第50話 明かされる三大美女の"想い人"
二大イケメンとの一悶着も二学期開始早々に終わり、また平和な日常か始まった九月のある日。
碧斗の所属するクラスでは、夏休みの思い出を振り返る者がほとんどだった。
それは、夏休みが終了してから一週間経った今でも絶えずに話されており、本当に、各々が充実した夏休みを送っていたことが伝わってくる。
勿論、碧斗と翔もその一員、そして夏鈴もその一員である。
何となく、翔と夏鈴の二人の間には、新しい空気感が漂っている気がした。
「……なんか、なんて言うんだろうなこれ」
「ん、どうした?」
とある休み時間、不意に不安そうな表情を浮かべる翔に、碧斗は不思議そうに問うた。
「なんかよ……夏鈴ちゃんと会うと恥ずかしいっていうか……」
「……んだそれ。らしくなさすぎだろ」
「じ、自分でも思ってるんだよそんなことは。ただどうしても……前の友達みたいな距離感で話せないって言うかさ……」
翔の不安な気持ち、否、恥ずかしい気持ちは、当然恋愛感情から来るもの。
好きな女の子とトークでやり取りした翌日、好きな女の子と寝落ち通話した翌日、好きな女の子とデートした翌日。
そのどれにも共通する、甘酸っぱくて美しい気持ちだ。
とはいえ、普段は男らしい言動と雰囲気を纏う翔には、らしくなさすぎる発言だった。
「まあ、そんなもんだろ」
「そんなもん? どういうことだ?」
「一緒に帰ったり遊んだりした日の翌日って、誰でも謎に気まずくなるってことだよ」
偉そうに語る碧斗だが、恋愛経験だけで言えば翔よりも圧倒的に上だ。
そして何より、三大美女と碧斗の関係性を知っている翔は、その言葉に疑問を持つことはなかった。
「……なんか説得力あんなお前、さすがだわ」
「褒めてんのかそれは」
遠回しに女たらしと言いたいのか、純粋に尊敬の念を向けているのか分からない翔に、碧斗は若干不服そうにツッコむ。
すると、空席だった隣に人影が見えた。
「翔くん、褒めてるよねー? あの三大美女を落としちゃうんだから!」
なぜかテンションが高い夏鈴が、勢いよく座りながら二人の会話に入ってくる。
その顔には、目に見えて分かるほどに、普段よりも柔らかい表情が浮かんでいる。
「そ、そうだ! 夏鈴ちゃんの言う通りだぜ?」
「ね? だよね?」
「お、おう!」
夏鈴が翔を覗き込むように言うと、翔はそれに耐えられず目を逸らす。
「……」
「な、なんだよ」
夏鈴が来た途端、露骨に頬を赤らめる翔に、碧斗はニヤつきながら意地悪な視線を送る。
目を逸らした先には碧斗の顔があり、翔はちょっと後悔した。
そのやり取りを見ていた夏鈴は、つぶらな瞳を見開いて、頭にハテナマークを浮かべていた。
「てか、夏鈴は夏休みの課題やったのか?」
テンションが高い夏鈴に、推測混じりで碧斗が問う。
すると、夏鈴は人差し指を振りながら「のんのんのん」と前置きし、
「夏鈴は努力が出来ない人間なんです……よっと!」
そう言いながら、自分の机の引き出しから10枚ほどのプリントを引っ張り出してくる。
「あの、そんな堂々とする事じゃないと思うんですが……」
「ふふん、そうやって落ち込むにはまだ早いよ?」
怪訝な表情を浮かべる碧斗に、夏鈴は何故か誇らしげに対応。
すると、何枚かのプリントをペラペラと指で捲りながら、
「ほら! ちゃんと終わってるのもあるんだから!」
「それ、全部終わってるの時の言い回しだろ!」
「えへへー、いいのー。細かい事は気にしない!」
「絶対気にするべきだな……」
まあ、終わらせる気はあったのだろうが、そこですんなり終わらないのが夏鈴流だ。
そんな夏鈴に碧斗は苦笑を浮かべると、その顔を見た夏鈴は「むっ」とリスが怒っている様な表情に変わり、翔へと視線を送った。
「もう、翔くんはどっちの味方? 宿題やる派? やらない派?」
常識人であれば、答えがただ一択の簡単な質問だ。
が――
「――やらない派だろ! 当たり前だよな!?」
視線を合わせないまま、翔は即答する。
好きな女の子の意見だ。賛同しないわけがない。
「そ、え、即答!?」
「だよねー! さっすがー!」
そんな翔に心底驚く碧斗の隣、夏鈴は満点の笑みを浮かべていた。
恋心とは、恐ろしいものである。
そして何より、翔はきちんと課題を終わらせている時点で、意見が破綻している事は大目に見よう。
「そ、その通りだぜ夏鈴ちゃん こいつちょっとおかしいから、トイレで説教してくるわ」
「おかしいのは……ちょ、おい! あー!」
満面の笑みの夏鈴の可愛さに耐えきれなくなった翔が、正論をぶつけようとした碧斗の腕を強引に掴みトイレへと向かっていった。
――結局、夏鈴のテンションが高い理由は判明しないまま。
◇◇◇◇◇
翔と碧斗が居なくなった教室内。
そのタイミングを見計らっていたかのように、クラスが一気に騒がしくなった。
「おい……出てったぞあいつら……」
「あいつら、いや、"間宮は"関係ないだろ!」
「あ、そうだな。確かにそうだった」
とあるクラスメイトが、何やら怪しそうな会話をしている。
――そして、夜桜小春は微笑んだ。
その微笑みの元に、一気に人だかりが出来た。
登校してからすぐの朝も、このように人だかりが出来るのだが、今日は何となく熱量と目線が違う。
――そして、騒がしくなっていた源泉を、クラスメイトは小春へとぶつけた。
「流川碧斗とデートしたの……?」
「流川くんと夏祭り行ってたって本当……?」
「"あーん"したって聞いたんだけど……」
「火のないところに煙は立たないって言うよね……」
一人、また一人と、小春に対して言葉を向ける。
――その内容は、全て夏祭りについてだ。
三大美女の一角、夜桜小春の熱愛スクープともなれば、クラス内の衝撃度も関心度も格段に上がる。
元々、碧斗との距離が異様に近いことで噂にはなっていたが、実際に学校外での絡みで噂になるのは初めてだった。
「小春ちゃんが二大イケメンに何もされなかったのって……」
二大イケメンとの一悶着があったのが、陽葵と乃愛ということもあって、噂の信ぴょう性は上がっていく一方だった。
――が、その声を聞いても、夜桜小春の表情は何一つ変わらない、否、嬉しそうになっていった。
「――ふふ、そんなに驚きますか?」
噂を口にするクラスメイト達へと、優しい微笑みを浮かべる。
その、否定もしない小春に、クラスメイト達は言葉通り驚きが増すばかりだった。
「驚くよそりゃ! なんで流川碧斗なの!?」
「私もそう思う! なんで!?」
「てか好きなの……?」
そう、碧斗が居なくなってから話し始めたのは、これが理由だ。
「なんで!?」と、純粋な理由を聞くために、本人が居ない所を見計らっていた。
「なんで……難しい質問ですね」
その問いに、小春は指を顎に添えて首を傾げる。
――まだ、決定的な言葉は言わずに。
もう少し泳がせて、クラスメイト全員の注目をこちらに向けてから「好き」という事実を浴びせるつもりだ。
夏祭りが終わり、噂が流れ続ける今。
――もう、偽りの完璧を脱した小春の中に、留めておく事は何も無い。
だから、「碧斗が好き」と、言いたくて言いたくて仕方ない。
私だって恋する女の子だ、って。
それは、二学期が始まった時から、強く心の中で想っていた事だった。
小春はそんなことを考えながら――"噂"を、堪能していた。
小春の元へ、クラスメイトの騒ぎ声、そして目線がら強くなっていく。
中には「俺もあーんされてーんだけど……」と、羨望の目線を、不在の碧斗へと向ける男子も居た。
が、そんな声は、悲しいことに小春には届いていない。
強いて言うならば、「俺を選んでくれよ!」と、碧斗に嫉妬する声だけだ。
「小春ちゃん、答えてほしいな」
「私も気になるよ、さすがに」
明確な答えを口にしない小春に、クラスメイトの願望が降り注ぐ。
視線は増え、言葉は増し、時間は経つ。
ついに満を持して、小春は口を――
「――はーい、こっち注目してー!」
開こうとした時、聞き覚えのある声が教卓の方から響いてきた。
小川先生は居ない。
だとすれば誰がその声を――
「……乃愛?」
その声へ視線を向けた小春が、名前を口にした。
視界に入るのは、美しい金髪、モデルのようなスタイル、端正な顔。
その声の主は――同じく三大美女の一人、如月乃愛だ。
「おーい……って、私の方に全然向いてくれないじゃん!?」
ただ、小春の噂が強すぎて、乃愛の発言にクラスメイトは目も向けない。
改めて、乃愛は小春の取り巻きに嫌悪感を覚えつつ、そんな影響力を持つ小春を少しだけ尊敬する。
すると、そんな乃愛を感じたのか、小春が自分達を囲むクラスメイトへと優しく微笑むと、
「まず、乃愛の話から聞きましょうか。答えはその後に言いますから」
その発言を聞き、クラスメイトは素直に乃愛の方へと視線を向ける。
「よし……みんな静かになってくれてどうもです」
そして乃愛は、B組に沈黙が訪れたことを確認すると、前に出てきた目的を語り始めた。
「――私から小春に言いたいことがあるんだけど」
その、どこか怪しげな表情をする乃愛に、クラスメイトの視線は更に乃愛へと集まっていく。
「小春の"熱愛スクープ"を遮る程の内容なんだろうな!?」なんて言うような視線もあるが、乃愛はそんな事を気にしていない。
ただ一点、乃愛の目線は小春の眼球を捉え、美女と美女の視線が交錯している空間が出来上がっていた。
「なんですか……?」
が、真意が分からない小春は、キョトンと目を丸くしていた。
「なんですかって……。あんたも分かってるでしょ、この状況」
「この状況……あぁ、碧斗くんとの"夏祭り"ですか」
「そうよ。その事」
ただ淡々と繰り広げられる美女達の会話を、クラスメイト達は黙りこくって聞いていた。
「それがどうしたんですか?」
「そろそろあんた達の周りがうるさいから、この場で今、言ってくれる?」
「言う……?」
「――碧斗の夏祭りに行ったかどうか!」
静寂の中、乃愛の一言で空気が変わった。
全員が知りたかった事を、全員の前で、そして静寂の中で、"言え"と言うのだから。
乃愛は、勿論知っているし、自慢の写真すら見せられた立場だ。
とはいえ、それはクラス内が騒がしいことの不快感とは関係ない。
だからこそ、この場で言えと、乃愛は言っている。
――が、それは小春にとって好都合だった。
泳がせ、全員に聞かせたかった小春にとって、絶好すぎるシチュエーションが出来上がった。
「ふふ」と、妖艶な笑みを浮かべた小春は、一拍置いてから――乃愛の要求を飲んだ。
「――碧斗くんと、夏祭りに行きました。"あーん"もしたし、一緒に花火だって見ちゃいました」
クラス全員に聞こえるように、そして嬉々とした声色で、小春は頬を赤らめながら口にする。
それを聞いたクラスメイトは、唖然として開いた口が塞がっていなかった。
「ふん。どう? 噂は堪能した?」
「はい。させていただきました。出来れば碧斗くんもこの場に居てほしかったんですが……」
「あっそ。で、どう思ってるの?」
欲が暴れ回る小春に、乃愛は不満げに問う。
そして、尚も開いた口が塞がらないクラスメイト達を傍目に、小春は――言い忘れていた、一番大事な言葉を口にした。
「――大好きな碧斗くんと行けて、私は幸せです」
クラス内に響く、衝撃の言葉では言い表せない程の事実。
語る小春の頬の紅さからも、その言葉が真実である事が伝わった。
「こは……え……今なんて……?」
「――碧斗くんが大好きですって」
クラスメイトが、衝撃のあまりに問いただしてみても、内容は変わらない。
その会話を聞いていた乃愛が「はぁ」と一息つくと、
「その感じ、ちょームカつく! ほんと負けたくないんだけど!」
「負けたくない……? え……?」
乃愛の悔しそうな発言に、ある思考が、クラスメイト全員の頭の中に巡った。
「ねえ、乃愛ちゃんもまさか……」
「そうよ、そのまさかよ。この際だから言わせてもらうけど――私も、碧斗の事が大好きだから」
――小春がそう考えるならば、乃愛も同じ。
「碧斗が好き」って、言いたかった。自慢したかった。
体育祭と夏祭りで、陽葵と小春ばっかり碧斗を堪能して、正直嫉妬心が爆発しそうだった。
だから、クラスみんなに「私も碧斗が好き」という事実を知ってほしくて、分かってほしくてたまらなかったのだ。
――わざわざ前に出た理由も、クラスを黙らせたのも、小春に「好き」と言わせるように誘導したのも、それが理由だ。
教卓の前、頬を赤らめはっきりと言い切る乃愛に、クラスメイト達の衝撃は上乗せされ、再び静寂が訪れた教室内。
空気が流れる音さえ聞こえてくる程だ。
――不在の翔の席、否、その隣で気持ち良さそうに眠る陽葵の寝息だけが響く。
「ちょっと、陽葵起こしてくれる?」
乃愛が、陽葵の席の近くに居たクラスメイトへと指示を出すと、そのクラスメイトはトントンと陽葵の肩を叩く。
そして、それに気付いた陽葵がおもむろに顔を上げると、
「……んぇ……なに……?」
眠そうな声で、しかしどこか可愛げのある声で、静寂に包まれるクラスへと言葉を向けた。
そして乃愛は、すかさず「聞いて」と前置きすると、
「――陽葵の好きな人は誰?」
「……なに急に……眠いんだけど……」
「いいから答えて。そしたらもう一回寝ていいから」
「……んもぅ……陽葵ちゃんは碧斗が好きです……彼氏にしたい……」
「はい、寝てどうぞ」
「……おやす……」
み、と言い切る前に、陽葵は机に突っ伏して睡眠を始めた。
こういう時、陽葵は有利な性格だ。
普段から男女分け隔てなく仲良くしている陽葵は、こういう事も気兼ねなく発言出来る。
――が、今日、そしてこの状況に限っては、その有利さも無意味に働く。
まあ、それでも陽葵は「別に気にしないよ」と言いそうだが。
発言内容の細さからも、クラスメイト達は、陽葵が嘘を言っているようには思えなかった。
――否、嘘では無いと確信していた。
再び、沈黙と陽葵の寝息だけが響くクラス内。
もはや、ぶっ倒れる生徒が出てきてもおかしくないほどの事実を浴びせられている。
三大美女達が、揃って同じ人を好きになっている。
それも、友情的にではなく、恋愛的に。
ほとんどの男子が憧れ、隣に居座りたいと願った三人の女の子を、たった一人の転校生が落としている。
現在進行形で恋心を向けられている碧斗に、どれ程の嫉妬心が向けられ、どれほどの羨望が向けられているのだろうか。
――二大イケメン達が起こした、あの騒ぎがそれを証明している。
こうして、信じ難い事実にクラスメイト達が固まる中、最悪のタイミングで帰ってくる男たちがいた。
「夏鈴ちゃーん! こいつボコボコにしてお……」
「ん、どうした翔……え?」
翔に、腕を強引に引っ張られ、B組へと帰ってきた渦中の人物。
思いっきり自分に集う視線に、何事かと驚いている。
「おい翔……俺たち、なんかめっちゃ見られてないか……?」
「いや、俺たちって言うより……完全にお前だな……」
「え……お、俺……だな。確かに」
最悪のタイミングで――流川碧斗がトイレから帰還したのだった。
――――――――
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転校したら元カノ三人と同じクラスになった たいよさん @taiyo__
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