第45話 夏祭り:陽葵と乃愛



 三大美女の内の二人、陽葵と乃愛は「ぐるぐる公園」で行われる夏祭りに行く為、共に歩いていた。

 ぐるぐる公園の面積が比較的小さい事もあり、時間は夕方ではなく夜で。 


「陽葵、相変わらず浴衣似合うね。まあ私の方が可愛いけど」

「出たー。そうやってマウント取ってさー。乃愛も確かに似合ってるけど、陽葵ちゃんの方が可愛いに決まってるじゃん!」


 こうして、お互いにマウントを取り合うのも当たり前である。

 まあ、雰囲気が悪い訳では無いので良いとしよう。


 乃愛の身につけている浴衣は、鮮やかな黄色が基調となっていて、"向日葵"のような色を発している。

 ポニーテールにもアレンジが施されており、いつもと違う「花柄」の髪留めをつけていた。

 時折見えるうなじも、色気を更に倍増させている。

 

 一方、陽葵の浴衣は、赤が基調となっていて、まさに"太陽"のような色を発している。

 いつものショートボブにも、少しアレンジが施されており、何とも可愛らしい髪型だ。

 髪留めをつける乃愛に対し、陽葵も「花柄」のピン留めをつけている。


 不仲なくせに、お互いの為にこうして最大限のおしゃれをしてくる所は、結局、仲良しということだろう。

 まあ、"相手より可愛くありたい"というマウント思考から来ているのかもしれないが。


「ふん。てか写真撮ろ。久しぶりだし」

「写真? 陽葵ちゃん単体の?」

「ちーがーう! ツーショに決まってるでしょ!? そもそも単体なら私一人で十分なのよ」

「はあ!? ちょっと可愛いからってさ!」

「陽葵こそそうでしょ!? 少し可愛くなったからって!」


 何をするにしても、最初は言い合いから入る二人。

 とはいえ、さりげなく相手を褒めている所に、想いを感じる。

 そんな下らない言い合いを挟みつつ、結局二人はくっつき始めた。


「んね、陽葵もっとこっち来て」

「はーい!」

「いくよー、はいチーズ!」


 ピースをしながら、眩しすぎる笑顔を浮かべる陽葵と、モデルのような笑顔を浮かべる乃愛。

 どちらの笑顔も、お互い特有の雰囲気と可憐さを有しており、さすが三大美女と言いたくなる程に美しかった。


「あー、やっぱり私の方が可愛いね」

「んなわけ。絶対陽葵ちゃんのが可愛い」

「あ、てかそのヘアピン似合ってるよ。めっちゃ可愛いよ

「ん、ありがとー! 乃愛も髪留めは可愛い! 


 軽いマウント合戦を挟みつつ、二人は小春も所属するグループトークへと自撮り写真を送った。


 ◇◇◇◇◇


「うお……すっげえ……」


 女の子らしからぬ口調で、陽葵が感嘆の声を漏らす。

「ぐるぐる公園」に到着すると、中には幻想的な景色が広がっていた。

 祭り提灯だけでなく、様々な色のLEDがライトアップされている。

 公園の面積が狭いこと、そして人が少ないことが、逆に良い味を出していた。


「こんなに綺麗だったっけ……」

「えー……覚えてないかも……」


 お互い、美しい横顔を持ちながら、景色に見惚れている。

 昔に来た、ぐるぐる公園の夏祭りを思い出して、"成長したな"なんて思いながら。

 

 数少ない通行人の中にも、そんな二人に見惚れる人が居た。

 そのくらいに、陽葵と乃愛は魅力的で美しい。


「……ね、いこいこ! 景色もいいけど、やっぱり夏祭りは屋台じゃん!」

「……そーね。そうしよっか!」

「うんうん! 次は可愛い陽葵ちゃんに見惚れる番だからね」

「はいはい、分かった分かった」


 見惚れる所に、陽葵の明るい声色が入った。

 そんな会話を挟みつつ、二人は足を進めた。


 面積が小さくなれば、必然的に屋台も少なくなる。

 とはいえ、バラエティは豊富で見たこともないような店もあれば、定番な店もあった。


「ねえ、クレープ食べたい!」


 意外にも、こんな無邪気な発言をするのは乃愛の方だ。


「えへへ、なんか子供みたいだよ乃愛」


 お前が言うな、と言いたくなるセリフを、陽葵は口にする。

 言われた乃愛は、ポッと頬を赤くした。 

 

「う、うるさい。じゃあ行かなくていいし」


「ふん」と、そっぽを向く乃愛は、子供のように不貞腐れていた。

 無論、陽葵は対処法を知っている。

 

「あ、そう。じゃあいい。他のと……」

「ほら、早く行くよばか」

「……かわいー」

「ふん」


 強引に手を引っ張ってくる乃愛に、陽葵は心の中で微笑んだ。

 まあ、実を言うと陽葵もクレープが食べたかったので、少しヒヤヒヤしていたのは秘密だ。

 そうして、二人は『クレープ』と書かれた屋台へと並んだ。


 並ぶ途中、二人には負けられない戦いが発生する。

 恋人ではなく、友達特有の戦い。


「――ねえ、まさか奢ってくれるの?」

「――奇遇だね、陽葵ちゃんも同じこと考えていましたよ」


 幼なじみの二人だからこそ、良い意味で相手を気遣うことは無い。

 むしろ、欲望のままに動くことが圧倒的だ。

 故に、二人で何かを買う時は、必然的にこういう勝負が生まれる。


「ちなみに、私は容赦しないからね。『スペシャルクレープ』を食べさせてもらうわ」

「ふん、それは私もだしー! あー、『デリシャスクレープ』が口いっぱいに入ってる未来が見えるなー」


 軽く戦意交換をしてから、二人は視線をバチバチに交錯させる。

 とはいえ、顔が可愛すぎて、何も緊張感が無い。

 そして幸いにも、他に並んでいる人はいない為、勝負する環境としては十分だ。


 

「いらっしゃ……」

「あー、陽葵のお財布がただの袋になるのが楽しみだなー」

「あー、乃愛のお金が消えてくのが楽しみすぎて朝も眠れなーい」


 クレープ一つを買う分しか持ってきて居なかったらそれはそれでおかしいし、朝は眠れなくて当たり前である。

 そんな二人の馬鹿みたいな言い合いに、店主の言葉も遮られた。


「……」

「……」


 可愛すぎる視線が、クレープ屋の前で交錯し続けた。

 ――その可愛すぎる視線にやられている人が、意外な所にいます。


「よし、お姉ちゃん達、可愛いからサービスしたるわ!」


 クレープ屋のおっちゃんが、優しい笑顔で、浴衣姿の二人へ言葉をかけた。

 多分、父性が働いたのだろう。

 

 すると二人は、「いいんですか!?」と言わんばかりの輝かしい目つきに変わる。

 こうして、二人の勝負は意外な結末を迎えた。


「まあ今日は夏祭りだしな! 喧嘩するほど仲が良いって言うしよ!」


 さすがは屋台のおっちゃん、その通りである。


「んえ……! ありがとうございます! おっちゃんの優しさに陽葵ちゃんは泣きそう……!」

「私も泣きそうです……! ありがとうございます……!」


 そうして、再び可愛すぎる顔をおっちゃんに向けながら、二人は『デリシャスクレープ』と『スペシャルクレープ』を注文した。


「んまぁ……」

「んんぅ……」


 クレープを受け取った二人は、空いているスペースでそのクレープを堪能していた。


「……って、ほんと子供。めっちゃ生クリームついてるし」

「んぇ」

 

 わんぱくな子供の如く、陽葵の口に付く生クリーム。

 それを乃愛は指先で取ると、「はむ」と、自分の口の中へ持っていった。


「……って、乃愛もついてるし! ぷぷー!」

「え」


 とはいえ、乃愛の口元にも思いっきり付いている。

 それを陽葵は指先に絡めると、自分の口の中へと入れた。

 当たり前のようにこういう事ができるのは、幼なじみだからなのだろう。


「ね、乃愛のクレープちょっとちょうだい!」


 乃愛が食べているクレープを見て、陽葵はさながらおもちゃ屋にいる子供のような視線を送る。

  

「ん、いいよ。はい」


 すると乃愛は「あーん」と言わんばかりに、そのクレープを陽葵へと向け、陽葵はそのクレープを小さな一口で食べた。


「っ……んまー! 何これやばすぎない!?」

「まあ、私が選んだクレープだからね? って、陽葵のも一口ちょーだい!」

「ん、いーよー! はい、あーん」


 最早「あーん」と言っているが、多分無意識だ。

 乃愛もそんなことは気にせず、陽葵から向けられたクレープを小さな一口で食べた。


「っ……ええ!? ねえ、おいしい!」

「だよねだよね!? やっぱり陽葵ちゃんの眼は本物だなあー」

「んんぅ……」

「……勝手に食べてる!?」


 渾身のマウントを取る陽葵を傍目に、乃愛は勝手に陽葵のクレープをもう一口食べている。

 なんというか、本当に仲良しだ。


「んもう、乃愛ばっかりずるい! 私も食べる!」

「……あ! ねえ! 取るなー!」

「はぁ……おいし……」


 結局、お互いのクレープを交換し合った状態になっている。

 ただ、お互いに本当に美味しそうな顔をしていて、そんな二人を、微笑ましくおっちゃんは見ていた。


 最高の雰囲気になり、あの頃の関係が顔を出している時。

 最悪の通知が舞い降りた。


「……はあ!? 小春が碧斗とのツーショ送ってきたんだけど……」


 クレープを食べ終えてすぐ、乃愛の悔しそうな声色が響く。


「……うーわ、私たちに自慢してるの……」


 それに釣られ、スマホを見た陽葵も、露骨に悔しそうな表情になった。

 画面に写るのは、ベンチに座る碧斗と小春の自撮り写真だ。


「しかも、腕組んでるんだけど……」

「あーあー、もうー……」

「まあでも、小春が頑張ったからだよね」

「まあそうだけどさあ……陽葵ちゃんも碧斗と腕組みたい……」

 

 写真を拡大して、勝手に自爆する二人は嫉妬の念に駆られまくっていた。

 が、良く考えれば、小春が頑張った結果だ。

 その事を二人は理解してるので、野暮な返信はしない事にした。


「じゃあ私と腕組む?」

「全然ドキドキしないし、いい!」

「ふん、冗談だし……っておお!?」

「いや、乃愛を碧斗だと思えばいいんだ! 陽葵ちゃん天才かも!?」


 結局、陽葵は乃愛の腕へと絡みつく。

 とはいえ、乃愛も拒否はせず、二人はそのまま歩き出した。

 何とも絵になる光景、そして天国のような空間が、ぐるぐる公園内に繰り広げられた。


 それから、二人は「くじ引き」と書かれた屋台へと足を進めた。


「あ、くじ引きやらない?」

「陽葵……そろそろ離れて……暑い」

「んあ、ごめんごめん。じゃあくじ引きやろ!」

「じゃあって……まあいいけど」


 そう言うと、陽葵は絡めていた腕を外し、満面の笑みを乃愛へと向ける。

 乃愛も、断る理由はないので素直に受け入れ、くじ引きに並んだ。


『くじ引き』とは、垂れている紐を引き、そこに書かれた番号の景品が貰えるというシンプルな出し物だ。

 大きなぬいぐるみや、小さなお菓子袋があり、前者が大当たり、後者が小当たりと言ったところだろう。

 中にはハズレというのもあり、参加賞のうまい棒が貰えるらしい。


「ねね、乃愛はどれだと思う?」

「んー、これかな? 右から2番目の!」

「おっけー! 私はこの左から4番目のやつだと思うなー」

「ん、分かった! じゃあ私がそれ引くね」


 順番が回ってきた二人は、指を差しながらお互いの紐を決める。

 言い争いにならないのは、後ろに子連れの家族がいる為だ。


「……おりゃ!」


 まず最初に紐を引いたのは、乃愛。

 そこに書かれている数字は『10』と書かれており、景品は缶ジュースだった。

 小当たりの部類だろう。


「……とう!」


 それを確認し、少しだけ乃愛に「ぷぷ」と嘲笑を向けてから陽葵も紐を引く。

 ――引いた番号には『100』と書かれていた。 

 瞬間、チリリリンと、鈴の音が鳴り響く。


「よっ、お姉ちゃん、大当たり〜!」

「は、え、まじ……?」

「ええ!?」


 強運すぎる陽葵に驚く乃愛と、そんな自分に驚く陽葵。

 すると、店主が大当たりの「猫のぬいぐるみ」を陽葵へと渡す。


「ねえ缶ジュースちゃん、すごすぎない……?」

「缶ジュースちゃんって呼ばないで。本当にすごいけど……」


 しょぼい缶ジュースを持つ乃愛を容赦なくバカにするが、陽葵の強運がすごすぎて、怒りの感情が乃愛には沸かなかった。

 景品が置かれている場所には、確かに「猫のぬいぐるみ」は無くなっており、大当たりを引いたのも事実らしい。


 ――すると、後ろに並んでいた幼い子供が、豪快な泣き声を上げた。


「ママぁ!あれ僕もほしい!!」

「ダメよ、お姉ちゃん達のぬいぐるみだから」

「やーだぁ!! ほしい!!」


 お母さんというのは本当に大変で、偉大だ。

 とはいえ、子供というのは泣くのが仕事でもある。


 ――そんな親子を見て、乃愛と陽葵は目を合わせて微笑んだ。

 

 瞬間、猫のぬいぐるみを持っていた陽葵がしゃがみ、泣き叫ぶ子供と目線を合わせる。

 そして、隣に立っていた乃愛もしゃがみ、子供と目線を合わせると、その子供に向かって優しく微笑みかけながら、口を開いた。


「――隣にいる陽葵お姉ちゃんはね、すごく優しいから大丈夫だよ。安心してね」


 優しく語りかけながら、泣く子供の頭を撫でる。

 言葉の真意も、陽葵に対する意地悪や嫌がらせなどでは全く無かった。


 その言葉に続くように、陽葵も言葉をかけた。

 

「――えへへ、ご紹介にあずかりました、優しいひまりお姉ちゃんです!」


 子供に向ける言葉としては少し堅苦しいものの、その雰囲気と優しさで相殺される。

 ――いつの間にか、子供の頬に伝う涙は止まっていた。

 優しすぎる微笑みを向けながら、陽葵は言葉を続ける。


「――これ、乃愛お姉ちゃんと、陽葵お姉ちゃんからのプレゼントだよ。どーぞ!」


 尚も優しく微笑み、手に持っていた猫のぬいぐるみを子供へと渡す。

 瞬間、子供の顔は一気に笑顔へと変わった。


「あぁ、すいません……ありがとうございます! ほら、"ありがとう"は?」


 立ってそのやり取りを見ていた母親が、子供へと言葉をかけると、その子供は満面の笑みを陽葵と乃愛へと向けた。


「――ありがとう!」


 率直な、純粋な、何の混じりも無い「ありがとう」を子供は口にする。

 優しくて、可愛くて、かっこよくて、とにかく可愛い二人のお姉ちゃんに、届くように願いを込めて。

  

 無論、思いっきり願いが突き刺さった乃愛と陽葵は、その言葉に「どういたしまして」と頷いてから、もう一度頭を撫でてその場を後にした。

「可愛いねえ」と言ってあげたくなったが、母親も居るので逆に困ってしまうと危惧したからだ。


 ◇◇◇◇◇


 時刻は、19時の少し前。

 ぐるぐる公園自体の面積の小ささも相まって、大体の屋台を回り終えた二人は、ベンチで休憩していた。


「今日ってさ、花火大会もやるんだよねー?」

「あー、そう! てか、すぐそこの河川敷じゃん!」


 ぐるぐる公園の夏祭りに、華月学園の生徒が少ない理由の一つの中に、"花火大会が行われる河川敷に近い"というのがある。

 夏祭りよりも花火大会の方が、規模的にどうしても大きくなってしまう為、屋台も多くなる。

 その為、本来ぐるぐる公園に来るはずだった人達が、そちらに流れていくのだ。

 

 だからこそ、陽葵と乃愛がぐるぐる公園を選んだ理由でもある。

 とはいえ、一人もいない訳ではない。

 陽葵と乃愛と同じ考えを持つ学園の生徒もちらほらといた。


「そいえば、A組の咲ちゃんがいた!」

「へえ〜。それ、陽葵の友達?」

「んー、まあそんなに話したことは無いけど、すれ違ったら挨拶するかなーくらいの子! 乃愛はいないの? 知り合い的な」

「うーん……あ、A組の千尋ちゃんがいたかも。まあ私も挨拶する程度なんだけどね」


 こんな感じで、知り合いとすれ違う程にはいる。

 とはいえ、お互いに一人の知り合いとしかすれ違わなかったのだが。


 そんな会話を挟みつつ、二人は休憩した。

 場所は、入口付近。


「――ねえ……あれって……」


 不意に、乃愛が嫌なものでも見たかのように呟く。

 何のことか、皆目見当もつかない陽葵は「んぇ?」と乃愛の顔を見た。

 やはり、怪訝そうな表情を浮かべている乃愛は見間違いでは無かった。

 その答えを見つける為、陽葵も、乃愛が送る視線の方向を見た。


「――」


 ――その視線の先、そして乃愛が嫌悪感を示していた答えは一瞬で分かり、陽葵は言葉を失った。


 視線の先、そこにあったのは――赤い短髪と、茶色い爽やかな髪型を持った二人の男だった。


――――――――


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