第4話 守護神の代弁者
だってさあ。ボッロい皮袋に、壊れた指輪をそのまま入れていたんですよー?
一世一代の大勝負にそれはないでしょう。
僕には姉がいるんだけど、散々そこらへんのロマン? 雰囲気作り? 理想のシチュエーション? に、ついて熱い拳で教育され……ゴホゲホ。
大変丁寧にご教授イタダキマシタ。
こちとらお猫様が恋人なので、ご教授いただいた技を自分で使う機会はないけど……と、とにかく!
姉の英才教育のおかげで、馬に蹴られる覚悟で首を突っ込みたくなった僕はこうして宝石を直し、錆びていた部分もピカピカに磨きました。
前にドール用ジュエルリングを作った経験から作業の腕が乗ってしまい、さらに指輪ケースも作ってしまった。
そして、せっかくならともうひとつ指輪を作りました。そう、ペアリングです!
「双方の指のサイズが分からなかったから、サイズが変わる魔法の指輪にしたんだよね」
異世界ジオラマにミニチュアを置くとそれは実物となり、僕の考えた設定が反映される。
僕が指輪につけた設定は……
一、相手の指に合わせてサイズが変わる。
二、諸々の能力強化。
三、吸血鬼の彼限定で、触れてもダメージを受けない。
その三が一番大切な設定だ。
「指輪に触れる度に焼けてたら僕の心臓がもたないよ。そんな焦げ臭さの漂う告白シーンなんて見守れないしね」
純銀の指輪に触れる度、吸血鬼は指が焼け爛れていた。
本人は平然としていて、指輪を手放せば秒で火傷は治った。だから吸血鬼には痛覚がないのか、または火傷ではダメージが入らないのかと思ったけど。
「流石は聖属性最強のアイテムだわー。死ぬほどイッテェー……渡す時、オレの耐えられるか?」
と、ぼやいているのをバッチリと聞いてしまっら、お節介したくなるだろうよ。
ならない? 僕はなる。
ただし、なった結果がこれなので……猛反対。
でも、後悔はしてないよ。
「それに、異世界の物を僕が修繕すると、能力が強化されるのも確認済みだからね。そこに設定を追加できるのも」
それに気付いたのは無人島ジオラマにいる例のギルドマスターの少女の、魔法帽子が破けてしまったのを直してあげた時。
魔女帽子の中は亜空間が広がり、どんな物も収納できるアイテムボックスだった。それを僕が直したあと収納容量が増えた。
少女が驚きすぎて鼻から炭酸ジュースを吹き出して咳き込み、大変なことになったので、よく覚えている。
「っ、こほ……」
そんな大人しい咳じゃないよ。
濁点がついた酷い咽せ方で……って、あれ?
いま、咳き込んだのは誰?
「こほっこほん……っ、ああ、いやだ。まだ保つと思ったんだが」
口に手を当て、小さな咳を繰り返していたのは聖王だった。
「元老院どもめ。嫌な仕込みだけはうまいな……」
血の付いた口端を歪める聖王。
口を押さえていた彼女の手の平にも、ベッタリと、赤色が……。
「聖職者が呪いを使うな。品も誇りもない奴らだ」
彼女もまた聖職者らしからぬ表情で吐き捨てて、赤い手を払った。
優しい光が彼女の手と口端に灯り、次の瞬間には跡形もなく血の跡は消えていた。
「道連れにしてやるから、大人しく待ってろよ」
聖王は細く長い吐息を吐いてから、腕を組んで目を瞑った。
なっげー睫毛は、マッチ棒が何本乗るのか気になるほどで……「いや、そんなの気にしてる場合じゃねえ」彼女はいま、なんて言った?
まだ保つ? 呪い? 道連れ?
オイ。オイ。オイ!
「その言い方は、まるで……」
まるで……
「すごく、よくないことを考えてる言い方だ」
いままでの言動からしても、この人の思い切りの良さは痛感した。ゆえに、嫌な覚悟の決まり方をしてなければいいとは思ったけど。
「悪い考えを、さらに悪い考えで塗り直すのは、僕はいやだな」
僕の予想するものが、彼女の導き出した答えと一致しているかは分からない。
分からないけど、僕はお節介なんだよ。
今回はもう、一度やらかしてる。
なら、もう少しやらかしても今更じゃないか。
「とは言っても、まだ指輪ケースが微妙だし、指輪に細工するとなると……。ああっ、もう少しだけ時間が欲しい!」
こうなったら……!
僕は悩んだ末、一匹のミニチュアを取り出した。
「ごめん! なんか、うーまい感じで時間稼ぎしてくれない?」
聖なる幻獣をイメージして作ったミニチュアに、僕は両手を合わせて頼み込んだ。
身体はライオンだが、頭には花の生えたツタが絡む山羊のツノを持ち、鳥の羽根とドラゴンみたいな尻尾が生えている。
こいつは僕が考えたオリジナル幻獣だ。
なのに、なぜか豆本のうちの一冊――つまりは異世界の聖典に姿が載っていた。
しかも、目の前の聖王様がいらっしゃるガイラディアス神聖国家の守護獣として。
偶然……と言い切るには複雑だが、いまはそこらへんを探ってる余裕はない。それよりも、利用できるものは利用する精神のほうが強い。
それに聖典だと人が乗れるサイズっぽかったけど、僕が作ったこの子は異世界の人たちからしたら子猫サイズだ。
『似て非なるもの』ってことにしよう。
「僕ってさ、異種族恋愛否定派じゃないんだよね。むしろそういう漫画好きだし。この二人にも、幸せになってほしいわけなんだよ。そのためには時間が少し足りなくて。あとでいくらでも馬に蹴られる気でいるから……無茶振りで悪いんだけど、ホントにお願い! なんでもいいから時間稼ぎしてきて!」
無茶振りでごめん!
謝りつつ、僕は守護獣もどきミニチュアをドールハウスに入れようとして「うわっ!」指先に違和感が生じて、僕は反射的にビクッ! と震える。
ミニチュアが手から零れ落ちた。
僕の目の前で、守護獣もどきが翼を広げる。想像していたよりもずっと神々しい雰囲気をまとって、それは聖王の前に降り立った。
「我こそは、守護神の代弁者である!」
朗々とした声が響き渡る。
ごめん……。待ってくれ。なんでもいいと言ったけど、本当になんでもいいがすぎるんじゃないかな?
「守護神の尊き御導きを、聖王へ直々に伝えにまいった。とくと聞け!」
君は、君は渋くて神々しい声でなーにを言ってる?
ツッコミを入れる時間すら惜しいんだぞ? 修正してる暇はないぞ?
これは、現実逃避ならぬ作業逃避に徹したほうがいいか?
そして、さっすがは聖王様。
脊髄反射と言わんばかりソファから降りて、姿勢良く両膝をついた。しかも床に膝をつくと同時に一瞬にして彼女の格好はメイド服から純白の衣に変化する。これも魔法なんだろう。便利だな。
清潔感の強い真っ白な布地に銀の刺繍が施された服装は、確かに神の使徒に相応しい装いだ。
瞬く間に、ゴシック調ドールハウスの空気感が神聖なものに変化する。
僕はその空気から逃げるように作業に没頭した。僕の役目はこっちだ! そう、こっち!
「寛大な守護神様は汝を御許しになられた」
「それは、私と彼の関係をですか?」
「是。守護神様は汝のすべてを許し、汝のすべてを御救いになられる」
「そ、それは……この身を蝕む呪いもでしょうか?」
「汝の願いもだ」
見なくても、聖王が息を飲むのが分かった。
戸惑っているのか彼女は沈黙する。ややあってから深く息を吐くのが聞こえた。
「許されるならば、共に生きたいと思っております」
震える声が静かに続ける。
「たとえ、人をやめることになっても。初めて抱いたこの気持ちだけは、誰にも奪わせる気はありません」
これだけは、私のものです。
そう断言する彼女の言葉には重みがあった。
人をやめてもいいと断言するほどの覚悟を決めた彼女が、今後どんな人生を歩むのか、すごく興味がある。
いやな覚悟を決められるよりも、そっちのほうが気になるのは当たり前だろ。
「……ん? 人をやめる覚悟?」
僕はパッと顔を上げた。
「なら、神様になる覚悟ってあるかなあ?」
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