三章 ゴシック調ドールハウス

第1話 ゴシック調ドールハウス

 遊離ゆうり世界ジオランドは、今尚成長を続けている。

 新たなダンジョンの誕生だけでなく、大陸が増え、海が広がり、さらには街や田畑までもがどこからともなく出現する。

 それは守護神しゅごしんの奇跡であり、つまるところ、ジオランドは神の御手みてにより造形そうぞうされている最中なのである。


 守護神はいつこの世界を創り終えるのか?

 もしや、創り終える気などないのだろうか?


 大陸や海原が増えれば、生物も増える。

 どんなモノが、どこまで増えるのか?

 それは守護神のみぞ知る。


 二番聖典・第十章より抜粋




「つまり……ジオラマと繋がった異世界は、いまも成長を続けているのか。不思議だなあ」


 僕は豆本の中身を撮ったスマートフォンを操作しながら推測する。

 重要そうなところはこうしてスマートフォンに記録したが、豆本はサイズがサイズなので画像がブレることもあり、虫眼鏡片手に一通り肉眼で読破したため眼精疲労マックスだ。


 豆本本体は無人島ジオラマに返してしまったので、いまはスマートフォンに撮った気になるところの再チェック中。

 随分と異世界のことが把握できてきた。


「守護神と呼ばれる神が土地や生き物を、それこそ魔物までポンポンと生み出している最中で。人間は有り余った土地や増え続ける生物に困惑してる、と。フムフム」


 ダンジョンだけでなく、街まで突然生まれてくるんじゃ管理しきれず混乱するだろうな。

 ものがありすぎても、困りものだ。


「ひとつ気になるのは、増えてる土地が僕の作ったジオラマに酷似してることなんだよなあ……」


 豆本の中に記されていた新天地のいくつかは、僕が作ったジオラマとそっくりだった。

 ダンジョンだけでなく、街や村、果てにはモンスターまで。


「いや、気のせいだろ。気のせい気のせい……」


 背筋に嫌な汗が流れたが、知らんふりをして僕はスマートフォンをスクロールする。

 次の画像はギルドについての欄で。画面いっぱいに文字が羅列し、僕は眉を顰めてしまった。

 文章はあとで別にまとめたほうがよさそうだな。


「ええと。ギルドっていうのも、国家主体のところもあれば民間企業のところもあると」


 例えば、遺跡ジオラマに来た二人組。

 その赤髪の女性が所属している盗賊シーフ集団ギルドは、後ろ盾のない個人事業らしい。

 どの国にも属さず、ならず者や行き場を失った者たちの集団で、元々は組織的なものでもなかったらしい。盗賊シーフ集団ギルドとして組織化されたのはつい最近のようだ。


 無人島ジオラマに漂流してきた少女の魔導機関ギルドは、元は別々だった魔法使い系のギルドがひとつにまとまったもの。そこから国になった。

 魔法使いたちの、魔法使いによる魔法使いのための国で、魔法に興味がある者は大歓迎! という姿勢らしい。

 ただし、元々は個々に活動していた魔法使いギルドが集まって国になったので、魔導国家となったいまも派閥が多くて定期的に意見の食い違いによる問題が発生しているとか。派閥問題を解決するために、もっとも魔法力の高い者を魔導長ギルドマスターとして派閥のまとめ役にしようとしているそうだが……。


 これを知り、僕は無人島で彼女を匿う決意をさらに強くしたわけですよ。

 派閥まとめなんて大人がやれ! 魔力の強さよりも冷静に対話でまとめろや!

 ……ゴホン。失礼。

 感情的になって真ん中の指がコンニチハしそうになった。はい、意識の切り替え。


「そして……えーっと、何世界だっけ? 異世界でいいか」


 すみません。僕にとっては異世界なので、異世界と呼ばせてもらいます。

 決して覚え難いとか言い辛いわけではないので……。はい。すみません。


「異世界ジオランドで一番大きな国は、守護神を讃える神聖プリースト教会ギルドを作りまとめるガイラディアス神聖しんせい国家。人間による世界統一を目指してダンジョン管理や魔物討伐に力を入れてるわけか……。うぅん……」


 なるほど。なるほど。


「ってなると、この二人は禁断の恋ってやつだよね?」


 意識を切り替えた僕は、ソッと眼下のドールハウスを凝視。

 それは普通のドールハウスではなく、中古のレトロなトランクの中身をまるっと改造したものだ。知り合いのドールオーナーに頼まれて作ったもので、トランクを開くとゴシック調のハウスになる持ち運びに便利な撮影特化型のドール背景。


 家具も手作りで、電池式のドールハウス用照明器具を仕込んでいるため電気が点くのだが……ロウソク型照明は、異世界と繋がったいま炎が揺らめく実物の蝋燭ロウソクと化している。


 そんなトランク型ドールハウスでは褐色肌の白髪吸血鬼と、黒髪の若い聖職者がわちゃわちゃしていた。

 いやね。さっきから見ていて『わちゃわちゃ』以外の表現が思い付かないんだよね。


「ギャハハハハハ! ダッセェー! お前、吸血鬼の始祖しそだろ⁉︎ ダセェーのは血が飲めないだけにしなよ!」

「ぉげっゲボ! ゴホゲホェ! ざ、っざっけんな……クソ! テメェの作るモンが邪悪物質ダークマターなせいだろ! クソッ、鼻から出た! ォエエ゛ッ!」

「いやいや、上達してるってば。昔はニオイ嗅いだだけで卒倒したじゃん。あの頃は、僕が聖王せいおうだから作る料理にも浄化作用があると思ってたんだけど……」

「ハァ? 馬鹿野郎。逆だわ。吸血鬼の始祖すら卒倒させる邪悪さだ。一応オレ、千年前は魔王やってたんだぞ。世が世ならテメェは勇者だ」

「聖王で勇者って、属性多くない?」

「安心しろ。嬉々とメイド服着てる聖王ってだけで既に属性盛りすぎだ。……あー……ツッコミたくねェけど、触れちまったから言うわ。なんでメイド服着てんの⁉︎」

「喜ぶと思って。どうよ。惚れた女のメイド服だぞ」

「可愛いと思った自分が嫌だ!」

「素直に可愛いと思えよ⁉︎ お前、僕に惚れてんだろ!」

「なんでこんな奴に惚れたんだよオレ! 思い直せ! 胃が死ぬぞ!」


 膝から崩れ落ち、絨毯を殴るのは元魔王だった吸血鬼の始祖。

 それに対して、メイド服を着た聖職者ことガイラディアス神聖国家のトップ――聖王は地団駄を踏む。


 吸血鬼の彼は、長いマントがよく似合う吸血鬼らしいキッチリとした服装。全体的に白色を基調としていることが吸血鬼らしくないと言えばらしくないかもしれないが、メイド服の聖王に比べればましだろう。


「僕はね、料理下手って自覚はあるんだよ」


 恥じらいもなくロングスカートを摘み上げ、聖王は溜め息を吐く。

 光を吸い込む黒髪。真珠のように白い肌。神秘的な虹色の瞳孔。確かに、彼女の姿は蝋燭の灯るゴシック調のドールハウスによく似合っている。

 聖王よりも吸血鬼に仕えるメイドと説明されたら納得できる。


「それでも血が飲めない吸血鬼のために、いいや! 最愛の相手のために愛情込めて手作り料理を運んできたいと思う心意気。実に健気じゃあないか!」

「自分で言うな」


 ギロリ、と聖王が睨む。

 僅かに顔を上げた吸血鬼は、聖王の眼力に射られて視線を逸らした。


「で、その健気とメイドにどんな関連があるんでショウカ?」

「だーかーらー、見た目だけでも美味しくしようと思って拝借したんだよ!」


 彼女はスカートを摘んだままクルリと回った。


「それとも、聖王聖装せいそうのほうが背徳的で好みだった?」

「勘弁してください」


 床に突っ伏したまま吸血鬼は吐き捨てた。


「元魔王のくせに度胸がねーなー」

「勘弁してくださいッ!」


 うん。勘弁してあげてください。


「聖王が! 清廉潔白な聖王が破廉恥ハレンチなこと言うな!」

「お前の前で猫被る必要ないだろ」

「被ってニャーン!」

「嫌だにゃーん」


 わっちゃわちゃする二人。

 無人島ジオラマに漂流した少女から拝借した本に夢中になること数日。いつの間にか、この二人がこのドールハウスを逢瀬の場にしていた。

 元魔王の吸血鬼と現役聖王の禁断の恋だと知った時は、僕のほうがドキドキしたのだが…………蓋を開ければ、このわちゃわちゃ感。

 うん。すごく嫌いじゃないぞ。


「お前が血を飲めれば手っ取り早い話だろ。なんだよ、吸血鬼のくせに血が飲めないとか。いつ聞いても笑い話にすらならないじゃん」

「飲めないんじゃねーの。飲まないの」

「飲めよ」

「脱ぐなぁああああー!」


 メイド服の胸元を勢いよく広げた聖王に、吸血鬼が飛び付く。彼は光の速さでメイド服の前をピッチリとガッチリと閉じた。

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