第3話 勇者と魔王
「そのあと二人は妹のためにダンジョンに潜って金を稼ごうとして……そこで、不思議な料理を食べたらしい。それが原因なのか、二人はあり得ない能力を得たとの噂だ。それこそ、兄のほうは勇者レベルだと。魔導
「勇者、勇者ねェ……」
吸血鬼は引き攣った口角を隠すふうに下顎を撫でた。赤い目を彷徨わせる。
「勇者にイイ思い出はねェな。勇者の扱う聖剣や魔法剣って厄介なんだぜ」
「まさに、その兄は魔法剣を扱えるらしいよ」
気まずげな吸血鬼に、聖王は肩を竦めた。
「先日は鉱山を占拠していたワイバーンの群れをたった一人で討伐したらしい。その前も、暴走したゴーレムを倒したとか……。素晴らしい噂は絶えないね」
お、おおぉ……。
棍棒すらまともに扱えず、ゴブリンに怯えていた子が……。少し見ないうちに随分と成長したなあ。
予想外のところから少年の現状を知られて、涙腺が熱くなった。
「あっ。ちょいと話は戻るが……魔導
「その捜索も、件の兄へ正式に依頼したそうだよ。魔導国は彼を引き込みたいようでね」
「てぇ、なるとー……もしかして」
「ああ」
聖王の口端が不快そうに歪む。
「
頭を振り乱し、叫ぶ聖王。
吸血鬼はそんな彼女を慣れた様子で引き寄せて、抱き締める。「そーかー力が欲しいかー」と棒読みで答えながら頭をワシャワシャほっぺをスーリスリする様は、荒ぶった子猫を慰めてるみたいだ。
「ぐぅううう……腹立たしいぃ!」
感情的になっている聖王の爪が吸血鬼の肩にギリギリと食い込むが、吸血鬼は顔色ひとつ変えない。
「……元老院どもは、彼を勇者として祭り立てようとしてるんだ」
ややあって、落ち着いた聖王はゆっくりと乱れた髪を手櫛で整えた。
「そして、勇者による魔王討伐を目指す気だろう」
「いまの魔王は人間嫌いとして有名だしな。アイツ、いまどこに居んだろ? ここ三百年会ってねェわ」
「
いまの魔王ってドラゴンなんだ。ワクワク。
「そうそう。ジャヴィ」
「お前…………戯竜に負けて魔王から降ろされたの?」
「あらまっ。そう見えるゥ?」
なんとも含みのある言い方だ。
吸血鬼の始祖VSドラゴンってどっちが強いんだろうね? 純粋な攻撃力だけならドラゴンかなあと思ってしまうんだけど……。
吸血鬼ってファンタジー作品によって定義がまったく異なるから、この異世界の吸血鬼がどんな存在なのかとても気になる。ワクワクする。
ワクワクする!
「相当凶暴と聞くけど」
「凶暴ってか、若いんだよ。若気の至りだ。まだ四百歳くらいだからな」
豆本には魔王は邪悪の根源としか書いてなかったんだよね。人間側は魔族について知っていることは少ないらしい。そもそも、書き方からして知る気がないようにも思えた。
でも僕は知られるなら知りたい。
魔王やら勇者って単語に胸が躍らないわけがない! その裏に人間関係のドロドロした部分がなければもっと最高なんだけど……。
「聖王猊下。ここにテメェのためならなーんでもしたくなっちゃう強大な力がいるんだけども……。準備が足りないってなら、腐った元老院のお片付け、手伝いましょうか?」
「バ、馬鹿言うな! お前は大人しくしてろ! 何のために僕が頑張ってると思ってるんだよ⁉︎」
聖王は吸血鬼に向けて何度も強く首を横に振った。
「
気持ちを落ち着かせるように長い睫毛を伏せ、彼女は断言した。
「聖王は、僕なんだ」
断言するも、その声は僅かに震えていた。
「出会った時に比べて、随分と自我が成長しましたこと。元老院のお人形だった頃の名残りはもう完全にねェな」
「……………その話はするなよ」
黒歴史なんだ……と聖王は苦しげに身悶えた。
会話を耳にしていて、改めてうまく翻訳されていると感じる。豆本の文字が変化したように、異世界の言葉は僕に耳馴染みのある言語に翻訳されて聞こえてくる。
これって、どういう原理なんだろうね?
「魔導
聖王が指を鳴らす。
すると、鳴らした指の隙間にきれいに封蝋された手紙が現れた。
「魔導国家と神聖国家も仲が良好なわけじゃないからやり取りは難しいとは思ってたけど……よりよって、就任早々に行方不明かあ。彼女には、少し既視感を抱いててさ。気になってたんだよね。消されたとかじゃないといいな……」
あっ、その子は大丈夫です。
羽根の生えた猫と一緒に無人島生活エンジョイしてます。先日は初めての炭酸ジュースにハイテンションになっていました。
あと、携帯ゲーム機の楽しさを覚えさせてしまいました。本当にすみません。
「駄目だな、僕は。すぐに悪い方向に考える……」
聖王は目の前のテーブルへ手紙を静かに置く。
「本当に、よくない……」
息を細く吐き、歯痒そうに
複雑な事情――なんて言葉では片付けられないほど、彼女は大変そうだ。
腐敗具合からすると、魔導国よりも厄介そうで。
「しゃーねェなー」
不意に強く膝を叩き、吸血鬼が腰を持ち上げた。
「弱気になってる聖王ちゃんには、元魔王サマがお守りをやろう!」
「……お守り?」
「ちょっと待ってな」
ニパッと明るい笑顔を浮かべる吸血鬼。
その笑顔は緊張を隠すためにわざと大袈裟に口角を吊り上げているようで……あっ、しまった!
「この展開は、もしかして……!」
僕は調整中のミニチュアアクセサリーとソワソワし始めた吸血鬼を交互に見やる。
まずい。まだ入れ物の微調整が終わってないから、戻してないぞ!
吸血鬼はアンティークキャビネットへ向かう。
両開きの戸を開け、飾られるゴシック調の小物を退かし、なにかを探して、探して、探して――「ん?」探す手は止めずに、吸血鬼は僅かに首を捻った。
「…………えっ、え?」
どれだけ探しても目当てのものは見つからず、吸血鬼からザアッと血の気が引いたのが分かった。
「ごめん。見つからないよ。だって、ここにあるんだから……」
僕は頭を抱えた。
彼が探しているのは、指輪だ。
吸血鬼が扱って身体に支障がないのか不安になるほどの、純銀の指輪。
それは先日、彼が一人でここに訪れた時にオープンシェルフに隠していたもの。
しかし、その指輪は宝石が外れていたんだ。
吸血鬼の彼は壊れた指輪を渡すことに呻いていたが、どうやらこの指輪は相当強いアイテムのようで普通には直せないらしい。
しかし壊れていてもその威力は凄まじく、なにより指輪の能力と聖王である彼女は実に相性がいいそうだ。
だから、贈るならこの指輪以外は考えられない、と。その姿を見ていたら、余計なお世話かと思ったがつい手を出してしまった。
「ちょっとそこで待ってろ! 絶対、どこにも行くなよ!」
「え? うん?」
吸血鬼は聖王に釘を刺すとアイロン型の扉を開けて、廊下に出た。
アイロン型の扉は、税抜百円で揃えた材料で作ったハリボテ。でも異世界と通じれば、やっぱり実物と化して、その先には廊下がある。
扉を閉めるのも忘れ、吸血鬼は何十匹ものコウモリに変身する。
等間隔に蝋燭で照らされる廊下の奥へコウモリたちは素早く飛んでいった。
きっと指輪を探しに行ったのだろう。
うーわー……本当に申し訳ないことをしてしまった。あまりのやらかしに、心臓がギュッとなる。
「…………普通、久しぶりに会った恋人を置いていくか?」
訝しげに目を細め、聖王はぼやく。
ごめんなさい。本人からしたら死活問題なので大目に見てあげてください。僕のせいです。文句なら僕が聞きます。
け、けど、言い訳もさせてほしい!
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