようだ。私は酒だけで良いよ。」
公明は、手酌で杯に酒を入れると、飲み干した。
「お前は年寄りみたいな事を言うな。良く食べ、良く語らえだ。ハハハハ。」
黒の頭巾を被った忠辰と呼ばれた男は豪快に笑った。
「相変わらずだな、忠辰は。勝手にやってくれ。」
2人とも20代前半の若者だ。
身につけている服には、七光聖教の高位の印が縫い付けられている。
2人とも顔は才気溢れる風貌をしており、体は細見で、賢者の風格を持っていた。
教団の高位の神官のようだが、昼から肉を食べ、酒を飲み。卓の上に肩肘をついて談笑している。
七光聖教は始祖の予言の成就を教団の教えとしている以外に厳しい戒律は無いが、昼から酒を飲んで談笑するのは、教団の神官でなくても、あまり好ましい行いとは言える物では無かった。
「この店の肉は美味いと好評なんだ、お前も少し食べないか。」
食欲旺盛な忠辰が、骨付きの豚の魔物の肉を勧める。
魔物の肉は美味い。豚の魔物の肉はこの店の名物料理のようだ。
「肉もいらないが、それより、忠辰。昨日、見たか。あの七色の流れ星。」
藍の頭巾を被った公明が、熱い口調で語った。
「ああ見た、見た。その事でお前を誘ったんだ。昨日は興奮して眠れなかった。」
忠辰は、手に持っていた肉を皿に戻すと、陶器の中の酒を一気に口に流し込む。
「いよいよ。動くか。」
公明も同じように、注いだばかりの酒を煽った。
「教団は慌てているらしいぞ。なにせ、七色の流れ星が墜ちたんだからな。」
「始祖の予言か。」
公明は、藍の鉄扇(てっせん)を開いては閉じる、そしてまた開いては閉じて「バチン、バチン」と音を鳴らしながら考えている。彼のいつもの癖だ。
「そうだ。教団は千年の間、この時を待ったのだからな。ここで、使徒を見つけて、始祖の予言成就に力を貸さなければ、今までの努力は無駄になるし、信者にも示しがつかないからな。」
忠辰が杯を煽る。
七光聖教にとって始祖の予言は『教え』そのものであった。
始祖の予言そのものが教団の教えであり、教団の目的と信者に唱えてきた。その予言の成就に教団が無関心でいるわけにはいられない。
「『教団は、使徒が予言を成す為、全力を以ってこれを助けろ。』だったか。」
「ああ、そうだ、公明。それが、七光聖典にも記されている教団の教えだからな。あの七色に光る流れ星が現れたという事は、これから使徒様も現れるという事だ。あの流れ星は始祖様の予言が開始する合図のようなもんだからな。」
「それで、緑聖人が七色の光を発する流れ星と、虹色魔力を持つ使徒様を見つけ出すよう厳命を間者の『天狗』や教区主に下したようだ。」
公明は、教団の高位の幹部だけあって、教団の情報には詳しかった。
「まぁ、当然だろ。使徒様を見つけ出さなきゃ、何も始まらないからな。逆に言えば、使徒様を押さえた者が、これから始まる乱世の盤上に上がる権利を持つことになる。」
忠辰は、陶器を口につけながら鋭い目つきで公明を見た。
「忠辰、お前はやるつもりか。」
「当たり前だ。やらないと言う選択肢は無い。公明、お前はやらないのか。立たなければ、折角のこのチャンスを指を咥えて見ている事になるぞ。」
公明は陶器を一気に飲み干した。
「まぁ、当然やるよ。お前と同じで、虹色魔力を持つ者を探して見せる。このチャンスを、指を咥えて逃すつもりない。」
「それでどっちだ。」
「何がだ、忠辰。」
「北の大梁国か。南東の大陳国か。どちらの国に行って、虹色魔力を持った覇者を見つけるつもりだという事だ。公明も、あの流れ星が墜ちた付近に、虹色魔力を持つ覇者が居ると思っているんだろう。」
教団では、虹色魔力を持つ者を始祖の予言を成す使徒と呼んでいたが、2人は覇者と呼んでいた。
その理由は彼らが『藍の一門』の者であったからだ。
教団では、各聖人が『一門』と言う集団を率いている。その『一門』には、役割が与えられており、『藍の一門』は智謀を司る役割が与えられた一門であった。
この『藍の一門』は教団の中で少し変わっていた。正確に言うと、変わった一門の一つであった。
何が変わっているかというと、彼らは教団に属しながら『予言の成就』への関心が薄かったのだ。
『予言の成就』より、自身の智謀を駆使して、この聖大陸を統一する覇者を生み出す事に生き甲斐を感じていた。だから、虹色魔力を持つ者を教団は使徒様と呼んでいたが、2人は覇者と呼んでいたのであった。
「どっちの国の覇者を探すかか・・・悩むな。私も、虹色魔力を持つ覇者は、二人いると思っているが、もしかしたら一人かもしれないしな。」
公明は手に持った鉄扇を『パチン、パチン』と鳴らしながら考えている。
「まぁ。一人の覇者が2つの虹色魔石を持つ意味がないしな。あの予言の書の言う通りなら、意味のない虹色魔石が2つも地上に墜ちるはずがない。虹色魔力を持つ者も2人いるに違いない。それでどっちの国を探すんだ。」
忠辰が言うのも尤もだ。公明も口では一人の可能性もあると言いながら、覇者は二人いると思っていた。
「そうだな。私は大陳国の虹色魔力を探すよ。大梁国の方が、教団の本拠に近いから、遠い方の国が時間が稼げる。教団も使徒である虹色魔力を持つ者を探すからな。なるべく、かち合わない方がいい。それに、大陳国は私の故郷だ。どうだ、忠辰、一緒に大陳国に向かわないか。」
「・・・そうだな」
忠辰も黒の鉄扇を『パチン、パチン』と鳴らしながら考える。
しばらく考えて口を開けた。
「それなら、俺は大梁国だ。大梁国を探す。もし、片方の覇者が教団の手に落ちていたら、もう一方の覇者を2人の主にすれば良いしな。保険になるからな。」
忠辰は、なぜか教団とかち合う可能性の高い大梁国を選んだ。
「もし2人とも、それぞれの覇者の軍師になったらどうする。」
公明は、可能性は少ないが、その可能性もあると考えていた。
「それも悪くないな。俺と公明で、計略と謀略を競い合い、それぞれの主を大陸の覇者とする為、知略と謀略の限りを尽くす。私の鬼才と公明の神才で競い合うのも一興だ。この戦いに参加できない師匠の悔しがる顔が目に浮かぶ。そう思わないか、公明。」
「智謀を競い合うのは良いが。私と忠辰で争えば、たくさんの民が死ぬぞ。」
「そうだな、確かに、たくさん人が死ぬのは良くないな。だが、覇業にある程度の血が流れるのは仕方がない。犠牲者が少ないように心がけるしかあるまい。」
忠辰の考えは変わらなかった。
「分かった。お前はお前の好きにしろ。先の話をしてもしょうがない。それに教団より早く虹色魔力を持つ者を探すのは至難の業だ。忠辰が言うように2手に分かれて探す方が効率的かも知れん。」
公明は仕方がない顔をして杯を煽る。
「そうだ。まずは虹色魔力を持つ者を探す事が優先だ。教団に先に押さえられたら、師匠の藍聖人の勝ちだ。教団が使徒様を押さえたら、きっと藍聖人が聖戦の軍の軍師になるだろうからな。」
忠辰の言う通り、予言の書には聖大陸を一つにして魔神に当たると書かれている。
千年前の始祖も、分裂していた聖大陸を統一してから魔神との戦いに臨んでいるので、使徒様を教団の手中に収めたら、すぐに聖大陸統一の聖戦を始めるだろう。そして、その聖戦軍の軍師は教団の知略を預かる2人の師匠の藍聖人である。
「そうだな。聖戦軍の軍師は、我らでは無く、間違いなく藍聖人だ。」
自分の師匠が軍師になるのを、公明と忠辰は良してはしていなかった。
チャンスを逃さず、自らの主を覇者たらしめるのは、『藍の一門』の気風であり、門人一人ひとりの夢であった。当然、公明と忠辰も同じで、むざむざと師匠であっても、チャンスを譲る気は無かった。
「それで、公明。俺が仕えた主が大陸を統一したら、公明を推挙するよ。公明が仕えた主が大陸を統一したら、俺を推挙してくれ。」
「お前は、本当に仕方がない奴だ。」
公明は諦めたような顔つきで、杯の酒を一気に飲み干した。
「とにかく、教団よりも先に使徒を見つけることが先決だ。」
忠辰も、同じように杯の酒を一気に飲み干した。
2人は無言で席を立った。
「それじゃ、公明。俺は北に行く。次に会うのが楽しみだな。」
「そうだな。私は南東の大陳国に行く。もし、教団に先に虹色魔力を持つ者を押さえられたら、諦めて北の忠辰の所に向かう。忠辰、お前も、もし北の虹色魔力を持つ者が教団に押さえられていたら、こっちに来いよ。」
「分かった。」
忠辰は、背中を向けた。
「「さらばだ。」」
北と南東に。2人はそれぞれ背を向けて歩いて行くのであった。
* * * *
大陳国 蔡辺境伯 蔡家領の領都【蔡陽】
「蔡辺境伯様。大変申し訳ありません。楊家の一族の者を取り逃がしました。」
候景は私の前に跪いて、楊公爵家の一族の者を取り逃がしたことを詫びていた。
なんでも、捕虜にした楊家軍の兵士を奴隷兵として運ぶ途中で、楊家の三男に遭遇して取り逃がしたらしい。
「ああ、たかが楊家の一族の一人や二人を取り逃がしたことで大した事は無い。それに、その楊家の一族の者は、魔力を持たないと言うではないか。そのような者を取り逃がした程度で気にするな。候景。」
蔡辺境伯の中で、楊家の攻略は既に終わっていた。
魔力も持たない生き残りなど気にも留めていなかった。
「はい、寛大なお言葉、ありがとうございます。」
辺境伯に取り逃がしたと報告しただけで、詳しく報告はしていなかった。
たった2人の敗残兵を百人の騎兵で追い駆けて取り逃がしたと聞けば、辺境伯の反応も違ったかもしれない。とにかく候景にとっては屈辱であった。
とにかく、蔡辺境伯にとっては楊家の三男などどうでも良い話であった。
「ああ、それで良い。ところで、領地替えの方は順調に進んでいるか。」
蔡辺境伯のいう領地替えとは、蘭辺境伯が反乱である『魔物の乱』の後始末である。
蘭辺境伯が反乱を興し、魔物を王都に引き入れ、そのどさくさに紛れて10歳の前王を惨殺した事件を『魔物の乱』と呼ばれていた。
その乱を平定した蔡辺境伯が広大な領土を褒美としてもらい、乱に加担した蘭家や蘭辺境伯を匿ったとされる楊家およびその寄子貴族の領土を分配したのである。
「長南江北部の王家領は、王都【陳陽】のみ王家領に残し、すでに蔡家領に併呑は終わりました。寄子の曹家領、秦家領も領地替えは順調に進んでおります。ただ、蘭辺境伯領や蘭家の寄子の宋子爵家、霍子爵家、虞男爵家の北3家は一族の生き残りが残党を集めて、歯向かっております。」
長南江以北は、王都【陳陽】を残し、ほとんどが蔡辺境伯領に併呑されていた。
元々、長南江以北は蔡辺境伯の勢力が3分の1,王家が3分の1,蘭辺境伯の勢力が3分の1の勢力図であったが、今ではほとんどが蔡家領に変わっていた。
自分の寄子すら、雷家を除いて、秦家、曹家の2家も南の領土に転封させて、元々の領地は蔡家領に併呑している。
「まぁ、その程度の残党は良い。落ち着いたら一気に壊滅する。南の方はどうだ。」
「はっ。長南江以南は、北から移った秦伯爵が旧楊公爵領、曹伯爵が旧南3家の3家分の領土を承継しております。こちらも、領地替えは完了しておりますが、旧楊家の一族の者が旧南東軍に合流して秦家領で、また南3家の申家、魏家、羅家の一族が残党を集めて、曹家領で暴れているようです。」
楊家の傘下にあった南東軍は旧南東軍と呼ばれていた。
今の南東の大商国との国境には新たな南東軍が配置されている。楊家の傘下の南東軍と紛らわしいので、そのような呼称になっていた。
「そうか、南の残党兵など放っておけ。秦家と曹家に任せればいい。それで、曹宰相の方はどうだ。」
現在の宰相は、蔡家の寄子の曹伯爵の弟であった。
元々、蔡辺境伯の派閥の人間であった。だが、10歳の前国王が殺されると、蔡辺境伯は4歳の前王の弟を新国王にすると、乱を鎮めた恩賞として王家領の北を全て自領に併呑してしまった。
それをきっかけに、王権に対する蔡辺境伯の発言力が急速に拡大した。
面白くないのは曹宰相である。
急に蔡辺境伯が中央の政治に干渉し始めると、蔡辺境伯の派閥の一員であったにも関わらず、曹宰相が蔡辺境伯と反目を始めたのである。そして、大陳国の貴族に大陳国が蔡辺境伯に乗っ取られると煽ったのであった。
「貴族共に、蔡辺境伯が王家を乗っ取ると吹聴して回っているようです。」
ここまでは、蔡辺境伯もすでに認識済である。
「貴族共は動きそうか。」
「貴族はその地位を大陳国の国王から与えられた物です。それが、同じ国王の家臣としては同列の蔡辺境伯様にとって変わられると聞いて、警戒しています。それに、蘭家と楊家の滅ぼし方が強引だった所為か、相当数の貴族が、曹宰相の言葉に耳を傾けているようです。」
「具体的にはどの貴族だ。」
「我が蔡家の寄子の曹家、秦家。他にも、趙伯爵家や小貴族領の貴族、また王都内の領土を持たない法衣貴族も仲間に引き入ているようです。」
曹家の弟が曹宰相である。
寄子ながら曹家と秦家の動きは蔡辺境伯にとって思惑通りであった。
「それでは、大陳国の貴族のほぼ全員だな。まぁ、少しやり過ぎた。貴族どもが木にする勢力のバランスが、我が蔡家に偏り過ぎたようだ。貴族どもが危機感を抱くのは仕方がない。少し泳がせて、情報を集めよう。それに、我が蔡家領も一気に3倍に広がったから、軍事力や統治を整える時間が必要だ。特に人材が足りん。」
貴族たちが騒ぎ出すのも、想定の範囲内のようだ。
「蔡辺境伯様、貴族共を泳がせるのはよろしいですが、寄子の秦家と曹家の2家には随分広大な領地を替地として与えてしまっています。泳がせたままでよろしいのですか。寄子と言えでも、曹宰相の息がかかっています。広大な領地を与えた2家が、力を付けたら面倒ですが。」
それに、秦家も曹家も、従来の3倍以上に領地が拡大しており、力を付ければ馬鹿にならない勢力になりうる。
「大丈夫だ、候景。お前は『位打ち』という言葉を知っているか。」
「存じません。どのような意味の言葉なのですか。」
「これは、千年前の始祖様が組織を掌握する時使った手だ。信頼できない部下を追い落とす時の手段だ。まずは、その信頼できない部下をその者の力量以上に出世させる。力量以上の力を与えられると人間は有頂天になりぼろが出る。ぼろが出た所で、責任をとって処分するんだ。私が何を考えているか分かるか、候景。」
蔡辺境伯は試すように、候景の表情を見た。
「はい。蔡辺境伯様が改めて怖いお方だと分かりました。寄子の曹家と秦家にワザと大領を与えて、ぼろを出させ、失脚させるのですね。」
「そうだ。出来れば、曹宰相も引きずり込んでくれるともっと良いが。そこで、候景、お主に秦家と曹家を混乱させて、ボロをださせるように仕掛けろ。趙伯爵家の方は、黒の商人に命じた。この3家が滅びれば、残りは大した貴族はいない。そうすれば、いよいよ国王を殺し私が新たな王になる。」
確かに長南江の以南の勢力図は、3分の1が王家領。3分の1が秦家と曹家。3分の1が趙家と小貴族が集まる小貴族領だ。
趙伯爵家、秦伯爵家、曹伯爵家の3家が滅べば、長南江以北だけでなく、以南も難なく蔡辺境伯の手に入る。
「さすがは、蔡辺境伯です。確かに3家の貴族が滅べば、怖い者はおりません。」
「だが、大陳国の王など、覇業の一歩に過ぎない。その後、他国に攻め入り、大国の王になるつもりだ。その為には人材が必要だ。人材が。」
「神級魔力の騎士ですか。既に多くの騎士が蔡辺境伯様の軍門におりますが。」
大陳国には神級魔力の騎士が9人しかいない。
その内、6人は蔡家軍の将軍である。
国の戦力は、鎧騎士の数と、強い神級魔力や王級魔力の騎士の人数で測られる。
その意味では、鎧騎士の数を増やすのと同じ、いやそれ以上に神級魔力の騎士の数は重要であった。
鎧騎士を増やすには特級魔力を持つ魔物の魔石が必要で簡単に数は増やせないが、神級魔力の騎士はそれ以上に簡単に増やすことが出来ない。
せっかく国土が大きくなっても、戦力が増強しなければ強国とは言えない。逆に、国土は小さくても、多くの強い騎士と鎧騎士を抱えている国が強国であった。
「そうだ。趙伯爵家の趙紫雲、楊公爵家の生き残りで旧南東軍を率いている朱義忠。そして、南3家の羅家の生き残り羅漢中。この3人が神級魔力の持ち主だ。
それに、神級魔力の騎士では無いが、申家の残党を率いている王級魔力の燕荊軻も良い将軍だ。この4人を手に入れれば、我が覇業は大きく前進する。候景、この4人をなんとしても我らの軍門に引き入れるのだ。これは重要な使命だ。」
候景は、蔡辺境伯の命令に額にしわを寄せる。
今出た名前はどれもが、一筋縄ではいかない武将の名ばかりであったからだ。
「辺境伯、お言葉ですが、今の使命は中々困難かと。趙紫雲以外は既に我らと敵対しております。趙紫雲も趙家の次男。趙伯爵が簡単に手放すはずがございません。蔡辺境伯には蔡家7武将がおります。もうよろしいのではないですか。更に4人の武将を加えなくても。」
「何としても優秀な武将を抱えるのだ。他国も大国であれば、神級魔力の武将を10人規模で抱えている。ただ、国を大きくするだけでは、この乱世は生き残れない。しっかりと人材と戦力を高めないとな。人材と戦力が上がれば、自然と国も大きくなるものだ。」
「分かりました。蔡辺境伯様の言う通りです。努力はします。」
「分かれば良い。それと秦家と曹家の攪乱の方を頼むぞ。『5人組』を使って構わない。俺の方から言っておく。まずは、秦家と蔡家の攪乱を行え、そうすれば我らに敵対する優秀な武将を味方になびかせる機会があるはずだ。」
「畏まりました。」
候景は両腕を高く上げて、右手の拳を左手で覆うようにして頭を下げて、拝命の礼を行うのであった。
* * *
七光聖教 大天主堂 教主の間 【大聖国 聖陽】
大天主堂の教主の間、教主を中心に幹部である7聖人が円卓の机に囲んでいる。
七光聖教のトップである教主が、聖人一人ひとりの顔を見回した。
ここに集まっている聖人たちは、それぞれが役割を持って一門を率いる。
その一門の活躍が、教団の力を世に示し、信者を導いている。
聖人たちは忙しい。中には、自身の役割を果たす為、聖大陸中を旅する聖人もいれば、研究室に籠って自身の研究に没頭している聖人もいる。
このような形で7人の聖人一同に集まるのは年に数回しかなかった。
ここで一門を紹介する。
教主の右側に座っているのが、赤覇武は赤聖人と呼ばれている男だ。
7つの一門の一つ、『赤の一門』の当主である。
『武』を教団の中で司る一門だ。
赤聖人は神級魔力の騎士であり、この教団一の武力を持つ武人である。
一門は教団の武力である聖騎士団を任されている。
一国の戦力に等しい教団の鎧騎士3千騎と騎士団の兵3万を率いている。
教団が他勢力と争う際、この『赤一門』が先陣を切って戦う。
もし、使徒を旗頭に聖戦を興した場合、この聖騎士団が聖戦の中心となり、活躍することになる。
赤聖人の右隣に座っているのが、橙忠之、橙聖人と呼ばれている。
『忠』を司る『橙の一門』の当主だ。
橙聖人は王級魔力の持ち主で、常に教主の警護を担っている。
一門の役割は近衛兵を率いて、教団と教主を守る。また、信者に裏切りが出ぬよう教団内を見回るのも役割だ。
宗教裁判を開催する権限を持ち、七光聖教の教団に仇成す者を探しては、宗教裁判を開催して異端者を裁くので、信者からは恐れられた存在である。
そして、時計回りに橙聖人の隣に座るのが、藍智明、藍聖人と呼ばれている。
『智』を司る『藍の一門』の当主だ。
藍聖人は、公明と忠辰の師匠であり、彼自身も教団一の頭脳を持っている。
一門の役割は情報を集め、教団の戦略を立てる頭脳の役割だ。
聖戦を行う際は、軍師として戦略立案から作戦の指揮まで一手に行う。
初代の藍聖人が始祖より、この一門に『覇者を導け』と使命を与えられている。 その為、教団の意向を無視して独走する傾向がある。
次に、藍聖人の隣に座るのが、青基仁、青聖人と呼ばれている。
7人の聖人の中では一番若い。
『仁』を司る『青一門』の当主だ。
この一門の役割は、各地の信者への布教と信者の面倒を見る事だ。
始祖を祭っている各地の天主堂を管理し、治癒魔法で人々を助けたりもしている。信者に接して、信者の悩みを聞いて、始祖の教えを説いている。
つい最近、前の青聖人が『潘陽』の民を魔物から守る為に殺された。それで弟子の青基仁が後を継いで青聖人になったばかりである。
その次に、青聖人の隣に座るのが、紫義剣、紫聖人と呼ばれている。
『義』を司る『紫の一門』の当主だ
紫聖人も、赤聖人同様に神級魔力を持った騎士だ。
この一門は、教団の目的の2つの内の一つである『魔物から民を救う為』に戦っている。聖大陸中を冒険者のように各地を転々と周り、魔物を退治している。
ちなみに、もう一つの教団の創設目的は『予言の成就』である。
一門の人数は少ないが少数精鋭の魔物を狩る部隊だ。
その次に、紫聖人の隣に座るのが、緑信元、緑聖人と呼ばれている。
『信』を司る『緑の一門』の当主だ
役割は教団の運営全般だ。財務・外交・人事・総務などの教団運営に必要な業務をこの『緑の一門』が担っている。『緑の一門』がいないと教団の運営は回らないとまで言われている。
また、七光聖典の解釈や改変も行っている。
始祖の予言書の解釈もこの一門が関わってきたので、予言遂行には一番思い入れを持っている一門でもあった。
教団の中で一番の力を持っており、現教主は緑一門の出身者である。
王国や貴族との繋がりも強く、経済面でも外交面でも相当の力を持っている。
最後は黄の一門だ。当主は唯一の女性である黄貴技、黄聖人と呼ばれている。
『技』を司る一門だ。
役割は魔法や魔道具を開発で、知的探求心が旺盛な人間の集まりだった。
教団の教えより、知的探求心を満足させることを優先する教団の中でも最も変わった一門だ。開発や研究への知的探求心が度を過ぎて、教団内では鎧馬鹿と陰口を叩かれているが、当主の黄聖人も含め一切気にしていない。
鎧の製造ではこの世界で1,2を争う技術を持っている。
七光聖教の鎧騎士と戦う時は、相手の魔力階級だけを気にして戦うと殺られる、と言われている。これは、鎧の力が操縦者の魔力階級以上の力を発揮するので、操縦者の魔力階級だけに惑わされるな、という意味だ。
鎧や魔道具の研究以外に、運営や始祖の予言にも一切に興味がない一門だ。
そんな7人の聖人の顔を、教主は満面の笑みで見回していた。
「皆に集まってもらったのは他でもない。貴殿達も知っているだろうが、先日、2つの虹色の流れ星が墜ちた件だ。私が緑聖人に調査を命じた報告を聞く為に、皆に集まってもらった。」
聖人たちは、七色の流れ星が2つ墜ちたことは当然に知っていた。
そして、その七色の流れ星が『始祖の予言』に関連しているのは簡単に想像がつく。
その意味で、この聖人会合が、七色に光る星に関する会合だと分かっていた。
「それでは、緑聖人。説明を始めてもらおうか。」
教主の言葉で緑聖人が立ち上がった。
「教主様。まずは、七色の流れ星が墜ちた場所が分かりましたので報告します。まず、北の大梁国に墜ちた流れ星ですが・・・。」
聖人達は皆、七色の流れ星が、虹色魔石であるとは分かっている。
一呼吸おいて、緑聖人が言葉を続けた。
「『地の迷宮』です。」
「「「「「『地の迷宮』だと。」」」」」赤聖人や紫聖人や幾人かの聖人がざわめいた。
「本当に、『地の迷宮』なのですか。」
皆を代表して、橙聖人が声を上げた。
『地の迷宮』は大梁国内で一番大きい『魔物の領域』だ。
この聖大陸でも7つに入る大きさの『魔物の領域』で、神級魔物が何匹もいるような強力な魔物がうじゃうじゃいる迷宮である。
腕利きの冒険者でも、躊躇する迷宮であった。
「はい。間違いありません。多くの信者が七色に光る流れ星が『地の迷宮』に墜ちたのを見ました。それに『地の迷宮』の魔物達が『活性化』したという報告があります。活性化の原因は虹色の流れ星が墜ちた影響と見るのが妥当でしょう。」
「しかも、『活性化』ですか。」
紫聖人は、呆れるようにつぶやいた。
活性化とは、急に魔力の量が多くなり、魔物の成長を促す現象だ。
すなわち、『活性化』が魔物の昇華が早まる現象だ。昇華とは魔力階級が上昇する事で、例えば、今まで下級の上の魔力階級だった魔物がワンランク上の特級魔力になる事だ。
七色の流れ星が、何らかの理由で魔力溜りに干渉し、溜りから出る魔力量か。魔力の質を向上させた。そして魔物の昇華速度を上げたと考えるられる。
「それと、もう一つの七色の流れ星ですが、こちらは・・・大陳国の『火の迷宮』に墜ちました。」
「「「「「今度は『火の迷宮』だと。」」」」」
再び、聖人の間で、ざわめきが興る。
『火の迷宮』も大陳国で最大の規模を誇る『魔力溜り』である。
そして『地の迷宮』同様、この聖大陸の7大『魔力溜り』の一つであった。
聖人たちがざわめく中、緑聖人は声を高くして説明を続けた。
「こちらの七色の流れ星も多くの信者が見ていました。『地の迷宮』に墜ちたという事で間違いありません。そして『地の迷宮』と同じように魔物の活性化が始まっていま。」
皆、唸ったまま沈黙してしまっていた。
何を唸っているかと言えば、七色に光る星、すなわち虹色魔石の回収が難しいことに唸っている。
強力な魔物がうじゃうじゃいる迷宮の中に、虹色魔石があるのなら回収は簡単ではない。
神級魔力を持った魔物は、神級魔力の聖騎士でも敵わないほどに強い。
教主も顎に手をやって考え込んでいる。
「緑聖人。報告ありがとうございます。状況は分かりました。それで、どうやって虹色魔石を回収するか、皆さんの意見を聞かせてもらいたいのですが。」
「・・・・・・。」
皆、『地の迷宮』と『火の迷宮』の名前を聞いて、黙ってしまっている。
緑聖人は報告を続ける。
「それと、虹色魔力を持つ使徒様については、何も情報は上がってきておりません。使徒様に関しての情報は少し時間がかかるかと思います。」
簡単に虹色魔力を持つ者は見つからない。今の段階では2人の存在が想定されいるに過ぎない。魔力色は魔法や魔力を発動する時にしか見えない。
周りを見回していた教主は、紫聖人の顔で視線を止めた。
「紫聖人。『地の迷宮』と『火の迷宮』から、虹色魔石を回収する事が可能ですか。」
教主の目は真剣だ。
教団にとって、使徒と接触する上で虹色魔石の回収は必要不可欠だ。大聖国が虹色魔石を狙っていることも当然知っている。大聖国に魔石を先に奪われる訳にはいかない。
「・・・可能か、不可能かと言われると、迷宮の中のどこに虹色魔石があるかにもよります。『地の迷宮』も『火の迷宮』も構造は同じような物で地下5階層までの迷宮です。地下4階層、いえ『活性化』までしているので地下3階までにあれば、回収は可能です。地下4階層は神級魔物や、王級魔物でも数が多ければ難しいです。地下5階層にもし虹色魔石があるのなら回収は困難です。」
「そうですか。」
紫聖人の意見は正しいのであろう。魔物に詳しい赤聖人も黙っている。
「それでは、迷宮内の調査をお願いします。紫聖人は『火の迷宮』、赤聖人には『土の迷宮』の調査をお願いします。よろしいですか。」
適切な人選だ。世界中の魔物を狩ってきた紫聖人、教団内の最大戦力を持つ赤聖人の2人が2つの迷宮を調査するのに、他の聖人も違和感は無い。
「分かりました。まずは調査を行います。」
紫聖人は頭を下げて、教主の命令を受け入れた。
「では、紫聖人と赤聖人は迷宮の調査をお願いします。併せて、大聖国の者が迷宮に入り込まないかも見張ってください。大聖国も、虹色魔石を狙っていますから、決して奴らに後れを取らないようにお願いします。それと、虹色魔力を持った御仁が現れないかも注意してください。きっと、虹色魔石と使徒様は引き合うはずですから。迷宮に現れるはずです。これは、非常に重要な役割です。お願いします。」
七光聖典には、千年前始祖様は虹色魔石に引き寄せられたと記載されていた。
きっと、使徒様も、同じように虹色魔石に引き寄せられると読んでいた。
「「畏まりました。」」
赤聖人と紫聖人の2人が跪いて、両手を高く上げ、右手の拳を左手で覆うようにして『バシッ』と音を立て、頭を下げて受令の礼を行った。
2人が席に着くと、教主が再び口を開いた。
「聖人たちよ。予言は既に始まりました。我らはこの予言の為に千年の間、準備を行ってきたのです。失敗は許されません。まずは、虹色魔石を手に入れて、使徒様を教団に招き入れ、聖戦を興してこの聖大陸を統一し、魔人との戦いに備えるのです。良いですか、我らの使命にはこの聖大陸の人間たちの存亡がかかっています。教団の全ての力を、始祖様の予言成就に捧げるのです。良いですか。」
「「「「「「「はは。」」」」」」」
7人の聖人が席から立ち上がると、跪いて拝命の礼を行うのであった。
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