現代女子高生の箒乗り事情

家葉 テイク

一般的ファンタジー世界+五〇〇年くらい

「離さないでよ!? 絶対に離さないでよね!?」



 ──本日何度目かになる悲鳴じみたその問いかけに、俺はげんなりとしながら空返事を返していた。



 いまどき、魔法の箒での有人飛行なんてものはちっとも珍しくなくなった。

 箒メーカー各社は箒の材質強化や価格競争に余念がないし、飛行魔法を司る術式メーカーは安全オプションやら何やらゴテゴテと装飾によって差別化を図るような段階。既に業界はレッドオーシャンとなって久しいだなんて言われたりもしている。


 まぁ、そんなのは別に業界人でもなんでもない俺達からすれば関係のない話なんだが──ここで大事なのは、それくらいに『箒で空を飛ぶこと』が今の時代はありふれているということで。

 数十年前は『箒での飛行は女性の嗜み。男性が箒を使うのはみっともない』なんて性差別一直線な言説もあったりしたわけだが、ジェンダーフリーの昨今ではどこにでもいる平凡な高校生の俺ですら通学に箒を使うレベルである。


 ただ、『誰だって使っている』『ごくありふれた乗り物になっている』というのは、決して『誰であろうと使える』ということは意味しないし──

 『男性が使っても何もおかしくないようになった』というのは、『女性の方が扱いに優れている風潮が消えた』ということを意味しているわけでもなかった。



「ねえ!! ちゃんと掴んでる!? 掴んでるわよね掴んでなかったらぶん殴るわよ!!」



 ──で、冒頭の喚き声に思考が戻ってくるわけだが。



 もうここまで長々と話したので簡潔に現状を説明すると。



 俺は、箒に乗ることができない幼馴染に箒の乗り方をレクチャーしているのだった。



「……別に乗れなくてもよくねえ? 箒に乗れなくたって人生に何の影響もねえよ……」


「乗れなくて!! いいわけが!! ないでしょうがっっっ!!!!」



 幼馴染──美亜ミアが箒に跨りながら雄叫びを上げる。

 俺は思わず耳を塞ぎそうになって、箒を掴んでいて両手が塞がっていることに気付いた。



「あっ!! 離さないでよ!? 離さないでね!!」


「うるせえなあ…………」



 俺は半ば辟易としつつ、言い返すとさらにうるさくなるのでそれ以上の抵抗はせず、箒の後部を掴んでゆっくり押してやる作業に戻る。

 正直、面倒くさい。せっかくの土日なのだ。正直に言えば、部屋でゴロゴロしながら水晶でも見てのんびり過ごしたい。


 ただ──こいつがこれだけ本気になっている理由も分かっているので、無碍にもできなかった。



「…………だって、仕方ないじゃないっ。……来週には、おばあさまがいらっしゃるんだもの」



 ──美亜の家は、代々箒乗りの家系だ。

 代々、といっても実際に箒乗りだったのは美亜の祖母の代までで、その娘にあたる美亜の母はただ『乗れる』というだけらしいが。

 それでも美亜の祖母はそれはもう凄まじい箒乗りだったらしく、いつだかのピューティックでは金メダルを獲ったほどだそうだ。東洋の魔女だなんて呼ばれたりもしたそうな。

 で、普段は勝ち気全開の美亜も、このおばあさまにだけはベタベタに懐いており。そのおばあさまに『今度一緒にツーリングしましょ』なんて言われてしまったものだから、箒に乗れもしないのに二つ返事で応じてしまったのだった。


 そうなると、困るのは美亜だ。

 大好きなおばあさまに二つ返事で応じた際に、よせばいいのに『私箒乗るの大好き!』とか言っちゃったらしく。

 その嘘を現実にする為に、幼馴染である俺がこうして駆り出されているのだった。


 それだけなら、まぁ俺も知らんと突っぱねてやればいいのではあるが……。



「じゃあ、さっさと乗れるようにならないとな。俺の土日を潰さない為にも」


「結局そこなの!?」



 あえて一言余計なタイプの俺に憤慨しつつ、美亜は前傾姿勢になって構える。


 ……あー、えー。



「……美亜さん美亜さん。肩に力入りすぎ。そんで箒の掴み方が歪だから、身体が傾いてる」


「えっどこどこ!!」


「慌てて手ぇ離すなボケぇ!!」



 俺の指摘にさっと手を離しかけた美亜に、檄を飛ばす。

 こいつ、俺が持ってるからってあまりにも危なっかしすぎるだろ……。


 ……んー。



「背中が丸まってると、バランス感覚が掴めないぞ。背筋を伸ばす。ハイ!」


「わっ、はい!」



 声を少し張ると、美亜は言われたとおりに背筋を伸ばす。

 すると本当に、分かりやすく姿勢のブレが減った。おお……マジでちゃんと良くなった。流石だな。



「良い感じだな。えー、箒の握り方は、握り込むんじゃなくて指を引っ掛けるイメージで。肩から肘まで腕は一直線の棒にするイメージ!」


「和郎、教え方めちゃくちゃ上手いね…………」


「…………ま、まぁな」



 箒に乗れないとはいえ、流石に箒乗りの家系だけあって筋はいい。

 言われたことをどんどんと吸収して、みるみるうちに箒乗りのスタイルが改良されていく……のだが。



「おい、肩に力が入って来てるぞ」


「うわっ!?」


「背筋が丸まってるー」


「ひゃっ!?」


「肘曲がってる!」


「わちゃかな!?」



 ……なんかよく分からない悲鳴が響きつつ、あちらを直せばこちらが直らずといった攻防がしばらく続いた。

 まぁ、ちょっと教えた程度で箒に乗れるようになったら、コイツも今こうやって必死になってないんだよね。


 結局、美亜の箒乗りが形になったのはそれから数時間後、すっかり日が落ちて夜が訪れた頃だった。




   ◆ ◆ ◆




「あー……疲れた」



 その晩。

 俺は自宅の屋根の上に乗って、月を眺めながらぼけっとしていた。

 結局今日一日は美亜のレクチャーで潰れてしまったな。まぁ、この借りは今度返してもらうと言質をとったので、それは別にいいのだが。

 これで来週の『おばあさま』とのツーリングも上手く行くだろう。俺の任務も無事完了、である。




「────ヒィッヒッヒッヒ、おつかれさん」




 と。


 ぼけっと月を眺めていた俺に、そんな声がかけられる。


 ふと視線を横にずらすと、そこにいたのは箒にまたがった黒衣の老婆────掛け値なしの『魔女』だった。



「…………ちと伝統的すぎやしませんかね?」


「細かいこと気にするねェ。こんなモンは個人の好きにさせとくもんだよ。たとえババァがビキニ着てたとしてもね。それが自由ってモンさ」


「ロックすぎるでしょ……」



 ヒッヒ、と笑いながらその魔女──美亜のお祖母さんは、音もなく我が家の屋根の上に降り立った。

 ……一応泥棒対策で家人以外が屋根に降りたら警報が鳴るようになっているはずなんだけど、当然のように作動しなかった。プロの魔女怖すぎるだろ……。いや、もしくはこのばあさんウチの防犯魔法に登録してるとかか? だとしても怖すぎるだろ……。



「や、



 そう言って、ファンキー魔女は普通のおばあちゃんみたいな優し気な笑みを浮かべた。



「……別に、大したことはしてませんよ」



 それに対し、俺はぶっきらぼうに答える。


 ──大前提の話をするが。

 俺は確かに箒に乗ることはできるが、その腕前は別にさして優れたものじゃない。


 精々一人乗りが不自由なくできる程度で、それだって子どものときに自然と覚えたものだから、いちいちコツなんて気にしながら乗ったことは一度もない。

 では何故、今日のように俺が美亜に手取り足取り箒乗りをレクチャーできたのか、だが。



「だって、今日指示していたのはお祖母さんじゃないですか」



 それは、このばあさんが遠隔から魔法で俺に指示を飛ばしていたからだ。


 そもそも、美亜のあからさまに挙動不審な態度にこの魔女ばあさんが気付かないはずもなく。このばあさんは挙動不審な美亜の態度から、実はあやつが箒に乗れないであろうことを悟って、彼女の自尊心を傷つけない形で助け舟を出す為に俺に協力を求めたのだ。

 俺の方もまぁまぁ、過去の色々でばあさんと繋がりがあったもんなので、魔女ばあさんの頼みに応じて今に至る……と言う訳である。



「だとしても、だよ。逆に言やあ、今日アタシがやってたのは指示だけさ。実際に心を砕いてあの子の面倒を見たのはアンタだ。実際、面倒ではあっただろう? 本当のことを言っちまえば簡単だったろうに、それでもアンタは黙ってあの子の尊厳を守った。そいつは感謝に値するよ」


「……別に、そんな特別なことじゃないでしょう」



 俺とアイツは、幼馴染同士だ。

 そのアイツが大切なことの為に頑張りたいってんなら、そこの心意気を色々と汲むってのは、俺にとってはそこまで大それた気遣いじゃない。きっと、あっちだって同じように思っているはずだ。

 だから、こうやって持ち上げられると、その……照れ臭くなる。



「ヒッヒ。こりゃあ、あの子はとんだ上物を捕まえたようだ」



 そんな俺を見て、ばあさんは楽し気に笑う。


 そしてふわりと月夜に浮かび上がりながら、こんなことを言ったのだった。



「来週のツーリングの時にはよく言っておくよ。『あの色男、絶対におくんだよ』ってね」

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