第2話 ミニチュアランチセット
「きっと守護神さまのお恵みですね!」
「バカ言うな。そんなのいたら、テメーもテメーの妹も貴族のままだろ」
女性は鼻を鳴らす。
遺跡ジオラマに意識を戻すと、二人は僕が落としたミニチュアトーストを発見していた。
少年は宝物でも扱うふうな手付きでトーストを持ち上げる。
「罠にしては手が込んでるっつーか……こんな豪華なモン、簡単には手に入らねえぞ?」
「こんな宝石みたいなパン、どこのパーティーでも見たことがありません!」
「幻術の類でもなさそうだし……冗談抜きでなんだ?」
片眉を顰め、首を捻る女性。
そりゃあ、遺跡にこんな場違いなトーストがあったら疑うだろう。しかも、話を聞く限りトーストは出来立てらしい。
目を輝かせる少年とは違い、女性は警戒している様子だが……明らかに食欲に負けている。
何度も唾を飲み込んで、ソワソワし始めた。
「上に乗ってる緑のは、キュイの果実か? いいや、あれはもっと水気が多い。こうもキレイに切れるはずがねえ。下のは……燻製肉? ここまで瑞々しい燻製肉があるもんかね?」
「はぁー……いいにおいですね」
「毒、の感じはねえな」
女性はスンスンと鼻を近付ける。
毒の確認にしてはにおいを嗅ぐ時間が長い。そして、深呼吸すぎる。
「パンの焼き加減も素晴らしいです! こんなにきれいな焼き色……王都のパン職人もできませんよ!」
えっ! そこを分かってもらえて嬉しいです!
ちなみに、具材を乗せてしまって隠れているけど、裏面だけじゃなくて表面の焼き目もちゃーんと細部までサクサク感を意識して塗ったんだよね。
本物になるとそんなに美味しそうな焼き加減なのかあ。頑張って塗ってよかった!
「守護神さまの恵みに感謝します」
こだわりが反映されている幸せに浸っている間に、二人は食べる決意をしたらしい。
少年は仕方がないとして、警戒心が高そうな女性まで食べるのは少し意外だ。いや、彼女たちにとってこのトーストは高級料理の様子。
つまり、負けたのだ。食欲に。
僕の作ったトーストは二人にとっては魔性の存在らしい。……なんか、それは、すごく、すごく嬉しいなあ。
「っ!」
「んんっ⁉︎」
二人が目をかっ開く。
「うっま!」
「美味しいです!」
二人は同時に叫んだ。
それを聞いた瞬間、僕は「よっしゃ!」と声を出して強く拳を握り締めてしまった。
「この緑の実、初めて食べましたけど不思議な味ですね。野菜? 果物? どっちにしても柔らかくて美味しいです! パンもかたくない! 燻製肉もこんなに薄いのに味がしっかりとしてて……おいひいれふ!」
「燻製じゃねえよ。これ、まさか生肉か? 臭くないのに? 生肉なら……食っていいのか? 生肉なんてあり得ねえだろ。クソッ、なのに……これなら食って死んでもいいと思っちまう!」
「このクリームも美味しい! なにクリームでしょう? こんなの食べたことがありません!」
二人は半分に分けたトーストに勢いよく齧り付く。パンクズひとつ残さないと言わんばかりの迫力だ。
「美味しいしか言えません! 美味しい!」
「こんなメシ初めて食べた……」
「ぼくもです!」
「ダンジョンはなにが起こるか分からねえって言うが……こんなトラブルなら大歓迎だな」
ミニチュアトーストは大好評。こだわり尽くしたミニチュアだったからこそ、ここまで絶賛されると照れてしまう。
実は、僕は作ったミニチュアを他人に見せたことがない。だから初めて自分の作品を褒めてもらえたことが本当に嬉しくて、しかも味まで好評なのは少し不思議な感覚だ。
だって、実際の調理だったら僕はこんな料理は作れないから……。
「ミニチュア料理なら自信あるんだよね」
好奇心と興味が湧く。
「他のミニチュア料理も、本物になればきっと美味しいと思うんだよな」
僕は散らかったままの作業机をチラリと一瞥。ジュバッ! との効果音がつきそうな速さで行動した。
僕は作業机に置いてあるバスケットをピンセットで摘む。トーストに夢中になっている二人の背後に食べ物が入ったバスケットを、コソッと置いた。
「……ん? 何のにおいだ?」
ピンセットを引っ込めたタイミングで、女性が振り返る。すぐににおいを感じるってことは、これも出来立てになったらしい。
「ま、また食べ物ですよ!」
女性に釣られて後ろを振り向いた少年のほうが驚愕の声を上げた。
二人は顔を見合わせたあとバスケットに駆け寄った。興奮気味に中身を取り出していく。
フルーツミックスジュース。
野菜たっぷりクロワッサンサンド。
このバスケットはミニチュアランチセットだ!
紙バンドでちまちまと編んだミニチュアバスケットに、別で作ったミニ料理たちを丁寧に詰め込んだ。
さっきのトースト同様、魔法の森のカフェに置く予定だったので魔女が作った料理のイメージなんだよね。
二人は喉が渇いていたのか、真っ先にミックスジュースの瓶を開けた。それを一気にあおる。
突っ立ったまま、ゴクゴクと喉を鳴らして飲む姿は見ていて気持ちがいい。
「ッ――ぶっはぁあ!」
豪快に飲み干した女性。まるで美酒でも飲んだ後みたいだ。
「オイオイ……冗談はやめろよ。ホントに守護神様の恵みだってのか? 冒険者でも、アタシは
今更祈れねえよ。と申し訳なさそうな苦笑いを浮かべて天を仰ぐ女性。
彼女とバッチリ目が合ってしまい、僕は心臓が跳ねた。
「あっ! えっあのっ……よ、喜んでもらえて嬉しいです! か、神様じゃないんですけど……」
咄嗟に口走るが、女性はすぐに顔を逸らす。その場にあぐらをかいて、次はクロワッサンサンドに齧り付いた。
「ここにも肉が入ってるぞ⁉︎ しかもさっきとは違う肉!」
あ、そっちは生ハムじゃなくて普通のハムです。
野菜たっぷりだけど、色取り的にハムや玉子を入れると綺麗になるんだよね。
ミニチュアサンドって種類にもよるけど、基本的にはパッと見て挟んである具材が分かるように作るからさ。
「かかってるのは……
勿体無いと言いつつも、女性は食べるのがやめられない様子。僕のことはお構いなしだ。
「僕のことが、見えてない?」
どうやら、向こうからこちらは認識できないみたいだ。より不思議さが増したが、安心もした。
だって……気まずいじゃないか。
向こうからすれば僕は謎の巨人。こちらからすれば二人は自作ジオラマに突然現れた謎のミニチュア冒険者。
互いに混乱せずに接し合うのは難しいと思う。
特に、向こうの二人がね。
一安心した僕は堂々と、けれど静かに二人を見守ることに「ど、どうしたのっ⁉︎」
静かに見守るつもりが、つい声を荒らげてしまった。
「ぐすっ、っうう……」
少年が泣いていた。
まさか不味かったのか? それともアレルギーでもあった? しまった。調子に乗ってアレルギーの有無を考えずに料理を出してしまった。
く、薬も本物になるのかな⁉︎ 僕は急いでミニチュア医療グッズを探そうとしたが――
「本当に、本当に美味しいです……」
震える手で瓶をしっかりと握り締め、涙を溢しながらも少年は噛み締めるようにフルーツミックスジュースをもう一口飲んだ。
どうやらアレルギーではないようで、僕はひとまず胸を撫で下ろす。けど、美味しさに感極まって泣いているのとは違う気がする。彼の涙の理由は、感涙だけとは思えない。
そんな僕の予想は、当たっていた。
「……エルシーにも、食べさせてあげたい……」
嗚咽混じりに吐き出された名前を聞いて、クロワッサンサンドをがっついていた女性の動きも止まる。彼女はバツが悪そうに少年から顔を逸らし、舌打ちをした。
「……お前しか買えなくて、悪かったな」
そっぽを向いたまま呟く女性。
少年は間髪入れずに強く首を横に振った。
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