第36話 休戦
汗が頬を伝うのを感じながら、私は腕の筋肉を操り、顔を地面に近づける。
今の私は、逆立ちをしているのだ。
つま先を合わせ、かかとをしっかりとくっつけ、一直線を作る。
腕をゆっくりと曲げて、全身をまるで堅い板のように下ろす。
そして息を吐き出しながら、自分の体を元の位置に支え直す。
一回、二回、三回。逆さまの視界の中で腕立て伏せを続ける。筋肉が気持ち良く刺激された感じがすると、両手を強く押し、空中で一回転し、視界を正常に戻す。
しかし足を地面に着いた瞬間、痛みが全身から伝わってきた。額に冷や汗が浮かぶのを感じながら、思わず自分の右手を見た。
「...完全に回復するにはまだ時間がかかるようだ。」
内心のイライラが湧き上がるのを感じながら、私はシャワールームに入った。シャワーの水を頭から流し始める。冷たい水が脳を覚醒させるのにちょうどいい。不快感と痛みを洗い流していくのを感じつつ、これからの計画について考え始めた。
今の私は、リコシェのセーフハウスにいる。
この数日、リコシェがよく来て、私の怪我の世話をしてくれた。本人は不得手だと言っていたけど、動作はとても慣れている。私たちの会話は少なく、おそらく彼女も自分の気持ちを整理しているのだろう。
体を拭いてリコシェが用意してくれた服に着替えた後、改めて自分がいる部屋を見回した。
コンクリートの壁がそのまま露出しており、何も塗装されていないので非常に質素に見える。覗きを防ぐためか、窓の数は少ない。
光が壁の高い位置の小窓から注ぎ込んでいて、微かに温かさを感じる。
外の音を聞いてみると、今日はリコシェが外出していないようだ。
リコシェと向き合うのは避けたいが、唯一の出口であるドアは間違いなくリコシェの視界を通るだろう。
外とつながっているあの小窓はは手の届かない高さにあり、サイズも少女が出入りするには小さすぎる。それに、相手の世話になった上で、何も言わずに去るのも無礼だ。
私は深呼吸を一つしてから部屋のドアを開けた。
目に飛び込んできたのは、同じく灰色が基調の部屋だった。壁には巨大な
少し離れたソファには、リコシェがだらしなく横たわっていた。彼女はタバコをくわえ、思案げな表情を浮かべながら手中のリンゴをいじっていた。私に気づくと、手を振った。
「よう。ついに出てきたか。ベッドから起き上がれるようになったんだね。それは良かった。まあ、あの部屋から全然動かないから、カビが生えたのかとか、脱出計画でも練ってるのかと心配したよ。」
「脱出計画を考えていなかったと言ったら嘘になるね。」
「だろうね。あたしでも逃げ出したくなるさ。敵だと思っていた人に面倒を見てもらってるんだから、冷静になるのも難しいだろう。」
リコシェ大きな煙を吐き出し、肩をすくめた。
「お互いに恩があるし、実際にお互いにダメージを与えていない。休戦はどうだい?あんたを追う依頼はもう放棄したから。」
「ああ、賛成。」
「ありがとうよ。」
リコシェは椅子に横たわりながら、私にリンゴを投げた。私はそれを難なく受け取った。彼女はため息をつきながら、ぶつぶつと独り言を始めた。
「よく考えてみれば、あの依頼を受けたのも金のために考えが曇ったからだ。多分、あれは罠だったんだろう。」
「罠?」
「ああ。スターリーアイズがそこに現れたのも偶然じゃない。やっぱり怪人とは取引しない方がいい。」
「怪人?その依頼を出したのは怪人だったの?」
「えっ?言ってなかったっけ?一本腕で、ほとんど人間みたいに見えるけど、間違いなく怪人だ。魔法少女の直感で、なんとなくおかしいとは感じてたんだ。」
「はぁ。魔法少女でありながら、そういう怪人を自由に行動させておくのは問題があると思うが。」
「あたしには正義の味方ごっこに付き合ってる時間がないんだ。そのような時間があるなら、お金になる任務にもっと時間を割いた方がいい。」
「...お金の重要性は理解しているけど。でも、こんな危険な仕事を選ぶ必要があるの?魔法少女なら他にももっと安全な稼ぎ方があるはずだよ。」
「あたしにはあたしの事情がある。とにかく。」
リコシェは話を強引に遮り、ソファから立ち上がった。
「どうやらあんたはその怪人に興味があるみたいだね。」
「...ああ。君の説明からすると、A級の怪人だ。そんなやつを放っておくわけにはいかない。」
「だろうね。で、提案があるんだ。」
リコシェは私に手を差し伸べた。
「あの依頼を出した怪人を一緒に仕留めないか?」
「...君、お金のない仕事はしないって言ってたじゃないか。それに、その怪人は君のクライアントだろう?それでいいのか?」
「問題ない。あんたはあたしに恩があるから、少し例外を作ってもいい。それに、奴があたしの面子を潰した。私を騙して、さらにあちこちで宣伝しているとはな。」
リコシェが怒りの表情を浮かべた。
「あたしを恥をかかされた奴らは、全部倒す。」
「なるほど。」
「もちろん、体調が回復するまで待つよ。その間、あんたの安全は私が保証する。その代わり、奴を捕まえる手伝いをしてほしい。その後で奴をあんたの趣味に使っても全く問題ない。むしろ大歓迎だ。」
「私の趣味?」
「とぼけるな。怪人を拷問するのがあんたの趣味だろう。」
「...それは趣味じゃなくて、必要なことだ。」
「ふ―ん。まあ、そういうことにしておこう。んで、あんたの決断は?」
「ああ。そうしよう。偶然だが、たまには誰かと手を組むのも悪くない。」
私はリコシェの手を握りと、彼女は軽く笑った。
「安心して。あたしと組めば、絶対面白いことになるって保証するから。」
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