燃える曼珠沙華

猫又大統領

第1話 手紙

 返事がなくても、手紙を送り続けていれば……。

 この気持ちは、少しでも楽になっただろうか……。


 *** 兄さんへ

 兄さんからの手紙が届いたかどうかは、この便りの通りです。ちゃんと届きましたよ。行商の人が、村の入り口にある、大きな木下に置いていったそうです。直接、私に届ければいいのにと、思いましたけど、まだ流行病を行商人は恐れているのでしょうかね。

 それにしても、まさか、私宛に王様直属の戦士から手紙がくるなんてね。

 でも、このやり取りが発覚すれば、兄さんの中央での立場が悪くなるかもしれないと心配しています。中央と地方の連絡は身内の不幸を除いては許されていないのに。沢山の努力が水の泡になってしまう。大きく獰猛な肉食獣と格闘した日々も、高くそびえる山々を制覇したことも。私は知っているんです。あの努力も、この努力も。見ていただけですけどね。

 だから、だめですよ。

 

 でもでも、そうはいっても、不安でしょうから、妹思いの兄さんに近況を話したほうが安心すると思ってそのことを書きましょう。

 まず、兄さんの言いつけを守ってあの森にはいっていないよ。そもそも、村の掟で立ち入り禁止だもんね。絶対に入らないよ。でも、だからこそ、豊富な木の実や小動物が沢山いるだよ。たまに、覗いてるの。除くだけだよ。お腹が空いたら……。冗談ですって。行きません。噂だと森の奥には燃えるように咲く曼珠沙華があって、それは死者を蘇らせるって話だけど、覗ける範囲では見ないね。女の子は花が好きなので……行きませんけど……。本当ですよ。疑うと女の子に嫌われますよ。

 あと怪物が暮らすという話は子供の時からありましたよね。まあ、それも嘘でしょう。誰も見たこともないらしいじゃないですか、結局は誰も森のことを知らないから色んな話が飛び交うのでしょうね。ここは、戦士の兄さんが森に潜入して噂話を一刀両断してもらうしかない。そうすれば、豊富な食べ物が……ね。

 あと肝心の村の生活について……気になりますよね。

 村の人たちは、たった一人で生活する私に本当によくしてくれていますよ。この間はミラお婆さんから、自宅で採れた、小さくて黄色い果物を貰ったの。兄さんは皮ごと食べるのが好きでしたね。カムお爺さんの家からは、ピチピチの川魚とバスケットに盛りだくさんのキノコを貰ったの。もちろん、私の得意料理であり、兄さんの好物でもあるスープにして頂きました。癖でついつい二人分を作ってしまいました。太ったら兄さんのせいですからね。

 それに、村長さんは私のことを気に掛けてくれていて、私の様子を見に来てくれます。本が欲しいと会話なの流れでいうと、ちょうど村長同士の集まりがあるからと、地方都市にまでその本を買いに行ってくれました。勉強道具も、いくつか買ってもらいました。申し訳なくなるくらい良くしてもらっています。

 村長さんの土産話も大好きです。流行病は王様が克服宣言をされたので、近隣の村々を含めて少しは、活気が戻りつつあるそうです。王様は本当にすごい人ですね。

 兄さん。

 村の出世頭なのだからと張り切りすぎて体を壊さないでください。

 仕送りいつもありがとう。しっかり貯金しています。

 この通り。私は、大丈夫。

 

 私はね。前から言っている通り! 絶対この村に学校を立てる。そして、教師になるんだ。少し欲張りだと自分でも思うけど、必ずなるんだ! おまけに、生徒に兄さんのこと自慢しちゃうんだ。

  

 

 王様直属の戦士として中央にいったら、兄さんのことを知るのは難しくなると覚悟しているんです。していたんです。悪漢と戦うことになるかもしれない、どこかで怪物と対峙するかもしれと、朝な夕なに思います。怖いです。兄さんを失うのが。だから、考えてしまうのです。兄さん。どうか無事でね。

 手紙の交換はこれで終わり。

 これはひと時の夢だったと、思って。


 思いますよ。もちろん、私も。

 頑張ろうね。頑張っているよね。

 先で、会おうね。

 絶対。



***


 この妹からの手紙を最後に連絡は取っていない。それを、親愛なる妹への返答とした。

 それから、一年。

 数日前、村から手紙がきた。

 行商人からではなく、王国から正規に配達されたものだ。

 その内容は、妹が森で怪物に殺害された、と書かれていた。

 燃えるように咲く曼珠沙華と怪物の伝説が交差する森の中で。

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