第2話 帰郷
「着いた。ここだ」
四輪馬車の向かいに座っているキースが「はい」と小さく澄んだ声で返事をする。戦士見習いとして俺の下に配置された彼は10代中ごろで、腕前は半人前のさらに半分といったところ。普段はもう少し快活な様子だが、今は俺に気を使っているようだ。
馬車から降りると、変わらない村の姿が目の前にあった。簡素な木とレンガで作られた家々、収穫がほとんど期待できない小さい家庭農園、痩せている何匹かの家畜。
村人たちは俺を見ると、頭を少し下げてすぐに家へ入っていく。
「あっあ! 黒い服の戦士だ! かっこいい! 銀色の剣だあ!」
目を輝かせながら、幼い男児が俺を指さして叫んだ。彼の目には腰に差した銀色の柄が実際以上に、光を反射して見えているに違いない。
ごめんなさい、と男児の母らしき人が頭を下げ、男の子の手を取り、家に連れて帰る。王国には、特別な事情がない限り、喪に付す戦士には話しかけてはならないという決まりがある。そして、喪に服す戦士は、黒を基調とした服装が定められていた。
自然と、冷たく高い壁が村人たちとの間に作られる。
キースは、馬車の屋根に乗せていたカバンを両手にふたつ持ち、すっかり召使のように扱ってしまって忍びない。ごくろう、と声をかけると、ニッコリと白い歯を見せて「鍛錬になります」という。
村の奥から男性がこちらに歩いてくる。その姿は俺が村を出てくときに妹のことを気にかけてほしいと俺がお願いをした村長だった。
「この度は……本当に……と、突然、怪物がきて……」
村長が深く頭を下げる。
「……妹がどこにいるのかおおよその検討は?」
だいたいは、と村長は俯きながらいう。
「今から、行けますか」
もちろんです、と村長は答えた。
キースは宿に荷物を預けに向かい、村長とふたりで向かう。
村長の後ろをついていきながら、この村々にある妹と俺の記憶が止めどなく頭の中で再現されていく。涙が自分の頬をひとつ流れた。
派遣先でこれまでも、多くの人の遣り切れない涙を見た。
王国から病が消えた頃から……。
頻繁に各地の村々でこういうことは起きている。
遭難、不慮の事故、怪物の仕業で説明を付ける。
事件や事故は我々の出る幕ではない。
しかし、怪物の仕業となれば、我々、王直属の戦士が派遣される。
大悪党や怪物を退治するために我々は存在するだから。
だが、そこで我々が直面する事実。
それは、語ることはない事実だった。
派遣先には、怪物分布してい場所のこともある。
怪物がいても、人に興味すら示さない種類の怪物がいたことも。
この王国で一番、各地に派遣される戦士達が図らずも、この類の死に触れている。
流行病は王国を蝕んでいた。
治療方法が確立せず、感染を防ぐ方法も分からず、病を恐れるあまり感染したものを――。
王国から王が病を消し去った。これが、この王国の事実だ。偉業だ。
それに疑念を持つことは許されない。例え、親愛なる人を失くしたものでさえ。
高い木々に遮られ光が届かない森に入り、しばらく歩く。
やはり、何かがこちらを見ている。
村長は気づいていないようだ。これは、怪物の気配。敵意の有無は分からない。
だが、大物だ。感がそう告げる。
「離れてくれください! そいつは!」
怒気のこもった声に誰のこの声か分からず振り返ると、そこには、右肩が血で染まるキースがいた。
「キース、どうした!」
キースの返答が帰ってくる前に、地面を揺らすような唸り声が響く。森の鳥たちは一斉に飛び、俺はその瞬間、村長を守るために駆け寄る。
村長が俺のほうに振り返ると、その手には冷たく光る短剣が見えた。
考えに一つもなかった。腰に差す銀色の柄に手を伸ばす時間もない。
不意を突かれた。
目の前が暗くなる。
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