四章 火山ジオラマ

閑話 邪神と魔王

 おれ様は、カツ丼である。

 別名、可愛い! またはプリチィ坊やだ!


 最近、『異世界テンセイ』とか『異世界テンイ』が流行ってる。

 人間ペットと一緒に、異世界でモフモフスローライフ? とか、なんとか……

 で、異世界に行くと犬はフェンリルとかケルベロスとか、伝説の犬に変化するらしい。


「これだからワンコは!」


 おれ様たち猫は、異世界に行かなくても尻尾が二本になれば強くなる。

 あと、セーブポイントなんてのを使わなくても、猫は九回も生まれ変われるぞ。


 異世界に行かなくても、猫は強い!

 でも、流行りはよくあるから流行りなんだ。


「流行りに乗らないのはダッサダサ!」


 おれ様は可愛いから、流行りに乗るぜ!

 強くて偉くてすっごーい猫の王様に頼んで、おれ様は下僕の作ったジオラマと、それに似てる異世界をくっ付けてもらったんだ!

 ジオラマは下僕の作業部屋にある。


「とおぉーう!」


 ジャンプしてドアノブをガチャッとできるおれ様は、下僕がいない時に作業部屋に侵入してるのだ!


「ふっふっふ。おれ様に隠し事はできないぜ!」


 下僕はここに入ってほしくないみたいだけど……。

 おれ様には関係なーい!


「この部屋、入るとウズウズするぞ」


 たくさんのジオラマが、ずらずらーっと整頓されている。

 おれ様は物を叩き落とすことに快感を覚えるタイプの猫じゃないから、これを見てもなんとも思わないんだぞ。思わない! ウズウズしない!


「ジオランドっていう異世界と繋げてもらったけど……下僕はちゃんとテンセイの予行練習ができてるのか?」


 おれ様は華麗に作業台に飛び乗る。作業台の上は散らかってるが、さすがなに様おれ様のカツ丼様はひとつも落とさない!


「どれどれー? あれが遺跡ジオラマで、あっちが無人島かあ。おっ、料理店ドールハウスに猫妖精ケットシーがいるぞ! 料理ができるなんて異世界の猫も賢いな!」


 おれ様はルンルンと異世界と繋がったジオラマを見て回った。


「異世界テンセイにはチートが必要なんだろ? だから異世界の情報をゼーンブ知られるようにしてやったけど……」


 下僕はちゃんと活用できてるのか?

 ここに並んでるジオラマは、そのまんま異世界の地形だ。そこにくる奴らも本物の異世界人。


「下僕は、テンセイしたら【守護神】ってチートスキルを手に入れる予定なんだから、ちゃんと予習してもらわないと困るぞ!」


 おれ様は不機嫌に尻尾をバタバタさせる。

 バシン! と尻尾が火山のジオラマに当たった。


「にょわ⁉︎」


 ゴッツイ火山ジオラマは重くて、落ちなかった。


「よ、よかった。落とすと下僕はうるさいからな」


 ちょっとビビって、尻尾がブワッとしちったじゃないか!


「な、何者じゃ!」

「ンニャ⁉︎」


 尻尾ブワアーッ!

 だ、だ、だ、だっ、だぁっ、誰っ⁉︎

 下僕は歯医者でいないのに、声が聞こえる⁉︎


「なにが起こったのじゃ!」


 ニャーッ怒鳴るのやめろよー!

 おれ様は耳をペタンコにしながらも周りをキョロキョロ。

 さっき尻尾が当たった火山ジオラマで、赤いドラゴンが羽をバタバタさせて、火をボーボーと吹いていた。


「なーんだ、怒ってるのって異世界のやつかよ」


 ホッと一息。

 そして、猫パーンチ!


「グアアアアアアッ!」


 ドラゴンが倒れる。

 おれ様は鼻息をフフーン! と吐いた。


「おれ様の下僕は守護神になるんだぞ! そんな下僕を導くおれ様はさらに偉くてすごいんだ!」


 ドラゴン風情が! おれ様を! 驚かせるな!

 ベシベシと猫パンチを繰り出していると突然ドラゴンが頭を下げた。


「魔王たる我をこうも呆気なく……も、もしや、邪神様⁉︎」

「邪神様?」


 なんだそれ?

 よく分からないから、ドラゴンの頭を肉球でペチペチする。ドラゴンはさらに深く深く、頭を地面にくっ付けた。


「申し訳ございません、邪神様!」

「だーから邪神ってなんだよ」

「この偉大なる気配は、間違いなく我らが尽くすべきべき邪神様の気配! この戯竜ぎりゅうジャバウォック、魔王になったことに浮かれて邪神様に供物を捧げることを疎かにしておりました!」


 尽くす?

 てことは……


「こいつもおれ様の下僕か!」


 おれ様はドラゴンの頭を肉球で撫で撫でしてやる。


「下僕なら下僕って言えよ!」

「っ! せ、精神に直接干渉して話し掛けてくるとは……この強大なお力は、やはり偉大なる邪神様! 申し訳ありません!」

「分かればよろしい!」

「か、寛大なお言葉感謝いたします!」


 あれ?

 なんかこいつ、おれ様と会話してないか?


「おれ様の言ってることが分かるのか?」

「⁉︎」


 ドラゴンは急に押し黙る。

 ブルブルと揺れる目をおれ様は知ってる。どうすれば逃げられるかって怯えてる獲物の目なんだぞ。

 このちっさいドラゴンは、なんて答えたらいいか迷ってるんだ。


 フッフーン。

 それはつまり、おれ様のご機嫌を損ねないように努力してるってことで。それは、おれ様の下僕たる証拠!

 おれ様の下僕は、常におれ様のご機嫌を窺って猫じゃらしを振ったり、追いかけっこをしたりするんだ!


「じゃ、邪神様……?」


 エッヘン! となってたら、ドラゴンがキョロキョロと周りを見る。


「ど、どちらに? 気配はあるが、お声が……消えた?」


 ドラゴンから手を離しちゃったら、途端にドラゴンが混乱したぞ。


「おれ様の下僕なら落ち着くんだぞ!」


 おれ様はドラゴンの頭をムギュッと抑えつけて言った。

 ドラゴンは「ぐえっ」と情けない声を出して地面に顎が埋まった。そんなに力入れてないのに……弱いドラゴンだぜっ!


「も、申し訳、ございません……」


 むむっ?

 おれ様は手を離す。


「おーい、聞こえるかー?」


 ドラゴンから返事はない。

 また頭をムギュッとした。


「聞こえるかー?」

「は、はい! なんでございましょう⁉︎」


 むむむむっ。

 もしかして触ってないとおれ様の声が聞こえないのか? 面倒くさいなあ。

 このジオラマ、近くにいるとちょっと熱いしさあ。


 うーん……別にコイツに言うことないし、離してもいいか。あっ、でもこれだけ。


「おれ様を大事にしろよ!」


 手を離す。

 手を離してもドラゴンは頭を下げたままだった。ブルブルと震えてる。


「に、贄はございます!」


 ドラゴンは急に走っていった。


 下僕曰く……


「制作時間三週間以上! 噴火口はライトアップが可能なだけじゃなく、ドライアイスを仕込む場所も作った! 大型の火山地帯ジオラマだ!」


とやらの端には、宝の山がある。

 ドラゴンはそこから、ガキを咥えてきた。


「我に、じゃなくて、わたくしに捧げられたものですが、わたくしのものは邪神様のものでございます!」


 地面にポイされたガキは、倒れたままグッタリとして動かない。ゼエゼエと息が荒くて、顔が赤い。

 おれ様は賢い猫だから、これが体調不良だと知ってる!


「バッカじゃねえぇのー!」

「ギャア!」


 おれ様はドラゴンにパンチパンチパーンチ!

 ドラゴンの頭を押さえて叱った。


「下僕の管理は主の勤め! 下僕が弱ったら、世話をさせられないだろうが!」


 おれ様は下僕の管理がどれほど大切か説教した。

 三食おやつお昼寝付きの生活を安定させるためにも、下僕には元気に健康に働いてもらわないと駄目なんだ!

 落ち込んでたらスリスリしてメンタル管理しつつ、モフモフで魅了して洗脳する!

 人類はみな猫の下僕だ!


「お、おおぉ……! 無知蒙昧で申し訳ございません!」

「分かったら世話しろ!」

「し、しかし、人間の世話など、したことがなく……」

「そんなの簡単だ。人間は弱いからな。しっかりメシを食わせて、休ませて、体調が悪いなら薬も飲ませるんだぞ!」


 下僕がそうやってたからおれ様はよーく知ってるんだ。

 まあ、下僕は下僕としての心得がしっかりしてるから身体に違和感を抱くと悪化する前に病院に行くと言った。

「自己管理の徹底は、お猫様を養う者としての勤めだからね!」らしい。


「人間に使えるポーションなど、ここにはなく……」


 ないのかよー。

 じゃあ病院に連れて行くしか……


「ただいまー。オヤツ買ってきたよー」

「ンにゃにゃ⁉︎」


 やっべ! 下僕が帰ってきた!

 おれ様は急いで火山ジオラマから離れた。


「じゃ、邪神様⁉︎ 気配が、消えた? そんな、まさか、我を試している? 邪神様!」


 後ろからドラゴンが必死に叫んでるのが聞こえたけど、バイバーイ! おれ様は自分優先だぞ!


「バレたらオヤツ抜きになる!」


 おれ様は作業部屋から飛び出して、リビングのソファに寝転がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る