第5話 虹色魔力

 それから儂は、旅に出ることにした。

 この場所で、一人で暮らすのは辛かったからじゃ。

 恵蘭と子供達の墓を作って、骨を埋めると、儂は旅に出たぜよ。

 いろいろな街や村をめぐり渡って、日雇いの仕事や雑用の住み込みの仕事で金を稼ぐと、次の場所に向かった。

 移動は夜に行った。

 恵蘭と一緒に奴隷から解放されて貴族から逃げて来た時のように、日中は木の上などに隠れて体を休めた。

 おかげで、野盗や魔物にも会わずに旅をすることが出来たんじゃ。


 この旅は別に目的があったわけじゃ無かった。

 自分が何の為にこの世界に転生したがか、死んだ恵蘭や子供達の復讐の為に何をしたらええのかを考えながら旅をしちょった。

 そして、わしゃ大梁国の岳家領の【岳陽】という都市(まち)に辿り着いた。


 この都市の魔道具工房で儂は雇われ、働くことができた。

 たどり着いた都市(まち)が、魔道具造りの有名な所で、人手の足りない工房が雇うてくれたがじゃ。

 雇うてくれた工房の親方がええ人じゃった。

 謝親方という人で、儂は運が良かった。

 始めの仕事は、ほとんどが簡単な雑用ばっかりやったが、儂が真面目に働いちゅーと、いろいろな仕事を任せてくれた。

 任せると言っても、魔法陣のような大事な技術に関らない簡単な仕事じゃ。

 重要な魔法陣に関わる仕事以外なら、なんでもやらせてくれた。


 職人の技術は門外不出の物が多い。

 それは魔道具工房に限らず、どの職人でも同じで、技術が流出すると直ぐに真似される。この世界では特許などの考えが無いので、技術が漏れないようにいろいろ魔法で技術が漏れないように守っていた。

 魔道具職人の場合、大切な守らなければならない技術は魔法陣の図面だ。

 これだけは、一族の者か。長く務める職人にしか、教えんようになっちょった。

 儂のような流れ者に、大事な技術は教えないのが、職人の世界であった。

 謝親方も魔法陣の図面の仕事には関わらせて燃えんかったが、簡単な魔道具の技術なら儂に学ぶ機会を与えてくれた。

 親方は、儂のことを見込んでくれちょったんじゃ。


 「姜馬,お前は器用だ。こんど、この仕事もやってみるか。」

 少し仕事を覚えると、更にいろいろな事を教えてくれて、仕事を任せてくれた。

 謝親方が任せてくれたのは、魔道具を組み立てる仕事じゃった。

 魔道具を作るには、3つの機能が効果的に動く様に組み立てる必要があった。

 3つの機能とは、『魔石』、『魔法陣』、『駆体』の3つじゃ。

 魔石から出る魔力が動力。

 魔法陣が魔力を魔法に転換する変換装置。

 そして駆体が魔法を使いやすくする為の装置だ。

 この3つの機能を魔力伝導がええように組み立てるのが新たな仕事じゃった。


 儂は喜んで、魔道具の組み立ての仕事を覚えさせてもろうた。

 体を動かしちゅーと、嫌な過去を考えなくて良いので、真面目に働いていただけやったが、謝親方はそげなわしを買うてくれたようや。

 謝親方は、げに良い人やった。

 仕事も、謝家の秘伝の魔法陣の図面に関係なければ、何でも教えてくれた。

 だが、魔法陣の図面だけは門外不出。

 どんなに優しい親方でも、魔法陣の図面だけは決して見せようとはしなかった。


 手に入れた魔道具の中身を開ければ、魔法陣や構図が分かると思うかもしれんが、そんな事で魔法陣の図面が手に入ったら苦労はしない。魔法陣の図面が外に漏れない仕組みがちゃんとしてあった。

 魔道具の中の魔法陣が収められちゅー箱を開けると、自動的に魔法陣と術式が消えるような魔法が組み込まれているぜよ。

 これは、謝家だけでなく、どこの職人が作った魔道具でも同じじゃ。日常で使っている全ての魔道具に組み込まれた通常機能じゃった。

 魔道具の魔法陣の図面や術式は、その家の職人にとっての門外不出の財産なんや。

 だから、魔法陣のこと以外の技術であれば、謝親方はいろいろ教えてくれた。

 理屈が分かると、魔道具作りは楽しかったぜよ。


 謝家の秘伝の魔道具は、光を魔道具じゃった。

 先祖代々受け継がれてきた魔法陣の図面は謝家の一族しか知らん。

 光を出す魔道具の技術は、ほかの職人も持っている家があるらしいが、岳家領のある大梁国では謝家だけしか持っていない技術だった。

 光を放つ光属性の魔法で、辺りを明るく照らす魔法だ。

 使い手は光属性がなくても、この魔道具さえあれば光を出す事ができた。

 結構ポピュラーな魔道具じゃ。

 王や貴族の屋敷の中を照らす魔道具として重宝されておった。


 それは、儂が、この謝家の工房に半年くらい世話になったある日じゃった。

 前世の記憶で、この魔道具の使い方を謝親方に提案してみたんじゃ。


 「親方、この魔道具をもっと小さくして、頭に取り付けるようにすれば、冒険者が迷宮に潜る時に使いやすいぜよ。」

 儂のイメージしたのは、鉱山の洞窟で採掘をする労働者たちだ。

 儂は前世で、ジョン万次郎から色々な世界の話を聞いていたのを思い出したんじゃ。彼は遭難して米国に渡ったから、米国や世界の国々の事を良く知っていたぜよ。確か、彼から聞いた話の中に、米国では頭に明かりをつけて採掘を行うと言っていたのを思い出したのじゃ。


 謝親方も儂の話を真剣に聞いてくれた。 

 「・・・頭に明かりをつけるか・・・確かに面白いな。姜馬、その魔道具のイメージを紙に書いてくれるか。」


 「良いぜよ。」

 儂も、万次郎かた聞いただけじゃが、何となくイメージは出来たので絵にかいたがじゃ。


 絵を見た謝親方は真剣に考え込んで、しばらくすると。

 「これはいける。これなら作るのも難しくない。」

 謝親方は職人たちを呼ぶと、儂が描いた絵を見せた。

 職人たちは、親方の話を聞いてから、儂の絵を見て何やら、ああだ。こうだ。と言いだし始めたんじゃ。そして数日すると商品が出来上がちょっとった。

 直ぐに商品化して、冒険者や採掘所の採掘現場に売り込むと。

 これが、思った以上に好評じゃった。

 おでこに設置型の照明魔道具は、思った通り冒険者が直ぐに飛びついた。

 岳家領は魔道具作りで有名な都市だ。魔道具を作るには、材料の魔物の素材や魔石が必要じゃ、それで魔物を狩る冒険者が多く住む都市でもあったんじゃ。


 他にも、いろいろなアイデアを出すと、謝親方は喜んで儂の話しに耳を傾けてくれた。

 この世界で前世の知識は役に立たん思うちょったが、初めて役に立ったぜよ。

 前世の知識をこの世界に当てはめて、少し工夫をしたアイデアを出せば、謝親方は他の職人も面白そうに飛びついた。

 この工房は謝親方の人柄の所為か、気さくな人のええ職人が多かったからのう。


 普通の職人工房だと、新しいアイデアは無視されるのが普通じゃ。

 職人は技術を守ることだけに専念して、新たな商品の開発には無関心じゃ。

 熱心に魔道具の商品開発に夢中になるのは、岳家領のこの職人都市ぐらいじゃった。他の都市は、組合(ギルド)の力が強かったからじゃ。


 この世界の商売や職人は各組合(ギルド)が牛耳っている。

 職人組合(ギルド)や商人組合(ギルド)、冒険者組合(ギルド)などのたくさんの組合が存在して、人々の生活に必要な商品は全て組合(ギルド)が管理しているんじゃ。

 そんで、商品の販売量や価格も決められておる。組合の許可が無ければ、物を作る事も、売る事も出来ない。

 まぁ、物流がほとんど機能していないこの世界じゃ、限られた地域でしか物の販売できんき、工房の衰退を防ぐ為に組合(ギルド)は必要じゃったんじゃが・・・。

 とにかく、組合(ギルド)が経済を支配する地域に住む人々は、良い品じゃろうが、悪い品じゃろうが組合が決めた工房でしか買うしか無かった。他にその商品売っている店が無いき。だから、職人も良いもんを作ろうとか、便利なもんを作ろうとか思う必要が無かったんじゃ。

 だが、岳家領だけは違っていた。

 組合の力が弱く、比較的自由に商売ができたんじゃ。

 冒険者が多かったのもあって、冒険者が警護して商品の輸送もあったからのう。

 たぶん、岳家領の領主が商売に熱心だったのだろう。

 領主自らが冒険者を育てて、自領の都市の職人に必要な素材を大陸中に狩りに行っていたくらいじゃからのう。


 そんなわけで、普通の工房なら興味を示さない新商品の開発に謝親方や他の職人も熱心に取り組んだぜよ。

 そんでもって出来上がった携行用の照明具が良く売れたんじゃ。謝親方も儂らも笑いが止まらんくらいに儲かったぜよ。冒険者は金持ちが多いき、多少高くても構わん。ちょっと値段が高くても冒険者に大人気じゃ。迷宮に潜る際の必需品とされるくらいになったんじゃ。

 これで気を良くした謝親方は今まで以上に儂に気を掛けてくれたぜよ。


 そして、今まで以上にいろいろな事を教えてくれたぜよ。

 「よし。姜馬。明日からお前に魔法陣の描き方を教えてやる。」

 「ほ、本当にええがか。儂に教えても。・・・、是非、教えとーせ。」

 魔法陣の図面を描けると聞いて、儂は喜んだ。

 まさか、門外不出の魔法陣の図面を見せてくれるとは思ってもおらんかったからの。

 それだけ謝親方は儂を信頼してくれたことも嬉しかったのう。


 「この図面を作ってみるか。」 

 見せてくれたんは、汎用型の魔法陣の図面じゃった。

 魔法陣の図面には、『汎用型』とその家だけの『秘伝型』の2種類がある。

 汎用型の魔法陣は、魔道具の職人協会(ギルド)に加入しちゅー工房なら、協会に使用料を払うたら、図面を教えてもらえる魔法陣だ。

 世の中で多く使われている日常品の魔道具で、すでに図面が多く出回っているもんは汎用型の魔法陣が多かった。

 そして、秘伝の魔法陣は先祖伝来の門外不出の魔法陣じゃ。その工房だけしか魔法陣の図面が伝わっていない魔法陣じゃ。

 秘伝の魔法陣で作られた魔道具は数も少なくて値段が高いんじゃ。

 そんでもって、売れれば工房にとって、大きな利益を生み出す魔道具じゃった。

 この『秘伝の魔法陣』が工房にとって命綱や。

 さすがにこの魔法陣の図面は一族の者にしか教えられん。

 逆に、汎用型の魔法陣は、そがに管理が厳しゅうはなかったが、誰にでも教えて良いもんでも無かった。それだけ、謝親方は儂を信頼しちゅー証でもあったんじゃ。


 とにかく、儂は魔法陣を教えてもらう事になったんじゃ。

 初めて魔法陣の図面を見た時は正直びっくりしたぜよ。

 特に驚いたのが、魔法陣の中で一番重要な『術式』の模様が、前世の日本語の文字の形に似ちょったことだ。

 魔法陣の構図(役割)を考える上で、『術式』というのは人間に例えれば、魔法陣の頭脳じゃ。

 魔法陣は魔力を魔法に変換する変換機じゃ。

 その中で、『術式』が具体的な魔法の指示を魔法陣全体にだすのじゃ。

 体で言えば、脳が手足や体中に指令をだして、体が動くようなもんぜよ。

 その『術式』の図面が、なんと日本語の模様に似ちょったんじゃ。


 そんで以って、もっと驚いたのは、その魔法陣の意味と、『術式』に書かれた崩れた日本語の意味も似ていたことじゃ。ほんに驚いたぜよ。

 儂が描くように言われた、汎用型の魔道具の魔法陣は、火をつける物じゃた。火打ち無しで、火をつけられる魔法陣じゃ。

 そんでもって『術式』に描かれていた模様が、日本語の言葉を崩して『火をつけろ』と描いてあったや。

 そして、この魔法陣の魔道具を稼働させると火が点いたんじゃ。


 とにかく、『術式』の図面の事は誰にも話さずに、謝親方に教わった魔法陣を書く仕事をその日から仕事を始めたんじゃ。

 『術式』は知っている言葉を崩した文字なので、容易に書けたんじゃが、『術式』以外の図面は難しかったぜよ。

 いくら『術式』が上手に描かれても、魔法陣は上手に稼働せんのじゃ。

 どんなに頭脳が立派でも、命令が手足に届くように指令が行かなければ、手足は動かない。指令が上手に伝達する機能・・・まぁ、神経のようなもんじゃ。少しでも構図の配列や魔石の配置を間違えると、その神経が命令を正しく伝えんのじゃ。

 とにかく、儂は魔道具の図面を描きながら、『術式』以外の魔道陣の図面の仕組みについても考えながら、魔法陣を作ったんじゃ。


儂は魔法陣の『術式』や図面を学んで日は浅かったが、直ぐに腕は上がったんじゃ。謝親方が驚くほどじゃった。

その日も、いつもと同じように汎用の魔法陣を描いちょった。

なにげに、いつも魔法陣の『術式』に『火をつけろ』と書くのに間違えて『光をつけろ』と描いたんや。

それで、魔石を設置すると火ではなく、光が光ったんじゃ。

驚いた儂は、慌てて謝親方に事情を話して、その魔法陣を見せたんじゃ。


「こ、これは、謝家の秘伝の術式じゃないか。姜馬、なぜ、お前がこの魔法陣の図面を持っているんだ。」

図面を見た謝親方の目つきが変わった。

それは、謝家の秘伝の図面を儂が盗んだと疑っている目じゃった。

儂は事情を説明したんじゃが、親方の疑いは晴れんかった。まぁ、状況から考えれば謝親方が疑うのは仕方が無いんじゃが、謝親方から失望されるんはショックじゃった。


「親方、儂に魔法陣を描く、素材と筆を貸してださい。」

儂は考えた末に、魔法陣の図面を描くことにした。

親方の怒った表情が変わらないが、人の良い謝親方は作業部屋から魔法陣を描く魔物の素材の皮と魔物の血のインクと筆を用意してきた。

儂はその道具を借りて魔法陣を描いた。

そして、描いた魔法陣と魔石を魔道具に入れる。


「謝親方。見よってくれんさい。」

魔道具を稼働させると、その魔法陣から水があふれてきた。


「な、なんだ。どういう事だ。これは水を出す魔道具か。」

謝親方は俺が作った魔道具を見て驚いていた。

儂は魔法陣の『術式』に『光をつけろ』ではなく、『水よ、湧け』と描いた。

『術式』の言葉を変えただけで、魔法陣の回路である図面はいじっていない。魔道具が稼働するか不安だったが、上手く稼働したぜよ。


「姜馬。お前、魔法陣の図面を作ったのか。まさか神聖(ルール)文字(ご)を知っているのか。」

謝親方が、今度はこの世の者では無い者を見るような目で俺に聞いたんじゃ。


「神聖(ルール)文字ってなんぞね。」

儂が神聖(ルール)文字を知らざったき、親方に聞くと説明してくれた。

 親方の説明では、神聖(ルール)文字は『術式』に描く呪文だと言っちょった。

 神聖(ルール)文字の内容で、魔法に変わるそうじゃ。そして、新たな魔法陣を作るには、この神聖(ルール)文字の知識が必要ということじゃった。


 そもそも神聖(ルール)文字は、千年前に始祖様が神から授かった文字らしい。

 魔神と戦う為に、始祖様が授かったと言われている。

 始祖様やその仲間の眷属は、神聖(ルール)文字を使うていくつもの魔法陣が作ったが、その魔法陣が千年経った今でも残っているのじゃ。

 ただ、神聖(ルール)文字の知識は今では失ってしまったようじゃった。

 唯一、七光聖教だけに、その知識の本が受け継がれちゅーと言っておったが、今の教団には、その神聖(ルール)文字を読める者は絶えていないらしい。


 「姜馬、お前は、神聖(ルール)文字も知らずに、あの水の魔道具の『術式』を作ったのか。」

 それほど、新たな魔法陣を作るのは今の時代では奇跡に近い事だった。

 その奇跡を見せられた謝親方が驚くのも無理はないことじゃ。


 謝親方から、この世界の魔法陣の話を聞いて儂も驚いたが、まさか儂が異世界からの転生者だから神聖(ルール)語が分かると言うわけにもいかない。

 儂は、謝家の秘伝の魔法陣を盗み見たわけでは無いと無実を主張したかっただけなのだが、話が大きくなってしまった。

 「儂が、水が出る魔法陣を作ったにんじゃ。さっきの光の魔法陣も、たまたま間違うて作った物。決して、秘伝の魔法陣を見たんじゃないんじゃ。」

 秘伝の魔法陣の図面を盗み見したんじゃないと必死に説明した。


 すると、謝親方から魔法陣を描く道具を渡された。

 「他にも、新たな魔法陣を作れるか。」

 親方はまだ半信半疑の表情だった。


 「つ、作れるぜよ。ほんじゃ、風が吹く魔法陣を描くぜよ。」

 儂はそう言うと、筆を執って魔法陣を描き始めた。

 しばらくして儂が描いた魔法陣と魔石を組み立てて、魔道具ができ上がった。


 「見よってくれんさい。」

 その魔道具を稼働させると、風が吹いてきた。


 「姜馬、お前は本当に、新しい魔法陣が作れるのか・・・。」

 謝親方は驚いた顔で、風を吹きだす魔道具を見つめながら話した。


 「これは本物だ、姜馬。お前は神聖(ルール)文字を知らないのに。魔道具の図面を作れるようだ。だが・・・、この事は誰にも言うなよ。」

 謝親方は儂の作った魔道具見て嬉しそうで、同時に難しい顔をしていた。

 たぶん、神聖(ルール)語は日本語のことだと思うが、親方にその事を話すと面倒なので、苦笑いをしてスルーをしておいた。


 その日を境に、儂は魔道具の開発に取り組んだ。

 ただ、単に水が出てくる魔法を魔道具に付与するだけでなく水筒の駆体も作って、水筒を開けると水が溢れ出る魔道具にした。また、風を出す魔法も上手く応用して駆体も作って、扇風機のような魔道具を作った。

 ただ、魔法陣は全て思った通りにはいかなかった。

 他にも、お湯が出る魔道具を作ろうと、魔法陣の『術式』に神聖(ルール)文字で『お湯よ、溢れ出よ』と描いたがお湯は出なかった。

 魔法陣の構図が上手く行かなかったようだ。儂が開発して成功するのは1割から2割。最初に作った魔法陣は、基本的な属性機能を発揮する物だったので、上手く稼働したが、それ以降に作った魔法陣はほとんどが稼働しなかった。

 魔法陣で『術式』に描かれた神聖(ルール)文字は問題ないと思うのだが、魔法陣の構図の構築が難しい。上手く『術式』の命令が魔法に転換しないようでじゃった。 

 まぁ、頭脳で考えた命令が、上手く手足に伝わらんようなもんじゃ。

 『術式』に描いた通りの意味で、魔力が魔法に変わり切れなかったという事だ。

 原因は分からないが、それだけ魔法の技術が奥が深いと言う事じゃ。


 謝親方は、儂が開発した魔道具を、『先祖伝来の秘伝の魔法陣の図面が倉庫から見つかった!』という事にして売り出したぜよ。

 まさか、新たに魔道具の図面を開発したと言うわけにもいかない。もし、そのような知識があると知られれば、大梁国が黙っていない。他国も知識を得る為に、儂を必死に攫おうとするだろう。

 とにかく、新たな魔道具の図面を作るれ人間がいると知られるのはまずい。

 それで、『秘伝の魔法陣の図面が倉庫から見つかった』という事にしたぜよ。

 魔法陣の図面が土を掘ったら出てきた。とか、迷宮で見つけた。とか、倉庫から出てきた。というのは、この世界では良くあるらしい。

 今まで、光の魔道具しかなかった謝家で扱う魔道具がいっきに10個ぐらいに増えて、親方は大喜びじゃ。

 だが、さすがにこれ以上に魔道具の数が増えると、さすがに疑われるという事で、魔道具の開発は当分の間、控える事にしたんじゃ。


 儂は、商品開発の時間が空くと、ある魔法陣を作る事にした。

 それは、永年の儂の夢を叶える魔法陣じゃった。

 もし、その魔法陣を作る事ができたら、間違いなく儂の『復讐』(この世界への復讐。この世界を変える)に近づける力を持った魔法陣やった。

 儂は仕事が終わると、儂の復讐を叶える為の魔法陣の開発を行ったがじゃ。寝る時間を割いて開発を行ったんじゃ。

 あれを作るのには、約半年ぐらいの時間がかかったかのう。

 魔法陣の術式である神聖(ルール)文字には自信があった。問題は魔法陣の構築の方じゃった。魔法陣の構図が酷く複雑で、何度も実験段階で失敗したぜよ。魔力が途中で途切れたり、『術式』の指令が行き届かなかったりしたんじゃ。

 その都度、原因を探して、別の切り口で魔力や指令が届くように工夫した。そして失敗の原因を修正して図面を描き直した。

 何度も、何度も、何度も図面を描き直したぜよ。


 そしてやっと儂は、『復讐』を果たす為の魔法陣を開発したんじゃ。

 時間は掛かったが、納得できる魔道具の図面が出来上がった。

 儂の夢、生きる目的を成し遂げる為の魔法陣が、遂に出来上がったんじゃ。


 儂は、この魔法陣を『始まりの魔法陣』と名づけた。

 そして、その魔法の力は、人に『魔力を発現させる』もんじゃ。

 もし、この魔法陣が成功すれば儂に魔力が発現する。

 そして、魔力が発現すれば、その魔力を使って、妻の恵蘭や2人の子供を殺した魔物を、両親を儂や妻を苦しめた貴族たちを倒せと思うたんじゃ。


 「上手いくかの。」

 儂は描いた魔法陣をあらためて眺めた。魔法陣の図面の構図を一つ一つ確認し、魔力の流れや『術式』の指令が正しく流れるかは、何度も実験で実証済だ。

 必要な魔力を得る為の魔石も十分に用意した。

 魔法陣を開発してもらった報酬の全部を魔石の購入につぎ込んだ。それで足らんきに、謝親方に新たな魔法を作る為に必要じゃと言うて用意してもらった魔石もある。

 出来る事は全てやった。魔法陣の稼働も問題なく、魔石も十分のはずじゃ。

 儂がこの魔法陣を『始まりの魔法陣』と名付けたのは、儂が魔力を得る事により、儂の復讐がこれから始まると言う決意でもあった。


 (やれることは全てやった。後は運を天に任せるかのう)

 あまり運任せは好きでは無い。儂が天にお願いするとだいたい裏目に出るからじゃ。でも、今はそれしかやれる事が無い。

 『人智尽くして、天命を待つ』という心境じゃった。


 「やれることは全てやった。儂はこの異世界を変える為に、この異世界に転生したと思うちょる。もし、本当にそれが儂の使命なら、この魔法陣が上手く稼働するはずじゃ。頼むぜよ、神様。」

 儂は祈るような思いで、目の前に準備した魔法陣を見つめた。

 あとは、この魔法陣が稼働するだけだ。


 儂は、魔法陣を稼働させる装置に手を置いた。

 「魔石の魔力を放出するぜよ。」

 言葉と同時に、魔法陣を稼働させた。

 魔法陣が魔石から魔力をどんどん吸収し始めた。

 すると、魔法陣が光りはじめる。

 赤、橙、藍、青、紫、緑、黄色と光の色がどんどん変わっていく。そして最後に魔法陣がまぶしゅうて見られんほどの光を放った。

 その色は、7つの光の色が混ざった、虹色の光じゃった。


 その時や、儂の頭に直接に声が届いたのは。

 『リミッターを・・・解除。魔力・・を解放。お前に魔力を・・・授ける。お前は、この力で・・民を救・・え。民を・・救うのだ。』

 無機質な声が儂の頭に直接話し掛けたんじゃ。

 頭の中に直接入って来る声は、単なる無機質な音に過ぎないが。

 単なる無機質な音の言葉ではなく、言葉の重みが、その意味が意識の中に染み込んでいく。

 『魂に・・・、』

 『そして頭の中に・・・、』

 無機質な音の言葉の意味がしみわたって行った。

 まるで、本能に言葉の意味を刻み込まれて、新たな感覚に目覚める感じやった。

 すると体が熱うなり、何かが体中を駆け巡った。

 儂はそのまま意識を失ってしもうたのじゃった。


 目を覚ました時は翌日じゃった。

 『始まりの魔法陣』に頭をうずめて、寝ていたようだ。

 すでに、『始まりの魔法陣』は稼働していなかった。ただ、魔法陣の周りに置かれた魔石の魔力が全て空になっていた。

 儂は両手を見たが、何も変化はない。

 だが、体で何かがうずく感じがしていた。

 試しに、魔道具に魔石の代わりに、自身の手から魔力を出してみた。

 すると、魔道具から火を点いた。しかも、その火の勢いは凄まじいもんじゃった。慌てて、手を魔道具から離すと火は消えた。

 そして、再び、魔道具に手を近づけて魔力を放出すると、魔法陣から激しい炎が噴き出した。

 

(間違いない。魔力が発現したんじゃ。)

 その時、儂は嬉しくて涙を流しちょった。

 今まで夢にまで見た魔力が遂に手に入った瞬間じゃった。

 それから、いろいろな魔道具の魔法陣に手を当てて魔力を流してみた。

 すると、魔力が虹色に光り、どの魔道具から威力の強い魔法が発動した。

 魔道具に流した魔力で魔道具が動いた事で、儂に魔力が発現したことは確認できた。


 次は、魔道具に魔力を送るのではなく、儂自身が魔法を使うことじゃった。

 儂は魔法の発動の仕方を知らんかった。

 工房の中にも、魔力を持った職人は何人かおったんで、魔法について聞くと、皆、儂が新たな魔法陣の開発に必要な事かと思って詳しく教えてくれた。

 話を聞いた職人の一人は、『下級魔力の上』の魔力階級じゃった。

 大した魔力は持ってはいなかったが、属性は火属性で、火魔法を放てると言っちょった。

 魔法を使う時、どうやって魔法を発動するんじゃときくと。


 「頭の中に魔法陣を浮かべる」と教えてくれたんじゃ。

 儂は、火が点く魔道具に描く魔法陣を頭に思い浮かべたんじゃが、火が点く魔法は発動せんかった。

 次に風が吹く魔法陣もやってみたがダメじゃった。その後に水が出る魔法陣も試しにが、それもダメやった。頭に魔法陣を転写しても魔法は発動しなかった。

 

 (せっかく、魔力を手にしたのに魔法が使えんかったら、魔物と戦えん。)

 儂は、『恵蘭や2人の娘を殺した魔物を根絶やしにしちゃる。』と考えておった。儂が魔力を手にいれたのは、『復讐』の為や。魔法が使えんでも、武器に魔力を籠めたり、魔法の武器である魔武具で戦ったりする事はできる。

 だが、やっぱり魔法が使えんと強い魔物を倒すのは難しいと思ったんじゃ。


 他の職人にもいろいろ魔法について聞いたぜよ。

 いろいろ話を聞いて分かったのは、「魔力を持つ者には属性がある」という事やった。魔道具は魔力を籠めるだけなので属性は関係ないが、魔法の場合は属性の魔法しか発動させられんのだ。

 儂は自分の属性を確認せんで魔法を発動させようとしていた。

 大抵の魔力持ちの魔法の属性は一つは持っている。中には、二つの属性を持つ者もおるらしい。この世界を千年前に統一した始祖は七つの属性を持っていたらしいが、眉唾もんや。

 とにかく、魔力を持った職人のアドバイスは、自身の魔法属性を調べるという事だった。


 そんでもって分かったのは、儂の属性は光属性と闇属性という事じゃ。

 試しに、光属性の魔法である光で照らす魔法の魔法陣を頭の中に思い浮かべると、光が現れたんじゃ。儂は魔法が使えた事を純粋に喜んだ。

 だが、気になる点もあった。

 それは、これも魔法が使える職人に聞いたのだが、魔力を持って生まれた者は自分が使える魔法の魔法陣の図面が生まれながら頭の中に浮かぶらしい。後天的に魔力に芽生える者も、魔力に目覚めた時に、使える魔法の魔法陣が1つか、2つか浮かぶと言っていた。

 ちなみに火属性の職人は、火を点ける魔法と、火の玉である火球弾を放つ魔法の魔法陣の図面を産まれた時から知っちょったそうだ。


 対して儂は魔力に目覚めた時に、何の魔法の図面も頭に浮かばなかった。

 そんで以って、やっと使えると分かった魔法は、光を照らす魔法だけじゃった。この魔法じゃ、魔物との戦いには役に立たん。


 (最悪じゃ・・・)

 儂は悲嘆にくれたぜよ。

 じゃが、その心配は杞憂に終わった。

 儂は魔力が芽生えた時に、何も魔法陣が思い浮かばなかったが、他の人は思い浮かんだ魔法しか使えんが、儂は属性魔法の魔法陣を頭の中に転写できればいくつでも魔法が使える事を知ったんじゃ。

 これは、光属性と闇属性の魔法陣じゃったら、魔法陣さえ分かれば何でも使えるという事じゃ。


 ちなみに、属性魔法には7つあって、補助魔法の光属性、闇属性。攻撃魔法の5属性魔法と言われちょった。5属性魔法は、火魔法・土魔法・風魔法・水魔法・雷魔法の5つの種類の魔法じゃ。

 攻撃魔法と言われるんは、5つ属性魔法は魔法で魔物や敵を倒す力を持つからや。

 逆に、補助魔法は直接、魔物を倒す魔法はない。

 光魔法は仲間を守ったり、強くしたり、死者をあの世に送る魔法。闇魔法は、光魔法や5属性魔法以外の魔法全ての総称じゃ。

 補助魔法は直接、魔物や敵を攻撃できんが、結界を張ったり、治癒が出来る。それに、闇魔法も空中を飛んだり、瞬間移動を行う魔法があるらしい。それに儂は神聖(ルール)語が分かるから、光属性や闇属性の独自の魔法も作れるかもしれん。

 相手を攻撃するのは、儂には前世で免許皆伝をもろうた『北辰一刀流』がある。補助魔法で有利な状況さえ作れれば、止めは刀で仕留めればええと思った。


 魔法が使えるようになった儂は、もっと魔法を極めたいと思った。

 『復讐』を成就するには、儂はまだ力不足じゃ。少なくとも、魔物や強者と戦える魔法と武器、それに知識が必要かと思った。

 それには、魔法を極めるのが一番と思ったんじゃ。

 

(恵蘭や乙女の栄を殺した魔物を。そして親を殺いた貴族を。この異世界にはびこる弱者をいたぶる強者を全て倒しちゃる。)

 それが、儂のこの世界に対する『復讐』じゃった。

 枯れていた儂の心に火がついた。


 前世では、尊王攘夷や、憂国の志士をきどっちょった。

 薩長同盟を成立させ、船中八策を建策し、海援隊を作り、前世の世界を変えた。

 だが、ありゃ―、西郷さんや桂さん、後藤象二郎。それに岩崎弥太郎なんかがやり遂げた事じゃった。儂は、皆の力を借りて、きっかけを作っただけで、何も成しちょらん。

 この異世界で1人になり、誰も手を貸してくれん状態で、げに仲間の力がよう分かった。

 そして、やっと、この異世界でも力を得たんや。

 『魔力』という力を。


 前世では、仲間の力が、仲間を動かす力が儂の武器やった。

 じゃが、この世界では誰も、儂のことに耳をかさん。

 儂には武器が必要じゃった。この世界を変える武器が。

 その力が儂の場合は、『魔力』であり『魔法』じゃった。

 儂は『成すべき事を成す』。成すべき事とは、この異世界を変える事じゃ。

 その為には魔法をもっと極め、異世界を変える力に昇華させねばならんかった。


(この世界を変えちゃる。)


 それからや。

 儂は仕事が終わると、魔法の能力をいろいろ試した。

 光魔法と闇魔法に特化して、魔法陣の開発にも取り組んだ。

 親方や職人の仲間には内緒で魔法の特訓を行って、魔法の使い方も練習した。

 ただ、儂が魔法を使える事は、謝親方や皆に黙っちょった。

 これで儂が魔法が使えるようになったと知られたら、面倒だと思ったからだ。


 光属性の魔法は光を照らす魔法しか使えんかったが、闇魔法の方はいくつか使える魔法が増えていた。その中で戦いに仕えそうな魔法は、『空歩』じゃった。

 『空歩』は、空中に魔法陣を浮かばさて、その上に立つ魔法じゃ。

 空の上を歩くように自由に動くことも、空中から地上に攻撃する事もできる。

 『飛翔』という魔法も使えるようになった。この魔法も空中を飛ぶ魔法だが、空歩と違うのは、空中でほとんど静止できないことじゃ。

 その代わり、空を早く飛ぶ速さは、『空歩』より断然早い。戦いは『空歩』、移動は『飛翔』と使い分ければそれぞれの強みが発揮できたぜよ。

 他にもいくつかの魔法が使えるようになっておった。


 使える魔法が増えるにつれ、『復讐』の為にもっと魔法について知りたいという思いが強くなった。この【岳陽】で得られる魔法の知識はもう無かった。

 だが、直ぐにこの地を去れなかったのは、謝親方への恩義に報いなければと思う気持ちがあったからじゃ。その思いこの都市を去るのを一日、また一日と思い止(とど)まらせていた。

 まだ、謝親方へは十分恩返しができていないと葛藤していたぜよ。


 悩んだ挙句に、謝親方に話すことにしたんじゃ。

 儂は、謝親方と2人で会う時間を作ってもらい全てを話した。 

 儂が魔法を使えるようになっていた事。

 今までの生立ち。そして儂が復讐をしたい思うちゅー事。

 そして、魔法の知識を得る為に、この都市を去るつもりだと正直に親方に話した。

 親方は儂が魔法を使えるようになったと聞いて驚いて声を上げたが、後は黙ってわしの話を聞いちょった。

 話が終わると、親方は黙ってしばらく考えて儂の目を見て語ってくれた。

 「姜馬。お前のこの工房を思う気持ちは嬉しい。だが、すでにお前は十分この工房の為に尽くしてくれた。後は、お前の人生だ。生きたいように生きろ。この工房を出ると言っても儂は構わん。もし、戻りたくなったらいつでもこの都市に戻って来い。お前の帰る場所はいつでも用意しておいてやる。」

 謝親方は儂を励ましてくれた。親方の激励で儂の意志は固まったぜよ。


 儂は自分が今まで開発した魔法陣の図面を全て、謝親方に渡した。

 当分は、魔法陣の図面の開発は止めた事になっていたが、儂の魔法開発の為もあって少しずつ作っておいた魔法陣の図面を親方に渡した。

 親方は、「これは多すぎるな。しばらく謝家の金庫で眠らせておこう。子供か、孫の代に『新たな魔法陣の図面が見つかった』と言って世に出すか。」と言って、謝家の金庫にしまってしまった。

 魔力が発現することが出来るかもしれない『始まりの魔法陣』は、さすがに受け取るのを親方が躊躇しちょったが、『いらんなら焼却してくれ』と言うて置いてきた。

 ちなみに、あの『始まりの魔法陣』は、謝親方も使うてみたそうじゃが、『魔力は発現しなかった』と言っちょった。

 全ての人に魔力が発現するわけじゃ無かった。魔力の素質がある者だけが、あの魔法陣をキッカケに魔力が発動するようやった。

 だが、キッカケにせよ、魔法使いを増やす力がある魔法陣やき、さすがに謝家では扱いに困って、謝家の金庫の中に眠らせちゅーと、言うちょった。


 それから、儂は謝家に別れを告げて旅に出ると、七光聖教の教団に向かった。

 魔法の事をもっと知る為には七光聖教がええと言われたからじゃ。教団には、神聖(ルール)文字を含め豊富な魔法の知識があるきの。

 儂は、教団の本拠がある大聖国の王都【聖陽】に行った。

 そして、教団の本拠である大天主堂の門を叩いたんや。


 儂が教団の門を潜(くぐ)ると、受付をした神官の反応がなんだか変じゃった。

 儂の顔を見ると、驚いた反応して奥の部屋に連れて行かれた。

 そうして、大神官やその他の偉い人が次々に現れて、『虹色魔力』とか『使徒様』とか言っていたが、儂には何のことかさっぱり分からんかった。

 そのうち、もっと立派な部屋に連れて行かれて椅子に座って待つように言われた。

 儂には、何がなんだか分からんじゃったが、とにかく言われるままに部屋で大人しく座っちょった。

 暫くして現れたのが、なんと七光聖教の教主じゃった。

 体が悪いのを無理して、儂に会う為にやってきたと言っておった。

 教主と言えば、教団のトップじゃ。

 もう既に、高齢で体を支えてもらいながら、儂に挨拶にきたようだった。

 教主は、儂の前に跪いて『使徒様・・』とつぶやいて、涙を流しておった。

 あの時の儂は、何のことかさっぱり分からんかったが、今思えば、あれは教主にとって最後という気持ちがあったんじゃろう。


 話はそれたが、儂は、ほんにビックリたまげたぜよ。

 田舎者の農民の倅に、教団の教主が跪いて涙を流したんじゃ。

 初めは良く分からなかったが、この老人が教主と聞いて心臓が止まるかと思うぐらい驚いたぜよ。

 どうして歓迎されたかは良う分からず、ただ緊張しておった。


 後で聞いたんじゃが、歓迎された理由は儂の魔力の魔力色の所為じゃった。

 儂の魔力色が虹色じゃったから、教団は大いに慌てたんじゃ

 教団の者は魔力色を視認できるからの。儂が教団の門を叩いた時、神官が直ぐに儂の魔力色に気がついたようじゃった。それで教団の上に報告され、遂には教主との面談になったそうじゃ。

 虹色魔力は、教団にとって特別な魔力階級であった。

 大袈裟では無く、虹色魔力そのものが教団の崇拝の対象でもあったのじゃ。


 教団は、始祖が作った組織じゃ。

 始祖はこの聖大陸を統一しただけでなく、魔物の討伐と予言の後見人として教団を作ったんじゃ。

 この教団の名前に『七色』が付いているのは、虹色魔力からきちょる。

 始祖の魔力階級が虹色魔力じゃったからじゃ。

 そして、虹色魔力はこの世界で最強の魔力でもあった。

 だから、虹色魔力を持った儂は特別な存在として扱われたのだ。


 とにかく、教団に歓迎されて驚いたが、歓迎されたのは儂にも都合が良かった。

 教主に願い出て、教団のたくさんの魔法の知識を得ることが出来たからじゃ。

 教団には約千年で積み上げた膨大な魔法の関する本があった。

 図書室ちゅうのがあって、たくさんの魔導書や過去の資料が保管されていたぜよ。

 教主から許可を得た儂は、図書室の出入りはもちろん、結構重要な本の閲覧も許してくれたきー。


 そして、教団の持っている魔法の知識の本を読み漁ったぜよ。

 『術式』の神聖(ルール)文字は分かちょったが、魔法陣の構図の仕組みや、魔力伝導の知識、『術式』の命令が少しでも適格に伝わるような構図は良く分かっていなかった。

 教団にあった知識が全てでは無かったが、おおよその知識は理解できた。

 魔法の知識だけでなく、光属性魔法や闇属性魔法も学んだぜよ。

 いろいろな魔法の魔法陣の図面を手に入れて。

 光属性は、『結界魔法』『治癒魔法』『神聖魔法』の魔法。

 闇属性魔法は、『移転魔法』『瞬歩』『神速魔法』『索敵魔法』『身体強化』『身体速度強化』『認識魔法』『空歩』『飛翔』の魔法の魔法。

 合計で12個の魔法が使えるようになっていた。

 儂が、魔法の魔法陣を見ただけでその魔法を発動させたら、神官共がびっくりしておった。特に『移転魔法』はこの千年間、誰も使えなかった魔法と言っちょった。


 それだけでなく、儂はある本に出合った。

 その本は教主しか閲覧できない禁書扱いの書庫で見つけたのじゃが。

 なんと、神聖(ルール)文字だけで書かれた本があったのじゃ。

 教団の者でも誰も、神聖(ルール)文字が読めなかったので、この本に記載されている禁書の意味が分からなかったそうだ。

 まぁ、儂は日本人じゃったから当然読めた。

 中身は単なる日記じゃった。

 しかも、始祖の日記じゃ。

 そこには、千年前にこの異世界に転生した始祖の自伝が書かれておった。

 表に出せないような女性関係の始祖の悩みも書いてあったが、儂が一番興味をもったのは魔神との戦いについての記録じゃった。

 だが、その記録については途中から、日記の紙がごっそり破られていた。

 何者かが、この日誌を見て破ったようじゃ。

 とにかく、始祖が魔神を封印したのは確かなようじゃ。倒すことが出来なかったので封印したと書いてあった。

 そして本の最後のページに、『千年後の転生者に頼む。魔神を倒して、民を救ってくれ。』と書いてあったのじゃ。

 始祖も、転生者だったようじゃ。そして、封印した魔神が千年後に封印から解き放たれるので、その後始末を千年後の転生者に託したといった所じゃ。

 それと、なぜこの世界の人間が神聖(ルール)文字を読めないかも分かった気がしたぜよ。

 あれはワザとじゃな。

 自分の日誌を読まれないように伝えんようにしたんじゃ。ありゃ、確かに見られたくないような事も書いてあったからのう。


 まぁ、始祖の日記の話はこれくらいにして、儂は教団で魔法についての知識を得ると、聖大陸中の魔物を退治に向かったぜよ。

 妻の恵蘭や子供たちの仇でもある魔物を殲滅させる事が、儂の1つの目標でもあったきの。聖大陸の神級魔物を倒して回ったんじゃ。

 教団も喜んで援助したぜよ。

 なにせ、教団は魔物を聖大陸から排除し、民を守る為に始祖が作った組織じゃ。

 だが、教団には神級魔力の魔物を倒せる戦士がおらんかったからの。

 教団にも当然、神級魔力を持った戦士は何人もおった。

 じゃが、神級魔力の魔物の力は強力で、同じ神級魔力を持った戦士でも敵わんのじゃ。

 その神級魔物を教団に代って倒しちゃったのじゃ。教団は儂に感謝して当たり前ぜよ。 

 代償として儂が倒した魔物の魔石は、全て儂が貰ったがの。

 とにかく、儂が神級魔物の退治に明け暮れちょった。

 儂は憑りつかれたように聖大陸中の神級魔力の魔物を倒して回った。

 聖大陸の神級魔物は、ほぼ全滅したと言って良いくらい狩りまくったかのう。


 そがな時や、儂を迎えてくれた教主が亡くなったぜよ。

 教主に会うたがは、初めて天主堂に来た時のいっぺんきりじゃ。

 その時には既に、顔に死相が出ておった。

 もう後も少ない思うちょったが、温和な人のええ老人やった。

 教主が死ぬと、七色聖教では次の教主の選定が始まった。


 すると、教団の中には、儂を教主の候補者に推薦する者達が現れ始めた。

 教主の選任は、通常、7聖人と呼ばれる教団の幹部か。

 始祖の血を継ぐ大聖国の王家の一族の者から選ばれることになっちゅー。

 それが、虹色魔力を持つ儂を特別な存在として、教団のトップである教主に据えようとする勢力が現れたがじゃ。

 正直、儂は教主の地位等どうでも良かった。

 むしろ、そがな面倒な役職に就くがは御免こうむりたいとさえ思うちょった。


 だが、聖大陸中の神級魔物もあらかた倒し終わると、儂は次の目標を考え始めたぜよ。

 それは、『この世界を変える』という事や。

 両親を殺し、妻の恵蘭を苦しめた貴族や強者を倒し、人が普通に生きられる世界に変える。それが目標じゃった。

 それに魔力に目覚めた時、『民を救え』という無機質な声の言葉も、儂の本能に刻まれちょった。

 なんせ、民を魔物以上に苦しめちゅーのは、この世界の王族や貴族らの強者どもじゃ。そいつらをこの世界から排除せなばと思うた。

 具体的にどうやって『この世界を変える』かを考えると、教団いう組織は使えると思ったんじゃ。

 それで、教団の力を我が物とする為、教主になるのは悪く無いと思ったんじゃ。


 それで儂は、教主に立候補することにしたぜよ。

 7人の聖人の中でも、儂を押す者もおった。

 魔法の弟子になった黄聖人や、聖大陸中を一緒に回って、神級魔物を倒した紫聖人は、儂が新たな教主になるように押してくれたぜよ。

 また、教団の平民出身の神官達も、俺を始祖として敬って応援してくれた。

 そして、教主を選ぶ選挙戦が始まると。

 儂は、『王や貴族の存在を排除して、民を守る』と宣言したんじゃ。

 前世では自分は表に立つより、裏で薩摩や長州を結び付けたり、後藤象二郎に大政奉還を画策したりする方が多かった。

 だが、この世界では、儂は人脈を持ってないき、誰にも頼れんぜよ。

 それで、今度こそ儂が自分でやらにゃいかんと思ったんじゃ。


 だが、結果は惨敗じゃった。

 教主を選ぶ選挙は、7人の聖人、またその下に国ごとにある教区主20人、合計27人の票で決める。

 その下の大神官、一番下に神官や天主長は選挙の投票権は持っていない。

 教区主とは、聖大陸の20か国の全ての国に派遣された教団の責任者じゃ。

 派遣された国の信者を管理したり、その国に七光聖教の教えを浸透させるのが役割じゃ。

 この教区主が、王や貴族とずぶずぶに繋がっちょった。

 王や貴族の排除を宣言した儂は、この特権階級の人たちから当然に嫌われた。儂のような人間を教主にしたら、教団と国が敵対すると考えた教区主は、当然に儂に投票をする者はおらんかった。

 儂はその時に悟ったぜよ。

 この七光聖教は腐っちょる。教団からこの世界を変えるのは無理だと。


 儂は教団を去る事にした。

 そして、再び旅に出たのじゃ。

 魔物を狩ったり、民を懲らしめる貴族を密かに倒したりして旅をしたんじゃ。

 特に儂は子供を助けたんじゃ。

 娘の乙女と栄を助けられなかった罪滅ぼしもあったと思う。なんとか一人でも多くの子供を救いたいと思って旅をした。

 奴隷に売られた子供を買い取ったりもした。

 また、相手が悪徳の奴隷商人の時は、商会を襲って子供を救うたりもした。

 魔物に村を襲われて、親を殺された子供達を救ったりもした。

 そうやって助けた子供達は、百人、2百人と増えて行った。


 子供の人数が多うなると、儂は子供達が暮らせるような里を作ることにした。

 『魔物の領域』である森を一つ殲滅させて、その跡地に里を作った。

 魔力溜りの魔力は、里を覆う結界の魔力を供給するだけでなく、里に住む者の魔力も強くするんじゃ。

 魔力がたくさん溢れている場所にいると、魔力が発現する可能性が高くなると儂は思うちょる。実際に、半分以上の里の子供たちが魔力に目覚めたんじゃ。


 そして、その里が今の『姜氏の里』になった。

 里が出来てからだいぶん時間が経過して、里の者も3千人くらいに増えた。

 儂は子供を助け出すだけでなく、子供達が一人でも生きていけるように教育も施したがじゃ。

 儂は救うた子供達に、前世の技術や考え方を教え込んだぜよ。

 儂は子供と接するのが好きじゃった。

 死んだ娘の乙女や栄と思って、一人ひとりの子供が好きなことをやらせた。

 中には、商人を目指す者、政治家を目指す者、忍者を目指す者や、農業を改善させて腹一杯に食べられる国を目指す者たちに育っていったんじゃ。

 そして、知識を学ぶだけじゃなく、自身で考えて新たな知識を産んだ者もおる。

 

 例えば、さっき食うた米や。

 あんな美味い米、前世の日の本でも無かったはずじゃ。

 あの品種を作り上げた姜作琳じゃ。

 儂が教えた品種改良の方法だけじゃ。

 いろいろな品種を組み合わせて、魔力を与えたり工夫したりして、あれだけの品種の米を作ったんじゃ。


 桜花も儂の『北辰一刀流』を独自で磨いて、魔力も使って技を昇華させた。前世の儂なら、きっと今の桜花には太刀打ちできんじゃったろう。


 栄一も、儂が前世で作った『亀山社中』よりも大きく、この大陸で一番大きな商会にしよった。

 他にもたくさんの子が、この世界を変える人材に育ったのじゃ。

 この里の子たちは儂の期待以上の人材に育った。

 あとは世界を変えるんじゃ。儂が、この子らが安心して暮らせる世界にする。


 「以上が儂のこの異世界での80年の人生じゃ。面白かったか。慶之。」

 湯船から出てしばらく経った所為か、俺と姜馬は湯冷めをしていた。

 ずいぶん、長い時間が経ったように感じられた。


 「・・・姜馬の人生が全て分かった訳では無いが。だが、姜馬の『復讐』の意味は分かった。俺も、蔡辺境伯を倒し、この国からこの異世界を変えたいと思った。」

 「そうか、そうか。なら、良かった。」

 「だが、まだ信じられないな。姜馬が、あの坂本龍馬ということが。」

 「さっきも話したが、前世では儂は人に恵まれておったんじゃ。だが、この世界では儂一人じゃった。一人で世界を変えようと足掻いておったんじゃ。だが、正直一人で世界を変えるのに限界を感じておった。そん時や、儂の全てを託す人物が現れたのは。」

 姜馬は俺を凝視する。


 「その人物が、俺というわけじゃないよな。」

 前世でも、この世界でも、俺は坂本龍馬ほどの人物に託されるほど人物ではない。


 「おまんぜよ、慶之。おまんと儂でこの時代を変えるんじゃ。わしゃ、準備は儂の人生の半生をかけて整えた。前世でも、長州と薩摩をくっつけたり、土佐を動かして船中八策を建策したり、暗躍は名人だったからの。儂がこの世界に転生したは、この使命を果たす為かもしれんな。」


 「なんだ、姜馬がこの世界に転生させるほどの使命は。」


 「それは、慶之をこの世界の民を救う救世主にする使命じゃ。その為に暗躍せよと命じられて、きっとこの世界に転生したんじゃ。間違いないの。」

 姜馬はふざけているように話したが、目は笑っていなかった。


 「俺がこの世界を救う?狂言だな。俺は、正直、この世界が怖い。逃げだしたいとも思っているよ。跋扈する魔物。簡単に人に首輪を嵌めて奴隷にする貴族。その奴隷を売る奴隷商人。前世で考えられなかった野蛮な行為が日常だ。正直、恐ろしいよ。でも、そんな臆病な俺でも『復讐』は何としても果たす。家族の復讐さえ果たせば、俺の人生は姜馬の『復讐』の為に捧げるつもりだ。」

 これが、俺の正直な気持ちだ。俺はこの世界が怖いのだ。


 「そうか、儂も慶之の『復讐』が実現するように全力を尽くすつもりじゃ。ただ、儂はもう長く無い。このままじゃと、もって1年か2年かの。もし、儂に何かあったら、悪いが、慶之。儂の『復讐』はおまんに託すぜよ。」

 姜馬は寂しそうに笑ってに言った。


 「姜馬。一つ質問をして良いか。」


 「良いぜよ。」


 「姜馬はこの世界をどう思っているんだ。俺は怖くて仕方がない。姜馬もあまりいい思い出は無さそうだが。」


 「そうじゃの。慶之、儂もこの世界が嫌いぜよ。おまんが言う通り、何のええ思い出が無いきー。唯一の良い思いでは、妻の恵蘭と2人の子供と4人で暮らした時だけじゃったからのう。だが、儂は、この世界に長く生き過ぎたのじゃ。前世の2倍以上の時間を過ごしたからのう。まぁ、好きでは無いが、この世界には愛着がある。この世界を見捨てられんのじゃよ。」


 「見捨てられないか・・・、姜馬らしいな。俺はまだ、前世で生きた時間の方が長いからな。きっと姜馬と同じ時間を過ごせば、分かるのかもしれないな。」


 「そうじゃ、儂も、この世界が変わるのを見届けたら、あの世で待っている妻の恵蘭や娘の乙女や栄の所に行くつもりや。前世のお竜や、さな子には悪いがの。」


 「俺に、姜馬の夢を引き継ぐ力があるのか。」


 「そりゃ大丈夫じゃ。儂が保証する。さっきも話したが、虹色魔力は最強じゃ。それに、儂が40年の時間で築いた遺産があるきー。1つや2つの国なんて倒すのは余裕じゃ。後は人材や。蔡辺境伯との戦争で勝つには、強い騎士が足りん。神級魔力の騎士、せめて王級魔力の騎士も併せて10人は必要じゃ。慶之と桜花を除いて、あと8人。人材さえ集まれば、蔡辺境伯と戦って負ける心配はないぜよ。」


 「そうか、分かった。頑張ってみるよ。それより、まずは魔力だな。明日、蓋を開けたら、俺に魔力が発動しなかったら元も子もないからな。」

 まずい・・・自分で変なフラグが立つような事を言ってしまった。


 「大丈夫じゃ、慶之。儂の夢もまた一歩前へ近づいたのじゃ、わははははは。」

 姜馬は嬉しそうに笑うと、立ち上がって風呂場を出て行った。

 残された俺は、すでに覚悟が決まっていた。姜馬の今までの生い立ちを、そして覚悟を聞いていたら、自分の覚悟も決まっていたのであった。

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