第3話 『セロトニカ』とは

 そもそも橋枝君が制作にかかわっているアニメ『セロトニカ』とはどんな物語なのか?  あらすじをざっとウィキ風に紹介しておこう。

   

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『セロトニカ~人類のためになんか、死ねるわけないじゃん~』


 

 善の象徴たる瀬炉理沙せろりさと悪の象徴たる仁賀亜梪美にかあずみ。理沙は女子高に通う、どこにでもいる平凡な高校生。亜梪美率いる一大派閥の生徒たちの陰湿ないじめと戦いながらも青春を謳歌していた。

 そんなある日、朝から学校の周囲にレンガの壁が築かれていった。校長や教員たちでさえ事情を知らされていない。下校する頃には校舎を覆うほどの高さの壁が築かれた。強引に出ようとレンガの壁へと歩いていった生徒が外部から一斉射撃され、みなは青ざめる。

 唖然としているなか、生徒たちのスマホに日本政府から一斉メールが送られる。どうやら政府はこの学校に高濃度の致死的ウィルスを血中に保持している者がいることを突きとめたらしかった。突然変異的に生まれた人間で、本人の成長とともに血中のウィルスも成長していく。政府は変死した人間から摘出されたウィルスを培養してその事実を知ったのだ。研究機関のシュミレーションが正しければ、ウィルス保持者の濃度は臨界点に達しつつあった。この女子高の生徒のなかのひとりがそのウィルス保持者であり、濃度が他者にたいして致死的な量に達しつつあることを突きとめた。

 そのウィルスを保持している者がレンガの外に出れば、たちまち全人類に感染してしまい、人類は滅亡の危機に陥る。いまの段階では体力のある十代の人間は感染しても数年は持つが、ウィルス保持者も日々成長しているので毒性がつよくなっていくため、二十代以上である教員たちはばたばた死んでいく。訓練された特殊部隊といえどもへたに近づけないため、学校の屋上に何百もの銃やアーミーナイフなどが詰めこまれた木箱を落とした。これで生徒同士、殺しあえというわけだ。

 校舎内に食糧はない。放っておけば全員餓死するだろう。しかし共産圏の大国の支援を受けている組織が夜ごとヘリコプターで食料品をばら蒔く。核兵器をうわまわる威力のあるウィルスを所有した国が、絶対的な覇権を握るのは明白だからだ。また電気も生きている。周囲に住宅がいくつもあり、学校だけ送電を止めることが技術的に困難だったためである。スマホの充電もできるため、生徒たちは情報収集に励んだ。

 亜梪美一派は大きな第一校舎、理沙たちは小ぶりな第二校舎のふたつを生活圏にして戦った。理沙の仲間たちはとうぜんの心理として、亜梪美こそがウィルス保持者であってほしいと願う。敵陣営のなかで亜梪美が最後まで生き残ればその答えとなるわけだ。双方は巧みな戦術で殺しあった。もちろん善の象徴たる理沙が亜梪美一派を襲うことはない。しかし自衛のためであれば話はべつだ。根拠もないのに理沙たちの誰かがウィルス保持者であると決めつけ、亜梪美一派はつぎからつぎへと刺客を差し向けてくる。殺人などまるで不慣れだった彼女たちも、熾烈な生存競争のなかで、戦闘手段が悲しくも洗練されていく。理沙の陣営のなかで仲間を疑う者、亜梪美の陣営のなかで仲間を疑う者。味方と思ったら敵、敵と思ったら味方。壮絶な騙し討ち……。そのドラマツルギーこそがアニメ『セロトニカ』が人気を得た理由だった。

 やがて敵陣のなかで亜梪美ただひとりが生き残る。ウィルスでは誰ひとりとして死なない理沙と仲間たち。理沙たちが陰性であることはもはや証明されたようなものだった。しかしその亜梪美ひとりによって理沙の仲間たちは惨殺されていく。惨たらしい殺されかただったため、理沙は亜梪美の正気さえ疑う。だが遺体の損傷が激しいのは、ウィルスが発症したせいであることに理沙は気づく。第二校舎に亜梪美が侵入しているからだと理沙は判断する。

 最終話は伝説的な回だ。この時点で生き残っているのは理沙と幼なじみの未希、そして亜梪美の三人のみ。亜梪美はとうとう理沙の前に現れ、ネットで集めた情報によって、理沙が濃度の高いウィルス保持者本人である証拠を突きつける。理沙の仲間たちが亜梪美たちより延命していたのは、自身のなかでウィルスが高濃度に達する前から接していたため、免疫が育まれていたからだったのだ。未希が最後まで残ったのは幼少の頃から成長をともにしていたため、高度な免疫を植えつけられていたからである。理沙が自身のウィルスに殺されないのとおなじように、高度な免疫能力を獲得している未希もまたウィルスに殺されることはない。理沙の身体に触れただけの亜梪美の指が紫色に変色する。亜梪美は頭を垂れ、跪きながら「お願いだから人類のために死んでほしい。いじめてきたのはわるかったけど、人類が滅ぶとかやっぱシャレになんないよ」と涙ながらに理沙に訴えかける。

 しかし理沙は自分の死後、亜梪美が人類の英雄として祭りあげられることに言いようのない抵抗を感じる。これまでさんざん自分たちをいじめてきた亜梪美が讃えられることが耐えられない。たぶん自分たちが亜梪美にいじめられていたという事実さえ葬りさられるだろう。

 だがそれ以上に理沙は自分が死ぬことが耐えられない。自分のせいで人類が滅ぶのは申しわけないが、理沙にとってもやはり自分あっての人類なのである。死ねば自分の肉体や記憶とともに、主観的な意味で消滅してしまう人類のためになど、死ねるわけがなかった。たとえ自分以外の人類が滅んでしまっても、自分が存在していることこそが理沙にとっての生なのである。人類を破滅に追いやることになっても、最後までとことん生きたい。……どこまでいっても善の象徴であった理沙の口からそのことが語られると、ネットの実況スレは大爆発したものである。そしてこれまで亜梪美一派がさんざん口にしてきたタイトルの副題、「人類のためになんか、死ねるわけないじゃん」が理沙の口から発せられると、実況スレはお祭り状態と化したのであった。

 亜梪美を殺したあと、理沙は注射器をつかって自分の血を未希とともに亜梪美の身体に輸血する。そして「やっぱりあたしたちがふたりで外に出られることになったんだね。理沙の秘密は絶対に誰にも言わないから大丈夫だよ」という未希に、理沙は首を振りながら冷淡な表情でナイフを突き刺して殺す。未希の口が軽いことを「いちばんの親友」だからこそよく知っていたわけである。

 理沙が校舎から出てくると、ヘリコプターから防護服に身をつつんだ人間がおりてくる。棒状のセンサーが理沙の身体にあてられるが、血液の量の低下とともに、一時的にウィルス濃度が薄くなっている状態であるため反応をしめさず、また亜梪美の遺体から高濃度のウィルスが感知されたことで、理沙にレンガの壁から出る許可がおりる。そうして理沙は開いたレンガの光かがやく穴に向かってふらふらと歩いていく。逆光で顔の見えないおおぜいの人間に拍手で迎えられながら……

 

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 というのが『セロトニカ』の概要である。

 一部で『バトルロワイヤル』ミーツ『進撃の巨人』なんて揶揄されながらも人気を博したのは、十代女子特有のどろどろした心理を徹底的に描ききっていたからである。この要素がふだんアニメなど見ない層にも受け入れられ、社会現象とまではいかないものの、深夜アニメの枠だけにとらわれない、裾野の広い支持を集めることとなった。

 物語序盤はアニオタたちもまだ様子見といった感じであった。とくに女子高生の心理の動きの複雑さは、男中心の彼らアニオタには水と油といったていなわけで、湖面の波紋のように静かに評判が伝わって、遠い向こう岸にいるはずの、ふだんアニメなど観ない二十代や三十代の女性たちが視聴者に加えると、よけいに彼らは「俺たちの聖域に来やがって」といじけて、いやいやあんなつまらんものを、とネガキャンを繰り広げたものである。しかし敵と思ったら味方、味方と思ったら敵という話の展開はやはり単純に面白いわけで、アニオタたちもしだいに否応なしに物語終盤に向かってヒートアップする理沙や亜梪美ともども疾駆していったわけである。

 放送が終了した直後に、理沙は途中から、あるいは最初から自分がウィルス保持者であることを知っていたのではないかという説が出た。橋枝君も制作スタッフではありながら作者の深い意図などなにも聞かされていないため、自腹でブルーレイを買って何度も観たが、たしかにそういう解釈が成り立つのである。

 地上波の放送を録画せず観ていただけのファンも、その説の真偽に駆られてブルーレイなりDVDを買い、結果的に『セロトニカ』は、軽く億を超える収益をあげるコンテンツとなったのだった。

 といっても橋枝君に特別ボーナスなど出ない。かわりにこうやって理沙と亜梪美をつかって投資詐欺をアピールするアニメをつくらされているだけだ。

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