第5話 姜馬
『姜氏の里』の者も、俺が姜馬と同郷と知ると、急に態度が変わった。
初めに貴族と名乗った時は重たい空気だったが、今では歓迎ムードに変わっている。
そして、宴会が始まった。
俺も、昨日の昼から何も食べていなかったので、やっと食事にありつける。
そして、ここの食事は・・・本当に美味しかった。
この里の食事は、今まで食べた食事で一番美味しい。
こんなに美味しい食事は、転生して初めて食べた。
食べ物に目が無い従者の王常忠がいないのは可哀そうだと思ってしまう。
特に米が美味かった。
この世界に来て初めて食べた米だったが、前世のブランド米を上回る美味しさだ。
甘味があり、みずみずしく、口に含んで、噛めば噛むほど、ほのかな甘みが口の中に染み渡る。
「姜馬、どうやってこんな美味い米を作ったんだ。」
「美味いだろ、この米は、儂の弟子の姜作琳が作ったもんじゃ。儂が前世で食べよった米より美味いきの。それでいて、天候不順や害虫にも強い品種や。作琳が品種改良を重ねて、魔法で作った品種の米じゃ。」
姜馬も米を口に含んで、弟子の姜作琳が作った米を誉めていた。
「ああ、本当に美味みが口の中に広がるな。」
この米は、日本の高級ブランド米よりも美味い。この世界に来て、こんな美味しい米に巡り合えるとは思っていなかった。
涙が出るくらいに感動ものだ。
「・・・姜馬、いま、この品種を品種改良と魔法で作ったと言っていなかったか。」
「ああ、言ったぜよ。」
「米の品種に魔法が関係あるのか?」
「ああ、あるぜよ。例えばだが、魔物と動物の獣の違いは、魔力を多く蓄えているのが魔物で、蓄えられない物が獣じゃ。植物も同じぜよ。種もみに魔物を適度に蓄えられるように品種改良すれば、天候不順や害虫に強く、味も美味しい品種の米が作れるきに。」
「そ・・・そうなのか。」
魔法による品種改良なんて考えてもいなかった。だが、確かに魔力の濃い魔力溜りの生物は発育が良く、食べられる肉なんかも魔物の肉の方が美味しい。魔牛妖なんかは、普通の牛の肉より何倍も美味しかった。
美味いのは、米だけではなかった。
他の料理も美味い。
使っている素材も良いが、調味料がふんだんに使われていた。
この世界では、調味料は使われていない。
料理に塩をかけて食べるくらいだ。
地域によっては、唐辛子や胡椒などを使ったりしているらしいが、物流が無いこの世界では、原産地でないと調味料が手に入らないからだ。
だが、この里の料理にはたくさんの調味料が使われていた。楊公爵家の食事よりも美味しかった。
「それにしても、美味いな。この里の料理は本当に美味い。まるで、前世の料理を食べているようだ。」
「それは、この里の者たちが、儂の前世の知識を工夫したからじゃ。」
天婦羅の料理も、カリッとして職人が揚げたように美味しかった。
この天婦羅を作る為に使われた油や小麦粉も、この世界の食べ物とは思われないほど素晴らしい素材だ。
「この油も、作ったのか。」
「そうじゃ。菜種油はこの里で作った。オリーブという実の油は、西の国から輸入したんじゃ。」
「凄いな。姜馬は輸入もやっているのか。」
「ああ、そうじゃ。この大陸中の全ての国に支店があるぞ。姜栄一がこの大陸の国中で魔道具の店を経営しておるのじゃ。」
「この大陸中・・・?ちょっと大袈裟じゃないのか。」
この大陸は、物流が全く機能していないので、大陸中の商売などありえない。
山賊や魔物は徘徊するし、貴族は高い通行税を取る。道もバラバラで馬車なんて使えない。どの国も貴族も、自給自足が原則だ。近くの大きな城門都市で、周りの街や村から必要な物を買うぐらいがいい所だ。
「大袈裟じゃないぜよ。儂らの商会は、この大陸中のほとんどの国に支店を構えている。大聖国、大魏国、大梁国、大楚国、大和国・・・・20か国の全部の国にだ。そして、香辛料も、貴重なミスリルも、高価な回復薬も何でも手に入る。どうだ、凄いじゃろ、姜馬。これが、儂の遺産の一部じゃ。」
いや、一つだけ思い当たる商会があった。
「その商会って、もしかして・・・『亀山社中』か。」
「そうじゃ、慶之。良く知っていたのう。」
「ああ、楊家領にも支店があるからな。あの店の名は姜馬が考えたんだろ。」
「そうじゃ。良い名だろ。」
やっぱりそうか。
あの店の名前を始めて聞いた時、違和感を持っていた。
前世の日本では聞いたことのある名だったので、俺以外にも、この異世界にきた日本人がいるのではと思っていたのだ。
でも、あの『亀山社中』が姜馬の傘下とは驚いた。
あの親父殿ですら、あの商会だけには手をだすなと言っていたくらいの財力と戦力を持っている。
そうか、なるほど。『亀山社中』なら、姜馬の強きな姿勢も納得だ。
一国と同等の、いやそれ以上の財力は持っているだろう。
「それにしても。『亀山社中』が姜馬の傘下とは・・・、凄いな。」
「いや、あれは、儂が作った商会じゃ。40年かかったかの。魔法の技術、前世の知識、あとこの子らの工夫で大きくなったんじゃ、建国するのに財政面と情報面で役に立つはずじゃ。」
改めて、姜馬の力を思い知った。
魔力だけじゃない。この『亀山社中』の力を使えば、本当に建国が出来るかも知れない・・・・。
姜馬の力に感心しながら、また、本当に国を建てることが出来るのかを考える。
考えながら、スライス肉をつまんで焼き、それを鉄板の前に置いてある椀の黒いタレにつけて口に入れた。
「う、うっ、美味いな。この焼肉。なんだ、このタレの美味さは。」
「そりゃ『タケチ』じゃ。桜花が発明した調味料や。美味いだろう。『タケチ』は前世でも食べたことがなかったきの。慶之は初めてか。この『タケチ』は。」
「『タケチ』・・?これは『焼き肉のタレ』だろ。ニンニクやみりん、唐辛子など作った調味料の。前世にもあったぞ。」
「・・・そうか、この『タケチ』が、慶之が住んじょった頃の日本には、『タケチ』があったがか。豊かな国に変わったのじゃなあ。」
姜馬は一人で、ブツブツ言いながら、微笑んでいた。
気にせずスライスされた肉を焼いて、『タケチ』をつけて口に入れる。
「美味い。こんな美味い肉は食べたことがない。本当に美味い。」
「そうか。美味いか。肉はまだまだあるき。もっと食べるのじゃ。」
前世では貧しかったので、こんなに美味しい肉は食べた事は無かった。
こっちの世界でも、肉はただ焼くだけで、それを分厚く切って塩をかけて食べる。
しかも、ゴムのように固い肉で、歯が欠けそうになるような肉だ。
本当に美味いと思って、肉を食べていると、一人の青年が近づいてきた。
「慶之殿。私は姜法政と言います。この里の統治を行っているのですが。姜馬様の故郷の統治について話を聞かせてください。」
彼から話を聞くと、どうも、姜馬から前世の世界の政治についての知識を聞いているようだ。日本だけでなく、米国や英国の政治についても学んでいた。
彼は、合い札で選ばれれば、農民の子でも大統領というこの世界の王になる仕組みに大変興味を持っていた。
頭に記録している前世の政治の知識を話すと、目を光らせて熱中して話を聞いていた。
「・・・三権分立ですか。何ですか、それ。もっと教えてください。」
「待たんか、法政。うちも慶之殿と話がしたいんや。お前一人で慶之殿を独り占めはあかん。」
また、別の変な方言を話す青年が、法政との話に割り込んできた。
「今、良い所なんだ、もう少し待ってくれ。栄一。」
「あかん。法政のもう少しは、朝まで続くからな。慶之殿、俺は姜栄一。この里の商売を任されている。『亀山社中』の当主は姜馬様やけど、実務は俺がやらしてもろてる。よろしゅう頼む。ほんで、姜馬様の故郷での商売についての話を聞かしてや。」
彼も、姜馬から商売を任せられているそうだ。
「そうか、なら物の生産方法や、物流について話そうか。」
「物流?なんや、それ。」
栄一が首を傾げる。
「『亀山社中』はどうやって、物資を運んでいるんだ。」
「それは・・・、内緒や。・・・でも、まぁ、姜馬様が後継者に指定する御仁やからな・・・。『移転魔法陣』や。」
「『移転魔法陣』だと。」
おれは栄一の答えにぶっ飛んだ。
この世界は、物流が発展していないので、物を運ぶ商売は難しいと思っていたが、『亀山社中』は『移転魔法陣』で解決していたようである。
『移転魔法陣』は移転魔法により、ある地域と別の地域を結ぶ魔法だ。
世界中の各国にある支店には、移転魔法陣が設置されており、魔法陣の扉を開けると、『姜氏の里』に繋がっている。
『移転魔法陣』は、時間もかけずに物や人間を運べる万能な物流手段に思えるが、栄一の話によると問題があった。
それは、『移転魔法陣』の存在を表沙汰には出来ないということだ。
もし、移転魔法陣を『亀山社中』が保有していることがバレれば、各国の支店は退去させられてしまう。
わけも分からない勢力に自国に移転魔法陣を設置されれば、物資だけでなく、鎧騎士を送ることも可能であり、戦争で簡単に侵入を許してしまう。
それに、もし、『亀山社中』が移転魔法陣の技術を持っていると知られれば、強国が技術を寄越せと圧力をかけてくる目に見えている。
この『移転魔法陣』は決して公に出来ない技術であった。
栄一の話を聞いた俺はお返しに、頭の中の記録ボックスから、前世の商売に関する知識を話した。
移転魔法陣なしでの物流や、魔法に頼らない機械化による大量生産についてだ。
「産業革命か・・・。ええな。物流改革と産業改革。おもろいで。」
栄一は、前世の地球の産業の話にえらい関心を持って聞いていた。
「待て、栄一、お前の話は長い。交代だぞ・・・」
その後、次から次へと青年や女性がやってきて、前世の知識を聞きに来た。
この里の医術を研究している姜北里とは、治癒魔法と医術の違いについて議論した。特に、伝染病についての対処方法の議論で盛り上がった。
先ほど、姜馬が自慢していた米の品種を開発した姜作琳とは、農業の肥料の話や、畑の連作障害についての話で盛り上がった。
他にも、土木建築や開発の設計や作業を行っている姜鄭国には、前世の建築について聞かれ、この里で、魔法で動く道具を開発する姜平香には、前世の科学の話を聞かれ、姜馬から教育についての話を聞いていた姜諭吉からは、学校についての話をせがまれた。
全て、頭の中に記録されている情報を話してやった。
彼らや彼女らは、その道を独自で極めていた所為か、飲み込みや理解も早く、話の内容を直ぐに吸収し、その場で新たなアイデアを出していく。
そして、そのアイデアが前世で有名な発明であったり、商品であったりした。
本当に一人一人がその道の達人であり、天才であった。
「慶之、この里の子供たちも、国を作る為の人材という儂の遺産ぜよ。」
姜馬が嬉しそうに会話に耳を傾けていた。
俺は、美味しい食事と、里の者たちと会話を楽しんでいるとあっという間に時間が過ぎていて、すでに遅い時間になっていた。
「本当に美味しい食事を堪能させてもらった。」
「そうか、そうか。それは良かったのじゃ。」
心からそう思うほど、この里の料理は美味かった。
この里の食事は、大陳国の3大貴族の一角である楊公爵家の食卓ですら、貧相と思うくらい美味しい品であった。
昔、平和な世界では料理人が重宝され、争いの世界では、武器職人が重宝されると聞いたことがある。
たぶん、今のこの世界は、食事に対する興味が薄い。
この乱世の世界では、美味しい食べ物より、1騎でも多くの鎧騎士を手に入れることが大事なのだろう。
それに、この里の人たちとの会話も刺激になった。
姜馬がこの里の人を守りたいという気持ちも分かったし、この里の者たちの知識をこの里に留まらせて置くのは勿体ないとも思った。
姜馬が建国を望むのは、自分が育てた里の人たちを世の中に羽ばたかせたいと思ったかもしれない。なんとなく、俺も同じ気持ちになった。
とにかく、この宴会で、この世界に来て初めての美味しい食事を味わうことができ、この世界が変わるほどの人材たちと話すことが出来たのであった。
「慶之、風呂に行くぜよ。」
「風呂か、良いな。」
「天然かけ流しの温泉じゃ。これだけの風呂は、前世でも、そうお目に罹れない儂の自慢の風呂ぜよ。」
姜馬は嬉しそうに俺を風呂に誘った。
「是非、入りたい。」
王都からの旅や、昨日は魔物に追われて死ぬ思いで走り回り、体中が垢だらけだ。
ゆっくり風呂に入って体を温められると思うだけで、幸せになってくる。
「それじゃ、いくぜよ。付いてくるのじゃ。」
姜馬の後を付いて、脱衣所で服を脱いだ。
風呂場の扉を開けると、そこには無駄に贅沢な温泉があった。
この異世界に、これだけ立派な温泉があるのは驚きだ。
そして、同じ日本人として、この風呂への情熱は理解できる。
風呂場に入ると、檜風呂のお湯で体を流して温泉に浸かった。
「ふう、それにしても、いい湯だな。」
今までの苦労が洗い流れるように体に染みる。
「慶之も、この風呂がずいぶん気に入ったようだな。」
姜馬も満足そうに目を細めていた。
「そう、そう、姜馬。姜馬はこの世界にどうやってきたんだ。転生か。」
「転生?よく分からんが、儂は殺されたのじゃ。刀で頭からガツンとやられての。目が覚めたら、この世界の赤ん坊で生まれ変わっちょった。」
「そうか・・・。刀でガツンか。姜馬がいた時代も相当に怖い時代だな。姜馬が死んだのはいつ頃だ?」
「確か、『船中八策』を考えついた後だから・・、慶王3年頃かの。」
「・・・船中八策?・・・慶王3年、明治時代なのか。」
「なんじゃ、その明治時代ちゅうのは。」
「ほう、明治時代を知らないか。という事はその前か、じゃ、江戸時代か。」
「江戸時代・・・確かに江戸は、徳川幕府のお膝元じゃったが・・・。まぁ、政権が天皇に返還される寸前やったきの。まだ、徳川幕府じゃった。」
「へぇー。じゃ、大政奉還の前か。大政奉還は・・・1867年か。俺が死んだのは、2030年だから。163年前だな。」
「そうか、儂と慶之じゃ、年齢は65歳しか変わらんが、死んだ年は163年も変わるがか。不思議じゃの。」
「ということは、地球の世界とこの世界の時間の流れは違う訳だな。」
今の話だと、転生者がこちらの世界に転生する時間軸と、地球の時間の流れとは関係がないようだ。地球の時間軸とは関係なく、こちらの時代に転生するのかもしれない。
「それより、慶之。徳川幕府の政権は天皇陛下に返上されたがか。」
「ああ。無事に返上されたよ。」
俺が説明すると、姜馬は嬉しそうな表情をした。
「そうか・・・、『船中八策』は成ったか。志半ばで殺されてしもうたけんど、良かった。それで、慶喜公や、勝先生はどうなったんじゃ。」
「それって、徳川慶喜と、勝海舟のこと?」
「そうじゃ!163年後のおんしが、慶喜公や勝先生を知っとんのか。・・・さすがに2人は有名じゃ。それで、2人はどうなったのじゃ。」
「どうなったって・・・、確か、天寿を全うしたはず。」
「そうか、良かったのお。」
姜馬は嬉しそうに相好を崩した。
姜馬から聞いた2人の人物の名を聞いて、ある人物の名前を浮かべた。
「あの・・・、もしかして、姜馬の前世って・・・、坂本竜馬じゃないのか。」
「ほう、そうじゃ。良く分かったの。儂は前世で、坂本竜馬ちゅう、勤王志士をしちょった。」
「はぁ、やっぱり。そうか。」
俺は、白髪頭の老人になった姜馬をまじまじと見た。
(本当に前世があの坂本龍馬とは・・・。歴史上の超大人物じゃないか。前世の世界で、坂本龍馬にあったとか言ったら、マジで自慢できるけど・・・、その前に信じておらえないし・・・、というか、この世界では意味ないんだけど・・・。)
それにしても、姜馬が坂本龍馬とは恐れ入った。
「慶之。おまんは前世では何をしちょったんじゃ。」
一般人の俺の素性を坂本龍馬に話すのは、おくがましいのだが・・・。
「俺か、俺は坂本竜馬のような歴史に残る大人物じゃないぞ。まぁ、ただの医者だ。」
「儂も大した人物じゃ無いぜよ。ただの勤王志士。何も成さずに死んでしもうた。でも慶之は、医師か。人を救う仕事じゃの。」
この世界に医者という仕事は無い。なぜなら、この世界の病気は治癒魔法か、回復薬で直す。それで治らなければ、死ぬだけだ。
だが、姜馬は医術を知っていたし、姜諭吉に医術を教えてもいた。
前世の有名人である坂本龍馬に『人を救う仕事』と言われると少し照れた。
「まあ、直ぐに死んで、医師として働いた期間は短かったんだけど。」
医師になると直ぐに交通事故で死んでしまったので、あまり人を救っていない。
俺の人生について話をすると、姜馬は黙って俺の話を聞いていた。
「そうか・・・、儂も、千鶴姉や、栄姉、乙女姉に恩返しができずに死んでしもうたからの・・・、それに、お龍さんや、さだ子さんにも別れも言えんかったの・・・。」
なんとなく、その場の空気が重くなると、姜馬は「パシャン」と水を自分の頬にかけた。
「そんなことより、どうじゃ。この温泉は、凄いじゃろ。」
「そうだな。これだけの立派な風呂は日本でも見たことないな。」
確かに、姜馬が自慢するだけのことはある。これだけ立派な檜風呂は見た事が無い。
「そうじゃろ。そうじゃろ。お竜と行った薩摩の温泉を参考に作ったんじゃ。」
姜馬は本当に嬉しそうだ。
これだけの温泉を作っても、今まで自慢する相手がいなかったのか、嬉しそうだ。
姜馬はお湯に浸かると、目を閉じた。
「ところで慶之。おまんの日本の名前は何と言うのじゃ。」
「俺か。俺は真田幸広だ。」
「そうか。それで15年前にこの世界の貴族に転生してきたがか。」
「まぁ、そういうことだ。」
「儂も、貴族に生まれちょったら、こがに歪んだ性格にならんかったかもなぁ。」
「姜馬が歪んだ性格?違うだろ。歪んでいるのは俺の方だ。」
俺は姜馬の言葉を否定した。
歪んでいるのは俺だ。無力な癖に正義感だけ持って。その癖、何もできずに自己嫌悪に陥る。それで、自己嫌悪をする自分に呆れながら、怖くて何もできない。
本当に歪んだ性格だ。
「いや、儂は歪んでおるのじゃ。この里の者を作ったのも、弱い者を救えと慶之に押しつけるがも、全て儂の復讐から始まっちょる。この世界への復讐じゃ。」
「復讐?」
「そうじゃ、ちっくと長湯になるが、儂の話を聞いてくれるかの。80年前に儂がこの異世界に転生して、今に至るまでの話じゃ。」
そう言うと、姜馬は自分のこの世界での生立ちを日本語で話し始めた。
この世界に転生したのが、約80年前じゃ。
儂は、中岡と、近江屋に泊まっちょった。
部屋で酒を飲んどる時に、突然、黒づくめん侍達がやってきて、上段からの一刀を儂に喰らわせたぜよ。
そんで、気がつくと、儂はこん世界に、生まれ変わっちょった。ほんにたまげたぜよ。
儂は、慶之と同じように魔法は使えんかった。
生まれは、貧しい農村じゃったけんど、おとんも、おかんも優しかったぜよ。
貧しいが、儂に愛情を注いで、一所懸命に、よう育ててくれた。
儂は、前世では、波乱万丈な人生を送ったきに、こん世界では、ほんに、農民の子供として、ありふれた一生を送るもんやと思うちょったぜよ。
けんど、この世界は、俺が平凡な人生を歩む事さー、許してくれんかった。
儂が暮らす村の貴族の領主がとんでもなえー奴だったぜよ。
今、思うと、この世界の貴族としては普通やったかもしれんが。前世の知識を持った儂には悪徳領主にしか見えんかった。
あの領主と比べたら、儂の幼馴染の武市半平太を殺した容堂公が聖人に見えるほどに、げに酷い男やった。
毎年、厳しい年貢の取立てがあり、不作による飢餓、魔物の襲撃、盗賊らにも襲われたけんど、儂の両親は何とか耐えて、暮らしちょった。
貧しゅうて食べる物は、いつも『始祖芋』じゃったきの。『始祖芋』は何処にでも生えちゅーき。儂の子供の頃は、あの始祖芋しか食べた記憶がないの。
まぁ、苦しいちゅーても、優しい両親の下で、慎ましい暮らしを送っちょったんじゃ。
その慎ましい暮らしすらも出来んようになったのは、悪徳領主が死んで、更に悪徳の輪をかけた息子に代替わりした時かの。
あの息子は、げに酷かったきの。
今までも収穫の8割ばあ、税で持って行かれて、残った2割の収穫と、農閑期に作った作物を売ったりしてなんとか生活しちょったんじゃ。
それが、代替わりした息子に、税を9割に引き上げられ、税の支払いが遅れると、家を荒らされて、種もみすら奪うていっちょったのじゃ。
両親は新しい領主に、いつかは奴隷にさせられて売られると思うちょった。両親だけでのう、村民全員が同じように思うちょった。
そこで、村民全員で貴族の領地から逃げて、他の土地に移ろうと考えたのじゃ。
だが、それを知った新しい領主は激怒し、村を兵士で囲ました後で火を放ち、村の大人全員を殺し、村民の子供たちは奴隷として売り払うてしもうたがじゃ。
その子供の中に、儂も入っていたぜよ。
その頃の儂は、まだ10歳じゃ。貴族に親を殺され、奴隷として今度は他の貴族に売られたのじゃ。
『奴隷の首輪』を首に付けられた時は、本当のこの世の終わり思うた。
首輪を外す事はできん。無理に外したら、首輪の魔術で首が締まってしまうかの。
そして、売られた先の貴族も非情な人間やった。
この世界の貴族は、げに領民や奴隷を人間と見ちょらんきの。
広大な土地をたくさんの奴隷が開墾させて、広げた開拓地を農民に貸し付け、年貢と地代として、収穫の8割を納めさせちょった。
そして収穫を売って得た収入で、再び奴隷を買い、開墾させて農地を拡大させていく。
毎年、耕作地は拡げ、年貢や地代の収入が増えて経済力が増していく。今、思うたら結構やり手の貴族やったようじゃ。
儂は、毎日、毎日、朝から晩までこき使われたぜよ。
荒地の石を運んで、ちっくとでも休むと、鞭で叩かれた。それでも初めは子供やったき、まだ力仕事は多うなかった。
たいした食糧は与えられんかったが、体だけは大きうなった。そんで、成長していくと力仕事が多うなり、鞭で叩かれる数が増えたぜよ。
周りの奴隷も、多くが鞭で叩かれて血を流しもっても、黙って働いちょった。
げに地獄のような所じゃ。
あの時も、この世界を呪うたの。
親が死んだ時も、奴隷の首輪を嵌められた時も、この世界を呪ったぜよ。
夢も、希望もない。早う死にたい思うたけんど、人間なかなか死ねんものじゃ。
独房に入れられて死ぬるがは、本当に怖かった。
酷い病気になったり、反抗したりする奴隷たちを押し込める独房があったんじゃ。
病気は他の奴隷にも伝染するきの。
独房に入ったら、ほとんどの奴隷が戻ってこんかった。
あっこに入ったら、痩せ細って死ぬる言われたものじゃ。
皆、独房に入れられるがが嫌で、血を流しても黙って働いたぜよ。
あの貴族は、奴隷を使うだけ使うて、使えんようになったら捨てるぜよ。そして新しい奴隷に取り換えて、同じようにすり減らすまで使い続けるんじゃ。
今、思うと、クズのような男じゃ。
あの貴族の下で5年も生きちゅー奴隷はおらん言われるほど厳しかった。
そして、あの貴族は、奴隷だけでのうて領民にも厳しかった。
奴隷によって開墾した農地が増え、領民が耕す面積をどんどん増やしていったけんど、領民の生活はちっとも良うならんかったぜよ。
税と新たな土地の地代で、収穫のほとんどを持ってかられ、翌年は今まで以上の面積の土地を耕すように貴族に命令される。
領民は疲弊しておったのじゃ。
あの貴族は、奴隷だけでのう、領民も物として見ちょたからの。
奴隷は費用がかかるが、死んでもっても替えが効く物で、領民は壊すと替えが効かん物ばと思う感覚やったのやろう。
遂に、領民たちの怒りが沸点に達したがは、領主の子供が結婚の時やったかの。
貴族の兵士が村を回って、息子の結婚を祝うき祝儀として『祝い税』を払えと触れをだした時じゃ。
普通の貴族の結婚では、貴族が子供らあの身内の結婚を祝う為に、領民に食べ物を振舞うがぜよ、あの貴族は、物入りやき『祝い税』を払えと、領民に強要したのじゃ。
領民たちは怒ったぜよ。
その怒りは領地中の町や村に伝播し、遂に反乱を興す気運までに膨らんだ。
普通は反乱さあ興さず、儂の両親の村のように貴族の領地から逃げるのが常識ぜよ。
反乱を興したち、鎧騎士を持っちゅー貴族には敵わんきの。
鎧騎士1騎だけで、いくつもの村の反乱を容易に壊滅させるだけの力がある。殺されるがが分かっちゅーのに、反乱さあ起こす者はおらん。
だが、その領民たちには切り札があったのじゃ。
その切り札ちゅうのが、鎧に搭乗する騎士の半分以上が、領民の身内やったということや。
普通の貴族は、鎧を操縦する騎士に領民の者らあは使わん。
鎧騎士は最大戦力やき、先祖代々から仕える特級魔力以上を持った譜代の家臣が鎧の騎士に登用されるんや。
だが、あの貴族は経済力だけで先代が一代で成り上がった家じゃ。
最大戦力である鎧の数も増やしたんやが、鎧を操縦する騎士までは、家臣で一気に増やせんかったのじゃ。
鎧だけ増やしたち、騎士がおらんかったら、ただの飾り物だ。
そやけんど、鎧の騎士は特級魔力以上を持つ魔法使いにしか操縦出来ん。
特級以上の魔力を持った譜代の家臣で騎士の人数を賄えん分が、特級以上の魔力を持った平民で、鎧の騎士の数をまかなったがじゃ。
平民の中で魔力を持った若者たちを集め、鎧の騎士に抜擢したんじゃ。
騎士に抜擢された若者は喜んだぜよ。突然、平民から騎士に抜擢されたからな。
そりゃ、喜ぶぜよ。だが、その喜びは始めだけやった。
あの貴族の家臣団の陪臣には、平民が騎士になるがを快う思わん者がたくさんいた。誇り高い騎士に、魔力があったら平民でもなれてしもうたがじゃ。
騎士の誇りが傷つけられたと言って、新参の平民騎士に嫌がらせをしたがじゃ。
平民騎士たちは、譜代の家臣にいじめられたり、暴力を振るわれたりもした。
平民騎士たちも黙っちゃあせん。お互いに派閥を作り、ぶつかり始める。初めはたいしたことはのうても、次第にエスカレートしていく。
まぁ、土佐潘の上士と下士(かし)のようなもんじゃ。
どの世界でも、特権階級は自分を守る身内をかわいがるもんやきー。
そがな険悪な状況で、あの貴族は、当然のように譜代の騎士の片棒を持ったんや。
平民騎士達の怒りも沸点まで上がっちょった。
そして家族から、領民たちの反乱の計画を聞くと、彼らも鎧騎士こと、領民の味方に加わった。鎧騎士が味方についたら怖いものなど無いき。
一斉に蜂起した領民たちの反乱による奇襲を受けた貴族は、譜代の騎士が操縦するの鎧騎士が反撃する体制を整える時間も与えられんで、一族と一緒に殺された。
「えい気味じゃ」
城内から、平民騎士たちの裏切り者もでた貴族の城は簡単に陥落したぜよ。
儂は一揆のどさくさに紛れ、『奴隷の首輪』の鍵を奪い獲って逃げる事に成功したんじゃ。
他の奴隷も一斉に逃げた。
その時、城に侵入した領民に捕まりそうな女奴隷がおっての。
成り行きで、その奴隷を助けて一緒に逃げたがじゃ。儂も、前世では北辰一刀流の免許皆伝やきー、そこらの領民には負けんかった。
反乱を興した者たちは貴族の財産や家宝を奪おうと必死やった。城の中を、隅々まで荒し回っちょったきの。奴隷も貴族の家宝の一部やき、奪おうとしたんじゃよ。
その女奴隷は特別に仲がええわけも無かったけんど、同じ人間を物とした見ん奴らが許せんかったきな。
気が付いちょったら、その女奴隷の手を引いて逃げちょったのじゃ。
だが、奴隷2人で逃げても、安心して隠れて暮らせる場所なんか無かった。
始祖芋はどこにでも生えちゅーたんで、飢え死にする事だけは免れた。
見つからんように昼間は休んで夜に移動したがじゃ。
わし達を狙うがは貴族だけでない。
野盗に見つかったら、捕まって、また奴隷として売られる。
魔物なら喰われても終わりぜよ。
2人は貴族や野盗、魔物から逃げて旅をしたんじゃ。
本当に惨めじゃった。
前世では、薩長同盟を成し、海援隊を作り、大政奉還のキッカケを作った坂本龍馬が、貴族や野盗や魔物に襲われんように震えておった。
それが現実じゃ。
前世では、人にも、運にも恵まれておったんじゃ。
じゃが、この世界には、誰も儂の味方はおらん。
所詮、坂本竜馬ちゅう男の力なんて、こんなもんじゃった。
儂らは弱者や。この世界では強者の獲物でしかないんや。
別に悪い事をしたわけでも無いが、弱者は1日、1日を恐怖に震えて逃げるしかないがじゃ。それがこの世界や。
せめて、この女奴隷だけは助けてやりたかった。
そして、儂たちは長い旅をして、
ようやくある森の近くに住み処を定めた。
その場所は、魔物の森に近うて、貴族や野盗が近づかん場所じゃった。
魔物の領域からも微妙に離れちゅうし、魔物が領域から出てくる場所でもなかった。
魔物達は、主に魔物の迷宮や、森、谷の魔物の領域で暮らしちゅー。
魔物の領域には魔力溜(だまり)が合うて、高濃度の魔力が供給されているきー魔物が、魔力溜りの近くから離れることは無かった。
その魔力溜りが、魔物達に力を与えちゅーがじゃ。
魔物にとって、魔力溜りから離れると、魔力供給が受けられんだけでなく、他の魔物からの魔力溜りを奪われる危険が発生するんじゃ。
魔物の本能が、魔物の領域から離れる事を許さんのじゃ。
その意味では、この場所は、貴族や野盗が近寄る可能性ものう、魔物の領域から微妙に離れた場所じゃった。
儂と女奴隷は、この場所で住む事を決めた。
魔物に襲われん範囲内まで森に入って、食べられる野草や茸を見つけたり、獣らあを捕まえたりして暮らすことにした。
一緒にいた女奴隷は『恵蘭』という名だった。
美しい女性では無かったけんど、それに無口で、怖がりで、不愛想だった。
だが、儂だけには心を開いてくれた。
そして儂の事を兄のように慕うてくれた。
暫くすると、儂は恵蘭と結婚した。
そして2人の女の子を授かった。
2人の名は、前世の姉の乙女姉さんと、栄姉さんからもらった。
長女が姜乙女で、二女が姜栄じゃ。
前世でも、儂は子がおらんじゃったきに、初めてのわが子じゃった。
ほんまに可愛かったぜよ。愛おしかったぜよ。
この2人の娘が、残酷な世界での唯一の儂の憩いであり、宝物じゃった。
4人の生活は、森で魔物に見つからんよう、狩猟を行ったり、山菜を獲ったり、炭を作ったりもしたんじゃ。
魔物の気配を感じた時は、緊張して疲れるが、子供の顔を見ると疲れも忘れた。
人生の中で、両親を亡くしてから、やっと人間らしいと思える生活じゃった。
生活は楽じゃなかったが、昔に比べると天国のようじゃった。森で獲れた毛皮や炭がたまると、近くの村に売りに行き、現金や食糧に替えた。
特に寒くなる前は、毛皮や炭は金になった。
近くの村で、毛皮が高う売れた時には、お土産に小麦で作った「紙焼」を時々買うて帰ると、子供たちが本当に喜んじょった。
豊かな暮らしではなかったが、儂の人生の中で、げに一番幸せな時間やった。
だが、そがな幸せな時間は長うは続かなかった。
その日は、寒くなる前の秋の終わり頃やったかの。
儂はいつものように村に毛皮や炭を売りに行っちょった。
冬が近いせいか、運んだ毛皮や炭は直ぐに売れたぜよ。いつものように、お土産の「紙焼」を買って家に向かったんやけど、家に近づくと、家の周りの防御の柵が壊されちゅーのが目に入った。
走って、家に向かうと、地面に大きな足跡があった。
嫌な予感がした。
「恵蘭。乙女。栄。」
大声で3人の名を呼んだ。
焦って家の中に入り、3人を探したぜよ。
だが、目に映ったのは血の海やった。
赤い血が家のそこら中に飛び散っちょった。
魔物が、儂の家族を襲うたがじゃ。
この辺りには、魔物の領域から離れちゅーき、魔物が来るはずは無いとタカをくくっちょった。
領域が広がったがか、魔物の主の統制からはぐれた魔物かは分からん。
とにかく、魔物が儂の家族を殺したことしか分からんかった。
儂が甘かったがじゃ。
必死で、妻の恵蘭や子供達を探いたけんど、見つけられなかった。
死骸さえも見当たらなかった。
唯一、見に入ったがは、大きな骨とこんまい骨だけが転がっちょった。
儂は半狂乱となり、魔物を殺いて妻や子供たちの復讐しょうと誓うた。
その時やな。
儂が本気で、この世界を変えたい思うたがは。
魔物だけじゃない。貴族やこの世界の強者をことごとく殺して、この世界を変えちゃると誓うたがじゃ。
だが、その時の儂には力が無いき、ただの弱者の遠吠えにしか過ぎんかった。
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