第3話 ミニチュアアンティーク
「せ、先生がぼくを買ってくださらなかったら、ぼくには妹を助けるチャンスすらありませんでした。借金をしてまでぼくを買ってくれて、ありがとうございます」
「しゃ、借金のこと誰から聞いた⁉︎」
「
「あのクソオヤジッ! 余ッ計なことを……!」
顔を歪め、女性は腹立たしげに頭を掻く。
「……別に、お前のためでもねえよ。これは、アタシのためだ」
少し口ごもりながら女性は呟いた。
「アタシにも、いたんだよ。妹が。アタシと違って美人でね。だから……お前の妹と一緒。金なくて、売られたんだ」
女性は「お前らと違うのは、実親からってとこか」と、自虐的に笑う。
「元貴族のガキ共が闇市で売られてるって聞いて、最初は冷やかしだったんだ。でもお前を見て、なーんか重ねちまったんだよな」
己の心情を吐露する女性。視線は手元のクロワッサンサンドに落とされているが、彼女の意識はどこか遠くを見ている気がした。
「アタシはさ、守れなかったから」
「……先生」
「なわけで、これはアタシのため。お前が妹を守れたらアタシも罪滅ぼしができる気がすんだよ」
「それでも、あんな多額の借金を……」
「こちとら元から借金まみれの生活してんだ。そんなに変わんねーよ。……謝るのはこっちだ。悪いな、アタシの罪悪感を勝手に背負わせて……」
「そ、そんなことありません!」
申し訳なさそうな女性に少年は即答した。
「それを聞いて、嬉しいです。ぼくは先生に頼ってばかりで……自分のことすらまともにできなくて、ずっと悔しかったんです」
少年は柔らかく微笑んで、膝を折ると彼女と目線の高さを合わせた。真っ直ぐな瞳が女性を射る。
「先生の思いを背負えてるって知って、すごく嬉しい!」
最初の頃の弱々しさは消え、少年の表情は明るくなっていた。
少年の真摯な気持ちを受けた女性は驚いたのか硬直していたが、すぐにニッと白い歯を見せる。
「うるせえ! 生意気言うな!」
「うわっ!」
女性は彼の金髪をワシャワシャと雑に撫で回した。
あーあ、これは照れ隠しだなあ。
「お前の妹が売り飛ばされるまであと五日。五日以内に二百万稼いで、お前が一括で買わなきゃならない。普通なら無理だが、ダンジョンにはお宝物が眠ってる。やるしかねえだろ?」
「はい! 絶対にお宝を見つけてエイミーを助けます!」
「よし。なら腹ごしらえだ! お恵みってんなら、遠慮なく食おうぜ。そんで、今度は妹を連れてまた来るぞ。アタシが、二人とも守ってやるから」
「先生の借金も返済しなきゃいけませんしね」
「っるせー! まずはお前の二百万だろ!」
「えへへっ、頑張ります!」
少年は女性の隣に座り直すと笑顔でクロワッサンサンドを頬張った。女性のほうはアップルパイに手を伸ばす。
僕はというと……「うぅ」涙を堪えていた。
鼻を啜る。ズビズビズービッ……。
だって、あんなやり取りを目の前でされたら涙腺のひとつやふたつ緩むだろう!
学生時代は若さのせいもあって泣く行為にやや抵抗があったけどね。三十歳手前にもなりますと、もう関係ねーや! 感動することには素直に感動する。感動した!
最初は買ったなんて不穏な単語を聞いて女性に不信感を抱いたけど、いまはガラリと印象が変わった。彼女は不器用なんだ。
そして、少年は健気でいい子だ。
事細かな事情までは分からないが、少年の妹を助けるために大金が必要なのはよーく理解した。
こんなの、放っておけるわけがない!
「確か、前に作ったはず……!」
僕は急いで踵を返す。ミニチュアグッズをまとめているプラスチック収納ボックスを探った。
ええっと……どのケースだ?
「アンティーク家具セット、アンティーク家具セットはどこに……」
引き出しタイプの収納ボックスにはいくつかのクリアケースが積んであって、そこに作ったミニチュアを詰めている。
「あった!」
僕は目的のクリアケースを引っ張り出した。
作業机に戻ると、座るのも惜しくて突っ立ったまま前屈みの状態で作業を始める。小分けにされているケースの中身を、ピンセットで一個一個摘み出した。
「これが本物になれば、きっと相当な金額になるはずだ……!」
まず取り出したのはアンティーク風の宝石箱。
箱そのものにも力を入れたが、中身はもっとこだわった。なんせ本物のベルベット生地を敷き、その上にミニチュア装飾品たちをしまっている。
他にも鏡や食器、ティーセットなどなど……とにかく高そうなものを厳選する。
それらを、革製のミニチュアリュックに突っ込んだ。
「彼らの世界の二百万がこっちの世界の二百万円と同じ金額かは分からないけど……。これだけあれば、どうにかなるだろう!」
僕はリュックをパンパンに太らせる。
あっ、あれも入れよう。
僕は少年が棍棒を腰に吊るしていたことを思い出し、ミニチュアソードを用意した。これは自作じゃなくて、ガチャガチャで買ったやつ。全種類ほしくて何度も回したから、
「万が一の時は、これも売れるだろうし」
僕は用意したものをさっきと同じように二人の背後に置こうとする。
「この花みてえな菓子、アンプルの菓子だぞ! アタシ、アンプル好きなんだよなー」
「ああっ! ぼくの分も残してくださいね!」
「アタシのほうがデカいんだから寄越せよ」
「ぼくも成長期です!」
二人は食べるのに夢中だ。
まずは剣を。それからリュックを……うわっ!
ピンセットからリュックが滑り落ちて、ドーン! ガッシャーン!
そこまでの効果音は出てないけど、勢いとしてはそのレベル。流石に詰めすぎたな。
リュックの中身が、散らばってしまった。
出た中身を拾い集めたかったけど、落下音で二人にバレてしまったわけでして……。あちゃぁ。
「…………」
「…………」
振り返った格好のまま
ピンセットは見えていないみたいだけど、僕は「驚かせてすみません」とピンセットを一礼させるふうに動かしてから引っ込めた。
「ハッ? ……ハァアアア⁉︎」
「ええええええええっ!」
そんなに絶叫したら喉潰れますよー?
あと、目玉落ちそう。そこまで目を見開かないで……なーんてほざくのは、嫌味になるかな?
豪華料理のあとに現れた財宝の山に、二人はパニックを起こしている。
「だ、か、ら! アタシは今更神に祈れねえよ!」
「か、代わりにぼくが祈ります!」
「あーっもう! いっそのこと罠であってくれー!」
頭を掻き乱して地団駄を踏む女性。
少年は指を組んで祈り始めようとするが、その手には食べ途中のクロワッサンサンドが。少年はそれを小さな口にかっ込んで、咽せる。
わあ、ここまで感情が爆発している人を眺めるのは愉悦だなあ。わははははっ!
「バッカ! 落ち着け! こんないいもんガッツいたら胃が引っくり返るぞ!」
「げほっ! す、すみませ……っごほごほ!」
女性が咳き込む少年の背中を叩く。
ミックスジュースの追加はいりますかー? なんちゃって。そこまでしたら、二人の目玉は本当に飛び出しかねない。
バタバタしていた二人は互いに深呼吸をして気持ちを落ち着き合わせると、ソロリ……とリュックに近付いた。
女性は膝を突き、散らばってしまったアンティークたちを見回す。ふと、例の宝石箱に手を伸ばした。
「せ、先生……?」
緊張した面持ちで女性の手元を覗き込む少年。
女性は蓋の表面を慎重に撫でる。
「仕掛けは、ない」
額に汗を滲ませる女性は生唾を飲み込んでから宝石箱を開いた。
「……ざけんなよ」
中身を確認し、舌打ちとともに悪態をつく女性。
「こんなの、アタシの借金を帳消しにしても釣りが来るぞ」
「⁉︎ そ、それってつまり……!」
目を剥く少年に、女性は肩を竦めると一言だけ告げた。
「目標達成だ」
それを聞いて、少年は間髪入れずに女性に飛び付いた。大きな大きな泣き声が、ジオラマから響いてくる。今度こそ、彼の涙の意味は感涙だ。
少年だけじゃなく、それは女性の瞳からも一筋零れ落ちた。
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