【KAC20245】『私を離さないでね?』
小田舵木
【KAC20245】『私を離さないでね?』
「私を離さないでね?」彼女はそう言うけど。
私は。私は、この世界に居るために。
貴女は。私が生み出してしまった想像。
何時までも。貴女の手を借りて。この世界を渡る訳にもいかない。
何時かは。現実と向き合わなくてはいけない。
何時までも。現実から目を逸らす訳にはいかない。
でも。
私は彼女と。多くの時間を過ごしてしまっていて。
それは生活の大きな一部になっていて。
簡単には切り離せない。
今だって。鏡の前で。鏡の中に。彼女を見ている。
…本当は見えちゃいけない。そこに映っているべきは鏡対称の私の像。
私は鏡を打ち破りたい欲にかられる。そこに映る彼女を鏡と共に割ってしまいたい。
だけど。
そんな行為に意味がないのは分かってる。
彼女の像を結んでいるのは。私の脳なのだから。
私の脳が。孤独な私を癒やす為に創り出した虚像が貴女で。
私は今まで彼女に甘えてきた。友達が居ないから、彼女によく語りかけていたものだ。
だが。
私は。もうじき15で。いい加減、イマジナリーフレンドと戯れている訳にもいかないのだ。
いい加減、一人で現実を渡るべきなのだ。
友など要らない。私は一人で生きていく。
だからもう…消えてよ。
◆
私は。
誰にも見えない像に追いかけ回されている。
今だって。学校に登校しながら、一人なのに。隣には彼女が居て。
「ねえ。いい加減、無視するのはやめてよ」なんて。語りかけられている訳だ。
私はその言葉を無視して。遠くを見つめる。
決して。隣に視線を向けてはいけない。
隣に視線を移してしまえば。彼女が存在することを認めてしまう事になる。
だが。彼女はしつこい。
なんなら。私の肩をしつこく叩いて。存在をアピールしている。
ここで。言葉を発そうものなら。それで彼女の存在は確定してしまう。
だから。私は彼女を無視し続ける。
ああ。疲れる。
四六時中、私の傍らには彼女が居る。
いい加減、放っておいて欲しいものだが。
彼女は私が生み出した幻想で。私の脳にこびり付いてしまっている。
「ねえってば!!」彼女は叫ぶ。私の耳元で。
私は耳を塞ぐ。本当は塞ぐ必要などないのだが。
「私を無視しようたって無駄だよ?」彼女は私に告げる。
「私はね。貴女の脳みその中に住んでいるんだから。絶対に離れない」
「私を離せるものなら―やってご覧なさいよ」
◆
私は学校に着いて。教室に入って。
教室のノイズを浴びる。
昔はこれが大嫌いだったが。今や有り難いモノと化している。
なにせ。教室のノイズは。客観的に存在するのだから。私の傍らに居るイマジナリーフレンドとは違う。
私は教室の机に突っ伏す。
視線を上げていれば。彼女がしつこく視界に入ってくるからだ。
教室のノイズに耳を傾ける。別に内容はどうだって良い。
ただ。彼女以外の客観的な存在を感じていたい。
その内チャイムが鳴って。
私は机に突っ伏してはいられなくなる。
流石に。寝たフリをして一日を過ごす訳にはいかないからだ。
◆
私は一日を。彼女の無視に費やした。
授業中だって。お構いなしに語りかけてくる彼女。
…こんなに饒舌な
いや、最近
彼女は消えてしまわないように。必死に言葉を紡いでいるのだ。
全く。堪ったモノではない。
授業以外の時間を机に突っ伏して潰して。
私の学校での一日が終わる。
私はさっさと帰り支度をして。
学校を出てしまう。
ここからが問題だ。
学校で何かしらがある内は彼女を無視してられる。
だけど。今や私は暇であり。
油断すれば彼女が生活に侵食してくる。
「さ、学校はお終い…私と遊んでよ?」彼女は帰り道の私の周りを走り回る。
「…」私はそんな彼女を無視する。
大体、今だって。車に跳ねられる事もなく、私の周りを走り回っている彼女。異常なのだ。彼女が存在しない何よりの証拠である。
「私を何時まで無視するつもりか知らないけど―その内、寂しくなるんじゃないかな〜」
彼女は私を揺さぶる。
確かに。孤独を感じてはいる。困ったことに、私にはリアルな友達がいない。
それに。家族も居ないようなモノだ。父も母も昔から忙しくて。私に構っている暇などないのだ。
だから。私はイマジナリーフレンドを生み出してしまって。
そして。今はその処理に困っている。
◆
とどのつまり。
彼女は私の脳が生み出した幻想である。
それに最近気付いた―ってのは嘘。自覚的に私は彼女を生み出した。
私は幼い頃から内向的で。人と関わるのが苦手で。
気がつけば。虚空に向かって独り言を言う癖がついてしまって。
その独り言に自分で回答している内に。彼女の像が出来てしまったのだ。
彼女は私の一部だ。これは間違いない。
これを切り離すのは中々に難しい―
なんて。部屋でコーヒーを飲みながら考える。
その間も彼女は私の肩に
何ならその鼻息さえも感じてしまう。
私が。他ならぬ私が。彼女に肉付けをしてしまっている。
なれば…私が。その手で。彼女を殺すしかないのではないか?
首を締めて。彼女の息の根を止める―
それが安易な解決のように思える。
「でも。そんな事。貴女に出来る?」彼女は言う。
「…」私は応えない。応えたら、彼女の像は強まる。
「私はさー貴女の為に生まれてきたんだよ?」
「…」
「私は他ならぬ貴女が生み出したモノ。さて?殺せる?」
「…」
私は。私の脳が恨めしくなってくる。
私の認知の狂い。それが彼女を生み出し、存在せしめてしまっている。
医者にかかる事も考えた。
だが。私はまだ中学生であり。積極的な投薬治療は期待できない。
カウセリングを受けるハメになるだろう。
それじゃあ。今やってる事と変わりはないのだ。
認知の仕方を
他人の助けは期待出来ない、なにせ。私の脳内認知の問題なのだから。
「諦めて。私と暮らしなよ」彼女はベッドに寝転がりながら言う。
お断りである。他ならぬ貴女が存在することで。
私は現実に足を下ろせないでいるのだ。
私は彼女の上に寝転がる。そうやって像をかき消す。
だけど。彼女は煙のように消えて。ベッドの傍らに現れる。
「諦めの悪いこって」
◆
私は。
私の生み出した像を。殺さなくてはいけない。
そんな思いに囚われだして数日。
今日は学校が休みで。逃げる場所がありはしない。
私は部屋で。ベッドに寝転がりながら。
彼女の長広舌を聞いている。
「〜で〜が〜だから…」内容は頭に入ってこない。
なにせ。私は彼女をどう殺そうか悩んでいるのだから。
首を締めるのが一番安楽なように思える。
客観的なモノを使うわけにはいかない、なにせ、彼女は世界に存在しないのだから。
私は私の手で。彼女を絞め殺すしかないのだ―
◆
私は。決心を固める。
彼女を殺して。私から分離させる。
そうしないと。私は現実を生きれそうにないから。
私は部屋に居る彼女をまっすぐと見据える。
久しぶりだ。ここ最近は彼女の顔なんて見てなかった。
…こうして見ると―彼女は私にそっくりだ。
多分、私はオルタナティブな私を造形したのだ。
「やっと。私と向き合う気になった?」彼女はのんびりそう言う。
「向き合う、ね。ま、手荒いやり方になるけどねっ!!」私はすかさず彼女に飛びかかって。馬乗りになって首を締め込む。
首には。やはりリアリティがある。手触りがあるのだ。
…いい気分はしない。まるで自分の首を締めているかのようで。
「…」彼女は顔色ひとつ変えずに首を締められている。
「悪いけどさ。私も15になるから。現実と向き合わなくちゃいけない」
「…」彼女は抵抗しない。ジタバタと暴れてくれる方がマシだ。これじゃあ。一方的に殺しているかのようで。
「何とか言えば?」私は上から言葉を投げつける―
と同時に。
私と彼女は反転して。
彼女が馬乗りになって。私が首を締められている…
なんで?私が。私が。彼女の首を締めていたはずなのに―
「鏡…見てご覧よ。貴女が何をしているのか。客観的にね」
私は首を締められながら。顔を横に向けて。部屋の片隅の姿見を見る。
そこには。自分の首を締めている私の像があった…
認知としては。私は彼女の首を締めていた。
だが。現実は。私は一人相撲をしていたのだ…
ああ。私はとことん狂ってしまっている…
どんどんと首は締まる。自らの手によって。
「さあ。私を離さないでね」
「…貴女は。私をどうするつもりなの?」
「私の存在を奪う位なら―もう用はないかな」
「殺される…」
「殺しはしないよ。ただ。貴女から貴女を奪うだけ」
私の意識は遠のく。
そして―
◆
気付けば。
私は鏡の中に居た。
鏡の向こうには彼女…
主従が逆転してしまったのだ。
彼女は鏡に向かって微笑む。
「もう。二度と。私を離さないでね?」
「ま。もうそれも無理な話だけど。なにせ。貴女は私の認知の中にしか存在しないのだから」
こうやって。
私はイマジナリーフレンドと決別し損ね。
今や彼女の認知の中に閉じ込められている…
【KAC20245】『私を離さないでね?』 小田舵木 @odakajiki
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