第3話 姜氏の里

 『父上、義之兄、剛之兄・・・・。』

 首だけになってしまった親父殿の目が、俺を悲しそうに見ている。

 義之兄も、そして剛之兄も同じような表情で見ている。


 『慶之。頼む・・・。楊家の仇を・・・。仇を必ず討ってくれ。蔡辺境伯に同じ思いを味合わせてくれ!』

 悔しい、そして怒りを込めた表情に変わった親父殿の首が涙を流している。


 『父上、それに義之兄と剛之兄。俺には魔力が無い。それに敵は巨大だ。兄上たちでも敵わなかった蔡辺境伯を相手に・・・に俺に出来るはずがない。』

 俺は崩れ墜ちそうに膝をついた


 『慶之、それでも楊家の男ならあきらめるな。力を蓄えろ!見方を増やせ!頭を使え!必ず活路はある。』


 『そうだぞ、慶之。慶之は魔力が無くても、優秀な頭脳がある。きっと、慶之ならできる。俺たちの弟だからな。頼むぞ、慶之。』

 そう言って、義之兄と剛之兄が俺の手を差し出した。

 差し出された二人の手を掴もうと手を伸ばすが、手を触れようとすると、触れる前に二人の兄の手は消えてしまった。


 『兄上。』

消えた手を見て、兄が死んでしまったのを改めて認識した。 


 『そうだったね、私たちはもう慶之の手を握ることは出来なかった。後は頼む、慶之。妹の林玲のことも、楊家の復興も。いろいろ荷物を背負わしてすまないが、慶之は楊家の男だ。この試練を乗り越えてくれ。』


 『そうだな、慶之。お前なら出来る。成すことを成せ。』

 義之兄が寂しそうに手を振った。

 剛之兄も同じように、悲しそうな表情をして手を振っている。その後ろには親父殿の姿もあった。


 『義之兄、剛之兄、そして父上。行かないでください。私を一人にしないでください。私一人では無理です。どうか力を貸してくだ・・・』


 「うわぁぁぁ・・・!」

 叫び声を上げながら目を開けると、そこには天井が見えた。しかも、あまりこの国では目にしない木目の懐かしさを感じる天井だ。

 さっきの親父殿や兄上たちと言葉は交わした場面を思い出す。

 あれは、きっと夢だ。夢を見ていたようだ。親父殿や義之兄、剛之兄たちと話をする夢を見ていたらしい。


 額や首に汗をかきながら、周囲を見回す。


 (ここはどこだ。)

 自分の記憶を振り返る。

 さっきまで見ていたのは夢として、その前は・・・。

 確か・・・蔡家の候景将軍に追われて・・・、常忠に助けられて・・・山に逃げて・・・そうだ、七色の光が溢れ出る洞窟があって、その中に入ったら、地面が消えて俺は地面の下に落ちたのか?


 洞窟に入ってからの記憶が曖昧だ。突然、地面が消えて、下に落下する感じを感じたのは何となくだが覚えている。その後の記憶は全くなかった。

 洞窟の中だったはずだが・・・、部屋に入る陽の光を見ればここが洞窟でないのは分かる。

 しかも俺の上には布団が敷かれて、部屋の中で寝かされている。

 

 (無事に、蔡家の追っ手から逃げられたのか・・・それともここは天国か)

 とにかく、体を起こして周りを見回した。

 床には畳が敷かれている。この大陳国では見たことの無い部屋だ。

 その部屋に敷かれて布団に今まで俺は寝かされていたようだ。


 (本当にここは。どこだ。)

 この世界では見たことの無い家・・・それに畳。周りを見まわすと障子の扉や縁側、土間なんかも見える。

 間違いなく、この世界の建築様式じゃない。少なくても大陳国の建築様式ではないのは間違いない。

 だが、俺はこの感じを知っている。懐かしくすら思う。


 (なんだ、この懐かしい感じは・・・この家は、まるで日本の家じゃないか。。)

 そうだ、この感じは前世の家だ。

 畳や障子、土間もある。じいちゃんの家がこんな感じだった。さすがに土間は無かったが、畳に木目の天井、障子に縁側は懐かしい。田舎のじいちゃんの所で暮らした家がこんな感じだった。


 (もしかして、前世の世界に戻ったのか・・・?)

 一瞬、頭によぎった。


 (洞窟から落下した俺は?・・・普通、洞窟から落下するか、と一人ツッコミをいれるが、それはまあいい。とにかく、知らない不思議な場所に来てしまったようだ。・・・もしくは、地面に落下してまた死んだのか?それで転生した世界が前世に似た世界だっとた・・・。そっちの方が今の状況に会っているような。)

 状況が良く分からないので周りを見回して、次にどうすれば良いのか考える為に情報を集めた。


 自分の体を見ると、包帯が巻かれ手当がされている。

 布団の上には、今まで着ていた外套がきれいに畳まれていた。

 体を触ると、背中に刺さった矢も抜かれいた。他の傷の治療を確認すると消毒までされている。医者だった俺の目から見ても、適切な医療処置だ。いや、進んだ医療処置である。

 この世界の医療は遅れている。消毒という概念すらない。

 理由はこの世界の医療行為は、治癒魔法や回復薬で終わってしまう。大抵の外科的治療は治癒魔法と回復薬で治ってしまうからだ。だから、逆に外科的な医療技術以外は発展しなかったとも言える。


 (やはり、今までの世界と違う世界のような気がする・・・いや、もっと状況を確認しないと断定はできないな・・・。)

 障子の隙間からは、陽の光が部屋に差し込んでいる。襖の向こうには縁側があり、その先には庭が見える。周囲は木の囲いで覆われている。

 考えても答えが出ないので、布団から立ち上がることにした。家の中を見回しながら、恐る恐る声をかける。

 

 「誰かいるのか?」

 声を上げても反応はない。家の中に人の気配は感じられなかった。

 布団から出て、立ち上がり縁側に出て外を見ると、そこには見慣れないのどかな風景が広がっていた。 


 (この大陳国に、水田?)

 陽の光に照らされて黄金色に輝く稲穂が広がっている。

 道はきれいに整備されており、蜻蛉(とんぼ)が空を飛び、藁葺き屋根や瓦屋根の家が点在している風景だ。


 (ここは、やっぱり日本じゃないのか。)

 この景色はとても懐かしい。少なくとも俺が住む大陳国では見られない、前世の日本を思い出させる景色だ。やっぱり、転生して日本に戻ったのかと思ってしまう。


 「お~い。誰か、誰かいないのか?」

 家の中だけでなく、外に向かっても叫んでみるが、返事はない。


 (ここは一体どこなんだ?)

 俺もう一度、は記憶を整理してみる。

 まずは、蔡家の騎兵に追われて山に入った。そして、七色に光る洞窟に入って意識を失った。

 ということは、ここの場所は、洞窟の中にある世界か・・・。

 いや、洞窟の中に、陽の光やこのような空間があるとは思えない。

 迷宮の中なら、このように太陽の光に似た光を照らす空間があると聞いたことがあるが・・・、でも、ここは迷宮ではない。あの光はやっぱり太陽の光だ。


 それなら、洞窟の中の落とし穴か、何かに落ちて死んだのか。

 確か、落下する感覚は何となく覚えている。落下して死んだ。そして日本に召喚されたか・・・。それも無いな、なぜなら俺の体には、刺さった矢の跡が残っている。 しかも、ご丁寧に治療までしてある。やはり、蔡家軍に楊家が滅ぼされた世界だ。

 ここは、大陳国のどこかであること間違いない。


 (それでも、本当にここは何処なんだ・・・)

 ――グウゥゥゥゥ。

 考えているうちに腹が鳴った。

 そういえば、昨日の昼から何も食べていないし、喉も渇いた。山の川で水は飲んだが、食べ物はほぼ丸一日口にしていない。


 (食べる物が欲しい・・・、せめて飲み物でもないか・・・。)

 体じゅうが汗で濡れていた。殺された家族の夢でうなされた所為だろう。とにかく汗をたくさんかいたので、体が水を欲していた。


 (喉が渇いた。水が飲みたい・・・)

 知らない家の中を漁るようで悪いが、俺は水を探すことにした。

 家の奥を覗くと、そこには台所のような場所があった。中に入ってみると、この世界では見慣れない魔道具が目に入った。

 魔道具とは、魔力で動く電気器具のような物だ。魔力で動くのだが、魔力の無い人は魔石を使う。魔石が、電力を蓄える電池にような働きをして、魔道具に魔力を供給するのだ。この世界では、技術力が乏しくて碌な魔道具は無かった。


 「なんだ、これは。コンロか?」

 目に入ったのは、コンロのような魔道具だ。

 この世界に料理をする際に使うコンロは存在しない。料理で使う火力は、炭を使って用意する。火を点けるライターのような魔道具は存在するが、調理をする為のコンロのような魔道具は存在しなかった。

 まぁ、料理をするのに魔道具を使って魔石を消費するより、薪で火を焚いた方が安上がりであるのもあるからだろう。

 だが、目の前にある魔道具はコンロに間違いなさそうだ。

 火を焚く竈が見当たらない代わりに、コンロのような魔道具が調理場の横に二台設置してある。その上、コンロの上には煙が外に出るよう換気口まであった。


 「な、なんでこんな所にコンロがあるんだ・・・。」

 思わず、コンロの着火装置を回して、火を点ける衝動にかられたが、ここは人の家だ。勝手に人の家の魔道具を操作するのはまずいだろう。


 (とにかく、水が飲みたい。井戸だ、井戸を探して水をもらおう。)

 コンロの魔道具から目を離すと、次は冷蔵庫のような魔道具が目に入った。


 (・・・これは、冷蔵庫ではないのか?)

 前世の冷蔵庫のような大きさの魔道具が置かれている。

恐る恐る冷蔵庫の扉を開けてみる。

 開くと、中はヒンヤリとして、何かの肉や野菜が入っている。


 (やっぱり、これは冷蔵庫か・・・でも、なんで、こんな所に冷蔵庫があるんだ。)

 ますます、ここがどこなのか分からなくなってきた。

 手を顎に当てて首を傾けていると、突然、気配を感じた。


 ――ヒタ、ヒタ。

 首筋になにか冷たい物を感じた。


 「だ、だれだ・・・。」

 首筋の感触に驚いて思わず声を上げてしまったが、これは嫌な感じがする。俺は振り向かずに、目だけ動かして首の斜め下を見る。

そこには、怪しく光る刀の刃があった。


 (か、刀だと。)

 刀は大陳国では見ない武器だ。


 「『だれだ』って、それは拙者のセリフかな。君、なんで人の家の台所でうろちょろしているんだい。」

 背中から聞こえるのは女性の声だ。

 今にも、俺の首を切り落とすつもりの殺気も感じられる。


 「ちょっと、喉が渇いたんだ。それで井戸を探したんだが、勝手に台所の中に入ったのは謝る。」

 俺は両手を上に挙げて降参のポーズを行った。


 「はぁ、喉が渇いたから台所に勝手に忍び込んだって・・・。そんな言い訳が通れば、泥棒はこの世にいなくなると思うんだけど・・・。貴様はそうは思わないかい。名無しの権平君。」

 首をヒタヒタと叩いていた刀の刃の向きが変わった。

 今までは刀の刃を横にした腹の鉄の部分が、刀の刃の背中の部分の峰になった。ヒタヒタと感じていた刀の冷たさが、トントンと首を叩く痛みに変わっている。

 首に当たる刀から殺気を感じる。


 「いや、待て。台所に勝手に入ったのは悪かった。ただ、喉が渇いて、井戸を探したんだが・・・。それに、この家に無断で侵入したわけじゃない。起きたらこの家に寝かされていたんだ。」

 後ろから刀で首を叩かれて、俺は必死で言い訳をした。


 「そんなの知っているよ。拙者が木にぶら下がっていた貴様を助けたんだからね。」

 女の声は自分の事を拙者と呼んでいる。

 こっちの世界で自分のことを拙者と呼ぶ者はいない。前世でも時代劇でしか見たことがない。


 (いったい、ここはどこなんだ。もしかして前世の江戸時代に転生したとか・・・それはないな。とにかく情報が欲しい。この女から少しでも情報を聞きださないと)

とにかく、今の自分の状況を把握して、ここから逃げ出さなければならない。


 「君が俺を助けてくれたのか。ありがとう。なら、俺が不法侵入者じゃないことは分かってもらえるよな。できれば、その危なっかしい刀も仕舞ってもらえると嬉しいが・・・。」


 「ダメだね。確かに貴様を助けたが、それは行きがかり上だ。貴様が怪しいのは変わらないよ。貴様は何者だ、どうやって結界を破って里に入ってきた。」


 「結界?結界なんて知らない・・・それに目が覚めたらこの家の中にいたんだ。どうやって侵入したかも分からない。」

 首を叩く刀を警戒しながら恐る恐る体を回して、体の向きを後ろに変える。

 そこには、怖い顔で俺を睨みつける女の子が立っていた。

 髪は黒で、顔立ちは日本風の目鼻立ち。年代は俺と同じくらいだ。

 目つきは怖いが、綺麗な女性だ。

 黒髪を後ろで結んで、大正時代の大和撫子のような恰好をした美しい女子だ。紺の袴を身につけ、腰には二本の刀を差している。


 昔の俺なら一瞬で惚れていた。

 だが、さすがに今の俺が15歳くらいの女の子に惚れる事は無い。

 前世で生きた年数とこの世界で生きた年数を足すと、既に40年くらいの月日を生きている。この年で、15歳くらいの女の子を好きになる趣味は無い。

 

 (うう・・・、でもこの世界では15歳が成人だから、この子の年齢なら既に大人か・・・いやいや、そういう問題ではない。とにかく、この年齢の女性は俺の守備範囲じゃない。可愛いけど・・・)


 「何、勝手に振り向いて、ぶつぶつ言っているのかな。」

 妄想状態に入っている俺の首を、刀の峰が『トントン』と叩く。力が入っていて、叩かれた首がけっこう痛い。


 「すまない。俺も聞きたい。ここはどこだ。」

 

 「聞いているのは拙者のほうだ。それで、貴様は何者なのかな?」


 「俺か、俺は楊慶之。字は子雲。楊公爵家の三男だ。さっきからも言っているように、怪しい者じゃない。」

 

 「貴族の三男なの!しかも公爵家!めちゃくちゃ怪しいね。公爵家のお坊ちゃまが、どうしてこの里に侵入したのかな。そして何が狙いなのかな。侵入の仕方についても教えてくれるかな・・・。」

 「いや、だから目がさめたら、この家の布団の中にいたんだ。」


 「そんな嘘が通用すると思っているのかな。この里に巡らせた結界は、神級魔力の騎士でも破れないものなんだけどね。とても公爵家の坊ちゃんに敗れるものじゃないよ。貴様、本当に何者なのかな。」

 首をトントン叩いていた刀の向きが、峰から鋭利な刃の方に変わった。

 この大和撫子の恰好の女性の睨む視線が、更に厳しくなった。


 「すまないが・・・刀の向きを『峰』から『刃』に変えるのは危ないからやめてもらえるか。それに、本当に嘘を言っていない。本当に結界なんて知らないんだ。そもそも、俺には魔力がない。そんな頑丈な結界を破る力なんて持っていないんだ。」


 「ふ~ん。貴族が魔力を持っていないと言って、拙者を馬鹿にしているのかな。そんな嘘が通じるわけが無いではないか。」


 「いや、べつに馬鹿にしていないぞ。俺は、ただ山に入って、洞窟から七色の光が溢れるのが見えて、その洞窟に入っただけだ。そうしたら、体が浮いて・・・目が覚めたらこの家にいたんだ。」


 「『目が覚めたらこの里にいた』・・・う~ん、その話を信じるのは無理だね。今の話だと、貴様は何も意図せずに山の結界を破って、そして七色の光に導かれて、この里にきたと言っているんだが・・・、そんなこと、信じられる訳があるか!」


 大和撫子の女は血相を変えて、俺の話を否定した。

 「この結界はそんな簡単に破れる代物じゃないんだよね。破るには相当の魔力と結界を破る術式の構築が必要なんだよね。それが、知らないうちに結界を破って、七色の光に導かれてこの里にやってきたなんて話を信じられるわけないだろ!」

 美しい顔が、怒りで怖くなっている。


 「信じられないかどうかは知らないが、俺は嘘を言っていない。あとはそっちの勝手だ。俺には関係ない。」


 「まあ、そこまでシラを切るならこっちにも考えがある。」

 大和撫子の女の口調が厳しくなる。


 「別にシラ切っていない。嘘もついていないし、とにかく俺は無実だ。」


 「貴様は、この状況が分かっていないようだね。貴様の意見など聞いていないんだよ。貴様は嘘つきだがらね。だが、貴様が有能なのは認めてやる。なんせ、この結界を破ったのは君が初めてだからね。」


 「・・・何度も言っているが、俺には魔力が無いから結界を破る力は無い。それに嘘も言っていないぞ。」


 「証拠にもなく、まだそんな事をいっているのか。正直に吐かないなら、この里から返すわけにはいかないな。付いてきてもらうよ。」


 「・・・どこに連れて行くんだ。」


 「里長の所だよ。君は相当に口が堅いようだからね。里長の所へ行ってもらう。里長なら貴様の正体を見抜くはずだからね。」


 「里長って、ここは、何という里なんだ。」


 「貴様は煩(うるさ)いな。ここは『姜氏の里』だよ。そんなことも知らないで侵入したのか。いや、知らないフリをしているのかな。まあ、良い。とにかくついてくるんだ。」


 「もう、勝手にしてくれ。」

 事実を言っているのに、この女性は俺のいう事を嘘だと決めつけている。

 これ以上言っても同じだろう。この里の里長も同じような者かも知れないが、もう疲れた。どうなっても良いという気分だ。

 

 「貴様、逃げたら斬るよ。拙者の居合抜刀を試してみる?」

 彼女は俺の首に向けられていた刃を鞘に戻した。

 ニコッと笑った顔は可愛いが、目が怖い。


 「い、いや、遠慮しとくよ。痛そうだし。」

 彼女は刀の鞘で俺の背中を押して、前に進むように促した。


 「こっちだ。僕より前を歩いてくれるかな。おかしな動きをしたら、斬るかね。」

 どうでもいいが、彼女の一人称が『拙者』から『僕』に変わっていた。

 とにかく、背中を押されて、家の玄関から外に出た。

 日本式の玄関にそっくりだ。それに、彼女は靴ではなく草履を履いた。


 歩きながら、後ろを歩く彼女に声を掛けた。

 「あの、少し聞いてもいいか。」

 

 「何かな、答えられる内容なら、答えても良いけど。」


 「君の名前を聞いていなかった。教えてもらっても良いか。」

 

 「・・・良いけど、馴れ馴れしくするなよ。僕は姜桜花。武士だ。」


 「武士?騎士ではなく、この里は武士を名乗るのか。」


 「・・・貴様は無礼だな。僕は武士、武士道を貫く者だ。里長様の刀だ。それが僕の目指す生き方なんだよ。文句があるのか。」


 「いや、無いよ。」

 『武士』と聞いて、やっぱり日本人じゃないのかと疑ってしまう。

 とにかく、今は逃げる為の情報が欲しい。それに彼女の隙も作りたい。

 首にあった刀は消えたが、とても彼女から逃げられる気がしない。

 桜花と名乗った女性は、華奢な体で一見は強そうに見えない。


 だが、この女は強い。

 刀に纏わりつく魔力の色で、その者が持つ魔力階級が分かる。

 その魔力の色は魔力色と呼ばれ、魔力階級と同じく7色ある。魔力階級に応じた色を持っている。魔力色を魔力を発すると目で見える。


 『彼女の魔力色は赤。』

 赤の魔力色は、この世界で一番強い魔力階級の神級魔力の色だ。

 神級魔力の騎士は、この大陳国には9人しかいないと言われている。

 そんな神級魔力の騎士がこの里にいるとは思わなかった。もし、ここが大陳国の国内であれば、桜花と名乗る女性は10人目の神級魔力の騎士・・・いや、本人いわく武士になる。

 刀を鞘に収めているが、彼女が本気になれば、俺なんて瞬殺だろう。


 それに、俺がここから逃げられない理由はもう一つある。

 俺はここがどこだか分からない。廃墟の【曲阜】の東に見えた山の近くということは見当がつくが、この里から逃げる道が分からない。

 この里には簡単に抜けられない結界が張っているらしい。やみくもに進んで、この里を抜けられるわけでもなさどうだ。


 そう言った理由で、しばらく様子を見る事にした。

 どうせ、今は蔡辺境伯の軍勢が活発に動いているはずだ。楊家や南3家の残党狩りが行っているに違いない。状況がもう少し落ち着くのを待つのに、この里で滞在している方が都合がいい。

 

 (それにしても、この里は変だ。)

 「あれは、田んぼか?この里では米がとれるのか。」

 道を歩いていると、水で覆われた田んぼが見える。

 今は冬だが、この国は南に位置して暖かい。2期作を行っているのかもしれないが、この国で米を栽培する農民はいない。この国には米食の食文化が無かった。

 

 この世界は、前世の東洋と西洋の文化が入り交ざった独特の文化だ。

 人の名前や建築物は前世の東洋文化の感じがする。だが、貴族の呼称や食文化は西洋文化の感じが色濃くでている。そして、服装などはごっちゃ混ぜだ。ベースは東洋のような気がするが、外套などの西洋風の服もある。

 そしてこの里の文化は『和』だ。東洋でも西洋でもなく、日本の和の文化を感じる。しかも江戸時代の和の中に、コンロや冷蔵庫のようなこの世界では希少な魔道具が使われている。


 俺の質問に桜花が驚いた口調で答えた。

 「へぇ~、君、米を知っているんだ。大陳国の人間にしては珍しいね。」

 桜花が大陳国の国の名前を口にした。


 「ここは、やっぱり大陳国の中なのか。」


 「そうだよ。そんな当たり前の事を聞くなんておかしいね。君が、この里の侵入してきたくせに。」


 (やはり俺は死んで別の世界に転生したようではないようだ。)

 あの洞窟の中で死んでいないと思っていたが、彼女の言葉で確実になった。

 (そうすると、やっぱり、この里がおかしいのか。)


 俺が持った違和感を彼女に聞いた。

 「だから俺は侵入したんじゃ無い。迷い込んだんだ。それはそうと、この里はおかしくないか。なんで、田んぼや藁ぶき屋根・・・それに、刀があるんだ。お前が来ている服も大陳国の服とも違うよな。」


 「この里はね、大陳国の中にあって、大陳国じゃないんだよ。まぁ、里長様が作った僕たちの為の世界・・・いや国かな。」


 「意味が分からないな。お前が言っていることは。」


 「そうだね。この里は里長様の結界で守られた特別な空間。そして、米や刀、家も服も里長様の故郷の知識を参考にした作った物。魔道具も、この道も。この景色もね。この里は、大陳国の知識や常識ではなく、里長様の故郷の知識や常識を基にしているんだ。だから、大陳国の常識は通用しない。当然、貴族もいないよ。」


 魔道具って・・・あのコンロや冷蔵庫のことか。

 最近、財力のある貴族が高級魔道具を持つようになったが、金貨10枚ぐらいを出して買う高価な物だ。

 前世の価値観なら金貨1枚が百万円だから、この里では一千万円の家電が普通の家で使われている事になる。


 (そんなはずはない。)

 この世界では、庶民と貴族の生活水準の格差はかけ離れている。

 前世の庶民の金持ちの生活格差では比にならない水準だ。もし、この世界の庶民の家にそんな高価な家電があったら、窃盗品と疑われて役人に没収されてしまう。


 「その里長の故郷って、こんな魔道具が作れる技術があるのか。」


 「う~ん。それは僕も行ったことが無いから分からないな。ただ、里長は何でも知っていて、何でも出来る。剣の達人でもあるしね。」


 「それは、魔道具の魔法陣を・・・、作れるのか。」

 魔道具は、魔石からの魔力を魔法に変える道具だ。

 この世界では魔道具の職人がいて、先祖代々から受け継いだ魔法陣の図面を使って魔道具を作る。魔道具には、明かりを照らす魔道具、音を鳴らす魔道具、火を点ける魔道具などたくさんの種類がある。

 前世の電化製品のようなものだ。

 この魔道具を作るには、魔法陣の知識、それに魔石や魔物の素材が必要だ。

 特に重要なのが魔法陣の知識だ。

 魔法陣は魔力を魔法に変換する変換装置のような物だ。この魔法陣を新たに作る知識は失われた技術で、今の職人には新たな魔法陣を作る事が出来ない。

 今ある魔法陣は、過去の職人が作った魔法陣の術式を受け継いできただけだ。

 もし、魔法陣を作る技術がこの里にあると分かれば、世界中の権力者が争って、その技術を得ようと里に押しかけてくるだろう。


 「里長のことは、これ以上は内緒だね。君は大陳国の間者かも知れないからね。とにかく、僕が言いたいのは、里長が凄いということだ。」


 「この里を張る結界も、その里長の力か。」


 「まぁ、里長は凄いからね。この程度の結界なんてどうってことないよ。おっと・・・、君、さりげなく僕からこの里の情報を聞き出しているよね。」


 「別にそんなことはない。結界の事は、お前がさっきからペラペラと話してしていたんだから、別に聞き出さなくてもそれぐらいは分かるさ。」


 「やっぱり、君は怪しいな。そうやって僕から情報を聞き出したようだね。うん、君は間者に確定だ。そして、この結界を破った力も隠しているんだ。」


 「俺は間者ではない。貴族だ。そして、この里に来たのも偶然だ。」


 「君、まだそんな嘘を言っているのか。なんだが里長様に合わせるのが不安になってきたな。少し痛い目にあって、本当のことを話してもらう方が良いか・・・。」

 桜花は道の途中で立ち止まると、ポキポキと指を鳴らしながら、探るような視線で俺を睨みつける。

 この桜花を相手に戦ったら、瞬殺されるのは間違いない。なにせ、この女は神級魔力の持ち主だ。俺が千人いや、一万人いても敵う気がしない。


 「さぁ・・・本当の事を吐いてもろうかな・・・。」

 今にも殴りかかりそうに、首を回しながら俺に近づいてくる。俺は、彼女が近づく分、思わず後ずさる。


「桜花。客人に無礼だぞ。」

 突然声がしたと思うと、桜花と俺の間に、黒い恰好をした人物が現れた。

 というか、空から降って来た。

 

 (この恰好は・・・)

 現れた黒い物体を見て、俺は驚いた。

 なんと顔から足まで真っ黒な黒装束で、目の所だけが黒装束で覆われていない。


 (まるで忍者のようだ・・・。)

 思わずツッコミをいれたくなるような恰好だ。しかも、日中堂々と忍者衣装で現れるとか・・・何かのアトラクションなのか。とにかくこの忍者姿の人物に唖然として声が出ない。

 黒い忍者衣装の人物に驚いていると、桜花が俺から忍者姿に視線を移した。


 「半蔵、どういうこと、その客人って。」


 「目の前にいる御仁のことだ。その御仁は、里長様の客人だ。無礼だぞ、桜花。」

 黒い忍者衣装の人物の声は威厳を感じる低い声だった。

 そして、この忍者のような恰好の人物を、桜花はなんと『半蔵』と呼んだ。あの、有名な忍者の名前と同じ名だ。間違いない・・・この里は何らかの理由で、前世の日本文化の影響を受けていると俺は確信した。


 「・・・それは違うぞ、半蔵。里長様の間違いだ。なにせ、この男は貴族だぞ、しかも公爵家の坊ちゃんだ。そんな奴が里長様の客人のはずがないだろ。」


 「貴族かどうかは関係ない。そちらの御仁は間違く無く里長様の客人だ。里長様がお呼びだ。客人に粗相が無いよう、里長様のお屋敷まで桜花がご案内しろ。」


 「半蔵、もしこの男が・・・貴族の間者だったらどうする。さっきも、魔道具の事や、結界の事を聞き出そうとしていた。もし、体調の悪い里長様に何かあったら大変だぞ。」


 「大丈夫だ。今日の里長様は体調が良い。それに、その御仁は間者ではない。里長様の客人だ。何度も言わせるな!」


 「・・・分かった。そこまで言うなら、この貴族を里長様の客人と認めよう。さっきはすまなかった。間者呼ばわりをして。」

 桜花は意外にすんなりと俺が間者では無いと認めて、頭を下げて俺に詫びてきた。


 「ああ、俺は自分が間者じゃないことが分かってもらえれば、それで良い。それに、お前には治療して助けてもらったようだ。これで貸し借り無しだ。」

 目が覚めたら背中に刺さった矢は治療されていた。きっと、矢を抜いてくれたのだろう。丁寧に消毒までしてあった。この世界で、傷を消毒するという概念は無い。 きっと、これも里長の故郷の知識なのだろう。

 桜花が素直に謝ったので、俺は許した。

 半蔵と呼ばれていた黒装束の忍者が、跪いて頭を下げた。


 「慶之殿。すみませんでした。仲間が無礼を詫びます。拙者の名は姜半蔵。里長から貴殿を里長の館までご案内するように命じられました。ご足労頂きたい。よろしいですか。」

 半蔵は礼儀正しく挨拶した。その仕草や挙動は洗礼されていた。俺の中にある出来る忍者像に将に一致する仕草だ。


 「半蔵殿。謝罪は受け入れる。ところで、里長殿はなんで俺に用があるんだ。俺は里長殿を知らないが。それに、俺がこの里にいるのも不思議なのだが。」


 「拙者も聞いていません。詳しくは里長に直接聞いて頂きたい。」


 「わかった。それは、里長殿から直接話を聞くことにする。それと半蔵殿、もう一つ聞きたいんだが。」

 

 「なんですか、慶之殿。」


 「この里に招かれたのは俺だけか。その・・・もう一人、王常忠という男はいなかったか。あの山に入っただけでも分かれば良いのだが。」


 「すみません、慶之殿。私が知っているのは、慶之殿だけです。」


 「そうか・・・。いや、すまない。俺の従者が一緒に蔡家軍から逃げていたので、ここまで辿りついたかと思っただけだ。忘れてくれ。」


 「そうでしたか。配下に探らせましょう。拙者は里長様に慶之殿の報告がありますので。それでは、ご免。」

 そう言うと、いつの間にか、姿を消していた。

 半蔵が一瞬で消えると、俺は興奮していた。名前は『半蔵』と名乗った。あの歴史上の有名な人物と同じ名前で、しかもあの恰好。最後に姿まで消すとは…。


 (カッコイイ!!まさに忍者じゃないか。)


 里長の館に向かって歩きながら、半蔵の名乗りで気になった事を桜花に尋ねた。

 「桜花殿も、半蔵殿も『姜』姓を名乗っていたが二人は兄弟なのか。それとも、この里事態に『姜』姓を名乗る者が多いのか。」


 「半蔵と僕は兄弟じゃ、ないよ。この里の者のほとんどが『姜』姓を名乗っているんだ。一部には、元々の自分の姓を名乗っている者もいるけどね。それと、僕には『殿』は要らないな。『桜花』と呼び捨てにしてくれた方が慣れているんだ。」


 「そうか、なら、桜花と呼ばせてもらう。俺の方も慶之か、そうだな・・・、字の子雲かで呼んでくれ。それで、なぜ、この里の者は皆、『姜』の姓を名乗るんだ。」


 「ああ、それは皆、里長の姜馬様の『姓』を頂いているんだ。僕も、半蔵も。子供の頃、姜馬様に救ってもらった時に、前の名前を捨てたんだ。」

 桜花は、少し暗い表情で話してくれた。


 「そうなのか・・・なんだか悪かった。昔の嫌な事を思い出させたようだ。」


 「いや、構わない。僕も、半蔵も子供の頃、死にそうなところを里長の姜馬様に助けてもらってね。他にも、貴族に親を殺された子供、魔物に親を殺された子供、奴隷に売られた子供もいる。皆、里長の姜馬様が助けてくれたんだ。」


 「助けたって、里長殿はそんなに強いのか。」


 「そうだよ。姜馬様は強いよ。なんせ、僕の刀の師匠だからね。魔物を倒したり、貴族の城を崩壊させたり、奴隷商人に捕まった所を助けられた子もいるよ。」


 「へぇ…そんなに強いのか。それで、救われた子供たちが、この『姜氏の里』で暮らしているというわけか。」


 「そうだよ。里長の姜馬様は、僕たちに生きる技を教えてくれたんだ。僕には刀術、半蔵には忍びの術。中には商人の知識や政治の知識、建築の知識などたくさんあるよ。姜馬様は何でも知っているからね。僕たち、この里の者が生きているのは、姜馬様のおかげだよ。」


 「そうなのか。凄いんだな、里長殿は。」


 「そうさ。強いだけじゃない。優しくて、頭が良くて・・・。刀や魔力では僕ですら敵わない。」

 桜花は嬉しそうに里長の人物像について語ってくれた。


 「・・・神級魔力の桜花でも敵わないのか。それが本当なら興味深いな。是非に会って話してみたい。」


 「・・・僕も教えて欲しんだけど、なんで子雲は姜馬様のことを知らないんだい。姜馬様の客人なのに。」


 「さっき、半蔵殿に聞いたが、村長殿から直接聞いてくれと言われたからな。あったら、聞くよ。」

 

「そうか、そう言えば、半蔵がそんな事を言っていたね。まぁ、姜馬様のことだ、きっと何か考えがあるんだろう。」


 「そうだな。俺にも、里長殿には聞きたいことがたくさんあるな・・・。」

 しばらく歩くと、里長の屋敷に到着した。


 「ここが、里長の屋敷か。」

 

 「そうだよ。ここに里長の姜馬様がいるよ。中に入ろうか、子雲。」

 里長の家は立派な門構えだった。

 門をくぐると、大きな立派な屋敷が目に入った。

 その造りは、大陳国の建物とは違う作りだった。

 この国の建物は一般的に、赤い柱と白い壁が基調の木造建築で、左右対称で調和を重んじた作りになっている。まぁ、中華式の建築だ。

 だが、目の前建物はそれとは違った。平屋建ての木目の良さを活かした造りで、赤い柱や白い壁などは一切ない。一言で言うと純和式の造りになっていた。

 玄関も立派で、玄関にある大きな柱が見事だった。床も美しく、木目の配列が木の息吹を感じさせるように敷かれている。この玄関だけでも、この屋敷が並みの家ではないことが伺えた。


 「立派だな。この家は。だが、大陳国の建築とは少し違うようだが。」


 「そうか、子雲も分かるか。君は中々見る目があるな。そうだ、この家の建築仕様も姜馬様の故郷の造りだ。それと、この家は土足厳禁だから。」

 桜花に玄関では靴を脱ぐように言われた。

 靴を脱ぐのが新鮮だった。この世界では靴を履いたままで家に入るのが普通なのだが、俺は前世の感覚があるので靴を脱いだ方が落ち着いた。

 靴を脱いで屋敷の中に入ると、部屋はふすまや障子で区切られていた。部屋の中には畳が敷かれている。ふすまに障子、それに畳と本当になつかしさを感じる。

 廊下を進むと、大きな庭が見えてきた。


 (こ、これは枯山水か・・・。)

 驚いたことに、庭には綺麗に白砂が撒かれ、その白砂が波の模様を描いていた。


 (これは、京都のお寺とかで見る高貴な庭ではないか…)

 「凄いだろ、子雲。こんな凄い庭なんて、見たことがないんじゃないか。この模様は、姜馬様が魔法で描いているんだぜ。」


 「ああ…、綺麗だな。」

 桜花は自分の家の庭のように自慢していた。

 枯山水の庭を見たことはあったが、黙っていた。直接、京都の寺には行った事は無いが、テレビや本の知識では知っていた。

 桜花が自慢する庭を眺めながら廊下を進むと、大きな部屋の前で立ち止まった。

 障子を開けると、何十枚もの畳が敷き詰められたかなる広い部屋だった。

 そこには、半蔵を始めとする数名の里の者が畳の上で座って待っていた。半蔵が俺と桜花に気づくと立ち上がって席まで案内してくれた。


 「慶之殿。こちらです。」


 「すまない。半蔵殿。」

 着席したのは上座のすぐ近くの場所だ。周りを見回すと、坐って待っている里の者は半蔵を含めて約10名ぐらいだ。そして皆が若かった。だいたい10代後半から20代後半までの年齢だろう。


 しばらくすると、広間の上座の襖(ふすま)が開いた。

 そして、その開いた襖から老人が部屋に入ってきた。老人は上座に座り、ニコッと笑って俺の方を見た。


 「すまんの。わざわざ屋敷まで来てもろうて、儂が里長の姜馬じゃ。」

 里長はかなりの年齢に見える。周りに若者しかいないので余計に目立った。たぶん80歳は超えているだろう。

 ただ、普通の高齢の老人ではなさそうだ。

 この老人から溢れ出る覇気や魔力は尋常ではない。魔力を持たない俺でも身震いするほどの力を感じる。そして眼光は鋭く、声にも張りがあった。

 思わず委縮しそうになるが、なんとか委縮する気持ちにあらがって挨拶を返す。


 「俺は楊公爵家の三男、楊慶之、字は子雲。本日は里長の姜馬殿に招かれてやってきた。初めてお会いするがよろしく頼む。」

 挨拶を聞いて、周りにいる里の者たちの俺を見る視線が変わった。

 親の仇をみるような表情で睨みつける。


 『この男が、貴族だと。なぜ、姜馬様が貴族をこの里に・・・。』

 『貴族を招くなど、姜馬は何を考えているんだ。」

 『それも公爵家。三大貴族の一角だ。そんな奴に、この里を知られたら・・・。』

 ざわめく理由は俺が貴族だからだ。

 ほとんどの者の表情が苦々しい顔に変わり、場の空気が一気に重くなった。この里の者たちが、心の底から貴族を嫌っているのがよく分かる。

 ざわめく声が溢れる中、里長の姜馬が静かに右手を上げた。すると、騒いでいた者たちは一斉に口を閉じて静かになった。


 「慶之殿も大変だったようじゃ。実家は滅ぼされ、蔡辺境伯の蔡家軍から追われて。だが、この里に入った以上、もう安心しても良いぜよ。蔡家軍の兵には、この里の結界は破れんきに。」

 里長の言葉は少しなまっていた。そんなことはどうでも良い、驚いたのは彼が俺の実家が滅んだことを知っていたことだ。そして、俺が蔡家軍に追われていたことも知っていた。

 こんな小さな里長だが、相応の情報網を持っている。あの忍者の半蔵を使って情報を集めているのかも知れない。

 情報力だけでなく、この里長の魔法にも驚かされた。

 やっぱり、この里全体を覆っている結界は里長の魔法のようだ。里全体を覆う結界など聞いた事が無い。しかも、結界はもの凄い魔力を喰うが、これだけの結界を常時張っていても尽きない魔力を持っているという事だ。


 「姜馬殿には、この里に辿り着く途中でも助けられたようだ。感謝する。」

 頭を下げた。俺が礼をいったのは、東の山に向かう途中で、蔡家の騎兵から俺を守ってくれた力のことだ。

 この里に続く東の山に辿り着く途中で、蔡家の騎兵の矢から守ってくれた風の結界や、鎌鼬の攻撃。あれはきっと、この里長の力だ。

 あの時は分からなかったが、今なら分かる。

 少し落ち着いて、蔡家の兵士から逃げる俺を助けてくれたのは誰かと考えていたが、里長を見てその謎が解けた。この里を結界で守る魔力や里長を見れば、それしか考えられない。


 「儂に礼は要らんぜよ。あれは、そこの半蔵の風魔法じゃ。礼を言うなら、半蔵に言ってくれ。」

 里長はすんなり認めた。やはり俺の思った通り、蔡家の兵士に追われている際に助けてくれたのは里長だったようだ。


 「本当に助かった。この通りだ。礼を言う半蔵殿。」

 俺は半蔵に向かって頭を下げた。


 「礼は不要です。頭を上げてください。慶之殿。拙者は、主の姜馬様の命令に従っただけですから。」

 半蔵は恐縮していた。

 里長の姜馬は嬉しそうに俺に話しかけた。


 「それにしても、よく、あれを儂らの力と見破ったな。それに、風魔法だと分かっていたようだが。」


 「姜馬殿と話していて何となく分かっただけだ。ただ、分からないのは、なぜ姜馬殿は俺を助けたんだ。」

 俺は、この里長の姜馬とは会ったことが無い。

 しかも、この里の者の生い立ちを考えると、貴族に対して憎しみすら持っている。 そんな、姜馬に助けられる理由が分からない。楊家が存続しいれば謝礼も期待できるが、実質滅亡してしまった家の者を助けても意味がない。姜馬にとって俺を助けるメリットが全く分からない。

 それに、目の前の老人は意味も無く人を助けるお人好しではない。

 始めて見た瞬間に、そんな甘い人物で無い事は分かった。きっとどこかに打算があるはずだ。俺を助けて、この老人か、もしくはこの里にメリットになる理由が。


 「儂がお主を助けた理由か・・・。まぁ、何から説明したらええかの・・・。」

 姜馬は白い髭に手をやりながら考え込んでいる。この里の者たちも納得していない表情で、黙って彼の言葉を待っている。


 「慶之殿。おまんを助けた理由を話す前に、儂からも貴殿に一つ質問がある。お主は魔法が使えるかのう。」

 姜馬は俺の表情を伺うような視線で尋ねた。


 「魔法か・・・・。使えない。」

 少し苛立ちを覚えた。なんとなく馬鹿にされた感じがしたからだ。

 この場の里の者たちは、純粋に驚いたようにざわめき始めた。


 「魔法が使えない貴族だと・・・、そんな貴族、聞いたことがないぞ。」

 囁き合っている声が聞こえる。

 彼らの反応は当然だ。貴族の魔力は遺伝すると伝えられていた。

 特別な力である魔力を生まれながらに持つから、貴族は領主として崇められ尊敬されていた。

 民衆には魔力を持たない貴族はいないと信じられていた。

 もし、貴族の子弟で魔力を持たない子が生まれれば、家名を汚すと家を追い出され存在し無かった者と扱われていた。

 楊公爵家だけが特別だった。もし、あの楊家の子でなければとっくに子供の頃に追い出されて、死んでいたかもしれない。


 「そうか。やはりそうじゃ。お主に魔法が使えるはずがないき。」


 「なにが、『やはり』なんだ。俺に魔力がないと馬鹿にしたいのか。俺に魔力が有ろうと、無かろうと姜馬殿には関係ないだろう。」


 「いや、関係ある。」


 「なんだと、俺に喧嘩を売っているのか。」

 

 「喧嘩など売っていないぜよ。儂は、お主の本当の力を分かっちょる。そして、魔力が出せないでいる理由も知っちょる。」


 「何を言っているんだ、姜馬殿。俺には魔力が無い。何が本当の力だ。」

 魔力が発現しない理由なんて俺も知っている。

 だが、その理由を他人に分かるはずがない。

 なぜなら、その理由は俺が転生者でこの世界の住人ではないからだ。この事は誰にも言っていないし、言えることでもない。当然、こんな山奥の里の里長である姜馬が知っているはずがない。

 この里長が、ブラフで言っているに過ぎない。


 「それなら、儂が本当の理由を教えて、慶之殿に魔力を与えると言うたら、儂の願いを聞いてくれるか。」

 姜馬がニヤッと口角を上げた。


 「俺に魔力が・・・。そんなことができるのか?」

 こいつの狙いはなんだ。

 俺を助けた理由。知りもしないのに魔力がない理由を知っているとブラフを言う理由。そして、魔力を与えるとまで言っている。そんなこと出来るはずがない。 だが、なぜ、この老人は出来ないことをわざわざ俺に言うんだ。


 「儂の願いか。慶之殿、おまんに儂の後継者になって、この里の者を守って欲しいんじゃ。儂の寿命はもう長くない。あと数か月もつか持たないかで死ぬ。生い先が長くないきに。おまんを後継者に指名したいんじゃ。受けてくれるか。」

 姜馬は真剣な表情で、冗談のような事を口にした。

 俺を後継者にしたいと宣言したのだ。今日初めて会って、二言三言話しただけの俺をだ。意味が分からない。

 意味が分からないのは、周りの里の者たちも同じだ。

 反対側に座っている男が、俺を睨みつけてながら口を開いた。


 「待ってください、姜馬様。この男は貴族ですよ。いくら姜馬様の言葉でも、知らない貴族の男を姜馬様の後継者として、我らの棟梁に受け入れる事は出来ません。お考え直しください。」


 「法政。まぁ、おまんらが反対するのは織り込み済みぜよ。だが、これだけは譲れん。決定事項じゃ。儂の遺言と思って受け入れて欲しいんじゃ。頼む。」

 姜馬が法政と呼ぶ反対側に座る青年に向かって頭を下げた。


 「頭を上げてください。姜馬様はずるいです。姜馬様は我らの恩人。姜馬様に言われれば、逆らう事はできません。ですが、訳も分からず、見ず知らずの貴族を棟梁として命を預ける訳にはいきません。なぜなのですか、なぜ、この貴族を姜馬様の後継者に指名するか理由を教えてください。」

 今度は、法政が姜馬に向かって頭を下げた。


 「「「「「姜馬様、理由を教えてください。」」」」」

 法政の横に並ぶ者たちも姜馬に頭を下げている。

 俺は黙って聞いているが、この法政という青年の言う通りだと思う。

 俺が、この青年の立場でも受け入れられないだろう。にっくき貴族の子弟で、突然現れたどんな奴かも分からない男に命を預けられない。

 それでもって、その貴族の子弟は魔力も持っていない。そんな男を棟梁と崇めて、自分の命を預ける事など出来ようがない。

 貴族だけでなく、統率者にも力は必要だ。力があるから、皆が統率者として認める。その力の中で一番分かり易いのが魔力であり、魔力階級の高さだ。 

 集団の中に魔力持ちがいなければ仕方が無いが、この里の者の魔力階級はなぜだか皆高いようだ。

 桜花だけでなく半蔵も高い魔力階級の魔力を持っている。

 今まで話をしていた法政という青年の魔力階級は高そうだ。

 俺では無く、この里の中から姜馬の後継者を選ぶのが正しいのは誰でも分かる。


 そんな事を考えごとをしていると、姜馬が突然に語り掛けてきた。

 しかも懐かしい響きの言葉だ。


 『かたっ苦しから言葉を変えるぜよ。慶之殿も同じ言葉で話してくんかの。それと、これから儂を姜馬と呼び捨てで呼んでくれんか。』

 姜馬の言葉に釣られて、思わず俺も同じ言葉で返す。


 『分かった。姜馬と呼ぶよ。それなら、俺の事も慶之と呼んでくれ。』


 『分かったぜよ。それなら、慶之。これからは、そう呼ばせてもらうきに。それで、どうじゃ、儂と話をしていて何かおかしいと思わんか。これが、儂が慶之を後継者に指名した理由なんじゃがのう。』


 『なにか、おかしいことか・・・。』

 俺には何がおかしいのか直ぐには思いつかなかった。

 考えながら周りに目をやると、この広間にいる里の者たちが驚いた表情をしている。困った顔で俺と姜馬の顔を交互に見ていた。


 『あっ。』

 おかしかったのは言葉だ。

 今、俺と姜馬が話していた言葉は日本語だった。

 姜馬に日本語で語り掛けられて、そのまま日本語で話をしていた。


 『姜馬。お前もやっぱり転生者か。』

 そのまま日本語で話を続けた。もし、転生者である事を姜馬が秘密にしているなら、日本語で話した方が言いやすいと思ったからだ。


 『そうじゃ。この世界に転生して、80年以上も生きちょる。』


 『やっぱりそうか。姜馬が転生者と聞いて、この里の違和感に合点がいった。』

 この里に入った時から、この里がおかしいと思っていた。

 畳の部屋や、藁葺の家、それに稲穂の水田。

 極めつけが、日本の歴史上の有名な人物の名が、この里の者の名前になっていた。

 この里の里長が日本からの転生者なら、今までの不可解な事象の辻褄が合う。

 周りの里の者たちには、俺と姜馬の2人が不思議な言葉を使って話しているのを不思議な表情で見ている。


 我慢できずに法政が首を傾げながら、姜馬に尋ねた。

 「姜馬様。話しているのは言葉ですか。この国の言葉には思えませんが。」


 「そうじゃ、法政。これは儂の故郷の言葉じゃ。皆に分からん言葉を使うてすまんな。慶之が同郷の者と分かって、故郷の言葉で語りかけたのじゃ。そして、儂が慶之を後継者にした理由は慶之が儂と同郷の人間だからだ。」

 姜馬は、この世界の言葉に言語を戻して答えた。


 「それは本当ですか・・・、この貴族が、姜馬さまと同郷なのですか。」

 法政の声は、口調は初めは警戒するようだった。ただ、『同郷』という言葉にはなんとなく期待が込められているように感じられた。


 「そうじゃ。この者が儂と同じように、日ノ本という遠い国から来た者じゃ。」

 俺は自分が転生者であることは今まで誰にも話してこなかった。

 話しても信じてもらえずに、気味悪がられるだけだ。

 それに楊家の一族の者に、特に親父殿や母上に何か悪い気がする。

 昔、カッコウという鳥が自分の子供を他の鳥に預けて育ててもらうと本に書いてあった。俺はそのカッコウの卵と同じだ。楊家の家族という巣の中に、他人の子供である俺が一人混じっていると思っていた。

 だから、俺は自分が異世界人だとは誰にも言っていなかった。

 だが、この里は違うようだ。俺が姜馬の同郷の人間だと聞くと、里の者の表情はなんとなく尊敬するように変わった気がする。


 「慶之。なぜ、儂がお主をなぜ助けたかという質問の答えも同じじゃ。」

 姜馬が俺に向かって、改まって初めにした質問の答えを口にした。


 「でも、なぜ俺が同郷の人間と分かったんだ。」

 姜馬が俺が同じ異世界人だから、蔡家の追っ手から俺を助け、後継者にしたことは分かった。だが、なぜ、俺が異世界人である事を姜馬は知っていたのだ。


 「そうじゃの・・・それは儂の感覚能力値が高いからかのう。儂ぐらいの魔法使いになると、相手の存在を探る感覚が研ぎ澄まされるんじゃ。相手の魔力階級だけでなく、技の熟練度、それに相手が何を考えているかも感じるのじゃ。それに、慶之の場合は分かり易かったからの。」


 「感覚能力か・・・聞いた事が無かった。それに『俺の場合は分かり易かった』と言ったが、どういうことだ?」


 「それはあれだ。星だ、星。お主も見たじゃろ、七色に光る流れ星。」


 「ああ、確かに見た。」


 「そうか、なら、慶之もあの言葉を聞いたか。」


 「あの言葉って・・・それは、あの無機質な声の念話のことか。」


 「そうじゃ、そう。その無機質な声じゃ、あの声はいつ聞いても感情がこもっていないからの。その声が言ったんじゃ、『もう直ぐ、来る』とな。」


 「念話の言葉は『もう直ぐ、来る』と言ったのか・・・。もしかして、その『来る』とは俺の事か。」

 やっぱりあの時の念話の声は、流れ星から発せられたのか・・・。しかも、俺が聞いた念話の言葉と、姜馬の聞いた念話の言葉が違うとは。


 「そうじゃ、『来る』と言ったら、同郷の人間しか有り得んぜよ。なにせ、今年は『始祖の予言の年』だからの。」


 「『始祖の予言の年』?」

 姜馬の口から出た聞いた事の無い言葉に首を傾げる。


 「まぁ、それはええ。とにかく、同郷の人間が来ると聞いて待っておったんじゃ。それで、山の周りに、半蔵と手の者を張らせておったという訳じゃ。」

 半蔵はやはり忍者のような役割を担っているようだ。


 「そうか・・・。」

 とにかく、今の話で、なぜ俺が姜馬に助けられた理由が分かった。


 「それで、慶之。儂の後継者の件は受けてくれるか。儂はおまんの命の恩人じゃきの。儂の願いも聞いて欲しいんじゃ。」

 姜馬が後継者の話をしたが、今度は法政や里の者は黙っていた。

 だが、彼らの顔の表情から納得しているようには見えない。

 俺が姜馬の同郷と聞いて先ほどのように嫌悪感は薄れたようだが、見も知らぬ人物を自分たちの棟梁として迎えるのは、まだ納得できていない様子だ。


 「その話だが、確かに俺は姜馬に命を助けられた。恩に感じているし、 恩に報いたいとも思っている。だが、俺にはやらねばらならない事がある。」


 「ほう・・・そのやらねばならない事とはなんぜよ。」

 姜馬は面白そうに尋ねた。

 

 「・・・『復讐』だ。」


 「ほう、『復讐』か・・・面白いの。良いぜよ、儂も協力してやるぜよ。儂が約80年かけて築き上げた資産を全ておまんの『復讐』に賭けてもええぜよ。それで相手は、お主の一族を滅ぼした貴族か。」

 

 「そうだ、蔡辺境伯だ。3大貴族の一角、いや2つの貴族を滅ぼしたから、大陳国で最大の貴族だ。そんな貴族を相手にするんだ。悪いが姜馬の願いを叶えられるか自信はない。命を助けてくれてすまないが。」


 「慶之、おまんは儂の話を聞いておったのか。儂はおまんの『復讐』に協力すると言ったぜよ。おまんは儂の後継者として、その復讐を果たせば良いぜよ。」


 「俺の話を聞いていたのか、姜馬。相手は蔡辺境伯だぞ。俺の『復讐』にこの里を巻き込む事になるんだぞ。そうしたら、逆にこの里の者たちを危険に晒すことになるかも知れないんだぞ。」


 「そんなの分かっちょる。だから、儂の築いてきた全資産を賭けると言ったぜよ。それに、慶之。おまんに聞くが、おまんは一人で蔡辺境伯と戦うつもりか。仲間や力を持たずに戦う愚か者なのか。」

 俺は義之兄や常忠が言った言葉を思い出していた。

『力を蓄えろ。仲間を集めろ。そして蔡家を倒して、楊家を復興してくれ。』という言葉だ。魔力を持たない俺が一人で戦っても蔡辺境伯に敵う訳が無い。だから義之兄や常忠は俺にこの言葉を伝えたんだ。

 ここで、姜馬の協力が得られれば、俺は魔力を得て、仲間を得られる。


 「分かった、姜馬。お前の願いを叶えると誓う。だから頼む。姜馬、俺に力を貸してくれ。俺の『復讐』を手伝ってくれ。」

 俺は膝を曲げて、姜馬に向かって頭を下げた。


 「そうか、儂の願いを聞いてくれるか、慶之。儂も全ての力を賭けて『復讐』に力を貸すと誓うぜよ。それで、おまんはどんな復讐をしたいんじゃ。暗殺か、一騎打ちかか、それとも蔡家の一族を楊家と同じように滅ぼすのがええがか。」


 「いや、正直そこまで考えていない。とにかく、楊家一族の仇を討つとしか考えていなかった。」

 俺は逃げるのが精一杯で、正直復讐についてはまだ何も考えていなかった。


 「慶之。悪いが儂もあまり寿命が長く無いきー。やるならやるで早うかたずけたいの。暗殺なら、半蔵を送れば一週間で片が付くが面白くないの。一騎打ちなら、蔡辺境伯を攫って来て、戦う場を作ろう。蔡家一族を滅ぼすとなると、ちっくとおおごとじゃ・・・。その場合は勢力を作って、戦争を起こさにゃいかんからな。時間はかかるが、儂はこの方法が復讐にはええと思うぜよ。」


 「そうだな・・・確かに、暗殺はちょっと違うかな。やっぱり、俺たちが受けた苦しみを蔡辺境伯に味合わせてやりたいな。」


 「ほう・・・それじゃ、勢力を作って戦争しかないのう。ちっくと時間はかかるがこれが一番ええ。慶之の修行や、人材集めもあるから。1年じゃ無理かもしれんが、2年もあれば何とかなるのう。まぁ、蔡辺境伯と戦うにゃ勢力も作らにゃいかんしの・・・。儂にとっても都合はええ。よし、戦争じゃ、戦争の準備するかのう。」


 「何が、姜馬にとって何が『都合は良いんだ』。それに、戦争をやるのはさすがに無理なんじゃないのか。」

 いきなり戦争と聞いて、俺にはピンと来てなかった。前世は当然に戦争には縁のなかった世界だったし、こっちの世界でも魔力の無い俺には戦争は縁が無かった。


 「『都合が良い』のはこっちの話じゃ。それより、半蔵。蔡辺境伯の勢力は今の大陳国の中で、どの程度の力だ。」


 「はっ。姜馬様。蔡辺境伯の勢力は大陳国の半分を自領にしております。そして大陳国の摂政に就いて、大陳国一国の統治を実質的に掌握しています。蔡辺境伯と戦う事は大陳国と戦うと言っても過言ではないかと。」

 長南江の北部一帯を支配領域に治めるとは信じられない。

 大陳国は国土の中心に長南江が流れて、長南江が国土を南北に2分している。

 長南江より北の領土一体を支配下に治めるとは、実質的に大陳国の半分の領土を手にいれたと同じだ。

 楊公爵家が存命していたこの前までは、蔡辺境伯は長南江以北の3分の1程度の領土しかなかった。たった数週間で領土を3倍に広げたことになる。


 (それで、楊家の領地はどうなったんだ。)

 俺は、半蔵に尋ねずにいられなかった。

 「それで、楊公爵家の・・・楊家の領地は今どうなっているんだ。」


 「北の領土を持っていた蔡辺境伯の寄子に恩賞と替地として与えられました。確か、楊家の領地は秦伯爵に与えられたはずです。」

 楊公爵家の領地や南3家の領地は長南江より南にあった。

 蔡辺境伯は長南江の北の寄子の領地を併合する際に、その代替地として広大な領地である楊公爵領の領地を与えたようだ。恩賞の意味もあったのであろう。


 「そうか、今の蔡辺境伯が実質的に大陳国か。その蔡家の一族を滅ぼすなら大陳国と戦争をする気で挑まないと駄目だと言うことは分かったが・・・。」


 「そういう事じゃ、大陳国と戦争か。儂もそこまで考えてはおらんかったが、慶之に手を貸すという事はそういう事じゃ。まさに血湧き肉躍るというやつじゃ。」


 「戦争まで考えていなかったって、別の事を考えていたのか。」


 「ああ、考えていたぜよ。貴族や腐敗した官僚どもを懲らしめようとは考えていたんじゃが。正直、一国と戦争までは考えておらんかった。じゃが、慶之の話を聞いて儂の寿命を考えたら、それが正解じゃ。これも運命のめぐり合わせじゃ。」

 姜馬は楽しそうに語るが、俺には全然戦争の実感が湧かなかった。

 だが、蔡家一族を滅ぼして『復讐』を果たすには、大陳国も勝たなければならないのは確かにその通りだ。


 「まぁ、勝てるか、勝てないかは分からんが、少なくても戦争を行うテーブルには載せる力はあるぜよ。あとは慶之の次第じゃ。」


 「俺次第って、姜馬、俺は何をすれば良いんだ。」

 蔡家を滅ぼす為に戦争を起こす以上、俺が中心になって頑張らなきゃいけないのは当然だ。姜馬は自信満々で任せておけと言うが、頼りっぱなしで良いはずがない。


 「そうじゃの、金や武器は儂が用意するぜよ。おまんに期待するのは、自身の魔力を高め、仲間を、人材を集める事じゃ、金や優秀な武器があっても、最後は人材じゃ。特に一緒に戦う強い人材がどれだけ集まるかで勝負は決まるきーの。桜花のような武人が10人もいれば勝てるぜよ。」

 さすがにそれは無理だろう。桜花のような強い人材が、神級魔力の騎士を指すのであれば、この大陳国には桜花を除いて、神級魔力の騎士は9人いる。

 その内の6人が蔡家軍の将軍だ。 

 確かに、神級魔力の騎士の力は戦いの勝敗を左右するので、姜馬がいう事は分かるが・・・さすがにそれは無理だ。

 

 「姜馬、さすがに桜花のような騎士・・いや武士を10人も集めるのは無理だが、少しでも仲間を集めるように頑張るよ。」


 「そうじゃ、まぁ、きばってくれよ、慶之。それとまず最初におまんの魔力を解放・・・いや、発現せにゃいかんな。」


 「本当に、俺に魔力を発現させることが出来るのか?」


 「儂なら出来るぜよ。まぁ、特殊な方法を使うが。その方法と膨大な魔力があれば、慶之なら魔力を発現することができるぜよ。」


 「・・・俺はこの世界の人間じゃない。そんな俺が、魔力を持てるのか。」

 何度も期待して、その度に俺に魔力は発現しない現実を実感させられた。

 義之兄が見つけてきた魔法使いの家庭教師は皆優秀だった。だが数日すると、その魔法使いたちは、皆あきらめて俺の前から去って行った。

 魔力が発現するという甘い言葉を、俺は聞き飽きるほどに聞いた。その期待に何度も裏切られて俺は悟ったのだ。『この世界の人間でない俺に魔力が発現するわけは無い』と。

 そんな俺の思いと裏腹に姜馬は自信満々だ。


 「ああ、出来る。儂もこの世界に来た時は魔力を持って無かったのじゃ。じゃが、儂は見つけたんじゃ、異世界人に魔力を発現させる方法を。40年の月日がかかったがの。その方法なら、慶之の魔力も発現することが出来るぜよ。」


 「・・・『異世界人に魔力が発現する方法』か。本当にそんな方法があるのか。」

 だが、姜馬がここまで言うんだ。それに姜馬も魔力が無かったが、その方法で魔力を得たと言うなら、信頼できそうだ。


 「心配でんでも大丈夫じゃ。慶之に魔力は発現する。それもこの世界で一番強い魔力階級の虹色魔力が。・・・儂は天級魔力と言っておるがの。」


 「虹色魔力・・・聞いた事がないが。」

 虹色と聞いて、俺は山の洞窟から溢れ出た七色の魔力色の光をイメージした。


 「この世界で最強の魔力階級であり、最強の魔法を放つ力じゃ。皆が知っている7階級の更にその上の魔力階級。魔力階級で一番と言われている神級魔力より上の魔力じゃ。虹色魔力を持つ者は儂以外に見たことないからの・・・、あまり知られていないが、教団や王族や上位貴族なら知っている魔力階級じゃ。」


 「そんな魔力を、俺が本当に使えるのか。」

 『力を蓄えろ。仲間を集めろ。そして蔡家を倒して、楊家を復興してくれ。』と言っていた義之兄や常忠の言葉を思い出す。

 虹色魔力を得ることが、『俺は力を蓄える』まず第一歩だ。


 「ああ、慶之。魔力もおまんの願いも儂が叶えちゃる。そして、おまんも儂の願いを叶えてくれると信じちょる。儂とおまんは互いの願いを叶える約束をした同志じゃ。よろしく頼むきー。」

 姜馬が俺の前に移動して俺に手を差し伸べた。

 俺は、そんな姜馬の手を強く握り返すのであった。

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