第39話 偵察

人生で初めてポーカーをプレイしたのがいつだったかはもう覚えていない。ただ、気がついたら、ある程度のルールを覚えていて、人と何とか遊べるほどにはなっていた。


体調が大分回復した私は、目立たないように帽子とパーカーを身につけて廃墟にある地下カジノに来た。


驚いた。こんな危険な場所でまだ営業している店があるとは。ここに住んでいる人々は本当にタフで、勇気に満ちていると言える。


あるいは、これがならず者の意地というものかもしれない。


薄暗い照明の下で、手に持ったトランプを弄んでいる。グラスがぶつかる音と賭けの声が混ざり合い、私がいる空間を埋め尽くしていた。


手元の赤と黒が交じり合ったトランプから視線を外し、私は自分の隣を見た。


隣にいるのは、もう一人の魔法少女。


彼女はパンクスタイルの魔法少女の衣装を身にまとい、紫色に染めた髪を耳にかけた。ピアスがちらりと見える。


煙草をくわえた彼女は、鋭い眼差しでトランプを見つめていた。タバコの匂いは、鼻をつくような刺激とともに、ほのかなリンゴの香りが混じっていた。


私の視線に気づいたようで、リコシェの口元がわずかに上がた。


「何?あたしに見とれてるの?そんな風に見つめても、手加減しないからな。」


「冗談はもういい。ここに来た目的を教えて。私たちはもう一時間もこのポーカーテーブルにいるよ。」


私は手持ちのトランプを乱暴にテーブルに叩きつけた。すると、前に置かれたチップがスタッフに回収された。私のその姿を見て、リコシェは大笑いした。彼女は自分の手持ちのトランプを広げ、全てのチップをかっさらった。


「あんた、ポーカーは下手みたいね。」


「残念だけど、私は賭け事をしない主義なんだ。」


「はは、そうかい。賭け事を楽しめないあんたは、人生の大半を損してるよ。」


「はあ。」


リコシェは興奮しながら手元のチップを前に押し出した。そんな彼女を見て、私は帽子のひさしを低くしてため息をついた。


「まあまあ。そんなに怒らないで。ここで待っていたのにはちゃんと理由があるから。」


リコシェがそう言って、ある方向を指さした。彼女の指の方を見ると、カジノの古いドアが開かれた。


背の高い男が入ってきた。


彼は厚手のコートを着て帽子をかぶっていて、一歩ごとに重い足音が木の床に響き渡り、ギシギシと音を立てていた。彼の左の袖は空っぽで、動くたびに揺れていた。


大男が無造作にバーカウンターへ向かい、重々しく体を落とした。


「…彼は誰?」


「あの人さ。」


リコシェが話しながら手に持っていたトランプを荒々しくテーブルに叩きつけ、タバコを消した。


「あたしに依頼を出した人。」


「あの人か?見た目は普通の人間と同じだけど…」


「騙されちゃダメ。よく匂いを嗅いでみな。おかしいと分かるはずだ。」


私はその男に注意を集中したところ、何か普通ではない魔力を感じ取った。


「…確かに。何かが違うね。」


「ここに座っていても仕方ない。早めに決着をつけよう。」


私が反応する間もなく、リコシェはテーブルを飛び越えて、手にした銃をその大男の後頭部に突きつけた。


カジノの他の客たちはこの突然の行動に即座にパニックに陥った。彼らはテーブルをひっくり返して隠れたり、急いで外に逃げ出したりした。


「あのバカ...!」


「久しぶりだな。前回はお世話になった。」


「…」


「あたしを高額な賞金で誘い出して、騙したな。スターリーアイズがそこにいたのも、お前の仕業だろう?それに、私が騙されたって噂を撒き散らして…死にたいのか?」


激昂したリコシェに対し、大男は何も返答しなかった。その態度に、リコシェはリボルバーの撃鉄を起こした。


「お黙りか?ふざけるな、何か言えよ、この怪人!」


リコシェが粗暴に相手の肩を掴んで、無理やり向かせた。乱暴な動きで相手の帽子も落ちた。その帽子の下の顔を見て、彼女は目を見開いた。


それは人間ではない顔だった。


奇怪きかいというにはあまりにも単純で、黒く丸い頭にはカウントダウンしているデジタル時計が貼り付けてある。時計が管路を通じて怪人の頭に繋がっており、一目で爆弾だとわかる様子だ。


その頭の持ち主は震えながら頭を歪め、存在しない目でリコシェを見つめた。


「ちっ!」


怪人の顔の下半分が笑顔のように裂けた瞬間、リコシェは素早く横に倒れ込み、私も反射的に手を上げて防御した。


ドン!という激しい爆発音が鳴り響き、濃い煙がカジノ全体を覆った。バーカウンターの後ろの酒瓶やガラスが震えるほどの衝撃で割れた。物が割れる音と人々の悲鳴が入り混じる中で、灰だらけのリコシェが地面に座り込んだ。


「くそ、どうなっている!」


リコシェが立ち上がろうともがくと、私の背筋に冷たいものが這う感覚がした。


「っ!気をつけて!」


私はリコシェの襟を掴み、力強く後ろに引いた。下から上へと走る銀の光がリコシェのいた場所をかすめ、天井の古い扇風機せんぷうきを二つに切った。


「何!?」


リコシェは目を見開いて驚いたが、私の驚きも同じだった。


「ありえない。これは…」


地面には漆黒の扉が現れた。


その扉の上にはまるで悪魔たちがもがいて這い上がるかのような複雑な装飾が施されていた。その扉がわずかに開き、中から黒い手袋をはめた手が伸びてきて、銀色の刀を握っている。


それを刀と呼ぶにはあまりにも異形だった。虫を無理やり武器の形に圧縮したかのようなその形状、見るだけで不快感を覚える。


現れたのは灰色のスーツを着た女性だった。微かにカールした黒髪が右目を覆い、女性の半閉じた長い目は闇で不吉な赤い光を放っていた。


女性は手中の銀の刃を振り、ゆっくりと鞘に収めた。


「避けられたか。残念、いい隙だと思ったのに。」


罠だと気付いた瞬間、私は急いで出口を見た。だが、出口は別の大男に塞がれていた。その片腕の男は爆発による瓦礫を乗り越えながら、重い足音を響かせて店内に入ってきた。


女性が店に入ってきた大男に話しかけた。


「予想通り、二人とも自ら罠に飛び込んできたわ。メインディッシュの様子は?」


「うまく、引き留めた。今の俺にできる限りの扉を、人混みに。」


「そう。それならあの女もかなり時間を取られるはず。つまり、私たちは十分な食事時間を持つことになるわ。」


「ああ。」


「ふふ。」


麗人剣士の顔に、先ほどなかった憎悪と嗜虐を入り混じった微笑みが浮かんだ。


「私の刀も喜んでいる。今日は二人の獲物を食べられるから。」


「サヨナキドリは俺の獲物。一人で食べるな。」


「なら、最後の一撃はあなたに任せるわ。だがその前に、私がちょっと腕足を噛み取ってもいい?もちろん、おやつのリコシェもちょっと残しておくよ。」


「それなら構わん。」


二人の怪人の視線が再び私たちに向けられ、冷たく混濁した悪意が私たちの体を無意識に震えさせた。


女性は腰を低くし、静かに刀に手を掛けて鯉口を切る。


「じゃあ、本題に入りましょう。仲間を大切にし、すべてを救えると思っているあのバカ女が、かわいい後輩たちが噛み砕かれてボロボロになった悲惨な遺体を見たら、どんな顔をするのかしら?楽しみね。」


「ああ。楽しみだ。俺の復讐。そして、お前の復讐。」


コートを着た男の手に巨大な戦斧が現れた。


「『行くぞ、鏖殺おうさつだ。』」

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