第52話 深淵をのぞく

「照準。」


スターリーアイズの体から溢れるように湧き出た魔力に、その目は夜の中で不吉な炎のように輝いている。


「…っ!星ちゃん、やめて!今は争っている場合じゃない!」


雪野がスターリーアイズに向かって叫んだが、青い魔法少女は聞こえていないかのようだった。自分の足元に銀河のような輝きが現れるのを見て、私はすぐに迎撃の準備を整えた。


「シュート!」


避けようとした瞬間、白い衣装を纏った雪野が私の前に立ちはだかった。スノーランスとなった彼女は手に持つ槍を振り、魔力砲のビームにその切っ先を向けた。


キン!


金属のぶつかり合う音が雨のように響いた。雪野、あるいはスノーランスはスターリーアイズの砲撃を一人で受け止め、すべてを防ぎ切った。白い槍が空中に美しい弧を描き、魔力砲の破片から生じた青い火花が空に散らばり、まるで乱れた花びらのように舞い上がった。


スノーランスはくるりと身を翻し、ハイヒールで地面を強く踏みつけた。白い霜が六角形の模様を描き、雪色の少女を中心に広がっていく。


氷霜の新星フロストノヴァ。」


スノーランスがつま先をひねった瞬間、凝縮された魔力が爆発した。


六角花園ヘキサゴンガーデン。」


周囲の温度が一気に下がった。私は周りを見回すと、白いドームから霧が立ち上り、コンサート会場全体を覆っていることがわかった。先ほどまで慌てて逃げ惑っていた群衆の姿はもうない。代わりに、地面から突き出た氷の槍に貫かれ、呻きながら黒い粉に変わっていく下級の怪人たちがいた。


猫のような青い目を大きく見開き、スノーランスは宙に浮かぶスターリーアイズを睨みつけた。その視線に対し、スターリーアイズはひるんだ。


「星ちゃん。あなたは何をしているの?こんなに人が多い場所で砲撃をするなんて。そして、どうして怪人と一緒にいる?市民が怪人に襲われているとき、なぜ助けなかったの?」


「…っ!全部こいつが悪いんだ!」


スターリーアイズは私を睨みつけ、指差しながら大声で弁解した。


「こいつのせいで、先輩はおかしくなったんだ!」


「星ちゃん。今は重要なことを聞いているの。話をそらさないで。」


スノーランスの鋭い口調を聞いて、スターリーアイズは再びひるんだ。しかしすぐに怒りが現れ、彼女の体に巻きついた魔力が嵐のように渦巻いた。スターリーアイズの殺意が自分に向けられているのを感じ、背筋に電流が走るような感覚が走った。


「全部あなたのせい!先輩こそがA級になるべきだったのに!証明する!先輩と肩を並べられるのは私だけ!」


「…何を言っているの、星ちゃん!やめて!」


スノーランスは叱るように叫んだが、スターリーアイズは再び私に照準を定めた。宙に浮かぶ少女は両手を拳に握りしめ、目に十字の光を宿していた。それを見たスノーランスは再び私の前に立ちふさがった。


しかし、この行動は火に油を注ぐだけだった。


「サヨナキドリ!戦え!いつまで先輩の後ろに隠れているつもり!?」


「その点については、私たちがお手伝いしようか。」


「っ!」


私はスノーランスの足元に見えない円が近づいているのをはっきりと感じた。スノーランスもそれに気づいたようで、無意識にその円から一歩下がった。しかし、この見覚えのある光景に、私の頭の中の警鐘が鳴り響いた。


「伏せろ!」


「噛みつけ、首切蝗クビキリギス。」


私がスノーランスを地面に押し倒した瞬間、見えない何かが私たちの頭上を通り過ぎた。空中でひらひらと舞っていたスノーランスのスカートの端は、何かに噛まれたかのように瞬時に引き裂かれた。


スノーランスの目は驚きで見開かれたが、私が説明する間もなく彼女を押しのけると、次の瞬間、戦斧が先ほどまで私たちがいた場所に激しく叩きつけられた。


「邪魔をするのは良くないね、サヨナキドリ。これで私の奇襲を逃れるのは二度目だなんて、まったく嫌になる。」


刀を肩に担ぎ、片目の女怪人は不満げにため息をついた。


「…どういうこと?キリス。どうして先輩を攻撃するの!?」


スターリーアイズの質問に対し、キリスと呼ばれた片目の女怪人は挑戦的な笑みを浮かべた。彼女は刀を鞘に納め、ゆっくりと居合の構えを取った。片腕の怪人は黙ってスノーランスの背後に立つ。二人の怪人は前後からスノーランスを挟み込んだ。


「あら、私たちは約束通りに仕事をしているのよ。混乱を起こしてサヨナキドリを引き出し、あなたと彼女が対決する際に他の邪魔を排除する。それが私たちの約束だったでしょ?今、スノーランスは決闘の邪魔をしているんじゃない?」


「…っ!」


「先輩のことは心配しないで。」


女怪人は唇を舐めた。


「本当に噂通りの噛みごたえがあるのか、確かめてみようじゃないか。」


「…星ちゃん、まさか本当に怪人と組んでるの?答えて、星ちゃん!」


「知らない!わからない!何もかも嫌!」


スターリーアイズは頭を振り乱し、明らかに混乱に陥っていた。しかし、彼女の全身から放たれる魔力は減少するどころか、より濃厚になり、息苦しくなるほどだった。自分の髪を掴んだまま、少女はまるで糸が切れたかのように突然静かになった。彼女は力なく頭を垂れ、前髪で目を隠した。


そして、息が詰まるような静寂の中で、少女はゆっくりと顔を上げた。


前髪の陰から現れたのは、目尻から流れる二筋の涙だった。まるで人形のように、スターリーアイズの顔からはあらゆる感情が消え失せていた。冷たい瞳はガラス玉のように私を見つめていた。


「やっぱり。全部あなたのせい。あなたがいるから、全てがめちゃくちゃになった。」


連鎖反応れんさはんのうのように、見開かれた目に次々と光が灯っていった。一つ、二つ、三つ。ブラックホールのように虚ろだった瞳が、まるで宇宙に火が灯ったかのように星の海を燃え上がらせた。


「やめて、星ちゃん!話があるなら聞くから、お願いだからこれ以上やめて!」


スノーランスはスターリーアイズに駆け寄ろうとしたが、二人の怪人が行く手を阻んだ。


「あなたの相手は私たちよ。」


「通さんぞ。」


「この!邪魔しないで!サヨさん!」


「…っ。」


スノーランスが叫んでいるのが聞こえたが、今の私はそれに注意を払う余裕がなかった。高鳴る危機感に、心臓が胸から逃げ出そうとするかのように激しく脈打つ。冷や汗が全身に浮き、私は目の前のスターリーアイズから目を離すことができなかった。


奥義エアヴァッヘン。」


スターリーアイズは青白い唇を微かに開き、魔法の呪文をそっと唱えた。


満天ブリリアントギャラクシー。」


粘つくような、果てしない闇がスターリーアイズを中心に、スノーランスが築いた白いドームを塗りつぶした。白く輝いていたドームはあっという間に黒い闇に飲み込まれ、無限の暗黒だけが残った。


そして、光が灯った。


最初に輝き始めたのは、スターリーアイズの瞳だった。


まるで闇に眠っていた魑魅魍魎ちみもうりょうが突然目覚めたかのように、スターリーアイズの後ろに無数の目が闇を切り裂いて現れた。青い少女を中心に、ほのかに光を放つその目は等比級数的なスピードで増え、瞬く間に地上にいる全員を包囲した。


億万光輝ヨグ=ソトース。」


スターリーアイズの瞳が十字の光を放つと、その闇の中で開かれた目も同時に輝き出した。闇に煌めく無数の目が、不気味な銀河を作り出した。上から下へと、無数の空虚でありながら神のような威厳を持つ視線が自分に向けられているのを感じ、思わず息を呑んだ。


「もがくがいい、サヨナキドリ。」


スターリーアイズはゆっくりと両手を広げた。


「我が深淵の中で、塵と化しなさい。」

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