第4話 見える聖女
「見え、てる……?」
ぽろりと溢れた僕の呟きに、子どもは頷いた。
ひえっと僕の喉から気まずい息が漏れる。
「み、見えてるの⁉︎ 聞こえてるっ⁉︎」
驚きのあまり身を乗り出して大声を出してしまった僕に、子どもはビクッと肩を竦めた。
「あっ、ごめんね! 怒ってるわけじゃないよ。ビックリしちゃったんだ。僕のこと分かる人いなかったから……その、教えてくれてありがとう」
極力穏やかな声音を意識して、僕は言う。
子どもを安心させようと笑顔を取り繕い「ゆっくり食べてね」と伝えると素早く火山ジオラマから離れた。
「まじか……」
顔を押さえてしゃがみ込み、呻く。
見えてる? 聞こえてる?
いつから? 最初から?
「聖女だから?」
グルグルと頭が回る。
あの子は僕を認識できる。
その上で、今後は動かなきゃならない。
「うううぅ……。申し訳ないけど、声を治す道具を作るのは保留にさせてください。本当に、本当に申し訳ないっ」
心苦しいが、この子が僕の存在を認識する以上こちらも動き方を慎重にしなくてはならない。
それこそ、本当に邪神や守護神と勘違いされたら困る。そもそもジオラマと異世界が繋がってるなんて奇妙奇天烈なこと、小さな子に説明しても分からないだろう。
変な誤解が生まれて、厄介ごとが増えるのは御免被る。
僕が見えるせいでこの子が余計に辛い目に遭うのも、絶対に避けたい。
「それに、僕が作らなくても声を治すアイテムがあるかもしれない。正直、今後のことを考えるなら、僕が治すよりも聖王に治してもらうのが一番丸く治るのでは?」
ドラゴンが子どもをどこまで育てられるか分からない。
聖王は国を綺麗にする気満々だし、子どもが本物の聖女なら、聖王と繋がりがあるほうが将来は安泰だ。
「あの聖王なら悪いようにはしないだろう。むしろ、率先して手を差し伸べてくれと思うんだよね」
聖王も聖女も、国の犠牲者同士だ。
そう思うと胸が痛んだが、これは僕の痛みではない。切り替えて、僕は僕のできることをやろうと拳を握り締める。
「どうにかして、二人を会わすことはできないかな?」
僕が運んでジオラマを行き来させる……なんて暴挙はさすがにできない。
僕はこのジオラマ内のことしか見えない。
だから、異世界側で出会ってくれれば嬉しいけど。
「ああ、やめよう。いま考えてもまとまらない。いまは目の前のことに集中しよう」
僕は子どもの服を探しに向かった。
前に作った童話衣装の中から、エプロンドレスを持ってくる。
これなら動きやすいし、異世界でも違和感ないんじゃないかな? この間、聖王がメイド服を着ていたので、こういうデザインの服はあるはずだ。
「身体も拭き終わったかな?」
僕はそろりとジオラマを覗き込む。
綺麗になった背中が見えて、僕は即座に目を瞑って顔をジオラマから離した。
重い溜め息が落ちる。
「予想はしてたけどさあ、あの子の環境からして、プライバシーはなさそうだもんね」
躊躇なく裸体を晒すのは子どもだからというわけでもないだろう。それが当たり前の環境にいたからだ。
しかし、今後はプライバシーを重視し、自分を大切にすることを学んでもらおう。
僕はそっぽを向いたまま腕だけをジオラマに伸ばして服を落とす。
「ごめんね。これ着てくれるかな? 着方が分からなかったら、もうひとつ落とすからそっちを着てね」
僕はバスローブも追加した。
エプロンドレスの着方が分からなくても、バスローブはドラゴンに着せていたので本人も着られるはずだ。
「ああ、よかった。エプロンドレスが着られたか」
しばらくしてからジオラマを覗くと、子どもはエプロンドレスを着用していた。ちょっとリボンの結び方がおかしいけど、満点です。
「櫛と鏡と、あとなにが必要かな?」
というか、火山ジオラマでこの子が暮らし続けるのは酷じゃないか?
いまはポーションの効果があるけど……考えれば考えるほど大変そうで、僕の眉間の皺は濃くなっていく。
「ドラゴンはやる気ねえし」
子どもにあげたはずのバスローブを抱き締めて、ドラゴンは寝ていた。
下僕の管理をするとか息巻いてたけど、本当にこの子のお世話をできるのか。心配しかない。本気で。
「僕がサポートできるところはするしかないか」
僕は溜め息を吐く。
「あれ?」
子どもがうつらうつらと船を漕いでいた。
お腹も満たされてドッと疲れが出たのだろう。
僕はベッドを用意しようとして、少し考える。
「ベッドで寝たことなんてなさそうだし、ただでさえ慣れない環境って気が張るものね。眠りが浅くなるのは可哀想だ」
僕はフワフワのミニチュアクッションを摘み上げた。
丸いクッションは子どもの体格からすると十分に大きい。
「これ、使って寝てね」
子どもは目の前に置かれたクッションにギョッと目を剥く。本当に使っていいのかと言わんばかりにアワアワと慌てふためき、なかなか触らない。
やっぱりなあ。クッションでこの反応となると、ベッドを使えるのはまだ先かなあ。
驚愕のあまり眠気が冷めた様子の子どもはクッションをツンツンする。
僕とクッションを交互に見たあと、子どもは手を組んで僕に祈りを捧げた。
「ゆっくり休んでね」
僕がいては落ち着かないだろうから、火山ジオラマからそっと離れる。
「ちょっと問題だなあ」
これまでとは状況が違う。
僕だけでは解決できない事態だ。
「今後、どうするかあ」
どうにもならないけど、どうにかするしかない。
「あのドラゴンがもう少し子どもに興味を持ってくれたら嬉しいんだけど、無理かなあ。はあ、なんか疲れた」
僕も疲労感に苛まれ、癒しを求めてフラフラと料理店ドールハウスに向かう。
そして、ガクッと膝から崩れ落ちた。
「い、いない……」
ケットシーたちは一匹残らずいなくなっていた。
僕は涙を堪え、スマートフォンに手を伸ばす。動画フォルダを開けば、そこにはニャンニャンパラダイスが映っていた。
「ッスウ――――……まじ、まじで、ありがとうございます」
僕は幸せを噛み締めながら動画を舐めるように凝視する。
多幸感に酔った僕は萌えポイントを切り抜き、編集し、SNSにアップ。
それはストップモーション・アニメーションとして恐ろしいほどバズった。
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