第2話 失敗作と最高傑作
「やめろ。冗談抜きでやめろ」
真顔にダラダラと脂汗を流す吸血鬼。
吸血鬼の彼のほうが聖王の身を案じていて、聖王のほうが、こう……ね?
その人は本当に聖職者のトップなんですか? と疑いたくなるんだよなあ。
「次、気安くオレの前で素肌を見せたらオレは泣くぞ。大泣きするぞ!」
吸血鬼とはいえ、同じ男として理性の強い彼を僕は称賛したい。拍手を贈ろう。
作業部屋に、僕の拍手が虚しく響いた。
「いいのか? オレみたいな色男が鼻水垂らして泣き叫んでたら最悪だろ? 愛想尽きるだろ?」
「うわあ……自分の顔の良さを自覚しているがゆえの最低な脅し文句だね。そんなお前を見ても愛せる自信があるぞ」
「ちくしょう……愛が重すぎる!」
「ハッハッハッハッ! 自分ばかりが惚れてると思うなよ!」
吸血鬼の頬をムニムニと摘む聖王。
眉をハの字にしていた吸血鬼は溜め息を落とすと、間違いなく老若男女を虜にする程の美貌をグッタリと聖王の肩に埋めた。
「僕のために人間の血を吸わないなら、僕の血だけは飲んでもいいんじゃないの?」
「……そっちのほうが無理」
「なんで?」
「きかなくなる。我慢が」
「僕は歴代聖王の中で一番神聖力が強いと言われているんだよ? 元魔王相手とはいえ、大人しく最後まで血を吸われて死ぬほど雑魚じゃないよ」
「そっちの我慢じゃ……あー、イイエ。ナンデモナイデス」
「?」
おい。この聖王、そこは鈍いのか。
いたたまれなくなってきたぞ。
「でも、本当に今後もなにも食べないつもり?」
ポンポン、と聖王は吸血鬼の背中を叩く。
吸血鬼は顔を上げると大きく一歩、彼女から離れた。なんとも言い難い表情で、獣のように長い爪で白髪を掻く。
「食う気があるから、お前の用意するモンを食ってんだけど?」
「現実的に考えて、僕の
「却下」
ドールハウスに現れる度に、二人は食事をする。
血を吸わない吸血鬼に、聖王が料理を作ってきているんだ。しかし、聖王の調理レベルはゼロどころかマイナス。
糸を引いていたり、炭だったり、人間相手であれば病院送りになる
嗚咽を溢しながらもそれらを平らげる吸血鬼の姿は、感動すら覚えた。
今夜のお弁当は瓶詰めのナニカ。
「煮ても焼いても失敗するなら、飲み物にすればいいと思ってさ!」
そう眩い笑顔で言い放った聖王を目撃した時、申し訳ないが僕はドン引きした。
僕ならば、なぜそういう発想になる? と小一時間は問い詰めただろう。
けれど、惚れた弱みなのか吸血鬼はそれを受け取って一気に飲み干した。結果として、鼻から吹き出したのだが……。それでも嚥下しようとした度胸は恐れいる。
「実はねえ。ふざけないとやってられないくらいには、僕にも罪悪感があるんだけど?」
そばの猫足ソファに腰掛けて、聖王は自分の膝に頬杖をつく。
「頑張ってはいるんだよ。真面目に。それでも、僕はぜーんぶ周りがやってくれてたから……」
口元を指先で覆い、きまりが悪そうに呟く。
「料理以前に、生活力がないのは痛感してるよ。自分一人で着替えられるようになったのも、お前と出会ってからだし」
彼女の年齢は見た目から推測すると二十歳前後。
まあ、もっと若い少女を派閥争いの絶えない国のトップに置く某魔導国もあるので、年齢は二の次なのだろう。
年齢や経験よりも純粋な力の強さを優先する。
剣と魔法の異世界らしい。
……と、感じるのは偏見かな?
知っていけば、そうじゃない国もあるかもしれない。
異世界ジオランドは絶えず土地が増える分、国や組織もポンポンと増えている様子だ。
それでも人間同士で戦はなく、派閥争いや険悪程度で済んでいるのは、やはり諸々が有り余っているからこそだろう。
「僕よりも、
そして、魔物や魔族と呼ばれる人間外の種族がいるから。
吸血鬼は人間ではなく魔族の括りだそうだ。
「オレらもない奴はないぜ? ヒト型でも理性ポーンで破壊衝動のみで動く輩もいる」
豆本からの知識曰く、魔族や魔物は守護神が作り出した失敗。
人間こそが理性と知性に溢れた最高傑作であり、魔族や魔物はどれほど人間に似た形をしていても暴力的で知性のない野蛮な失敗作なのだとか。
けれど、二人のやり取りを見ているとそんなふうに思えない。
「スケルトンなんていい例だな。アレは本能的に人間を襲う。襲って、皮を剥いで人間を纏おうとする。分かりやすい例えは……ヤドカリか?」
「ヤドカリって、あの殻にこもるやつ? 身体の成長に合わせて殻を変えるんだよね? 本で見たことあるよ」
「スケルトンも同じで、自分の骨格に合わせた人間の皮を被りたがるんだよ。本能的にな」
「お、おまっ……サラッと言うけど、魔族の生態なんて魔導士たちが口から手が出るほど知りたがってるものだからね? この情報ひとつで、魔導
「そうなん? ヘェー、役に立ててよかったわ」
目を見張る聖王。
逆に吸血鬼は大したことなさそうだ。
聖王は天井を仰ぎ、額を押さえると大きく脱力した。
「結局は、魔族も人間と同じ。良い奴もいれば悪い奴もいるってことだね」
「そーそー」
「人間も魔族も変わらないことを、人間側に納得させられれば楽なんだけどなあ」
聖王は腕を組み、ムスッと唇を尖らせる。
彼女の言う通り。
良い魔族は良い魔族で、悪い魔族は悪い魔族なんだろう。それは、間違いなく、人間と同じだ。
人間だって悪い奴は悪い。
だからこそ遺跡ジオラマに来た少年とその妹は苦労して、無人島ジオラマに漂流した少女も悩んでいる。
……まあ、こんなふうに冷静に物事を捉えられるのは、結局は僕が彼ら彼女らの生きる世界の外側から、第三者として眺めているからなのだろうけど。
けど、それくらいの距離感でいいんだ。
だって僕が異世界に関われるのは、どう足掻いてもこのジオラマの一コマでのみ。
僕は異世界に指先しか突っ込めない。
だから、僕はただその指先分だけのお節介をさせてもらおう。
「……さてと。二人がいる間に、これを調整しないとなあ」
トランクドールハウスは作業机の真横の台に置いてあるので、作業をしながらでも二人の様子は確認できた。
二人の会話に耳を傾けつつ、吸血鬼でも食べられる料理を考え、壊れたミニチュアアクセサリーの修繕もする。
「テメェは能天気なフリして考えすぎるのやめろ」
「僕は能天気だよ。ぜーんぶ捨てて、お前と無人島にでも逃げてやろうかって常に考えてるんだから」
「それができねェからお前はお前なんだろ」
眉間の皺を深める聖王の隣に腰を下ろし、吸血鬼は笑う。
「僕は、聖典の教えが――
「その小さな世界から踏み出すのに、メイド服は勢いがよすぎねェか?」
「茶化すなよ。割と本気で、飼い慣らされていた自分を嫌悪してるんだから……」
「フーン?」
生返事をして吸血鬼は聖王の頭を撫でた。
聖王はそれを気にせず真剣な面持ちで言う。
「この世界は広がり続けてる。人間だけじゃ、世界のすべてを知ることはできない。人間とか、魔族とか、関係ない。手を取り合うべきだ」
蝋燭の灯りを受けて虹色の瞳が輝きを強める。
「魔族は失敗作じゃない。人間だって……決して、最高傑作じゃないよ」
彼女から滲み出す空気感は、なんだかピリピリとしていた。
「今日は随分とご機嫌斜めだな。会った時からテンションおかしいとは思ってたけど……。お話、聞くぜ?」
「怪我をした魔物を保護した貴族を、
苦笑い気味に続きを促した吸血鬼。
聖王は鋭くした声音で答えた。彼女を撫でていた吸血鬼の手が止まる。
「両親はその場で粛清され、小さな
んんっ?
なんかそれ、どこかで聞いたことのある話だぞ?
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