第4話 僕の創った世界

 彼女の強さは十二分に身に沁みた。

 ギルドマスターに選ばれるのも理解できる。

 僕は異世界の成人年齢を知らないから、もしかしたら彼女は異世界では立派な大人扱いなのかもしれない。


 それでも。

 僕からすれば、彼女はまだ守られていていい存在だ。心身ともに、まだ周りが気に掛けてもいいのではないだろうか?

 うん。これは綺麗事だな。


「分かってるよ。前回の二人の会話からしても、厳しい世界だって言うのはさ」


 強さは時として権力に直結する。

 例え子どもでも、強者を頂点にすることで鎮火できる厄介ごとは多い。僕のいる世界だって、古い歴史を遡ればそんな事案はゴロゴロだ。

 異世界には、異世界の秩序があるだろう。


「けどそこは、僕の自作ジオラマ創った世界だぞ」


 なら、僕の目に見える範囲は僕が秩序だ。


「僕の世界で、僕がなにをしたっていいだろ!」


 僕は幽霊船をフローリングに叩き置……丁寧に置くと、鼻息荒くドールハウス品を詰め込むクリアケースを引っ張り出してきた。

 まず、毛足の長い絨毯を岸辺にバサリと敷く。


「? な、に……?」


 僅かに反応した少女を尻目に、これも追加。

 天蓋てんがい付きのふっかふかベッドだ!


「ひょえん――⁉︎」


 ピンセットではなく素手で、ドシン! とベッドを置いてしまったので少女が衝撃に悲鳴を上げる。

 反省。感情的になりすぎた。


「はへ? べ、ベッド……? な、なんで? どこ、から? え? え? えええぇ?」


 飛び起きた少女は頬に砂をつけたまま高速瞬きを繰り返す。

 反省した僕は、今度は冷静にピンセットで少女のローブを摘んだ。


「……ぅへ?」


 呆然としている少女を、ベッドにポーン!

 畳んでいたレースカーテンをシャーッ!

 彼女をベッドに幽閉すると、傍らにサイドテーブルを備え付ける。高級リードディフューザーとオルゴールも追加だ。

 本物になったリードディフューザーからはリラックス作用のある香りが漂い、オルゴールの蓋を開ければ優しい音楽が流れ始める。


「へ? な、なななな、な、なに⁉︎ なにっ⁉︎」


 少女はレースカーテンを持ち上げて、まん丸にした目でキョロキョロと周りを見渡す。


「呪い、は、かかってない……。転移、魔法、でも、ない。え? ど、どこから? どう、して?」


 ミニチュアカモミールミルクティーもどうぞ。

 カップを乗せたトレーを、挙動不審になっている少女がすぐに気付ける場所に置く。


「ん? んんん? いい、にお……ぅおわっ⁉︎」


 香りに釣られて、少女はすぐに絨毯の上のカモミールミルクティーを発見。

 彼女は恐る恐るベッドから降りてカップを掴むと、餌を巣穴に運ぶ小動物に似た素早さでベッドの中に戻った。

 僕は耳を澄ませる。


「ふひょー……おい、ひいー……」


 それはよかった。


「フヒヒッ、よく、分かんないけど……居心地、いいなぁ……」


 どうやら彼女はベッドを安全地帯と認識してくれたようだ。

 これにて、ミニチュア安眠セット設置終「あっ……」了させようとしたのだが、その瞬間、僕は確かに少女の腹の音を聞いた。

 ここ連日、世界観を重視して保存食とか果物ばかりだったものなあ。飲み物のレパートリーは多くても、固形物は限られていた。


「ハンバーガーセットのお客様ァー!」


 僕は躊躇なくミニチュアハンバーガーセットを無人島ジオラマにぶっ込んだ。

 世界観の違い? 発展の差? そんなの、育ち盛りの若者の、空腹の前では知ったこっちゃねえ。

 メンタルが弱っている時はねえ、カロリーなんて気にしないで味の濃ぉいジャンクフードを、深夜だろうがなんだろうがガッツリ食べちゃっていいんだよ!


「っ⁉︎ えっ……このにおいは!」


 リードディフューザーの優しい微香を掻き消すほどの、まさに食の暴力と言わんばかりの濃厚なにおいにつられて、少女がベッドから飛び出してきた。


「こ、これ、だよね⁉︎ お、お肉! こ、こんなに、分厚いの? わっ、野菜、まで……ええっ! す、すす、すごい……」


 口の開いた包み紙から顔を覗かせる温かなハンバーガーに、少女はゴクンと生唾を飲み込んだ。

 フラフラと絨毯に膝をつき、トレーに乗ったハンバーガーセットに手を伸ばす。


「これも、毒は、なさそう……私の、魔眼まがんに、暴けないものは、ない! こ、これは、安全! フヒッヒヒヒヒッ……アァーン!」


 少女は大口を開けてハンバーガーに齧り付いた。


「はむっ、むっ、むぐ⁉︎ むぅう! おひひい!」


 ハンバーガーをがっつく少女。

 食が細いように見えたけど、実は年相応にしっかり食べる子なのかもしれない。


「……もしかして、守護神、さま?」


 ハンバーガーを半分以上かっ込んだあと、不意に少女が呟いた。

 口元にケチャップをつけたまま、ゆっくりと僕のほうを仰ぎ見る。じんわりと水の溜まった彼女の双眸には、僕ではなく満点の星空が映っていた。


「お、お恵みに、感謝、し、まず……ううっ」


 グスッ……と少女が鼻を啜る。

 僕は守護神様ではないけれど、明日は生姜焼き定食にしようと決めた。

 ボロボロと大粒の涙を溢してハンバーガーを噛み締める少女に釣られて目尻が熱くなったが、僕はまだ胸を撫で下ろすわけにはいかない。


「ここからが本番だ」


 作業机に戻って、僕は作業に取り掛かった。

 少女はきっと今夜はあのベッドで寝てくれる。それなら、彼女が目覚める前に事を終わらせねばならない。



  ◆  ◆  ◆


「できた!」


 僕は粘土で作ったそれを持って無人島ジオラマの前に戻る。


「さすがに最初から作る余裕はなかったけど……この子なら、きっと仲良くしてくれるはずだ」


 僕の手のひらにはミニチュア猫が乗っている。

 前に作った愛猫をモチーフにしたそれに、いま作った鳥の羽根をつけた。

 ただの猫ではなく、魔法が使える使い魔をイメージしたミニチュア猫だ。


 本当はコウモリみたいな悪魔の羽根にしたかったのだけど、雑種ミックスである愛猫の毛並みは、白毛が多めの規則性のない茶白猫で……コウモリ型の羽根は似合わないと判断した。

 なので、色のバランスを整えて、猛禽もうきん類っぽい羽根をつけた。


「カツ丼さん……いいや、お前さんは天丼テンドンと名付けよう! 天丼さん、あの中にいる女の子と仲良くしてほしいんだ」


 僕は天蓋付きベッドをミニチュア使い魔・天丼に見せて説明する。


「彼女は偉い立場の子なんだけど、自分の立場に悩んでいるんだ。彼女の気持ちが落ち着くまで……覚悟を決めて向き合えるまで、この島で一緒にリフレッシュしてほしいんだよね」


 アニマルセラピーになるかは不明だが……。

 とにかく、寂しがり屋の彼女の友達になってくれたら嬉しい。


「いってらっしゃい」


 僕は作り立ての羽根が歪まないよう注意しつつ、天丼を浜辺に降ろす。


 海岸は朝日に照らされているのか明るくなり始めていた。

 さざなみが淡いオレンジ色に輝いて、穏やかな潮風も心地良い。オルゴールは止まり、ベッドを包むレースカーテンが静かに揺れている。

 どこからかうみねこの声が聞こえた時、天丼が前脚を伸ばして、猫らしい背伸びをした。

 よかった。生物を異世界化したジオラマに入れるのは初めてだったが、無事に本物になってくれた。


「天丼さん。よろしくね」

「オヤツは?」

「は?」

「おれちゃんにタダで働けって? やーだー……」


 天丼は不機嫌に後ろ脚で砂浜を蹴る。

 それは、我が家の愛猫カツ丼が不機嫌になった時の癖とまったく同じで……まさか!


「――っ!」


 顔面に冷や汗が一気に吹き出した。


「おれちゃんを無視してスヤスヤしてるのズルくなぁい? おれちゃんもねんねするー!」

「もう少しお喋りしたい! ……じゃねえ!」


 ちくしょう、本音が出ちまった!

 そうじゃない! そうじゃないぞ!


「カツど、違う! 天丼、待ってくれ!」


 僕の制止も虚しく、天丼はベッドへダッシュ。レースカーテンに爪を引っ掛けて登り、隙間からドーン! と中に突撃した。


「まずい。まずいぞ! うちのお猫様をモチーフにしちゃってるから……もしかして、性格まで反映されたのか⁉︎」


 ミニチュア使い魔が喋っていることとか。

 異世界の住人には見えないはずの僕と会話できていることとか。

 驚くことは他にもたくさんあったが、僕はそれどころではない。

 なぜなら我が家のおにゃんこさまは、一日三十回以上可愛いと言われないと気が済まないオヤツ大好き我儘プリティ坊や……そう!

 彼こそは、世界で一番王子様なんだ!


「やべえ! アニマルセラピーとかの問題じゃねえ!」

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