羽根あるものへ悪態を

シンカー・ワン

Birds' Tale ~鳥の悪口~

 ギャウギャウと甲高い声をたてながら、十何羽もの大烏レイヴンがくちばしと爪とで襲い掛かってくる。

「ああもうっ、きりがないぞ」

 愛用の槍を振るい、大烏を迎撃しながら熱帯妖精トロピカルエルフが愚痴れば、

「まっ……たくだっ」

 柄尻の金輪に細縄を括りつけ、投擲しても手繰り戻せる仕様にした苦無でカラスどもを打ち落として忍びクノイチが同意する。

 迷宮保有都市バロゥの『斡旋所』からで来た依頼。

 『バロゥへ至る街道沿いの森に大烏が巣食い、近隣に害が出ているので速やかな駆除を乞う』

 正直、忍びら一党パーティのような、中堅どころが請け負うような仕事ではない。

 しかし、『指名』仕事は受けざるを得ないのが冒険者。課せられた義務の一環。

「この依頼、絶対に、嫌がらせ、ですよね。牛頭魔人ブルカプトの件で、問い詰めたの、根に持ってっ」

 『防御デフェンシオ』の奇跡を嘆願したあと、連結棍棒フレイルでまとわりつく大烏を掃って女神官尼さんが憤慨し、

「戻ったら……キッチリお話、しないとね」

 大烏を一掃するための真言魔法を準備しつつ、女魔法使いねぇさんがしたり顔で嗤う斡旋所職員を思い浮かべ、悪い顔で笑う。

 翼長が三フィート近くになる大烏レイヴン。学習能力が高く賢いが単体で見ればそれほど怖くはない。が、知恵の働く個体が群体になれば話は代わる。

 それらが手の届かない空から次々と襲ってくる脅威を想像できない愚か者は、手酷い代償を払うことになるだろう。

 とは言え、所詮はカラス。女魔法使いら常連枠レギュラーフレームが出張る相手ではない。

 新人枠ルーキーフレーム冒険者らが経験を積む、貴重な機会を奪うことになるからだ。

 冒険者たちの間にある、明文化されていないルールというべきものを、私怨から斡旋所職員という公的立場を使い踏みにじった。これは看過してはいけない行いである。

「首洗って待ってなさいよおぉぉぉ~」

 乱戦の最中、見事なユニゾンで暗い笑い声をあげる後衛組に、カラスたちよりも怖さを感じる前衛たちであった。


 数時間後、陽も傾いたころに大烏の群れは退治された。

 巣食っていた大木を見つけ出し、魔法で焼き払ったあと襲い来たものを迎撃、群れの八割は倒した。逃げ去った二割は想定の範囲。

 賢いカラスが全滅の道を、易々と選ぶはずもなし。

「……とりあえず全滅させろとは、依頼されてない」

 と、うそぶくのは女魔法使い。笑い顔が怖い。

「これだけ討ち取った証しがあれば、文句も言えないでしょうし、言わせない」

 こちらも悪い顔して笑う女神官。足元には大烏の羽根やら爪やらくちばしの一部やらがこんもりひと山。

 大烏の一部を手分けして麻の大袋に詰め、持ち帰る準備を済ませる一党。

女魔法使いねぇさんの魔法のありがたみ、しみじみ感じるなぁ」

 重量軽減魔法をかけられた、麻袋のひとつを担ぎながら熱帯妖精。 

「旧時代には空間に物をしまう魔法とやらがあったらしいですけどね。復活や再現させた使い手は未だいません」

 あれば随分便利になるんですけどね、と女魔法使い。こちらも麻袋を手にしている。

「大きさや重さを無効にする魔法の袋とやらは?」

 麻袋を背負い括りつけて、忍びが思い出したように問えば、

「あれも旧時代の遺物ですね。見つけられれば一生遊んで暮らせますよ」

 残ってればの話ですが、と物知りで世事に長けた女神官が苦笑気味に答え、少し離れた場所を通る街道に目をやり、それから遠いバロゥの方向へと視線を移したあと、

「これからバロゥに帰るのは……」

 方針を問うように頭目リーダーたる女魔法使いを見る。

 言いたいことはわかったと、軽くうなづき、

「近くの村で宿を取りましょう。で、朝一の乗り合い馬車でバロゥに帰る」

 宣言して仲間を見渡す。もちろん反対する者など無い。

 一党がどうにか宿に着いたのは、とっぷりと日が暮れてからだった。


「あ~、サッパリしたぁ」

「湯浴みが出来たのは幸いでしたね」

 宛がわれた部屋でベッドに、半裸で大の字になる熱帯妖精。女神官は下着姿で腰かけて、亜麻布で髪の水気を拭っている。

 宿にたどり着いたのは遅い時間だったがありがたいことに食事がとれ、一党が大烏を退治して来たのだと知ると、湯を沸かし浴びさせてくれた。

 宿のある村は大烏の被害を受けており、害を取り除いてくれた礼だと。

 小さな歓待だったが、疲れていた一党には嬉しい持て成しだった。

「汚れをサッパリと落とす魔法とかは……?」

「残念ながら、ない。あれば重宝するのだけどね」

 御伽噺の世界と言う女魔法使いに、残念がる問いかけた忍び。

 深底のたらいにいっぱいのお湯だったが、汗と最低限の身の汚れを落とすには充分で、一息つけた気楽さから会話も弾む。

「大烏とやり合ったのって初めてだけど、飛んでるのってやっぱめんどいな」

 日中の戦闘を思い出したのか、熱帯妖精が変顔をしつつこぼすと、

「飛んでくるのは大概が面倒くさい相手ですね。大烏もそうですが禿鷹ヴァルチャーとか大蝙蝠ジャイアント・バットとか群れ為してくるから対処が大変」

 これまた嫌そな顔しながら女神官。

「群れで飛んでくるっていうと、魔石像ガーゴイルとか小妖魔インプとか」  

「あ~、嫌だな~。ガーゴイルは固いしインプはチマチマ魔法打って来るし」

 横から忍びが加わり、熱帯妖精が返す。

竜蜻蛉ドラゴンフライ

 女魔法使いがぼそりと言えば、

「それだっ」

 一斉に返す三人。パッと笑いがはじける。

 笑いが治まったあたりで、

「飛んでもないし群れてもなかったが、蛇鶏コカトリスには不覚を取ったな」

 遠い目をして忍びが口にすると、

人面魔獣マンティコアも、飛ばないし群れないけどやりにくい相手ですよ」

 似たようなのが居たと女神官が受けると、

「あー、あいつは嫌だったなぁ」

「おや、もう対処済みでしたか?」

「三人のとき、一度」

 熱帯妖精が苦虫をかみつぶしたような顔して言い、応じた女神官に女魔法使いがさらりと返す。

 それから飛んでるのやら群れてるのやらの遭遇例が続き、わいわいがやがや。

 お喋りも楽しんで夜も更けてきた、そろそろ寝入り時か? って雰囲気になりかけた間際、

「あ~っ。羽根付き群れありで、ものすごくなの思い出したぁ~」

 髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きながら、熱帯妖精が心底嫌そうな顔をして喚く。

 ベッドに横になろうとしていた面子が、なんだなんだと体を起こし、吐き出したくてたまんないって風な熱帯妖精をうながす。

「ウチがまだ小っちゃかったころなんだけどな~、村に近い断崖に醜女鳥ハーピーどもが住み着いたことがあって……」

 余程嫌な思い出なのか、眉間にしわを寄せ嘔吐するような顔をする熱帯妖精。

「醜女鳥……。あ~、それは難儀でしたね」

 女神官が眉をひそめ、心底同情する口調でうなづく。

 ふたりが呼ぶ『醜女鳥ハーピー』なるものがわからず、女魔法使いねぇさんに尋ねるような視線を送る忍び。

 心得たとばかりに軽く胸を張り、女魔法使いが解説を始める。

醜女鳥ハーピー。腕以外の上半身が人族の女に酷似していて、他の部分は禿鷹って魔獣。体長は脚を延ばして四フィートほど、翼長は五フィート強。口が耳元まで裂けてて醜悪な面構え、衛生観念が低いのでとにかく汚い臭い。湖岸や海岸の高いところに群れで巣くう。雑食だけど肉を好む。空から忍び寄って襲ってくる」

 スラスラと流れてくる蘊蓄うんちくに聞き入る一同。忍びは初耳の生態に感心し、女神官と熱帯妖精はうんうんとうなづいている。

 説明は続き、

「牝しか産まれないので繁殖には他種族を使う、対象は主に人族が多い。群れで動く・汚い・他種族の異性を襲うところから空の小鬼ゴブリンとも呼ばれてる。仇名でわかると思うけど、とにかく性質たちが悪いので有名」

 相手をしたいとは思わないランキング上位と付け加えて、女魔法使いの説明会は終わった。

 皆で小さな拍手をして称えたあと、

「ほんっと~に性質たち悪くてなぁ、すげぇメーワクしてた」

 忌々しげに吐き捨てる熱帯妖精。

「網を破る、道具を壊す、干物は盗む。子供をさらおうとしたことが何度もある」

 憤慨しつつ言葉をつづけ、

「なによりだったのが、あいつら決まって人に向かってフンしやがるんだ。臭いわ汚いわでたまったもんじゃなかっぞ!」

 当時を思い出したのが、腕を振り回して激昂する熱帯妖精。

 最後の言葉に「あぁ~」って顔をし、慰めるようにポンポンと彼女の肩を叩く、女魔法使いと女神官の精神的年長者ふたり。

 子供のころや旅の途中での『空の贈り物』体験から、子供サイズの物体から排泄されたモノが降ってくる様子を思い浮かべ、熱帯妖精に深く同情する忍び。

「我慢の限界が来て村総出で追い払ってやった。あいつらがキーキー啼きながら逃げてくさまにゃスッキリしたなぁ」

 ようやく溜飲が下がり興奮も収まった熱帯妖精を、よしよしと撫でる女魔法使いねぇさん

 横から女神官が飲み物を差し出し、忍びも携帯食の甘味を分ける。

 上げ膳据え膳にもてなされ、なんだかいい気分な熱帯妖精。

 ほんわかと、場がゆるんだところで頭目が〆る。

「朝も早い、備えてそろそろ眠ろう?」

 羽根あるものへの言いたいことはだいたい吐き出し、昼間仕事のうっぷんも晴らした。あとはしっかり眠って疲れを取ろう。

 灯りを落とし「おやすみ」と声を掛け合い、とこで横になる一党。

 寝て起きたら街道馬車に乗ってバロゥだ。

 活動拠点に戻ったあと、やるべきことを思い、人の悪い笑みを浮かべる年長組。

 前衛たちはそんなことを知らず、スヤスヤと寝息を立てるだけだった。

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