第3話 ケットシーの魔法のスープ

 手の平に乗るサイズのケットシーたちが、料理店ドールハウスをうろちょろしている。

 ししししししかも、スカーフをしていたり、コック帽を被っているんだよ!


「ふぐぁああああっ……!」


 トキメキの過剰摂取!

 ぼ、僕は興奮のあまり飛び出しそうな心臓を服の上から強く押さえた。ハアハアハアハアッ……


「おおおお落ち着け! ぼ、ぼかぁカツ丼一筋だ! わがまま王子様のプリティ坊やにゃんにゃんカツにゃんにすべてを捧げてる! 猫カフェだって一度しか行ってない! 落ち着くんだ! うおおおおおおおおっ鎮まれええええええっ!」


 カツ丼のあられもない姿……じゃなくて、可愛い姿を思い浮かべ、僕は平静を取り戻す。


「コック帽被ったカツ丼にご飯作ってもらいてえええええええっ!」


 あの坊やはゼッテーにダークマターしか作れねえ気がする!

 妄想の中で、コック帽を被ったカツ丼がダークマターを僕に差し出してくる。妄想の僕はそれを笑顔で食べて、泡を吹いてぶっ倒れた。幸せだ。


「よし、落ち着いた」


 スン、と我に返る。

 お鍋をグツグツ。お肉を切って、サラダも作って、ピザをクルクルするのも御手のもの。

 ドールハウスのキッチンを使いこなしているケットシーたちの可愛さにゲヘゲヘと顔面が崩壊しそうになるが、カツ丼への愛でそれを抑えて僕は本来の目的のために動く。


「僕が作ったミニチュア料理は……これだな」


 パカリと真ん中から開いている料理店ドールハウスは左側がキッチン、右側がホールになっている。

 ケットシーたちがワイワイとしているのはキッチン側。ホールにいるのは一匹だけ。


 モップを持ってせっせと掃除に勤しむのは、いかにも見習いっぽいケットシー。

 僕はその子にぶつからないようにテーブルに置いてあるスープ皿を摘み取った。


「にゃう? ん、んなぁっ!」


 見習いケットシーからすれば、突然スープ皿が宙に浮いたように見えたのだろう。

 尻尾をボワッと膨らませて、へっぴり越しで「んにゃ、んなぁん!」と困惑している。


 ううぅ……ごめんよお。

 アーモンド型の瞳が潤む。

 そんな目で見ないでくれええええええっ!

 助けてくれ! キュートアグレッションだ!


「ひぃひいぃ……」


 動悸、息切れ、吐き気と眩暈に身悶えつつ、僕はミニチュアに戻ったスープをしっかと握り締めた。

 そして、反対の手で素早くスマートフォンを操作!

 動画にして、料理店ドールハウスの前に設置!

 盗撮じゃないです!

 自分の作品を撮ってるだけです!


「ごめん、お待たせ!」


 永遠に眺めていたい気持ちをぶん殴って火山ジオラマに戻る。


 子どもは吐瀉物を片付けようとしたのか、しかし熱い地面ではすぐに乾いてしまい、どうすればいいか分からずオロオロしていた。

 ドラゴンは欠伸を零して我関せず。

 急に現れたスープにも無関心。世話するんじゃないのか!


「テメェ、あとで豆本で育児本作ってやるからな!」


 それとも、邪神ならぬカツ丼をここに召喚して、お前を自動猫じゃらし代わりにして猫パンチの餌食にさせてやろうか?

 ミニチュアを誤飲したら危ないから、連れてこられないけどさあ!

 うちのカツ丼は、我が家の邪神だからな!

 マジで! あの我儘自己中っぷりは崇めたくなるほど清々しいから! そこが可愛いけど。


「暴論上等! 僕は生贄に人権を主張する!」


 プンプンと鼻息荒く、僕は子どもの前にスープを置いた。

 子どもは驚いて、周りを見渡す。


「どうぞ。毒なんて入ってないから安心して食べてね。邪神様からのプレゼントだよ」


 なーんちゃって。

 口走った瞬間、子どもがバッと上を向いた。


 前髪の隙間から、猫みたいに大きな瞳が僕をジイッと凝視する。

 子どもは祈るように手を重ねてから、スープを飲み始めた。


「気のせい、かな?」


 目が、合った気がした……。


「まさかね。あり得ない」


 ジオラマにくる異世界人は、僕を認識できない。


「服が必要か。その前に身体を拭くものかな?」


 気のせいだと自分に言い聞かせて、替えの服を準備する。


「猫足バスタブをあげたいけど、きっとお風呂には慣れてないよねえ。身体を拭けるように……あっ! ガチャの銭湯セットがあったよね」


 僕はガチャでゲットした銭湯セットを持ってくる。

 それだけじゃない。

 レジン、着色剤、ドライフラワーを引っ張り出してきた。


「身体を清潔に保つ温泉水……だけじゃ、ちょっとな。ここはもう、意図的にチートアイテムを作ってやろう!」


 僕は腕捲りをして、初めて自らチートアイテムを作る決意をした。


「邪神って言われちゃったし、それなら世界の秩序を狂わせてやる!」


 僕は紙コップの中で透明なレジン液を薄緑に着色する。


「身体を清潔に保つ温泉水は、実は古傷やアザなんてのも綺麗サッパリ消してしまう魔法の温泉。その温泉は山奥にある秘湯。だから、周りにはたくさんの薬草が生えていて、それが温泉に混ざるとさらに効果が強まるんだ」


 妄想を膨らませながら、僕は次にドライフラワーをピンセットで千切っていった。


「その温泉水に触れたら、なんかこう、とにかくすごい! 肌プルプルで髪サラッサラになる! とにかく美容チートになーれ!」


 毎日ちゃんと水を飲むのは尿路結石が怖いからという理由の僕に、美容のことはよく分からないが……

 美容チートと設定すれば、補正でどうにかなるだろう!


「チートになれーチートになれー」


 念を込め、僕は色付いたレジン液をタライに少し流し込む。それからドライフラワーをパラパラ。さらに上からレジン液をたらーっと。


「よし! 美容チート温泉水ミニチュアの完成だ!」


 クラゲを逆さにしたような、よくある銭湯マークがついたタライ。そこにはたっぷりの薬草入り温泉水が入っている。

 本当ならレジン液を乾かすのだけど、本物になるならこのままでも大丈夫だろう。レジン液じゃなくて、オイルを使えばよかったかなあという今更のツッコミは自分の胸にしまっておく。


「ふっふっふ、こんなものが世に出回ったら大変なことになるだろうなあ。御婦人方が、喉から何本も手を出したくなるほどの、最高の美容チートアイテムだぞ!」


 タライ、タオル、ミニチュアの風呂椅子を子どもの前に設置した。


「スープを食べ終わったら、これを使って身体を拭いてね。椅子も使っていいから」


 皿に直接口を付けてスープを堪能していた子どもは、手を止めて僕のほうを見た。

 今度は確実に。

 間違いようもなく、しっかりと、僕と目を合わせて頷いた。

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