第5話 虹色魔力

 それから儂は、旅に出た。

 あの森の近くで、一人で暮らすのは辛かったんじゃ。

 恵蘭と子供達の墓を作って骨を埋めると、魔物に襲われた家は燃やした。

 そして旅に出ると、いろいろな街や村をめぐり歩いた。日雇いの仕事や雑用の住み込みの仕事で小金を稼ぐと、次の場所に旅だった。一つの場所で何もしないのが耐えられんかった。

 移動は夜に行った。

 恵蘭と一緒に、貴族から逃げて来た時のように、日中は木の上などに隠れて体を休めた。そして、夜に移動する。街があれば、日中に街に入って必要な食糧を手に入れた。

 おかげで、野盗や魔物に会わずに旅をすることが出来たんじゃ。


 この旅に、特に目的は無かった。

 ずっと考えてた。死んだ恵蘭や子供達の為に儂に何が出来るかと。

 儂も慶之と同じで、家族の復讐がしたかったんじゃ。ただ、違うのは、慶之のように具体的な復讐の相手がおらんかった。儂の復讐相手は、魔物じゃからのう。

 何に復讐して良いかも分からず、大梁国の岳家領の【岳陽】という都市まちに辿り着いた。


 この都市まちの魔道具つくりで有名で、栄えちょった。

 なんでも、この都市まちの領主が珍しく商売が分かる貴族で、魔道具職人を積極的に誘致したらしい。そのおかげで、魔道具の工房がいくつもあって、どこの工房も繁盛していたんや。人手はいくらあっても足りんくらいで、余所者も儂でも雇うてくれたがじゃ。

 雇うてくれた工房の親方がええ人じゃった。

 謝親方という人で、儂は運が良かった。

 始めの仕事は、ほとんどが簡単な雑用ばっかりやったが、儂が真面目に働いちゅーと、いろいろな仕事を任せてくれた。

 任せると言っても、魔法陣のような大事な仕事以外の仕事じゃ。

 魔法陣に関わる仕事以外なら、なんでもやらせてくれた。


 職人の技術は門外不出が基本じゃ。

 それは魔道具の工房に限らず、どの職人でも、技術を守った。この世界には特許などの考えが無いきー、技術が漏れると直ぐに真似されるんじゃ。

 魔道具の職人の技術は、魔法陣の構図。それに、魔法陣の術式だ。

 術式は魔力の命令のようなモンで、構図は魔法陣の設計図だ。

 重要なのは術式だが、術式だけじゃ魔法は発動しない。構図によって、魔力が魔法陣の中を適切に流れて、魔法が効果的に発動しないと駄目だ。

 その術式と構図の2つが描かれているのが、魔法陣なのだ。

 この魔法陣は、一族で一子相伝の技術じゃ。

 一族のごく限られた者か。長く務める職人にしか、教えんようになっちょった。

 儂のような流れ者は、大事な魔法陣は見るどころか、部屋にも入れんかった。


 それでも、謝親方も魔法陣以外の仕事なら任せてもらえた。簡単な技術なら儂に学ぶ機会を与えてくれた。親方は、儂のことを見込んでくれちょった。


 「姜馬,お前は器用だな。こんど、この仕事もやってみるか。」

 少し仕事を覚えると、更にいろいろな事を教えてくれて、仕事を任せてくれた。

 謝親方が任せてくれたのは、組み立ての仕事じゃった。

 魔道具を作るには、3つの機能が効果的に動く様に組み立てる必要があった。

 3つの機能とは、『魔石』、『魔法陣』、『駆体』の3つじゃ。

 魔石から出る魔力が動力。

 魔法陣が魔力を魔法に転換する変換装置、いわゆるモーターのような役割じゃ。

 そして、駆体が装置。魔法を使いやすくする為の装置だ。

 この3つの機能を魔力伝導がええように組み立てるのが儂の仕事じゃった。


 儂は喜んで、組み立ての仕事を覚えさせてもろうた。

 体を動かしちゅーと、嫌な過去を考えなくて良いので、真面目に働いていただけやった。だが、謝親方はそげなわしを買うてくれたようや。

 謝親方は、げに良い人やった。

 仕事も、謝家の秘伝の魔法陣の図面に関係なければ、何でも教えてくれた。


 魔道具の中身を開ければ、魔法陣が見れるとや思うかもしれんが、そんな甘くはない。

 魔道具を開けると、魔法陣が収められちゅー箱がある、その箱を開けようとすると、魔法陣が魔法によって消えるようになっていた。

 これは、謝家だけでなく、どの職人が作った魔道具で、日常で使っている魔道具の全てに組み込まれちょった。魔法陣の構図や術式は、職人にとってそれだけ大事な財産じゃった。

 だから、儂は魔法陣以外の魔道具つくりをやっちょった。魔道具作りは意外に楽しかった。


 ちなもに、謝家の秘伝の魔道具は、光を魔道具じゃった。

 光を放つ聖属性の魔道具の技術は、岳家領のある大梁国では謝家だけの技術だった。

 辺りを明るく照らす魔法だ。

 使い手は聖属性がなくても、この魔道具さえあれば光を出す事ができた。

 結構ポピュラーな魔道具じゃ。

 王や貴族の屋敷の中を照らす魔道具として重宝されておった。


 それは、儂がこの謝家の工房に世話になって半年くらい経った日じゃった。

 前世の記憶で、光の魔道具の提案をしてみたんじゃ。

 「親方、この魔道具を頭に取り付ければ、冒険者が迷宮に潜る時に使いやすいぜよ。」

 儂のイメージしたのは、鉱山の洞窟で採掘をする労働者たちだ。

 儂は前世で、ジョン万次郎から色々な世界の話を聞いちょった。万次郎は遭難して米国に渡った、米国や世界の事を良く知っとったんや。彼から聞いた話に、米国では頭に明かりをつけて採掘を行うと言っておったのを思い出したんじゃ。


 謝親方も儂の話を嫌がらずに聞いてくれた。 

 「頭に明かりをつけるのか・・・確かに面白いな。姜馬、その魔道具のイメージを紙に書いてくれるか。」

 儂は、万次郎から聞いた内容をイメージして絵にかいたがじゃ。


 絵を見た謝親方は真剣に考え込むと。

 「これは面白い。これなら作るのも難しくない。」

 謝親方は職人たちを呼ぶと、儂が描いた絵を見せた。

 職人たちは親方から話を聞い後に、儂の描いた絵を見ると、目つきが変わったぜよ。

 『ああだ』『こうだ』と言いながら、儂が描いた絵の魔道具を作り始めたんじゃ。そして数日が経つと、何度かの試作品を経て商品が出来上がった。

 その商品を冒険者協会ギルドや採掘所の現場で売り込むと、好評じゃった。

 ひたいに付ける照明魔道具は直ぐ謝家の主力商品になったぜよ。


 他にもアイデアを出すと、謝親方は喜んで儂の話しに耳を傾けてくれよった。

 儂には前世の知識が有ったきー、いろんなアイデアも持っておったんじゃ。

 この世界の職人は、新しいアイデアに関心を持つ必要が無かった。先祖から受け継いだ魔法陣の図面があれば、それだけで喰っていけるからのう。

 それに、商売や職人は各組合ギルドが牛耳っちょった。

 職人組合ギルドや商人組合ギルド、冒険者組合ギルドなどのたくさんの組合ギルドが存在して、人々の生活に必要な商品は全て組合ギルドが管理していたんじゃ。

 商品の作る量、販売する量、価格も決められておった。組合ギルドの許可が無ければ、物を作る事も、売る事も出来ないきー、組合ギルドが決めた事には逆らえん。

 まぁ、物流がほとんど機能してない世界じゃ、限られた地域でしか物の販売できんき、工房や商人は守られていたんじゃ。作る量や価格が決まっていたら、品質が良かろうと悪かろうと、必ず売れるからのう。

 だから、職人も良いモンや、便利なモンを作っちゃるちゅう気概も無かったんじゃ。

 だが、岳家領だけは違っていた。

 熱心に魔道具の商品開発に夢中になるのは、【岳陽】の職人ぐらいで、謝家の親方はその中でも、新しいモンが好きやった。儂は運が良かったのかもしれん。


 そういうわけで、謝親方の元で、儂は熱心に新商品の開発を行ったぜよ。

 ガラスにも手を広げて、高級感のある照明なども作った。これは貴族にけっこう売れたぜよ。

 謝親方は秘伝の魔法陣以外の仕事なら、何でも儂にやらせてくれるようになっちょった。


 そんで以って、ついに汎用の魔法陣を見せてもらったんじゃ。

 魔法陣の図面には、『汎用型』とその家だけの『秘伝型』の2種類ある。

 『汎用型』の魔法陣は、職人協会ギルドに加入しちゅー工房なら、使用料を払うたら、魔法陣の術式と構図を提供してもらえるんじゃ。

 どこの職人でも作っちょる魔道具ばかりで、すでに魔法陣の術式と構図が世の中に出回っちょっる。『汎用型』の魔道具は大して儲からん商品や。

 対して、『秘伝型』の魔道具は先祖伝来の門外不出の魔法陣で出来ちょる。秘伝の魔法陣の図面を受け継いだ工房だけしか作れん魔道具や。

 秘伝の魔道具は高く売れて、儲けも大きい。さすがに、秘伝の魔法陣の図面は見せてもらえんかったが、汎用型の魔法陣を見せてもろうたんじゃ。


 それが、儂の人生を変えたんじゃ。

 初めて魔法陣の図面を見た時は正直びっくりしたぜよ。

 なんと、魔法陣で一番重要な『術式』の形が、前世の日本語の文字に似ちょったんじゃ。

 魔法陣の中で、『術式』は魔法の命令じゃ。魔力をどんな魔法にすると命令を出す装置のようなまんじゃ。体で言えば、脳じゃ。脳が手足に指令をだして手足を動かす。魔法も同じで、『術式』が命令を出して魔法が動くんじゃ。


 その重要な術式が、崩れた日本語で書かれていたぜよ。そんで、その日本語は単なる模様でなく、日本語の言葉の意味通りに魔法が発動するんじゃ。

 日本語の言葉を崩して『火をつけろ』と『術式』を描けば、その術式で出来た魔法陣から火が出る魔法へと変わるんじゃ。実際、その魔法陣の魔道具を稼働させると火が点いた。


 とにかく、『術式』に書かれた言葉が日本語という事は誰にも話さずに、その日から汎用型の魔法陣を描く仕事を始めたんじゃ。

 汎用型の魔法陣の『術式』を描くのは簡単じゃった。知っている日本語を崩せば描けた。

 問題は構図の方じゃ。日本語の命令を絵のように描くのじゃが、描く配置や大きさを間違えると、魔法陣から魔法が発動せんのじゃ。

 どんなに頭脳が立派でも、神経から命令が動かないと手足は動かん。指令が上手く伝達する機能、神経のようなもんが構図じゃ。これが中々難しかった。


 とにかく、儂は魔法陣を描きながら、構図の仕組みを意識して魔法陣を描いたんじゃ。

 学んた日数は浅かったが、おかげで魔法陣を描く腕は直ぐに上がった。上手く、描けるようになると面白くなって、けっこうはまったぜよ。儂にも絵心が有ったようじゃ。


 そんなある日、いつもと同じように汎用型の魔法陣を描いちょった。

 なにげに、いつもの魔法陣の『術式』に『火をつけろ』と書くのを間違えて、『光をつけろ』と描いてしまったんや。

 すると、その魔道具は火が出ないで、光が光ったんじゃ。

 驚いた儂は、慌てて謝親方に事情を話して、その魔道具を見せたんじゃ。


「これは謝家の秘伝の魔道具じゃないか。姜馬、秘伝の魔法陣を見たのか!」

 魔道具を見た謝親方の目つきが変わっちょった。

 親方は、儂が作った魔道具が謝家の秘伝の魔道具だったんで、儂が秘伝の魔法陣を盗み見たと疑ったんじゃ。

 儂は事情を話したが、親方の疑いは晴れんかった。

 まぁ、状況から考えれば謝親方が疑うのは無理は無いんじゃが、謝親方に失望されたんはショックじゃった。


 儂は何とかして、親方の疑いを晴らしたかった。

 儂は考えた末に、謝親方に魔法陣を描く筆とインクにする魔物の血を用意してもらった。

 それで、筆とインクで魔法陣を描いたんじゃ。

「謝親方。見よってくれんさい。」

 魔石を魔道具に入れると、なんとその魔道具から水が溢れてきよった。

 

 「これは、どういうことだ。」

 謝親方は驚いたぜよ。この世界には、水を出す魔道具など無かったきー。初めは何が起きたか分からんかったぜよ。そんで、儂が魔法陣を自分で作ったことを分かった貰ったんじゃ。

 儂は魔法陣の『術式』に『光をつけろ』ではなく、『水よ、湧け』と描いただけじゃ。魔法陣の構図はいじっていない。魔道具がちゃんと稼働するか不安だったが、上手く稼働した。


「姜馬。お前、魔法陣の図面を作ったのか。まさか神聖文字ルール語を知っているのか。」

謝親方が、今度は恐ろしい者を見るような目で儂を見た。


神聖文字ルール語ってなんぞね。」

儂が神聖文字ルール語を知らかったんで、親方に聞くと説明してくれた。

 親方の説明では、神聖文字ルール語は『術式』に描く呪文だと言っちょった。

 そして、新たな魔法陣を作るには、神聖文字ルール語の知識が必要ということじゃった。

 儂のとって、単なる崩した日本語に過ぎない文字が、魔法を作っちょったんじゃ。

 

 親方の話では、神聖文字ルール語は、千年前に始祖様が神から授かった文字らしい。

 魔神と戦う為に、始祖様が授かったと言われている。

 始祖様やその仲間の眷属は神聖文字ルール語を使って、いくつもの魔法を作って魔神と戦ったらしい。

 ただ、神聖文字ルール語の知識は今では失われて、神聖文字ルール語で描かれた魔道具だけが、魔道具職人に秘伝として伝わっているらしい。

 七光聖教だけは、神聖文字ルール語の本が受け継がれちゅーと言っていたが、今の教団ですら、その神聖文字ルール語を読める者は絶えていないらしい。


 「姜馬、お前は神聖文字ルール語も知らずに、あの水の魔道具を作ったのか。」

 新たな魔法陣を作るのは今の時代では奇跡に近い事で、その奇跡を見せられた謝親方が驚くのも無理はないことじゃった。


 「そうじゃ。儂が水が作ったんじゃ。さっきの光の魔法陣も儂が偶々間違うて作ってしもうた。決して、謝家の秘伝の魔法陣を見たんじゃないきー。信じてつかあーさい。」


「そ、そうなのか・・・それより他にも、魔法陣を作れるのか。」

 親方は水の出る魔道具を見た驚きで、謝家の秘伝の魔道具の事は忘れていた。


 「上手くいくか分からんが、風が吹く魔法陣を描いてみるぜよ。」

 儂はそう言うと、筆を執って魔法陣を描き始めた。

 しばらくして儂が描いた魔法陣と魔石を組み立てて、魔道具ができ上がった。

 「見よってくれんさい。」

 その魔道具を稼働させると、風が吹た。前世の扇風機のような魔道具だ。


 「おおー、本当に風が吹いた。なんだ、これは。姜馬、お前はもしかして新しい魔法陣が作ることができるのか・・・。」

 謝親方は驚いた表情で、風が出る魔道具を見つめていた。


「自分でも良く分からんが、『術式』が自然と頭に浮かぶんじゃ。」


 「それが、神聖文字ルール語だ。姜馬、お前は神聖文字ルール語を学んでいないのに、その文字を無意識に描いているのか。」


「儂にも良く分からんぜよ。」

 さすがに、前世で使っていた言葉だとは言えずに適当にごまかした。


「姜馬、この事は絶対に誰にも言うなよ。」

 謝親方は儂が魔法陣を作れることを、口止めした。

 この世界で魔法を作る知識が失われたと後で知った。儂が魔法を作れるとバレれば、儂を利用しようとする貴族や他の職人が現れるので注意してくれたんじゃ。


 その日を境に、儂は魔道具の造りに集中した。

 水や風を出す魔道具だけでなく、いろいろな魔法陣造りに挑戦してみた。

 やってみて分かったのだが、神聖文字ルール語で『術式』だけできれば、新たな魔道具が出来るわけでは無かった。

 例えば、『お湯よ、出よ』と神聖文字ルール語で『術式』を描いたがお湯は出なかった。

 構図が上手くいかないのだ。

 火属性魔法と水属性魔法の2つの属性が絡む魔法の術式などは特に難しかった。

 他にも試してみたが、成功するのは2割から3割。最初に作った『水を出す』と『風を出す』の魔法陣は、基本的な属性だけだったので、上手くいったようだ。

 その後、いろいろ挑戦してみたが、作った魔法陣のほとんどが稼働しなかった。


 それでも、10個近い魔法陣ができると、謝親方は『先祖伝来の秘伝の魔法陣の図面が倉庫から発見した!』と言って、魔道具を売り出した。

 新たに魔法陣を開発したと言うわけにもいかない。

 もし、そんな事が知られれば、岳家領がある大梁国が黙っていない。他国も儂を必死にさらおうとするだろう。

 とにかく、新たな魔法陣を作る力が有ると知られるのはまずい。

 それで、『秘伝の魔法陣の図面が倉庫から見つかった』という事にしたのじゃ。

 魔法陣の図面を『迷宮で見つけた』とか、『倉庫から出てきた』というのは、この世界では良くあるらしい。

 今まで、光の魔道具しかなかった謝家の『秘伝』の魔道具が、いっきに10個も増えて、親方は大喜びじゃ。

 だが、さすがにこれ以上に魔道具の数が増えると、さすがに疑われるという事で、魔道具の開発は当分の間、控える事にしたんじゃ。


 ある程度、商品開発に目途が立つと、ある魔法陣を作る事にした。

 それは、永年の儂の夢を叶える魔法陣じゃった。

 もし、その魔法陣が出来たら、念願のこの異世界へに『復讐』できる力が手に入る。

 仕事が終わると、魔法陣の開発に没頭した。寝る間も割いて開発を行った。

 あれを作るのには、約半年ぐらいの時間がかかったかのう。何度の試作を経て、やっと儂の夢の魔法陣が出来上がったんじゃ。

 術式の神聖文字ルール語には自信があった。

 問題は魔法陣の構築じゃったが、試作段階で何度か失敗を重ねて改修を繰り返した。失敗の都度、原因を探して、別の切り口で魔力や指令が届くように工夫した。何度も、何度も失敗を重ねて、そして、ここまで辿り着いたじゃ。 

 時間は掛かったが、納得できる魔道具の図面が出来上がった。

 儂の夢、生きる目的を成し遂げる為の魔法陣が、遂に出来上がったんじゃ。

 

 それは、陣じゃ。


 もし、この魔法陣が上手く効果を出せば、儂に魔力が発現するはずだ。

 儂は、この魔法陣を『始まりの魔法陣』と名づけたぜよ。

 魔力を手に入れて、魔法が使えるようになれば、妻の恵蘭や2人の子供を殺した魔物を殺しまくってやる。魔物だけやない。両親を儂や妻を苦しめた貴族たちもそうだ。

 そして、もう強者におびえて暮らさなくてもよくなるんや。

 儂は、夢の為にこの魔法陣を作ったぜよ。


 「上手いくかの。」

 描いた魔法陣をあらためて眺めた。

魔力の流れや『術式』の指令が正しく流れるかは、何度も実証済だが、魔法陣の図面の構図を一つ一つ確認した。

 それと、魔法陣を発動させるのに必要な魔力も用意した。

 たくさんの魔石が魔法陣に設置してある。

 魔法陣を開発してもらった報酬の全部を魔石の購入につぎ込んだ。それで足らんきに、謝親方に新たな魔法を作る為と言ってもらった魔石もある。

 この魔法陣を『始まりの魔法陣』と名付けたのは、儂の復讐が、この魔法陣から始まると言う決意でもあった。


 (やれることは全てやった。後は運を天に任せるかのう)

 天に願うと、だいたい裏目に出るので神頼みはしない主義だが、今回は自然と祈っちょった。

 『人智尽くして、天命を待つ』という心境じゃった。


 「儂は、この異世界の理不尽を正す。そうすれば、きっと妻の恵蘭や2人の子供たちも喜んでくれるはずや。その為には力がいるんや。頼む・・・、儂に魔力を与えてくれ!」

 祈るような思いで、目の前に準備した魔法陣を見つめた。

 あとは、この魔法陣が稼働するだけだ。


 「魔石の魔力を放出するぜよ。」

 魔石を魔法陣の上に置いた。

 すると、魔法陣が魔石から魔力をどんどん吸収し始めた。

 上手く稼働して、魔法陣が光りはじめる。

 赤、橙、藍、青、紫、緑、黄色と光の色がどんどん変わっていく。そして最後に魔法陣がまぶしく光を放った。

 最後に、7つの光が混ざって、虹色の光に変わったのじゃった。


 その時や、儂の頭に直接に声が届いたのは。

 『リミッターを・・解除。魔力・・を解放。魔力を・・授ける。後は・・頼む。助けて・・やって・・くれ。』

 無機質な言葉が儂の頭に直接入ってたんじゃ。

 頭の中に直接入って来た言葉は、単なる無機質な音に過ぎなかった。

 だが、その言葉の意味が、儂の意識の中に染み込んでいく。

 魂に・・・、

 そして本能に・・・、

 無機質な言葉が、心に染みわたって行った。

 新たな感覚に目覚める感じやった。

 すると体が熱うなり、何かが体中を駆け巡った。

 儂はそのまま意識を失ってしもうたのじゃった。


 目を覚ましたのは翌日だ。

 儂は、『始まりの魔法陣』に頭をうずめて、寝ちょった。

 もう魔法陣は止まっていて、周りの魔石は全て魔力が空になっていた。

 儂は両手を見たが、何も変化はない。

 だが、感覚はまだ残っていた。体が熱くなり、何かが駆け巡った感覚は確かにあった。

 試しに、魔道具に手を添えてると、魔道具に火が点いたんじゃ。

 どうやって、魔力を体から出せば良いか分からんかったが、手が魔道具に触れると自然に魔力が流れたようだ。

 しかも、その火の勢いは凄まじかった。驚いて、魔道具から手を離すと火は消えた。

 そして、もう一度、魔道具に手を触れると、また魔法陣から激しい炎が噴き出したんじゃ。

 

(間違いない。儂に魔力が発現したんじゃ。)

 知らないうちに、儂は嬉しくて涙を流しちょった。

 夢にまで見た魔力が遂に手に入った瞬間じゃった。

 それから、いろいろな魔道具の魔法陣に手を当てて魔力を流してみた。

 すると、魔力が虹色に光り、どの魔道具から威力の強い魔法が発動した。

 魔道具に流した魔力で魔道具が動いた事で、儂に魔力が発現したことは確認できた。


 次は、魔道具に魔力を送るのではなく、儂自身が魔法を使うことじゃった。

 儂は魔法の発動の仕方を知らんかったのだ。

 魔法については、工房の仲間に聞いた。魔力を持つ職人が何人かおって、酒を奢る約束で魔法の発動の仕方を教えてもらった。

 どうやって魔法を発動するかときくと。

 「頭の中に魔法陣を浮かて、魔力を流す。」

 仲間の職人は、そう教えてくれた。なんでも、生まれつきに魔力を持っている者は、生まれた時から魔法陣が浮かぶらしい。後天的に後から、突然魔法が使えるようになった者は、魔力に目覚めた時に頭に魔法陣が浮かぶらしい。

 だが、儂が魔力に目覚めた時、無機質な言葉は聞こえたが、魔法陣は頭に浮かばなかった。

 仕方が無いので、火が点く魔道具に描く魔法陣を頭に浮かべて、魔力を流してみた。

 だが、火は点かんかった。

 次に風が吹く魔法陣もやってみたがダメじゃった。その後に水が出る魔法陣も試したが、やっぱりダメだった。他にも、いろいろな魔法陣を浮かべたが、全然魔法は発動しなかった。


 そこで一旦はつまずいたんだが、いろいろ調べて答えは直ぐに分かった。

 どうも魔法は、その人のでないと発動しないという事じゃった。

 儂は自分の属性を確認せんで、魔法を発動させようとしていたじゃ。属性魔法には7つあって、補助魔法の聖属性、闇属性。攻撃魔法の5属性魔法と言われちょった。


 儂はいろんな魔法を試して、自分の属性を調べると、聖属性と闇属性という事が分かった。

 試しに、聖属性の光魔法の魔法陣を頭の中に思い浮かべると、光が現れた。

 儂は魔法が使えた事を純粋に喜んだ。

 

 だが、調べて行くと、聖魔法は仲間を補助する魔法。闇魔法も攻撃に適していない魔法という事が分かったんじゃ。聖魔法は仲間を守ったり、強くしたり、死者をあの世に送る魔法。闇魔法は、光魔法や5属性魔法以外の魔法全ての総称じゃ。

 補助魔法は直接、魔物や敵を攻撃できんが、結界を張ったり、治癒が出来る。それに、闇魔法も空中を飛んだり、瞬間移動を行う魔法などがある。

 魔物と戦うには、攻撃魔法5属性魔法でないと相手にダメージが与えられないと。


 (最悪じゃ・・・)

 儂は悲嘆にくれたぜよ。

 じゃが、その心配は杞憂じゃった。

 儂には、前世で鍛えた北辰一刀流があったからだ。闇魔法の《身体強化魔法》や《瞬歩》の魔法は直接敵にダメージは与えられないが、刀に魔力をまとわせて戦えば、魔物を倒せる。上手く闇魔法を使えば、接近戦を有利に戦えることに気付いたんじゃ。


 魔法が使えるようになった儂は、もっと魔法を極めたいと思った。

 『復讐』を成就するには、儂はまだ力不足じゃ。少なくとも、魔物や強者と戦える魔法と武器、それに知識が必要かと思った。

 それには、魔法を極めるのが一番と思ったんじゃ。

 

(恵蘭や乙女の栄を殺した魔物を。そして親を殺いた貴族を。この異世界の不条理の全て儂が変えちゃる。)

 儂は活き込んだぜよ。儂には魔力に加えて、魔法を作る力、それに北辰一刀流の刀術がある。

 これでやっと、『復讐』を行う土俵にたったと思ったぜよ。

 (この世界を変えちゃる。)

 枯れていた儂の心に火がついた。


 儂は謝親方に、魔法が使えるようになった事や、儂が家族を魔物に殺された事、そして『復讐』の為に生きたるので、この都市まちを出たいと正直に話したぜよ。

 親方は儂が魔法を使えるようになったと聞いて驚いていたが、後は儂の話を聞いちょった。

 話が終わると、親方は目を閉じて黙って何かを考えていた。

 暫くすると、目を開いて口を開いた。


 「姜馬。お前の気持ちは分かった。お前はもう十分この工房の為に尽くしてくれた。後は、お前の人生だ。生きたいように生きろ。この工房を出ても儂は構わん。それで、もし戻りたくなったら、いつでもこの都市に戻って来い。お前の帰る場所はいつでも用意しておいてやる。」

 謝親方は儂を励ましてくれた。親方の激励で儂の意志は固まったぜよ。


 儂は自分が今まで開発した魔法陣の図面を全て、謝親方に渡した。

『始まりの魔法陣』は、さすがに受け取るのを親方が躊躇しちょったが、『いらんなら焼却してくれ』と言うて置いてきた。

 ちなみに、あの『始まりの魔法陣』は、謝親方も使うてみたそうじゃが、『魔力は発現しなかった』と言っちょった。

 全ての人に魔力が発現するわけじゃ無いようだった。魔力の素質がある者だけが、あの魔法陣をキッカケに魔力が発動するのであろう。

 

 それから、儂は謝家に別れを告げて旅に出ると、七光聖教の教団に向かった。

 魔法をもっと知るには、七光聖教がええと言われたからじゃ。教団には、神聖ルール文字を含め豊富な魔法の知識があるきの。

 儂は、教団の本拠地がある大聖国の王都【聖陽】に向かった。

 そして、教団の本拠である大天主堂の門を叩いたんや。


 儂が教団の門をくぐろうとすると、門の入り口の神官に魔力を調べられた。儂を調べた神官が儂の魔力を見ると、みるみる表情を変えたんじゃ。

 何が起きたか分からんが、奥の部屋に連れて行かれた。

 そうして、大神官やその他の偉い人が次々に現れて、『虹色魔力』とか『使徒様』とか言って話していたが、儂には何のことかさっぱり分からんかった。

 そのうち、もっと立派な部屋に連れて行かれて椅子に座って待つように言われた。


 何が起きたか分からんじゃったが、とにかく部屋で大人しく座っちょった。

 暫くすると、なんと七光聖教の教主と名乗る人が部屋にやってきた。

 体調が悪そうで、両腕を神官に支えられながら歩くのやっとであった。

 教主と言えば、教団のトップじゃ。

 どの教主が、なんと儂の前に跪いたんじゃ。

 『使徒様・・』とつぶやいて、涙を流しておった。

 儂は、ほんにビックリたまげたぜよ。

 田舎者の農民の倅に、教団の教主が跪いて涙を流したんじゃ。

 初めは良く分からなかったが、教主と聞いて心臓が止まるかと思うぐらい驚いたぜよ。

 どうして歓迎されたかは良う分からず、ただ緊張しておった。


 儂が歓迎された理由は、儂の魔力色の所為せいじゃった。

 何も知らずに、教団の門を潜ったんじゃが、儂の虹色魔力に神官が気付いたんじゃ。その話が教主まで上がって、遂には教主との面談になったわけじゃ。

 虹色魔力や始祖の予言なんか知らんかったんで、とにかく教主が現れて驚いたぜよ。


 とにかく、教団には、腫れ物を扱うように扱われたぜよ。

 じゃが、それは儂にとっては都合が良かった。魔法の知識を得ることが出来たからのう。

 教団には、約千年で積み上げた膨大な魔法の関する本があったきー。

 それに、図書室ちゅう部屋があって、そこでは、魔物の本が読み放題だったんじゃ。

 教主から許可を得て、禁書と呼ばれる重要な魔導書の閲覧も許可されたぜよ。


 そして、教団の持っている魔法の知識の本を読み漁ったぜよ。

 『術式』の神聖ルール文字は分かちょったから、魔法陣の構図の仕組みや、魔力伝導の知識を学んだぜよ。教団にあった知識は膨大じゃったが、毎日、図書室に籠って魔法陣について知ることが出来た。今の儂の魔法陣を作る能力はあの頃に得たモノじゃ。

 特に聖属性と闇属性の魔法をたくさん学べたのは大きかった。

 聖属性は、《結界》《治癒》《神聖》《付与》《等価交換》の魔法。

 闇属性は、《移転》《瞬歩》《神速》《索敵》《身体強化》《身体速度強化》《鑑定》《空歩》《飛翔》の魔法の魔法。

 合計で14個の魔法が使えるようになっておった。

 儂は、魔力に目覚めた時におかしな力を得ていた。一度見たモノを直ぐに頭の中に思い浮かべる能力じゃ。このおかげで、一度見た魔法陣は直ぐに自分の魔法として使うことが出来た。

《移転魔法》を儂が発動させた時は、教団の神官が驚いておった。何でも、《移転魔法》はこの千年間で誰も使えなかった魔法らしい。


 あと、教主にしか閲覧できない禁書の魔導書じゃが。

 あれは、神聖ルール文字で書かれた、日記じゃった。ただ、神聖ルール文字で書かれていたんで、この世界の人間には誰も読めんかったようじゃ。

 そんで以って、その日記は始祖が描いたもんじゃった。神聖ルール文字で書けば、誰にも読めんと安心してたみたいじゃ。

 ほとんどが、女性関係の悩みじゃったな。

 儂が一番興味をもったのは魔神との戦いについての記録じゃったんだが、その記録の辺りは、日記がごっそり破られておった。誰かが、この日誌を見て破ったようじゃ。

 とにかく、始祖が魔神を封印したのは確かなようじゃ。倒すことが出来なかったので封印したと書いてあった。

 そして本の最後のページに、『千年後の転生者に頼む。魔神を倒して、世界を救ってくれ』と書いてあった。全く、厚かましい奴じゃ。自分の失敗を他人に押し付けおって。

 それと、始祖も転生者だったようじゃ。

 自分の名前は書かれていなかったから憶測だが、たぶん、始祖は源義経だな。日記の中に、弁慶だの。静御前だの。源義経に近しい人間の名が書かれちょった。確証は無いがな。


 そんで、魔法の本をだいたい読み終えると、いよいよ復讐の始まりじゃ。まずは魔物を退治に向かったぜよ。

 魔物は妻の恵蘭や子供たちの仇じゃ。復讐の第一歩は魔物の退治じゃ。

 儂は、聖大陸中の魔物を倒すつもりやった。じゃが、なにせ魔物の数は多いからのう、主要な『魔物の領域』の神級魔物は倒したぜよ。

 ただ、《火の迷宮》や《地の迷宮》は攻略できんかった。攻撃魔法の5属性魔法が使えない儂が、7大迷宮に一人で挑むのは危険じゃと教団が反対したんじゃ。

 儂は一人でも行くつもりじゃったが、教団の紫聖人が泣いて引き留めるもんじゃから、仕方が無く諦めたんじゃ。


 じゃが、7大迷宮以外の魔物を儂が魔物を退治する事は、教団は喜んでおった。そもそも、教団にとって魔物の排除は重要な役割じゃからな。

 儂が魔物を倒すと、教団の評価が上がるんじゃ。しかも、神級魔物じゃからな。教団は儂に感謝して当たり前ぜよ。 代償として、倒した魔物の魔石は全て儂が貰ったがの。

 とにかく、儂が神級魔物の退治に明け暮れちょった。

 儂はりつかれたように聖大陸中の神級魔力の魔物を倒して回った。

 聖大陸の神級魔物を狩りまくったかのう。


 そんな事をしている内に、儂を迎えてくれた教主が亡くなったぜよ。

 儂が教主に会うたがは、天主堂に来た時のいっぺんきりじゃたが、顔に死相が出ておった。

 もう後も少ない思うちょったが、温和な人のええ老人やった。


 そんで教主が死ぬと、七色聖教では次の教主の選定が始まった。

 教主の選任は、通常、7聖人と呼ばれる教団の幹部か。始祖の血を継ぐ大聖国の王家の一族の者から選ばれることになっちょった。

 儂には、関係無い事と思って、再び魔物退治に行こうとすると、教団の中で、儂を教主の候補者に推薦する者たちが現れ始めたんじゃ。

 儂は、初めは面倒な事はやりたくないと辞退しておったんだが、ふと考えを改めたんじゃ。

 

 儂は、家族のの為に、この世界の理不尽を正すつもりやった。

 両親を殺し、妻の恵蘭を苦しめた貴族どもをこの世から駆逐したいと思っていた。

 なんせ、民を魔物以上に苦しめちゅーのは、この世界の王族や貴族どもじゃ。そいつらをこの世界から排除せねば、この世界の理不尽は正せないと思うたんじゃ。

 そこで、教団という組織は使えると思ったんじゃ。教団の力を得れば、王や貴族などの既得権者に対抗できると。そこで、儂が教団を我が物にする為、教主になろうと思うたんじゃ。

 本来なら、7人の聖人か、大聖国の王族しか立候補できんかったが、虹色魔力を持つ儂は、聖人と同等扱いという事で、立候補が認められたぜよ。


 7人の聖人の中でも、儂を押す者もおった。

 鎧作りや魔道具作りで、儂の弟子になった黄聖人。聖大陸中を一緒に回って、神級魔物を倒した紫聖人の2人は儂を教主に押した。

 また、教団の平民出身の神官達も、儂を応援してくれた。

 そして、教主を選ぶ選挙戦が始まると。

 儂は、『王や貴族の存在を排除して、民を守る』と宣言したんじゃ。

 前世では、儂は裏方で薩摩や長州を結び付けたり、後藤象二郎に大政奉還を画策したりする方が多かった。

 だが、この世界では、儂は人脈を持ってないき、誰にも頼れんかった。

 それで、今度こそ儂が自分でやらにゃいかんと思ったんじゃ。


 だが、結果は惨敗じゃった。

 教主を選ぶ選挙は7人の聖人と、国ごとの教区主20人、合計27人の票で決める。

 その下の大神官、一番下に神官や天主長は選挙の投票権は持っていない。

 教区主とは、聖大陸の20か国の全ての国に派遣された教団の責任者じゃ。

 派遣された国の信者を管理したり、その国に七光聖教の教えを浸透させるのが役割じゃ。

 この教区主が、王や貴族とずぶずぶに繋がっちょった。

 儂が、王や貴族の排除を宣言すると、この特権階級の連中は当然、儂を危険視した。

 それで教区主に圧力をかけたんや。当然、儂に投票をする教区主はおらんかった。

 儂はその時に悟ったぜよ。

 この七光聖教は腐っちょる。教団からこの世界を変えるのは無理だと。


 儂は教団を去る事にした。

 そして、再び旅に出たのじゃ。

 魔物を狩ったり、民を懲らしめる貴族を密かに倒したりして旅をしたんじゃ。

 特に儂は子供を助けたんじゃ。

 娘の乙女と栄を助けられなかった罪滅ぼしもあった。なんとか一人でも多くの子供を救いたいと思って旅をした。

 奴隷に売られた子供を買い取ったりもした。

 また、相手が悪徳の奴隷商人の場合は、商会を襲って子供を救うたりもした。

 魔物に村を襲われて、親を殺された子供達を救ったりもした。

 そうやって助けた子供達は、百人、2百人と増えて行った。


 子供の人数が多うなると、儂は子供達が暮らせるような村を作ることにした。

 『魔物の領域』である森を一つ殲滅させて、その跡地に【姜家村】を作ったんじゃ。

 なんで魔力溜りの跡地に村を作ったかと言うと、結界を村に張る為じゃ。儂は自分が留守中に、2度と大事なモノを失う事はしないと誓った。

 その為、村の周りに結界を張ろうと思うたんじゃ。だが、結界を張るには魔力が必要じゃ。それで魔力を供給してもらう為に、魔力が豊富な魔力溜りの跡地に村を作ったんや。

 それに、これは予想しておらんかったが、魔力が豊富な『魔力溜離』に村を作ったら、半分以上の子供が魔力に目覚めた。魔力が豊富な場所だと魔力が発現する可能性が高いようだ。


 そして、【姜家村】ができて、今では村の者も3千人くらいに増えた。

 儂は、救った子供達が一人でも生きていけるように教育も施したがじゃ。主に前世の技術や考え方を教え込んだぜよ。儂はジョン万次郎や勝先生から、米国の話を聞いとったんで、その知識を子供たちに教えたんじゃ。

 儂は子供と接するのが好きやった。死んだ娘の乙女や栄と思って接したぜよ。

 そんで、子供たちには、好きなことをやらせた。

 商人を目指す者、政治家を目指す者、忍者を目指す者や、農業を改善させて腹一杯に食べられる国を目指す者、自分の夢を持たせて、学ばせたんじゃ。


 桜花にも、儂の『北辰一刀流』を教えた。あいつの場合は基礎を教えたら、独自で魔力と組み合わせて技を昇華させてしもうた。前世の儂なら、今の桜花には太刀打ちできんくらいじゃ。

 栄一も、儂が前世で作った『亀山社中』よりも会社を大きうした。今じゃ、この大陸で一番大きな商会にしよった。

 他にもたくさんの子が、この世界を変える人材に育ったのじゃ。

 この里の子たちは儂の期待以上の人材に育った。

 もう、この世界の理不尽を正す準備は整った。唯一足りなかったのが、儂の寿命じゃったが、後継者の慶之が現れて憂いも晴れた。


 「以上が儂のこの異世界での80年の人生じゃ。面白かったか。慶之。」

 湯船から出てしばらく経った所為か、俺と姜馬は湯冷めをしていた。

 ずいぶん、長い時間が経ったように感じられた。


 「・・・姜馬の人生が全て分かった訳では無いが。だが、姜馬の『復讐』の意味は分かった。俺も、蔡辺境伯を倒し、この国からこの異世界を変えたいと思った。」

 「そうか、そうか。なら、良かった。」

 「だが、まだ信じられないな。姜馬が、あの坂本龍馬ということが。」

 「さっきも話したが、前世では儂は人に恵まれておったんじゃ。だが、この世界では儂一人じゃった。一人で世界を変えようと足掻いておったんじゃ。だが、正直一人で世界を変えるのに限界を感じておった。そん時や、儂の全てを託す人物が現れたのは。」

 姜馬は俺を凝視する。


 「その人物が、俺というわけじゃないよな。」

 前世でも、この世界でも、俺は坂本龍馬ほどの人物に託されるほど人物ではない。


 「おまんぜよ、慶之。おまんと儂でこの時代を変えるんじゃ。わしゃ、準備は儂の人生の半生をかけて整えた。前世でも、長州と薩摩をくっつけたり、土佐を動かして船中八策を建策したり、暗躍は名人だったからの。儂がこの世界に転生したは、この使命を果たす為かもしれんな。」


 「なんだ、姜馬がこの世界に転生させるほどの使命は。」


 「それは、慶之をこの世界の民を救う救世主にする使命じゃ。その為に暗躍せよと命じられて、きっとこの世界に転生したんじゃ。間違いないの。」

 姜馬はふざけているように話したが、目は笑っていなかった。


 「俺がこの世界を救う?狂言だな。俺は、正直、この世界が怖い。逃げだしたいとも思っているよ。跋扈する魔物。簡単に人に首輪を嵌めて奴隷にする貴族。その奴隷を売る奴隷商人。前世で考えられなかった野蛮な行為が日常だ。正直、恐ろしいよ。でも、そんな臆病な俺でも『復讐』は何としても果たす。家族の復讐さえ果たせば、俺の人生は姜馬の『復讐』の為に捧げるつもりだ。」

 これが、俺の正直な気持ちだ。俺はこの世界が怖いのだ。


 「そうか、儂も慶之の『復讐』が実現するように全力を尽くすつもりじゃ。ただ、儂はもう長く無い。このままじゃと、もって1年か2年かの。もし、儂に何かあったら、悪いが、慶之。儂の『復讐』はおまんに託すぜよ。」

 姜馬は寂しそうに笑ってに言った。


 「姜馬。一つ質問をして良いか。」


 「良いぜよ。」


 「姜馬はこの世界をどう思っているんだ。俺は怖くて仕方がない。姜馬もあまりいい思い出は無さそうだが。」


 「そうじゃの。慶之、儂もこの世界が嫌いぜよ。おまんが言う通り、何のええ思い出が無いきー。唯一の良い思いでは、妻の恵蘭と2人の子供と4人で暮らした時だけじゃったからのう。だが、儂は、この世界に長く生き過ぎたのじゃ。前世の2倍以上の時間を過ごしたからのう。まぁ、好きでは無いが、この世界には愛着がある。この世界を見捨てられんのじゃよ。」


 「見捨てられないか・・・、姜馬らしいな。俺はまだ、前世で生きた時間の方が長いからな。きっと姜馬と同じ時間を過ごせば、分かるのかもしれないな。」


 「そうじゃ、儂も、この世界が変わるのを見届けたら、あの世で待っている妻の恵蘭や娘の乙女や栄の所に行くつもりや。前世のお竜や、さな子には悪いがの。」


 「俺に、姜馬の夢を引き継ぐ力があるのか。」


 「そりゃ大丈夫じゃ。儂が保証する。さっきも話したが、虹色魔力は最強じゃ。それに、儂が40年の時間で築いた遺産があるきー。1つや2つの国なんて倒すのは余裕じゃ。後は人材や。蔡辺境伯との戦争で勝つには、強い騎士が足りん。神級魔力の騎士、せめて王級魔力の騎士も併せて10人は必要じゃ。慶之と桜花を除いて、あと8人。人材さえ集まれば、蔡辺境伯と戦って負ける心配はないぜよ。」


 「そうか、分かった。頑張ってみるよ。それより、まずは魔力だな。明日、蓋を開けたら、俺に魔力が発動しなかったら元も子もないからな。」

 まずい・・・自分で変なフラグが立つような事を言ってしまった。


 「大丈夫じゃ、慶之。儂の夢もまた一歩前へ近づいたのじゃ、わははははは。」

 姜馬は嬉しそうに笑うと、立ち上がって風呂場を出て行った。

 姜馬の今までの生い立ちや覚悟を聞いて、俺の覚悟も決まっていたのであった。

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