第2話 真田さんの定食

 ぐっすり眠っている時のことだった。いきなり地面に大きな振動を与えるような厚みのある法螺貝の音が、部屋中に鳴り響く。


「何、なに⁉」


 雑魚寝の掛け布団を蹴飛ばし、棚に備えてあった非常袋を手に持つ。


「うまやどぅの! 早く参らなければ命に関わりますぞ!」

「言えてないし、命って、九時⁉」


 赤いTシャツに同色の短パンを着た真田さんが、本物の法螺貝を吹きながら家に突入してきた。そのおかげで無事、講義に遅刻していることに気付きました。あと、少し喉がおかしくなりました。


「そうですぞ、我の馬に乗ってくだされ!」

「いやいや、もう行っても教室入れてくれないし、あと何で馬飼ってるの?」

「ん、早いから」

「理由になってないよ」


 馬を飼っているにしては、その馬の鳴き声とかが聞こえないような気がする。


「いかがであろう?」


 真田さん、それは馬じゃなくて原動機付きバイク(略して『原付』)です。と言いたいところだが、しゃがみこんで満足そうにサドルを撫られると言えない。


「そういえば、真田さんって何で私のこと構ってくるの?」

「同じ屋根の下で住む以上、助け合いは当然のことだ」

「でも、法螺貝はちょっとやり過ぎでしょ」

「そう言われても、うまやどぇのに何度声かけても起きないからだろう」

「もう『あかり』でいいよ」


 一度寝てしまうと8時間は起きれない体になってしまったことで、過去には親からビンタをされたり高級スピーカーで爆音のロックを流されたり、一番酷かったのは滝のような水の量を一斉に家族3人からかけられたことだ。あの時は、本当に死ぬと思った。


「食生活がなってないのであろう。今日から、私が用意した定食を食べに来るが良い」

「定食って、大学に通うのに昼飯はどうしろって言うんです?」

「遅刻して簡単に諦める奴が何を言う」


 ごもっともです。そんなわけで、真田さんにお昼ご飯を用意していただくことになりました。


「何か体に良くない食材があれば、教えてくれぬか?」

「もしかして、アレルギーのこと?」

「食で健康に害が出てはならんだろ。さ、申せ」

「特にないですよ」

「わかり申した。なら、しばし待て」


 調理が始まると真田さんは真剣な表情で一度も振り向かず、話しかけることもしない。まるで弓道の一射を見物しているような感覚だ。あれ、にしてはまな板から聞こえる音の間隔が長いような。


「何やってるんですか」

「千切りは、こうやって慎重に」

「そのペースで千本にしてたら日が暮れるわ、ってか千切りってそう言う意味じゃないから」


 どうやら料理経験がないのに、定食を作る気だったらしい。


「そういえば、真田さんってネットで調べたりしないんですか?」

「もしや、これのことか」


 これはこれは、あのリンゴ製の超高価な最新型タブレット。そんなものをお持ちでしたかと、頭を下げたくなる気持ちになるのはなぜだろう。


「そうですそうです。検索、してみましょうよ」

「え、これ自体をネットというのではないのか?」

「違います」

「前に調べたときにそう述べている者がいたぞ」


 あ、フェイク記事に騙されてる。

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