第5話 三角関係の成立③
松平さん、いや、彼女は松平初なんかじゃない。彼女の本当の名は『
「ひぃっ!」
聞いたことがある。あの徳川家康は、大坂夏の陣で真田幸村率いる軍の猛攻に腰を抜かして、自ら腹を切ろうとしたことがあるとか。あれは作り話だと思っていたが、まさか目の前で本当だと証明されるとは、ってそんなこと言ってる場合じゃなかった。
「ちょっと待って真田さん!」
「あかり殿、そいつはそなたの口を奪おうとした狸だぞ! 成敗してくれるわ!」
真田さんの獲物を狙う真剣な眼差し、本気だ。
「だからって、殺そうとしなくてもいいでしょ! キスしたわけじゃないんだから! っていうかどこから聞いてたの⁉」
「扉の向こうから聞いていたぞ」
扉の薄さ問題が思わぬ方向から浮上してしまった。つまり、筒抜けだったということだ。
「いいから、一度その武器を下ろしてよ。松平さんは私を独り占めにしようとか思ってないから」
「そ、そうか? なら、話を聞こう」
燃えた眼をしていた真田さんだったが、何とか武器を下ろしてはちまきを外した。なぜ、頬を赤くして恥ずかしそうなのかはわからないが、とりあえず皆で残っていたハーブティーでも飲もう。
「真田さん、盗み聞きは犯罪ですよ?」
「し、仕方ないじゃないか。徳川が挨拶をしても逃げるからだ」
挨拶しないだけで殺しにかかるって、なんと恐ろしい女なんだ。
「ごめんね、松平さん。真田さんはいい人だからって話した時にこんな荒くれ者で」
「誰が荒くれ者だ!」
松平さんは真田さんの顔色を伺おうと少し目を震わせながら覗くが、すぐに引っ込んでしまう。
「大丈夫だよ、もう真田さんもわかってくれてるから」
「で、でも・・・・・・何か、怖くて」
その反応、当然だよね。
「ほら、あんなことするから」
「す、すまなかったよ」
真田さんはお茶を一口飲み、小さく溜め息を吐く。
「あかり殿は、私を信じてくれているのか?」
「え、なに急に?」
「もしかすると、自分がお節介者であかり殿の暮らしを邪魔しているのではないかと思ってな」
こんな溜め息をついて弱気を漏らす真田さん、初めてだ。確かにご飯を食べている時も会話を交わすことなく、口にする言葉は『美味しかった』『ご馳走様』だけ。でも、彼女が鬱陶しいからという理由ではない。何なら、私にも不安はある。
「真田さんこそ、私のこと嫌いになってない?」
「何を言う、嫌いならもう切っておる」
「だから、これってお互い様なんだよ」
「ん?」
「真田さんには真田さんの考えがあって、私は私の考えがある。でも、相手に伝わっているかなんて、直接聞かないとわからない」
私は、正座をして体を震わす松平さんと眼を合わせる。
「本当はすれ違った時、挨拶したかったんだよね」
「は、はい」
彼女は、弱い声とともに頷く。
「真田さんが私と二人の時間を嫉妬しているってことも、今知った。でも、松平さんが真田さんに恐怖を抱いていたことも、今知ったでしょ?」
「た、確かにそうだな」
顔を赤くする真田さんが前に松平さんと因縁があってやったことではないとわかっている。ただ、嫉妬している。その理由は、ただ一つ。
「好き?」
真田さんはこの問いに、小さく頷いた。こういう時にはっきりと言わないのは、何だか笑ってしまう。
「じゃ、これで」
立ち上がって、真田さんの頬にキツツキのようなキスをする。そして、呆然とする松平さんの頬にも同じキスをする。そして、何も反応出来なくなる二人を置いて、部屋を出た。どうしてキスをしたのか、私にもわからなくて胸に手を当てて静かに呼吸を整えた。
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