第5話 いいねの祝福

 僕は守護神じゃない。

 守護神じゃないと思うんだけどさあ。いままでの流れからすると……どうも僕が守護神みたいになってるんだよね。


 それは、正直困る。


 僕はお節介焼きではあるけど、ひとつの世界を見守れるほどの博愛さはない。

 特別な思想も、気高い意志もない。

 大人として自分の見える範囲で困ってる人がいたらできる限りは手を貸すけど、できないことは素直にできないと退散する。


「もちろん、特別になりたいと思ったことはあるけど……」


 それでも、神様は荷が重すぎるよ。

 それに、僕が生涯をかけて何が何でも守らなきゃならないのは我が家のお猫様だ。


「彼女が神になれば、僕はただのジオラマ好きモブとして、異世界観察だけをのんびーりさせてもらえないかなあ?」


 命を捨てる覚悟ができる人だ。

 神になる覚悟くらいはしてもらおう。


「よしっ方法を見つけよう! そうすれば僕は守護神じゃなくなるし、彼女も神様になって元魔王の彼と末長く暮らしてハッピーエンドじゃないか!」


 やる気に燃えた僕は、いまやることに集中する。

 守護獣もどき……いいや、認めてやるか。


「ねえ、守護神の代弁者こと守護獣さんや。彼女に神様になる気があるか訊いてもらえる? 僕よりも彼女のほうが向いてるとおもうんだよね」


 僕の声に呼応するように守護獣が翼を大きく羽ばたかせた。


「守護神様は汝を御認めになった。汝が新たな神となり導け!」

「おま……っ、有無を言わせる気がねーなっ⁉︎」


 彼女を神にする方法がまだ分かってないんですけど⁉︎


「時が来た時、新たに告げよう。それまで汝は汝として成すべきことを成せ」


 あっ、うまくまとめやがった。

 さすがに強制的じゃないかと不安になったけど、聖王は大きく見開いた目に涙を溜めていた。その表情に、負の感情はない。


「……仰せのままに」


 聖王は深々と頭を下げた。

 それじゃあ、お言葉に甘えてお願いしようかな。

 僕よりも彼女のほうがずっとこの世界のことを知ってる。世界に対する想いも願いも、僕よりずっと強い。

 そういう人に任せたほうが安心だよね。


「――っしゃあ! できたぞゴルァア!」


 話がまとまったところで、作業もまとまった。

 聖王のは、吸血鬼と同じ瞳の色をした宝石を直して嵌めた指輪。吸血鬼のほうは僕が用意したダイヤの指輪だ。

 ちなみにダイヤは本物だ。いまは訳ありミニ宝石詰め合わせというハンドメイド作家には大変有り難い通販があるのだ!


「デザインはシンプルだけど、性能はすごいと自負するよ」


 聖王にかけられた呪いがどんなものか不明なため『すべて無効化する』設定を指輪に付け加えた。


「聖王にばかりサービスしすぎだから、吸血鬼の彼の指輪にも『聖属性無効』をつけておいたしね」


 ペアリングをゴシック調のケースに入れる。

 我ながら完璧な出来栄えに感動した。


「これを、先に……」


 僕は完成したペアリングを薔薇の花弁を敷き詰めた土台に置き、スマートフォンで撮る。

 うん、最高!

 素晴らしい出来にニマニマしていると、暗い顔の吸血鬼の彼が帰ってきた。


「悪い。う、うまく説明できないんだが、その……ぐぐぐぐっ……」


 青い顔で下唇を噛み締める彼は、元魔王とは思えないほど弱々しい。

 愛は人を変えるって言うからね。分かるよ。

 僕もお猫様の前だと一変してしまう。


「それじゃあ、頑張ってくださいね。元魔王様」


 僕はむんずと花弁を掴む。

 そして、それを二人の頭上に景気良くパァーッ! と舞い散らせてやった。

 ロマンチストな姉に言わせれば、本当はもう少し気の利いた演出ってやつがあるんだろうけど、僕にはこれが限界です。

 突然舞い落ちてきた花びらに二人がハッと顔を上げる。

 そのタイミングで僕は指輪ケースを「……うわっ」吸血鬼に渡そうとしたのだが、バサリと守護獣が羽ばたいた。


「守護神よ!」


 なんて叫んで飛んできた守護神を反射的に捕まえてしまった僕の手から、それはスッテンコロリンと落ちていく。

 日本にはおむすびが転がる効果音が存在するがしかし、いまこの瞬間転がったのは勿論おむすびではない。

 指輪ケースだ。


「なんだいこれ?」


 僕の指からスッテンコロリンした指輪ケースは、見事に聖王の足元に落ちた。

 聖王がそれを拾い上げる。吸血鬼は顔を真っ青にして声にならない悲鳴を上げた。


「んなッ⁉︎ おい! まだ待っ――!」


 吸血鬼の悲痛な声は届かず。

 せっかくのムードがさようなら。

 聖王は自ら指輪ケースを開いた。入っている指輪を見て、息を飲む。


「なんてことだ。こんな、すごい神聖力を宿した宝具があるなんて……!」


 聖王は頬を赤らめるほど興奮し、天を仰いだ。


「守護獣と入れ違いに現れたこれは……まさか、守護神から?」


「「違うッッッ!」」


 思わず、僕と吸血鬼の声がハモる。


「それはオレが用意したの!」

「それは彼が用意したから!」

「こんなに強い聖属性のものをお前が持てるわけないじゃん。焼け溶けるよ?」

「そう! 頑張ったのっ!」

「そう! 頑張ってたよっ!」


 訝しむ聖王に全力で訴える吸血鬼。

 そんな吸血鬼を全力で応援する僕。


「けれどね。本当にお前じゃ無理だと思うよ」


 聖王は指輪を摘み上げる。

 吸血鬼はそれを見て、固まった。


「…………ん? ぅんん? 直って、る? なんで? ハァ? そ、それが入ってた指輪か?」

「あともうひとつ。ペアリングだね」

「ペアリングッ⁉︎ なぜ⁉︎」

「少しデザインが、いやそんな話じゃない。効果も違うね。こちらもかなり強力なのが付与されてる」

「え? 俺が用意した指輪とちょっと違う? いやいや、でも、でも? え、えええぇ……分からん!」


 自信を持て!

 このままじゃ、僕は馬に蹴られるどころの話じゃなくなる!


「ふふっ、冗談だよ」

「へ?」

「お前がコソコソとなにかをやってるのは知ってたよ」


 聖王は悪戯を成功させた子どもようにクスクスと笑う。

 ポカーンとしたあと吸血鬼は膝から崩れ落ちそうな勢いで脱力した。


「そ、そういう冗談はやめろよ。危うくオレは守護神を敵に回す覚悟だったぞ」

「その場合は僕が止めるよ」


 勘弁してください。

 あなたたちが敵対したら僕は馬に蹴られる以上のメンタルダメージを喰らうんで。


「けど、オレが用意したのってここまでエグい効果なかったぞ?」

「そこはきっと守護神の慈悲だよ。信託をいただいたんだ」

「信託ゥ? なんだそりゃ」

「私たちの関係を許すとね。ただ、ここまですごいとは、僕も予想できなかったけど……」


 聖王と吸血鬼は、若干引き気味の顔でペアリングを凝視する。

 え? そんなにすごいのか?

 僕的には二人の相性とか、今後のことを考えた必要最低限しかつけてないつもりなんだけど。


「これは、下手したら戦争が起こるなあ……」

「人間同士でも、魔族側でもな。オレが魔王だった頃にこんなのがあるって知ったら、全力で壊しに行ったぜ」


 二人はなんとも言えない溜め息を吐く。

 それから顔を見合わせて、小さく吹き出した。二人の笑い声が響く。


「守護神が許すってなんだよ。魔族は邪神教なんだがなァ」

「いいじゃないか。守護神も邪神も元はひとつの神だったんだから。つまり双方から祝福されてるってことで。はい」


 聖王は指輪ケースを吸血鬼にポーンと投げ渡す。

 それをキャッチした吸血鬼は「まあ、確かに?」と自分を納得させるふうに呟いた。

 彼は聖王の前に片膝をついて、ケースから指輪を取り出す。


「もう少し、ムードが欲しかった」

「逆にらしいと思うけど?」

「へいへい。そーですか」


 茶々を入れてくる聖王に、諦めたという顔で吸血鬼は片膝をつく。そっと彼女の左手を取った。

 どうやら異世界でも嵌める指は同じらしい。

 ふざけた空気感は照れ隠しでもあったのか、自分の薬指に指輪が嵌った瞬間、聖王の瞳からポロポロと大粒の雫が溢れた。

 彼女は声を殺して啜り泣く。


 色々と、覚悟ガンギマリしてたもんなあ。

 異世界の誰もが認めずとも、僕だけは祝福していいだろう。


「だって、僕は第三者だからね」


 僕はシャッターチャンスを逃さない。

 こういうのは記念に残しておかないといけないんだよ。


「いつか、それこそ僕がモブになった時に見せてあげられたらいいのにね」


 嬉し涙に濡れる幸せそうな二人の姿を、僕は世界中に拡散した。

 それは瞬く間に『いいね』とたくさんの祝福を受けた。



 * * *


次回の更新は、カクヨムコンに合わせる予定です。

可能なら毎日更新したいと思っています。

ただリアルが少しバタバタしているので、ストックが間に合わないようなら来年辺りにのんびり更新しようと思います。


キリのいいところまで更新しようと思った結果、今回の話は少し急いでしまった感じが否めないので、もしかしたらコソッと修正するかもしれません。


まったりお付き合いいただけると幸いです。

よろしくお願いします。

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