ずっとはなさないで欲しかった

三愛紫月

一生一緒

風船のように手を離せば一瞬でいなくなるような関係だった事を今になってハッキリと気づいた。


君の隣にいるのは、ずっと私だって信じていた。

私のポジションだったって信じていた。

だけど、違った。


些細な事がきっかけで喧嘩をした私達の針の穴ほどに出来た隙間を彼女がぬってやってきたのだ。

彼は、一瞬で彼女に向き合い。

私を捨てて去って行った。



「好きな人が出来た」


たった一言で、私と一緒に暮らした10年をないものにしようとしたのには驚いた。


「それだけじゃないよね?他に言う言葉あるよね?」


問い詰める私に彼は黙ったままだった。

惨めな思いをするのは、惚れた方?

悲しい思いをするのは、惚れた方?


「黙ってたらわからないんだけど」


大声を張り上げた私に「ごめん」と小さく呟いて彼はこの家を出た。

一生一緒にいれると思ってたのに。

ずっと私の事を離さないで欲しかっただけなのに……。

彼は、二度とこの家には帰って来なかった。



「荷物を取りに行って欲しいって言われたの」


やってきたお義母さんは、彼の荷物をダンボールに詰め始める。

申し訳なさそうな顔をしながら、彼の物をしまっていくお義母さんは小さくて今にも消えてしまいそうだった。


「ごめんなさいね。これは、どこにあるかわかるかしら?」

「それですね。それは、ここにありますよ」

「ありがとう。ごめんなさいね。あの子が本当に……」

「いえ、お義母さんが謝る事じゃありませんから」


お義母さんに謝ってもらっても、私のこの胸の傷は癒える事はない。

あの日、喧嘩をしなければ彼はこの家に今も居たのではないかと思うと悲しくて辛くて……。

どれだけ泣いても、この傷は埋まらないのがわかる。


「これで、あの子のは全部かしら?」

「確認しますね」


荷物を纏め終わったお義母さんに声をかけられて、彼の物が残っていないか確認した。


「大丈夫そうです」

「もしも、何かあったら私の所に送ってもらえるかしら?」

「わかりました」

「慰謝料などについては、あの子が今、弁護士を探しているから……。少し待ってね」

「わかりました」


慰謝料なんかより、私は彼に戻ってきて欲しかった。

お義母さんは、深々と頭を下げて帰って行く。

その後ろ姿は、来た時よりもさらに小さくなっていた。


これが、お義母さんと会うのが最後だ。

最後なのに優しい言葉の一つも言えなかった。


家に入り、ダンボールの積まれた彼の部屋を見つめる。

たくさんあった彼の物達は、何一つなくなってしまった。

明日には、宅配業者がやってきて彼の荷物は本当になくなってしまう。

その時、私はどんな気持ちになるのだろうか?

今は、まだ知りたくない。

わかりたくない。

まだ、彼を愛しているから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ずっとはなさないで欲しかった 三愛紫月 @shizuki-r

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ