第4話 三角関係の成立②

 あれから夜が明け、隣の松平さんの部屋の扉をノックした。偶然にも親から送られてきたハーブティーのセットがあったので、包装ごと手に持っているが果たして気に入ってくれるだろうか。


「はい。あ、馬宿さん」

「昨日は何かごめんね。これ、ハーブティーのセットなんだけど、一緒に飲む?」

「いいですね、どうぞお入りください」


 昨夜とは打って変わって元気そうな素振りを見せている。もしかして、知らないところで真田さんと何かあったのか、気になってしまう。


「す、凄い本の量だね」


 部屋の中にある木製の本棚には本がぎっしりと詰まっていて、愛読家を感じさせる。


「日々、勉強は欠かせませんから」

「羨ましいなあ。私なんて活字読めなくて、逃げてばっかりでいるから」

「それはいけません、健康は毎日気遣わないと」

「え、健康?」


 もう一度、本棚を振り返る。言われてみれば、本のタイトルに『健康』が含まれたものばかりが並んでいて、一冊手に取って流し読みをしてみた。長生きするための秘訣がたくさん書かれていた。


「どうかしましたか?」

「いや、ごめん。てっきり小説とかだと思ってたから」


 大事だよね、健康って。


「松平さんって、普段何してるの?」

「独学ですが、薬についての勉強をしているのです」

「薬? それって、独学でできるの?」

「漢方は『生薬』といった植物や動物などの成分を抽出し、調合してできるものです。どうやら、薬剤師にならなければそれができないらしいので、勉強しているんです」

「そのためのこの本だったのか」 


 松平さんは、達筆に『将軍』と書かれた湯呑にハーブティーを淹れ、差し出す。ハーブティーを湯吞に入れて出す人は聞いたことないが、個性があって良いよね・・・・・・あれ、将軍?


「そうだ、私と一つ約束して欲しいことがありまして」

「え、何?」


 急に顔と顔の距離を詰めて何故かうっとりした表情で、仰け反った私の手を握ってくる。


「その、真田さんから私を護ってほしいのです」

「は、はあ?」


 距離が近すぎて、頭の中が真っ白になりそうだ。ただ、やっぱり真田さんと何かあったことはこれで明白になった。


「もしかして、いじめられたりとか?」

「いえ、まだ話すらしたことはありませんが・・・・・・その、六文銭が」

「六文銭・・・・・・あっ!」


 大声を上げようとすると鋭い反射神経の松平さんに目を瞑りながら両手で口を塞がれ、解放されない声だけが漏れてしまう。


「あ、ごめんなさいっ・・・・・・!」


 塞いでいた両手を後ろに回し、近づいていた距離が遠ざかってしまう。その感覚が、嫌だった。


「いや、わかったよ」

「え、いいんですか?」

「でも、真田さんは悪い人じゃないし、むしろ、気を遣ってくれる素敵な人なんだよ。だから――」

『この狸めぇぇぇぇっ!』


 法螺貝の音とともに扉を激しく開けて薙刀の刃先を私達に向ける真田さんも、気付いてしまった。

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