第6話 虹色魔力

 それから儂は、旅に出ることにした。

 ここで、一人で暮らすのは辛かった。

 恵蘭と子供達の墓を作って、骨を埋めると、旅に出た。

 いろいろな街や村で日雇いや職人として働いて、金を稼ぐと次の場所に向かった。

 別に目的があったわけじゃ無い。

 自分が何の為にこの世界に転生したがか、死んだ恵蘭や子供達の復讐の為に何を したらえいのかを考えながら旅をしちょった。

 

 そして、わしゃ大梁国の岳家領の【岳陽】という都市(まち)に辿り着いた。

その都市の魔道具工房で、雇われ人としては働いちょった。

 たどり着いた街が、たまたま魔道具造りの有名な街で、人手の足りない工房が雇うてくれたがじゃ。

 最初は、下働きで、掃除や荷物運びなどが主な仕事やった。

 たまたま雇うてくれた工房の親方が良い人やった。

 確か、謝親方という名だったかの。

 始めの仕事は、ほとんどが簡単な雑用ばっかりやったが、儂が真面目に働いちゅーと、いろいろな仕事を任せてくれた。

 魔道具の工房に限らず、どの工房の職人も重要な技術は工房の秘伝じゃきー。

 大事な技術は門外不出が基本や。

 任せると言っても、技術に関らない簡単な仕事じゃ。

 工房の重要な技術は、一族の者か。

 長う務める職人にしか、教えんようになっちょった。

 儂のような流れ者が技術は教えないのが、工房の世界じゃ。


 じゃか、謝親方は違った。簡単な技術を教えてくれた。

 生きていく上で役立つと思ったんじゃろう。

 儂に声を掛けてくれた。

 「姜馬。お前はなんでも一生懸命に頑張る。こんど、魔道具を組み立てる仕事をやってみるか。」

 魔道具を組み立ての仕事を教えると言ってくれたのじゃ。

 魔道具の構造は、大まかに言うと、魔石、魔法陣、駆体の3つの機能で出来ちゅー、魔法陣の中に、神聖文字(ルール語)と術式が組み込まれている。

 この魔法陣が門外不出の重要な技術じゃ。

 神聖文字は、神々の文字で発動させたい魔法の目的が示されておる。

 そして、この神聖文字の意味通りに魔力を動かす仕組みが、これが術式だ。

 例えば、魔力を光に変える魔法の場合、光に変えるという目的は神聖文字が示し、具体的に魔力を光魔法に変える仕組みは術式が担う。

 神聖文字(ルール語)と術式の2つが上手く連動しないと、魔法陣は発動しない。神聖文字が『目的』を示し、術式によって具体的な『動作』という魔法の発動を与えるのだ。

 

 儂の仕事は、魔道具の中に、魔法陣と、魔力を供給する魔石、それに効果的に魔法に変換するように躯体を組み立てることだった。

 まず魔石の中の魔力が動力。

 次に魔法陣。

 魔法陣が、魔力を神聖文字の目的に従った魔法、押す力や光、熱などの動力に変化させるのじゃ。

 そして、最後に駆体が、使い勝手の良い魔法機能に変えていく。

 この3つを魔力伝導が良いように組み立ちょって、魔道具を作るのじゃった。

 儂は喜んで、魔道具の組み立ての仕事を覚えさせてもろうた。

 儂はただ体を動かしちゅーと、嫌な思い出を考えなくて良いので、真面目に働いていただけや。


 だが、謝親方はそげな儂をえろう買うてくれたようや。 

 謝親方は、げに良い人やった。

 仕事も、謝家の秘伝の魔法陣に関係なければ、何でも教えてくれちょった。

 だが、魔法陣だけは、門外不出。どんだけ優しい親方でも教えてはくれんかった。

 魔法陣はそれだけ厳重に管理されておった。

 もし、他の工房が作った魔道具を開けて、魔法陣を見ようとしても、魔法陣が収められちゅー箱を開く瞬間に、術式が消えるような仕組みになっちゅー。

 これが魔道具に備え付けられちゅー機能やった。

 魔法陣の術式や神聖文字は、その工房にとっての門外不出の財産なのや。


 だが、魔法陣以外の技術については、謝親方はいろいろ教えてくれた。

 理屈が分かると、魔道具作りは楽しかったぜよ。

 謝家の秘伝の魔道具は、音を出す箱じゃった。

 前世の長崎で見たオルゴールに似ちょり、音楽ではのう、声を伝える魔道具や。

 風属性の魔法を使うて音を出す。

 手紙代りに言葉を伝える為の魔道具で、貴族などでそれなりに重宝されちょった。

 儂は、前世の知識で、この音を出す魔道具の応用する案を親方に提案してみた。


 「親方。ボタンを押したら、大きな音が出る魔道具が面白いんじゃ。」

 熊よけの鈴をイメージした提案をしてみた。

 「何に使うんだ。」

 謝親方が首を傾げちょったき、機能を説明した。

 「大きな音で魔物をびっくりさせて、時間を稼ぐ為に使ったり、不審者が侵入したのを知らせたりするき。」

 カンのえい謝親分は直ぐに理解した。

「そりゃ面白いな。」

 直ぐに商品化して、貴族や猟師に売り込んだ。

 他にも、いろいろなアイデアを出すと、謝親方は喜んで儂の話しに耳を傾けてくれた。


 この世界で前世の知識は役に立たん思うちょったき、いろいろなアイデアを出して、皆に喜ばれるがは嬉しかったぜよ。

 この工房は、謝親方の人柄の所為か、気さくな人のええ職人が多かった。

 儂のアイデアを面白がって商品化に夢中になって、開発する奴らばっかりやった。

普通の工房だと、新しいアイデアは無視されるががほとんどや。

 技術を守ることだけに専念する工房がほとんどで、新たな商品の開発には無関心なのが普通のようだ。

 熱心に魔道具の商品開発に夢中になるのは、岳家領のこの職人都市ぐらいだ。


 この世界は職人組合(ギルド)や商人組合(ギルド)、冒険者組合(ギルド)などが牛耳っている都市が多かった。

 組合(ギルド)が、販売する商品の品質も販売量も値段も決めている。

 物流がほとんど無いこの世界では、よけいな量の物を作ったち、限られた地域でしか販売できんき、安く買い叩かれる。そして、工房が衰退すると都市の者が困るので、仕方がない仕組みのようだ。

 ただ、良い品も、悪い品でも同じ扱いにされるので、技術は劣化し、工房は自家の技術を守ることに専念して、技術を良くしようとはしなくなる。

 良い商品は作っても、値段は同じだからだ。ただ、魔道具だけは少量ではあるが、物流が動いていた。


 「よし。姜馬。明日からお前に魔法陣の描き方を教えてやる。」

 「ほ、本当にええがか。儂に教えても。・・・、是非、教えとーせ。」

 突然、謝親方が魔法陣を教えてくれると言って、儂は喜んだ。

 魔法陣の描き方を教えてくれるのも嬉しかったけんど。

 それだけ儂を信頼してくれる謝親方の気持ちがもっと嬉しかった。

 「さすがに秘伝の魔法陣の術式は見せれんが、汎用型の魔法陣なら、姜馬のアイデア作りに役立つだろう。」


 魔法陣には、汎用型と秘伝の2つの種類の魔法陣がある。

 汎用型の魔法陣は、魔道具の職人協会(ギルド)に加入しちゅー工房なら、協会に使用料を払うたら、教えてもらえる魔法陣だ。

 世の中に必要で、安価で一般的な魔道具を作る魔法陣がほとんどや。

 そして、秘伝の魔法陣は、工房にとって先祖伝来の門外不出の魔法陣。

 その工房だけしか魔法陣の術式を知らない。

 特殊な魔道具で値段も高価。

 工房にとって利益が出る魔道具の魔法陣だ。

 この秘伝の魔法陣の独占は工房にとって命綱や。

 さすがにこの魔法陣は一族の者か、工房に歴代務めちゅー信頼のおける者にしか教えられないのは当たり前なのじゃ。

 だが、汎用魔法陣であっても、魔法陣を誰にでも教えて良い訳では無かった。

 それだけ、謝親方は儂を信頼しちゅー証(あかし)でもあった。


 とにかく、儂は魔法陣を教えてもらう事になった。

 初めて魔法陣を見た時、驚いた。

 なんと、魔法陣の模様が、前世の日本語の文字の形に似ちょったからだ。

 それは魔法陣の模様だけでは無かった。

 魔法陣の描かれた日本語の文字の意味と、魔法陣の魔法の効力も似ちょった。

 どうも、この日本語が神聖文字(ルール語)だと、謝親方が教えてくれた。

 もう一つの術式の方は良く分からない。

 これは、効果的な魔力の流れ方や、神聖文字の効果的な発動の規則など、規則性はありそうなのだが、どうやったら、神聖文字の言葉の意味が魔法に転換するようになるかが分からなかった。


 とにかく、儂が描きゆー魔法陣の術式は汎用型の魔道具や。

 そして、最初に謝親方に教えてもろうた魔法陣は、照明にように明りを照らす魔道具じゃった。

 洞窟の中の暗闇などで役立つ魔道具なんやけんど、魔法陣の神聖文字は、日本語の言葉を崩して『光を照らせ』と描いてあった。

 そして、術式は神聖文字の周りの模様であったり、神聖文字の形の崩し方、魔力を流す配置であったり、少しでも描き方を間違えると、魔法は発動しなかった。


 魔法陣を描く時に使うインクは、魔物の血。

 高い魔力階級を持つ魔物の血で描いた方が、魔法陣の効力も優れちゅーようだ。

 あと、インクとして使われる魔物の属性も関係ある。

 属性には火、土、水、風、雷の5属性と聖と闇の2属性で、合計7属性ある。

 火に関係する魔道具を作るやったら、火属性の魔物の血。

 水に関係する魔道具を作るんやったら、水属性の魔物の血を使う。

 そうすると、別の属性の魔物の血で描くよりも、描かれた魔法陣の魔法効果が更に高まる。魔力伝導が上がるかららしい。

 光は聖属性だが、聖属性の魔物はほとんどおらん。

 仕方が無いき、聖属性の光ゴケに、高い魔力階級の魔物の血に混ぜたりしてインクにしちょった。


 とにかく、謝親方に魔法陣の書き方を教わると、その日から仕事をこなした。

 儂の仕事は、汎用の魔法陣の術式を紙に書いて魔道具に取り付けることだ。

 魔法陣の神聖文字は日本語を崩した文字なので、コツを覚えると容易に書けた。

 日本語を知らない仲間の職人よりは上手く書けているらしい。

 だが、儂は魔法陣を描くのを学んで日が浅かったが、容易に術式を書いているを見て謝親方も驚くほどであった。


 その日も、いつもと同じように汎用の魔法陣を描いた。

 なにげに、いつも魔法陣に『光を照らせ』と書いている場所に、『火をつけろ』と日本の文字を崩した術式を描いて見た。

 親方にその魔法陣を見せると。

 親方は面白がって、その魔法陣に、魔力を通させた。

 すると、その魔法陣から火が噴き出た。

 噴き出た火が魔法陣の紙に引火して燃えてしまった。

 「そんな、ばかな。」

 『魔法陣を作れるわけがない。』と笑っていた職人たちの表情が固まった。

 その場にいた者の顔が真剣になった。

 「姜馬。お前、まさか神聖文字(ルール語)を知っている訳ないよな。」

 謝親方が、いつもと違う真面目な声で俺に聞いた。

 「はあ?儂が神聖文字(ルール語)を知っているわけはないきー。」

 「そ、そうだよな。まさかな・・・。」 


 謝親方が言うには、神聖文字は千年くらい前に、この聖大陸を統一して魔神を倒した始祖が、神から授かった魔法を作る文字らしい。

 千年前には、神聖文字を使うて、たくさんの魔法が作られたようだ。

 だが、今では神聖文字の知識は失われてしまっているようや。

 唯一、始祖が魔物から民を守る為に設立した七光聖教に、その知識は受け継がれちゅーらしいが、今の教団にも、その神聖文字が分かる者は絶えていないらしい。

 謝親方は不思議そうに儂を見て聞いた。

 「姜馬、お前は神聖文字(ルール語)を知らないで、なんで新たな魔法陣を開発できたんだ。」

 試しに他の魔法陣も描けんかと、いろいろな属性のインクを渡され謝親方に頼まれた。


 儂は、工房にちっくとでも恩を返せるのならと。

 謝親方の依頼を受けいれて、いろいろな魔法陣を描いて見せた。

 水属性の魔物の血のインクで、魔法陣に『水が出ろ』と崩した日本の言語の術式を描いて見た。

 そして、その魔法陣に魔力を通すと、魔法陣から水が出てきた。

 ただ、描いた魔法陣の3分の2は上手く発動しなかった。

 たぶん、神聖文字と術式の相性が悪かったのだろう。見たことのある術式と意味が似ていると、なんとなく術式のコツも分かるのだが、それでも3分の1しか上手くいかない。

 今度は、風属性の魔物の血のインクで『風を送れ』と崩した日本の言語で魔法陣に術式を描いた。

 だが、魔力を流しても、風は起こらなかった。

 俺が、風魔法の魔法陣を描いたことが無かったからかも知れないが、風魔法の魔法陣を描くコツが良く分からなかったからだろう。


 3分の1の確率で発動する魔法陣を見て、謝親方は驚いていた。

 「姜馬は凄いな。お前は神聖文字(ルール語)を知らないで、これだけの魔法を作れるんか。だが、誰にも言うなよ、この事は。お前らもだぞ。」

 「「「はい。」」」

 それから儂は、隠れて魔法陣を開発する仕事が与えられた。

 魔法陣の開発だけでなく、駆体の開発も頼まれた。

 水が出る魔道具は、前世の記憶の竹筒を参考に作ったりした。

 儂が考えた魔法陣を使った魔道具がいくつも開発された。

 謝親方は、それらの魔道具を、『先祖伝来の魔法陣が倉庫から見つかった!』という事にして、魔道具を売り出した。

 火が発動する魔道具はライターの形で商品化され、竹筒型の水の出る魔法と共に、謝家のヒット商品になったりした。


 順調に魔法陣を考えて、魔道具を開発しているうちに、魔法陣の術式についての知識も高まっていくと。

 ある魔法陣を作成することに思い至ったのじゃ。

 そりゃ、儂の永年の儂の夢を叶える魔法陣や。

 もし、その魔法陣が上手く作成できたら、儂が進む道が見つかる思うた。

 儂は、その魔法陣を描くことを決意した。

 神聖文字(ルール語)は簡単に思いつくのだが、問題は術式の方だ。

 参考になりそうな闇魔法の魔法陣の知識を調べたり、闇魔法のインクの素材になりそうな魔物を探したりした。

 そして、ある程度の目途が立った所で、魔法陣の作成に着手した。

 その魔法陣を描くには、何日も、何日も工房の自分の部屋で、術式と向き合った。

 儂があんまりにも根を入れて、魔法陣を作成しているので、謝親方が儂の体を心配してくれたが、適当に誤魔化した。

 とにかく、魔法陣を描く為に目をつぶって精神を集中させ、目を開くと一心不乱に筆を執って魔法陣を描くということを繰り返した。

 とてつものう、精密な魔法陣やった。

 そして、魔力を効率よう魔法陣に送り込む術式、神聖文字の意味の通り、魔法を発動する術式、それに莫大な魔力を効率良く発動する術式、全ての術式が整った。

 一か月程度の時間をかけて、魔法陣を書ききった。

 儂は、この魔法陣を『始まりの魔法陣』と名づけた。


 「上手いくか。」

 儂は描いた魔法陣をあらためて眺めた。出来映えは充分なはずや。

 魔法陣を開発した報酬を全部つぎ込んで買った魔石。

 それでも魔力が足らんきに謝親方に新たな魔法を作る為に、魔力が必要と言うて用意してもろうちょった魔石。

 これらの全ての魔石で、魔力の準備も整った。

 理論上、魔法陣と術式の相性も悪くない。

 神聖文字の指示通り術式が稼働して、魔法陣が稼働するように完璧に仕上げた。

 それらの大量の魔石を魔法陣の周りに設置した。

 あとは、発動するだけだ。

 この魔法陣が・・・『始まりの魔法陣』が上手く稼働すれば。

 

 儂は魔力が発現する。

 そうすれば、魔法が使えるようになる。

 この魔法陣は儂に魔力を発現させる魔法陣であった。


 そして、魔力を手に入れた儂の新しい人生が始まるぜよ。

 儂は、魔法陣に魔力が流れるように魔石を配置し、そして魔力が流れるように、最後の術式を描いた。

 「私の魔力を解放しろ。」

 儂の唱えた言葉は、魔法陣に描かれた神聖文字の言葉と同じやった。

 最後に描いた魔力が流れる術式により、魔法陣が魔石から魔力を吸収し始めた。

 すると、魔法陣が光りはじめた。

 赤、橙、藍、青、紫、緑、黄色と光の色がどんどん変わっていく。

 そして最後に魔法陣がまぶしゅうて見られんほどの光を放った。

 その色は、7つの光の色が混ざった、虹色の光じゃった。


 その時や、儂の頭に声がしたのは。

 『リミッターを・・・解除。魔力・・を解放。お前に力・・・を授け・・る。お前は、この力で・・民を救・・え。民を・・救うのだ。』

 無機質な声が儂の頭に直接話し掛けたんじゃ。

 頭の中に注がれた声は、単なる無機質な音に過ぎないはずなのに。

 言葉の意味が。

 儂の体に。意識の中に。染み込んできた感じ。

 まるで、本能に刻み込まれて、新たな感覚に目覚める感じや。

 すると体が熱うなり、何かが体中を駆け巡り、儂はその場で眠ってしもうた。

 しばらくして、俺は目が覚ますと、目の前に『始まりの魔法陣』が置いてあった。

 すでに、魔法の発動は終わって、魔法陣の周りに置かれた魔石の魔力は全て空になっていた。


 「終わったのか・・・。」

 魔法陣の光が消えて、儂は自分の体を見た。

 何かが変わったかと両手を見て見ると、何も変化はない。

 「そんなハズはない。儂はあの念話を聞いた。言葉が本能に刻まれるのを感じた。きっと何かが起きる。魔法を使えるようになる。」

 魔力を発現して、魔法が使えるようになれば、子供たちの・・・、そして恵蘭の仇が討てる。

 その為に、儂は、この魔法陣に作りにこだわったのであった。

 なんだか体で熱くなるのを感じがした。

 「・・・なんだ。これは・・・、これが魔力か。」

 俺は体中に流れる何かを感じた。

 この魔力をどうすれば、魔法に変えられるのか・・・。

 そうだ、魔法陣を思い浮かべれば。

 火を燃やす魔法陣を思い浮かべたが、火は発動しなかった。

 次に、水を出す魔法陣を思い浮かべたが、水は出てこない。

 「おかしい。そんなハズは無い。」

 最後に、光を放つ魔法陣を頭に思い浮かべた。

 すると、手から光が現れた。

 「やった。ついにやったぜよ。」

 その時、儂は涙を流しちょった。

 「魔力が・・・。儂に、魔力が発現したぜよ。」

 体中から魔力が溢れちょった。

 それから、いろいろな魔道具の魔法陣に手を当てて、魔力を流してみた。

 すると、魔法陣が虹色に光り、魔法陣からもの凄い威力の魔法が発動したんや。

 その時の自分の魔力が虹色魔力とは思わなかった。

 ただ、魔力が発現したことを素直に喜んだ。


 魔法が使えるようになると、儂は2つの考えに取り付かれた。

 一つは死んだ恵蘭や子供達の復讐。

 そして、もう一つが、魔法が使えるようになった時の無機質な言葉の意味だ。

 『民を救え』という言葉が魂と本能に刻み込まれていた。

 まず、最初にすべきは。

 『復讐』や。

 「妻の恵蘭や、娘の乙女と栄を殺した魔物も。親を殺した貴族も。全て殺しちゃる。魔物を殺すことも、貴族を殺すことも、『民を救え』と言う言葉に従った行動だ。だから、まず『復讐』から始めるぜよ。」

 儂の枯れていた心に火がついたぜよ。

 前世では、尊王攘夷や、憂国の志士をきどっちょった。

 そして、薩長同盟を成立させ、海援隊を作り、船中八策で前世の日本を変えた。

 ありゃ―、勝先生や桂さん、西郷さんやたくさんの人が力を貸してくれたき出来たんや。

 だが、この世界で1人になり、誰も手を貸してくれん状態で本当によう分かった。

 儂は無力じゃった。

 そして、やっと、この世界でも力を得たんや。

 『魔法』という力を。

 これからの儂は、無力な、逃げ回るだけの人間じゃない。

 戦うんじゃ、儂の家族を奪った奴らに復讐する為に、弱き民を救う為に。

 「また、この世界を変えちゃる。」

 この世界で、農民として静かな人生を送ろうと思っていた考えは消えていた。

 それからや。


 儂は工房での仕事が終わると、どれだけの魔法の能力かいろいろ試してみた。

 まず、魔道具に魔力を送ることは出来た。

 魔力階級は良く分からないが、威力は相当に強い。

 たぶん、特級魔力階級以上の上級階級の魔力であると思われる。

 次に、魔法だ。

 使える属性魔法は2つ。

 聖属性と、闇属性の魔法のみ。

 火、水、土、風、雷の5属性の攻撃魔法は発動ができんかった。

 聖属性は、治癒や結界、仲間の能力向上の補助魔法が主体の魔法である。

 闇属性は、5属性と光属性以外の魔法だ。

 聖と闇魔法は普通に魔法陣を浮かべると、魔法が発動した。

 「とにかく、2つの属性魔法だけでも使えたら十分や。」


 次に魔法の使い方も学んだ。 

 並列思考の能力があるちゅーことが分かった。

 この能力は2つ以上の魔法陣を同時に思い浮かべる力じゃ。

 この力があれば、2つ以上の魔法を同時に発動することが可能だった。

 例えば、光属性魔法の『結界』で防御しながら、闇属性魔法の『空歩』で空中を走ることもできた。

 『空歩』は空中に魔法陣の足場を作って、その上に乗り、空中を歩くように進む魔法だ。

 普通の魔法使いでは、2つの魔法を同時発動するのは難しい。

 逆にこの力は、貴重な手札になる能力であった。

 夜になると、『空歩』で、城郭都市【岳陽】を抜け出した。

 城内で魔法の訓練を行うと儂が魔法が使えるとバレるので、外で訓練を行った。


 魔法を使えるようになったことは、謝親方にも黙っちょった。

 儂は悩んじょった。

 謝親方には恩があるきー、この工房を出るんのは辛かった。

 だが同時に、早く復讐や、民を救う為に旅に出たかった。

 儂は葛藤した挙句に、遂に謝親方に話すことにしたんじゃ。

 謝親方に時間を作ってもらうと、今までの生立ち、復讐の思い、そして儂が魔法を使えるようになった事を正直に話した。

 謝親方は儂が魔法を使えるようになったことを聞いて驚いたけんど、後は黙って儂の話を聞いちょった。話が終わると、親方は黙ってしばらく考え、口を開いた。

 「姜馬。お前のこの工房を思う気持ちは嬉しい。だが、お前の人生だ。お前の生きたいように生きろ。この工房を出ると言っても、寂しいが、儂は良いと思う。もし、戻りたくなったら戻って来い。」


 謝親方は儂を励ましてくれた。親方の激励で儂の意志は固まった。

 儂は自分が描いた魔法陣の術式の全てを、謝家の工房に渡した。

 謝親方は、魔法が発現する『始まりの魔法陣』は、さすがに躊躇しちょったが、いらんなら焼却してくれ言うて置いてきた。

 あの『始まりの魔法陣』は、謝親方も使うてみたそうやが、魔法使いには成れんかったようや。全ての人が魔法使いに成れるわけじゃないようで、魔力の素質がある者だけが、あの魔法陣をキッカケに魔力が発動するようや。

 だが、キッカケにせよ、魔法使いを増やす力がある魔法陣やき、さすがに謝家でも、売り物ではのう、謝家の金庫の中に眠らせちゅーと、言うとったや。


 儂は、謝家に別れを告げて旅に出ると、七光聖教の教団に向かったんや。

 七光聖教に向かったがは魔法の事をもっと知る為じゃ。教団には、神聖文字(ルール語)を含め豊富な魔法の知識があるきの。

 儂は、教団の本拠がある大聖国の王都【聖陽】に向かったんじゃ。

 そして、教団の本拠である大天主堂の門を叩いたんや。


 儂が教団の門を潜ると、なんだか神官や大神官の反応が変やった。

 良く分からずに、部屋に通された。

 暫くして現れたのが、なんと教主じゃった。

 体が悪いのを無理して、出迎えてくれたようじゃった。

 教主と言えば、教団のトップじゃ。

 もう既に、高齢で体を支えてもらいながら、儂に挨拶にきた。

 そして、儂の前に跪いて『使徒様・・。』とつぶやいて、涙を流しておった。

 後で考えると、教主にとって、何か思いがあったのじゃろう。

 顔色も悪かったが、最後の力を振り絞って現れたようだったのじゃ。

 田舎者の農民の倅に、教団の教主が跪いたんだ。

 心の準備もなく、良く分からなかったが、あれは驚いたぜよ。


 どうして歓迎されたかは、あの時は良う分からず、ただ緊張しておった。

 後で知ったんやけんど、歓迎された理由は儂の魔力色が虹色だったからじゃ。

 教団の者は特殊な訓練を行って、魔力色を視認できるんじゃ。

 虹色魔力は、これも後で知ったんやけんど、この世界で特別な魔力階級じゃった。

 そんでもって、教団はその虹色魔力その物を敬っちょった。


 なんで、教団が虹色魔力を敬うかというと、その理由は千年前に遡る。

 千年前にこの大陸を統一し、魔神を倒し、この教団を作ったのが始祖と呼ばれる人物である事は知っちょる思うが、その始祖が虹色魔力の持ち主やったきじゃ。

 その始祖が教団の名前に『七色』とつけたがは、虹色魔力からきちょる。

 七光聖教は始祖の復活。いや、始祖の使命を帯びてこの世に現れる使徒を助ける為に作られた組織らしいのじゃ。

 ほんじゃあきに、儂は使徒と間違われたのじゃ。

 なんせ、虹色魔力を持つ者が現れたがは、始祖の子供。大聖国の2代目の王以来やきの。

 それに、予言の時期も近かったことも加味された。

 『使徒様が現れた!始祖様の予言の遂行者だ』と聞いて、教主を筆頭に、教団全体がびっくりして、儂を迎えてくれたんじゃ。

 多くの信者が、儂の虹色魔力にひれ伏しておった。

 虹色の魔力色は、天級魔力と言われて、この世界の魔力の中で、最強の赤の魔力色を上回る魔力やきの。


 とにかく、儂は教団に歓迎されると、直ぐに魔法の知識を探求したぜよ。

 復讐には、魔法の力を高める事が必要と思うたからじゃ。

 教団には約千年で積み上げた膨大な魔法の関する本があったきー。

 図書室ちゅうのがあって、たくさんの魔導書や過去の資料が保管されていたぜよ。

 教主を始め、教団の神官が皆、儂を丁重に扱ってくれたおかげで、図書室の出入りはもちろん、結構重要な本の閲覧も許してくれたきー。

 そして、教団の知識のおかげで、魔法陣の術式のルールや、術式と神聖文字の相性などの仕組みを学んだりする事もできた。


 そして、儂はある本に出合った。

 その本は、教主しか閲覧できない禁書扱いの書庫で見つけたのだが。

 なんと、神聖文字(ルール語)だけで書かれた本じゃった。

 だが、誰もこの文字を読めないので、なぜ禁書かも分からなかったそうだ。

 まぁ、儂は日本人じゃったから、当然に読めた。

 その本は、日記じゃったのだが・・・。

 それが、始祖の日記じゃったきー。禁書扱いになっていたんだと思う。

 そして、その日記に書いてあったのは。

 千年前にこの世界に転生した始祖の記録じゃった。

 将に英雄伝のように波乱万丈な人生が記されていた。

 そして日記の最後のページに、『千年後の転生者に頼む。民を救ってくれ。』と書いてあったのじゃ。


 儂はびっくりしたぜよ。

 当然、教主にも、この話はしておらん。

 知っているのは儂と、今は話を聞いた慶之だけぜよ。

 そして、なぜこの世界で、神聖文字(ルール語)を読める者がいないのも分かった気がしたぜよ。

 あれは、始祖が、ワザと伝えなかったんだなと。

 おかげで、この世界の人は、魔法陣の術式を記号として丸写しするしか出来ない。

 神聖文字を使って魔法を作ることは誰にもできなくなっていた。

 儂が神聖文字で新たな魔法を作ったら、教主の次に偉い7人の聖人の内の1人である黄聖人(こうせいじん)が腰を抜かさんばかりに驚いておったんじゃ。

 確かに、儂が千年前の始祖で、千年後の今の世界を見たら悲しむぜよ。

 この世界の人に魔法を伝えなけば良かったと。

 同時に神聖文字を伝えなくて良かったとな。

 魔法が、こがな強者が弱者を使役するいびつな世界に変えてしまったんじゃ。

 もし、魔法を作る力を与えたら、この世界の強者は更に強くなり、弱者を更に使役する。そうすれば、民は生きていけなかったかも知れん。

 それと、神聖文字を伝えたくなかった理由はもう一つある。

 儂が始祖でも、日記は読まれたくないきのー。


 儂は、魔力で戦えるようになると聖大陸中の魔物を退治に向かった。

 妻の恵蘭や子供たちの仇でもある魔物を殲滅させる事が、儂の1つの目標でもあったきの。聖大陸中の神級魔物を倒して回ったのじゃ。

 教団も喜んで援助したぜよ。

 なにせ、教団は魔物を聖大陸から排除し、民を守る為に始祖が作った組織や。

 その教団が、今まで神級魔物を退治できずにいた。

 神級魔物を倒せんかったのは、教団だけでなく、神級魔力を持った冒険者でも難しかった。

 神級魔物は、結界を張り、空中を飛び、並列思考で複数の魔法を同時展開する。

 そんな3つの力を併せ持った神級魔物を倒せる魔法使いはいなかった。

 結界を張ることだけ。空中を飛ぶだけ。並列思考で複数の魔法を同時に発動するだけの魔法使いはいる。

 だが3つの力を併せ持つ魔法使いはいなかった。

 とにかく、人類を魔物から守る役目の教団は忸怩たる思いだったのじゃ。

 その神級魔物を倒したのじゃ。しかも、この大陸中の神級魔物を倒した。

 教団は儂に感謝して当たり前ぜよ。

 代償として、倒した魔物の魔石は全て儂が貰ったがの。


 儂が神級魔物退治に明け暮れちゅーと。

 そがな時、儂を迎えてくれた教主が亡くなった。

 教主に会うたがは、初めて天主堂に来た時のいっぺんきりじゃ。

 その時には既に、顔に死相が出ておった。

 もう後も少ない思うちょったが、温和な老人やった。

 教主が死ぬと、七色聖教では次の教主の選定が始まった。

 すると、教団の中には、儂を教主の候補者に推薦する者達が現れ始めた。

 教主は、通常、7聖人と呼ばれる教団の幹部か。

 大聖国の始祖の血を継ぐ王家の一族の者から選ばれることになっちゅー。

 虹色魔力を持つ儂を、教主に据えようとする勢力が現れたがじゃ。

 正直、儂は教主の地位等どうでも良かった。

 むしろ、そがな面倒な役職に就くがは御免こうむりたいとさえ思うちょった。

 

 だが、聖大陸中の神級魔物もあらかた倒し終わると。

 儂は次の目標を考え始めちょった。

 次は『民を救え』という言葉じゃった。

 両親を殺し、妻の恵蘭を苦しめた貴族を倒す。

 そうすれば、民が安心して暮らせる世界に変えられる。

 『民を救え』という無機質な声の言葉が、儂の魂と本能に刻まれちょった。

 民を魔物以上に苦しめちゅーのは、この世界の王族や貴族らの強者どもじゃ。

 世界を変える為に、教団いう組織は使えると思ったのじゃ。

 教団の力を得る為に、教主になるのは悪く無いと思ったのじゃ。

 儂が教主になれば、教団の人材や財力、小国並みの軍事力も手に入る。

 教団を使えば、貴族に脅えなくて良い、税が安うて、安心して暮らせる世界に近づけると思うたんじゃ。


 それで儂は、教主に立候補することにしたがだ。

 7人の聖人の中でも、儂を押す者もおった。

 魔法の弟子になった黄聖人や、聖大陸中を回って神級魔物を一緒に倒した紫聖人は、俺が教主になるよう、周りにも働きかけてくれた。

 また、平民出身の神官達も、儂を始祖として敬って応援してくれた。

 そして、教主を選ぶ選挙戦が始まると。

 

 儂は公約を宣言した。

 王や貴族を排除して、弱き者が安心して暮らせる世界にする。

 それが儂の公約じゃった。 


 前世では、自分は表に立つより、裏方で薩摩や長州を結び付けたり、後藤象二郎に大政奉還を画策したりする方に徹した。

 じゃが、この世界には儂には人脈が無い。

 あるのは、虹色魔力だけじゃった。

 気が進まんが、儂が立つしかなかったんじゃ。

 儂は選挙運動を頑張った。

 貴族や王族派が応援する緑聖人の陣営からの邪魔もあったが、全て返り討ちにして戦った。やれることは全てやった。

 

 だが、結果は惨敗じゃった。

 教主を選ぶ選挙は7人の聖人、また聖人の次の権力者である20人の教区主、合計27人の票で決める。

 教区主は、この20国の大陸に設置された教区の主である。

 更にその下の大神官、一番下に神官や天主長には選挙の投票権は無い。


 教区主は、王族や貴族と、ずぶずぶと繋がっちょった。

 この教団は、この世界を変える組織ではなかった。

 王族や貴族を排除するという公約は、教区主には受け入れられなかったのだ。

 教団が支配する側の組織だということを思い知った。

 そんな人間を教主にしたら、教団が危ないと思ったのだろう。

 教主が代わると、教団は急に、儂を危険視し始めた。

 ただ、神級魔物を退治できるのも、魔法を開発できるのも儂しかおらん。

 儂を魔物退治と、魔法開発の道具として扱い始めたのじゃ。

 そんな教団に、儂は魅力を感じなくなっていた。

 魔法に関する必要な知識もすでに得ていた。

 もう、教団は儂にとって、必要ではなかったのだ。

 儂は教団を去った。

 去った後も、儂は破門にはならなかった。

 教団も、一時は虹色魔力の使徒と敬っていたからの。

 始祖候補である儂を破門する事は、教団も躊躇(ためら)うたがじゃろう。

 

 そして、儂は再び旅に出た。

 魔物を狩ったり、民を懲らしめる貴族を密かに倒したりして旅をした。

 この世界には、腐った貴族がたくさんおった。

 民に無理難題を言うて奴隷にして、奴隷商に売り払うような奴だ。

 そういった貴族を、儂の仕業と分からんように始末した。

 それと、儂は子供を助けることにこだわった。

 乙女と栄の2人を助けられなかった。

 2人は儂にとって、ほんに安らぎであり、宝物じゃった。

 その2人を助けられなかった罪滅ぼしもあったが、なんとか子供を1人でも救いたいと思って、旅をした。


 奴隷に売られた子供を買い取って助けたりもした。

 また、悪徳の奴隷商人の場合は、商会ごと襲うて子供を救うたりもした。

 村ごと魔物や貴族に襲われて、親を殺された子供達を救ったりもした。

 そうやって助けた子供達は、百人、2百人と増えて行った。

 子供の人数が多うなると、儂は子供達が暮らせる里を作ることにした。

 魔物の領域である森を一つ殲滅させて、その跡地に里を作った。

 跡地に里を作ったのは、魔物の領域には魔力溜りがあったからだ。

 魔力溜りからは魔力が湧き出る。

 その湧き出る魔力が魔物の力の源であり、魔力溜りに魔物の領域を作る。

 儂は魔力溜りの魔力を使って、結界を張ったのだ。

 魔力や人が侵入できないような結界だ。

 また、魔力溜りの近くであれば、魔物だけでなく人の魔力も強くなる。

 里に住む子供達の魔力を発現させたり、魔力階級を昇華させたりする狙いもあった。

 畑の農作物も魔力を浴びた方が、発育が良くなる。

 動物は魔力を浴び過ぎると、魔物に進化する懸念があるが、儂の力で魔力溜りの魔力量を調整すれば、結界内の動物への悪影響も回避できた。


 そして、その里が今の『姜氏の里』になった。

 40年も時間が経過して、子供達が増えて、里も大きゅうなった。

 子供達に教育を施して、1人でも生きていけるように教育したがじゃ。

 儂は救うた子供達に、前世の技術や考え方を教え込んだ。

 儂は子供と接するのが好きじゃった。

 前世でも子供に物を教えるがは得意やったきの。

 死んだ乙女や栄と思って、1人1人の子供が好きなことを教えた。

 中には、商人を目指す者、政治家を目指す者、忍者を目指す者や、農業を改善させて腹一杯に食べられる国を目指す者たちがおった。

 皆が、珍しい前世の知識や考え方を吸収した。

 そして、吸収するだけでのうて、自身で考えて、前世の知識をきっかけに新たな知識に発展させる者もでたんじゃ。


 その一人が、米の品種を作り上げた姜作琳じゃ。

 儂が教えた品種改良の方法だけじゃ。

 いろいろな品種を組み合わせて、時には魔力を浴びさせたり工夫したりして、美味しくて、収穫量が多く、寒さや暑さに強い品種を作ったんじゃ。

 まぁ、この世界は魔法が使えるからの。

 短い時間で交配の成果を確認や、独特の品種改良が出来たんじゃ。

 作琳だけじゃない。


 栄一も『亀山社中』をこの大陸一の商会にした。


 桜花も、前世の北辰一刀流に魔法を組み合わせて、前世の儂ではとても敵わない武士になった。

 他にもたくさんの子が、この世界を変える人材に育ったのじゃ。

 この里の子たちは儂の期待以上の人材に育った。

 あとは世界を変えるんじゃ。この子らが安心して暮らせる世界にな。


 「以上が儂のこの異世界での80年の人生じゃ。面白かったか。慶之。」

 姜馬は湯船から出て、腰かけていた。

 ずいぶん、長い時間が経ったように感じられた。

 「・・・辛いとか、面白いとか、そんな話じゃない。だが、姜馬の気持ちは分かった。」

 「そうか。なら、良かったのじゃ。」

 「だが、まだ信じられないな。姜馬が、あの坂本龍馬ということが。」

 「さっきも話したが、前世では儂は人に恵まれておったんじゃ。だが、この世界では儂一人じゃった。一人で世界を変えようと足掻いておったんじゃ。そして、やっと今、この世界にも、期待する人物がやってきた。儂の全てを託す人物が。」

 姜馬は俺を凝視している。


 「まさか、その人物が俺というわけじゃないよな。」

 坂本龍馬ほどの人物に、託されるほどの。俺はそんな人物では無い。

 「おまんぜよ、その人物は。慶之、おまんがこの時代の申し子じゃ。わしゃ、おまんが立つ準備をする為に、この世界に転生してきたんじゃ。なんせ、前世でも、長州と薩摩をくっつけたり、土佐を動かして船中八策を建策させたり、暗躍の名人だったからの。そして今度は、おまんを、この世界の民を救う王にする為に暗躍せよと、この世界に転生してきたかもしれんな。」

 姜馬はふざけているように話すが、目は笑っていなかった。

 「さっきも話したが、俺はこの世界が怖い。逃げたいと思っているよ。簡単に人に首輪を嵌めて奴隷にする貴族や、その奴隷を売る奴隷商人。跋扈する魔物も全てが怖い。そんな臆病な俺が、民を救うなんて・・・。」

「頼む、慶之。儂はもう長く無い。このままじゃと、もって1年か2年かの。直ぐにでも体の劣化を防ぐ為に、魔力が濃い魔力溜りの近くで少し眠りに入ろうと思うちょる。そうすれば、慶之が作る国を見届けるかもしれんからの。」

 姜馬は悲しそうに語った。

 確かに、前世の医療技術でも80歳前後が平均寿命に近いが。

 医療技術が拙いこの世界では、平均寿命は50歳。80歳など生きているのが不思議ぐらいの年齢である。

「・・・・・・。」

 俺は何と言って良いか分からずに沈黙した。


「慶之、儂もこの世界が嫌いぜよ。だが、この世界に長く生き過ぎたのじゃ。前世の2倍以上の時間を過ごしてしまったのだ。まぁ、好きでは無いが、さっきも言ったが、愛着があっての。この世界を見捨てられないのじゃ。」

 「見捨てられないか・・・。俺はまだ、前世で生きた時間の方が長いから分からないが、きっと姜馬が過ごした時間を考えれば、そうなのかもしれんな。」

 「そうじゃ、儂も、この世界が変わるのを見届けたら、あの世で待っている妻の恵蘭や娘の乙女や栄の所にいくつもりや。前世のお竜や、さな子には悪いがの。」

 「俺に、姜馬の夢を引き継ぐ力があるのか。」

 「そりゃ大丈夫じゃき。さっきも話したが、虹色魔力は強力じゃ。それに、儂が40年の時間で築いた遺産があるきー。1つや2つの国なんてあっという間や。後は人材。慶之を助ける人物を集めることや。人さえ集まったら、憂いはないぜよ。」

 姜馬の話で、虹色魔力の魔法の力、亀山社中の財力、この里の人材がある。

 確かに、建国も可能かもしれないと。

 姜馬が言う人材以上に、気になっている力が一つある。

 

 それは、戦力だ。鎧騎士の数だ。

 俺は単刀直入に聞いた。

 「姜馬、戦力は、鎧騎士はどれくらいの数が集められる。どんなに、魔力や金、人材があっても、武力が無ければ、建国は無理だぞ。」

 「・・・今は、鎧が2千騎あり。儂が、40年前に大陸中の神級魔物を狩った時に得た神級魔力の魔石もじゃ、神級魔石だけで30個はある。」

 神級魔石だと・・・。神級魔石はこの世界で最高の力を持った魔石。

 強国でも、神級魔石の鎧など一つや2つしかないと言われるほどの強力な魔石だ。買おうとしたら、金貨1万枚(日本円で100億)で売買されるほどの高価な物だ。

 「だが、魔石があっても、鎧が作れなきゃ、意味がないぞ。」

 この世界で鎧は最高戦力なので、貴族が勝手に鎧を作ることを禁止している。

 その為、鎧の製造は国家か管理していた。

 鎧職人は国の工房にしかいないし、技術も知られていない。

 ・・・ハズだ。

 ただ、楊公爵である親父殿が言うには、貴族の中には隠れて自領で鎧を作っている貴族もいるようだ。大陳国では蔡辺境伯あたりはやっていそうだと言っていた。

少なくとも、『姜氏の里』に鎧を作る技術は無いハズだ。

「大丈夫ぜよ。さっき姜馬が話していた姜平香は、この大陸で1,2を争う技術を持った鎧職人や。儂が、魔道具や鎧の技術を叩きこんでやったんじゃ。世には出ちゃあせんが、腕は保証するぜよ。」

 確かに、姜馬は教団の知識や神聖文字(ルール語)を読み解く力で、魔法と魔道具の技術を極めたと言っていた。

 その能力があれば、この大陸一の鎧を作る技術があると言っても不思議じゃない。

 「分かった。2千騎の鎧か。あと、騎士は何人いるんだ。鎧があっても、操縦者がいなければ、只の持ち腐れだぞ。」

 鎧騎士2千騎なら、小国の戦力並みだ。少なくとも、楊公爵家を含む3大貴族の全部の戦力と匹敵するだけの戦力で問題ない。それに、鎧職人がいれば、魔石を集めれば、鎧騎士も増やすことが出来る。


 だが、騎士は簡単には増やせない。魔力階級が特級以上の人は多くは無い。

 ほとんどが、貴族か。魔力を持った領民は貴族軍に引き抜かれてしまう。

 「うちの里には12百人の操縦者がいる。戦士として戦うのは2百人。残り千人は農家などの別の仕事を持っている予備兵だ。」

 「・・・ずいぶん、多くないか。『姜氏の里』の人口は確か3千人ぐらいだろ。」

 「それは、『始まりの魔法陣』とこの里の『魔力溜り』のおかげだ。」

 「そうか、確かに『始まりの魔法陣』があれば、魔力が発現していない者を発現させることができるか・・・」

 「そうじゃ、そして、この里には『魔力溜り』で魔力が豊富じゃ、経験や訓練を積めば、普通の場所より、魔力階級が昇華ができる可能性が高いのじゃ。」

 魔力階級は経験や訓練を積めば、階級を上げることが出来た。

 姜馬が言うように、同じ訓練でも魔力濃度の高い場所で訓練を行えば、魔力階級の昇華が早いのもなんとなく納得できる。

 「そうか、それでも12百か・・・。」

 貴族の戦力としては十分だが、国が相手では少し心もとない。

 「大丈夫じゃ、魔石は魔物を倒せば手に入る。虹色魔力があれば簡単じゃ。それに、平香もいるからの。」

 確かに、鎧は増やせる。


 それに鎧を操縦する騎士も大丈夫そうだ。『始まりの魔法陣』があれば・・・。

 確かに、これだけの材料が揃えば、今すぐは無理でも準備を整えれば、戦力的にも可能かもしれない。

 「最後に聞く。姜馬の後継者は、この里の者ではダメなのか。俺も協力するぞ。」

 「出来たらとっくにやっておる。だがダメじゃ、この世界の常識からは超えられん。儂が選んだ人物は慶之、おんしじゃ。頼む。引き受けてくれ。」

 姜馬は俺に真っ白になった白髪頭を下げた。

 自分が国を作って、世界を変える人物などと思ったことは一度も無かった。

 それこそ、坂本龍馬のような大人物なら分かるが、自分は前世で平凡な医者でしかないし、この世界でも魔力を持たない貴族の3男坊でしかなかった。

 だがもし、ここで引き受けなければ、自分は今のまま、魔物や貴族世界の中で脅えながら生き続けなければならない。

 姜馬の話しではないが、魔力を得ることは人生を変える大きな転換点になる。

 頭に、蛇の魔物に飲み込まれた親子が浮かんだ。

 あの、親子を・・、前世の妹に似た女の子を救えなかった。

 俺はもう嫌だ。俺は変わる。


 「分かった。引き受ける。姜馬の夢も、この里の仲間を、そして、この世界を変える使命も。ただし、出来るだけのことはするが、失敗しても怒るなよ。」

 あの坂本龍馬がここまで俺に言うのだ。

 俺は引き受けることにした。これは俺にとっても、人生が変わる転換期だ。

 この旅で死ぬ思いをした。楊家でも、俺が死んだと思っているに違いない。

 姜馬の助けが無ければ、どうせ魔物に襲われ死んでいた命だ。

 【曲阜】の城郭都市で死んだと思って、魔力を手に入れ、国を建てるのも悪くない。きっと、それが、俺がこの世界に転生した意味かもしれない。

 「そうか、ありがとう、慶之。それで充分じゃ。おまんが協力してくれるなら、儂の夢も叶ったも同然じゃ。わははははは。」

 姜馬は嬉しそうなで風呂場を出て行った。


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