二章 無人島ジオラマ
第1話 無人島ジオラマ
「また二人に会いたいなあ……」
願望を独りごちる。
一週間ほど前――自作ジオラマが異世界と繋がった。
原因は不明。夢オチでもない。
摩訶不思議な出来事は僕の心を温かくしてくれて、創作意欲も最高に刺激してくれた。
「二人のおかげで、やる気がなくなっていた作業にもまた手を付けられたし」
僕は自宅で事がおさまるタイプの
無論繁忙期はそうもいかないが、いまは閑散期。
お猫様と暮らす独身男性の嗜みとして貯金もスケジュール調整もきちんとできている。罪悪感は一切なーし! むしろ次のハードスケジュールまでのご褒美として、僕はここ連日遅くまで作業部屋に引きこもっていた。
現在時刻は深夜一時過ぎ。
お猫様は就寝中。完全な自由時間だ!
「またあの二人に会えたら、次はどんなご馳走を用意しよう? もう一度写真を撮らせてもらいたいなあ! ……写真と言えば、まあ、想定外のことも起こったけど」
フローリングにあぐらをかいている僕は、隣に置いたスマートフォンをおずおずと一瞥。
異世界と繋がり、ジオラマやミニチュアが本物になった出来事を忘れたくないと撮った一枚。それをSNSに投稿した結果、初投稿で凄まじい数の反応をいただいてしまった。
『質感えぐい!』
『生きてて草』
『コスプレじゃないんですか?』
などなど……
少年が持っていた剣がガチャガチャの景品だったので、どうにかリアルすぎるジオラマだと納得されたが……。コメント欄が落ち着くまでに僕は部屋の中を何往復したか。緊張のあまり、足攣ったからな。
結局、感情の整理がつかなくなって、僕は再度アカウントを放置しています。
「SNSの拡散力ってこわいなあ」
感傷に浸りつつ、手を動かすことも忘れない。僕は無人島ジオラマにせっせと果物を設置していた。
「あっ、飲み物も忘れないようにしなきゃ」
無人島といえば、ヤシの木が生えたまぁるい島がポツンと海に浮いているイメージがあるけど、これはそうじゃない。
この無人島ジオラマはレジンの海と陸地の二パーツをひとつに合わせたものだ。陸部分はトンネルの空いた岩肌に囲まれる海岸で、形としては入り江に近い。
それなりのサイズだから棚の一番下に鎮座させている。
「前は飲料水を置いたから……今回は味があるやつにしよう」
傍らに並べるクリアケースからオレンジジュースのミニチュアをピンセットで摘み出す。世界観を意識して、ペットボトルではなくガラス瓶のミニチュアドリンクだ。
前にオレンジの果実を設置した時に喜んでくれたから、嫌いじゃないはず。
「これとこれ。あとはー」
さも、漂流物です! と言わんばかりにいくつかのミニチュア食品を浜辺に配置して……それから。
「これは、うぅん。どうしよう?」
僕は片眉を顰める。呻きつつ、クリアケースからそれを手に取った。
「これなら使ってもらえるかな?」
それは手漕ぎボートのミニチュア。
材料はアイスの棒だが、棒と棒をただくっ付けただけではない。形を整えてカットし、紙ヤスリをかけて立体的に作り上げた。色付けもこだわり、ボロいが壊れてはいないこの古めかしい感じを出すのに苦労した。
つまりは、シンプルながらも手の込んだ一品だ。
「ダメ元で置いてみるか」
少し悩んだが、僕はボートを波打ち際に添える。
かたいはずのレジンの波が、ポチャンと水音を立ててボートの底を飲み込んだ。
「⁉︎」
波がゆらゆらと踊り始める。明らかに蛍光灯とは違う光を反射してキラキラと瞬く水面は、もはやレジンではなく本物の海水。
「まずい! 来た……!」
潮風を受け、慌ててジオラマから腕を引っ込めた。
向こうにこちらの姿は見えていないのだから急ぐ必要もないが、なんとなく気にしてしまう。
ふらり、と岩場のトンネルから人影が出てきた。
「ぁ、ああっ、よ、かった……今日も、あった……」
現れたのは青白い肌に濃い隈が目立つ少女。顔に暗い影を落とす紫髪は、初めて見た時はウィッグと疑ったが地毛らしい。
分厚い黒ローブを羽織った少女は、正直無人島に不釣り合いだ。顔色の悪さと存在感の無さからして、ちょっと……いや、かなり真夜中の墓場が似合う。
「ここ、は……物が、たくさん……流れ、着く、なあ……」
少女はゾンビよろしく両腕を中途半端に前に出して、フラフラと波打ち際に近付く。
この少し不気味な……ゴホン、失礼。
この少し不思議な雰囲気の少女が無人島ジオラマに漂流したのは、四日前。
ジオラマが実物になった摩訶不思議体験の余韻が抜け切らない頃。毎夜作業に没頭していた僕は、突然さざなみの音を聴いた。
それは遺跡ジオラマが本物と化した時と同じ感覚で。急いで波音と磯の香りの出所を探った。
原因が無人島ジオラマからだと気が付いた僕は、あの冒険者たちに再び出会えるかもしれないと胸を高鳴らせてそこを覗き込んだ。
――が、しかし。
無人島ジオラマに漂流していたのは、ビッシャビシャの真っ黒な物体。
水を吸って重くなったローブを、僕は黒いゴミ袋と見間違えた。そこから青白い細腕がグッタリと伸びていたら……ね?
不穏な勘違いをしてしまうのも仕方がないだろう。
「あの時はヒャクトーバンしかけたなあ……」
思い出しても血の気が引く。
彼女は生きていて、生きていたからこそ僕はまた別の意味で顔面蒼白になったが……。震える指を気合いで落ち着かせ、ピンセットで彼女を岸へ引っ張るともうてんやわんやだった。
「前に作ったミニチュアポーションが本物になってくれてよかったよ。……頭からぶっかけたのは、大変申し訳なかったけど」
背に腹は変えられないので許してほしい。
そんなこんなで、無人島ジオラマに漂流した少女のため、僕は毎日様々な品を漂流物というていで無人島に置いていた。
実際に、彼女はここを漂流物が頻繁に流れ着く入り江だと思っており、定期的に物拾いにやってくる。
「ぁ……わっ、待っ、て……あっあっ」
波にさらわれたリンゴ。
それを追いかけて、少女は重いローブを羽織ったまま躊躇なく海に入る。フラフラとした足取りは簡単に波に弄ばれてしまいそうで。
……あっ、これ既視感あるぞ!
僕はハッとして身構える。
「ぁじゃべ……!」
嫌な予感は的中。
奇妙な鳴き声とともに少女は盛大にすっ転んだ。大きな水飛沫が上がる。
「またかぁああああ!」
僕は脊髄反射で彼女のローブをピンセットで掴んだ。枝のような体躯を岸に運ぶ。
目を回した少女は起き上がらず、岸辺に突っ伏したまま。彼女は体力がないというか、生活力が皆無というか。色々と心配になるんだよなあ。
「樽に保存食を入れたら樽の中に頭から突っ込んで、そのまま海に流されかけるし。だからバラ置きにしたんだけど……うーん。もう少し海と離したところに置かないと危ないかなあ?」
けど、そうすると漂流物感がないし。
ピンセットをカチカチと鳴らして悩む悩む悩む。むむむむむっ……。
「ぶへぉあ……ぉえっ! ぅげっ、げほげぼほっ!」
懊悩の最中、少女が目覚めた。
よかった。あの程度なら秒で意識が戻ると思ったよ。……本音を言えば、あの程度で気絶してほしくないけど。年齢を重ねると若い子には元気でいてほしい欲が出ちゃうんだよなあ。もちろん、健康の基準は人それぞれだから、口出しするのは失礼だと理解している。でもね、僕個人としてはついつい焼肉でも奢りたくなってしまうんですよ。
そう! 漂流物だって果物ではなく生姜焼き定食をご馳走したいのが本音だ!
けど彼女は食が細そうだし、生粋のインドア派な感じだし。薄暗い部屋で怪しい儀式をしているのが似合いそうだ。
だから、脱出手段があるなら無人島から出て欲しいんだけど……。
「げほげほ、っはー……び、びっくりし……ぁあ?」
不意に少女の声音が変わる。
生気のなかった瞳に明確な嫌悪感が、いいや殺意が滲む。彼女はボートをきつく睨んだ。
次の瞬間、ボートが炎上した。
蛇のように蠢く業火に食い荒らされ、ボートは一瞬にして灰と化す。
「やっぱりかあー……」
これで三回目だ。僕は頭を抱えた。
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