第2話 捨てられた聖女
「おおっ邪神様! 大切にしますじゃ!」
「違う! 着ろ!」
バスローブを着る気配がないドラゴンに、全力でツッコんでしまったその時。
子どもがドラゴンの脇腹を控えめに突っついた。
「なんじゃ?」
ドラゴンが鋭い眼光で子どもを睨む。
長い髪で顔が隠された子どもは表情が読めないが、肩を跳ねさせて明らかに怯えた様子を見せた。しかし子どもはすぐにバスローブを指さして、それを着るジェスチャーを始める。
それでも理解しないドラゴンが訝しげに目を細めると、子どもはバスローブを貸してと言うふう両手を差し出した。
「なんとがめつい! これは我が邪神様に賜ったものじゃ!」
「っ!」
怒鳴られた子どもは激しく首を横に振る。
跪いて、今度は頭を下げた状態で両手を出した。
それは、まるで召使のようだ。
ようやくドラゴンはピンときたらしい。ドヤ顔になって、ぞんざいにバスローブを子どもに投げ付けた。
受け取った子どもはすぐに立ち上がる。
慣れた手付きでドラゴンにバスローブを着せていった。
「下僕の自覚はあるようじゃな」
ドラゴンが満足げに言う。
子どもは従順に頷いた。
僕はポーションを飲む前の子どもの身体を思い出し、眉根を顰める。
小さな子どもが当たり前に大人の世話をできるなんて有り得ない。
異世界ジオランドが優しくないのを、僕はもう知っている。
意図せず重い嘆息が溢れた。
ピクピクと怒りに震えるこめかみを揉む。今度は自発的にふかーくふかーく息を吐いた。
「我の贄として運ばれてきたからてっきりただの餌かと思ったが、躾けられているのじゃなあ」
それを躾とは言わねえよ。
躾ってのは、身を美しくするって書くんだ。
まあ、異世界の言葉が僕に理解できる言語に変換されて聞こえているだけだから、文字の形は違うだろうけどな。
「あー、胸糞悪っ」
落ち着いたつもりだが、立った青筋が消えねえや。
「はて? お前、話せぬのか? しかもこれは、呪いか? ほうほう。お前……本物の聖女か!」
ドラゴンが子どもを眺めて、興味深そうに言う。
「
ドラゴンは楽しそうに大笑いした。
僕は、頭の血管が切れそうだ。
「よいか聖女よ。いや、元聖女よ! お前を助けたのは邪神様じゃ。今後お前が崇めるのは守護神ではなく、邪神様である! そして、我に尽くすのじゃ!」
子どもは大きく頷こうとして、先に腹が鳴った。
すると、子どもはなにかに怯えるように頭を下げる。その行動から、彼女が置かれていた劣悪な環境の様子が垣間見得てくる。
ああああっ治療したはずの歯がいってえ!
思わず奥歯を噛み締めてしまった僕は、力のこもった顎をさする。
「人間は食わんと死ぬんじゃったな。これでいいか?」
ドラゴンは大股で宝の山に向かうと、そこから黄金のりんごを持ってきた。
子どもは恐る恐る黄金のりんごを受け取る。
「えっ、それ食べられるの?」
宝の山を作ったのは僕だ。
火山地帯ジオラマは宝を守るドラゴンの巣というイメージで作った。
マジでドラゴンが住むとは思わなかったけど……それは一旦置いといて。
「宝の山にある物は大雑把なイメージで作っちゃったけど……黄金のりんごって食べ物判定なのか?」
首を捻る僕の目の前で子どもはりんごに齧り付く。艶々の林檎には歯形どころか傷ひとつつかない。
「やっぱり、食べられないか……」
てことは純金?
でもりんごサイズの純金とか凄まじく重くないか?
とか不思議に思っていると、ドラゴンが「軟弱じゃのう」と横からりんごを掻っ攫い、一口齧った。
「ほれ、中身は食えるじゃろか」
ドラゴンは雑な噛み跡がついた黄金のりんごを子どもに返す。
曝け出された断面は普通のりんごだった。
また奇妙なファンタジーりんごだなあ。なんて感心していると子どもがりんごにがっつき始めた。
よほどお腹が空いていたらしい。
「しっかし、これまた厄介な呪いじゃのう。我には解けん。我の本質は神聖属性の
ドラゴンは品定めをする目付きで子どもを眺める。
お、お前、その雰囲気で神聖属性なのか⁉︎
しかも幻想竜なんて格好いい名称しやがって。
「まっ、喋られなくとも支障はないじゃろ。静かでええわ」
神聖属性のドラゴンの発言と思えねえな。
「こいつ、神聖属性のくせに邪神崇拝してるのかよ。変なドラゴンだなあ。もしかして、偉そうなくせに雑魚か?」
有り得る……。
偉そうな雑魚ってある種の王道でもあるからなあ。頼むから、その子はちゃんと守ってくれよ。
「次のミニチュア制作は解呪の……なににするか? 身に付けるものがいいのかな? それともポーション?」
声が出ないのは不便だろう。
次に作るミニチュアの構想を練り練りしていると、突然子どもが吐いた。
「あっ! 急な固形物は負担が出たか!」
まともな食事を摂れていなかっただろう子どもの弱った胃は、りんごを処理できずに吐き戻してしまったようだ。
りんごなら大丈夫かと傍観してたけど、めちゃくちゃ硬そうなファンタジーりんごだったもんなあ。ファンタジー補正はなかったか。
「ポーションで傷は治せても、空腹の胃はどうにもならないよね。ええっと、スープがいいかな? お粥?」
僕はバタバタと食品ミニチュアを探しに行く。
ただのスープよりも栄養があるやつがいいだろうから……
「ケットシーな作った魔法の薬膳スープにしよう!」
僕は食品ミニチュアを入れたケースを漁るのをやめて、料理店ドールハウスに向かう。
猫妖精ケットシーが運営する料理店の料理は、ただの料理じゃない。魔法の料理だ。
「って、どちら様⁉︎」
猫妖精の料理店にはニャーニャーと先客がいた。
「わあぁっ! ほ、ほ、ほ、本物の、ケットシーだ!」
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