第3話 キャプテンスケルトン

「もう、十時、だよ……」


 ジオラマ内と現実では時間経過の速度が異なるみたいだ。これは新発見。だが、しかし。

 喜ぶ暇も、深く考察する余裕もいまはない。

 存在しない声帯から凄まじい雄叫びを上げ、スケルトンが駆け出した。はっきりとした殺意を持って、少女に赤錆びた剣を振りかぶる。

 僕は手を入れて少女を庇おうとしたが、それよりも先に、


 ゴウッ!


 と、スケルトンが燃えた。


「……はあ?」


 目が点になる僕。

 庇おうとした手は、半端な位置で止まった。


「また、安眠、妨害、した、な……」


 少女に攻撃を仕掛けたスケルトが、毒々しい緑の炎に全身を舐められる。炎に抗ってスケルトンは暴れるが、抵抗虚しく灰も残さず燃え尽きた。


「わたし、は……一日、十五時間、は、寝ない、と……無理、な、の、に……」


「猫みたいな睡眠時間だなあ」


 ツッコミをすることで少し冷静さを取り戻す。

 冷静になった僕は、虚空に停止させたままの腕をそっと下ろした。


「夜、は、寝、ろ」


 ド正論。

 ごめんね。夜更かしタイプだと思っていたよ。


「起きてる、のは……わたし、だけ、で、いい……ヒヒッ」


 前言撤回。やはり夜更かしさんだ。

 彼女はベェッとスケルトンたちに舌を出す。

 次の瞬間、今度は少女の身体が炎に包まれた。炎の中からツバの広い三角帽子と箒が現れる。

 魔女帽子には、獣みたいなギザギザの歯を生やした大口が付いている。


「あっ、箒は持ってたのか」


 ツッコミその二。

 正直、意識してツッコミを入れていかないと信じられない光景の数々に、意識を持っていかれそうになるんだよね……。


「よい、しょ……!」


 我を忘れないよう堪える僕の眼下で、少女は己の身の丈よりも大きな箒を軽々と操る。

 穂先で砂浜を強く掃くと火花が散った。

 何かを感じ取ったスケルトンたちが一斉に少女へ襲い掛かるも、そのすべてが一瞬で炎に包まれる。

 骨の燃える独特の焦げ臭さに、頬が引き攣った。


 岸辺のスケルトンが全員燃え尽きると、今度は幽霊船にいるスケルトンたちが顎をガチガチと強く鳴らす。

 それを合図に、船の奥――船長室から巨大なスケルトンが飛び出てきた。

 そいつは他と違って四本腕で、骨の尻尾まで生えている。


 ドクロマークのついた海賊帽子とボロボロのコートは、まさに海賊のキャプテンと言わんばかりの格好だ。

 キャプテンスケルトンは尻尾で甲板を叩き、四本腕に構える大剣を振り回した。呼応して、船に残っているスケルトンたちが武器を掲げる。

 激しい殺気と悪意に満たされた船上。

 キャプテンスケルトンは、鋭い咆哮とともに船から跳躍した。


「う、る、さ、い」


 キャプテンスケルトンが燃えた。

 落下の途中で。

 少女の前に着地する前に。

 空中で緑の業火に焼き尽くされた。

 くすぶった骨カスが、ジュゥ……と虚しい音を立て、海に消えていく。


「…………」


 僕は目元を押さえ、天を仰いだ。

 これは彼女にとっての現実リアルだ。

 秩序の整った社会で暮らす一般人の僕は、命を賭けた戦いなんて経験がない。だから、たった一瞬の躊躇が命取りになる感覚を僕は知らない。

 でも、彼女は、知っていた。

 知っているからこそ躊躇なく攻撃したのだろうし、それは正しい判断だ。

 僕だって、少女が苦しむ姿は見たくない。

 けど、だけど、ごめん。言わせてくれ。


「せめて! せめて、目の前に降りてくるまで待ってあげてくださいっ!」


 腹の底からツッコミ三。

 ちょっと、ちょーっと、スケルトン側に同情してしまった。同情の余地などない悪意のある相手だとは理解しているけど、ここまで呆気なく倒されると感情的な部分が揺れる! 可哀想になってくる!


「お、や、す、み」


 複雑な感情に下唇を噛み締める僕の前で、他のスケルトンたちも余さず炎に飲み込まれた。


「……お疲れ様です」


 複雑な心境を整理するためにも、僕は少女に拍手を送る。よしよし、頭が冷えてきたぞ。


「キャー! さすがざますね!」

「ありが、と、う……ママ」


「ンぶふっ、ッ――!」


 冷静になっていた情緒がまた爆発しかけた。鼻は盛大に爆発したか……ズビッ。


 さあ、ここにきて魔女帽子が喋ったぞ。

 しかも少女は帽子に対してママと呼びましたが、ママとは母の意味でよろしいのでしょうか?


「ワタクシたちの乗っていた船を襲ったスケルトンざますね?」

「うん……あの時、も、安眠妨害、された」

「あの時は他に二隻いたのも厄介だったざます」


 なるほど。少女がここに漂流したのは、乗っていた船がスケルトン海賊に襲われて転覆したからか。

 それなら容赦なく倒しにいくのも頷ける。


「でもこれで全部燃やしたざますよ! オーッホッホッホッホ!」

「そう、だね。ヒッヒッヒッ……」

「船も、他の二隻同様燃やすざますか?」

「う、ん」


 頷くと少女が箒の穂を幽霊船へ構える。穂先に火花が散ったのを目にした僕は叫んだ。


「これはください!」


 幽霊船を鷲掴んだ刹那、豪快な火柱が海面から巻き上がった。


「うぉおっ!」


 海の一部を蒸発させるほどの火力に、鋭い熱を感じた僕は上半身を仰け反らせる。

 火柱はすぐに消えたが、僕の心臓はバックバク。……あ、危なかった。


「よかった。幽霊船も無事で」


 僕は救出した幽霊船の表面を一撫で。あれ? ジオラマ内で見ていた時と感じが違うぞ?


「これで討伐依頼クエスト終了クリアざますね。今回はヒヤヒヤしたざますよ?」


 幽霊船観察をしようとしたがママ帽子の声が耳に入り、目線をそちらに戻す。幽霊船はあとでじっくりとチェックしよう。


「行きの船から飛び立って幽霊船を沈めたのはいいものの、途中で眠くなって箒から墜落なんて……。やっぱり、船の上から魔法を打ち込んだほうがよかったんじゃないざますか?」


 会話の内容からするに、少女の乗ってきた船は無事のようだ。幽霊船から味方の船を逃すために空を飛んで、自分が囮になりながら二隻の幽霊船を倒したということか?

 おおっ、なんて勇ましい子なんだ。


「早く魔導機関ギルドに帰るざます!」

「で、でも、わ、たし……」

魔導長ギルドマスターが就任早々長期不在なんて、よくないざます!」


 急かすママ帽子。


「わ、たし……は」


 少女は俯き、ギュッと箒を握り締める。そして。


無人島ここに、引き、こもる……!」


 聞いたことのない声量で、力強く宣言した。


「無理! わたし、は、引き、こもって、寝て、いたい! 食べて、寝て、本、読んで、魔法、使って、寝て、寝て、寝て、寝たい! 魔導長ギルドマスターなんて、したく、ない!」


 帰えら、ない……!

 と、少女は絶叫すると、ビターン! と砂浜に大の字になった。


「ダメざます! あなたは選ばれたざますよ!」

「選ばれたく、なかった! なのに、勝手に……。だから、討伐依頼クエスト中、に、失踪、すれば……ヒヒッ! きっと、新しい、魔導長ギルドマスターが、選ば、れる。この島、は、地図、に、ない……みんな、知らない。ヒヒヒヒヒッ!」

「まさか意図的に失踪する気でこのクエストを受けたざますか⁉︎ 乗っていた船を帰らせて、一人で幽霊船に立ち向かったのもこのためざますのね!」

「ヒヒッ、イッヒッヒッヒッヒッ…………!」


 少女は笑いながら両腕を僕のほうに伸ばした。

 その手には箒が握られたまま。何かを察したママ帽子が「まだ話は終わっていなーいざます!」と怒鳴るも、二瞬目には箒とママ帽子が燃える。


「寂しがり屋が引きこもりなんて無理ざますよ!」


 ママ帽子はそれを捨て台詞に、炎の中に消えた。

 入れ違いに、炎の名残りからバサバサとたくさんの本が落ちてくる。

 少女はゴロンと横を向き、そばに落ちた本をペラペラと捲る。それは気を紛らわす仕草だとすぐに察せた。

 彼女はすぐに本から意識を外して、ぎゅっと両膝を抱え丸くなる。


「大丈夫、だ、もん……」


 焦げ臭さが残る無人島に、少女の震え声が反響した。

 少女には帰りたくない理由がある。それはよく分かった。よく分かったからこそ、僕なりに思案したいことがあるが、まずはすべてを放棄してこれだけ言わせてくれ。


「大人がサポートしろ!」

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