第37話 陰謀

酒場の扉が押し開けられた。


その扉を開けたのは、がっしりとした体格の大男。やや古めかしいコートを纏い、帽子を被っている。一際目立つのは、男の左手。その袖は空っぽで、彼が歩くたびに揺れていた。


大男が歩いている場所は、バーというよりカジノと言った方がしっくりくる。


暗い照明の下、空中にはタバコの煙が漂っている。天井にはゆらゆらと揺れる扇風機せんぷうき。いくつかのテーブルには黙々と賭けに興じる者たちが集まり、その低い掛け声が木製の壁に反響していた。


大男は入口で足を止め、周を見回した。目的の人物をすぐに見つけ出し、重い足音を立ててゆっくりとバーカウンターへと歩みを進めた。


カウンターの奥まで歩いて行くと、彼は足を止め、目の前の人物を見下ろした。


そこには、体にぴったりと合った灰色のスーツを着た若い女性がいた。


その女性は黒くて微かにカールした短髪を持って、少し波打つ前髪が右目を覆っている。彼女の左目は鋭い眼差しをしており、暗闇の中でほのかに赤い光を放っているようだ。


男装の麗人は怠惰にグラスを持ち、琥珀色の液体をちびちびと嗜んでいる。


「おい。」


大男はその低く響く声で女性を呼んだ。女性が大男に気づき、振り返った。


「あら、来たのね。」


女性の顔に笑みが浮かんだ。


「座りなさい。立っていると目立ちすぎるわ。」


大男は言われるままに座った。古い椅子がキーキーと音を立てた。


「せっかくだから、何か注文しなさい。あなたがこんな姿になって間もないから、お酒を飲んだことないのよね。」


「何を頼めばいいがわからん。」


大男はゆっくりと首を振り、がらがらとした声でゆっくりと話した。


女性はバーカウンターの内側でグラスを拭いているバーテンダーに声をかけた。


「彼にウィスキーを一杯。」


琥珀色の飲み物が大男の前に乱暴に押し出された。大男はグラスを持ち上げて一口飲むと、眉をしかめた。


「気に入らない?」


「…ああ。」


「ふふ。お酒はあなたにはまだ早かったかしら。でも何度か飲めば慣れるわ。」


グラスを持ち上げ、中の液体を見つめながら女性は呟いた。


「…慣れたら、心にずっと潜んでいるある事柄も、薄められるかもしれないわね。」


大男はゆっくりと頷いた。


「わかった。慣れてみる。」


「そうしてちょうだい。で、前の件はどうだった?」


女性は少し身を正し、真剣な表情を見せた。


「前にリコシェがサヨナキドリに直接会いに行ったって話を聞いて、本当に驚いたよ。こんな偶然があるなんてね。きっとあなたは行動する時にもこのことを考慮に入れていたのでしょうね。」


「ああ。お金、支払った。スターリーアイズに匿名情報とくめいじょうほう漏洩ろうえいする。」


「ふむ。それから?」


「廃墟。戦い。そして、スターリーアイズの砲撃。」


「そう。じゃあ、リコシェとサヨナキドリは?」


大男はゆっくりと首を振った。


「逃げた。」


「あら、それは残念。奴らが互いに傷つけ合って共倒れになってくれればよかったのに。」


「同意する。」


二人の間に沈黙が降りた。しばらくして、大男が再び口を開いた。


「まったく収穫がなかったわけじゃない。」


「と言いますと?」


「サヨナキドリはかなりの傷を負った。短期間では自由に動けないだろう。」


「それは良かった。」


「だが、奴はリコシェに保護されている。接触するのは難しい。」


「あらあら。なるほど。」


女性は背中を後ろに反らし、大きな伸びをした。


「今、怪我をしているサヨナキドリを捕まえたい気持ちはあるが、リコシェが彼女を隠している場所を見つけるのは一苦労だね。」


「なら、どうする。」


「リコシェがあなたの依頼が罠であることに気付く可能性は非常に高い。あのずる賢いやつを捕まえるのも簡単じゃない。でも、奴はお金が必要で、きっとまた現れるでしょう。そして、あなたが彼女の面子を潰した。」


女性は面白そうに、グラスの中の酒を揺らしていた。


「怪人に騙されたことが広まれば、彼女の評判に影響を及ぼすこと間違いなし。裏社会の一員としての信用を保つために、リコシェはあなたを狩るために動かざるを得ないわ。その時こそが、私たちのチャンス。」


「わかった。」


「つまり、私たちが騒ぎを起こし、生き延びれば、いつかは彼女たちと遭遇する。」


彼女はグラスの中の酒を一気に飲み干し、壁に寄りかかっていたものを掴んで立ち上がった。


彼女の手に現れたのは、異形の刀だった。銀色の鞘には昆虫の脚のような逆棘がついており、それはまるでバッタの足をねじ曲げて無理やり刀の形に変えたかのようだった。


「私が引き続きあなたのためにサヨナキドリを捕まえて、復讐を遂げる。もし二人の魔法少女を同時に撃墜するなら、野良であってもブレイズエッジは動き出さざるを得ないだろう。」


女性の顔に一瞬、憎悪が走った。彼女の半分閉じた左目がわずかに開き、赤い複眼のような瞳を現した。女性は刀を持たない右手を大男に差し出した。大男もまたグラスの酒を飲み干し、残された片手で女性の差し出した手を強く握った。


「約束だ。俺も、お前の復讐を手伝う。」


大男は一言一言、ゆっくりとだが力強く言った。


「ええ、よろしくね。」


大男と女性は薄暗い光の下で、同時に凶悪な笑みを浮かべた。

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